烏は主を選ばない

登録日:2023/10/29 Sun 15:25:00
更新日:2024/12/17 Tue 23:48:52
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だって、私は本物の金烏だもの

(からす)は主を選ばない』は、阿部智里による和風ファンタジー小説作品、およびそれを原作とした同名のコミカライズ作品である。

概要

作者のデビュー作である『烏に単は似合わない』に続く『八咫烏シリーズ』の第2作であるが、時間軸でいえば『単』と同じ時期の、その裏側で動いていた物語が描かれており、作者の初期構想では『単』とこの『主』をあわせて1冊の物語とすることも考えられていた。
後宮における女の物語だった前作に対して、今作では前作では想いを寄せる女性たちを無視し続けて、最後の最後の段階でいいところだけもっていった若宮殿下がどのような状況となっていたのかを、彼の近習となった少年の視点から描く物語となっている。
ただし、煌びやかな宮中の物語というよりもむしろ、皇太子としての立場をめぐる、表の政治劇と裏の謀略のサスペンスであり、前作に比べるとかなり血腥い。
なお、『単』『主』の2作は『八咫烏シリーズ』の序章的な位置づけであり、第三巻の『黄金(きん)の烏』以降で、シリーズの舞台となっている山内(やまうち)という世界の激動の歴史が本格的に紡がれていくこととなる。

NHKアニメとして、2024年4月からアニメ化されている。(後述)

用語

主な用語については、前作の項目も参照のこと。

招陽宮(しょうようぐう)

山内の族長一家の皇太子である、「日嗣(ひつぎ)御子(みこ)」たる若宮殿下の住まい。
当然ながら多数の側仕えや護衛が共に住む……はずなのだが、物語の開始時点で若宮と護衛一人の二人だけが離れで暮らしている。

紫宸殿(ししんでん)

政治の場である朝廷の中心地であり、招陽宮からつながる、山の中に設けられている。

勁草院(けいそういん)

宗家の近衛隊である山内衆(やまうちしゅう)の養成所であり、厳しい訓練が行われている機関。
しかし今上陛下は山内衆を遠ざけ、結果として山内衆も陛下に見切りをつけ、今では「陛下のため」という本来の目的を忘れ、それぞれが自分の損得でしか動かない集団となり果てている。

谷間(たにあい)

公的な面も持つ中央の花街とも異なり、遊郭や賭博といった違法な遊びを楽しむことができる地域であり、その地域を管理する裏社会そのものや自治組織も意味する。

兄宮(あにみや)派と若宮(わかみや)

山内の族長・皇である金烏(きんう)は世襲制であり、基本的には当代金烏の長子が、次代の金烏候補である日嗣の御子となる。
作中の時代では、金烏の正室との子である兄宮が日嗣の御子とされていたが、後に側室との子である若宮が生まれた際に、その子こそが「真の金烏」とされたため、一族のしきたりに従って若宮が日嗣の御子となり、兄宮は出家することとなった。
しかし正室とその出身家である南家は若宮を廃嫡し、兄宮を再度日嗣の御子に据えて山内への影響力を南家で独占しようと企んでいる、というのが公然の秘密となっており、逆に南家の影響力を排して自らが同じような立場に立とうとする西家は若宮がそのまま日嗣の御子に留まることを望んでいる。
そして南家・西家と並ぶ中央貴族である北家・東家も含め、中央の貴族は「兄宮派」と「若宮派」とに分かれて対立をしている状況にある。

あらすじ

山内は北領にある垂氷(たるひ)郷、その郷長一家のぼんくらと呼ばれる次男坊の雪哉(ゆきや)は、北家本邸での新年の祝いの席で、数時間前に里で横暴な権力をふるっていた中央貴族の子息をやりこめてしまう。
その様子を見ていた、若宮の兄である長束(なつか)は、その貴族の子が担当することになっていた「若宮の側仕え」という大役を雪哉に任せることを提案し、断れるはずもない雪哉は最低でも一年間、その任に就かされることになる。
その若宮は放蕩三昧のうつけと呼ばれる人物であり、たった一人の側仕えとなった雪哉は、理不尽にも見える大量の仕事を押し付けられたり、若宮の気紛れで連れ出されたりと苦労しながらも側近としての仕事をこなしていく。
そしてその結果、兄宮派と若宮派の対立をめぐる、宮中の陰謀に巻き込まれることになる。



