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「法王庁襲撃編 No3‘狂い牙’」

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  2-6 小話「法王庁襲撃編 No3‘狂い牙’」

前編:
「この場所を選んだのは、実にお前らしいと思ったよ、ベルン」
どこか懐かしむような声と供に青年は、冷たい石床に片手と両膝をついて荒い息を吐くベルンの小柄な体を蹴り上げた。
ベルンは、激しく体を地面に叩きつけられながらも、男の間合いから逃れるため、手にした旧式のライフルの銃底で地面に支点を作ると、林のように乱立する墓石の裏にその身をすべり込ませる。
「あの苛烈を極めた四十年前の‘第一次大聖伐’が、俺とお前の明暗を分けた。大聖伐以後、お前は十五の若さで異端審問官に任命された」
漆黒の夜空を覆う雲の間から満月が僅かに顔をのぞかせ、二人の対峙する舞台となった広大な共同墓地を照らす。
かつての大聖伐で犠牲者を埋葬するために作られた共同墓地は、三千人を超える犠牲者を収容するために、一区画に渡る墓石の林を形成していた。
「異端審問官として、神の名の元に法王庁の尖兵となって戦う日々は、お前に何を与えてくれた?」
月明かりの下、静かに語り続ける青年の端正な顔立ちの額には、逆十字の紋様が刻まれていた。
「そういうお主は、この四十年でなにが得られた?‘彷徨える逆十字団’No3‘狂い牙’、いや、かつての友バルバネスよ」
吐血で汚れた口元を拭うと、ベルンは墓石に背を預けるように立ち上がる。
自身の血で汚れた神父服の上から架けられた、銀の異端審問印が揺れていた。

「正直、‘シングルNoによる一斉蜂起’が命令でなければ、おまえには、会いたくなかった」
‘狂い牙’は、憂いをおびた表情と供に、右手をベルンが隠れた墓石に向かって静かに伸ばす。
「何を得たと言ったか、ベルンよ? 俺は‘銀水晶’より‘永遠の若さ’を与えられ‘力による正義’を得たさ」
引き絞った弓のようにその上腕部に力がみなぎると、腕全体から生えた無数の‘牙’が、二人の間を遮る墓碑を噛み砕きながら、ベルンを目指す。
「‘神’以上に、‘時の流れ’というやつは残酷だ。老いたお前と再会すれば、勝負にならないことは分かっていた。彷徨える逆十字団No3‘狂い牙’であるこの俺が、そんなお前に同情することを、俺自身がおそれていた」 深い水底を覗き込むような表情で、さらに続ける。
「だが、杞憂だったようだ。老いた体を引きづりながら、精一杯、無残に、見苦しく逃げ回るお前を見るのが、楽しくて、愉快で、哀れで仕方がない」
そして端正な顔立ちを歪め、引きつるように笑う。
「だぁから、早く俺に殺されろよ! ベルン!」
今まで隠していた喜悦の表情が、顔中に溢れる。同時に墓石を噛み砕いた‘牙’が、ベルンの神父服を食い破る。
 
「お前が、四十年もかけて学んだことはその程度か、バルバネス? だったら、お主はワシには勝てんな」
「・・・かわしたのか、俺の‘旋牙舞’を?」
月明かりの下に姿を現したベルンは、ボロボロになった神父服の上着を脱ぐと、引き絞られた鋼のような肉体が現れる。
 その体には、ベルンが歩んできた道がいかなる物であったかを示す道標として、無数の銃痕、切傷、刺傷が刻まれている。
「外見以上に、中身はガキのままのようじゃの。これでは、今度新たに配属になった新入りの小僧の方がまだ賢い」
月を見上げるように呟きながら、手にしたライフルの銃身の底に仕込まれた細身のレイピアを抜く。
「まぐれでいきがるなよ!老いぼれが!」
‘狂い牙’の腕から再び伸びた無数の‘牙’がベルンを襲う。
鋭い牙が幾度もその身をかするが、ベルンは無駄の無い動きで後退しつつかわす。
「やってみろよ、‘若造’」
その口調は、いつもの好々爺然とした老人のものではなく、年齢を超えた鋼の如き力が込められていた。銀光を放つレイピアを‘狂い牙’に向け、宣言する。
「来いよ、‘若造’! 望みどおり、四十年以上‘異端審問官’であり続ける事がどういう事であるか、教えてやる!」
「上等だぜ! 老いぼれぇ!」
ベルンの微かな怒気をはらんだ眼光が、‘狂い牙’を射抜くと同時に‘狂い牙’が上げた叫び声が、静寂の墓地に響き渡った。


