#130/999 資料室
★タイトル (MQM47158) 92/ 2/ 7 9:24 (171)
オウム真理教 大乗のヨーガ 1 ウパティッサ
★内容
このように私は聞いた 麻原彰晃尊師より
オウム真理教ネットにおいて
◎ステップ4――大乗のヨーガ(アヌルッタラ・マハー・ヨーガ)
三つのヨーガの成就をベースに、四無量心(慈愛・聖哀れみ・聖称賛・聖無頓着)
の実践により自他の区別さえ滅している解脱者。この大乗のヨーガを成就すると、こ
の現象界に再生するカルマは消える。オウムでは、このステージに達すると正大師の
称号が与えられます。マハー・ムドラーの成就で得た絶対的な自由・幸福・歓喜の状
態を捨てて、他の苦悩を背負って行くため、このプロセスに入った魂はまさに偉大な
る魂ということができます。そして、すべての魂がマハー・ニルヴァーナの境地に達
したとき、大乗のヨーガは完成します。
ここで、ヤソーダラー正大師の大乗のヨーガ成就の手記をご紹介します。
ヤソーダラー正大師誕生す!
「命、輝くとき」
大乗の修行は、救済者へ至る修行ということになる。そしてこれは、言い方
を換えれば「ドブ川の中に咲く蓮華の花」であるように、苦悩の中に自己を置
き、そして光り輝く到達真智運命魂としての役割を果たすということになる。
オウム真理教においては、加行としてシャクティーパット、そして特別イニ
シエーションを行なわせることになっている。
この特別イニシエーション、シャクティーパットは、端から見たら、大した
加行に見えないわけだが、実際はエネルギーの交換、あるいはデータの交換等
で、自己の培ってきた崇高な、そして透明な意識状態やエネルギーを放出し、
混沌とした意識状態や濁り、そして管を詰まらせ、苦しみを与えるエネルギー
との交換となるわけだから、その苦しみはその加行を実践している者だけしか
知るよしもないであろう。
それは、今オウム真理教において、わたしとウマー・パールヴァティー・ア
ーチャリー、そしてマハー・ケイマの三人のみが達成し得た加行である。そし
て今、ヤソーダラーが第四番目としてこの加行を達成したことになる。
これから先の彼女は、まずこの約一年間で受けたカルマをいかに早く落とし、
そして縁を結んだ約千六百名の信徒を自己の修行によって引き上げるかが課題
となっているだろう。今、大乗の修行は始まったばかりである。
麻原彰晃
はじめに
わたしは、七月二十四日をもって、オウム真理教における「大乗のヨーガ」
の加行であるシャクティーパット、およびグルヨーガ・マイトレーヤ・イニシ
エーションの全日程を終了した。その終了に至るまでの期間が、わずか十カ月
とはいえ、何年分にも相当する経験をさせていただいたように思う。
小乗の修行者と大乗の修行者とでは、もともと修行の課題が違ってくる。大
乗の修行のポイントは、「自己の苦しみを喜びとし、他の苦しみを自己の苦し
みとする」ということであり、小乗の修行のポイントは、自己の苦しみからの
解放である。
したがって、いったん自己の苦しみから解放されたマハー・ムドラーの成就
というステージから大乗の道へと移行するということは、ただでさえ大変なこ
とであるが、わたしの場合は、特にそのギャップが大きく、苦しんだ。
なぜなら、修行を始めてから一年余りでマハー・ムドラーを成就したという
ことからもおわかりのように、もともとわたしはカルマの浄化された状態でこ
の人間界へと転生していた。ということは、マハー・ムドラーの成就によって
けがれ少なき状態から、けがれなき状態への変化しか今まで経験していないの
である。
そんなわたしにとって、この期間は大変険しい、そして苦しいものであった
といわざるを得ない。
しかし、この苦しみもシャクティーパットやグルヨーガ・マイトレーヤ・イ
ニシエーションを受けた信徒さんの霊性が進化したとか、心が変わって明るい
人生を送っているなどという話を聞くと、
(本当に良かった。わたしは確かに今、イニシエーションを受けた人たちのカ
ルマを背負って苦しんでいるけれども、それによって、わたしと縁のできた人
たちが幸せになっているんだな。)
と感じ、心の底から喜びがわき上がるのである。
しかし、このような思いにとらわれているときはいいのだが、一六四八名の
シャクティーパットと四三一名のグルヨーガ・マイトレーヤ・イニシエーショ
ンで背負った煩悩の量と苦しみといったら、それは、とても言葉では表現でき
ない。が、ここで、わたしが、どのように苦しんだか、皆さんに少しお話しし
たいと思う。
逆の言い方をすれば、それだけの苦しみが、信徒の皆さんからわたしに移り、
そして、わたしが亀のようにのろのろ歩きであっても、修行することにより、
そのカルマを落とすことが大乗の道なんだということを近ごろ痛切に感じてい
る次第である。
しかしまだわたしは大乗一年生である。当然過去世から培ってきた小乗の心
の働きに支配されることが多い。これからお話しすることは、その大乗と小乗
のはざまでわたしが苦しみ、そして、苦しみを乗り越えようとしている赤裸々
な体験である。皆さんもこれをお読みになることで、大乗の深遠な意味を理解
していただけたら幸いである。
*
(あと何日持つだろうか? 案外このまま楽に死ねそうな気がする。)
わたしは、まるで他人事のように自分の状態を見つめていた。著しく心身のコ
ンディションを崩してから、どれだけの日が過ぎたのだろうか?――わからな
い。今日が何日かということさえ、とっくに忘れてしまった。
じっと横たわったまま、時間だけが過ぎてゆく。わたしだけを取り残してい
くかのようだ。既に、身体を少しでも起こそうとすると、立ちくらみのように
目が回り、動作がそこで止まってしまうようになっていた。
「信ずるものがなくなってしまった。心は壊れてしまった。このままいっても
廃人。むしろ死んでしまった方がよいのかもしれない。」
つい、一、二日前まで続いていた、尊師に対する激しい嫌悪と怒りは消え去り、
迫っているはずの死に対しても、何の動揺もなかった。いや、それどころか、
不思議な境地を味わっていたのだ。
瞑想に入っているわけでもないのに、非形状界(コーザル世界)の光が射し
てきてわたしを包み込み、そして広がり、窓一つない真っ暗な部屋を明るくし
た。
(なんて明るいんだろう。)
眼を閉じて、軽く光に集中してみる。すると、何とも言えぬ至福感に満たさ
れ、さらに、死というものが身近で、喜んで受け入れられるものとなるのだっ
た。
その静止し、集中し、至福に満ちた意識の広がりは、かつて経験したことの
ある、空に没入した寂静の境地に非常に似ていた。が、違っている点もあった。
寂静に至ったときのわたしは、サマディ(三昧)に入り、自ら非形状界の光の
空間へと飛び込み、そこにとどまっていたというのに、今は、非形状界の光の
方が、わたしを迎えに来てくれているというような感じなのだ。
(どうしてなんだろう? そして、この光は何を意味しているんだろう?)