登場人物

(CVは、アニメでのもの)

若宮とその側近

雪哉(ゆきや)

(CV:田村睦心)
本作の主人公である、北家の下級貴族である垂氷郷郷長家の次男。年齢は13歳。
頭の出来が悪く、木刀で手合わせをさせれば「始め」の声とともに木刀を取り落とすなど武人としても腑抜け、武人の家の者であれば本来ならば誉れである勁草院での訓練も「あんなとこに行ったら死ぬ」と拒否反応を示すなど、実力もやる気もないぼんくら次男と評価されている。
前述の経緯で、若宮の側仕えとして一年を過ごすが、一人ではとてもできないような量の仕事を押し付けられるわ、桜花宮の様子を覗き見に連れていかれて身代わりとして崖から突き落とされるわ、挙句には谷合の賭場で借金のカタとして置いていかれるわと、とにかく苦労させられる。

奈月彦(なづきひこ)(若宮)

(CV:入野自由
前作『単』の物語の中心であるが本人は最後まで出てこない人物にして、本作以降の八咫烏シリーズ通しての中心人物であり、「真の金烏」である「日嗣の御子」。
「奈月彦」が本名であり、山内の(宗家を除いた)者からは「若宮殿下」と呼ばれる。
一目では女性かとも思うくらい線が細く黒髪を伸ばした美形である、16~17歳ほどの青年。
生まれてすぐに兄を差し置いて日嗣の御子となるが、幼いころに山内の外界へ遊学、成長してから戻ってきてからも、皇太子としての宮中での仕事は放って花街での放蕩三昧と、一般の八咫烏からも「うつけの若君」と思われている。
実際に極端な変わり者のようで、もともと若宮付きだった側仕えをすべて追い払い、改めて側仕えとして呼び出された者も長くて十日でその任務を拒否して逃げ出した実績があるなど、悪い話には事欠かない人物。

澄尾(すみお)

(CV:竹内栄治)
山内衆の一人で、若宮近衛隊の一員、というより唯一の護衛。
日に焼けたような浅黒い肌で、小柄であり子供のような活発さも感じられる青年。
ただし山内衆として持つ武力のほうは確かであり、ごろつき程度であれば多対一でもまったく相手にしないほどの腕がある。
実際には若宮の幼馴染といっていい存在であり、若宮が心から信用できる数少ない人物の一人。

兄宮とその側近

長束(なつか)(兄宮)

(CV:日野聡
前述のように当代の金烏と正室の間に生まれた長子であるが、「日嗣の御子」の立場を若宮に譲って以降は出家した立場であり、それでも金烏宗家の者として各所への影響力を有している。
若宮と対照的に立派な体格と威風を有する、やはり美形の青年。
「兄宮派」の中心として担ぎあげられていること、兄宮派が若宮を害そうとしていることを承知の上で、建前上は若宮を立てつつも「私が望むのは山内の安寧だけ」と自らが積極的に場を動かすようなことはしていない。
が、南家当主に対しては「私が守りたいものは宗家の者としての誇り」「私利私欲のために弟の命を奪うことは望まない」「しかし私の信奉者が勝手に何をしようと、私の預かり知らぬ話」と口にするなど、含むところはあるようである。

路近(ろこん)

(CV:白熊寛嗣)
長束の側近の一人で、大柄な兄宮よりさらに大きく丸太のような筋肉の手足を持つ体格、普段から牙のような形をした八重歯が見える凶悪な笑みを浮かべる、傲慢が服を着たような男。
兄宮の武力担当であり、巨大な刀は一太刀で人の胴を真っ二つにできるほどであり、澄尾も戦いたくないと言うほどの剣の腕を有する。
元は南家に連なる上級貴族の橘家の出身ではあるが、その家を捨てており、「南橘の路近(みちちか)」ではなく「ただの路近(ろこん)」を名乗っている。

敦房(あつふさ)

(CV:川西健吾)
長束の側近の一人で、武力の象徴たる路近とは対照的に、政治力によって兄宮を支える青年。
高位の家の出であったがそれを捨てた路近に対して(最近になって少しだけ力をつけてきた)弱小貴族の生まれ、積極的に(つまり力づくでも若宮を排して)長束の即位を推し進めようとする過激派の筆頭たる路近に対して純粋に長束を慕っており積極的な即位を目指そうとはしていない穏健派の筆頭となっているなど、あらゆる面において路近と対照的な立ち位置となっている。

