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新フィールド「永劫の凍土」攻略
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攻略隊募集
<永劫の凍土・第一次大規模攻略隊募集>
王都ペル・ゼノンの中央広場に、その告知が出たのは、超大型アップデートから少し経った頃だった。
新大陸。
新クラス。
新ダンジョン。
そして、雪に覆われた未踏破フィールド、永劫の凍土。
告知が出た直後は、誰もが勢いだけで新フィールドへ向かおうとしていた。
けれど、実際に足を踏み入れたプレイヤーたちの報告が出始めると、広場の空気は少しずつ変わっていった。
低温デバフ。
吹雪による視界不良。
氷結属性の広範囲攻撃。
撤退中の遭難。
そして、白狼山脈のさらに北で発見された、巨大な城らしき影。
「ついに来たね」
つきみが告知を見ながら言った。
いつもの集まり場所。
使い魔は丸い体からほんのり湯気を出していた。
「かわいいのに暖かい」
スフレが言った。
「暖房用ですから」
ルカが真面目に答える。
「でも、かわいいです」
「そこは譲らないんだ」
みたらしっぽが笑うと、ルカは魔道書を抱えたまま頷いた。
「性能です」
「かわいさも性能ってこと?」
「はい」
「コハクさんが好きそうな理屈だね」
その名前を出した瞬間、ギルドチャットに短い返事が流れた。
<コハク:かわいさは性能です>
「見てた」
「店番しながら見てるね」
チロルが少し困ったように笑った。
カフェのんびりひっそりの営業もあるため、チロルは今回の攻略隊には参加しない。
コハクも在籍はしているものの、基本的にはカフェの店番役だ。
けれど、二人ともギルドチャットにはよく顔を出すようになっていた。
「永劫の凍土、私はまだ無理そうですね」
チロルが言う。
「無理しなくていいよ」
みたらしっぽは頷く。
「今回はたぶん、本当に高難易度になる」
「そう聞くと逆に行きたくなる!」
エクレアが勢いよく手を上げた。
「ならないで」
アイリスが即座に止める。
「なんで!?」
「装備がPvP寄りすぎるわ。耐寒値が足りない」
「気合いで」
「気合いで低温デバフは消えないわよ」
「じゃあ、スープで」
ティオがスープ鍋を少し持ち上げた。
「スープは助けになるけど万能じゃないねぇ」
「ティオまで!」
「凍るエクレアちゃんを見たくないからねぇ」
「それはちょっと見たいかも」
「みた!?」
エクレアが振り返る。
「ごめん、少しだけ」
「少しだけなら凍っていいみたいに言わないで!」
「誰も凍っていいとは言ってないわ」
アイリスがため息をついた。
「今回は攻略隊に登録する人数を絞った方がいいわね。未知フィールドで人数だけ増やしても、管理ができないもの」
「だね」
つきみが頷く。
「団ノ子から行くなら、高レベルで役割が固まってるメンバー。みた、シロ、ショコ姉、スフレ、私、アイリス。この六人が一番安定すると思う」
「私は留守番かぁ」
エクレアは露骨にしょんぼりした。
「今回はね」
みたらしっぽが言う。
「ただ、情報は全部持ち帰る。次に行く時に動けるように」
「じゃあ、雪の写真いっぱい撮って」
「観光じゃないんだけど」
「凍ったみたの写真も」
「撮らない」
「一枚だけ」
「撮らない」
「記念に」
「撮らない」
「エクレア?」
アイリスの声が少し低くなる。
「はい」
エクレアは大人しくなった。
本当に少しだけ。
ロウガンは黙って攻略隊の募集条件を見ていた。
大きな盾を横に置き、指で告知文の注意項目をなぞる。
「俺も今回は本隊には入らない方がいいな」
「ロウガンさんも?」
みたらしっぽが聞く。
「ガーディアンの準備がまだ足りない。今回の攻略で無理に盾役をやるより、周辺支援と情報整理に回る」
「でも、ロウガンさんの助言は欲しいです」
「チャットで出す。あと、寒冷地用の装備固定具を少し調整しておいた。盾持ちは腕が固まると受け損ねる」
「助かります」
短い。
でも、必要なところをきっちり見ている。
みたらしっぽは、ロウガンのそういうところがかなり頼もしいと思っていた。
「みた」
つきみが言う。
「マジックナイトになってからの本格攻略、これが初めてだよね」
「うん」
みたらしっぽは自分の装備画面を開く。
クラス欄には、少し前まで目標だった文字が表示されている。
<マジックナイト>
ファイターで前に立つ練習をして。
パラディンで守り方を覚えて。
つきみの動きを見ながら、魔力を剣に乗せる感覚を何度も試した。
まだ完成したとは言えない。
それでも、今のみたらしっぽは、もうシーフで逃げ回っていた頃とは違う。
「前に立つのと、斬り込むの。両方見るにはちょうどいいかも」
つきみはそう言った。
「どういう意味?」
「行けばわかると思う」
「つきみ、そういう言い方する時だいたい何か見えてるよね」
「まだ見えてないよ。予想してるだけ」
「それを見えてるって言うんじゃない?」
つきみは笑うだけだった。
アイリスが告知を閉じる。
「TRustDiamonDも参加するみたいよ。オルフェオディアマンテ率いる一番隊が出るなら、攻略隊全体の安定感はかなり上がるわ」
「TRustDiamonD……」
みたらしっぽは名前を見つめる。
FoF有数の大規模レイド攻略ギルド。
名前だけなら、何度も見たことがある。
レイド募集掲示板でも、攻略動画でも、ニュースでも。
その一番隊。
しかも、ギルドマスターであるオルフェオディアマンテ本人が来る。
「すごい人たちと行くんだねぇ」
ティオがスープをかき混ぜながら言った。
「じゃあ、スープもちゃんと仕上げないと」
「そこに行くんだ」
「攻略隊の胃袋を掴むのは大事だよ~」
「確かに」
スフレが静かに頷く。
「耐寒効果も、味も大事」
「スフレちゃんはわかってるねぇ」
二人はすでに料理の話に入っていた。
ルカは暖房用の使い魔を何種類か並べ、ガトーショコラは現地報告の地図を更新している。
シュガーシロップは、黙って自分の武器を確認していた。
エクレアはその横で、行きたそうにうずうずしている。
いつも通りだ。
でも、いつもより大きなものが始まろうとしている。
「じゃあ、行こう」
みたらしっぽは言った。
「ちゃんと準備して、ちゃんと帰ってくる」
その言葉に、みんなが頷いた。
永劫の凍土。
まだ誰も地図を完成させていない、白い未踏破地帯。
その先に眠る城へ、団ノ子は初めて足を向けることになった。
