前編:
「もらったわ!」
「ふざけんな!」
月光の下、廃砦の中庭で、二人の異端審問官の戦いは続いていた。
黒髪をなびかせながらカナンが振るったハンマーバレッドは、射出口と鉄球を結ぶ黒鎖が1.5メートル程残して巻き上げられ、‘ヘビーフレイル’としてアルデに迫った。
冷え切った夜の空気を震わせる一撃を、アルデは身を屈めて避けると、反撃のため地面を蹴る。
「遅いんだよ!」
「誰の事かしら?」
高速で回転する二対の輪から炎を吹き出す‘煉裁棍’を振りかざし、カナンに迫ったアルデを、カナンは沈着な眼差しで迎えた。
「なに!?」
直後にアルデは、‘煉裁棍’を振り下ろす直前で、回避を余儀なくされた。
背後から高速で引き戻された鉄球が、アルデの右肩口をかすめ、カナンの右腕の手甲に納まった。
「ちっ!」
鉄球が掠めた衝撃でアルデの頭巾が吹き飛び、燃えるような赤髪が月光の下に晒される。
舌打ちと供に大きく後方に跳んだアルデは、内心カナンの戦闘感覚に賞賛に近い感覚を覚えた。
その破壊力の代償に、攻撃直後に隙を生じる‘フレイル’という武器の短所を、カナンは鎖を‘最適な’長さに調整する事で消していた。
引き金の加減による銃圧と連動した鉄球の自動射出・巻上げ機能で、鎖の長さを攻撃の度に調整する。
‘最適な鎖の長さ’は‘最適な間合い’となり、豪腕・俊敏であるアルデを防戦一方に追い込んでいた。
ズレのない正確な間合いを計るのは、カナンの研ぎ澄まされた戦闘感覚によって生み出されている。
「・・・だがな、‘白き腕’」
両足を開き、挑みかかるような姿勢で立ったアルデは、不適な笑みと供に直後に放たれた‘ヘビー・フレイル’の一撃を、両腕に構えた‘煉裁棍’で受け止めた。
「見切っちまえば、こっちのもんなんだよ!」
重量武器による衝撃は、覚悟の上で、敢えて回避はしなかった。
このまま鉄球を‘殺す’事ができれば、右腕に装着した手甲と鉄球を結ぶ鎖は、動きを制限するだけの‘枷’になる。
そうなれば決着は一瞬で付く、はずだった。
「うあっ!!」
‘煉裁棍’とアルデの豪腕をもってしても鉄球の衝撃は止まらず、アルデの長身が大きく空を舞い、朽ちかけた厩の壁に叩きつけられた。
アルデの見切りより遥かに‘重い’一撃だった。
厩の壁を壊し、乾ききった飼葉と土ぼこりに塗れながら、アルデは苦痛の吐息を漏らす。
息を吸い込むだけで胸骨に激痛が奔った。
「く・・・そっ、・・・く、そっ、くそっ!!」
「決着は私の勝ち、という事で異存はないわね?」
苦悶に体を捩るアルデに、カナンが静かに近づく。
その視線が自分の安否を気遣っていることが、アルデの神経を逆撫でた。
「ふ、ざけるな!!!」
敷き詰められた涸れきった飼葉の上で、アルデは叫ぶ。
「最終的に、‘紫水晶’が、ベルガー課長の元に届けられれば・・・」
胸骨から広がる熱を伴った痛みを押し込め、アルデは無理やり笑う。
「アタシ等の勝ち、だ!!!」
「・・・そうはならないわ」
「ハッ、ハ・・・ハハハ!!!」
アルデは身を捩り、うつ伏せの姿勢のまま笑い続ける。
「アタシの相棒は、口喧しくて細かい所ばかり指摘するが、過去の‘追撃’において、一度も‘異端者’を取り逃がしたことは、ない。・・・ただの、一度も、ね」
「それが何だっていうのよ!?」
黒鎖を巻き上げたハンマーバレットを構えたカナンの手は微動だにしないが、声には僅かな動揺が奔る。
(・・・分かりやすい奴だ)
俯いた姿勢のまま、アルデは僅かにほくそ笑む。
「転生の敏捷力と洞察力に加えて、相棒の持つ‘イグニスの蒼流’は、‘熱を追尾する’特殊能力がある。霧の立ち込める深夜の山林でも、相棒にとっては明かりをつけたまま走る相手を追走するようなものさ。きっと、今頃・・・」
同時に、雷鳴のような轟音と閃光が、夜の静寂を引き裂いた。
背後を振り返ったカナンの顔を、山端から天へと延びる‘二本の蒼い光柱’が照らした。
「相棒が‘蒼流閃’を使う頃さ。・・・これで、アタシ達が、また一勝」
「フィリスは、負けたりしないわよ!」
「・・・それにな」
白い頬を紅潮させながら向きなおしたカナンに対し、うつ伏せの姿勢のまま、アルデの左腕が動いた。
その手に握られた飼葉の下に埋もれた錆付いた鋤が、カナンの尼僧服の裾に突き刺さる。
「ちょ、ちょっと?」
アルデは鋤を捻じり上げカナンの裾を巻き上げると、一息で引き寄せる。
「アタシも‘負けた’なんて一言も言ってないぜ、‘白き腕’!?」
仰向けに倒れ、軽々と引き寄せられるカナンに、炎を纏った‘煉裁棍’が叩きつけられる。
後編:(ダイジェスト風味)