登録日:2025/11/11 Tue 07:33:35
更新日:2025/11/11 Tue 07:34:00NEW!
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梶井基次郎「櫻の樹の下には」より
月刊COMICリュウにて連載されていた漫画。作者は中野でいち。
COMICリュウ主催の新人漫画賞「龍神賞」を受賞し、その類い稀なる作風と描写から読者や審査員に強烈な印象を残してデビューを飾った、中野氏の初連載作。
テーマは「人間が誰しも抱えている闇や隠し事」。
中野氏の作風は、登場人物の心情を精錬された描写や台詞回しで表現する事に定評があるが、その技法は本作で既に確立していたと言える。
本作以前読切は掲載されていた分初連載としてかなり難産だったらしく、ネタが没になり過ぎて話が思い浮かばず寝込む程悩んだと後に語っている。
以下は後書きにて明かされた没になったネタの一部
- 体が膨らむ感染症の娘とそれを隠そうとする弟の逃避行
- 映画監督になれなかった叔父と女優を目指す姪の夏休み
- 女子小学生に監禁される変質者がレクター博士だったら?
- 本を読むと頭から桜が生える少女が読書会に入る
え、有害図書に指定されそうなやつのが混ざってるって?気のせい気のせい
その後、担当編集者から「中野くんの場合、車椅子の子を主人公にした話とかどう?」と助言された途端、アイディアがスルスルと湧き出て、スポンジの様に染み込んできたんだとか。
次回作『
hなhとA子の呪い』は、本作の反省点をいかしたものになっている。
あのー、どんな生き方をしていたら性欲にまつわる罪悪感の話が明るく華やかなものになるんですか?先生
しかも十月桜よりもドロドロしてるし
何処かの高校にて司書として働く人当たりの良さで教員からの評判も高い男、鹿島田。
ベストセラー作家・櫻島桜太朗」の一人娘、櫻島桜の世話係をも勤めていた。
しかし、そんな鹿島田にも誰にも話さず秘密にしているものがあった。
それは若い頃に「島田和夫」という名前で小説家を目指していたものの、出版社から桜太郎と比較されて断念した事である。
桜の世話をしているうちに、やがて自分とは対称的に、全てのものを持っている櫻島桜太郎の娘という存在に、羨望とどす黒く歪んだ欲望を抱くようになり………
●鹿島田
本作の主人公。とある高校の図書館で司書として働く男性。
人当たりがよく気配りが出来、桜の世話係を嫌な顔一つせずに請け負うなど、理想の男性像とも言える様な人物。あとジゴロ
教員の一人が発した嘘みたいに出来た男 という表現は、正に鹿島田という人物を体現したとも言えよう。
だがそれは表向きの顔であり、その本性は損得勘定丸出しの捻くれ者で他人に対して絶対に本心を悟らせないよう立ち回っている。所謂真面目系クズ。
実は小説家を目指して島田和夫 と言うペンネームでデビューしたが、一冊出した直後に出版社側の独断で絶版され、業界から去る事を余儀なくされたという苦い過去を持つ。その際に編集者から「先生の作品は古臭いし読者の事一切考えてないから売れません。櫻島桜太郎を見習いなさい(意訳)」と同時期にデビューした桜太郎と比較されて「何で馬鹿共にレベル合わせて書かなきゃならねぇんだよ」 と悪態をついており、その事を今も根に持っている。
●櫻島桜
本作のヒロインで、ベストセラー作家・櫻島桜太郎の娘。生まれつき体が不自由なため、車椅子に乗っている。
毎朝車で登校しては授業に出席もせずに図書館に入り浸っている教師達からは煙たがられている。
身体が不自由な事を除けば、家柄・財産・品格・教養・美貌などといった持つべきものを生まれながらにして持っているお嬢様と言えよう。
歯に衣着せぬ物言いの他に相手が嘘をついているかどうかわかるらしく、鹿島田が自分に向けている感情が全て上っ面だけのものだとその厚貌深情振りを即座に見抜いていた。
その一挙手一投足が、鹿島田にまるで体から桜の木が生えているように見える、謂わば桜の木の擬人化そのものな姿から「桜の姫」とも呼ばれた。桜本人はその表現を陳腐と評しながらも、今の自分が置かれている現状をこれ以上なく的確に表現しているとして、自嘲とも諦観ともとれるような意味深な返しをしている。