白狼山脈
攻略隊の集合地点は、白狼山脈の南側にある前線拠点だった。
普段はNPCの調査隊が使っている小さな拠点らしいが、今日はそこに大量のプレイヤーが集まっている。
各ギルドの旗。
即席の補給テント。
回復職が並ぶ支援エリア。
寒冷地装備の確認をする鍛冶職。
それだけでも、今回の攻略が普通のダンジョン探索ではないことがわかる。
「人、多いね」
シュガーシロップが周囲を見回す。
「大型アップデートの注目度を考えたら、むしろ絞られてる方だと思う」
ガトーショコラが言った。
「条件満たしてない人はここまで来られないしね」
「それでもこれだけいるのかぁ」
みたらしっぽは少し息を吐く。
吐いた息が白くなり、すぐに風へ流された。
まだ永劫の凍土に入ってもいないのに、すでに寒い。
ティオの耐寒スープを飲んで、スフレの作った体温維持の飲み物も持ってきた。
それでも、頬を刺すような冷気は消えない。
「みたらしっぽさんですね」
落ち着いた声がした。
振り返ると、青い髪の青年がこちらへ歩いてきていた。
白と青を基調にした鎧。
派手ではないが、立っているだけで妙な安心感がある。
名前表示は、オルフェオディアマンテ。
その横には金髪の青年、ピンク髪の女性、緑髪の女性、不思議な雰囲気の少女、そして静かに周囲を見ている青年が並んでいた。
「TRustDiamonDのオルフェオディアマンテです。今日はよろしくお願いします」
「ギルド団ノ子の、みたらしっぽです。こちらこそよろしくお願いします」
みたらしっぽが頭を下げると、オルフェオは穏やかに笑った。
「団ノ子の名前は聞いています。人数は多くないですが、高難易度レイドで面白い動きをするギルドだと」
「面白い動き……」
「褒め言葉として受け取って大丈夫です」
隣のピンク髪の女性が言った。
名前表示は、ロレッタトルマリーナ。
声は柔らかいが、目はかなり鋭い。
レイド中に一人も落とさないために周囲を見ている人の目だった。
「ロレッタトルマリーナです。今日は回復と後方管理を担当します。無茶をしたら治しますけど、できれば治す前に避けてくださいね」
「それ、回復職の本音ですね」
アイリスが小さく言う。
ロレッタはにこりと笑った。
「わかってくれる人がいて嬉しいわ」
「わかりすぎて困るわ」
二人は初対面のはずなのに、少しだけ通じ合っていた。
その横で、金髪の青年が軽く手を振る。
「レナートトパーツィオ。プリーストだよ。寒い、暗い、敵が強い。つまり支援職が輝く日だねぇ」
「ずいぶん前向きですね」
スフレが言う。
「後ろ向きに凍ってもつまらないからね。凍るなら前向きに凍ろう」
「凍る前提やめなさい」
ロレッタがすぐに止める。
「はいはい」
「返事は一回」
「はい」
どこかで見たやり取りだった。
つきみがアイリスを見る。
アイリスは視線を逸らした。
「何も言ってないわよ」
「まだ言ってないよ」
「言いそうな顔だったわ」
「言わない言わない」
「嘘ね」
少し離れたところで、緑髪の女性が大剣を肩に担いでいる。
彼女はみたらしっぽ達を見ると、豪快に笑った。
「団ノ子か。噂は聞いてるぞ。今日は派手にやろうぜ」
「ヘルガ、派手にやる前に隊列を守ってください」
オルフェオが静かに言う。
「わかってるって」
「本当ですか?」
「八割くらい」
「残り二割が不安ですね」
不思議な雰囲気の少女、ティアナイオリスは雪の降る空を見上げていた。
「雪、白いね」
「そりゃ白いだろ」
ヘルガが返す。
「でも、白すぎると嘘を隠せる」
「急に怖いこと言うなよ」
ティアナは首を傾げる。
「城は、たぶん嘘をついてる」
その言葉に、ガトーショコラが反応した。
「城?」
「見える前から、隠してる感じがする」
「なるほど……」
「ショコ姉、今のでわかるの?」
シュガーシロップが聞く。
「わからないけど、気になる」
「ショコ姉らしい」
最後に、静かに立っていた青年が短く名乗った。
「エリオガーネット。一番隊所属です」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
余計なことは言わない。
けれど、視線はずっと山脈の先に向いている。
TRustDiamonDの一番隊。
それぞれ癖はある。
けれど、全員が明らかに場慣れしていた。
みたらしっぽは、その中にいるだけで少し背筋が伸びる気がした。
「全体説明を始めます」
オルフェオの声が、拠点に響いた。
ざわついていた攻略隊が静かになる。
「目的は白狼山脈の突破、永劫の凍土への侵入、そして北部に確認された巨大建造物の調査です。戦闘は避けられません。吹雪で視界が切れた場合、各パーティーは無理に合流せず、事前に決めた目印へ戻ってください」
淡々としている。
しかし、言葉に重みがある。
「撤退判断は早めに。未知のフィールドでは、勝てる戦闘より帰れる判断を優先します」
その言葉に、みたらしっぽは少しだけ頷いた。
ちゃんと帰ってくる。
前回、自分が言ったことと同じだった。
「では、行きましょう」
オルフェオが盾を構える。
攻略隊が動き出した。
白狼山脈の雪道へ、いくつもの足跡が刻まれていく。
山脈の中腹に入ると、景色は一気に白くなった。
足元の岩も、木々も、遠くの斜面も、全部が雪に埋もれている。
風が吹くたび、視界が白く塗りつぶされる。
「これ、近い人しか見えないね」
シュガーシロップが言った。
「離れすぎないで。声が届く範囲を維持」
つきみが前を見たまま返す。
今日のつきみは、いつもより少し静かだった。
軽口も言う。
でも、戦闘中の目が違う。
告知映像を見ていた時から、ずっとこの場所を想定していたのだと思う。
「みた、右の影」
「見えた」
雪の中から、白い狼型の魔物が飛び出してくる。
体毛が雪と同じ色で、動き出すまでほとんど見えない。
つきみが一歩前に出る。
盾ではなく、剣と魔力の障壁で進路を塞ぐ。
「シロ、左」
「任せて」
シュガーシロップが横から踏み込み、別の狼を弾き飛ばす。
みたらしっぽはその隙に、正面の一体へ斬り込んだ。
剣に魔力を流す。
冷たい空気の中で、刃に青白い光が走る。
「マナスラッシュ!」
斬撃が狼の肩を裂き、魔力が遅れて爆ぜる。
シーフの時のように一撃を当てて離れるのではない。
ファイターの時のように真正面で受け続けるのでもない。
敵の動きが止まる瞬間に入り、攻撃を差し込み、次の攻撃が来る前に角度を変える。
つきみが作った正面。
シュガーシロップが支える横。
その隙間を、みたらしっぽが抜ける。
