だんのこまち@wiki
中学校入学編
最終更新:
dannocomachi
-
view
春の朝
「みたー、起きてる?」
玄関の外から、聞き慣れた声がした。
みたらしっぽは制服のボタンを留めながら、端末の時間を見る。
集合時間の五分前。
まだ間に合う。
たぶん。
「起きてる」
「それ、準備できてるって意味じゃないよね」
「よくわかったね」
「何年近所やってると思ってるの」
ドアの向こうで、シュガーシロップが呆れたように言う。
みたらしっぽは鏡の前でネクタイを見る。
曲がっている。
明らかに曲がっている。
ただ、どちらに直せば正解なのかがわからない。
「制服って、装備画面で自動調整してくれたらいいのに」
「現実の制服に装備画面はないよ」
「不便だなぁ」
「現実に文句言ってないで早く出てきて」
「はいはい」
鞄を持ち、端末を確認する。
教科書。
筆記具。
入学式の案内。
生徒証。
何度も確認したはずなのに、忘れ物がある気がする。
ゲームなら、クエスト開始前に必要アイテム一覧が出る。
現実はそういうところが不親切だった。
玄関を開けると、シュガーシロップが立っていた。
新しい制服。
見慣れた顔。
でも、制服が変わっただけで少しだけ違って見える。
「おはよ」
「おはよう。ネクタイ曲がってる」
「やっぱり?」
「やっぱり」
シュガーシロップは近づいてきて、みたらしっぽのネクタイを直した。
手つきが雑なようで、意外とちゃんとしている。
「シロ、こういうの得意だよね」
「自分のは雑だけど、人のは見えるんだよ」
「自分のも見た方がいいと思う」
「え、私も曲がってる?」
「いや、髪がちょっと跳ねてる」
「これは寝癖じゃなくて個性」
「便利な言葉だ」
二人は並んで歩き出す。
今日から、だんのこまち第一中学校の一年生。
小学校の頃から同じ町で過ごしてきた二人にとって、知らない場所へ行くわけではない。
それでも、通学路は少し違う。
制服も違う。
周りを歩く人の背も少し高い。
同じ春なのに、空気だけが少しだけ新しい。
「みた、昨日FoFログインしてた?」
「した」
「何時まで?」
「……少し」
「少しって何時?」
「日付は越えてない」
「じゃあ結構やってるじゃん」
「ギルドハウスの配置を見てたら時間が消えた」
「あー、わかる」
シュガーシロップはすぐ納得した。
「倉庫の位置とか、練習場の広さとか、気になるよね」
「でしょ」
「でも入学式前日にやることではない」
「それはそう」
凍てつく城の攻略。
TRustDiamonDとの交流。
グラディエーターを目指すと決めたこと。
そして、王都ペル・ゼノンに建設されるギルドハウス。
FoFの中では、いろいろなことが大きく動いている。
でも、現実でも今日、別の何かが始まる。
「中学校かぁ」
シュガーシロップが空を見上げる。
「なんか、急にちゃんとしろって言われてる感じするね」
「シロはちゃんとしてる方じゃない?」
「そう見える?」
「うん」
「じゃあその評価を大事にしていこう」
「中身は?」
「これから育てる」
「育成要素だった」
そんな話をしながら歩いていると、校門が見えてきた。
だんのこまち第一中学校。
新品の看板。
桜の花びら。
入学式の案内板。
そして、思ったより多い新入生と保護者。
「人、多い」
「入学式だからね」
「レイド集合地点みたい」
「みた、今日はゲーム脳を少ししまおう」
「努力する」
「努力じゃなくて実行」
「はい」
シュガーシロップは軽く笑いながら、校門の方へ歩いていく。
みたらしっぽもその隣を歩いた。
現実の新マップ。
推奨レベル、不明。
攻略情報、ほぼなし。
ただし、隣にはいつもの幼馴染がいる。
それだけで、少しだけ難易度が下がった気がした。