わたしにとって初めての経験が訪れていたが、だれ一人、その答えを教えて
くれる人はいなかった。
……グル(尊師)は、既に遠い存在となっていた。
「どうしてこんなになってしまったんだろう? この尊師に対する不信感は二
度と消えないに違いない。尊師は、マハー・ムドラーをかけるのに失敗された
のだ。わたしの心も壊れたまま、二度とは元には戻らない。」
わたしの脳裏には、昨年の秋からの一連の出来事が静かに流れていった。わ
たしにこれだけのダメージを与えた尊師のマハー・ムドラーの記憶を、無意識
に心が遠ざけているような印象だ。
マハー・ムドラー、それは、心を現象化させるヨーガのこと。グルが弟子の
煩悩を見抜き、それを現象化させ、証智させ、最終的にはその煩悩から解放さ
せる高度なテクニックなのだ。そして、今回、尊師は、わたしがシャクティー
パットで受けたカルマを落とすために、マハー・ムドラーをかけられたのだが、
その後長いこと、(このマハー・ムドラーは失敗だったのだ)と、思い込んで
しまったほど、それは激しいマハー・ムドラーとなった。
#131/999 資料室
★タイトル (MQM47158) 92/ 2/ 7 16:33 (186)
オウム真理教 大乗のヨーガ 2 ウパティッサ
★内容
このように私は聞いた 麻原彰晃尊師より オウム真理教ネットにおいて
『オウム真理教には、マハー・ムドラー成就というステージがある。これは、
ラージャ・ヨーガ、クンダリニー・ヨーガに続く第三段階目のステージであり、
ここに至って、その成就者には、“正悟師”という称号が贈られる。正悟師は
自己の煩悩を完全に止滅し、彼岸へと到達した者たちであり、その心は光り輝
き透明である。仏典によく阿羅漢という言葉が出てくるが、正悟師は、この阿
羅漢に相当する。これは個人の完成を目的とした小乗仏教の最高位である。…
…(中略)……シャクティーパットとは、解脱者(オウムでは現在正悟師が第
四段階に当たる大乗のヨーガ成就のための加行としてシャクティーパットを行
なっている)が相手の眉間に指を当て、高次元のエネルギー(マハー・ニルヴ
ァーナのエネルギー)を直接移入するという高度なイニシエーションである。
これによってエネルギーを受けた人は、霊的エネルギーであるクンダリニーを
覚醒させることができたり、神通力が身についたりといった霊的プロセスの進
化と心の浄化や安定といった心のプロセスの進化を併せて得ることができる。
しかし、シャクティーパットを行なう方は、逆に相手のカルマ(業)を背負う
こととなり、心身ともに大変なダメージを受けることになるのである。』
これは尊師のお言葉である。すなわち、シャクティーパットはマハー・ムド
ラーを成就することによって得た個の完成という最高の境地を捨て、他の魂の
ために苦悩を背負って生きるという大乗の道の入り口に当たる修行といってよ
いだろう。
わたしは、昨年の十月のシャクティーパット(詳しい内容は『マハーヤーナ』
NO36「“神に至る道筋”シャクティーパットの秘密を探る」参照)終了後、
自分が膨大なカルマを受けてひどい状態に陥っていることに気付かなかった。
シャクティーパットを終えて富士山総本部道場に帰ったわたしを待ち受けて
いたのは、オウム真理教に対する警察権力の弾圧だった。たかだか形式犯と呼
ばれる国土利用計画法違反容疑で、二度にも及ぶ強制捜査、相次ぐ法友の逮捕、
マスコミとの攻防――とても修行どころではなく、富士、東京、熊本、阿蘇を
日々行き来しながら、神経を張り詰めたまま、極限状態のワークをこなしてい
た。例えば、阿蘇に行ったとき、それまでの五日間、忙しさのあまり、一回も
食事をしていないことに気付いたほどだった。
それでも、十一月下旬くらいから、少しずつゆとりができ、瞑想もできるよ
になってきた。ところが、その気の緩みを待っていたかのように尊師のマハー
・ムドラーが始まった。わたしの受けたショックはものすごいものだった。一
瞬にして、この現実と形状界(アストラル世界)が交錯し、心はズタズタに切
り裂かれ、涙と鮮血がほとばしり出るかのような状態に陥ってしまったのだ。
その後、どん底の状態で、後から後から出てくる嫌悪にさいなまれる。肉体
的にもどんどん弱ってくる。とうとう食事が全く取れなくなった。水分でさえ、
胃が受け付けずに吐いてしまう。そして、ついに横になったまま動けなくなり、
今日に至ってしまったのだ。
目が覚めているのか、まどろんでいるのかわからないうちに、また時が過ぎ
ていく。
そのとき、突然、
「開けろ! マハー・マーヤ、開けるんだ!」
ドアを激しく叩く音とともに、尊師の声が響いた。しかし、身体は動かない。
そして、そのまま、意識が途切れる。
尊師が入ってこられた。その姿が目に入ったとき、初めて自分の背中が焼け
そうに熱くなっていることに気付いた。
「熱い、熱い!」
思わず声を上げ、身をよじるわたしの脈をとられた尊師は、
「地元素、水元素の崩壊が完全に終わって火元素の崩壊が始まったところだ。
あと二日遅かったら手遅れだった。」
と言われると、室外で待機していたらしい、マンジュシュリー・ミトラ正悟師
