エロス/キューピッド(ギリシャ神話)

登録日:2025/11/08 Sat 19:04:20
更新日:2025/11/08 Sat 20:56:24NEW!
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■エロス/クピド

『エロス/エロース(Ἔρως,Erōs)』は、ギリシャ神話にて語られる恋と性愛を司る神性。
妻はプシュケー(Psyche)。
後述のように現代ではマスコット(小天使)的なイメージが付いてたり、
ヴィーナス(アフロディテ)のオマケ(従者)的なイメージが付いてるので勘違いされがちだが、小さいナリでも確りとした……というか、元々はギリシャ神話でも結構な大物の神格であった。

エロスの名は性愛を意味する一般名詞が、そのまま神性の名前としても転用されたと考えられており、寧ろ現代ではエロス(エロース)だと、この神格・神性を指す語というよりは、
性愛を表す一般名詞・若しくは心理学用語として用いられている印象の方が強い。

古代ローマでは、同じく愛を司る『アモル(Amor)』、または『クピド(Cupido)』と同一視されており異名として定着した。
寧ろ、クピドは現代までに英語読みの“キューピッド”として、この神格の基本的な呼び名として定着している程である。

背に翼を生やして愛情(激しい性愛)を湧き起こす弓矢を手にした幼児神、小天使(的な姿をした神聖な存在)として、広くマスコットとしてシンボライズされていることでも知られる。
尚、その姿とイメージからもキリスト教に於ける“天使”の原型となった存在……なのは間違いではないのだが、エロス(キューピッド)自体は決して天使などではない。


【概要】

現在のギリシャ神話では、オリュンポス12神の一柱で愛を司る女神アフロディテの従者・或いは息子とされて共に配されることが多い。
しかし、生物の根源に由来する属性を持つことからも解るように、本来はカオスより出でた原初神の一柱として名前が挙げられていた。
つまり、元々は主人や母親扱いされるアフロディテより更に古く神格も高かったのである。
━━まぁ、それは確かに確かなのだが、それを言い出すと当のアフロディテもギリシャに限っても元々はオリュンポスよりも更に古い世代の神格だったりするし、そもそもが他地域から信仰が流入してきた歴とした大地母神の系譜の女神と考えると、そこまでドヤれる要素では無いのかも知れないが。

なので、系譜としては幾つかのパターンがあり、原初神としてはカオスより立ち現れた一つ。
もう一つがアフロディテと、その愛人である軍神(笑)アレスの子……というものだが、途中で「そういや原初神だったな…」とか思われたのかは定かではないが、アフロディテとアレスの叔父というものもある。どういうことなの…?

姿についても、前述の通りでアフロディテの従者か息子とされてからは可愛らしい幼児神として描かれるようになっているのだが、それ以前には普通の青年の姿で描かれていた。
それが、後に有翼となり、更に弓矢を持つようになり、そんな浮かれた姿で青年は無いだろう……と思われたのかは定かではないものの、時代が降ると共に青年からコスプレをしてても許せる少年へ、そして、更に少年から幼児の姿へと変わっていったらしい。

尚、これも前述の通りで現代に於けるこの神格の通り名として最も有名な古代ローマ由来のキューピッドに至っては、青年どころかヒゲもじゃのジジイとしてイメージされていた。

ワシもジジイなのに恋とか愛とか言うのもどうかと思うとるんよ。でもな、何しろ生まれが古いからな。そこは仕方ないと思うてくれい。

同じく、エロスと同一視された古代ローマ由来の神格にはアモル(アモール)もあるが、此方はエロス以上に現代までに寧ろ“愛”を表す一般名詞と化していることもあってか、どんな神様でクピドと違いがあったのか等は殆ど知られていない。

同一視されるようになってからは、ギリシャ神話に倣いクピドも童児の姿にされると共にヴィーナス(アフロディテ)の息子か従者とされるようになると共に、他のギリシャ神話の神々と同様にギリシャ名とローマ名がごっちゃになると共に単に別の呼び方くらいの扱いとなっている。