クラス分け
昇降口前には、クラス分けの掲示が出ていた。
人だかりができていて、前に進むだけでも少し大変だ。
みたらしっぽは背伸びして掲示を見る。
一年一組。
一年二組。
一年三組。
名前がずらりと並んでいる。
「見えた?」
シュガーシロップが横から聞く。
「僕、一組」
「私は二組だ」
「別か」
「まあ、隣なら近いでしょ」
「休み時間に来そう」
「行くよ」
「即答」
「みたが迷子にならないか見に行く」
「中学校の教室で迷子にはならないよ」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんなんだ」
シュガーシロップが笑う。
その時、彼女の視線が掲示板の一組の欄で止まった。
「あ、キャラメルも一組じゃん」
「キャラメル?」
「私の幼馴染。バニラキャラメル。前に話したことなかったっけ?」
「あったかも」
「あるよ。私がちゃんとしてないと、だいたい注意してくる子」
「シロに注意できるの、強いね」
「強いよ。別方向に」
「別方向?」
「会えばわかる」
その言い方は、つきみが時々する「行けばわかる」と似ていた。
わかると言われても、まだわからないやつだ。
みたらしっぽがもう一度掲示を見ると、一組の欄に見覚えのある名前があった。
つきみ。
「……あれ」
「どうしたの?」
「つきみも一組にいる」
「え、団ノ子の?」
「うん」
二人は顔を見合わせた。
FoFで一緒にレイドへ行って、凍てつく城まで攻略した仲間。
前衛としての動きも、マジックナイトの感覚も、みたらしっぽにかなり大きな影響を与えた相手。
そのつきみが、現実でも同じ中学校。
しかも同じクラス。
「世間狭くない?」
シュガーシロップが言う。
「バーチャル世界より狭い」
「それはそう」
「でも、現実で会うの初めてだよね」
「たぶん」
「たぶんって」
「アバターで見慣れてると、現実で会った時にちゃんと気づけるか不安にならない?」
「わかる」
ちょうどその時、後ろから声がした。
「シロちゃん?」
シュガーシロップが振り返る。
そこに立っていたのは、制服をきれいに着こなした女子だった。
髪も、リボンも、鞄の持ち方も、全部が整っている。
笑い方も柔らかい。
けれど、その笑顔には「ちゃんと見せ方をわかっている」感じがあった。
「キャラメル!」
シュガーシロップが手を振る。
「おはよう。朝から元気だね」
「入学式だし!」
「その前に、髪が跳ねてる」
「みたにも言われた」
「やっぱり」
バニラキャラメルは当然のようにシュガーシロップの髪を整えた。
シュガーシロップは慣れているのか、特に抵抗しない。
「はい。これで少し女の子らしくなった」
「少し?」
「うん。少し」
「厳しい」
「褒めてるよ?」
「今の褒めてた?」
「褒めてた」
バニラキャラメルはにこりと笑う。
それから、みたらしっぽの方を見る。
「あなたが、みたらしっぽ君?」
「うん。初めまして」
「初めまして。バニラキャラメルです。シロちゃんから話は聞いてるよ」
「どんな話?」
「バーチャル世界に住んでるみたいな人って」
「だいたい合ってる」
「否定しないんだ」
「否定する材料が少ない」
バニラはくすっと笑った。
その笑い方も、なんというか、うまい。
初対面なのに距離が近すぎず、でも遠すぎない。
シュガーシロップが「別方向に強い」と言った意味が、少しわかった気がした。
「同じクラスみたいだね。よろしくね、みたらしっぽ君」
「こちらこそ」
「長いから、みた君って呼んでもいい?」
「いいよ」
「じゃあ、みた君」
呼び方の決定が早い。
バニラキャラメルはにこにこしている。
シュガーシロップは横で腕を組んだ。
「キャラメル、初日からあざとくない?」