と医師のヴァジラティッサ師を呼び、点滴の指示を出された。
その後、しばらくの記憶はない。ただ、点滴を受けながら、尊師に対して、
「嘘つき、嘘つき、ひどい……。」
といったようなことを言いながら泣き続た。心は無理やり、この現世に引き戻
されたかのように、元のズタズタに切り裂かれたままの鋭敏な状態に戻ってし
まっていた。
そのときの点滴四本、二リットル。脱水状態だったため。その後、栄養補給
と精神安定のために一日二回、そして、一日一回と、三週間近くそれをやり続
けた。意外なことだったが、点滴は心をタマスにして、鋭敏な部分を覆い隠す
作用があったのである。それはわたしを落ち着かせるのに大いに役立った。
後でお聞きしたところによると、点滴については尊師は既にご研究済みで、
最初からこれを使う予定でいらっしゃったということであった。つまり、わた
しがどういう状態になるかということは、マハー・ムドラーをおかけになった
時点からわかっていらっしゃったのであった。
尊師がわたしの生命を呼び戻してくださった翌日のことだった。今となって
は原因が何だったのか記憶にないが、寝たままのわたしが、尊師に何か言われ
てショックを受けたのだったと思う。半日前に一三〇あった最高血圧があっと
いう間に七〇代にまで落ち込んでしまった。それを知った尊師は今までになく
優しくなって、ずっと一緒にいてくださった。数時間後の測定でも血圧は、は
かばかしくなかったようで、
「血圧は気にすることはない。大切なのは脈の強さだ。脈が強くなってきてい
るから大丈夫だ。」
と言って手を握ってくださった。きっと、マハー・ムドラーも限界だと判断さ
れたのだろう。尊師にそう思われるのは情けないけれど、久しぶりに心が安ら
いだ。マハー・ムドラーをかけられてから一カ月近くが過ぎていた。
あれは、シャクティーパットで受けた下位のデータがわたしの気付かないう
ちにわたしの中に根付こうとしていたのを防ぐためのマハー・ムドラーだった
らしい。そして、わたしがこんなになるまで突き放していたのは、苦しみをそ
の時点の限界まで経験させることによって、大乗の修行を進めさせようとなさ
ったのだという。
尊師はわたしの顔をのぞき込むようにして、こんなことを話された。
「お前は、前生ではわたしに無常を教えてくれたけど、今生でも大切なことを
教えてくれたよ。それは、なぜ死ぬときに五大元素が崩壊し、空性に還元され
るのかということだ。これは経典にも書かれていない。わたしに素晴らしい恩
恵を与えてくれたよ。あれは、五大元素に対応したカルマの感情がすべて現わ
れ、空性に還元されていくんだね。」
「昔の嫌なこと、全く忘れていなかった……。」
また涙がほおを伝わった。
「それはそうだよ。マハー・ムドラーの成就によって、過去世のカルマが切れ
る。今生作ったカルマはマハー・ムドラーの成就後に落としていかなければな
らないんだから。それにシャクティーパットで受けた何百人分ものカルマが加
わっているんだ。しかし、今生のカルマが落ち切ったときは、修行したカルマ
しか残らない。だからマハー・ムドラーを成就するということは素晴らしいん
だよ。そして、シャクティーパットにしても受けたカルマを落とし切ったら、
多くの人にシャクティーパットを行ない上向させたという功徳だけが残るんだ
よ。」
(これだけ自分の今生のカルマが残り、シャクティーパットで受けたカルマが
膨大だったなんて。あのものすごい嫌悪と怒りは、地元素の崩壊が始まったか
ら出たんだ。そして、その感情のすべてが空性に還元された段階で、すっかり
それは消えてしまったんだ。)
尊師は、わたしの地元素が崩壊している間、美しい黄色がバーッと広がって
いるのを、そして水元素の崩壊の間には白の広がりから薄いブルーの混じった
色へと変化していくのを霊視されていたのだという。
また、わたしの場合、地元素の崩壊に約二週間という非常に長い期間を要し
(地元素の崩壊だったら、肉体的にもメチャメチャになって当たり前である)、
水元素の崩壊はわずか一、二日で進んでしまったのだった。その違いが、カル
マの蓄積の量や心の引っかかりの違いからきていることは明らかである。この
心の引っかかりは、シャクティーパットで受けたカルマによってナーディ(人
体にあるエネルギーの通り道)が詰まり、風エネルギーの流れが阻害されたた
めに起こったものだ。
あの非形状界から射してきていた光の意味をお聞きしてみた。
「お前の転生の要素として地獄(あれだけの嫌悪があったら当然だと思う)、
阿修羅(不飲酒天)、それから、゚ク槃があったんだ。そして、あのときぱク槃
の要素が強まっていたということじゃないかね。゚ク槃は非形状界に入るという
ことだから。」
とのことだった。となると、゚ク槃とは、ああいう感覚で非形状界に入っていく
のか――元素の崩壊にしろ、このことにしろ、本当に貴重な体験をしたもので
ある。わたしはしみじみと尊師に申し上げたものだ。
「何ていうこと。普通は瞑想によってこういう体験をするんでしょうに、わた
しは実体験をしてしまったんですね。」