後編:
月光と静寂の支配する共同墓地は、整然と並べられた墓標は、二人の戦いを静かに見守り続ける。
「‘異端審問官’って事は、お前は仮にも神父って事だろ? お前はあのクソ分厚い教典に書かれている‘教え’やら‘ありがたいお話’ってやつを、全部覚えているのか?」
左右の上腕から五本づつ生やした‘牙’を連続して振るう。
無言のままベルンが、手にしたレイピアで‘牙’の勢いを逸らすたびに、首から下げた異端審問印が、無数の古傷が刻まれた鋼のような上半身の上で踊る ‘狂い牙’は、口元を歪ませると、攻撃の速度をあげ、間合いを詰めた。
「その点、俺たち‘逆十字団’はシンプルだぜ。まず、‘強い事’、そして‘法王庁’に強い恨みを持っていること‘、これだけだ。」
ベルンの動きは、もはや完全に見切った。
当初の予定より軽快な動きをみせたものの、あくまで‘予想より’速かっただけだ。十分に見切れる範囲だ。
加えて、致命的にスタミナが不足している。
先程から、無駄のない動きでこちらの攻撃をかわしているが、裏を返せば、激しい動きが出来ないという事だろう。
「‘召集’さえかからなえれば、普段どこで何をやろうと自由だ。殺しが好きならば、好きなだけ殺せばいい。光モノが好きならば、好きなだけ盗めばいい。女が好きなれば、好きなだけ犯せばいい。死徒にはそれだけの力があるからだ。お前たちが‘未決’とした‘異端’事件のいくつかは、俺が絡んでいたのもあるんだぜ」
砕けた墓石の破片に足をとられ、ベルンがバランスを崩した。
‘嵌った’
自分の間合いだ。移動の余地は、与えない。
今、ベルンが立っている場所は、不可視の檻で囲まれた鳥篭の中に等しい。
「さすがにお前は賢いぜ、ベルン。殺される場所が墓場なら、死体を運ぶ手間が省けるよな?」
「・・・お前は、本当に、馬鹿だな」
「何だと?」
‘狂い牙’の額に刻まれた逆十字に視線を飛ばしながら、ベルンは、手にしたレイピアをさげる。
「‘不老の体’を、‘力’を与えられて、強くなれたと思っていたのか? ‘好きな事’だけを繰り返しているだけで、強くなれる訳がないだろう。‘痛み’と‘困難’を乗り越えてこそ、人は成長する」
「何が言いたい。はっきりと言え、老いぼれ!」
「ああ、言ってやろう。もう一度な」
‘狂い牙’から叩きつけられる殺気を浴びながら、皺の刻まれた顔にベルンは不敵な笑みを浮かべて続ける。
「お前は、ワシに絶対に勝てん!」
「くたばりやがれぇ!!!」
絶叫と供に、両腕のみならず、両脇腹からも、衣服を突き破り、五本の‘牙’が、ベルンに向けて殺到する。回避は不能、全身を‘牙’よって貫かれる。
‘狂い牙’の最終奥義とも言える‘狂奏曲’だ。
「プロトタイプ手榴式‘グングニル’起動!」
首からさげた異端審問印を鎖から引きちぎると、手にしたレイピアの柄に接続させながら、地面を蹴る。
「ロートルを舐めるなよ!バルバネス!」
「ベルン!」
刀身が白く輝くレイピアで殺到する‘牙’を払いながら、ベルンは‘狂い牙’の本体を目指す。同時に、かわしきれなかった‘牙’の幾つかが、古傷で覆われたベルンの体を抉り、さらなる傷をつける。
ベルンが放った閃光に包まれた一撃と、‘狂い牙’の体の中央から伸びた最大の‘牙’が交差し、二人の間に轟音と爆風が交差した。