「え?」
バニラキャラメルは首を傾げる。
完璧な角度だった。
「そういうとこ」
「何のこと?」
「絶対わかってる」
「わかってないよ?」
「嘘だ」
「嘘じゃないよ?」
みたらしっぽは二人のやり取りを見ながら、少し笑った。
幼馴染同士の空気は、説明されなくてもなんとなくわかる。
遠慮が少ない。
でも、嫌な感じではない。
「みた」
今度は別の声がした。
振り返ると、少し離れたところに、つきみがいた。
現実の制服姿。
アバターとは違う。
違うはずなのに、立ち方と目の動きで、すぐにつきみだとわかった。
「つきみ?」
「正解」
つきみは軽く手を上げた。
「ほんとに同じ学校だったんだね」
「僕も今知った」
「一組だよね?」
「うん」
「じゃあ同じクラスか。よろしくー」
軽い。
いつものつきみに近い。
けれど、どこか少しだけ違う。
学校用の顔。
たぶん、そういうものがある。
つきみはみたらしっぽの近くまで来ると、声を少しだけ落とした。
「FoFの話、学校ではほどほどにね」
「え?」
「私、学校だと適当な人で通してるから」
「適当な人で通してるって、自分で言うんだ」
「自覚はあるよ」
「レイドで指示出してるところと全然違うね」
「だから秘密」
つきみは笑った。
その笑顔はいつも通り軽い。
でも、言っていることは少しだけ真面目だった。
「了解。学校ではほどほどに」
「助かる」
シュガーシロップが横から覗き込む。
「つきみ、私もよろしく」
「よろしく、シロ」
「シロ呼び早いね」
「ギルドで聞いてるから」
「そっか」
バニラキャラメルが少し不思議そうに三人を見る。
「ギルド?」
「ゲームの話」
シュガーシロップが言う。
「みた達がやってるFoFの」
「ああ、最近シロちゃんがずっと話してるやつ」
「ずっとは話してない」
「昨日も話してたよ」
「昨日は新クラスの話だから仕方ない」
「それをずっとって言うんだよ」
バニラキャラメルは楽しそうに笑った。
そこへ先生の声が響く。
「新入生は、自分のクラスの教室へ移動してください」
入学式前の、最初の移動。
みたらしっぽは一組の表示を見る。
バニラキャラメル。
つきみ。
そして、自分。
現実側でも、少しずつ名前が増えていく。
ギルドとは違う。
パーティーとも違う。
でも、これはこれで、新しい始まりだった。
一年一組
一年一組の教室は、まだ少し落ち着かなかった。
新品の机。
黒板に書かれた「入学おめでとう」の文字。
窓際に差し込む春の光。
それぞれの席には名前札が置かれている。
みたらしっぽの席は、真ん中より少し後ろ。
バニラキャラメルは斜め前。
つきみは窓際の後ろの方だった。
「いい席だ」
つきみが窓の外を見ながら言った。
「外見えるから?」
「眠そうな顔しててもバレにくい」
「理由が適当」
「学校では適当な人なので」
「徹底してる」
「努力してるんだよ」
「努力の方向が変」
みたらしっぽがそう言うと、つきみは少し笑った。
バニラキャラメルは自分の席に鞄を置きながら、教室全体をさっと見た。
その視線の動きが自然なのに速い。
誰が緊張しているか。
誰がすでに知り合いと話しているか。
どの席が中心になりそうか。
そういうものを、何気なく見ているように見えた。
「キャラメル、初日から周り見てるね」
みたらしっぽが言うと、バニラキャラメルはにこりと笑う。
「見てないよ?」
「見てた」
「みた君、意外とそういうところ見るんだね」
「ゲームで周囲確認は大事だから」
「現実でも?」
「現実でも、たぶん」
「じゃあ、みた君も見てる側だ」
バニラキャラメルはそう言って、少しだけ目を細めた。
その表情は、さっきまでの柔らかい笑顔とは少し違う。
