街角軍記 ◆gry038wOvE


「おい、杏子……その姿……」

 左翔太郎──仮面ライダーダブルが驚くのも無理はなかった。
 佐倉杏子が変身したその姿は、ウルトラマンネクサス──姫矢准が変身したものと同じだったのだ。

『どういうわけか、あの力は杏子ちゃんのもとに渡ったみたいだね……翔太郎の言葉を借りるなら、銀色の巨人かな?』
「にしても、いつの間に……」
『僕が思うに、彼女は放送より、もっと早い段階で姫矢准の死を知っていた。姫矢が死に際に託した……そういう事が可能な力なんじゃないかな……おそらくね』
「……本当か? おい、なんでそれを早く言わねえんだよ!」

 しかし、ウルトラマンネクサスは背後から聞こえるダブルの声を無視して走り出した。
 ネクサス──佐倉杏子は、この場の誰よりも早く、その拳を血祭ドウコクの身体に食い込ませる。ほんの一時間も会話を交わしていない男・姫矢准に感じた不思議な共感が、彼女の気持ちを膨らませたのである。
 友情や愛情など、そうした感情を抱く暇もなく、しかし、もう少し猶予があれば信頼感は強まったかもしれない相手だった。それが姫矢だ。
 その「かもしれない」という僅かな可能性でさえ、力に変えられるほど──杏子は姫矢に対して謎の共感を持っていた。
 その男の命を奪ったのが、この禍々しき怪物である。
 名前、外形、声色、表情──全てにおいて禍々しいこの怪物の、これまた不愉快な感触がネクサスの拳を通して杏子に伝る。
 ──なんだろう、この感触は。
 彼の身体は拳の外で微かに蠢いている。腹部が萎む。怪物は息をしている──すなわち、生命を維持する活動を怠らない『生物』なのだ。
 ヒトではない。
 しかし、魔女のような存在でもない。
 杏子は槍を使って戦っていたので、これまではあまりこうした敵の感触を知る事がなかった。だが、初めて敵の生命を肌で感じた気がして、少しばかり気分が悪くなる。
 それでも、ドウコクの身体が吹き飛ぶまで、奥へ奥へとねじりこませるように拳を押し込んでいくように、殴る。一瞬のうちに、どこまで拳で敵の身体を捻らせるかが勝負どころだ。

「デュア!」

 ──そして、ウルトラマンの力を前に、ドウコクが飛ぶ。
 拳から波のように伝わった振動が、ドウコクの腹部を同じ波長で震わせ、その波が肥大化し、そこから突き放されるようにドウコクの身体が後方へ飛ぶ。
 ドウコクの足が何度か地面をかすり、小さな火を一瞬だけ起こした。そのまま足と地面との摩擦でドウコクはブレーキをかけた。
 この僅かな隙を利用して、出遅れた数名が駆け出した。

「仕方ねえ……事情は後で聞かせてもらうぜ!」

 ネクサスの後ろから、仮面ライダーダブルが、キュアサンシャインが、シンケンゴールドが、アインハルト・ストラトスが駆け出す。

「「はぁっ!!」」
「「やぁっ!!」」

 ネクサスが中央からドウコクを攻撃したのに対し、ダブルとサンシャインはそれぞれ右と左から、シンケンゴールドとアインハルトもそれに続いて攻撃した。
 攻撃した後は、駆けぬけるしかない。一塁を駆け抜けていくランナーに感覚は近いかもしれない。彼らは、駆けぬけた後に少し不格好な減速をしてブレーキをかけた。
 胸部や腰部を狙い、重く鋭い一撃が入り込んでいく。
 ドウコクは、その中に込められている力強さのようなものを悟った。彼らは、どうやら力を入れて攻撃しているらしいのだ。今の一撃には、本気でドウコクを消そうという本気が感じられた。
 しかし、ドウコクにとっては大して強いと感じられるものではなかった。

(当人にとっては快心の一撃ってやつか? ……俺にとっては大したダメージでもねえってのによ)

 ある程度の本気は感じられたものの、ドウコクはその一撃を手放しで賞賛する事はなかった。
 五人分の攻撃は、せいぜい最初の腹部への一撃が強烈に感じた程度で、他の攻撃に対する痛みというのはほとんど無かった。

 ……見たところ、疲労状態の相手が多いのだ。

 こうした攻撃も、重い身体に鞭を打って、限界に近い身体で行われている。ゆえに、その拳にも全身全霊の思いが込められる。しかし、弱い。
 ドウコクにとっては、おそらく常時の彼らの攻撃も蚊に刺されたほどの痛みではないかもしれない。痛みと呼ぶのも憚られるほどの、些末な事象である。
 内臓、外部、精神──せめてそのどこかにでも痛みを与えられれば立派なものだが、この場において褒められたのは、ウルトラマンネクサスのパンチだけである。
 実際、内臓か皮膚かはわからないが、腹部の感覚に麻痺か痛みか、そんな感覚があるのがわかる。理屈抜きの強さだ。これに関しては、ドウコクに対して感じた一瞬の怒りと、この戦士そのものの強さが相乗している。
 ……一方、両腕両足は健在だ。そこに繋がる胸や腰のあたりも至って健康。目の前の敵を殺せないとは思えない。

「うらぁっ!!」

 降竜蓋世刀を構え、まずはシンケンゴールドの方へと歩み寄る。真っ先に目についたのはシンケンゴールドであり、因縁のシンケンジャーだったという理由で、ほとんど直感的にに彼を最初のターゲットとして決めた。
 ウルトラマンネクサスを選ぶのも一つの手だったが、距離感覚的にはシンケンゴールドが近かった。

「え、わ……っ!」

 シンケンゴールドの胸を、左から右へ真一文字に斬る。
 その反動で回転したシンケンゴールドの背中を斬る。
 今度は、シンケンゴールドの背中を蹴飛ばし、倒れた彼の腹に足を乗っけて、動きを封じ、刀を構えなおし、真上から垂直に降竜蓋世刀を……下ろす。
 胸部に衝撃を受け、遂にシンケンゴールドのスーツは攻撃に耐えられなくなり、一瞬だけ白い光に包まれて、元の梅盛源太の姿が現れた。
 いよいよまずい──そう直感したダブルが、真っ先にドウコクのもとへと駆けつけた。
 生身のシンケンゴールドに向けて、もう一度その刀が振り下ろされる前に、ドウコクには一撃やらなければならない。

「フィリップ!」

 ダブルの半身が叫ぶと、ダブルドライバーの右側のスロットから緑のメモリが外され、黄色いメモリが挿入される。
 具体的な指示はなかったが、「翔太郎」の呼びかけの意味を、「フィリップ」は理解した。

 ──Lunna──
 ──Lunna × Joker !!──

 ──ルナメモリである。
 ルナメモリの力によって伸縮自在となった右腕は、真っ直ぐにドウコクの右手に向かって、伸びていく。
 伸びていく……といっても、人間の腕の長さではない。
 仮面ライダーダブルと血祭ドウコクとの間にあった距離──およそ七メートルほどの距離を、動かずしてゼロに変えるほどの長さで、ドウコクの右手を掴んでいたのである。
 その姿は、まるで妖怪。────いや、外道衆の怪人の如き姿であった。
 少なくとも、ドウコクと敵対してきたシンケンジャーには、こんな風にドウコクの腕を止めた者はいなかった。
 ターゲットの変更だ。
 ドウコクは、掴まれた右腕を振り払い、地面の源太を「歩くついでに」とばかりに蹴飛ばして、憮然とした態度でダブルの方へと歩いて行った。

「おい、こっちに来るぜ」
『近接戦……。なら、こっちの方が向いてるね』

 ──Heat──
 ──Heat × Joker !!──

 ヒートジョーカーの姿となったダブルは、向かい来るドウコクに自ら向かっていき、「火」のパンチを叩き込んだ。ドウコクはその一撃を受ける瞬間だけ立ち止まった。
 火は、ドウコクにとって忌々しい元素だった。
 シンケンレッド──シンケンジャーで最も忌々しい相手の使うモヂカラが、「火」のモヂカラだった所為もあり、この一撃には嫌悪感が湧く。ドウコクの身にはダメージこそ無いものの、眉を潜ませるような素振りを見せていた。

「オラオラオラオラ!!」

 連打。

「ウラウラウラウラ!!」

 連打。

「アダダダダダダダ!!」

 連打。

 微動だにしないドウコクに向かって、ダブルは炎の一撃を浴びせ続ける。

「ハァッ!!」

 トドメとばかりに、ダブルは一周回転した後でパンチを叩き込む。その姿は何かのパフォーマンスのようだった。翔太郎の性格が、一本調子な連打に飽きて少し興のあるラストをやってみせたいと思ったのだろう。
 余裕の表れかもしれなかった。
 ……が、

「効かねえな」

 当然ドウコクに効いているはずもない。
 封印の文字でさえまともに効かない身体となったドウコクである。
 外道でありながら、その身には人の身体を取り込んでいる。
 弱点の類もない。
 ただ、あえて彼を倒す方法が在るとするなら、それは一つ。
 力ずく──のみである。

