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第一話『いただきもの』  ⑤結フェイズ

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匿名ユーザー

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「……これ、どう思います?」

 クエイルがそう言ったのは、カビ臭い臭気が漂う、古い写本の頁を開いた時だった。
かつての師、ケステ・ジャイムに頼み込み、閲覧を許可された『古物収集例示集』

「え?」

 錬金術師の少女が顔を上げ、当該頁を覗きこむ。
 クエイルは、ひとつの図面を指さす。
 錬金術の術式、というよりは、紋章
 似ている。
 ――あの小箱に刻まれた紋様に。

「…わかりますか?」
 説明書きは、古代ミッドガルド語で書かれている。
 クエイルに読解可能なには、「こんにちは」「さようなら」など、簡易的な単語くらいだ。

「…術式のサンプル箱、みたいですね」

 少女の表情が変わる。
 さっきまでの“宝探しの顔”ではない。
 研究者の顔だ。

 

「……循環式じゃなくて、保持式。箱に封じた‘術’を熟成させ、発展させた効果を検証していた記述があります。軽い衝撃で解放されるので…」

 少女がそっと息を呑む。

決定的な一文の前に言葉が止まる。

――大戦時は、いわば“術式の爆弾”として使われていた。

「…これ、協会管理の可能性がありますよね」
「…遺失技術管理室案件の可能性もありますね」

 空気が変わる。
 さっきまでの軽さが、すっと消えた。

「危険物、ですよね」
「重要危険物……ですね」

 一瞬の沈黙。
 違和感が“意味”に変わった瞬間だった。

「あの箱は?」
「研究室に置いたままです」
「戻りましょう!」

 言ったのはクエイルだが、先に動いたのは少女の方だった。
 少し動揺はしているが、それでも迷いはなかった。

「確認しないと、何か分かるかもしれません」

 さっきまでの“宝探し”の延長線。
 でも今は、少しだけ違う。

「急ぎましょう」

 クエイルもすぐに頷いた。

 ◇

 研究室の扉が、勢いよく開かれる。

「さっきの箱、どこに――」

 言い切る前に、空気が変わった。
 低く、鳴っている。

 ――ぎぃん、と。


「…‘時差式開閉型‘?」

 少女が呟く。
 目線の先。
 床に置いたままの箱のひとつから――
 淡い光が、滲み出ていた。

「確かに、‘爆弾’だ」
 次の瞬間。
 空気が“弾けた”。

 ――轟、と。
 封じられていた術式は、‘烈風’

 室内に突風が叩きつける。
 戸棚が倒れ、天材がはがれる。
 立っている事が困難な、防風。

「きゃっ!」

 少女の体が大きく揺れ、壁に叩きつけられる、直前。

「伏せてください!」

 クエイルは動いた。
 身を屈め、床を蹴る。
 距離を詰める。

 そのまま、腕を引き――

 壁際に押し込む。
 “抱き寄せる形”で固定する。

 風が叩きつける。
 服がはためく。
 開封時とは比べ物にならない強さだ。

「……っ」

 少女が息を詰めるのが、分かる。
 近い。
 さっきよりも、ずっと近い。
 だが今は、それどころではない。

「箱は……!?」

 視線を向ける。
 あの箱だけが、脈打つように光っている。
 周期的に圧が来る。

「断続発動型……!」

 少女が叫ぶ。

「流れを維持してる……蓋を閉じないと止まりません!」

 理解は早い。
なら、やることは一つだ

「流せますか!?」

風にかき消されぬよう、怒鳴るように叫ぶ。

「……やります!」

 迷いはなかった。

「支えてください!」

 少女が床に手をつく。
 風圧を凌ぐように、クエイルに体を寄せる。

「ち、近――」
「今は我慢してください!」
 
 指先で、床に錬成印を描く。

「水路、引きます……!」

 ‐大量の水を相手に、何度となく練習した『得意の公式』
 この状況下でも、正確な印が完成。
 瞬間、床を水が走る。

 細い流れが、風の流れに逆らい、一直線に箱へ向かう。
 箱が水に触れる。
 異なる属性の接触により、
 一瞬、光がぶれる。
 
「あとは、任せてください!」

 クエイルは前に出る。
 風圧に踏み込みながら、前進。
 中心に近づくにつれて、吹き荒れる風が、刃の鋭さを持ち、クエイルの体を切り裂いていく。
 一瞬の、足踏み。
 
「もう一押し!」

 式の“流れ”を上書きするように巡り――
 水流が強まる。
 再度、風圧がわずかに弱まり、
 クエイルの手が、
 箱に届く。
 
 ――ぱきん。
 小さな破断音。
 クエイルの全身に衝撃が走る。
が、強引に蓋を閉じる。

 その直後。
 風が、止んだ。

「…………」

 沈黙が戻る。
 舞い上がっていた紙が、ゆっくりと落ちてくる。

「……止まりました……?」

 少女が呆然と呟く。
 クエイルは一歩下がり、箱を確認する。
 光は消えている。

「停止は確認。‘一件落着’ですかね」

 長く息を吐く。

「……すみません。ご迷惑をお掛けして」

 小さくそう言って、クエイルに向かって深く頭を下げる。

「まあ、‘宝さがし’は・・・」

 箱を手の上で転がしながら、呟く。

「このくらいのスリルが必要ですよね」
「ええ」
 
互いに、顔を見て笑う。
‘一件落着’
この時はそう思っていた。


――微かに残る、違和感。

 それが何なのか、
 この時の二人はまだ知らなかった。

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