「みた、もう一歩深く入っていい」
つきみが言った。
「深く?」
「今の敵、みたを追い切れてない。固定は私が持つから、切って」
「了解」
みたらしっぽは踏み込む。
狼がこちらを向こうとする。
しかし、その前に、つきみの魔力障壁が鼻先を押さえた。
敵の向きが戻る。
その瞬間、みたらしっぽの剣が首元を捉えた。
魔力の火花が散り、狼が光になって消える。
「いいね」
つきみが短く言った。
「今の、僕が前に出すぎたら危なくない?」
「危なかったら言うよ」
「信用が雑」
「信用してるから雑なんだよ」
その会話に、アイリスが後ろから口を挟む。
「雑な信用で突っ込まないで。回復するのはこっちなんだから」
「心配?」
「違うわ。寒い中で余計な回復をしたくないだけ」
「はいはい」
「はいは一回」
「はい」
つきみが笑う。
その横で、ロレッタが遠くからこちらを見ていた。
彼女はオルフェオに何か短く伝える。
オルフェオは、みたらしっぽの動きを一度だけ確認し、小さく頷いた。
その視線に気づいたみたらしっぽは、少しだけ緊張する。
でも、すぐに前を見る。
今は評価されるためではなく、先へ進むために戦う時だった。
白狼山脈を越えた先。
風の音が変わった。
山道の終わりに、白い平原が広がっている。
<永劫の凍土に到達しました>
システムメッセージが表示される。
同時に、全員の視界の端に低温デバフのアイコンが浮かんだ。
「来たね」
ガトーショコラが言う。
「来ちゃった!」
ギルドチャットに、参加していないエクレアの文字が流れる。
<エクレアマルテール:雪踏んだ!?>
<みたらしっぽ:踏んだ>
<エクレアマルテール:ずるい!>
<フォンダンアイリス:遊びに来たわけじゃないのよ>
<エクレアマルテール:わかってる!でもずるい!>
<コハク:雪は猫の足が冷たくなります>
<ティオ:帰ったら温かいスープ追加だねぇ>
緊張していた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
でも、その緩みはすぐに吹雪へ飲まれていく。
永劫の凍土は、白かった。
ただの雪原ではない。
遠くが見えない。
方角がわかりにくい。
音が吸われる。
足跡すら、すぐに雪で消えていく。
「これは……迷うね」
ガトーショコラが低く言う。
「地形が覚えにくい。目印を置きながら進まないと危ない」
「召喚目印、出します」
ルカは別隊で支援に回っていたが、ギルドチャット越しに準備していた小型使い魔を送ってくれた。
雪の上に、淡い光を放つ小さな使い魔がぽんぽんと現れる。
「かわいい目印」
スフレが言った。
「かわいいだけではありません。目印です」
「やっぱりかわいい」
「はい」
風の向こうに、黒い影が見えた。
最初は山だと思った。
でも、近づくにつれて形が変わる。
塔。
外壁。
凍り付いた尖塔。
雪と氷に覆われた、巨大な城。
<クエスト:猛吹雪のその先に……達成>
<超高難易度レイド:凍てつく城を発見しました>
攻略隊全体が、そこで足を止めた。
誰もすぐには声を出さなかった。
あまりにも巨大で。
あまりにも冷たくて。
あまりにも、待っていたように見えたからだ。
「本当に城だ」
みたらしっぽは呟いた。
ティアナが小さく言う。
「ね。嘘ついてた」
「何を?」
「中に入ったらわかるかも」
ヘルガが笑う。
「じゃあ入るしかねぇな」
「その前に準備です」
オルフェオが静かに言った。
彼が前へ出る。
「レベル制限、確認。途中退出後の再挑戦制限もあります。ここから先は、戻る判断も含めて慎重に進みましょう」
みたらしっぽは剣を握り直した。
永劫の凍土の奥。
凍てつく城。
ここからが、本当の攻略だった。
凍てつく城 攻略戦
円形外壁の正面入り口は、氷に覆われていた。
巨大な門は半分開いている。
いや、開いているというより、壊れたまま凍り付いている。
攻略隊はそこから城の敷地内へ侵入した。
「城正面の扉、施錠されています」
エリオガーネットが確認する。
「鍵穴はありますが、普通の鍵ではなさそうです」
「ギミック解除型だね」
ガトーショコラが扉周りを見ながら言った。
「東西の庭園が怪しい。道が分かれてる」
オルフェオが全体に指示を出す。
「東側庭園を第一班、西側庭園を第二班で確認。団ノ子は東側庭園へ。こちらで道中のモンスターを抑えます」
「了解」
みたらしっぽ達は東側へ回る。
庭園と言っても、花はない。
枯れた木々が氷に覆われ、折れた石像が雪の中から顔を出している。
その奥で、氷をまとった鎧兵のようなモンスターが複数体動いた。
「来る」
つきみが前に出る。
「シロ、右奥。みた、左の薄いの」
「了解」
「わかった」
戦闘はすぐに始まった。
複数のパーティーモンスター。
それぞれが違う動きをする。
盾を持つもの。
槍を持つもの。
氷の魔法を撃ってくるもの。
「みた、魔法兵を先に落とせる?」
「行ける」
みたらしっぽは斜めに踏み込んだ。
つきみが正面を固定している間に、敵の射線から外れる。
剣に火属性の魔力を流す。
雪の中で赤い光が揺れた。
「フレイムブレイド!」
氷の魔法兵の肩口に斬撃が入る。
魔法防御は高い。
だが、火属性が氷の膜を割る。
割れた部分に、みたらしっぽはもう一撃を差し込んだ。
「ダブルスラッシュ!」
敵が崩れる。
その瞬間、ガトーショコラの矢が飛び、後方の敵の手に当たった。
小さな鍵が雪の上に落ちる。
「鍵持ち、今のやつだった」
「よく見えたね」
「手元に違う光があった」
「ショコ姉の目、怖い」
シュガーシロップが笑う。
「褒め言葉として受け取るね」
東側庭園で鍵を入手した頃、西側庭園から大きな衝撃音が響いた。
遠くで、氷をまとった巨大なゴーレムが立ち上がっている。
「西側、戦闘中」
アイリスが言う。
「援護に回る?」
「状況確認」
みたらしっぽが言うより早く、オルフェオから全体チャットが入った。
<オルフェオディアマンテ:西側庭園、凍り付いたゴーレムと交戦。第二班で維持可能。東側は鍵を確保したら合流準備>
「維持可能って言い方、かっこいいね」
シュガーシロップが言った。
「オルフェオさんが言うと本当に維持できそうなのがすごい」
みたらしっぽは西側の方を見る。
遠くに、青い光が見えた。
ゴーレムの腕が振り下ろされる。
それを、オルフェオの盾が正面から受け止めた。
衝撃で雪が舞い上がる。
しかし、オルフェオは下がらない。
少しも。
「……すごい」
みたらしっぽは思わず呟く。
あれが、絶対的な守り。
