「二手に別れようと思います」
クェイルの提案に、第十一課異端審問官バノーリ・フィルゴは短く鼻を鳴らした。
「ふむっ?」
「一人は、カサドラ審問官、スミリー審問官と共にこの街に引き続き駐留し、異端者の襲撃よりこの街を警護する」
「・・・討って出れない以上、それが次善策か」
バノーリは肉厚の首を振ると、街門を見上げた。
第九教区、サントレイユの街。
街の入口には、馬車がすれ違えそうな立派な街門に、堅牢な門扉と哨戒用の小塔が備え付けられている。
辺境ということを差し引いても大がかりな街門と街壁が、長い年月の間、無法者や魔獣、自然の脅威から街を守っていたが、それも先日までの話だ。
今は門、壁に穿かれた穴が無数に刻まれている。
「昨夜の襲撃では、異端者の戦力は、少なくても異能力者が二人、それに付き従う有翼型の魔獣が複数。攻めるならともかく、守るには三人ではギリギリの所ですが・・・」
「`証拠’を法王庁に早急に届ける必要が出てきた以上、仕方なし、か」
バノーリは再び鼻を鳴らした。
中年に差し掛かった年齢のバノーリは、異端審問官としてクェイルの十年以上の先輩にあたる。
短髪に太い眉と、威圧的な眼孔。
腰には十字型の短斧。
肉厚の身体と相まって、極めて強面の印象を与えるが、思慮深い一面を持ち、喧嘩早い第十課の面子の中では、クェイルは好印象を抱いている。
フェルメノが頭角を顕す前までは、時期十一課課長候補と呼ばれた時期もあったらしい。
「`証拠’は、異端者が奪還を狙ってくるでしょう。俺が街に残り、指揮をとりますので、バノーリ審問官には証拠の護送を・・・」
「いや」
クエイルの言葉を、太い手を上げてバノーリが遮る。
「俺が残る。`証拠’はクェイル、お前が運べ」
「ですが・・・」
「俺はお前ほど頭は良くないが、防衛戦の指揮はとれる。
経験と勘でな。
お前は俺ほど戦闘は得意ではないが、護衛対象が明確なら、慎重かつ粘り強く戦える。
責任感と洞察力でな。」
バノーリは、言葉を続ける。
「問題は、`証拠’を法王庁に届けたその後だ。
・・・証拠により、法王庁も今回の事件に本腰を入れて介入してくるだろう。
結果、様々な思惑が発生する。
最善の為には、何を話し、誰を頼ればいいのか、政治的な判断が求められる。
・・・お前にしか出来ない事だ、クェイル・バーネット」
「それでは・・・」
「昔は、俺たち審問官は一辺の駒でいいと思っていた。
政治なんぞはお偉いさん達がやる事だ。
俺たちに許される事は、・・・戦いを楽しむことぐらいだ」
話しながらバノーリは、右手で太い首筋をさする。
「だがな、お前を見ていると、俺たちみたいな駒でも、最善という奴を選択する権利があるような気がしてくる。
だから俺は最善の選択として、お前を法王庁にいかせるんだ」
胸が熱くなった。
バノーリがここまで信頼してくれているとは思わなかった。
信頼には、答えなければならない。
「・・・俺もバノーリさんを見ていると、信じてみたくなりますよ」
「何をだ?」
「強情と言われるくらいに維持を張り、信念を通す事です」
「はっ!そんな立派なものかよ」
互いに笑みがこぼれる。
後は言葉はいらない。
受諾の言葉も。
別れの言葉も。
「それにしても・・・」
去り際にバノーリは呟いた。
「フェルメノの奴は何をやっているんだ」
十一課課長フェルメノ・キルスが行方不明になってから、一週間が過ぎていた。