「はぁーっ!!」

 ドウコクの呟きを無視して、キュアサンシャインとアインハルト・ストラトスは両サイドからドウコクに向かって飛び上がった。
 力ずく。
 そのやり方に最も向くのは、彼女たち二人だろうか。
 彼女たちの攻撃方法は、ダブルのような能力によるものではなく、文字通り力に尽きるものばかりだ。パンチとキックを繰り返し、ライダー以上に武器を使用しない。
 拳拳拳の脚脚脚……と、言ってみれば格闘少女そのものであった。
 元々、人間時でも格闘を好む二人なのだから、この時においても「力ずく」という答えはすぐに出ていた。
 しかし、当然、並みの力では「力」と呼ぶべきにも非ず──キュアサンシャインとアインハルトの一撃がドウコクにたどり着こうとも、その結果は他の仲間と同じだった。
 結局のところ──答えは単純。
 誰がやっても同じなのである。
 ここにいる誰がどんな力を使おうと──この状態では、ドウコクには効かない。ここまで多くの戦いを切り抜けてきた彼らに対し、ドウコクはあまりにも万全すぎた。
 更に言えば、ドウコクは万全なメンバーたちが挑んだところで勝てる見込みは薄い……それほどの強敵であった。
 ドウコクの言葉を借りるなら、「絶望」がこの状況である。


「効かねえ……てめえらは、俺に挑むには弱すぎる」


 左にアインハルト、前に仮面ライダーダブル、右にキュアサンシャイン……と、綺麗に並んだ三人を、ドウコクは半円を描くように斬っていった。
 斬るというほど惨たらしいものではないか。──降竜蓋世刀に弾かれるようにして、三人は後方へと飛んで行った。

「うわぁぁつ!!」

 似たり寄ったりの叫び声とともに吹き飛ばされ、全員が地面に倒れこんだ。
 アインハルトの変身がここで解ける────成人女性ほどの身長の美女だったはずのアインハルトは、人形のような美少女へと姿を戻す。……傷だらけの、と付け加えればもっとわかりやすく伝わるだろうか。
 身体機能は限界だった。精神状態も決して良いとは言えない。
 こうしたあらゆる限界によって、敗北が近づいていた。
 今の段階ならまだ、梅盛源太やアインハルト・ストラトスといった生身の相手に対して、ドウコクは何の攻撃も仕掛けないが、ここで変身している戦士が戦う理由はいずれも、「その人たちがより長く生きられるための時間稼ぎ」と同義であった。

 無論、彼らは勝とうとしている。勝たなくとも、全員で撤退するくらいは絶対にしなければならないと思っている。
 ……しかし、客観的に見ても勝てる理屈が見当たらないのである。

「他愛もねえな……」

 ドウコクがそこに倒れこんだ三人を見下ろしている。
 それの姿を見て、ウルトラマンネクサスは跳ねた。
 跳ねた体勢のまま、地面と並行に宙を走る。ネクサスは、腕を引いた体勢のまま、ほとんど宙に浮いたまま前へと進んでいる。
 ウルトラマンの持つ飛行能力を使い、地面から数センチだけ身体を浮かせた状態で移動しているのである。
 ドウコクとの距離が縮まると、ネクサスの右拳は前に突き出された。

「デュアァツ!!」

 ドウコクは背中を打った鋭いパンチの存在に吃驚する。
 かなりの熱のこもったパンチで、なかなかの不意打ちであった。
 ドウコクの目の前にはダブルが倒れていたが、その真上を通り過ぎ、まるで宙に向かって吹き飛ぶように、ドウコクの身体は飛んでいた。

 ──Trigger──
 ──Heat × Trigger !!──

 ダブルは決死の思いで、倒れた身体でメモリを入れ替える。
 ヒートトリガーへとフォルムチェンジしたダブルは、空中のドウコクを狙い撃ちし、その身体を打ち落とした。
 いや、打ち落としたというには、ドウコクの受け身は上手であった。
 だいたい、ドウコクの力が弱まった気がしない。今ので果たして、本当にダメージを受けたのだろうか?
 ドウコクが着地しようというタイミングで、偶然その弾丸が当たったような形だ。
 そう、ドウコクは何事もなかったかのように両足で着地し、剣を構えていた。
 先ほどと違うのは、こちらを向いているという事だろうか。

「うらぁぁぁぁっ!!」

 ドウコクは、そのまま真っ直ぐにネクサスのところへ駆け出す。
 その刀の切っ先を身体の左側に構え、一瞬の躊躇いも──疲労さえ感じさせないまま、ドウコクはネクサスの左脇腹に斬りかかった。
 火花が散り、ネクサスの身体が吹き飛ばされる。
 ネクサスもまた、地面と激突した。


「今のお前らじゃ俺には勝てねえ……。わかったか? 絶望ってやつが」


 そうドウコクが呟いた時、まるで雷のような光と轟音が鳴り、地響きに身体が揺れたような感じさえした。
 地面に倒れこんでいる彼らには、ドウコクの姿がとてつもなく大きいものにも見える。
 あるいは、ドウコクの堂々たる迫力が原因だろうか。
 疲労による眩暈が起きているのだろうか。
 彼らの目には、ドウコクの後ろで何かが崩落していくようなヴィジョンさえ浮かんだ────。
 巨大なものが崩れ去っていくような……そんな不思議なヴィジョンが。


 ────いや、待てよ、これは……。


「ふ、風都タワーがぁぁぁっ!?」


 ダブルがそう叫ぶ。ドウコクの後ろに見える風都タワーが、地面へと落ちていくのだ。
 この地鳴り、あるいは、このヴィジョン。全ては現実によるものだ。
 ここから見える街エリアのシンボル的な建物である「風都タワー」。
 それが、翔太郎たちの目の前で崩れていったのである……。
 それはまるで、かつて仮面ライダーダブルと仮面ライダーエターナルがその場で戦った時の光景を、別の視点で見たような感覚だった。

 それからしばらくして、崩れる風都タワーを背にしたドウコクも異変に気づくほどに巨大な音声が耳に入る事になる。
 タワーを破壊したテッカマンランスという男による、崩落の呼び声であった。






 キュアベリーは街にたどり着いた。
 端的に言えば、それだけの事だが、再びここに返ってくるまでの道中はいろいろと大変だった事は言うに及ばない。
 友人が死んだ。
 敵に襲われた。
 大変などという言い方さえ軽々しいほど、彼女の精神を強く傷つける出来事であった。
 そして同時に、彼女はこの一瞬の中でも、自分が命を落としてしまうのではないかとヒヤヒヤしていた。
 誰か……せめて、誰かがいればいい。

 誰か。
 せめて、目につくところに、敵でも味方でも、誰かがいれば蒼乃美希はそれだけで安心なのである。
 首の爆弾が。
 あるいは、耳に確かに聞こえる自分の鼓動が。
 唾を飲み込むのに息を止めなければならぬほど強張った喉が。
 寒くも無いのに勝手に冷え込み鳥肌を走らせる背筋が。
 物を握れそうもないほど震える手が。
 ──それらが命を奪う前に、せめて誰かに会いたい。
 放送の内容をちゃんと聞いた誰かに会い、禁止エリアの場所を聞かなければならないのだ。
 時間がない。
 時計を見る時間さえ惜しいし、────時計を見るのが怖い。

 街はむしろ、障害物だらけであった。
 先ほどの草原などは、何もないので見渡しやすく、余計に誰もいないのが不安だった。
 草原は、森は、あれほど広かっただろうか。
 あれほど、誰かを探すのに不都合な場所だっただろうか。
 本当に恐ろしい時に、それを分かり合える仲間がいない。
 次々とこの殺し合いが進んでいるから、こうしている間にも人は死んでいるかもしれない。
 自分が何かをする一瞬のうちに、誰かが死んでいて……自分が喜んでいる一瞬のうちに、誰かが悲しんでいるかもしれない。
 自分がこうして、死の恐怖の中で周囲を必死に探している間にも、誰かは安心して寝ているのかもしれない。────そんな人が近くにいるとしても、美希にはそれが遠い何処かのような気がしてならなかった。
 安心できる場所がこの島の中にあるとしても、彼女にはその場所がわからないのだ。
 その場所を探している。せめて、この首輪が爆発するエリアではない何処かを。
 禁止エリアがどこかわからない彼女にとっては、もはやどこも禁止エリアであるのと同じなのだ。
 このバトルロワイアルが始まって以来、初めてとなるかもしれない徹底的な孤独と恐怖に、蒼乃美希は完全に打ちのめされていた。

「誰か! 誰かいませんか!?」

 応答がない。
 敵でもいい。不意打ちや奇襲に対する覚悟はある。
 少なくとも、其処に誰かがいるという事は、おそらくその場所は禁止エリアではないと言う事なのだ。
 それだけで美希は安心できる。
 しかし、それなのに、こんな時に限って、敵さえ来ない。