敵の攻撃を受けるだけではない。
後ろにいる人たちへ、安心して動ける場所を作っている。
「みた」
つきみが隣で言った。
「見すぎると足止まるよ」
「あ、ごめん」
「でも、見た方がいい」
「どっち?」
「見る。でも止まらない」
「難しい注文だなぁ」
「前衛はだいたい難しいよ」
それは本当にそうだった。
西側庭園のゴーレムが倒れると、奥の小屋からレバーギミックが見つかった。
東側で拾った鍵を使い、小屋の中の装置を動かす。
遠くで、城正面入り口の錠が外れる音が響いた。
「開いた?」
鍵は開いている。
だが、扉全体が厚い氷で覆われている。
力任せに押しても動かない。
「炎属性攻撃で解凍。その間、敵が来る可能性があります」
オルフェオが指示を出す。
「火力班は扉へ。前衛は上空警戒」
「上空?」
シュガーシロップが上を見る。
その瞬間、吹雪の中から翼の影が複数現れた。
ハーピーの集団。
「来た!」
スフレがすぐに歌を響かせる。
「メロディアスボイス!」
味方の攻撃力を上げる旋律が、吹雪の中に広がった。
みたらしっぽは扉に火属性の魔力を流し込みながら、背後の気配を見る。
ハーピーが急降下してくる。
「シロ!」
「わかってる!」
シュガーシロップが剣を構え、飛び込んできたハーピーを叩き落とした。
つきみは扉前の火力班を守る位置に立つ。
「みた、解凍続けて」
「でも」
「ここは私が持つ」
短い言葉。
それだけで、みたらしっぽは動けた。
自分が全部を見る必要はない。
見るべき場所を分ける。
信じる。
そして、自分の役割を果たす。
みたらしっぽは剣を扉に突き立て、火属性の魔力を一気に流し込んだ。
氷が割れる。
亀裂が走る。
その横で、ティアナの火魔法がゆらりと広がった。
「氷、眠そう」
「起こしてあげて」
レナートが軽く言う。
「じゃあ、燃やす」
「うん、その表現はちょっと怖いかな」
扉の氷が砕け落ちた。
巨大な音を立てて、城正面の扉が開く。
凍った風が、内部から吹き出した。
城の中
城内は、外よりも静かだった。
広い一階ホール。
左右に階段が伸び、その先に二階回廊が見える。
正面には巨大な大扉。
しかし、その大扉は氷と結晶に覆われ、開く気配がない。
「正面は無理だね」
ガトーショコラが言う。
「別ルートか、解除ギミック」
「二階の四隅に塔がある」
つきみが上を見る。
「南西塔だけ扉が凍ってない。ほかは凍結」
「でも、いきなり塔に行っても鍵が足りない可能性が高いわ」
アイリスが言った。
「一階の部屋を確認しましょう」
一階には、二階回廊の下に左右二部屋ずつ、合計四つの部屋があった。
北西、書庫。
南西、装備品備蓄庫。
北東、食糧備蓄庫。
南東、兵器庫。
「いかにも何かありそう」
シュガーシロップが言った。
「全部ありそうだね」
みたらしっぽは頷く。
最初に入った書庫では、氷に覆われた本棚の間から小型モンスターが飛び出してきた。
数は多いが、強さは庭園ほどではない。
つきみとシュガーシロップが前を押さえ、みたらしっぽが横から素早く切り崩す。
ガトーショコラは本棚の奥を確認していた。
「この本、違う」
「どれ?」
「城の構造について書いてある。正面大扉の奥が王の間。四隅の塔にあるギミックを全部作動させる必要があるって」
「やっぱり塔か」
みたらしっぽは本を覗き込む。
古い文字。
凍り付いた城。
かつての王城。
そこに眠る、何か。
「王の間ってことは、最後はそこだね」
つきみが言った。
「うん」
「じゃあ、鍵集め」
「ゲームっぽい」
「ゲームだからね」
次の装備品備蓄庫では、盾と一式鎧をまとったモンスターたちが待っていた。
近接攻撃への耐性が高く、剣を当てても手応えが鈍い。
「硬い!」
シュガーシロップが剣を弾かれる。
「物理が通りにくい。盾の隙間か、魔法で崩す」
アイリスが後ろから言った。
「みた」
つきみが呼ぶ。
「いける?」
「やってみる」
みたらしっぽは剣に雷属性の魔力を流す。
鎧の継ぎ目。
首元。
膝裏。
盾で隠しきれない場所を狙う。
「サンダースラスト!」
刺すように斬る。
雷が鎧の内側へ走り、敵の動きが一瞬止まった。
そこにシュガーシロップの重い一撃が入る。
「クラッシュ!」
鎧兵が砕け、鍵が一つ落ちた。
「やっぱりシロ、クラッシュ好きだよね」
ガトーショコラが言う。
「使いやすいからな」
「ほら、好きじゃん」
「好きとは言ってない」
「でも今ちょっと嬉しそうだった」
「気のせいだ」
食糧備蓄庫は、さらに厄介だった。
扉を開けた瞬間、足元の雪と霜が盛り上がり、アンデッドが下から湧いてくる。
「下!」
みたらしっぽが叫ぶ。
全員が距離を取ろうとするが、部屋が狭い。
足元から湧く敵に囲まれ、後衛が押される。
「固まらないで!」
アイリスの声が飛ぶ。
「左壁沿いに寄って! 背中を壁に!」
ロレッタの指示も重なる。
二人の声が、ほぼ同時に部屋を切る。
「みた、中央を開ける」
つきみが言う。
「わかった」
みたらしっぽは中央に踏み込んだ。
敵を引き受けるのではない。
敵の塊に切れ目を入れる。
剣に光をまとわせ、円を描くように振る。
「ライトニングサークル!」
魔力の弧がアンデッドの列を裂き、動きが止まる。
その隙間をシュガーシロップが押し広げる。
スフレの歌が続き、ガトーショコラの矢が鍵持ちの個体を正確に抜いた。
「鍵、二つ」
「よし、撤収」
アイリスが言う。
「ここ、長居したくないわ」
「回復職が嫌がる部屋はだいたい危ない」
みたらしっぽが言うと、ロレッタが頷いた。
「その感覚は大事よ」
最後の兵器庫では、銃火器や大砲を使うスケルトン系モンスターが待ち構えていた。
扉を開けた瞬間、銃声が響く。
「遮蔽物!」
オルフェオの声。
全員が倒れた棚や木箱の影に入る。
大砲の弾が壁に当たり、氷の破片が散った。
「遠距離との連携が必要だね」
ガトーショコラがスコープ付きボウガンを構える。
「射手!右奥の砲手!」
エリオガーネットが短く言う。
「見えてる」
二人の矢と弾が、ほぼ同時に飛ぶ。
砲手のスケルトンが崩れた。
「息合ってる」
みたらしっぽが言う。
「遠距離同士は見てるところが似てるから」
ガトーショコラは淡々と答える。
その時、一体のスケルトンが兵器庫の奥から逃げ出した。
「逃げた!」
シュガーシロップが追おうとする。
「南西塔方向」
つきみが言った。
「追うよ」
「待って、全員では行かない」
オルフェオが全体を止める。
「ここからは分割攻略に切り替えます。四塔のギミックを同時に進める。団ノ子は南西塔、逃走したスケルトンの対応をお願いします」