クェイル達四人を引き連れて、異端事件捜査のためサンソレイユの街に到着したその日に、異端者に襲撃された。
フェルメノは逃亡する異端者を追撃し、そして今現在帰還していない。
その間、状況は大きく変わった。
「単独行動をとるのは、珍しくはないが、一週間は長すぎる」
バノーリの眉が僅かに不安で歪む。
性格は別として、フェルメノの戦闘能力には誰もが絶大な信頼を置いている。
そのフェルメノが消息不明ということは、バノーリ程の男も不安にさせるのだ。
「・・・まあ、こういう事もあるでしょう」
クェイルにとっては、フェルメノとは出会ってから六~七年近いつき合いになる。
とは言え、無断で一週間消息を絶つ経験は今までにない。
だが、前例のない事を平然とやってのけるのが、フェルメノだ。
それだけは確信を持って言える。
「まさか、異端者の手に掛かったという事はあるまいな・」
「・・・バノーリさん」
クェイルは右手で左肩を掻く。
本心を伝える時の、クェイルの癖だ。
「この程度でフェルメノが死んでくれるなら、俺はもう十回は殺してます」
「はっ!違いない!」
バノーリは天を見上げ、哄笑した。
空高く突き上げるその笑いに、もはや不安は含まれていなかった。
後編
「ふうっ」
クェイルは聖都ロンバルディア西カナート通りに溜息が漏れた。
通りに面した自宅アパートの扉を閉めると、クェイル・バーネットはもう一度小さく息を吐いた。
「成果はどうだ?」
帰還したクエイルを、澄んだ声が出迎える。
澄んではいるが、厳冬の峻山の雪結晶のような冷たく硬質な声だ。
「今の所、異端審議会に動きは無い。
アスガルド鉄道も時刻表通り運行されて、妨害活動の兆候も見られない。
やはり審議会を動かすには、貴方に‘ギザノラ調停’で交わされた条項について証言してもらうしかありません」
「いつだ、それは?」
「順調に行けば、異端審議会が開催されるのは、明日の午後だ。」
「遅すぎる」
声質は変わらない。
だが、その硬質な響きの中に、微かな苛立ちが混じる。
「‘這いずる翼’は既に活動期に入ってから七巡りが過ぎている。被害が拡大してからでは遅すぎる」」
「だから、、それは何度も説明したはずだ、ラクシュ。法王庁の体制化では・・・」
「お前の理解力の低さは深刻だな。
相手を納得させられなくては、`説明’とは言わない。
自己の都合と弁明のための`言い訳’だ。
私は、お前と同行し、証言する条件として、‘這いずる翼’の抹消を提示した。
条件が満たされない以上、証言をすることは出来ない」
言葉と同様に、冷たい視線がクエイルを平睨する。
クエイルは、黙って視線を受け止めつつ、状況の膠着化に舌打ちした。
一つ。現在・サンソレイユの街は異端者に攻撃を受けており、十一課審問官バノーリ他二名が、迎撃に当たっている。
二つ。異端者は、古代種が‘這いずる翼’と呼ぶ有翼魔獣を操る上位AFを所有している。
三つ。‘這いずる翼’は古代種にとって天敵であり、百年以上前に当時の人間との間で‘這いずる翼’出現の際には、供に協力しあうという内容の‘ギザノラ条約’が締結されている。
状況は三すくみであり、どれか一つが前進すれば、他の二つも進展する。
裏を返せば、どれか一つを前進させることが出来なければ、他の二つは進展しない。
「それと、ラクシュと呼ぶなと何度言えば分かる?