あざといだけではない。
ちゃんと頭が回るタイプだ。
「キャラメル、強いね」
「え?」
「いや、なんとなく」
「初日で強いって言われたの初めてかも」
「シロが言ってた通りだった」
「シロちゃん、何言ったの?」
「別方向に強いって」
バニラキャラメルは一瞬だけ黙った。
それから、にこっと笑う。
「あとでシロちゃんに言っておくね」
「何を?」
「髪、明日からちゃんと整えてねって」
「間接攻撃だ」
「正面からも言うよ?」
「強い」
そんな会話をしているうちに、担任の先生が入ってきた。
教室が一気に静かになる。
出席確認。
入学式の流れ。
提出物の確認。
明日からの予定。
現実の情報量が、みたらしっぽの頭にどんどん積み上がっていく。
FoFのアップデート情報なら何時間でも読めるのに、学校のプリントはなぜこんなに眠くなるのだろう。
「みた」
小さな声が横から飛んできた。
つきみだった。
「寝ない」
「寝てない」
「目が半分だった」
「耐えてる」
「耐久レイドじゃないよ」
「わかってる」
バニラキャラメルが斜め前で肩を揺らしている。
笑いをこらえているらしい。
担任の話が一段落すると、自己紹介の時間になった。
一人ずつ立って、名前と簡単な一言を言う。
最初の数人は、部活を頑張りたいとか、友達を作りたいとか、勉強を頑張りたいとか、きちんとしたことを言っていた。
みたらしっぽの番が近づいてくる。
何を言えばいいのか。
趣味はゲーム。
それは事実。
ただ、どの程度まで言うべきか。
「みたらしっぽです」
立ち上がる。
クラスメイトの視線が集まる。
現実の視線は、レイドボスのヘイトとは違う重さがある。
「趣味は、バーチャル世界でいろいろ遊ぶことです」
少しだけ間が空く。
「ゲームも好きです。よろしくお願いします」
無難。
たぶん無難。
席に座ると、つきみが小さく親指を立てた。
なぜかクリア評価をもらった気分になった。
次はバニラキャラメルだった。
「バニラキャラメルです」
声がよく通る。
でも、強すぎない。
「甘いものと音楽が好きです。まだ知らない人ばかりなので、たくさん話しかけてもらえると嬉しいです」
最後に少しだけ微笑む。
教室の空気が、ふっと柔らかくなった。
「強い」
みたらしっぽは思わず小さく呟いた。
バニラキャラメルが席に座る時、こちらを見て小さくウインクした。
聞こえていたらしい。
つきみの番になる。
つきみはゆっくり立ち上がった。
「つきみです」
少し眠そうな声。
「ほどほどに頑張ります。よろしくお願いします」
短い。
かなり短い。
でも、なぜか教室の何人かが笑った。
肩の力が抜ける感じがあった。
「適当だ」
みたらしっぽが言う。
席に戻ってきたつきみは、涼しい顔で返す。
「計画通り」
「計画だったんだ」
「適当に見えるようにするのは、適当じゃできないんだよ」
「深いようで変なこと言ってる」
「それも計画」
「便利だなぁ」
教室の空気は、入ってきた時より少しだけ軽くなっていた。
一年一組。
まだ何も始まっていない。
でも、なんとなく、このクラスは退屈しなさそうだと、みたらしっぽは思った。
入学式と休み時間
入学式は、長かった。
体育館に並び、校長先生の話を聞き、在校生代表の挨拶を聞き、先生たちの紹介を聞く。
大事な時間なのはわかる。
わかるけれど、椅子に座っているだけの時間は、みたらしっぽにとってかなり難易度が高い。
「現実のイベント、スキップ機能ないのきつい」
教室へ戻る途中、みたらしっぽが小さく言った。
「スキップしたらだめでしょ」
バニラキャラメルが言う。
「でもログは後から読める方が便利じゃない?」
「それはちょっとわかる」
「わかるんだ」
「式の内容を後から確認できたら便利だし」