「了解」
みたらしっぽは頷いた。
塔攻略。
ここから、凍てつく城はさらに牙をむいた。
南西塔の中は細かった。
螺旋階段。
凍り付いた壁。
足場は滑りやすく、少しでも勢いを間違えれば体勢を崩す。
「ここで戦うの嫌だな」
シュガーシロップが言った。
「同感」
みたらしっぽも頷く。
階段を上がり切ると、広い部屋に出た。
そこに、先ほど逃げたスケルトンがいた。
そして、その前に白い鎧をまとった騎士が立っている。
白騎士。
剣を抜き、こちらを見た。
「綺麗だけど、絶対強い」
スフレが小さく言う。
「来るよ」
つきみが前へ出る。
「僕が持つ」
みたらしっぽは反射的に言った。
つきみが少しだけこちらを見る。
「やってみる?」
「うん」
「じゃあ、危なかったら代わる」
「わかった」
みたらしっぽは白騎士の正面に立った。
マジックナイトとして、前に立つ。
敵の剣が動く。
速い。
みたらしっぽは剣で受ける。
受けた瞬間、腕に重さが走った。
ただ重いだけではない。
剣筋がずれる。
白騎士の二撃目が、受け流した方向を追ってくる。
「っ!」
みたらしっぽは横へ避けた。
避けた瞬間、白騎士の向きが変わる。
後ろにいたスフレの射線にかかる。
「みた、下がりすぎ」
つきみの声。
わかっている。
でも、今の一撃は受け続けるのが怖かった。
もう一度、白騎士の剣が迫る。
今度は踏みとどまる。
受ける。
剣がきしむ。
魔力障壁を重ねる。
耐えた。
しかし、白騎士の足元から氷の刃が伸びる。
「ギミック攻撃!」
アイリスが叫ぶ。
みたらしっぽは避ける。
また向きがずれる。
白騎士が後衛へ抜けようとした。
その瞬間、つきみが前に入った。
剣と魔力障壁を重ね、白騎士の進路を止める。
「交代」
「ごめん」
「謝るところじゃないよ。見えた」
「何が?」
「みたは、ここを持ち続けるより、崩す方が向いてる」
つきみは白騎士の剣を受けながら言った。
「右膝、氷の接続が薄い。切れる?」
みたらしっぽは息を吸う。
正面ではなく、側面。
受けるのではなく、崩す。
「行ける」
つきみが白騎士の向きを固定する。
シュガーシロップが従者スケルトンを抑える。
スフレの歌が攻撃速度を上げる。
アイリスの回復が、つきみのHPを安定させる。
その中で、みたらしっぽは動いた。
白騎士の右側へ滑り込む。
氷の接続部分。
剣に雷を流す。
「サンダーエンチャント!」
刃が膝を裂き、雷が内部へ走る。
白騎士の動きが鈍った。
「もう一回!」
つきみが言う。
みたらしっぽは反対側へ抜ける。
今度は肩。
「フレイムブレイド!」
氷の装甲が割れる。
シュガーシロップが従者スケルトンを叩き伏せ、その勢いのまま白騎士の盾を押し込んだ。
「クラッシュ!」
白騎士の体勢が崩れる。
みたらしっぽは最後に正面へ戻り、剣を突き込んだ。
魔力が刃先で弾ける。
白騎士が光になって消えた。
部屋の奥にあるギミック装置が起動可能になる。
「……勝った」
みたらしっぽは息を吐いた。
「持つのは難しかった」
「うん」
つきみは素直に頷く。
「でも、崩すのはかなりよかった」
「やっぱり?」
「やっぱり」
シュガーシロップも頷いた。
「みた、敵の正面にずっといるより、横に回った時の方が強いな」
「そんなにはっきり?」
「はっきり」
アイリスが回復を入れながら言う。
「自分で思っているより、あなたは動きながら攻撃している時の方が安定しているわ。無理に壁になろうとすると、判断が遅れる」
「アイリスまで」
「別に悪いって言ってないわ。合う場所が違うだけ」
その言葉は、みたらしっぽの中に静かに落ちた。
合う場所が違う。
前に立つ。
その言葉を、ずっとタンクになることに近いものだと思っていた。
でも、前線にはいろいろな立ち方がある。
正面で受ける人。
横で支える人。
隙間を作る人。
崩す人。
「とりあえず、ギミック動かそう」
ガトーショコラが言った。
「考えるのは後でもできる」
「そうだね」
みたらしっぽは鍵を使い、南西塔の装置を作動させた。
城全体に、低い音が響く。
別の塔からも、次々と作動報告が届いた。
北西塔、巨大ゴーレム討伐。
北東塔、氷結ワイバーン三体討伐。
南東塔、滅びし王国の聖獣討伐。
四つのギミックが動く。
中央大扉の結晶が、わずかに割れた。
「戻ろう」
つきみが言う。
王の間への道が、開こうとしていた。
王の間
正面大扉は、ギミックが動いてもまだ開かなかった。
凍結と結晶化が重なり、扉そのものが城の一部になっているように見える。
「炎属性と物理攻撃で破壊」
オルフェオが指示を出す。
「火力班、前へ。前衛は反動に注意」
みたらしっぽは剣に火属性の魔力を流す。
ティアナの火魔法が揺れ、レナートの支援光が重なる。
ヘルガが大剣を構える。
「よし、ぶっ壊すぞ」
「表現は荒いですが、その通りです」
オルフェオが言う。
「オルフェオが言うと上品に聞こえるな」
「気のせいです」
扉に炎が走る。
結晶が赤く照らされる。
そこへ、物理攻撃が叩き込まれた。
ヘルガの大剣。
シュガーシロップの重撃。
みたらしっぽの斬撃。
エリオの正確な射撃。
いくつもの攻撃が重なり、ついに大扉が砕けた。
その奥は、広い王の間だった。
天井は高い。
壁には凍り付いた旗が垂れ、床には結晶が伸びている。
そして、部屋の奥。
玉座の前に、巨大な飛竜が眠っていた。
体の一部が結晶に覆われている。
翼も、尾も、片方の前脚も。
「近づくと起きるタイプだね」
つきみが言う。
「起こさないで帰る選択肢は?」
みたらしっぽが聞く。
「ここまで来てそれはないかな」
「だよね」
オルフェオが盾を構える。
「第一接敵は俺が取ります。各パーティー、氷柱落下に注意。後衛は天井を見てください」
一歩。
二歩。
オルフェオが前へ進む。
その瞬間、飛竜の目が開いた。
大咆哮。
音が、王の間を震わせる。
天井から巨大な氷柱が落ちてきた。
「散開!」
ロレッタの声。
「柱の影、使って!」
アイリスの声。
みたらしっぽは横へ飛び、落ちてきた氷柱を避ける。
床が砕け、氷の破片が足元を滑った。
クリスト・ラ・ダーレが起き上がる。
翼を広げた瞬間、冷気が部屋全体へ広がった。
「結晶部分、魔法が弾かれる!」
誰かが叫ぶ。
ティアナの魔法が結晶に当たり、薄く散った。
「結晶を剥がしてみる!」
オルフェオが指示する。
「前衛、右脚から!」
つきみが団ノ子の前へ出る。
「シロ、尾を見る。みた、右脚の結晶剥がし」