‘幹名’を省略される事は、お前たちにとって蔑称と呼ばれる事と等しい屈辱だ」
冷たい視線の主の瞳は大きく、つり上がり気味で、窓から入り込んだ夕日に淡く煌めいている。
上質の繊維のような金髪も、夕日の赤光を浴びても色あせることはない。
よく通った鼻筋と、上品だが堅く引き延ばされた唇からは、感情を読みとることは出来ない。。
ただ、つり上がった耳が、僅かに上を向いていることから、なんらかの感情の起伏があることが推測できた。
クエイルが同行してからの三日間で発見した、彼女のクセだ。
彼女、ラクシュタイリュ・エディマイルは、古代種(エルゥ)だ。
数百年の寿命を持ち、独自の言語・風習を持つ森里を文化権とし、精霊術と呼ばれる特殊魔術を使用する。
精霊眼とも呼ばれる幻惑的な輝きを放つその瞳は、上級AFの原料となり、かつて大規模な`古代種狩り’が行われたと聞く。
`黄昏の時代’には、ある程度、人間側とも交流があったらしいが、法王庁がアスガルドを平定して以来、接触例は殆ど報告されていない。
クエイル自身、幻の種族と言われる古代種と接触できたのは、幸運だと思っている。
神秘的とも言える美しい容姿にも感服する。
だがその感動を多い隠す程、ラクシュタイリュの性格には、難があった。
一つは冷淡とも言える言動。
もう一つは自分を含め、`人間側の文化’を見下している事。
最初は個人的に嫌われているだけかと思ったが、どうやらもっと根本的な問題らしい。
とりわけ、アスガルド鉄道には強い拒絶を示した。
「醜悪な糞塊」とまで口走った
運輸局の肩を持つわけでもないが、アスガルド鉄道によりもたらされた恩恵は大きい。
そこには先人の努力と勇気がなければ出来なかった事だ。
それをあそこまで冷淡に罵倒されては、いい気がしない。
「今にして思えば・・・」
サンソレイユの街で、この劇薬のような古代種の護衛をバノーリが自分に託したのは、こうなる事を予測していたのかもしれない。
血の気の多い十一課のメンバーであれば、喧嘩から刃傷沙汰になっていてもおかしくない。
むしろ自然な流れと言える。
ラデルなら即座に手が出ている。
スミリーなら不毛な皮肉の応酬になっているだろう。
だがクエイルにとっては、`扱えないほど難しい’程のものではない。
この程度の言動に振り回されていては、あのフェルメノ・キルスの友人を十年も続けていられない。
クエイルの部屋に置かれた置き時計が鳴ったのは、その時だ。
時計の音と連動し、時計の下部に設置された木箱の扉が開き、小さな干し肉が床に落ちる。
「何だ、これは?」
「市販の時計を利用して、自作しました。まあ、一言で言うなら・・・」
時計の音が鳴りやむのと同時に、扉の隙間から現れた白猫が、干し肉に走りより、喉を鳴らしてから口にする。
「自動餌やり機です」
ラクシュタイリュは、白猫と時計を交互に見つめている。
その姿に更なる説明を求めていると判断したクエイルは、言葉を続ける。
「その白猫君は、俺がこの部屋を借りる前からここに住み着いていてね。
互いに迷惑を掛ける事がないから、先人の顔を立てて、引き続き住んでもらっている。
任務の都合上、長期不在も多いから、食事に不自由しないような環境を提供しているが・・・」
そこまで話し、ラクシュタイリュの肩が微妙に震えているのに気がついた。
また、機嫌を損ねたかと思ったが、そうではないようだ。
「ふふっ」
笑っていた。
今まで見せた冷淡な笑いではない。
どこにでもいる、普通の少女の笑みだ。
「ならば、私も・・・」
屈託のない笑みを浮かべると、ラクシュタイリュはクエイルに振り返った。
「先人の顔をたて、流儀に従おう。
明日まで待てばいいのだな?