「キャラメル、思ったよりシステム目線だね」
「便利なものは便利だよ」
「だよね」
つきみが後ろから言う。
「でも、現実はスキップできないから、適当に集中してる顔をする技術が必要」
「つきみ、それ先生に聞かれたら怒られるよ」
「だから小声」
「そこはちゃんとしてる」
「適当な人にも技術があるからね」
教室に戻ると、休み時間になった。
新入生たちは、すでに少しずつ話し始めている。
同じ小学校だった人たちが固まる。
隣の席同士で名前を確認する。
部活の話をする。
どこかぎこちなくて、でも少しずつ動き出している。
そのタイミングで、教室の入口からシュガーシロップが顔を出した。
「みたー」
「早い」
「見に来た」
「本当に来た」
シュガーシロップは教室に入ってきて、バニラを見つける。
「キャラメル、一組どう?」
「シロちゃんよりは落ち着いてるよ」
「比較対象が私なんだ」
「うん」
「ひどくない?」
「褒めてるよ?」
「さっきもそれ言ってた」
バニラキャラメルは笑いながら、シュガーシロップのリボンを直した。
「あと、リボン曲がってる」
「また?」
「また」
「現実の装備、すぐズレるなぁ」
「みた君みたいなこと言わないで」
「うつった?」
「早いよ」
つきみが入口近くで腕を組みながら言う。
「シロは二組だっけ?」
「うん。つきみは一組?」
「そう」
「じゃあみたのことよろしく」
「私は保護者じゃないよ」
「でも頼りになるじゃん」
「学校では適当な人なので」
「その設定、私にも適用される?」
「される」
「そっか。じゃあ秘密にしとく」
シュガーシロップはあっさり頷いた。
つきみは少し意外そうにする。
「シロ、そういうとこ軽くて助かる」
「そういうとこ?」
「深く聞かないところ」
「聞いてほしいなら聞くよ」
「聞かなくていい」
「なら聞かない」
そのやり取りを見て、みたらしっぽは少しだけ不思議な気分になった。
FoFの中で、つきみは前に立つ。
判断が早く、強く、頼れる。
でも、学校では少し違う場所に立とうとしている。
それをシュガーシロップは、軽く受け止めた。
軽いけれど、雑ではない。
そういうところが、シロのいいところなのだと思う。
「ところで」
シュガーシロップが急にみたらしっぽを見る。
「今日帰ったらログインする?」
「すると思う」
「入学式の日くらい休めば?」
「シロもするでしょ」
「する」
「ほら」
「でも私は少しだけ」
「少しって?」
「ギルドハウス見て、練習場見て、ちょっと新クラス触って、寝る」
「それ、少し?」
「みたよりは少し」
「基準が僕になってる」
バニラキャラメルが少し興味深そうに聞いていた。
「そんなに面白いの? FoFって」
「面白いよ」
みたらしっぽはすぐに答えた。
「戦闘も探索も生産もできるし、最近新フィールドも増えたし、ギルドハウスも建つし」
「早口になってる」
つきみが言う。
「ほどほどに」
「あ、ごめん」
「でも、楽しそうだね」
バニラキャラメルはそう言った。
からかうでもなく、ただ素直に。
「シロちゃんが最近ずっと話してる理由、少しわかったかも」
「だからずっとではないって」
「昨日も話してた」
「それは新クラスの話」
「一昨日は?」
「凍てつく城の話」
「その前は?」
「ギルドハウス」
「ほら」
「……ずっとかもしれない」
シュガーシロップは負けを認めた。
バニラキャラメルは満足そうに頷く。
「まあ、楽しそうならいいけどね」
「キャラメルもやる?」
「今は見てるだけでいいかな」
「えー」
「シロちゃん、誘う時に前のめりすぎ」
「楽しいものは共有したいじゃん」
「それは良いこと。でも、押しすぎると逃げられるよ」
「なるほど」