さて、その後のわたしが順調に回復したなどとは決して言えない。大体、次
のシャクティーパットに備えての極厳修行に入ることをちゅうちょしていたの
だ。漠然とした不安と恐怖がそれを邪魔していたのである。
その時点では、わたしのグルに対する不信、嫌悪、怒りはいまだぬぐい去ら
れてはいなかった。ということは、精神的にも同様に最悪の状態だったという
ことである。言うなれば、安全ピンがちょっとしたところで留まっているのと
同様に、わたしの精神状態は微妙なところで一見バランスを保っているのであ
って、何らかの刺激がちょっとでも加わったなら、再びあの最悪の状態へと転
がり落ちてしまうだろうことは目に見えていた。
そんなとき、尊師はわたしのホーリー・ネームをマハー・マーヤからヤソー
ダラーへと変更し、その名のカルマを背負うことによって、わたしに修行者と
しての機根を与えようとしてくださった。ヤソーダラーとは、サキャ神賢の出
家前の妃で、後に出家してサキャ神賢の弟子となり、大神通第一と称された女
性である。
さらに、わたしが「嫌だ」というのも構わずに、さっさと『マハーヤーナ』
NO39の“ヤソーダラー正悟師、極限修行直前インタビュー”を企画し、極
限修行に入らなければならないように仕向けた。加えて、修行終了後の“シャ
クティーパット直前インタビュー”の予告まで載せさせたのである。不肖の弟
子を導くグルの苦労には涙ぐましいものがあった。
#132/999 資料室
★タイトル (MQM47158) 92/ 2/ 7 18:31 ( 74)
オウム真理教 大乗のヨーガ3 ウパティッサ
★内容
このように私は聞いた 麻原彰晃尊師より オウム真理教ネットにおいて
「自分を見つめろ!嫌なことがいろいろ浮いてくるだろう。浮いてきたらそれ
を越えろ。智慧で越えろ。心をえぐり出せ。」
「苦しめ!苦しめば苦しむほどわたしに近くなるんだ。そのうち苦が幻影だと
知る。これからの修行は苦しみに左右されない五蘊を作り上げていくこと。そ
の五蘊が完成したときが最終解脱だ。」
この尊師のお言葉でもおわかりのように、極限修行はかつてないほどの辛い
ものとなった。
修行に入るにあたって、
「無理しなくていいんだ。できるところからやればいい。」
と言われ、心の緊張を緩める簡単なプラーナーヤーマから入ったというのに、
それすらできない。一週間経ったころ(二月中旬)の、次のようなメモが残っ
ている。
――否定的になると帰依に疑問を持ち始めてしまう。どのようにしたら帰依で
きるのか。無心の帰依ができるのか。――
――魔にとりつかれている。いつもよくないときに見るヴィジョン。プラーナ
ーヤーマは心を内側に向けるので気が狂いそうになる。――
――全く修行できない。プラーナーヤーマを行なうと、嫌なことが次々と思い
出されて、続けられなくなってしまう。寝たい。忘れられるから。――
――修行するのが怖い。少しでも集中して心が内側に向くのが怖い。――
とても瞑想するどころの話ではない。メモすら残されていない日は、いっそ
うひどい状態に陥っていたときである。
仕方ないので、行法はあきらめ、尊師の説法を読むことにした。が、引っか
かっている部分が出てくると、それすらできなくなってしまうのだった。ただ
ただ泣くのみ。再起不能――そんな思いが生じ始めた。
しかし、二週間経ったとき、尊師がわたしのために『決意如意足(番外編)』
という瞑想テープを作ってくださった。これには感激した。修行できなくても、
テープをかけ続けることはできた。また、編集部から届いた『転換人生』の読
者からの手紙もわたしを励ましてくれた。それらは尊師が持ってきてくださっ
たり、食事に添えられていたりした。
また、こんなこともあった。食器を室外に出そうとしたとき、尊師の説法が
道場から漏れてきた。思わず通路の窓を開けた。ところどころ途切れながら尊
師の声が聞こえてくる。四つの如意の基礎の話。それによると、道場二階で修
行している極厳修行者が揺れているらしい。
(クンダリニー・ヨーガは集中したらすぐに終わるのに。意識を外に向けて期
間を長引かせたら、それだけ苦しいだけなのに。)
などという思いが出てきたが、すぐにハッと気付いて、そのような不遜な思い
を持った自分を恥じた。
――今のわたしだって同じ。やろうとしてもやれない人もいるのだ。――
それでも説法を聴いているうちにスッと心が晴れた。きっと道場でも、この説
法によって修行できるようになった人がいるに違いない。わたしはもう駄目か
もしれないけど、みんなには頑張ってほしい。出家修行者となるだけの功徳が
あったのだから。
わたしは今や一切の煩悩を止滅したマハー・ムドラー成就の状態と、様々な
煩悩と苦しみにまみれ、集中すらできない最低の状態の二極端を味わったので
ある。特にこの最低の状態は、シャクティーパットで受けた何百人分ものカル
マがもたらしているのだ。もし、今を乗り越えることができたなら、この経験
は大いに救済に役立つに違いない。より多くの人の苦しみを知ったのだから。
でも、果たして今を乗り越えていけるのだろうか?