「了解」
「わかった!」
みたらしっぽは飛竜の右脚へ向かう。
結晶化した部分は硬い。
魔力を流した斬撃は、表面で弾かれる。
なら、魔法を使わない。
剣そのものを通す。
「セイバーインパクト!」
叩き割るように斬り込む。
結晶にヒビが入る。
もう一撃。
さらに一撃。
つきみが飛竜の顔を固定している。
真正面でブレスを誘導し、味方へ向けさせない。
シュガーシロップが尾を抑える。
大きく振られる尾を盾で逸らし、踏み込んで押し返す。
「重い!」
「でも持ってる」
「持ってるけど重い!」
結晶が割れる。
その下から、本来の鱗が見えた。
「露出した!」
「魔法通るわ!」
アイリスが言う。
みたらしっぽは即座に魔力を流し直す。
「サンダースラスト!」
雷が露出した鱗を走る。
飛竜の動きが一瞬鈍った。
そこに、ヘルガの一撃が入る。
「おらぁ!」
結晶がさらに剥がれた。
「いい動きです」
オルフェオが短く言う。
「みたらしっぽさん、結晶剥がしから本体攻撃への切り替えが早い」
「ありがとうございます!」
返事をしながら、みたらしっぽは次の位置へ走る。
止まらない。
正面に立ち続けるのではなく、弱点が露出した場所へ入る。
剥がす。
魔法を通す。
また移動する。
マジックナイトとしての動きが、少しずつ噛み合っていく。
だが、クリスト・ラ・ダーレも簡単には倒れない。
翼を大きく広げ、王の間全体に氷属性の魔法陣を展開した。
「全体範囲!」
ロレッタが叫ぶ。
「後衛、下がらないで。下がると氷柱の範囲に入ります!」
アイリスが補足する。
「その場で耐える!」
オルフェオの盾から聖属性の光が広がる。
つきみも魔力障壁を重ねる。
みたらしっぽは一瞬、自分も前に出て支えようとした。
しかし、つきみが先に言う。
「みたは行かない」
「でも」
「次に割る場所を見る」
その言葉で、みたらしっぽは足を止めた。
支えるのは、つきみがやる。
自分が今やるべきことは、次の攻撃場所を見つけること。
飛竜の左翼。
結晶が薄い。
全体範囲が終わった直後、そこに隙ができる。
「左翼、狙う」
「了解」
シュガーシロップが尾を押さえ直す。
スフレの歌が、冷気の中で途切れず響く。
「いける」
その声に背中を押され、みたらしっぽは走った。
全体攻撃が終わる。
床に霜が広がる。
飛竜が翼を戻す一瞬。
みたらしっぽは跳んだ。
「フレイムブレイド!」
炎をまとった斬撃が、左翼の結晶を裂く。
一撃では足りない。
もう一撃。
さらに、ガトーショコラの矢がヒビに刺さる。
エリオの射撃がその横を抜く。
結晶が砕けた。
「魔法班、左翼!」
ティアナとレナートの支援を受けた魔法職たちが一斉に攻撃を通す。
飛竜が大きくのけぞった。
HPバーが大きく削れる。
そして、一定ラインを下回った瞬間。
クリスト・ラ・ダーレの体が、音を立てて変わった。
結晶が急速に広がっていく。
鱗も、翼も、脚も、首も。
すべてが透明な結晶に覆われる。
名前表示が変化した。
「第二形態!」
誰かが叫ぶ。
アイリスがすぐに情報を見る。
「魔法耐性が大幅上昇。氷魔法は止まってるけど、物理攻撃が増えるわ」
「つまり殴ってくるってことだな」
ヘルガが笑う。
「わかりやすい」
「わかりやすいけど痛いタイプだよ!」
シュガーシロップが尾を避けながら言う。
完全結晶龍は、先ほどまでの氷魔法を使わなくなった。
代わりに、体そのものを武器にして突進してくる。
爪。
尾。
翼。
床を砕く踏みつけ。
魔法が通りにくい以上、物理で結晶を削るしかない。
「つきみ、持てる?」
みたらしっぽが聞く。
「持つ」
つきみは短く答えた。
その声に迷いはなかった。
「シロ、横支えて」
「任せろ」
「みた」
つきみが続ける。
「削って」
「了解」
その一言で、みたらしっぽは前へ出た。
真正面ではない。
つきみが受け止めた突進の横。
シュガーシロップが押さえた尾の根元。
ヘルガが割った結晶の裂け目。
そこへ入る。
斬る。
抜ける。
また入る。
魔力を通すのではなく、刃の重さと速度で結晶を削る。
それでもマジックナイトとしての魔力操作は無駄ではなかった。
剣を振る角度。
踏み込みの補助。
ステップの加速。
魔力を攻撃ではなく、自分の動きに乗せる。
「速い」
ロレッタが小さく言った。
「壁にするにはもったいないですね」
レナートが笑う。
「槍みたいだ。いや、剣なんだけどね」
オルフェオも頷く。
「正面を任せるより、突破口へ入れる方が強い」
その言葉は、戦闘中のみたらしっぽには届かなかった。
でも、つきみには届いていた。
シュガーシロップにも。
アイリスにも。
完全結晶龍が大きく身を起こす。
最後の大攻撃。
天井の氷柱が一斉に震えた。
「全員、中央へ!」
オルフェオが叫ぶ。
「聖域を張ります!」
レナートの支援が広がる。
オルフェオの盾が光り、つきみの魔力障壁が重なる。
ロレッタとアイリスが回復準備に入る。
氷柱が落ちた。
床が砕ける。
衝撃が走る。
HPが削れる。
それでも、誰も倒れなかった。
「今!」
つきみが叫んだ。
完全結晶龍の首元。
最後に残った大きな結晶に、深いヒビが入っている。
みたらしっぽは走った。
シュガーシロップが尾を押さえる。
ヘルガが翼を弾く。
ガトーショコラとエリオがヒビを狙い撃つ。
スフレの歌が、最後の一歩を軽くする。
「みた、いけ!」
シュガーシロップの声。
「行く!」
みたらしっぽは跳んだ。
剣を両手で握る。
魔力を刃ではなく、腕と足に流す。
速度を上げる。
重さを乗せる。
「セイバーインパクト!」
結晶が砕けた。
その下の本体へ、最後の魔力を流し込む。
「サンダーエンチャント!」
「エレメンタルバースト!!」
雷が首元を走り、大爆発を起こし完全結晶龍の体が大きく震えた。
そこへ、オルフェオの聖剣が正面から入る。
つきみの追撃。
シュガーシロップの重撃。
ヘルガの大剣。
全員の攻撃が重なった。
HPバーが、最後の一本を失う。
<レイドクリア>
<凍てつく城を攻略しました>
王の間に、静寂が戻った。
クリスト・ラ・ダーレの巨体が、結晶の光になって崩れていく。
氷の城に、初めて暖かい光が差したように見えた。
みたらしっぽは膝に手をつき、大きく息を吐いた。
「勝った……」
「勝ったね」
つきみが隣に立つ。
シュガーシロップはその場に座り込んだ。
「尾、重すぎ」
「お疲れ」
「エクレアに見せたかったな」
「絶対うるさいよ」
その瞬間、ギルドチャットがすごい勢いで流れた。