「あと、部活勧誘もたぶん同じだから気をつけてね」
「部活?」
「シロちゃん、絶対いろんな部活に声かけられるよ」
「そんなに?」
「そんなに」
その予言は、放課後すぐに当たることになる。
放課後の勧誘
入学式の日の放課後。
校舎の一階は、部活勧誘でにぎやかになっていた。
運動部。
文化部。
委員会。
よくわからない同好会。
手作りのポスターを持った先輩たちが、新入生に声をかけている。
「新入生? バドミントン興味ない?」
「陸上部見学だけでも!」
「吹奏楽どうですかー!」
「軽音、楽器初心者歓迎!」
「美術部、静かだよ!」
「静かって理由でちょっと惹かれる」
みたらしっぽが言うと、つきみが隣で頷いた。
「帰宅部も静かだよ」
「それは部活?」
「心の部活」
「便利な言葉だ」
その少し前方で、シュガーシロップが先輩たちに囲まれていた。
なぜかもう運動部の何人かに目を付けられている。
「え、ちょっと待って。見学はするかもだけど、今日全部は無理で」
「走るの得意?」
「球技できる?」
「楽器やってるって本当?」
「なんで知ってるの!?」
情報の回りが早い。
みたらしっぽは少し離れたところから見ていた。
「シロ、もうレイド始まってるね」
「部活勧誘レイド」
つきみが言う。
「タンクなしで突入してる」
「助ける?」
「私は学校では適当な人なので」
「それ、便利に使ってない?」
「使ってる」
その時、バニラキャラメルがすっと前に出た。
「あの、すみません」
声は柔らかい。
でも、妙に通る。
「シロちゃん、今日は入学式で予定があるので、見学の予定だけ教えてもらってもいいですか?」
先輩たちの空気が少し落ち着く。
「あ、そうだよね」
「予定表渡すね」
「興味あったら来て!」
「ありがとうございまーす!」
シュガーシロップは両手いっぱいに予定表を受け取った。
バニラキャラメルはその半分を自然に持つ。
「シロちゃん、全部に返事しようとするから囲まれるんだよ」
「断るの苦手なんだよね」
「知ってる」
「助かった」
「どういたしまして」
バニラキャラメルはにこりと笑う。
「でも明日からは自分で整理してね」
「厳しい」
「褒めてるよ?」
「それ絶対褒めてない」
「褒めてる褒めてる」
みたらしっぽとつきみも合流する。
シュガーシロップの手元には、運動部だけでなく音楽系の部活案内まで混ざっていた。
「シロ、人気だね」
「人気というか、逃げ道がなかった」
「助っ人適性が現実でも出てる」
「ゲームじゃないんだけど」
「でもシロはどこでもシロだね」
「それ褒めてる?」
「褒めてる」
みたらしっぽが答えると、シュガーシロップは少しだけ照れたように笑った。
「みたは何か見るの?」
「今日は帰る」
「早い」
「FoFもあるし」
「正直」
「それに、部活はもう少し考える」
つきみが横で言う。
「みたは帰宅部向きだよね」
「それ、どういう意味?」
「家に帰る理由が強い」
「否定できない」
「でも、ゲームのために時間管理するなら、それはそれで真面目かも」
バニラキャラメルが言った。
「真面目?」
みたらしっぽは首を傾げる。
「好きなことをちゃんと続けるために、自分の生活を考えるってことだから」
「キャラメル、いいこと言うね」
「たまにはね」
「たまにはなんだ」
「いつも言うとありがたみがなくなるでしょ?」
「計算してる」
「してないよ?」
「してる顔だ」
バニラキャラメルはにこにこしている。
つきみが小さく言った。
「この子、けっこう強いね」
「つきみに言われるの、すごい」
「何が?」
「つきみも強いから」
「私は適当な人だよ」
「はいはい」
「信じてないね?」
「ほどほどに」
つきみは笑った。
校門へ向かう道の途中、四人は自然と並んで歩いていた。