#133/999 資料室
★タイトル (MQM47158) 92/ 2/ 7 22:12 (148)
オウム真理教 大乗のヨーガ4 ウパティッサ
★内容
――一つの大きな転機が修行に入ってから一カ月後にやってきた。が、それ
は大きな犠牲を伴っていた。
「お前のエネルギーが強くなって、まるで磁石で吸い付けられたみたいに動け
ない。」
「病気になっているんじゃない?」
「どうしてそう思う?」
「夢。」
「わたしが重病で死にかけている夢でも見たか?」
「違う。おなかとか腰とか。(尊師が)自分でも治療しなくてはいけないと思
っている。」
「大したものだ。事実おなかとか腰とかにきている。しかし、これはいいこと
なんだぞ。お前の邪気を吸い取って、こうなっているということなんだから。」
そして、
――二日後の検査で、尊師の肉体が肝硬変に侵されていることが判明した。――
肝硬変は致命率の非常に高い病の一つだ。データを読み上げるヴァジラティ
ッサ師の声が暗い。二年前から尊師自ら肝硬変にかかっていることを明らかに
していたとはいえ、今回のようにスキャナーによる診断が下されるということ
は、死の宣告に等しい。本病による致命率が高いのみならず、肝ガンへの移行
率も三〇パーセントにも上るのだ。ここに至ってわたしは目が覚めたような気
がした。いや、実際目が覚めたのだ。これまでのシャクティーパットの影響か
ら。
尊師は、修行と治療を中心とした生活に入られた。わたしも一日十二時間の
ワーク、八時間の修行という生活になった。このワーク中は、尊師の必要に応
じて、いつでも動ける態勢を取った。わたしは尊師にご負担をおかけしないよ
うに必死に修行した。
数日後、瞑想中、突き上げるように意識が広がり、明るくなるという体験を
した。が、まだ、そのエネルギーについていけず、意識をなくしてしまった。
「だいぶエネルギーが回復してきたな。」
と言われ、
「昨日は瞑想していて久しぶりに気持ちいいな、って思いました。」
と話した。すると、
「肝硬変と引き返えにしたんだからな。」
と言われ、ドキッとする。尊師だったらグルとしてそのくらいのことを平気で
やられるかもしれない。
さらに何日か経って、瞑想中にバルドーを抜け、未来へと飛んだ。このとき
わたしが見たものは、光を使って立体的な像を作り出す技術であった。周囲か
ら赤や緑の光を当てると、光の色はすぐに透明になって、その中心に尊師の姿
が本物そっくりにそこに浮かび上がった。これは本物といえば本物なのである。
テレビに映る人物が立体的になったようなものなのだ。
尊師に申し上げると、
「それは未来技術だ。」
と言われて、その理論を説明してくださった。しかし、科学にうといわたしは、
「レーザー・ホログラフィーではない。」
という尊師のお言葉しか理解できなかった。
三月の終わりが近付いた。四月一日から、わたしの最後のシャクティーパッ
トが始まる。そんな矢先、ついに恐れていたことが起こった。尊師の肝臓にガ
ンが発見されたのだ。
わたしは尊師に付きっきりでいたかった。が、自分で修行し、コンディショ
ンを整えながらシャクティーパットを行なうように言われる。やむなくわたし
は尊師に心を残したまま、富士を後にした。
シャクティーパットによる尊師への影響を最小限に食い止めようと、わたし
は一日三時間の経行に加えて、でき得る限りの修行をした。しかし、それでも
尊師がわたしのシャクティーパットを通じて受ける影響は甚大だった。言うま
でもなく、エネルギーを失い、カルマを受けていらっしゃるのである。シャク
ティーパットはそれほどグルに直結したイニシエーションなのだ。シャクティ
ーパットが続くと尊師の肝ガンが大きくなり、反対に行事等のためにシャクテ
ィーパットのない日は肝ガンが小さくなった。このことは、このガンがご自身
のカルマによるものでないということをはっきり示していた。
一方、わたしの方も、シャクティーパットを通じて尊師の体調が手に取るよ
うにわかった。
尊師から、
「ガンが今までになく大きくなった。」
という電話があったのは四月十二日のことである。
「Kさんと同じくらいだそうだ。」
Kさん――肝ガンの末期と言われた人だ!
「このままだったら、三カ月の命というわけだ。ヤソーダラーには長生きする
と約束したけれど、駄目かもしれないな……。」
「……最後まであきらめないで……ちゃんと修行して。治療して。絶対治して!」
今のわたしには電話で話すことしかできない。富士に飛んで帰りたい。わた
しは受話器を握りしめた。その心の動きがわかったかのように、
「ヤソーダラーは、シャクティーパットを放り出して、わたしに付きっきりに
なりたいと思っているんだろう。だが、それは駄目だ。シャクティーパットは
信徒との約束だ。続けなければならない。頑張れ。」
そう言って尊師は電話を切ってしまわれた。
『プーッ、プーッ』求めても、もう尊師の声を聞くことはできなかった。尊
師のご修行の邪魔をしないように、わたしの方から連絡を取ることは避けてい
た。いや、そうでなくとも、尊師はガンを治すために必死になって過酷な修行
に挑んでいるはずなのだ。ガンに負けるわけにはいかないということは、尊師
ご自身が一番よくご存じなのだ。救済のために!