 どんな形であれ、応答があればいい。
 応答。
 誰かの姿。誰かの声。──何でもいい。とにかく、美希は誰かの存在を確認できる何かが欲しかった。

「誰か!! 誰か!!」

 あまり無暗に大声を出しすぎると、声が枯れる可能性だってある。
 それでも、あと少しの間に爆発が起きるかもしれないと思うと、声を張り上げずにはいられなかった。

「誰かぁ!!!!!!!」

 その叫びの後、キュアベリーの耳に一人の男の放送が入る事になった。






 ──一方、こちらはどういうわけか、あまりにも不格好な行進を始めていた。


「意外といけるじゃねえか」


 アイリッシュ・ウィスキーの瓶を片手にしたドウコクの後ろを、杏子が、翔太郎が、源太が、いつきが、アインハルトが……至極不満そうに歩いている。
 彼らの目には反逆心による闘志が燃え滾っている。変身を解いた状態の彼らが、いつドウコクの寝首をかこうかと策を頭で巡らせながらも、ほとんど付き従うようにその背中を追っている。


『どうやら、派手に暴れてる奴がいるらしいな』
『面白え。……そっちに行った方が楽しめるかもな』
『だが、てめえらも逃がしはしねえ。てめえらにも俺たちに着いてきてもらうぜ』


 とまあ、アバウトにドウコクの台詞だけをまとめるとこんな感じで、結局戦闘による死者もなく話は進んだ。
 変身は解除されたものの、変身アイテムや支給品の類は没収されていない。しかし、支給品はドウコクが念入りに調べ上げ、その結果、元々せつなの支給品だったこの酒だけが奪われた。
 主に日本酒を飲んでいたドウコクが、初めてこんなものを飲んだわけだが、一応ドウコクの口にはある程度合ったようである。
 ドウコクの気分は乗っていた。
 酒が手に入った所為もある。しかし、実の所、それ以上に、自分がシンケンジャーの一人や、その仲間を付き従えている現状が面白かった。
 敵を屈服させるのは殺す以上に愉快である。鼻を折るのが楽しいのだ。……それが小さくも実現している。
 ドウコクが聞きたいのは人の慟哭、苦しみ、叫び、命乞い──とまあ、そんなものばかりだ。本来、殺す前の手順として、これが欲しいところであった。
 だから、姫矢が命乞いをしなかったときなどは、ドウコクにとって何の面白みもなかったし、むしろ苛立たせていた。
 それに引き替え、今の彼らは自らの疲弊状態をよく分析し、「他人」に近い隣の仲間を庇うために付き従っている。所詮は、偶然とおりすがった人間同士の寄せ集めだ。信頼感もないので、自分が死んだ結果として隣の人間が次に殺される……という心配でもしているのだろう。
 ……何にせよ、どんな形であれ、命を惜しんでドウコクの要望を聞いてくれるのは心地がいい。

 この殺し合いの中でも、街で崩壊が起こるのを聞いて駆けつけてみれば一歩遅かった……という前例があるが、それでもそれだけ活気のある者を切り裂きたいのも外道衆の総大将の常である。場合によれば、その者がドウコクが本来持っているはずの刀を持っている可能性だってあるはずだ。
 そう、ドウコクが支給品をチェックしたのは、決して酒を探していたわけでも、彼らを警戒していたわけでもない。その刀を翔太郎たちが持っている可能性を考えて支給品を確認したのだ。
 しかし、彼らの支給品にはそんなものはなく、代わりに酒があったのでそれを飲みながら歩いているという状態だ。姫矢に預けていた自分の支給品も一応は取り返し、

(テッカマンランス……!)

 杏子は、放送で聞こえたテッカマンランスの事を知っていた。
 テッカマンランス──それは、あの時……杏子と戦った奇怪な怪物だ。
 ドウコクとはまた違い、変身を己の戦闘形態とする怪物だった。杏子やプリキュアたちのように、ほとんど素顔を晒すのではなく、どちらかといえばダブルやネクサスに近い素面を異形で隠した戦士であった。
 せつなの命を奪った悪しき怪人であり、杏子にとっては、ドウコクと同じく仇の一人であった。姫矢を殺害したというドウコク、そして、せつなを殺したテッカマンランス……いずれも杏子にとっては忌むべき存在である。
 どちらも捨てられない。
 どちらも倒さなければならない。
 その好機ともいえるのが、このドウコクの要求である。
 テッカマンランスを倒しに行くからついて来い……という要望に沿えば、杏子はテッカマンランスとドウコクの二人を纏めて相手にすることができる。

(体力も……たぶん問題ない)

 体力面でも、杏子はまだ複数人を相手にするのに問題が無い程度には健康体である。
 ただ、それを差し引いても少しばかりテッカマンランスとドウコクの二人とまともに戦える状態とは言えない。
 彼ら二人の実力はわかる。
 だから、少しの恐怖はある。
 だが、それでも……杏子は倒さなければならない。せつなや姫矢が死んだのに、このテッカマンランスとドウコクが生きていてはならないのだ。

(大丈夫だ、戦える……二人がくれた力もあるんだ)

 杏子はリンクルンとエボルトラスターの二つのアイテムを授かっている。
 辛うじてエボルトラスターの力は使えるが、アカルンの力が使えるか否かはまだわからない。

──……どうしてそれを持ってるんだ? 杏子──

 変身を解除してしばらくして、エボルトラスターを見た翔太郎が小声でそう訊いた。
 しかし、杏子は答えなかった。
 ……答えるべきだったか、答えないべきだったかはわからない。
 それから、ドウコクがいる手前、あまりこちらで話し合う事ができる機会というのがなく、翔太郎が杏子にそれを訊くチャンスは巡ってきていない。
 杏子は、少しだけ、それに対する罪悪感のようなものを感じていた。

「……少ねえ」

 ドウコクの声が聞こえて、杏子はふと我に返る。
 どうやら、ドウコクは瓶の中の酒の量に満足がいかないらしく、残り少ない酒をちびちび飲んでいる。

(酔っ払いそのものだな……)

 杏子は眉間に皺を寄せながら、そう思った。
 ドウコクが酒を飲んで多少上機嫌になっているのは、一目見てわかる事だ。
 絶望と落胆の中で酒に逃げた杏子の父とはまた違う。酒を飲むのを本気で楽しみ、酒を一口飲むたびに下品になる。しかし、それでいて酒を飲むと暴力的になる。
 まるで人間の酔っ払いのようだ。
 酔っ払えば、判断力は鈍る。鈍れば判断能力を失い、隙ができるかもしれない。
 ……まるでヤマタノオロチ退治だ。同じ化け物なので、感覚としては似ているかもしれない。
 ただ、このアイリッシュ・ウィスキーという酒が少ししかないのが残念なところである。

「もっと酒をよこせ!!」

 などとのたまうドウコク。その望みを叶えたいところだが、残念ながらそんなにたくさんは酒がない。
 ……というよりか、ドウコクが真上を向いて舌に向けて垂らしたその一滴が、おそらく最後だ。

「おい……ええと、血祭ドウコクさんよ。酒はそれだけだ。さっき自分で出したんだからわかるだろ。……ったく……人間も怪物も……酔っ払いの性質の悪さは共通か」

 杏子の指にはまったザルバが半ばあきれたように言った。
 ドウコクはそのザルバがどこにいるのかわからなかったが、姫矢と見た指輪であるのを知って、だいたい杏子の手の辺りを見て答えた。
 彼の言うとおり、実際酔っ払いより面倒なものはないだろう。源太のように酔っ払い慣れする職業ならともかく、女子中学生陣は酔っ払いを苦手とする事が多いはずだ。

「ああ……? これだけ店だらけならその辺から持ち出してくりゃあいいだろうが。てめえらも酒くらい飲むだろ」

 一応、街の中にはコンビニやら酒屋やらはある。
 だが、これまでそこにある酒の類には手をつけようとはしなかった。未成年ゆえの抵抗感もあるが、そもそも杏子はお菓子コーナーを優先するため、全然興味がないのだ。成人は二人の男性だけだろうか。
 だいたい、この状況下で酒を飲む奴は少ないだろう。
 酒に逃げる者もいるかもしれないが、それでもなるべくなら生きたいと願うのが人間だ。殺し合いの最中に酔っ払って判断能力を失うようなへまはしたくないだろう。場合によっては、「最後に酒を飲みたい」とか「どんな状況であれ知るか」とばかりに酒ばっかり飲む人間もいるかもしれないが……。
 ドウコクのようなのは特殊で、大部分は酒を飲む余裕はない。
 ……まあ、強いて言えば、映画のように傷口の消毒には使えるかもしれないという程度の認識である。
 何にせよ、こういう状況になってみると、意外とコンビニにあるものが全て使えない品物に見えてくるのが恐ろしいところだ。頭の中で、何かとケチがつく。だから、中に入っても特に必需品になりそうなものを見つける事はできず、何もせず帰ってきてしまう。