前にジジイの姿だったんは間違いじゃあ。他の神さんより年もいってないし、ほら見た目も子供じゃろ?子供のちょっとした悪戯心からの嘘じゃってことで宜しく頼むわぁ。

尚、元々は原初神に数えられているだけあってか、全能神として君臨する以前のゼウスよりも格上、かつ強大な神格とされていたとの説も伝わる。

【役目と神話】

エロスの役目(能力)は手にした弓矢を対象に打ち込むことで激しい恋心(性衝動)を起こさせることである……が、それは本来の黄金の矢を打ち込んだ場合の話であり、その替わりに激しい嫌悪感を起こさせる鉛の矢を打ち込むことも出来る。
そして、エロスの神話は期待通りにアフロディテの命や自身の悪戯心から弓矢を使用しての騒動となっている。

有名な神話としては月桂樹の誕生に纏わるアポロンとニンフのダフネの悲恋()などがあるが、エロス自身が当事者となってしまった神話には妻プシュケー(プシューケー/サイキ)との紆余曲折を経ての婚姻がある。

■エロスとプシュケーの神話*1


ある国に3人の美しい王女がおり、中でも末娘のプシュケー(サイキ)*2の美しさは多くの人々の耳目を集め、その美貌だけで信仰をも獲得してしまう勢いであった。
このことを危惧(という建前で美の女神としての権威が脅かされることに腹を立てた)ヴィーナス(アフロディテ)は、息子のクピド(エロス)に命じて、プシュケーが醜男と恋に落ちるようにせよキモメン系AVみたいなことを命じた。(プシュケー推しメンがヴィーナスをdisった等の話もあり。)
当初は、いつも通りに淡々と仕事を終えるつもりだったクピドだったが、プシュケーの余りに美しい寝顔に見入ってしまったことで手にしていた黄金の矢尻で自分の指を傷つけてしまい、自らがプシュケーの虜となってしまうのだった。

下衆い目論見が外れた…ゲフンゲフンこのことに腹を立てたヴィーナスは出来るなら最初からやればいいのに神威発動。
愛の女神の力でプシュケーが異性からの愛情を得られないようにしてしまった。

これには、いつかは引く手あまたで嫁入りでも婿取りでも余裕と高を括っていた王と王妃も大慌て。
いきなり求婚話が途絶えたことに焦って予言の館アポロン神殿に神託を問いに窺うと「山の頂上に娘を置き“全世界を飛び回り神々や冥府でさえも恐れる蝮のような悪人”と結婚させよ」という、理解不能なお告げが下された。*3

勿論、この不吉なお告げに嘆き悲しむ王や王妃に国民達だったが、当のプシュケーは他の者に何か大事があってはいけないとお告げを受け入れて花嫁衣装に身を包むと、本当に世界の頂かと思えるような厳しく険しい岩山の頂上にて泣く泣く父母と別れた。
果たして、自分の運命を悲観しつつ死も覚悟して眠りに落ちたプシュケーだったが、次に目を覚ました時には寂しい岩山などではなく自分の為に誂えられた豪奢な宮殿で目を覚ました。

……実は、全てはプシュケーとの恋に落ちたクピドの仕業であり、母の神威も通じなかった彼は、プシュケーを救うべく自らがアポロンに化けて王と王妃に神託を下し、更にはアネモネ(風神/風の精)のゼピュロス(ゼフィロス)に命じて、秘密裏に用意していた宮殿へと運ばせたのだった。

……が、何故だかクピドはプシュケーの前に姿を見せようとはせず、プシュケーもクピドの愛情を受け入れながらも、主人(夫)と触れ合うことが出来るのは夜半の寝所のみ……という謎めいた婚姻生活を送ることとなった。

しかし、そうして生活が保障されれば昔を懐かしむ余裕も出てくるというもの。
プシュケーは今生の別れをした筈の家族を恋しく思うようになり、妻の願いに根負けしたクピドもクピドで2人の姉を招くことを許してしまった。
果たしてプシュケーの宮殿へと招かれた(未だに売れ残っていた)2人の姉だったが、死んだと思っていた妹との再会を喜んだのも束の間、その余りにの恵まれた暮らしぶりに嫉妬して、暗い寝所にしか姿を現さない主人について無いこと無いことを吹き込み純真なプシュケーを騙すことに成功する。