<エクレアマルテール:勝った!?勝った!?勝ったよね!?>
<ティオ:勝ったみたいだねぇ~!>
<ルカ:おめでとうございます。>
<コハク:猫にも報告しました>
<チロル:お疲れ様です。帰ったら温かいもの用意しますね>
<エクレアマルテール:だから私も行きたかったー!>
「ほら、うるさい」
みたらしっぽが笑う。
アイリスは疲れたように息を吐いた。
「でも、まあ……無事でよかったわ」
「心配してた?」
「してたわよ」
「え」
「……今のなし」
「聞いた」
「忘れなさい」
「無理かも」
「忘れなさい」
つきみが横でにやにやしている。
アイリスはそれに気づき、少し赤くなったように見えた。
「つきみ?」
「何も言ってないよ」
「顔が言ってるわ」
「ごめん」
「早い」
王の間に、少しずつ笑い声が戻ってきた。
凍てつく城。
永劫の凍土の奥で待っていた超高難易度レイドは、攻略隊によって初めて突破された。
そして団ノ子も、その中に確かにいた。
向いている場所
報酬整理とログ確認のため、攻略隊は王都ペル・ゼノンへ戻った。
城を出た瞬間、永劫の凍土の吹雪が少しだけ弱まっていた気がした。
もちろん、フィールド全体が安全になったわけではない。
それでも、最初の大きな壁を越えたことは間違いなかった。
王都の広場には、攻略成功のニュースを聞いたプレイヤーたちが集まり始めていた。
TRustDiamonDの名前。
オルフェオディアマンテの名前。
そして、その攻略隊に参加していた団ノ子の名前も、少しずつ話題に上がっている。
「お疲れ様でした」
オルフェオがみたらしっぽに声をかけた。
「こちらこそ、ありがとうございました」
「団ノ子はいいパーティーですね。全員が同じ動きをするのではなく、それぞれの役割を自然に探している」
「自然にというか、まとまりがないというか」
「まとまりがないまま崩れないのは、強みです」
「それ、褒め言葉ですか?」
「もちろん」
ロレッタが少し笑う。
「みたらしっぽさん、今日の動きですけど」
「はい」
「メインタンクとして見ると、少し危なっかしいです」
「うっ」
はっきり言われた。
でも、否定できない。
白騎士戦でも、完全結晶龍戦でも、自分が正面を持とうとすると動きが固まった。
「でも、アタッカーとしてはかなり優秀です。結晶を剥がして、露出した瞬間に属性を通す判断が早かった。あれは前線で固定されるより、動かした方がいいタイプですね」
レナートが軽い調子で続ける。
「壁にするにはもったいないよ。壁っていうより、壁の隙間から飛び込んでくる刃って感じ」
「表現が物騒だなぁ」
「レイドでは褒め言葉だよ」
ヘルガが大きく頷く。
「殴れるやつは殴った方がいい。守れるやつは守った方がいい。簡単だろ?」
「簡単に聞こえるけど、実際は難しいですね」
「難しいことを簡単に言うのが前衛だ」
「そうなんですか?」
「たぶんな」
「たぶんなんだ」
つきみが、みたらしっぽの隣に立った。
「私も同じ意見」
「つきみも?」
「うん。みたは最前線で全部受けるより、前線の隙間を壊す方が向いてる」
「僕、ずっと前に立つ練習をしてたんだけど」
「前には立ってるよ」
つきみは言った。
「ただ、立つ場所が私と違うだけ」
その言葉に、みたらしっぽは少し黙った。
前に立つ。
それは、敵の真正面に立つことだけではない。
味方の道を作ること。
敵の形を崩すこと。
正面を支える人がいるからこそ、横から斬り込める。
自分は、そこで一番動きやすかった。
「じゃあ、メインタンクはつきみだね」
シュガーシロップが言った。
あまりにも自然に。
「え、今決まった?」
みたらしっぽが聞く。
「前からそうじゃないか?」
「そうだった?」
「私はサブで支える。押し返すのとか、横から受けるのは好きだし」
「シロがサブタンク」
「いいじゃん。殴れるし守れる」
「それは確かに」
アイリスが頷く。
「今日の動きを見る限り、その方が安定するわ。つきみが正面を見て、シュガーシロップが横と崩れた時の補助。みたらしっぽはメインアタッカーで、必要な場所に入る」
「アイリスまで決定が早い」
「遅いのはあなたよ」
「そう?」
「そうよ」
ガトーショコラが笑う。
「みたが気づく前から、みんななんとなく思ってたんじゃない?」
「そうなの?」
スフレが小さく頷く。
「みたは、攻撃してる時の方が楽しそう」
「そんなに顔に出てる?」
「出てる」
「出てるね」
「出てるな」
三人に言われた。
みたらしっぽは少しだけ困って、でも笑ってしまった。
そこへ、ロウガンからギルドチャットが入る。
<ロウガン・ロースト:ログを見た。みたはガーディアンよりグラディエーター向きだな>
「ロウガンさんまで」
<ロウガン・ロースト:盾役は俺がやる。ガーディアンは任せろ>
短い。
でも、その言葉はとても頼もしかった。
みたらしっぽは、少しだけ胸の奥が軽くなるのを感じた。
ガーディアン。
仲間を守る前衛。
それに憧れがなかったわけではない。
でも、今日の自分は、守るために受け続けるより、守る人が作った場所から切り込む方が強かった。
なら、無理に全部を背負わなくていい。
背負う人がいる。
支える人がいる。
自分は、自分にできる形で前へ出ればいい。
「グラディエーター、か」
みたらしっぽは小さく呟いた。
新クラスの一つ。
絶え間ない連撃と攻撃速度で、敵に反撃の隙を与えない近接攻撃職。
今の自分が目指すなら、たしかにそちらなのかもしれない。
「決めた」
みたらしっぽは言った。
「ガーディアンはロウガンさんに任せる。僕は、グラディエーターを目指す」
その瞬間、ギルドチャットにエクレアが飛び込んできた。
<エクレアマルテール:ようこそ攻撃側へ!!>
「早い」
<エクレアマルテール:二刀流!?二刀流だよね!?絶対かっこいい!!>
<フォンダンアイリス:落ち着きなさい>
<エクレアマルテール:落ち着いてる!>
<フォンダンアイリス:どこがよ>
<コハク:猫にも報告します>
<チロル:猫、理解できますかね>
<コハク:目が合えば大丈夫です>
「猫にも報告されるんだ」
みたらしっぽは笑った。
つきみも笑う。
「いいんじゃない? 団ノ子らしくて」
「団ノ子らしいって、何だろうね」
「まとまりがないまま進むこと?」
アイリスがため息をつく。
「本当に否定しづらいわね」
「でも悪くはない?」
みたらしっぽが聞く。
アイリスは少しだけ目を逸らした。
「……悪いとは言ってないわ」
つきみが笑いそうになる。
「言わないよ」
「まだ何も言ってないわよ」