シュガーシロップは二組。
みたらしっぽ、バニラキャラメル、つきみは一組。
クラスは少し違う。
遊び方もたぶん違う。
でも、同じ学校にいる。
その事実は、思ったより心強かった。
「じゃあ、私はこっち」
つきみが校門の手前で立ち止まる。
「犬の散歩あるから」
「ルナちゃん?」
みたらしっぽが聞く。
「うん。週末じゃなくても待ってるから」
「そっか」
「また夜、ログインするかも」
「了解」
つきみは軽く手を振った。
「あ、みた」
「何?」
「学校ではほどほどにね」
「FoFの話?」
「それも。あと、寝不足も」
「努力する」
「努力じゃなくて実行」
「今日二回目だ」
「じゃあ大事ってこと」
そう言って、つきみは歩いていった。
背中は軽い。
でも、レイドの時の背中とは少し違う。
現実には現実の歩き方があるのだと思う。
夜のギルドハウス
その日の夜。
みたらしっぽは、王都ペル・ゼノンのギルドハウス予定地に立っていた。
まだ完成はしていない。
建設用の足場が組まれ、NPC職人が忙しそうに動いている。
大通りから少し外れた、落ち着いた場所。
昼間に見た中学校の教室とはまったく違う景色なのに、なぜか少し似ている気がした。
どちらも、これから始まる場所だからかもしれない。
<シュガーシロップ がログインしました>
<つきみ がログインしました>
通知が続けて流れる。
「お、来た」
シュガーシロップはすぐ近くに現れた。
「入学式お疲れー」
「お疲れ」
少し遅れて、つきみもログインする。
アバター姿に戻ると、やっぱり見慣れたつきみだった。
「現実で会った後にアバターで会うの、変な感じだね」
みたらしっぽが言う。
「わかる」
つきみは頷く。
「アバターの方が見慣れてるはずなのに、現実の顔もちらつく」
「不思議だよね」
「そのうち慣れるよ」
そこへ、ギルドチャットが一気に動き出した。
<エクレアマルテール:入学式どうだった!?>
<みたらしっぽ:普通だった>
<エクレアマルテール:普通って何!?もっとあるでしょ!制服とか!新しい教室とか!運命の出会いとか!>
<シュガーシロップ:部活勧誘に囲まれた>
<エクレアマルテール:それは見たかった!!>
<フォンダンアイリス:人の入学式を観戦イベントみたいに言わないの>
<エクレアマルテール:だって気になるじゃん!>
<ガトーショコラ:中学校初日からもうイベント発生してるね>
<スフレ:お疲れ様。今日は早く寝た方がいい>
<エクレアマルテール:えー、入学祝いPvPは?>
<フォンダンアイリス:なぜ入学祝いがPvPなのよ>
<エクレアマルテール:景気がいいから!>
<フォンダンアイリス:理由になってないわ>
みたらしっぽは笑った。
エクレアは今日も元気だった。
現実の学校に来ていなくても、場をかき回す力は十分ある。
「入学祝いPvPかぁ」
シュガーシロップが少し考える。
「シロ、乗らない」
みたらしっぽが止める。
「まだ何も言ってない」
「顔が言ってた」
「そんなに?」
「うん」
つきみが笑う。
「今日はやめとこう。初日から疲れてるし」
「つきみがまともなことを言ってる」
「私はいつもまともだよ」
「学校では適当な人なのに?」
「場所によって設定が違う」
「キャラ切り替えだ」
「そうそう」
ギルドハウス予定地には、他のメンバーも少しずつ集まってきた。
ガトーショコラは建設進捗を確認し、スフレは仮設キッチンに置ける家具の話をしている。
アイリスはエクレアの暴走をチャットで止めながら、なぜか建物の動線について真面目に意見を出していた。
チロルからもチャットが来た。
<チロル:入学おめでとうございます。今度カフェでもお祝いしますね>
<コハク:猫にも伝えました>
