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第一話『いただきもの』  ①オープニングフェイズ

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匿名ユーザー

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 その日、クエイルはただの“通りすがり”だった。
 少なくとも、本人はそのつもりだった。

 ――やけに大きな荷物を抱えた少女に出会うまでは。

「……あの、大丈夫ですか?」

 思わず声をかけたのは、完全に反射だった。
 研究棟へ続く石畳の通りの真ん中で、彼女は明らかにバランスを失いかけていた。
 両腕いっぱいに抱えた箱。
 しかも一つや二つではない。
 積み上げられた木箱が、今にも崩れそうにゆらゆらと揺れている。

「え、あ――だ、大丈夫ですっ」


 バランスを取ろうと前かがみになるたび、制服の襟元がわずかに緩む。
‐前方のクエイルに向かって。
 ―明らかに目のやり場に困る状況だ。

「…全然大丈夫じゃないですよね?」

 クエイルが一歩近づくと、
 ぎし、と嫌な音を立てて、上の箱がずれた。

「あっ」

 ――限界だった。
 咄嗟に手を伸ばす。
 崩れ落ちるより早く、箱を押さえ込む。

「ちょっと貸してください」

「す、すみません……!」

 気付けば、半分以上こちらが支えていた。
 改めて見ると、箱には細かい刻印がびっしりと刻まれている。
 学生時代に、少しだけ学んだ。
 紋章のような、式のような――錬金術特有の記号だ。

「……錬金術師協会の品、ですか?」

「はい。実験道具とか、触媒の端材とか……あと、研究の廃棄品も少し」

 どこか嬉しそうに、彼女は言った。
 
「……ほとんど貰い物なんです」

 小さく言ってから、彼女は少しだけ嬉しそうに続けた。

「でも、私には貴重なものばかりで」

「いただきもの……にしては、ずいぶん重そうですが」

「ええ、ちょっとだけ」

 “ちょっと”の基準がおかしい。

 クエイルは小さく息をつくと、箱を抱え直した。

「そんな、お手伝い頂くほどの…」

「研究室、どっちです?」

「え、あ……こっちです」

 彼女が指さした先は、研究棟の奥。
 細い通路の先に、さらに細い階段がある。
 見ただけで分かる。
これは一人で運ぶものじゃない。

 

「途中まで持ちますよ」

「え、でも……」

「途中じゃなくてもいいですけど」

 そう言うと、彼女は一瞬だけ迷ったような顔をして――

「……お願いします」

 小さく頭を下げた。
 並んで歩きながら、クエイルは改めて荷物を見た。
 箱の側面には、見慣れない刻印がある。
 専門外だが、錬金術の公印とは、微妙に意匠が異なる、気がする
 どこか古い――そんな印象を受ける。

「これ、全部が‘いただきもの’ですか?」

「はい。あの、まとめて譲っていただいたんですけど……中身の整理がまだで」

 少し、恥ずかし気な表情。
 箱の中身は、雑多な寄せ集め。
 確かに“いただきもの”という感じではある。

「それは、いいですね」

「えっ?」

「俺も昔、師匠筋の人に‘蔵書の整理’を丸投げされた事がありまして…」

十一課に転属となる前、五課に所属していた時代の話だ。

「‘廃棄対象は好きにしていい’、と言われたので、‘掃除当番’が‘お宝さがし’になりました」

少女がクエイルを見上げる。

「楽しいですよね。‘お宝さがし’」

「…はいっ!」

年相応の笑顔で頷く。

 ――ただ。

(何が、引っかかってる?)

 クエイルはもう一度、視線を箱に移す。
 形か。刻印か。それとも――
 違和感は、ほんの一瞬だった。
 すぐに消えてしまう程度の、小さな引っかかり。

「何かありました?」

 彼女が首をかしげる。

「いえ、何でも」

 クエイルも笑みを浮かべ、少女の問いに応える。
 下手に不安にさせる必要もない。
 そのときは、まだ分かっていなかった。
 この“何でもない荷物”の中に
 ――少しばかり厄介な物が混じっていることに。

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