「先に言っておいた」
「余計な先読みね」
そのやり取りを見ながら、オルフェオが穏やかに言った。
「また一緒に攻略しましょう。団ノ子とは、今後も交流できると嬉しいです」
「こちらこそ」
みたらしっぽは頭を下げる。
TRustDiamonD。
大規模レイド攻略の最前線にいるギルド。
その人たちと、今日、同じレイドを攻略した。
まだ肩を並べたなんて言えない。
でも、確かに繋がりはできた。
それだけでも、凍てつく城で得たものは報酬画面以上に大きかった。
ギルドハウス
凍てつく城の攻略報酬は、想像以上だった。
素材。
装備。
称号。
ギルドへの貢献値。
攻略隊参加報酬。
初回攻略ボーナス。
そして、超高難易度レイドの攻略実績。
そのすべてを整理した時、ガトーショコラがぽつりと言った。
「これ、いけるんじゃない?」
「何が?」
みたらしっぽが聞く。
「ギルドハウス」
その言葉に、全員が少しだけ黙った。
今までの団ノ子は、町の一角にある小さな集まり場所を使っていた。
仮の拠点。
仮のテーブル。
仮の倉庫。
四人から始まった時は、それで十分だった。
けれど、今は違う。
つきみ、アイリス、エクレア。
ロウガン、ルカ、ティオ。
チロルとコハク。
少しずつ増えて、少しずつにぎやかになって、仮の場所では手狭になっていた。
「王都内の物件、今なら申請できるかも」
ガトーショコラがウィンドウを開く。
「凍てつく城の報酬と、これまでのギルド資金を合わせれば、建設権はいける」
「建てるの?」
エクレアが目を輝かせる。
「建てよう!」
「早い」
アイリスが言う。
「でも、悪くないわね。人も増えたし、倉庫や会議場所は必要よ」
「アイリスが乗った!」
「乗ったわけじゃないわ。必要性を認めただけ」
「それを乗ったって言うんだよ」
「エクレア?」
「はい」
ロウガンは物件図面を見て、静かに言う。
「整備スペースがあると助かる」
ティオはすでに厨房の欄を見ていた。
「キッチン広いところがいいねぇ。耐寒スープだけじゃなくて、普通の料理も作りたいし」
「料理系ギルドじゃないのに厨房が本格的になりそう」
みたらしっぽが言う。
「料理はめんどくさくない範囲で本格的にやるよ~」
「その基準、ちょっと気になる」
チロルは控えめに言った。
「私は、静かな休憩スペースがあると嬉しいです」
「のんひそ支部?」
エクレアが言う。
「支部ではないです」
チロルが慌てる。
「でも、落ち着ける場所は欲しいですね」
コハクのチャットが流れる。
<コハク:猫用通路はありますか>
「ギルドハウスに猫用通路」
みたらしっぽは思わず笑った。
「猫、来るの?」
<コハク:可能性はあります>
「可能性なら仕方ないねぇ」
ティオが頷く。
「仕方ないんだ」
ガトーショコラが地図を広げる。
王都ペル・ゼノンの一角。
大通りから少し外れた場所。
でも、中央区にも近く、ギルド管理庁や市場へ行きやすい。
広すぎず、狭すぎず。
今の団ノ子には、ちょうどいい場所だった。
「ここ、どう?」
ガトーショコラが示した。
「いいと思う」
つきみが言う。
「練習場も作れる?」
シュガーシロップが聞く。
「小さめなら」
「十分」
「PvP用の区画は?」
エクレアが続ける。
「だからすぐ戦う方向に持っていかない」
アイリスが言う。
「必要でしょ!」
「否定はしてないわ」
「じゃあ作ろう!」
「だから早いわ」
みたらしっぽは、そのやり取りを見ながら少し笑った。
四人でギルドを作った時。
管理庁の前でスクショを撮った時。
こんな未来は想像していなかった。
ギルドハウスを建てるなんて、いつかできたらいいな、くらいだった。
それが今、具体的な図面になっている。
「申請、出すね」
みたらしっぽは言った。
ウィンドウに必要事項を入力する。
ギルド名。
建設予定地。
用途。
ギルド資金。
レイド攻略実績による優先申請枠。
最後に確認画面が出る。
<ギルドハウス建設申請を送信しますか?>
みたらしっぽは、みんなを見る。
「いい?」
「いいよ」
「うん」
「もちろん」
「いいと思うわ」
「早く建てよう!」
「厨房広めでねぇ」
「要求が増えてる」
でも、それが嬉しかった。
みたらしっぽは決定ボタンを押す。
<ギルド『団ノ子』のギルドハウス建設申請が承認されました>
その通知が出た瞬間、ギルドチャットが一気に沸いた。
凍てつく城の攻略。
TRustDiamonDとの出会い。
マジックナイトとしての戦い方。
グラディエーターを目指す決意。
つきみを正面に、シュガーシロップを支えに、自分は攻める。
ロウガンはガーディアンへ。
それぞれが、自分の前に立つ場所を少しずつ見つけていく。
そして、その帰る場所として、王都にギルドハウスが建つ。
「なんか、ちゃんとギルドっぽいね」
エクレアが言った。
「最初からギルドだよ」
みたらしっぽが返す。
「それ、前も言ってた」
ガトーショコラが笑う。
「でも、今日は少し違う気がする」
スフレが静かに言った。
「名前だけじゃなくて、帰る場所ができるから」
その言葉に、みたらしっぽは頷いた。
永劫の凍土は、冷たくて、白くて、怖い場所だった。
凍てつく城は、今までで一番難しいレイドだった。
けれど、その場所で団ノ子は大きなものを手に入れた。
勝利だけではない。
報酬だけでもない。
自分たちの形。
外との繋がり。
そして、帰る場所。
王都ペル・ゼノンの空に、建設予定地を示す小さな光が浮かぶ。
みたらしっぽはそれを見上げた。
「ここからまた、始めよう」
誰に言うでもなく呟く。
すると、つきみが隣で笑った。
「うん。次は、グラディエーターだね」
「そこから?」
「そこから」
シュガーシロップも笑う。
「私もサブタンク、ちゃんとやる」
アイリスが腕を組む。
「ちゃんと準備してからね」
エクレアが拳を上げる。
「じゃあ訓練だ!」
「今から?」
「今から!」
「建設祝いは?」
ティオが鍋を持ち上げる。
「もちろんスープだねぇ」
ルカの使い魔がぽんと跳ねた。
コハクのチャットが流れる。
<コハク:猫にも伝えました>
チロルが笑う。
「それ、たぶん猫はわかってないですよ」
<コハク:目が合いました>
「なら仕方ないね」
みたらしっぽは笑った。
白い雪原の奥で見つけたものは、冷たい城だけではなかった。
そこから持ち帰った光が、王都の一角で新しい家になる。
ギルド団ノ子は、また少し大きくなった。
勝った日も。
迷った日も。
凍えそうな日も。
ちゃんと帰ってこられる場所を、手に入れて。