今上陛下と中央の貴族

今上陛下(金烏代)

(CV:加瀬康之)
八咫烏一族の、現在の族長。ではあるものの、息子である若宮や兄宮と比べても貧弱で、大した特徴のない凡庸な人物。前作に出てきた藤波の宮は、彼に似てしまったということなのだろう。
歌や管弦の遊びを愛でる風流な人物、といえば聞こえはいいが、実際には政治嫌いで政はすべて臣下に任せきり、軍事も嫌いで本来は金烏の手足となるべき山内衆を遠ざけると、最高支配者としては資質に疑問符が付く存在。
朝議においては、秘書官である松韻(しょういん)という落女(らくじょ)*1にすべての発言を任せる始末であり、この松韻も実際には陛下よりも正室である大紫の御前に忠誠を誓っており、要は朝議そのものは完全に大紫の御前の支配下にある、という状況である。

玄哉(げんや)(北家当主)

(CV:楠見尚己)
山内の武を司る北家の頭領らしく豪快な武人であり、どちらかといえば若宮派であるが、西家とは異なりその姿勢を明確には出していない。しかし武人として、他家がするような腹芸を良しとせず、言うべきことは率直かつ正直に言うタイプ。
実の娘を垂氷郷の郷長に嫁に出した関係で、郷長一家とも縁が深い。

(とおる)(南家当主)

(CV:咲野俊介)
兄宮派の筆頭となる人物であるが、公的な場では松韻(と大紫の御前)の意向を黙認するという形で、自らが表立って発言することはない。
が、松韻が若宮の廃嫡を狙い不意を打って開催した朝議において「若宮の即位に反対しているつもりはない」との意見を表明して、若宮をも混乱させる。

(あきら)(西家当主)

(CV:三上哲)
若宮の伯父にあたる人物であり、若宮派の筆頭として積極的に若宮が金烏となることを推す。
しかしそれは決して若宮の味方であることを意味せず、若宮を傀儡として自らの影響力を山内に行使しようとするものだと若宮には見なされている。
北家の玄哉からも、「自分の娘(真赭の薄)が若宮に選ばれるものと疑っていない」「おめでたい所のある男だとは思っていたがここまで凡愚だとは想像していなかった」と、割とひどいことを思われている。

遙人(はるひと)(東家当主)

(CV:家中宏)
東家の当主であり、徹底した日和見主義者。
どちらかといえば兄宮派とされているが、それは態度を明確にしなかったために、「正当な後継者となっている若宮を認めているものではない」と見なされたという程度のことである。
人の好さそうな、当たり障りのない態度をとり続けるが、これも最後の最後まで曖昧な立ち位置についておき、最終的な決定権を自分が握るためのものである。
彼については若宮も、「仮に仲間に引き入れたとしても、形勢によってあっさり裏切る、自陣に引き入れたほうが怖い存在」であると認識している。
前作を読んだ読者からは、「そりゃまああせびのパパだしなぁ」と思われるのもやむなし。

北領の人物

雪正(ゆきまさ)

(CV:近藤浩徳)
垂氷郷の現郷長であり、雪哉たち三兄弟の父親。
郷長としては異例の若さでその立場となったが、北家当主の娘を嫁に貰ったことからお墨付きを得た形となり、また実際に当主としての能力を示していることから、既に異を唱える者はいない。
ただし、雪哉の演技にはまったく気づいておらず、どこに出しても恥ずかしいぼんくら息子として、胃を痛める存在となっている。

雪馬(ゆきま)雪雉(ゆきち)

(CV:梶原岳人、引坂理絵)
雪哉の一つ年上の兄である雪馬は、郷長の跡取りとして非常に優秀であり、雪正からすれば自慢の息子。あと顔も良く、年頃の少女からは非常にモテている。
五つ年下の弟である雪雉は、地元のガキ大将的な存在として元気に育っている。
彼らはどちらも、雪哉の天才性に気づいているようであり、若宮の側仕えとして取り立てられた際には当然のことのように喜んでいた。

(あずさ)

(CV:竹内恵美子)
雪正の妻であり、嫁に行ってからも北家当主からは変わらず愛されている。
実子ではない雪哉を含め、三兄弟を愛情深く育ててきた良い母親である。

市柳(いちりゅう)