このときわたしは生まれて初めて心からの発願をした。それは心の叫びだっ
た。
――必ずわたしは大乗の仏陀になりますから、どうか尊師の病気を治してください――
そのときから、わたしは“タントラ・ヴァジラヤーナの発願”と“大乗の菩
薩になるためのマントラ”を唱え始めたのだった。これは、小乗仏教の完成の
境地を捨て、他の魂のカルマを背負うことに苦しみを覚えていたわたしが、“
自己の苦しみを喜びとし、他の苦しみを自己の苦しみとする”大乗の道への第
一歩を踏み出した記念すべき日となった。
四日後の夜、富士に戻ったとき、尊師は屋上で、ずぶぬれになりながら黙々
と経行をされていた。既に視力を失っているため、端から端へと張られたロー
プを伝わって歩かれている。雨が叩きつけ、強風が渦巻き、そして、時々真っ
暗な空に稲光が走る。わたしが尊師の後について一緒に経行を始めると、
「これがわたしとお前の人生だ。これを険難処という。」
尊師が言われた。――胸が熱くなった。
#134/999 資料室
★タイトル (MQM47158) 92/ 2/ 8 9:45 (185)
オウム真理教 大乗のヨーガ5 ウパティッサ
★内容
今回のシャクティーパットが始まってからというもの、修行に心がけていた
せいか、これまでと違った他心通(他人の心を知る神通力)が身についた。そ
れは、瞑想中に同じ空間にいる人の想念が突然ヴィジョンとして飛び込んでき
たり、その後にヴィジョン化したりするのである。そのヴィジョンによってわ
たしはその人の心を知ることができた。
例えば、某支部でのシャクティーパット中(このときは瞑想状態にある)、
一瞬形状界に入ってしまった。そのときに見えてきたものはなんとインドの風
景だった。原色がよく似合うインドの太陽の光。イスラム建築風の寺院。そし
て、やせたインド人男性。彼はガムチャと呼ばれる布を無造作に垂れ下がらし
て立っていた。特に黒くて細いはだしの足が印象に残った。
わたしはシャクティーパットを行ないながら、そのときシャクティーパット
を受けていた男性に意識を集中し、その人のデータを読み取ろうと試みた。
「この人は、インドに行ったのだろうか? いや、行ってはいない。それでは、
ものすごくインドに興味を持っているのだろうか? いや、そうでもない。お
かしい。なぜ、あんなヴィジョンが見えたのだろう?」
間もなく、その理由がわかった。ドアの外でシャクティーパットの順番を待
っていた人の想念がわたしの中でヴィジョン化したのだ。その人はアンケート
に、『旅行から帰ってきてタマスになって修行ができない』
と書いてあった。
(なあんだ。この人の想念だったのか。それにしても思念の力が強いなあ。以
前は相当修行していたのだろう。)
と思い、シャクティーパットを終えてから、声をかけた。
「以前の修行によってもっているような状態ですね?」
「そのとおりです。」
「インドが特に強く印象に残ったでしょう?」
「……そうです。」
彼は不審な顔をした。そして後で、シャクティーパット後のガイダンスを担当
したチャーラー師に、
「本当に正悟師にはこれしか見せてないんですか? 何でわかったんだろう?」
と言って首をかしげていたそうだ。
あるときは、近くにいた人の想念がわたしの中に飛び込み、ヴィジョン化し
た。
(わたしにこういう感情があったのか。)
当初わたしはそのヴィジョンが自分の心の現われであると勘違いしてしまった。
また、その感情が苦しみをもたらすものであるということがありありとわかっ
た。ただし自分のものにしては、ちょっと異質だった。そこでわたしはヴィジ
ョンに集中してみた。しばらくすると、瞬間的にその想念がだれからきたもの
だったかがわかった。と、同時に心が軽く明るくなった。知らぬ間に、その人
の想念がわたしの心に影響を与えていたのだ。ところが、それは集中すること
によってパッと瞬間的に消え去ったのである。
(これは素晴らしい!)
わたしはこれを重要な体験だと考えた。まさに苦は、瞬間的に消え去ったの
だ。後に本人に確かめてみたが、その感情が生起した過程も含めて、わたしが
指摘したとおりであった。
わたしは早速この体験を尊師に伝えた。尊師によると、これが悟りであり、
この悟りの集積が離解脱なのだという。そして、わたしが使った方法は心解脱
というのだそうだ。
「でも、わたし、この方法は教えていただきませんでしたね。」
と申し上げると、
「知ってて当たり前だよ。イニシエーションをたくさん受けているんだから。
わたしのデータが入っているんだよ。」
と尊師。
(そうか、そうだったのか。やはりイニシエーションはすごい。)
と改めて感じた。なお、心解脱の方法の他に慧解脱の方法もあるそうで、尊師
はこのとき慧解脱の方法も伝授してくださった。
また、このころ未来ヴィジョンもいくつか見ており、適中している。
「お前が瞑想で見たものは正しいということだ。」
尊師はよくないことが現象化すると、こう言われたものである。
このように、シャクティーパットを行ないながらも、シャクティーパット中
の瞑想、経行、その他の修行によって、ステージが確実に上がっていっている
ことが実感できた。尊師は、
“ヤソーダラーは四月の終わりくらいから精神的に安定し、五月の終わりには
聖者の域に達する”
との示唆をシヴァ大神からお受けになったそうだが、実際そのとおりだったの
かもしれない。実は、わたしはこれまでに受けてきた数々のイニシエーション
とシャクティーパットの瞑想によって、前述の心解脱以上に意義ある体験をす
ることができたのだ。それは、グルの大いなる空との合一である。
わたしが、
「自分が自分でなくなっていってるみたいです。自分の得意だったはずのもの
もそうではなくなり、何もかもなくなってしまっているような気がします。」
と不安に駆られて漏らしたとき、尊師は次のように表現された。
「今のヤソーダラーは、淡水の二十五メートルプール(=ヤソーダラーの空)
の壁がひび割れて大海(=グルの大いなる空)の海水が混じってきている状態
だ。つまり、大海のデータが入ってきているんだよ。そのとき、自分の才能、
特長は止滅するんだ。まあ、お前の才能は神通力に還元されていってるような
気がするけど。――で、完全に混じり合ったとき、自分のものを所有していな
いように見えて、グルと同じになる。大海にはすべてが含まれている。欲求す