「そうだ……おい、そこの緑のガキ」
「……え?」
「お前、どっかから酒を探して持って来い」

 ドウコクが酒を持ってくるのに指名したのはアインハルトであった。
 周囲を見渡すと、酒が手に入りそうな場所は無く、飲食関連の商店自体が少ない。何だかわからないビルや、せいぜいブティックなどがあるくらいだろう。
 コンビニやら飲食店やら酒屋やら……というものがあった街並みは、とうの昔に見送ってしまった。
 適当な使いっ走りを使って、酒を手に入れようとしたのだ。

「……私ですか? ……わかりました」

 アインハルトは、何故自分にそれが任されたのかもわからないまま、頷く。
 仲間を殺せ……とかそういう命令ならともかく、大きく抵抗のある命令ではなかった。
 強いて言えば、状況がどうあれ窃盗に近い事と、未成年である自分が酒を持ってくるという事が若干グレーな気がするが、文句を言えばどうなるかわからない。

「酒が来るまで俺はここにいる。……だが」

 と、ドウコクは少しそこで言葉を止めた。
 そこから先にどんな言葉が来るのか、誰も期待はしなかった。ただ、嫌な事を言うのだろうとは思っていた。

「……長くここにいるつもりはねえ。一秒でも待ってやる寛容さも今の俺にはねえと思え。逃げてもいいが、三分経つごとにてめえの仲間を一人殺す。それまでに、何でもいいから酒を持って来い。いいな……?」

 ドウコクは言う。
 そう、ドウコクが他人を逃がすわけはない。
 酒を買わせる使いっぱしりとして利用しながらも、ここに戻ってこないとか、仲間を引き連れてくるとか、そんな可能性を消し去ったのだ。
 だいたい、三分という時間自体が結構な無茶でもある。
 しかし、アインハルトは応じるしかなかった。必死でやれば、三分以内というのも可能かもしれない。おそらく口答えは許されないだろうし、全力全開を尽くせば辛うじて三分以内にはたどり着けそうだ。
 アインハルトは、すぐに覇王形態へと変身し、痛む身体に鞭を打つように走り出した。
 アインハルトが去っていくのを黙って見送った後、ドウコクはその場に座した。
 彼は時計を見ていなかった。

「……おい。どうだ? 帰ってくると思うか?」

 ドウコクは、座ってから他の連中に問うた。三分以内に帰ってくるか、ではなく……彼は彼女が帰ってくるかどうかを疑っていたのである。
 ドウコクの耳には、風都タワー跡のあたりから聞こえる戦闘音が入っていた。
 ……いや、人間である翔太郎たちにさえ、その音は聞こえている。かなり豪快に戦っているらしい。
 先ほどから聞こえているのだから、アインハルトにも聞こえていただろう。
 ほとんど激しい戦闘ができそうにない彼らがそこに向かうのは、はっきり言って命取りだ。ドウコクが翔太郎たちを連れて行こうとしている理由もだいたいわかる。

「てめえらを連れていくのは、てめえらが逃げないように……そして、盾として使えるかもしれねえからだ。わかってんだろ?」

 そう、どちらにせよ、タワー跡に向かえば大方死の未来が決まっている。
 向こうでの戦闘も、かなり高い確率で殺し合いに乗る者同士の戦闘ではないだろうか。
 テッカマンランスなる人物が殺し合いに乗っているのは確実であり、その男は単独で風都タワーを吹き飛ばすほどの猛者だ。
 そこに連れて行かれるという時点で、死刑囚が歩くのとほとんど同義に近い。
 付き従って歩いているのは、そこにたどり着くまでに何らかの方法でドウコクのもとから撤退するやり方を閃きたいからである。
 しかし、着々と風都タワー跡は近づいていた。
 そして、その間にドウコクに隙ができる事はあっても、ドウコクの妙な余裕から近づけずにいた。
 唯一、逃げる手段があるのはアインハルトである。
 今、こうして酒を買いに行けと言われて駆り出されているアインハルトは、逃げる事も容易なはずなのだ。

「……あのガキも死にたくはねえはずだ。他人の命を犠牲にしてでも逃げるのがこの場では賢明……戻ってくる事はねえだろう」

 シンケンジャーが殊勝な人間というだけで、大多数の人間は外道と人との狭間にあるような冷徹さを持っている。
 十臓や太夫のような存在がその証明でもある。十臓などは、外道以上に外道らしいとまで評されたほどだ。
 人は常に、誰かを殺し、誰かを裏切り、そのたびに自分の命だけは尊重する醜い生き物である。それはどれだけ時を重ねても同じ事のはずだ。諦め、跪き、命を乞い、必死で生きようとする姿こそが、ドウコクが見るべき人間の姿のはずである。
 ……ならば、当然、アインハルトはここへは帰ってこない。
 アインハルトを選んだのは、何よりも彼女が年齢的にも、比較的未発達な精神の持ち主であり、何よりこの面子の中では黄色い髪の子供──先ほどまでは少女? ん? 今の姿は少年? どっちだかはドウコクにもよくわからなかった──と並んで、帰ってくる見込みが薄そうな人間だからだ。

「……おいおい、まるでどっかで聞いたことのある話だな」

 そんなドウコクに対し、翔太郎が帽子の位置を直しながら言った。

「あ?」
「そんな外見で、『走れメロス』ごっこか? 似合わないぜ」

 そのドウコクのやり方が、『走れメロス』という小説のあらすじに似ているような気がして、翔太郎はそう言った。
 ドウコクがやっている事は、王様。アインハルトがメロス。ここにいるほかの連中がメロスの親友のセリヌンティウス。そう見立てるとわかりやすい。
 自分の命の危険を引き替えに、セリヌンティウスを助けるか。あるいは、自分は逃げてしまって、セリヌンティウスには死んでもらうか……その二択の中で走っているのだ。

「その走れナントカとかいうのは知らねえが……随分と気に入らねえ態度だな。上から見下ろされるっていうのが、こんなに不愉快な物だとは知らなかったぜ」

 ドウコクは座し、翔太郎は立ってドウコクを見つめる。ドウコクは彼に目を合わせようとはしないが、彼の影が自分の身体にかかるのはわかった。
 見下ろされる感覚がこんなにも不愉快だとは、ドウコクにはわからなかっただろう。
 ドウコクは座ったまま、翔太郎の反対方向を見た。背を向けているとはいえ、神経を巡らせているドウコクの背中は襲える風格ではなかった。

「……もしそれが賭博なら、俺の勝ちだぜ、ドウコク」

 次に口を開いたのは源太だった。

「……前に、俺の知り合いがとてつもなく強え敵と戦った時、あの娘は向かっていった。だから、アインハルトは逃げねえ奴なんだよ。俺はもう答えを知っちまってるんだ。あの娘にはたぶん、逃げるなんて選択肢は浮かんですらいない」

 乱馬とダグバの戦いの時、アインハルトが乱馬との約束を破ってでもダグバのもとへ向かっていったのを、源太はよく覚えている。それを考えると、やはりアインハルトはこういう場では絶対に逃げない少女なのだと思う。
 年の割に、いや、その年ゆえか──芯が強い……その一点に尽きる。
 だから、時間制限以外は心配はなかった。
 その三分という時間制限も、ドウコクがじきじきに敷いた割には、比較的寛容にみられる部分だろう。彼が試しているのは、「帰ってくるか、帰ってこないか」──その部分のみで、それ以外の部分はある程度のさじ加減で決まる。
 きっと、十分ほど待ってこなければ、興味を失って先を行き、適当に店を襲って酒を手に入れるに違いない。
 現に、もうすぐ三分という時間は経とうとしているのだ。

「わからねえな……なんでただの寄せ集めの分際で、ついさっき知り合ったような奴を信用できる? いつ殺されるかもわからねえこの状況で、そいつが裏切らねえと断言できるのか? バカそのものだなてめえらは」

 ドウコクは、一滴も絞り出せないほど飲みつくした酒瓶を地面に叩きつけた。砕け散った酒瓶に、一瞬場の空気が凍る。
 何かが逆鱗に触れただろうか。……まあ、逆鱗に触れるような事ばっかり言っていたのも事実だが。
 それでも、これだけ急にこんな事をするのだから、流石に背筋も凍る。

「……まあいい。今はまだてめえらを殺す気はない。今必要なのは酒だ。イラつく時は、人の悲鳴を聞くか、酒を飲むかしかねえ……そして幸運にもてめえらは酒を持ってた。それだけの事だ」
「悲しい奴だな」
「……それが外道だ」

 ドウコクが立ち上がると、彼の視線の先に一人の女性の影が映った。
 そのシルエットは、変身したアインハルトのものである。長い髪を揺らしながら、胸に何本も酒瓶を抱えて、こちらへ走ってくる。
 酒の種類はわからないらしく、瓶の大きさもまちまちだ。