今夜はここで待てばいいのか?」
「・・・まあ、な」
苦笑いを浮かべて、クエイルは頷く。
明らかに、機嫌がよくなっている。
それにしても、散々の説得に聞き耳持たなかったのが、猫一匹でこうも素直になるとは。
古代種の考えは分からない。
いや、女の考えは分からないというべきか。
「分かった。久しぶりの休息だ。今夜はゆっくりと休むとしよう」
ラクシュタイリュは、そういうと若草色の上着を脱ぎ出す。
直後に、その下に着ていた短服も脱ごうとする。
「ちょっと、ちょっと待て。何している?」
「休息の準備だ。お前達も休むときは服を脱ぐだろう?」
「・・・脱ぐ、かなぁ?」
「それと水を一杯もらいたい。頼めるか?」
「分かった」
そのまま短服を脱ぎ始めたラクシュタイリュを後に、クエイルは立ち去る。
常識的に考えると、短服の下は下着だ。
古代種に下着の概念があればの話だが。
自分でも思っている以上に動揺したらしい。
水があるのはリビングと繋がっている台所だが、逃げ込むように扉で潜られた書斎剣寝室に駆け込んだ。
自分でも、思わぬ展開に動揺しているのが分かる。
「やっぱり、服は脱がないよなぁ、普通」
「とかなんとか言いながら、期待していたくせに」
クェイルの呟きに、聞きなれた声が反論する。
小柄な人影が部屋の隅に置かれたベットに腰掛けていた。
伸ばした髪を無造作に纏め、口元には不適な笑みを浮かべている。
シンプルな尼僧服と、対照的な派手な襟飾り。
「フェ、フェルメノ、・・・課長」
「全く、小動物で女を釣るなんて古い手段、まだ使っているんだ。
使い古されている手だけど、以外にうまくやるじゃない。
知らなかったわ」
「いや、違う・・・」
行方不明になったのは十日前。
残された自分やバノーリは、対応に追われた
「やっぱり、猫餌やり機なんていう小道具が効いてるわよね。
マメさと同時に優しさをアピール。
「だから、違うって・・・」
死ぬはずは無いと信じていた。
きっと予想も付かない場所で、予想もつかない行動を取っている、それがクェイルの知るフェルメノ・キルスだ。
そのはすだが・・・。
まさか、このタイミングで、この場所で現れるとは予想の範疇を遥か斜め上に超えていた。
死んだ、と聞いたほうが驚きは少なかった。
「で、懐柔したところで、あわよくば、そのままヤっちゃおうと・・・」
「だから、違うっていってるでしょう!
思わず、叫んだ。
聞きたいことは山ほどあったが、叫ばずに居られなかった。
「色々あって、ここに居るわけよ」
クェイルが投げかけた山ほどの質問を、フェルメノはその一言で済ませた。
「・・・そうですか、そういう事ですか」
もう、突っ込む気力もない。
唯一の救いは、突然現れたフェルメノに、ラクシュタイリュが格別な疑問を抱かなかった事だ。
古代種にとって、男の部屋に女がいることは、問題ないのだろか。
ただ、白猫を膝の上に乗せ、渡されたコップの水をゆっくりと飲んでいる。
ちなみに短衣の下は、絹に似た素材の薄衣をもう一枚着ていた。
「‘過去に毀れた水より、未来の水を汲め’。聖典十書十七節にもかいてあるでしょ?」
「・・・七書二十節です」
それでも突っ込んでしまうのは、長年の付き合いが成す条件反射か。
「まあ、貴方たちには礼を言っておくわ。派手に動いてくれたお陰で、私も動きやすかったわ。
あとは、‘仕上げ’を残すだけだしね」
フェルメノの顔に肉食獣に似た笑みが広がる。
フェルメノがこの笑みを浮かべるのは、直接的に戦える、それも強敵を前にした時だけだ。
「‘仕上げ’?」
「そう、この聖都にね。あたし達を十一課をハメた張本人がいるのよ。さあ、今夜は忙しくなるわよ」
肉食獣の笑みが、さらに深まる。
いつもの通りだ。
フェルメノに説明を求めるには、言葉よりも行動を供にするほうが、早い。
出会った時から、いつもそうだった。
そう思うと、不思議に落ち着く。
「準備はいいかな、クェイル審問官?
「誰に聞いているんですか、フェルメノ課長」