るものがなくなるんだ。」
と。
そして、その後完全なる合一状態になっていったような気がする。グルの持
つ純粋、透明でかつ広大、無辺、深遠な大いなる空に、わたしの小さな空が溶
け込んだ状態だ。溶け込むことによって、グルの大いなる空がわたしの空を浄
化してくださっているらしい。
(経典に描かれているグルとの合一、大いなる空との合一とはこのことだった
んだなあ。)
わたしはグルの中に包含され安住した。求めるものはもはやなかった。きっと、
これはグルヨーガにおける最上の秘儀に違いない。わたしはそう思った。
そこの空と空との合一に関して言えば、シャクティーパットを一時中断して
連れていっていただいた仏跡巡礼中にも、あることを体験した。
ブッダガヤーでのことだ。ここは、サキャ神賢が偉大なる悟りを開かれた聖
地であるが、サキャ神賢が座られた場所、つまり、菩提樹の下で瞑想させてい
ただいたところ、わたしの空が広がっていった(これは心の広がりが出ている
ことを意味する)。そして、なんとサキャ神賢の大いなる空の一部と同化した
のだ。
サキャ神賢のデータがわたしの中に流れ込む。そのデータを読むことによっ
てわたしは気付く。
(このとき、既にサキャ神賢にとっての解脱は、自分のためではなかった。す
べての魂のために解脱を果たされようと意思されていたのだ。)
おそらく、シャクティーパットによって大乗の種子が芽生えていたからこそ、
このサキャ神賢の空の一部と混じり合うことができたのだろう。
また、サキャ神賢の空は尊師と共通したものを多く持っているようだった。
いうなれば、“真理”。実際、わたしは尊師の空に引っ張られるようにして、
サキャ神賢の空にたどり着いたのだ。
「そうだ。お前もその厳しい大乗の道を歩いてゆかねばならないんだ。」
この尊師のお言葉に心が引き締まる思いがした。
しかし、その後のわたしはシャクティーパットによって徐々にエネルギーを
失ってゆき、体調を崩し始めた。
「今は非常に成長する大切な時期。死病にかかっていなかったら、付きっきり
になってるよ。」
と尊師は言われ、直接お会いできないまでも、よく電話でアドバイスをしてく
ださった。
「牛乳びん一杯の水がある。それはそこで充実し固定している。それを大きな
鍋にぶちまける。当然中味は少なくなってしまう。それに少しずつ追加してい
く。自分にとってつらい。器だけ大きくなってエネルギーが足りない。それが
シャクティーパットだ。心の広がりの中にエネルギーが充実していくプロセス
が風と空のエネルギーを布施するシャクティーパットであり瞑想なんだ。」
「今はお前の心一つで心が広く甘くなる時期。シャクティーパットをやりなが
ら修行すると、多くのことを経験する。エネルギーも弱っている。肉体も弱っ
ている。しかし、最も美しくなる時期でもある。エネルギーと肉体を使って供
養しているのだから。だから、心と言葉を使って、そのスピードを速めるのが
利益である。」
――尊師の貴重なアドバイスは続く。だが、わたしの体調は悪化の一途をた
どった。寒気、発汗、体のだるさ……経行がつらくなり、シャクティーパット
がつらくなった。精神的にも不安定になった。そして、自分の状態をキープで
きないがゆえに、周囲の人にも迷惑をかけ始めた。
#135/999 資料室
★タイトル (MQM47158) 92/ 2/ 8 16:32 (148)
オウム真理教 大乗のヨーガ6 ウパティッサ
★内容
ところが、そんなある日のこと――。
その日はアナハタ・チァクラが詰まって痛かった。しばらくは自分の状態が
理解できなかったが、アナハタ・チァクラに精神集中をしてみたところ、パッ
と瞬間的に痛みが消え、久しぶりに心が安定した。これも人から入ってきたも
のだったのだ。以後、体調は回復し、特にシャクティーパット中におなかにか
なり汗をかいていたのがピタッとなくなった。
ふと気付く。自分は本当は透明で、他人の感情移入によって感情を生起させ
ているのではないだろうか? 実にこのところ、この心解脱の体験が多い。尊
師もこう言われている。
「そういう感情を持っていたら神秘力はない。他から入ってきているんだろう。」
と。
ただし、わたしのすべてが浄化されているわけではない。インドの仏跡巡礼
中の説法でも、尊師はこのことに触れられた。
「君たちはよく不思議に思うかもしれない。あれだけ、例えば、ヤソーダラー
正悟師のように感情の起伏が激しいのに、なぜ神通力がついているんだ、と。
それは、あるパートは綺麗に浄化されていて、そうじゃないパートに対して強
烈な光を当てられるがゆえに、苦しまなければならないからである。これが真
言秘密金剛乗(タントラ・ヴァジラヤーナ)の特長である。」
この感情の起伏が激しいように見えるのは、わたしが潜在意識を使い、潜在
意識の言葉を使い、潜在意識の行為を使っているからではなかろうか? (言い
訳になってしまうかもしれないけれど)尊師によると、わたしは一層目の表層
意識がなく、潜在意識と超潜在意識の二層だけを持っているのだという。
超潜在意識にはデータはあるが苦楽は生起しない。そして、これが本来の自
分なのである。ところが、今のわたしは本当の自分ではない潜在意識を自分だ
と考えてしまっているのだ。ゆえに、いろいろと問題が起こる。この潜在意識
の浄化が終了したときが最終解脱なのだそうだが、なかなか大変な道程である。
ちなみに、マハー・ムドラーの成就の段階では、潜在意識を通り越して、こ
の煩悩の止滅した状態の超潜在意識へと到達することができるのである。した
がって、潜在意識にとらわれ苦楽を味わっている今のわたしは、ステージを落
としているといわざるを得ない。
浄化されていないパートに、スポット・ライトのように光を当て、三グナを
干渉させる。そして、煩悩を浮き彫りにさせ、それを証智させ、消滅させよう
とするグル。それは最終解脱まで導こうとされているグルの愛なのだ。ところ
が、わたしは、いくつもの前生でもグルであられた尊師のおかけになるマハー
・ムドラーに耐え切れず、だいぶ失敗をしたり、グルを裏切ったりしてきたの
だそうだ。そして、ついに今生でもわたしはとんでもないミスを犯してしまっ
た。
シャクティーパットも終わりに近付いたころ、わたしはつくづくマハー・ム
ドラーによって表面化した自分の汚い部分を見るのが嫌になってしまった。特