「だいたい三分か。……確かに博打なら俺の負けだ。だが、いつかは誰かが裏切り、俺に『仲間の命はやるから自分の命を助けてくれ』と命乞いをする。所詮は寄せ集めだ」
「……仮に俺たちが寄せ集めだとしても、裏切る奴はいねえ。……簡単さ。いま仲間じゃないとしても、裏切らずに一緒に過ごせばすぐに仲間になる……そんな予感があるから、俺たちは助け合うんだ」
「そうだ、俺たちは全員、何かと戦ってきた変身ヒーローに変身ヒロインだからな。一緒に過ごした時間が短くても、勝手に伝わってくるものがあるんだ」

 翔太郎と源太にはそんな確信があった。
 仮面ライダーも、シンケンジャーも、プリキュアも、魔法少女も……あらゆる敵と戦う宿命の中で、自分なりのやり方で生き抜いてきた。
 仲間がいる者もいれば、いない者もいる。
 他人を犠牲にした者もいれば、他人が犠牲になる事だけは避け続けた者もいる。
 しかし、ヒトでないモノ──ヒトに限りなく近いながら、ヒトではなく、別の物に変身してしまったモノとしての共感が根っこにあるのだ。
 姫矢や霧彦のような者もまた、そうだったのかもしれない。
 ゆえに、短い期間であれ、稀有な存在同士が巡り合うシチュエーションは、彼らに共感を与えていた。

「酒を飲み終わる頃には、向こうの戦いも終わっちまうか……?」

 ……しかし、そのあたりの台詞はドウコクとしては、イラつくだけなので、翔太郎と源太のキザな台詞は無視していた。
 会話として成立しておらず、ただ自分の意見を投げかける形になっているので、このままだと会話のドッジボールになる。
 ドウコクは、敵にボールを投げた後、そのまま悠々とその場から撤退していたのである。
 翔太郎と源太は、気恥ずかしさを感じながらドウコクを睨んだ。






 時を少し遡り、話はまた別の視点に入る。
 つい数秒前まで立ち止まっていた少女──アインハルト・ストラトスは、立ち止まって目の前の少女──といっても、アインハルトより年上だが──に声をかけていた。


「────あの」


 と、アインハルトが声をかけた瞬間、おそるべきスピードでその少女はアインハルトに抱き着いた。
 一瞬、何が起こったのか理解できず、言葉を失ったが……どうやらアインハルトを殺しに来たわけではないらしい。

「良かった!! 人がいた!!」

 ……その少女・キュアベリーが、かすれた声で、しかし嬉しそうに声をかける。
 アインハルトはこの人を知っていたし、この人もアインハルトを知っていた。
 蒼乃美希ことキュアベリーとは面識も恩もあったので、姿を見つけるなり、アインハルトは大きな声で彼女を呼んだが、その結果、この反応である。
 想定外かつ、理解不能な反応で、アインハルトは硬直していたが、とりあえずキュアベリーの方の力が抜け、勝手にキュアベリーがその場にへたり込んだ。
 時間がないのはわかっているが、唖然としたアインハルトは思わず彼女に訊く。

「……あの、美希さん、どうしたんですか?」
「話せば長くなるんだけど……」
「じゃあいいです! すみません! ちょっと急いでるんで!」
「あーっ!! 待って待って! 長くならないから!! 禁止エリア教えて!!」

 とりあえず、美希は単刀直入に聞きたいことを聞いた。
 これが唯一の生命線。
 禁止エリアがわからない限り美希は死んでしまうリスクを持ったまま歩くことになる。
 やっと、一人ここに人がいるのがわかってホッとしたのだ。しかも、幸いにも敵ではなかった。
 一人が二人になっただけなのに、ものすごく安心した気持ちである。
 ……むしろ、世界に一人取り残されたのではないかとさえ思っていたので、こうして人の温かみを感じる事が出来るのはうれしい。
 当のアインハルトも先ほどの美希並みに焦っているのだが。

「……じゃあ私の支給品あげますから、ちょっとその中身を見てください」
「え? それいいの? あなたは……」
「私がここを出たら、なるべく私から離れて、私の後ろをついてきてください。禁止エリアは近いですが、私の後ろを追えば大丈夫です。出来れば、理由を話したいんですが、時間がないので」

 と言うなり、アインハルトは目の前のコンビニに入って、籠を取ることもなく、一番奥の、酒が置いてある区画に直行した。
 とりあえず、冷えているビールのようなものは冷蔵庫を開ける手間があるので、野ざらしな酒を適当に取っていく。それぞれそんなに本数もないので、手前にあるのを適当に取る。
 その姿を見て、美希は唖然としている。

「ねえ、そのお酒……」
「ちょっと必要なんです。すみませんがどいてください」
「あ、ちょっと……」

 アインハルトはベリーを押しのけて、自動ドアが開くのを待った。
 そのまま破壊した方が少しは時間が稼げるかもしれない。その僅かな一瞬の間に、アインハルトは時計を見る。
 出発時に見た時計の時間から、まだ一分しか経っていなかった。どうやら、思ったよりも距離は近かったらしい。
 自動ドアが開き、アインハルトに続いてキュアベリーがそれをくぐる。
 アインハルトは、すぐにそこで立ち止まり、キュアベリーの方に向きなおした。

「……まだ少し時間があります。簡単に説明しますから、私の言う事を訊いてください」

 余裕があるぶん、アインハルトは先ほどに比べて落ち着いて、キュアベリーに話しかける事が出来た。

「まずは、先ほどの無礼をお許しください。しかし、……私と私の仲間たちは今、少し厄介な状況に巻き込まれてて……」
「一体どうしたの……? 乱馬さんは……それに、さっきの放送……テッカマンランスって……」
「すみませんが……その辺りの事情もまた後で説明します。今、私たちはある怪人の指揮下にあり……残念ながら現状で私たちの力が及ばず、その怪人の言うことを聞くしかない状況です」
「……本当に深刻な事情みたいね」
「ええ。ですから、美希さんはなるべく、その怪物に気づかれないように私たちの後をついてきてください」
「でも、放っておけるわけがないじゃない……」
「怪人が美希さんの存在に気づいていないのはチャンスです。ですから……」

 それから少しだけ話して、アインハルトは走り出した。






 明堂院いつきは、佐倉杏子の姿に少しの違和感を感じていた。
 いつきにとって、この中で一番親しいのはアインハルトで、他の人たちはほとんど初対面だったので(アインハルトともほとんど初対面だが)、仲間の状態を見るにはまだ観察眼が発達していなかったかもしれない。
 しかし、それでも杏子という少女の異常はわかっていた。
 ドウコクに対して、並々ならぬ不快感を持っている──気持ちはわからないでもないが、それは、翔太郎や源太、アインハルトやいつきの持っている不快感の比ではないだろう。
 最も嫌いな教師の授業を聞いている不良生徒のようだ。
 杏子の性格がよくわかる表情である。

 また、それ以上に気になるのは、アインハルトの挙動である。先ほど、帰ってきてからアインハルトの姿は妙であった。
 それ以前までのように、ドウコクに屈する罪悪感のようなものを消し去っている。
 目つきが違う。
 ドウコクの命令を忠実に聞く事への負い目みたいな、そんな自信のなさそうな表情が顔から消えていたのだ。
 あの僅かな間に、何かあったのだろうか?

「ねえ、何かあったの……?」

 いつきは小声でアインハルトに訊く。
 身長差が多少あるため、少し不格好にはなったが、ドウコクは気づいていないらしい。
 それならば……と、アインハルトの反応を待つ。

「……少し待ってください。詳しい事は後で言います」
「にゃー」
「……あ、かわいい。……じゃなくて、えっと……」
「ところで、いつきさん。以前使用した、ひまわり型のバリアのような魔法はまだ使えますか?」
「え? うーん……魔法とは違うけど、変身すれば使えるはず……」
「じゃあ、いざというときに、少し手助けをしてください」

 と、それだけ言った時、ひそひそとした会話を中断させたのは、またしても先ほどと同じ場所から聞こえる音声であった。

『聞こえるかな……リントのみんな……僕の名前はダグバ────』

 マイクを使ったような音声で、まるで不慣れな日本語を使うようにゆっくりとした穏やかな口調で、何者かの放送が聞こえ始めた。
 しかし、拡声器を使って人を集めようとする人間がこうも多いと、やはり聴覚で何かを捉える事は相当大事なのだろうと思えてくる。
 こういう目立つ行為をする人間がやたらと多いのは不思議だ。

「……ダグバ、だと……!?」

 翔太郎が驚愕する。
 そう、この声は明らかにテッカマンランスのそれではない。それだけは一瞬でわかった。
 その後、どこで聞いた声だったかを思い出そうとした。その矢先に、彼が名乗った名前はダグバ──それで思い出した。
 ン・ダグバ・ゼバ。
 先ほどの激戦の相手だろうか。
 その答えは、立ち止まってその声を聞いていくとすぐにわかった。