そして、その夜にプシュケーは燭台とナイフを持ち、自分から近づくのを禁じられていた夫の寝室へと向かう。
姉達の言う通りに、自分を食らうために良くしてくれたように見せかけてきた怪物(大蛇)を殺すため……であったが、蝋燭の灯の中に浮かび上がったのは美しいクピドの姿であった。
思わず蝋が垂れているのも忘れる程にクピドに見惚れていたプシュケーだったが、そのまま垂らしてしまった蝋の熱さに驚いたクピドが目を覚ます。
直ぐに状況を悟ったクピドは悲しげにその場を去り、自分の裏切りを悟ったプシュケーもまたクピドの姿を求めて宮殿を飛び出していくのだった。

■ヴィーナスの試練

こうして、愛しい夫を取り戻すために久しぶりに外の世界へと飛び出したプシュケーだったが、ここでクピドの母であるヴィーナスが自分との口づけを餌にしてまでプシュケーの身柄を探していたことを知る。
そう、普段は自分が醜聞の的になってる癖に息子の文春砲に怒り心頭のヴィーナスは、自分を棚に上げて息子を誑し込んだ身の程知らずの小娘を八つ裂きにしてやろうと手ぐすね引いて待っていたのである。
こうして、思わぬ形で自分が異常に保護されていた&婚姻生活が秘匿されていた理由を悟ったプシュケーだったが今更に後には退けない。

━━が、相手は名高い美の女神……先ずは他の女神に助けて貰えないだろうかと、先ずは大地の女神ケレース(デメテル)に仲介を頼みにいくが、付き合いのあるヴィーナスと喧嘩はしたくない……と、女神ネットワークに阻まれて断られてしまう。
ならばと、神々の女王であり婚姻の女神であるユノ(ヘラ)に泣きついてみたが、ここでは「(正式に婚姻を受理していない以上、妻ではなく)勝手に逃げ出した奴婢(奴隷)の味方をしてはならない」……という、人間には寝耳に水のオリュンポス律法を持ち出されて拒否されてしまい、仕方なく自らヴィーナスの宮殿へと足を向けることになった。

さて、元々は自分の逆恨みから端を発している上に「おまゆう」案件なのだが自分の美貌に慢心して息子を誑かした憎きメスガキの来訪とあってか、ヴィーナスは早速にプシュケーを責め立てる(意味深)。

更には、一方的に謝罪と贖罪を要求し、先ずはプシュケーを大量の穀物の(文字通りの)山の前に引き立てて「一夜の内に選別せよ」と命じた。
その穀物の数を種類毎に分けるのは人間のキャパでは不可能な量であり、つまりはヴィーナスはプシュケーを許してやるつもりなんか無かったのであるが、突如として湧き出してきた蟻の大群が手助けしてくれて、プシュケーはあっさりと試練を乗り越えてしまった。

当然のように怒り心頭となったヴィーナスは「手助けされたのが気に食わない」と後出しルールをかまして、続いて無数の美しくも獰猛な黄金羊の毛を刈り集めよと命じた。
お姫様には普通の羊の毛を刈るのも難しいのに……ということで、前回以上の難易度で今度こそプシュケーを断罪出来るとほくそ笑んでいたヴィーナスだったが、今度は川のせせらぎ(川辺の葦などの場合もあり。)が羊の毛の刈り方を歌い、プシュケーが見ていない所で小鳥達があくまでも勝手に自主的に刈られた毛を集めてくれたので、この試練も攻略してしまった。

……いい加減にキレたヴィーナスは、続いて考えうる最悪の試練として、竜の棲む泉から水を汲んでこい……という、攻略法もへったくれも無いがシンプルに達成が難しいクエストを課すが、泉を前に途方に暮れていたプシュケーを後目に最高神ユピテル(ゼウス)の大鷲が颯爽と舞い降りると、泉の主である竜にも文句は言わせんとばかりに悠然と水を汲むと(何故かプシュケーの持っていた桶やら瓶に注いでから)飛び去っていった。