に邪悪心が生起したときは自分でもつらい。ふと、自分の醜い部分から離れた
いという心が働き、
(グルから意識を外してみよう。)
と考え、それをやってしまったのだ。これは現代人が最も記憶修習・記憶実践
している「つらいときは逃げる」あるいは「つらいときは心の対象を変える」
という心の働きを自分のものと錯覚してしまったのだ。シャクティーパットの
データの入れ替えとは恐ろしいものである(今では信徒の皆さんの心の弱さと
無常性を吸収できたことは良かったと思っているが)。マハー・ムドラーには
かからなくなった。邪悪心も消えた。しかし、わたしはこのとき失ったものが
あまりにも大きかったことをすぐさま悟った。
「お前はタントラ・ヴァジラヤーナの掟を破った。わたしの大いなる空の中に
溶け込んでいたのに、溶け込んでいる自分の空に色を付けたんだ。」
尊師はすぐにわたしのやったことに気付かれた。わたしは後悔した。しかし、
いったん意識を外してしまうと、どんどん間違った方向へと転がり落ちていっ
てしまうのだ。ちょっとのつもりだったのに元に戻れない。
(今生のわたしのステージはここまでかもしれない。)
わたしは大海原で波に翻弄される小舟のような心細さと恐怖を味わった。
(これまでグルはわたしのすべてだった。結婚してから十四年間というもの、
わたしのすべてだったのだ。だからこそ、グルのおかけになるマハー・ムドラ
ーによってこんなにも早くステージを上げることができたのだ。それなのにわ
たしはマハー・ムドラーから逃げようとして、グルから意識を外し、堕落して
しまった……。)
七月二十四日、この日をもってすべてのシャクティーパット(一六四八名)、
そしてすべてのグルヨーガ・マイトレーヤ・イニシエーション(四三一名)を
終え、わたしは形の上では大乗のヨーガの成就を果たした。しかし、長い間行
動を共にしてきたソーナー師とマチク師には、
「もう駄目かもしれない。立ち直れないかもしれない。」
としか言えなかった。
グルに導いていただきながら、グルに多大なご負担をおかけしながら、グル
のお力によって大乗のヨーガの成就をさせていただいたというのに、なんと情
けない結末を迎えてしまったのだろう。
数々のイニシエーションによって、尊師がおっしゃるように、わたしはグル
の大いなる空に溶け込ませていただいていたのだ。わたしの心はグルのお心の
中に内在され、グルのエネルギーによってわたしは構成され、神秘的な体験を
させていただいていたのだ。
それなのに、わたしは尊師の純粋なる空の中に、自分のけがれた色をつけて
しまった。溶け込んでいたわたしの空が、グルのご意思と違った意思を持って
しまった以上、もはやそのままではいられない。
どうかグルよ、ヤソーダラーをお許しください。グルなくしては、わたしは
わたしでなくなってしまうんだということを知りました。どうかお見捨てにな
らないでください。
これから、どうなるかわからない。しかし、できる限り尊師の救済のお手伝
いをさせていただこう。できるだけシャクティーパットのカルマを落とすよう
に努力しよう。そして、どんな苦難が待っていようとも、ひるむことなく大乗
の道を歩いてゆこう。いつの日か、再びグルの空に溶け込んでゆけることを願
って――。
五月上旬、尊師の肝臓ガンは消滅した。普通だったら奇跡としかいいようが
ない。だが、そこへ至るためには想像を絶するような修行と治療が行なわれて
いたのである。それは、
(あれではガンで死ぬことを選んだ方がはるかに楽だ。)
と感じるほどのものであった。しかし、尊師にとって“生きること”は自分自
身のためではなく、すべて他の魂のためだったのだ。生きなければならなかっ
たのだ。
わたしは尊師という偉大なグルに出会えて本当にうれしい。
*
終わりに
「自己の苦しみを喜びとし、他の苦しみを自己の苦しみとする」
この詞章は一回唱えるのに、わすか数秒しかかからない。そして、それを十万
回唱えたとしても、それはわずか数日で終了することができるだろう。
しかし、その奥底に含まれている深遠な意味合いを理解したときに、心の本
性、空の素晴らしさを体得できるのであって、それまでは、この言葉は、まさ
に絵に描いた餅という印象がわたしの中にある。
わたしは、尊師のご指導のもと、背負い込んだカルマの中でもがき苦しみな
がら、この深遠な意味合いをこれから体得していきたいと考えている。その煩
悩を提供してくださった信徒の皆さんに、心から感謝している。
参考文献 マハーヤーナ
真理の芽
#136/999 資料室
★タイトル (MQM47158) 92/ 2/ 8 18:32 ( 47)
オウム真理教 アストラル・ヨーガ、コーザル・ヨーガ、最終解脱 ウ
★内容
◎ステージ5――アストラル・ヨーガ(アラハット・ヨーガ)
報身のヨーガともいう。純粋アストラル世界(上位形状界)で活動する「報
身」といわれる身体に自由に意識を移し変えることができる。アストラル・レ
ベルでカルマを消滅させることができるので、この段階まで来ると「魂の救済
意欲」以外にはまったく執着がなくなる。オウムでは、この状態以上に達した
者はまだ尊師お一人しかいません。このステージでは、この世だけではなく、
形状界の魂も救済の対象となります。
◎ステップ6――コーザル・ヨーガ(本性身のヨーガ)
いわゆる真解脱の状態。純粋コーザルの世界で活動する意識だけでできた身
体、「本性身」に到達し、コーザル・レベルでデータの入れ替えが行なわれる。
すなわち、このヨーガの完成が再生される因を全く持たない最終解脱の状態で
ある。ちなみに、コーザル世界まで到達するには最低三時間以上のサマディが
必要とされている。低位のニルヴァーナ(ねはん)に存在する魂も救済するこ
とができます。
◎ステップ7--最終解脱(サティアン・ヨーガ)
コーザルヨーガを完成した状態。認知経験滅尽の状態。供養値魂・最上正覚
者・智徳成就者・最上善逝・世間解・無上士・丈夫調御者・天人師・覚者・世
尊という十号の完成の境地。
参考文献 マハーヤーナ・スートラ 麻原彰晃 著
仏教真理・八正道 麻原彰晃 著
タターガタ・アビダンマ 麻原彰晃 著
絶対の真理 麻原彰晃 著
マハーヤーナ 麻原彰晃 監修
麻原彰晃のザ・サマディ 麻原彰晃 監修
オウム出版
最終更新:2016年05月28日 19:48