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第二話『喧噪と雑踏』  ④転フェイズ

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匿名ユーザー

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「ギザノラの果実は、特定の条件で変質する」

 ラクシュは淡々と言った。
 市場の喧騒の中で、その声だけが妙に澄んで聞こえる。

「一定期間を経た個体を、特定の別種と混在させた場合、外見に変化はないが……」

 青い瞳が、わずかに光を帯びた。

「強い毒性を持つ」

「毒性、ですか」

 クエイルは眉をひそめる。
 手にした果実は、どこからどう見てもただの果物だ。

「だから、森から外へ出すことは無かった。……今回まではな」

 重くはないが、確かな意味を含んだ言葉。

「見た目以外に見分ける方法は? 匂いとか、大きさとか?」

 毒殺に、これ以上のものはない。

 フェルメノが表情を変えず、短く問う。

「ない」

「それは厄介ね」

 小さく舌打ちする。

「唯一あるとすれば……」

「あるのね?」

「あるのですか?」

 二人の声が重なる。

「触覚で判別する」

 ラクシュは淡々と続けた。

「微妙な差異がある。判別は難しいが……」

「……どの程度ですか」

 クエイルの問い。

 ラクシュはわずかに視線を動かし、

「そうだな」

 考える間もなく。

---

 フェルメノの胸を掴んだ。

---

「これくらいだ」

---

 空気が止まった。

 本当に、ほんの一瞬だけ。

 周囲のざわめきさえ、遠のいたような錯覚。

---

「……なるほどね」

 最初に動いたのは当人だった。

 フェルメノは平然と頷く。

 むしろ、どこか納得したように。

「これくらいかぁ」

 そう言って、自分でも軽く触れる。

 迷いなく、確かめるように。

 ラクシュを見て頷く。

「分かる」

「そうか。理解が早くて助かる」

 ラクシュも納得したように頷いた。

 完全に合意が成立している。

 ――が。

---

「クエイルも触ってみろ」

「なぜです!?」

---

 反射だった。

 思考が追いつく前に、身体が拒否する。

---

「判別基準の共有だ」

「共有しなくていいです」

「それで探せるのか?」

「探せます!」

「探せない」

「探せる!」

---

 会話が進むたび、状況が確実におかしくなっていく。

 だが二人は気づいていない。

 まったく。

---

「触れ」

---

 ラクシュの白い手が、クエイルの手首を掴む。

 静かで、しかし逃げ場のない力だった。

 提案ではない。

 決定だった。

---

「……」

 クエイルは一瞬だけ空を仰いだ。

 市場は変わらず賑わっている。

 誰も、助けない。

---

 ――なぜこうなる。

---

「早くしろ」

「だからなぜですか」

「比較だ」

「何と何をです」

「今の話を聞いていなかったのか」

「聞いていましたが納得していません」

---

 理屈が通っている分、反論のしようがない。

 それが一番厄介だった。

---

「いいじゃない」

 横から、軽い声。

「減るものじゃないし」

「減ります!」

「何が?」

「色々とです!」

---

 自分でも曖昧だと思う。

 だが説明する気はなかった。

---

 フェルメノはくすりと笑う。

 完全に楽しんでいる。

---

「ほら」

 一歩踏み出し、距離を詰める。

 逃げ場を封じるように。

---

「このくらいよ」

---

「……」

 終わった。

 抵抗は無意味だった。

---

 クエイルは、極めて慎重に。

 極めて短く。

 触れた。

---

 一瞬。

 だが。

---

 十分すぎる時間だった。

---

「どうだ」

 ラクシュが問う。

---

「……」

---

 言葉が出ない。

---

「差異は理解できたか」

「……柔らかいです」

 ようやく出たのは、それだけだった。

---

「そうか」

 ラクシュは満足げに頷く。

---

「これが基準だ」

---

「……うん、はい」

 思わず漏れた声は、ひどく小さかった。

---

「いいじゃない、分かりやすくて」

 フェルメノが吹き出す。

「大げさね」

「大げさではありません」

---

 ラクシュはわずかに首を傾げる。

---

「問題はないはずだ」

「あります」

「なぜだ」

「なぜでもです」

---

 クエイルは深く息を吐いた。

---

 ――巻き込まれた。

 完全に。

---

 フェルメノは楽しそうに笑っている。

 ラクシュは納得したまま頷いている。

---

 市場の喧騒は変わらない。

 何一つ変わっていないはずなのに。

---

 この中で――

---

 たった一つの“毒リンゴ”を探すことになる。

 制限時間は、晩餐会が始まるまで。

---

 クエイルはもう一度、深く息を吐いた。

---

 ――巻き込まれた。

 完全に。

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