『────ここに来て、そのリントを倒したばかり……でもまだ殺してはいない……』
「……そのテッカマンランスとかいう奴は、やられたらしいな」

 あれだけ威勢よく声をあげ、風都タワーを破壊したテッカマンランスという男に興味があったが、そのテッカマンランスを倒したダグバという者は、それ以上の力を持っているらしい。
 そして、驚くべきはその所要時間。テッカマンランスの放送から、────十分足らずだ。
 まさに弱肉強食というところか。風都タワーを破壊し、おそらく多くの命を奪ったであろうテッカマンランスは、こうも早く倒された。が、上には上がいるのがこの世の理。
 ────杏子とせつなが協力しても勝てなかったテッカマンランスは、更に強力な存在によって、いともあっさり倒されたという事だ。
 その強さの程は、おそらく杏子の想像の範疇を遥かに超える。あの時──杏子がウルトラマンとなる前にウルトラマンだった男・姫矢准が戦い、勝てなかった相手でもある。
 放送は中途半端なところで途切れたが、向こうの実情がどうなっているのかは不明だ。テッカマンランスの反撃でも受けたのか、第三者による妨害か──とにかく。

「……ダグバ」

 そこにいるほとんど人間は、その戦士の名前だけで震えるほど、その戦士の恐ろしさを知っていた。
 アインハルトと源太と翔太郎は実際に戦ったが、圧倒的な戦闘力を前に何もできなかったし、直接的には交戦していないいつきでさえ、周囲からの伝承と反応だけでも充分にその恐怖が伝わってきた。
 何せ、これだけの戦士すべてが微かにでも手の震えを起こすほどの相手である。

「ダグバってのは、余程強えらしいな」

 ドウコクは、戦闘こそしていないものの、一応ダグバの姿を知ってはいた。
 姫矢の戦闘を少しでも見ていたドウコクは、ダグバの姿は見ていた。その内容については詳しくは見ていなかったが……。

「……まあいい。どれだけ強えかは知らねえが、てめえらと一緒に纏めて叩き潰してやる」

 ドウコクにとって、首輪を解除できない人間は邪魔だ。
 ほとんどランダムに邪魔者を排除し、気の乗るままに他人を殺す。
 暴れる時は傍若無人の限りを尽くし、休む時は謀反者を赦すほどの裁量を見せる。
 こうして敵を束ね歩くのは、此処にいる者すべてに対する憤りを使えなさを嘆いたためであり、こうしてテッカマンランスとダグバの元に向かうのは、より多くの厄介者を纏めて消し去るためだ。──放っておくのも一向だが、面倒な相手が近くにいるなら、今のうちに消しておくのがいい。
 あるいは、こうして向かった先に昇竜抜山刀の持ち主がいるかもしれない。あれを持っている参加者がいるなら、それを奪い返さなければならないのだ。

「……行くぞ」

 ドウコクが歩き出す。
 それに追従して、他の面子も歩き出す。
 その顔の多くには不満げな顔が描かれているが、付き従うしかなかった。
 何の不満もぶつける事ができないまま、彼らの耳に入る戦闘音は大きくなっていった。
 雷鳴が鳴り、雲行きさえ怪しいその場所は、まさに地獄に近づいているイメージだった。
 その光景は異様そのもの。
 そこだけ天気が歪められているかのような──集中的な落雷の数である。

 そして────

「ボルテッカァァァァァ!!」

 ────叫び声が木霊し、彼らの視界を強い煌めきが支配する。
 閃光。
 雷の一瞬の光などとは違い、前方を真っ白に染め上げ、ビルも地面も空も街も何もかもを一色に同化する巨大な光であった。
 それがこれほど巨大に見えたということは、ほとんど真ん前まで来ていたという事である。

 建物を幾つ挟めば風都タワーの跡地がある……というあたりだ。
 あとは歩いて三分もかからないだろう。


「────覇王形態!!」


 と、覇王形態に変身するアインハルト。彼女は、その閃光の中にありながら、的確にドウコクの位置を捉えていた。
 戦闘にいたドウコクの姿を見間違うはずがない。
 ドウコクの手にあった酒瓶が割れ、残っていた中身が割れる。
 背後からの突然の攻撃に、ドウコクは流石に驚愕する。

 別の戦闘に大きな動きがあった瞬間──その瞬間に、アインハルトは行動する事にしていたのだ。
 タワーが崩壊する瞬間の光。
 あれがおそらく、何らかの攻撃によるものであるというのはアインハルトも理解していた。ダグバとの戦闘時に、乱馬が同じような光を起こしたからである。
 あのエネルギーに近いものが、おそらく戦闘時に出ていた。
 そして、先ほどから、雷鳴が迸っており、近づけば目をくらませる程度の光が存在していた。……遠くであれ、目を一瞬くらませるほどの雷である。
 それは目印にもなるし、当然、ドウコクはそれに向かって歩いていた。

 ……その攻撃の強大さは視覚的にも充分にわかる。もっと近づけば、明確に戦闘に乱入する前に攻撃に巻き込まれるであろうというのも予測可能な範囲だ。おそらく遠距離攻撃。それも、広範囲にわたる攻撃が繰り広げられている。
 おそらく、近づけば自分たちもとばっちりを食らう。────特に先頭を余裕しゃくしゃくと歩いているドウコクは。
 この一瞬で怯んだドウコクを、アインハルトは狙おうとしていたのである。
 しかし、もっと早く閃光による目くらましが起きた。
 何にせよ、戦闘地点とは距離が離れた場所で謀反を起こした方がいいに決まっている。

「今です! みなさん、変身を……」

 アインハルトは、仲間にそう促す。

「お、おう……」

 予期せぬタイミングでの謀反に他の全員が驚くが、言われた通りに変身するしかない。
 人間体の耐久性では、まずこのまま一撃でも浴びて生存する事は不可能だ。

「プリキュア・オープンマイハート!」
「一貫献上!」
「いくぞフィリップ……変身!」

 ──Cyclone × Joker !!──

 キュアサンシャイン、シンケンゴールド、仮面ライダーダブル、そして掛け声こそ出さなかったが、ウルトラマンネクサスが一瞬で変身を完了する。
 だが、ほとんど先ほどの閃光は消え、あまりにも見事にドウコクの怒りに振るう姿が見えた。
 何の策があってこのタイミングで裏切るのかはわからなかったが、他の四人はそれに乗るしかない。フィリップなどは、ここまでの状況をほとんど知らないため、完全に疑問顔だ。

「……てめえら、ここに来てこの俺を裏切るとはな……!!」

 アインハルトにとっては、一瞬でも隙ができて、そこを突いて変身することができれば充分であった。
 ドウコクの反撃が来る。それは誰にでも容易に予想がつく未来である。
 しかし、アインハルトはそれをある程度計算に入れていた。
 真っ先に狙われるのは自分である。

「いつきさん、お願いします!!」

 ドウコクが剣を振るった時、アインハルトはキュアサンシャインの後方へとバック宙して移動する。
 ドウコクの剣と相対するのは、キュアサンシャイン……という形になった。

『じゃあ、いざというときに、少し手助けをしてください』

 つまり、これの事だ。
 キュアサンシャインも戦闘には慣れている。
 前方から剣を振りかぶるドウコクに対し、キュアサンシャインはサンフラワー・イージスを展開して対応する。
 ドウコクの身体が跳ね返された。

「────今です、美希さん!!」
「えっ!? ベリー!?」

 その瞬間であった。
 アインハルトしか知らない切り札が、キュアサンシャインとアインハルトの背後から猛スピードで走ってくる。
 それはキュアベリーである。
 ある程度の距離をキープしつつ、アインハルトたちを追っていたキュアベリーは、ここで出てくる事になったのだ。
 キュアサンシャインは驚きながらも、サンフラワー・イージスを解除し、キュアベリーが飛び上がる道を作り上げた。

「なんだ、てめえは……!!」

 イレギュラーな戦士の参戦に、ドウコクは驚愕する。
 蒼の戦士が不意に現れ、それがドウコクのペースを乱す……というのは、本来なら将来的にドウコクを死へと導く戦法だった。
 背後から現れたもう一人の戦士の存在を知らないドウコクは、身動きもとれないまま、その右腕にキュアベリーのキックを受ける。
 彼女の蹴りを受け、ドウコクの右手から降竜蓋世刀が吹き飛んだ。彼の得意武器である剣が彼の手から放たれれば、ドウコクは丸腰同然である。
 その様子を見るなり、キュアベリーはアインハルトたちのもとへと跳び跳ねながら優雅かつ華麗に戻る。近くにいたままでは危険なのは承知だ。

「……なんか知らねえが、とにかくチャンスができたみたいだぜ、フィリップ!」
『ああ!』

 ──Heat× Trigger !!──

 ダブルは即座にヒートトリガーに変身し、火炎の弾丸で次々とドウコクを狙い撃つ。
 そこで出来た隙をついて、ネクサスはエネルギーを溜めている。
 ドウコクの背後には誰もおらず、遠慮なく遠距離技を放てる状況なのである。

