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第二話『喧噪と雑踏』  ①オープニングフェイズ

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匿名ユーザー

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ロマニー地区の市場は、夕方が近づくにつれて、少しだけ騒がしくなる。

 朝の勢いが落ち着き、しかしまだ客足は絶えない。
 商人の声は少し低くなり、値引きの言葉が増える時間帯だ。

「……高いな」

 クエイルは小さく呟いた。
 手に取った干し肉を見つめる。
 質は悪くないが、この値段では長くは持たない。

 ――節約するしかない。

 十一課の食生活は、基本的に自由だ。
 つまり、誰も管理していない。
 結果としてどうなるかは、言うまでもない。

 ラデルは肉しか食べない。
 スミリーは見た目だけ整ったよく分からない料理を作る。
 バノーリはそもそも食事の回数が少ない。
 フェルメノは気分だ。

 ――任せておくと、破綻する。

 だからクエイルは、こうして買い出しに来ている。

「この値段なら、こっちか……」

 野菜を手に取り、軽く重さを測る。
 日持ち、栄養、調理のしやすさ。
 頭の中で、いくつかの献立を組み立てる。
 ――根菜を中心にして、あとはスープか。
 そんなことを考えながら、次の店へ向かおうとした時だった。

 ざわ、と。

 不自然なざわめきが耳に入る。

 市場の一角に、人だかりが出来ていた。


「……」
**

 クエイルは足を止める。
 こういう場合、大抵ろくなことにはならない。
 盗難、揉め事、あるいは――

 だが。

「……やめておこう」

 小さく呟いて、視線を外す。
 前にも同じようなことがあった。
 軽い気持ちで首を突っ込み、面倒な事態に発展した。
 そしてフェルメノに言われたのだ。

 ――「全部拾う必要ないでしょ」
 ――「‘巻き込まれたい’のなら、別だけど」

 その通りだと思った。
 十一課は便利屋ではない。
 何でもかんでも関わるべきではない。

 ――衛兵に任せるべきだ。

 そう自分に言い聞かせて、踵を返そうとする。
 その時だった。

「――古代種だってよ」

 会話の一部が、耳に引っかかった。
 クエイルの足が止まる。

***

「ほら、あれだよ。森の奥にいるっていう」

「いや、こんなところにいるわけねえだろ」

「でも妙な格好してるしさ」

 ――古代種。

 その単語が、頭の中で静かに沈む。
 知識としては知っている。
 いや、知っていた。
 そして――心当たりが、ひとつだけあった。

「……」

 短く息を吐く。

 ――確認だけだ。
 そう自分に言い聞かせて、人だかりの方へ歩く。
 人の間を抜ける。
 ざわめきの中心へと近づく。


 そこで立っていたのは――


「非効率だ」



 聞き覚えのある声だった。
腕を組みながら、露店の配置を睨みつけている少女。

 背は高くない。
 だが、すっと伸びた肢体には無駄がなく、どこか均衡の取れた美しさがある。
 長い銀色の髪が、風に揺れる。

 光を受けると、わずかに青みを帯びて見えた。
 染めたものではない。
 そもそも、人の髪の色ではない。

 耳は細く、やや長い。
 遠目には気づかない程度だが、視線を寄せればはっきりと分かる。

 そして何より――

 その瞳。
 深い色をしているが、感情の揺れがほとんど映らない。
 人間の視線とは微妙に合わず、常にどこか別の基準で世界を測っているようだった。

 ――古代種。

 その言葉が、遅れて現実に追いつく。
*

「この保存環境では、流通効率が三割は落ちる」


 かつて‘ギザノラの和平交渉’で、共に死線を乗り越えた古代種
 ‐ラクシュタイリュ・エディマイル
 すなわち
 ラクシュだった。

「……何をしているんですか」

 思わず口に出る。
 脚も動く。
 ラクシュはゆっくりと振り向いた。

「クエイル・バーネットか」

 あっさりとした声。
 まるで、昨日別れたばかりのように。

「どうだ、猫は元気か?」

「元気です。今朝も、ミルクをこぼして…」
 相手のペースに飲まれかけ、踏みとどまる。

「それより帰ったのではなかったのですか」
「帰った」
「では、なぜここに」
「用事が出来た」

 一切の迷いなく言い切る。


「用事、ですか」
「そうだ」
頷く。
「市場の視察だ」
「……なるほど」

 なるほどではない。
 クエイルは一瞬だけ目を伏せる。

 ――嫌な予感がする。

 非常に。
 しかもかなりの確率で当たる類のものだ。

「帰らなかったのではなく?」
「帰った後に来た」
「……そうですか」

 会話になっているようで、なっていない。

「何か問題でもあるか」
 ラクシュは平然と続ける。

「問題というか……」

 クエイルは周囲を見渡す。
 人だかりはまだ解散していない。
 むしろ、少し増えている。
 滅茶苦茶目立っている。

「目立っています」
「そうか」
「そうです」
「別に構わない」
「構ってください」

 クエイルは即答した。

「何をしているの?」

 背後から声が落ちてきた。
 振り返らなくても分かる。

「課長……」
「珍しい組み合わせね」

 フェルメノは人だかりの中をすり抜けて、二人の間に割り込む。
 ちらりとラクシュを見て、口の端を上げた。

「帰ったんじゃなかったの?」
「帰った」
「で、戻ってきたのね」
「用事があった」
「そう、いいことね」

 フェルメノは短く頷く。


「面白い用事?」
「合理的な用事だ」
「なら、面白い用事ね」

露店の配置へと視線を戻し、フェルメノは小さく笑う。

「で?」

 視線だけでクエイルに振る。

「巻き込まれたの?」
「違います。確認の――」
「巻き込まれたのね」
「……これからです」
「同じじゃない」

 フェルメノは楽しそうに言い切る。
 その瞬間。
 ラクシュは、ほんのわずかに口元を動かした。

 ――今度は、はっきりと笑った。
 

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