(CV:新祐樹)
風巻(しまき)郷郷長の三男で、剣の腕の立つとっぽい兄ちゃん。垂氷郷の跡取り長男である雪馬とは同じ年で、家での立場は微妙に異なるものの、郷長家の息子どうしとして仲良くしている。
……実は原作には『主』の時点では登場しておらず、シリーズ四作目となる『空棺(くうかん)の烏』から登場するキャラ。
後述するコミカライズにて、彼と雪哉の交流を描いた原作短編の内容を拾ったことにより、漫画には登場している、という妙なことになっている。とか言ってたらなんとアニメ版でも、同じエピソードが描かれたことで登場。ある意味で人気の高さを証明したと言えるかもしれない。
コミカライズ作者のお気に入りのようで、単行本のオマケとして「Today's市柳コーデ」として独特のセンスを持つファッションが描かれるのが恒例となっている。

その他

【兄宮派の中にいる、若宮の内通者】

兄宮派とされている者の中に、若宮の協力者がいるらしく、彼がもたらす情報のおかげで、圧倒的に不利な立場にある若宮が立ち回れていられるらしい。
その存在は若宮派にとって最大の秘密であり、若宮自身も「信用できるという意味で言えば、彼以上に命を預けられる奴はいない」と言うほどの信用を寄せている。

アニメ情報

2024年4月からNHK総合にて放映されたアニメ版は、タイトルこそ『烏は主を選ばない』であるものの、原作第一巻の『烏に単は似合わない』から第三巻『黄金の烏』までを全20話にまとめたものとなっている。
うち13話までは、もともと時間軸が重なっていた『烏に単は似合わない』『烏は主を選ばない』の2作を一体としてアニメ用に再構成したものとなっている。
時間軸についてはかなり大胆に変わっている部分もあるが、これは原作者自らが「これは原作者である自分じゃないとやれないことだから」との気持ちで提案したものとのこと。

メインスタッフ

  • 監督:京極義昭
  • シリーズ構成:山室有紀子
  • キャラクターデザイン:乘田拓茂
  • 音楽:瀬川英史
  • 音響監督:丹下雄二
  • アニメーション制作:ぴえろ

主題歌

  • OPテーマ:Saucy Dog『poi』
  • EDテーマ:志方あきこ『とこしえ』

余談

コミカライズ

『単』に引き続き、松崎夏未の作画でコミカライズが連載されている。当初はイブニング誌での連載だったが、途中で講談社系漫画アプリ『コミックDAYS』に移籍し、2024年9月現在でも連載中。あわせて、マガポケにおいても連載されている。単行本は5巻まで発売中。
先述の市柳の件も含め、作者が原作の強火オタク大ファンのようであり、後に短編で描かれた内容や、完全なオリジナルエピソードを多分に盛り込んであり、原作でははっきりとは描かれていなかったような想いなどを十二分に摂取できる内容となっている。
特に、雪哉の項で記した「谷間に借金のカタで置いていかれる」くだりについては、原作では身売りされてからすぐの場面転換で質草生活の終わりが描かれている(その後に回想という形で、その中での最重要イベントの内容が語られる)という形であるが、コミカライズ版では連載まるまる7回分を使って雪哉と谷間の人々との交流(と最重要イベント)が描かれるなど、原作の行間を読みすぎといえるほどの漫画化がなされている。
ちなみに、コミカライズ冒頭にて、誰かが「山内が滅びゆくまでの記録」を綴ったという体の記載があるのだが、これもコミカライズのオリジナル要素であり、これを記したのが誰なのか原作者も知らないとかなんとか。*2


庭の植木鉢の花に水遣りをして、若宮の部屋の片づけを終わらせ、民政寮で若宮宛の文を受け取り、図書寮で借りてきた本を返却して新しい本を借りて、知り合いへの荷物を届けて、招陽宮の厩の掃除と水瓶の水を汲んで、その他たくさんの雑用を夕暮れまでに終わらせてから、追記・修正してください。
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最終更新:2024年12月17日 23:48

*1 女性に生まれながら、その性別を捨て、男として朝廷で働く女官。

*2 当然ながら原作チェックが入った上での描写であり、コミカライズ作者が原作を深く理解していること前提でのやりとりである。