 ──Trigger Maximum Drive──

「「トリガーエクスプロージョン!」」
「花よ舞い踊れ! プリキュア・ゴールドフォルテバースト!」
「デュアアアアッ!!」

 突然の出来事に対応しきれないドウコクに対し、ウルトラマン、仮面ライダー、プリキュアによる攻撃の雨が降り注いだ。
 流石のドウコクも怯むほどに、その威力は強烈である。
 本来、単体で受けても強大なパワーを持つはずの必殺技の数々が、同時にはなたれ、ドウコクを射止めているのだ。

「こいつはオマケだ!!」

 ただでさえ一瞬でダメージを負い、意識が朦朧とし始めているドウコクのもとに、再び小さな閃光──。
 シンケンゴールドが持っていたスタングレネードによる攻撃である。
 ドウコクの視界は真っ白になり、攻撃は来るのかと身構えた。

 しかし、ドウコクの視界が戻った頃には、既にそこには誰の姿もなかった。

 最後の一撃も含め、彼らは逃走のための策を練っていたのである。
 当然だ。このまま戦ったところで優勢にはならないし、仮にドウコクに勝ったとしてもすぐ近くに別のマーダーがいるという状況。
 ドウコクをどこまで打倒しても、次にはダグバとテッカマンランスが待ち受けている。
 そんな状況下で、まともに戦えるわけがない。撤退は良策に違いない。

「チッ……奴らの息の根を止めるのはお預けか……」

 ドウコクは心に強い苛立ちを感じつつも、彼らが一応、自分の手から上手く逃れた事を少しは心の中で賞賛している。
 ここでドウコクを倒すなどという愚かな戦法に走らない程度には、彼らも利口であるらしい。

「……まあいい。いくらでも相手はいる」

 ドウコクは先ほど吹き飛ばされた降竜蓋世刀を拾い上げながら呟き、そしてそこにいる戦士に語りかけた。

「まずは……てめえだよな」






「……はぁ……はぁ……何とか逃げられたみたいだな」
「ったく……こっちも焦ったぜ……策があるなら言えよ!」
「……言える状況がなかったので」

 策というには少し成功率も低いが、それでも賭けられるのは僅かでも可能性がある道。
 ドウコクが酒を飲んで酔っている事や、前方での戦闘がそれなりに大規模である事を考えると、アインハルトの中での成功率は70パーセント程度はあった。
 何らかの隙ができる事は、ドウコクの調子が少し変わっている事からも読めたし、キュアベリーの登場を予期していない限りは充分に対応可能な戦法であった。
 そんな事よりも問題となるのは、他の全員がどの程度アドリブに対応できるかという事。
 長々と説明できる時間もなく、また悟られないようにしなければならない……という状況だったので、少し心配ではあった。しかし、アインハルトは彼らが戦闘においてプロである事に賭けたのであった。
 集団戦では、このように一瞬でも隙をついて行動し、仲間の意図する方向に進めていくことが重要となる。

「……まあ、ひとまずは警察署に向かうか。てか、あんなところで油売ってねえで、さっさと警察署に行かなきゃならねえ……」

 向こうでまた、危険人物の対処を行う必要があるのだ。
 孤門やヴィヴィオなど、警察署に残っている人間との合流が先決である。

「ところで、アンコ。さっきから言ってるが、どうしてお前がその力を持ってるんだ?」

 翔太郎が杏子に訊く。

「……」
「……」
「……」
「……」
「にゃー」

 ……源太が、美希が、いつきが、アインハルトが、アスティオンが、きょろきょろと周囲を見回した。
 美希はアンコというのが誰だかわからないので、特にきょろきょろと見回している。
 が、翔太郎が誰に向けて話しかけているのかがわからなかった。

「……いねえじゃねえか!!」
『翔太郎……どうやら、杏子ちゃんはあの場に残ったみたいだね』
「あのバカ!!」

 あの閃光の中、源太とアインハルトの誘導を頼りに同じ方向に逃げた面々だったが、全員いるかの把握はとれていなかった。
 そう、佐倉杏子の場合──。
 血祭ドウコクに対しての、そしてテッカマンランスに対しての恨みが強すぎた。
 少し戦った程度ではない。この二人によって、この場で出会った仲間を殺されているのだ。
 その結果、彼女は撤退をしないという選択肢を選んだのである。

「くそっ……」
『どうする? 翔太郎』
「あいつ一人で敵に敵うとは思えねえ……とにかく、あいつを手助けして連れ戻さなきゃな」

 翔太郎とフィリップが言うが、一方で。

「……だが、一刻も早く警察署に向かわねえと」

 と、源太も言う。
 そちらも大事だ。全員で引き返すわけにはいかない。

「……わかった。先にみんなで警察署に向かえ。“俺達”が“二人”で引き返す」

 翔太郎は腰に巻いたダブルドライバーの事を強調するように言った。
 流石は二人で一人の仮面ライダーこと仮面ライダーダブルである。
 事情を知らない美希がひどく混乱している。いつきも詳しくは知らないのだが、放送の段階からダブルドライバーに備わった特殊な妖精(?)みたいなものがフィリップなのだと認識していた。

「本当に一人……じゃなくって……二人で大丈夫なのか?」
「わざわざ危険な場所に何人も来る必要はねえ……それに」
「それに?」
「俺も丁度風都タワーをブッ壊した奴には腹が立ってるんだ。ついでにブチのめしてくる」

 翔太郎もまた、ダグバやテッカマンに対する因縁の持ち主である。
 テッカマンブレード──相羽タカヤとは一時期合流しており、テッカマンランスについても聞いている。
 ダグバをはじめとするグロンギにも敵意があったし、杏子とも親しかった。何より翔太郎はそいつらが街を荒らしている事が許しがたかったのである。

「……ってわけだ、レディの護衛は任せたぜ、寿司職人」

 翔太郎は、源太に対して気障にそう言うと、ジョーカーメモリを取り出した。

「いくぞフィリップ!」
『準備はいいよ、翔太郎』

 ──Cyclone × Joker !!──

 仮面ライダーダブルへと変身した翔太郎は、そのまま疾風の如き速さで来た道を戻っていった。
 ともかく、これでこの場にいるのは源太、美希、いつき、アインハルトになったわけだが……。

「……えっと……美希さん。デイパックを」

 アインハルトは、美希と一時的に交換していたデイパックを返す。それと同時に、美希はアインハルトに自分のデイパックを返した。
 美希がアインハルトの地図を確認するため、ともかく一時的に二人はデイパックの交換を行っていたのだ。アインハルトが美希のデイパックを受け取ったのは、ドウコクに怪しまれないためというのが大きい。
 美希はドウコクたちを追いながらデイパックを確認したため、禁止エリアに関しても把握しており、今は少し安堵している。

「……それで、一体どうなってるの? 乱馬さんたちは……? 警察署にいたんじゃないの……?」

 美希が訊くと、アインハルトがその疑問に対して答え始めた。
 乱馬の死に様やそこからのあかねの動向などを聞き、放送の内容を詳しく聞いた美希は、絶句する事になった。



【1日目/日中】
【G-8/市街地】

【梅盛源太@侍戦隊シンケンジャー】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(大)、後悔に勝る決意、丈瑠の死による悲しみと自問
[装備]:スシチェンジャー、寿司ディスク、サカナマル@侍戦隊シンケンジャー
[道具]:支給品一式、スタングレネード×1@現実、パワーストーン@超光戦士シャンゼリオン 、 ショドウフォン@侍戦隊シンケンジャー、丈瑠のメモ
[思考]
基本:殺し合いの打破
0:翔太郎や杏子が心配
1:警察署に向かう
2:あかねを元のあかねに戻したい。
3:警察署に戻る場合、また情報交換会議に参加する
4:より多くの人を守る
5:自分に首輪が解除できるのか…?
6:ダークプリキュア、エターナル、ダグバへの強い警戒
7:丈瑠との約束を果たすため、自分に出来ることは…?
[備考]
※参戦時期は少なくとも十臓と出会う前です(客としても会ってない)。

【アインハルト・ストラトス@魔法少女リリカルなのはシリーズ】
[状態]:魔力消費(大)、ダメージ(大)、疲労(極大)、背中に怪我、極度のショック状態、激しい自責
[装備]:アスティオン@魔法少女リリカルなのはシリーズ、T2ヒートメモリ@仮面ライダーW
[道具]:支給品一式(乱馬)、ランダム支給品0~2(乱馬0~2)、水とお湯の入ったポット1つずつ、ライディングボード@魔法少女リリカルなのはシリーズ
[思考]
基本:???????????
1:警察署に向かいヴィヴィオと話をする。その後の事はヴィヴィオに委ねる。
2:乱馬の頼み(ヴィヴィオへの謝罪、あかねを止める)を果たす。
3:いつき達のような強さが欲しい
[備考]
※スバルが何者かに操られている可能性に気づいています。
※なのはとまどかの死を見たことで、精神が不安定となっています。