しかしその胸の内には鹿島田と同じく、誰にも秘密にしている闇を抱えており…………
生まれつき足が不自由なのは本当だが、実は既に完治しているため、歩いたり立ち上がる事が出来ないわけではない。
じゃあ何で車椅子に乗ったままなんだという疑問に対して、医者からは精神的な何かを抱えているのではとの見解を述べている。
●大沼田絵里
女生徒で図書委員。桜太郎のファンであり、彼の作品は全て読破している程。
鹿島田に馴れ馴れしくしている桜をお高く止まった悪魔の様な女と見て、敵意を向けている。
●櫻島桜太郎
ベストセラー作家の桜太郎本人にして、桜の父親。
お上とも繋がりがあるらしい。
桜の登校に関しては猛反対いるばかりか鹿島田の事を明らかに見下しており、仕事では桜に必要最低限の接触以外を禁じている。
実は桜太郎本人は小説家ではない。
櫻島桜太郎の真の正体とは桜であり、桜は父親のゴーストライターとして執筆をしているだけに過ぎない。
怪我をして書けないわけでも才能がないわけでもなく、読んで字のごとく筆を握った事すらないのだ。
まあ、そもそも筆を握った事すら無い男に感性なんて身につくわけないもんね。
つまるところ櫻島桜太郎という人物は、嘘がバレる事に日々怯えている自称小説家の素人で、金と権力に溺れた俗物にして、娘を金の為だけに執筆を強要させ馬車馬の如くコキ使っている毒親なのである。
自殺する気で階段から転げ落ちにいった桜が右腕を骨折したため、司書としての監督不行届きとして鹿島田をクビにし、桜を家に監禁して無理矢理新作の執筆を強要させていた。
桜は生誕と同時に母親を亡くしており、その寂しさを埋めようにも身体が不自由な為に行動が制限されていた。そんな中で何気なく本を読んでいたらいつの間にか自分で筆を握っており、それを桜太郎に褒められた事で、父を喜ばせたいという思いから執筆活動を始めた。
だが今では手段と目的が入れ替わってしまい、本当は何の為に誰の為に書いているのかすらわからなくなってしまっている。
そのため、桜が称する「桜の姫」という喩えは、「どこにも行けず黙って花を咲かせるだけの、その身が朽ち果てるのを待つだけの死体のような存在」という意味である。
クビ後に大沼田とある取引をした鹿島田が乗り込んで来て、桜との問答で父親のためではなく自分の書きたいものを書きたいのはないのかという結論に至った。
それを裏付けるかのように、鹿島田が重い腰を上げて櫻島桜太郎の作品を全て読破ところ、どれも全てハッピーエンドで終わっている。
その後、櫻島桜太郎の完全新作「吹雪」が刊行され、そちらも瞬く間にヒット作になっているが、ミステリーものをウリにしていた作風とは打って変わってコテコテな恋愛ものになっている。
手にした読者からは、「まるで別人が書いたかのようだ」とも言われているが………?
実は全て鹿島田が書いたもの。
出版社側からしては桜太郎の新作が出ればそれでいいらしく、誰が書いたかに関しての問題は瑣末な事としか見ていない。
形は違えど鹿島田は、兼ねての夢である小説家デビューを果たし、島田和夫を馬鹿にしていた出版社とエセ小説家の桜太郎に一泡吹かせる事に成功したのである。
桜から全然リアリティーが無い内容にダメ押しされまくっていたが
そして桜も父親の猛反対を押し切って新年度から正式に登校する事が決定した。
劇中で執筆者所謂中の人が代わっても出版社や大衆は対して気にしていないが、実はこのシーン、作家のペンネームを単なるブランド名としか見ていない世の中に対する皮肉と風刺が大いに込められている。
出版社から言われた「古臭くて売れないから読者に合わせて書け。そうしない限り売れないぞ」という常識を「今ではハッキリ糞だと言えるね」「馬鹿どもに媚びて何になるってんだ?」と悟りとも開き直りとも言える態度で一蹴した島田和夫もとい鹿島田の方が、作家としての本分と在るべき姿を誰よりも理解っていたのである。
追記・修正はお願いします。
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最終更新:2025年11月11日 07:34