もはや爆発したヴィーナスだったが、如何にペットとはいえ相手が相手なだけに文句は付けられない代わりに、プシュケーに究極の無理難題とも呼べる試練を命じる。

それは、冥府に降ってから自分にとっても関係の浅くない冥府の女王プロセルピナ(ペルセポネ))より、プシュケーが火傷をさせて欠いてしまったクピドの美しさを補う分の“美”を分けて貰ってこいというものであった。*4

……生きた身で冥府へ渡ることの困難さはプシュケーも知っていたが、生憎と彼女には冥府の渡し守であるカロンや地獄の番犬ケルベロスを感動させる竪琴の業などもあろう筈がない。

悲観したプシュケーは何時しか高い高い塔の上へと登り、いっそのこと飛び降りて死んでから冥府に渡ろうかと思ったものの、その時に何処からか生きた身でも冥府に下りられる小径の存在を囁くような歌が教えてくれた。

余りの絶望からの幻聴かとも思われたが、縋り付くような思いで歌に従ったプシュケーは本当に冥府のプルートー(ハデス)宮殿へ、そしてプロセルピナの御前へと辿り着く。
プシュケーの話を聞いた冥府の女王は、快く自らの“美”をヴィーナスから預かってきた小箱に入れて渡してやる(小箱毎に渡したとするものもある)が、ここでお馴染みの冥界ルールが発動。

プシュケーに「現世に戻るまで決して小箱を開けるな」と言い含めてから送り出すのだった。

……さて、遂に最大の試練も乗り越えて後は帰るばかりとなったプシュケーだったが、彼女は余りにもアンシャントロマン(理不尽な)な試練の連続に疲れ果てていた。
疲れすぎて、クピドが愛してくれた美貌にも翳りが差し、今のままでは再会しても再び愛してはくれないかもと不安になった彼女は、美の女神すらが欲しがった冥府の女王の“美”を少しなら自分にも使ってもいいのではないかと思い……小箱を開けてしまう。
その刹那に小箱から飛び出したのは冥府の眠り(即死魔法)であり、哀れプシュケーは地上を目前に息絶えてしまったのだ。
この事態に、慌てて飛び出してきたのはクピドだった。
……そう、彼はプシュケーに裏切られたことにショックこそ受けたものの愛する人を見限ってなどはおらず、此度のような事態を引き起こしたプシュケーの姉達には確りと報復*5した上で、密かにプシュケーが母の試練を乗り越えられるように手助けしていたのだ。

しかし、命を落とされてしまってはどうしようもないと嘆き悲しむクピドに助け舟を出したのが何と最高神ユピテル。
大鷲の件といい、裏から正妻ユノにでも相談を受けていたのか、二人の恋路を見守っていたユピテルは、クピドが自分に助けを求めたのを見て即座に応えると、後でいい女を紹介しろよとクピドに約束させつつ、プシュケーに不老不死の霊酒ネクタルを与えて神として復活させて、正式にクピドとの婚姻を認めてやったのだ。

こうなれば、ヴィーナスも納得せざるを得ず、人の身では無くなったものの蝶の羽根を持つ女神となったプシュケーはクピドとの間にウォルブタース(喜び)という子ももうけて幸せに天界で暮らしたという。

尚、女神としてのプシュケーの能力は、かつての自分の過ちを恥じるかのような愛する人を信じさせること……である。



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最終更新:2025年11月08日 20:56

*1 実際には2世紀頃の古代ローマの作家アプレイウスの創作なのだが、当時は既に実際の信仰とはかけ離れた創作系ギリシャ神話がギリシャ悲劇文学として根付いていたので、反対に当該作も歴としたギリシャ神話として組み入れられてしまったらしい。

*2 語源は“息”だが、後に意味が拡大されると共に“魂”や“命”更には“心”を意味する語となり、英語のPsycho(精神異常)の語源となった。……ナンデ!?

*3 一見すると途轍もなく悪い意味に聞こえるが、実は“全世界を飛び回り〜”の部分は当時のラテン文学では定番の“恋”の寓喩……つまりは最高の恋人と巡り会えると示したものなのだとか。……わかるか!

*4 “冥府の女王の化粧品”と解釈されることが多い。

*5 姉達の元を訪れてプシュケーの替わりに妻にすると騙した上でゼピュロスに拐わせて谷底に突き落とした。…うぇぇ。