【明堂院いつき@ハートキャッチプリキュア!】
[状態]:疲労(小)、ダメージ(中)、罪悪感と決意
[装備]:プリキュアの種&シャイニーパフューム@ハートキャッチプリキュア!
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1、ふうとくんキーホルダー@仮面ライダーW、霧彦のスカーフ@仮面ライダーW、須藤兄妹の絵@仮面ライダーW、霧彦の書置き、春眠香の説明書
[思考]
基本:殺し合いを止め、皆で助かる方法を探す
1:警察署に向かう
2:沖一也、アインハルトと共に行動して、今度こそみんなを守り抜く。
3:後で孤門やアインハルトと警察署で落ち合い、情報交換会議をする。
4:仲間を捜す
5:ダークプリキュアを説得し、救ってあげたい
[備考]
※参戦時期は砂漠の使徒との決戦終了後、エピローグ前。但しDX3の出来事は経験しています。
※主催陣にブラックホールあるいはそれに匹敵・凌駕する存在がいると考えています。
※OP会場でゆりの姿を確認しその様子から彼女が殺し合いに乗っている可能性に気付いています。
※参加者の時間軸の差異に気付いています。
※えりかの死地で何かを感じました。
※丈瑠の手紙を見たことで、彼が殺し合いに乗っていた可能性が高いと考えています。


【蒼乃美希@フレッシュプリキュア!】
[状態]:ダメージ(中)、祈里やせつなの死に怒り
[装備]:リンクルン(ベリー)@フレッシュプリキュア!
[道具]:支給品一式、シンヤのマイクロレコーダー@宇宙の騎士テッカマンブレード、ランダム支給品1~2
[思考]
基本:こんな馬鹿げた戦いに乗るつもりはない。
0:市街地あるいは警察署に戻り、放送の内容を誰かに聞く。
1:後で孤門やアインハルトと警察署で落ち合い、情報交換会議をする。
2:プリキュアのみんな(特にラブが) やアインハルトが心配。
3:相羽タカヤと出会えたらマイクロレコーダーを渡す。
[備考]
※プリキュアオールスターズDX3冒頭で、ファッションショーを見ているシーンからの参戦です。
※その為、ブラックホールに関する出来事は知りませんが、いつきから聞きました。
※放送を聞いたときに戦闘したため、第二回放送をおぼろげにしか聞いていません。
※聞き逃した第二回放送についてや、乱馬関連の出来事を知りました。






「……よう、存在を忘れてるかもしれないが、俺の名はザルバ。早速だがこのアンコとかいう姉ちゃんのせいで俺の命がヤバい。誰か助けてくれ」

 と、ザルバが誰に向けてか言っている最中も、ドウコクの一振りは向かってきた。
 ネクサスは、指にはまっているそのザルバという指輪を盾にして、ドウコクの攻撃を防ぐ。
 ……ザルバは、それを察知して、ドウコクが振ってきた刃を歯で受け止めていた。

「ふぁふふぇーふぁふぇーふぁ(あぶねーじゃねえか)」
「デュアデャーデュア! デュア!(戦闘中にぶつぶつ喋ってんじゃねえ! 気が散る!)」

 ネクサスは、そのままドウコクの腹部にパンチを見舞った。
 ドウコクは剣ごと吹き飛び、ザルバは歯を元の状態に閉じる事に成功した。

「……ったく、なんでわざわざ残ったんだ? 一人じゃ勝てねえ相手なのはわかるだろ」

 ザルバの問いかけを、ネクサスは無視した。
 それに見合うだけの理由が、佐倉杏子にはあったのである。
 少なくとも、せつなと姫矢が報われるには、確実に倒さなければならない相手たちが目の前にいるのだ。
 逃げられない。
 他の誰が逃げても、杏子だけは逃げるわけにはいかないのだ。

(こいつらは倒さなきゃならない……せめて、もっとデカいダメージを与えてやらねえと……)

 撃退には至らずとも、せめて後に繋がるほどのダメージを与えたい。
 それが贖罪に繋がるはずなのだ。

「わざわざ一人で残ってくれてるとは、勇気のある奴だな。命が惜しくねえのか?」
「デュア!」
「駄目だ、何を言ってるのか全然わからねえ」

 何を言っているかは全然わからないが、ドウコクはとにかくそれを殺す事にした。
 そこにいるのが意思ある人間である事だけはドウコクもよく知っている。
 ドウコクに対する反抗心むき出しだった少女である。

「……オイ、ちょっと待てよ」

 ……と、その時、ドウコクの足元に幾つもの弾丸が様々な方向から飛び交い、ドウコクがネクサスのもとに走っていくのを妨害した。
 ネクサスが振り向くと、そこにはまた別の戦士がいた。

「一人じゃねえぜ、ここにあと、もう二人いる……」

 左翔太郎とフィリップ──仮面ライダーダブルであった。
 その姿はルナトリガーへと変わっており、それがネクサスの真後ろからドウコクの足元を撃つのを成功させていたのだ。

「……うん……? 俺は無視か?」

 ザルバがぼそっと呟いた。




【1日目/日中】
【H-8/市街地】

【左翔太郎@仮面ライダーW】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、照井、霧彦の死に対する悲しみと怒り、仮面ライダーWに変身中
[装備]:ダブルドライバー@仮面ライダーW
[道具]:支給品一式、ガイアメモリ(ジョーカー、メタル、トリガー)、ランダム支給品1~3(本人確認済み) 、
    ナスカメモリ(レベル3まで進化、使用自体は可能(但し必ずしも3に到達するわけではない))@仮面ライダーW、ガイアドライバー(フィルター機能破損、使用には問題なし)
[思考]
基本:殺し合いを止め、フィリップを救出する
0:杏子を助け、可能ならドウコクやテッカマンランス、ダグバを倒す。
1:風都タワーを破壊したテッカマンランスは許さねえ。
2:あの怪人(ガドル、ダグバ)は絶対に倒してみせる。あかねの暴走も止める。
3:仲間を集める
4:出来るなら杏子を救いたい
5:泉京水は信頼できないが、みんなを守る為に戦うならば一緒に行動する。
[備考]
※参戦時期はTV本編終了後です。またフィリップの参戦時期もTV本編終了後です。
※他世界の情報についてある程度知りました。
(何をどの程度知ったかは後続の書き手さんに任せます)
※魔法少女についての情報を知りました。

【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中)、ソウルジェムの濁り(小)、自分自身に対する強い疑問、ユーノとフェイトを見捨てた事に対して複雑な感情、マミの死への怒り、せつなの死への悲しみ、ネクサスの光継承、ドウコクへの怒り、ウルトラマンネクサスアンファンスに変身中
[装備]:ソウルジェム@魔法少女まどか☆マギカ、エボルトラスター@ウルトラマンネクサス、ブラストショット@ウルトラマンネクサス
[道具]:基本支給品一式×3(杏子、せつな、姫矢)、魔導輪ザルバ@牙狼、
    リンクルン(パッション)@フレッシュプリキュア!、乱馬の左腕+リンクルン(パイン)@フレッシュプリキュア!、ランダム支給品0~1(せつな)
[思考]
基本:姫矢の力を継ぎ、人を守った後死ぬことで贖罪を果たす 。
0:ドウコク、及びテッカマンランスを倒す。
1:警察署に向かい孤門一輝という人物に会いに行く。またヴィヴィオや美希にフェイトやせつなの事を話す。
2:自分の感情と行動が理解できない。
3:翔太郎に対して……?
4:あたしは本当にやり直す事が出来るのか……?
[備考]
※参戦時期は6話終了後です。
※首輪は首にではなくソウルジェムに巻かれています。
※左翔太郎、フェイト・テスタロッサ、ユーノ・スクライアの姿を、かつての自分自身と被らせています。
※殺し合いの裏にキュゥべえがいる可能性を考えています。
※彼女の行動はあくまで贖罪のためであり、自分の感情に気づいたわけではありません。

【血祭ドウコク@侍戦隊シンケンジャー】
[状態]:ダメージ(中)、苛立ち、胴体に刺し傷
[装備]:降竜蓋世刀@侍戦隊シンケンジャー
[道具]:姫矢の首輪、支給品一式、ランダム支給品0~1
[思考]
基本:その時の気分で皆殺し
0:目の前の2人を殺した後、テッカマンランスやダグバを倒す
1:首輪を解除できる人間やシンケンジャーを捜す
2:昇竜抜山刀を持ってるヤツを見つけ出し、殺して取り返す
3:シンケンジャーを殺す
4:加頭を殺す
[備考]
※第四十八幕以降からの参戦です。よって、水切れを起こしません。


※アインハルトがその辺のコンビニから適当に持ってきた酒は全部キュアベリーが破壊しました。破片はH-8のどっかに落ちてます。



【支給品解説】
【アイリッシュ・ウィスキー@宇宙の騎士テッカマンブレード】
東せつなに支給。
バーナード軍曹が飲んでいた酒。配置されているコンビニ等にも置いてあるが、バーナード軍曹が飲んでいるのと同じ瓶と銘柄はこの会場ではオンリーワン。




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最終更新:2014年03月15日 18:24