『ベルン!大変だ!村が、村が!』
『泣くな、バル!俺たちは強くなるんだろう!』

『先に行ってよ、ベルン!このままじゃ、逃げ切れない!』
『嫌だ!俺たちは、一緒に強くなるんだ!』


『お姉さんが、僕を助けてくれたの?なんで、神様は助けてくれなかったの?』
『あなたが、神を必要としない人間だからよ』
『僕、強くなりたい。お姉さんみたいに。もう、辛い思いはしたくない。』
『なら、あなたに‘牙’をあげましょう。痛いけど、耐えられるかしら?』
『うん、だって僕は・・・』


―友達を、守りたいから。


「やって、くれたな、老いぼれぇ・・・。そこに居るのかぁ。今、楽にしてやるからよぉ」
口を動かすたびに、血が噴出す。
ベルンの放った一撃は、‘狂い牙’の右半身を吹き飛ばしていた。
幾つかの‘牙’は、衝撃で折れ、自身の体内に突き刺さっている。
倒壊した墓石の下からのぞく、光を失ったレイピアに、‘狂い牙’は、残った半身を引きずるように近づき、砕けた‘牙’を振りかざす。
「最初の質問に答えよう、バルバネス」
乾いた声とともに、後頭部に冷たい感触の銃口が当てられた。
ゆっくりと振り向くと、月明かりの下、無数の裂傷から血を流しながら、ベルンがいた。
手にしたライフルを、‘狂い牙’の額に刻まれた逆十字にあてる。
「ワシが異端審問官になって得たものは、正直に言うと少ない。後悔も当然ある。結局、嫁さんももらえなかったしな」
僅かに、自虐的な笑みを浮かべるベルンを、‘狂い牙’は、ただ静かに見上げる。
「それでも、立ち止まっていたら、決して得られなかった物を得ることが出来たと思っている。そのおかげで、こうして、お前と再び会う事も出来た」
‘狂い牙’、バルバネスはようやく理解した。
ベルンは、本当に自分と再会できて、うれしかったのだ。
例え‘異端’に落ち、‘悪魔’に成り果てた、自分でも。
「あの時とは、逆だな、ベルン」
静かに目を閉じると、バルバネスは、余力を口を動かす事に集中させた。
「今度は、お前が残り、俺が先に行く」
「そう遠くないうちに、ワシも行こう。昔話はそのときに、な」
「ダメだ。お前は、来るな」
もう、目を開ける力は残されていなかった。
しかし、ベルンが銃口を下げたのは分った。
「お前は、本当に、馬鹿だ」
ベルンの感情を押し殺した呟きも、聞き取る事ができた。
「俺は、お前が」
だから親しみを込めて、告げる。
「嫌いだ」

「嫌われては仕方がないな、バルバネス」
ボロボロになった、自身の上着を拾うと、物言わぬ‘異端者’の上にかける。
その口調は、普段の好々爺のものに戻っていた。
「新任の洟垂れ審問官どもと、もう少し遊んでいるとするか」
お前が出来なかった分までな。
胸の中で付け加えると、ベルンは、朦朧とする自分の意識を叱咤する。
出血がひどい。
AFを使用したことによる、疲労感が、全身を包んでいる。
だが、気を失う前にまだやる事があった。
「‘神よ、友の魂を導きたまえ’」
‘異端者’への祈りではない。
バルバネスへの祈りだ。
やがて、墓地は再び月光と沈黙に支配された。


―残る死徒は、あと6人

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