<みたらしっぽ:ありがとう。猫、わかった?>
<コハク:目が合いました>
<シュガーシロップ:なら大丈夫だね>
<フォンダンアイリス:なぜそれで納得するのよ>
<エクレアマルテール:猫はわかるよ!>
<フォンダンアイリス:あなたまで乗らない>
チャットが流れる。
現実の学校。
FoFのギルド。
どちらにも、別々の賑やかさがある。
みたらしっぽは建設中のギルドハウスを見上げた。
「今日、変な日だったな」
「変?」
シュガーシロップが聞く。
「朝は中学校の入学式で、夜はギルドハウス予定地にいる」
「確かに」
「現実でも新しい場所が始まって、FoFでも新しい場所ができる」
「忙しいね」
「うん。でも、悪くない」
つきみが少し離れた場所で、建物の骨組みを見ていた。
「みた」
「何?」
「同じクラスだけど、学校ではたぶん、いつも一緒にいる感じにはならないと思う」
「うん」
みたらしっぽは頷いた。
なんとなく、それはわかっていた。
つきみには学校での距離感がある。
みたらしっぽにも、現実での過ごし方がある。
シュガーシロップには部活や音楽がある。
バニラキャラメルにも、きっと自分の居場所がある。
「でも、何かあったら普通に言って」
つきみは続けた。
「学校でも、こっちでも」
「うん。つきみも」
「私は大丈夫」
「それ、あんまり信用できないやつ」
「お、言うね」
「レイドで学んだ」
「じゃあ、困ったら言う」
「約束?」
「ほどほどに」
「そこははっきりしないんだ」
つきみは笑った。
シュガーシロップが二人の間に入ってくる。
「じゃあ、学校でもFoFでも、ほどほどによろしくってことで」
「軽いまとめ」
「でも合ってるでしょ」
「合ってる」
みたらしっぽは頷く。
その時、ギルドハウス予定地の上に、建設進捗のウィンドウが浮かんだ。
<ギルドハウス建設進捗:12%>
「まだまだだね」
シュガーシロップが言う。
「学校生活も、たぶんまだ一日目だから12%もないよ」
みたらしっぽが返す。
「じゃあ何%?」
「一%くらい」
「低い」
「チュートリアルの途中」
「なるほど」
つきみが笑う。
「でも、チュートリアルで知り合いがいるのはだいぶ楽だよ」
「それはそう」
みたらしっぽは、今日出会った顔を思い浮かべる。
シロ。
バニラキャラメル。
つきみ。
教室のざわめき。
部活勧誘の声。
そして、夜のギルドチャット。
現実とバーチャル世界は、別々の場所だ。
でも、完全に切り離されているわけではない。
片方で出会った人が、もう片方にも少しずつ影を落としていく。
今日の入学式は、ただの学校行事だった。
大きなレイドもない。
新ボスもいない。
報酬画面も出ない。
それでも、みたらしっぽにとっては、ちゃんと新しいクエストの開始だった。
「明日も学校かぁ」
シュガーシロップが伸びをする。
「当たり前だよ」
バニラキャラメルから端末メッセージが届いた。
<バニラキャラメル:シロちゃん、明日は髪ちゃんとしてくること。みた君もネクタイ曲がってたら直すからね>
「バニラキャラメル、もう管理してきた」
みたらしっぽが言う。
シュガーシロップは笑った。
「強いでしょ」
「強い」
つきみも画面を覗き込む。
「この子、学校生活の攻略上手そう」
「たぶんね」
「味方にすると便利そう」
「ゲームみたいに言わない」
「現実もパーティー構成大事だよ」
それは、たぶん少しだけ本当だった。
みたらしっぽはギルドハウス予定地をもう一度見上げる。
未完成の建物。
始まったばかりの学校生活。
どちらも、これから少しずつ形になっていく。
そして、この春には。
まだみたらしっぽ達の知らないところで、もう一つのログインが始まろうとしていた。