全幅 | 12.0m |
全長 | 9.05m |
全高 | 3.53m |
翼面積 | 22.4㎡ |
自重 | 1754kg |
正規全備重量 | 2421kg |
翼面荷重 | 107.89kg/㎡ |
発動機 | 栄一二型(離昇940馬力) |
最高速度 | 533.4km/h(高度4700m) |
上昇力 | 6000mまで7分27秒 |
降下制限速度 | 629.7 km/h |
航続距離 | 巡航3,472 km(増槽あり)/巡航2,222 km(正規) 全速30分+2,530 km(増槽あり)/全速30分+1,433 km(正規 |
武装 | 翼内20㎜機銃2挺(携行弾数各60発) 機首7.7mm機銃2挺(携行弾数各700発) |
爆装 | 30kg又は60kg爆弾2発 |
試作機完成 | 1940年7月 |
関連項目 |
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兵器|太陽神の使い|加賀|赤城 |
*1 後知恵ではあるが、この数値は初期ジェット戦闘機の制限速度に匹敵するものであり、プロペラ機に想定する速度としては過剰な性能である事が分かる
*2 後の調査で無関係であることが判明し、二二型では補助翼のバランスタブが復活している。三二型や五二型では主翼の短縮によって同様の効果を得ている
*3 二一型や三二型という型式は昭和17年に命名基準が変更された以降のもので、それまで二一型は「零式一号艦上戦闘機二型」であり、開発中だった三ニ型は「仮称零式二号艦上戦闘機」と呼ばれていた
*4 三二型や二二型は苦戦続きの基地航空隊に優先配備され、艦隊には南太平洋海戦時に三二型が配備されたものの、その後は二一型が配備された。五二型も当初は生産される端から基地航空隊に配備され、艦隊に配備されたのは中島飛行機でのライセンス生産が開始された昭和18年末以降の事である。つまり昭和19年6月のマリアナ沖海戦の時点で、艦隊では五二型は配備間もない新型機という位置付けになる
*5 14気筒の栄の18気筒版である新型エンジンの誉はこの時点では順調に開発が進んでいた事から、栄の生産ラインを誉に切り替える計画が立てられていた。もう一つの零戦のエンジン候補だった金星も、構造上の問題でこれ以上の性能向上は難しかった。それならば栄と同様に金星を18気筒化した新型エンジン(後のハ四三)を開発した方が良いとの判断から、栄も金星も性能向上より安定生産が優先される事になった
*6 五四型試作機のスペックを見れば分かる様に、零戦に金星を搭載すると雷電より幾らか運動性は良いが速度は少し遅く、航続距離は大差ない機体になってしまう。それならば既に試作機が完成している雷電の実用化に集中したほうが良く、開発チームへの負担も少ない、というこの時の日本海軍の判断は現在の視点から見ても合理的であり、批判する事は難しい。また、金星搭載型零戦の開発開始から生産開始までには、約1年もの時間がかかると予想されていた事も金星換装の不採用の理由になっている
*7 これを日本の奢り、怠慢と取る向きがあるが、エンジン出力上の同クラス機であるBf109や『スピットファイア』と比べても機体は一回り大きく、異母弟とも言える陸軍キ-43 一式戦闘機『隼』とともに無茶な改修や運用をよく吸収している方である。まぁ、実際に戦争やりながら「血の入れ替え」ができるような無体な国を相手にした結果、としか言いようがないが、その米軍新型機にしても「3つのNever」は終戦までゼロとオスカーを対処する上での鉄則であり、中高度で出くわしたらB-29でも死を覚悟させられる存在であった。
*8 この改修のために、三菱で開発中だった新型局地戦闘機「閃電」の開発を中止し、それで手の空いた開発チームを主翼の改修作業に投入するという荒技が用いられている
*9 審査はトラブルが治まった後に再開され、終戦までに数機生産するところまでこぎ着けている。陸軍は生産工場が異なるため海軍の様な混乱が起きず、陸軍版の栄三一型であるハ115-Ⅱを搭載した一式戦闘機三型を昭和19年に戦力化している
*10 栄三一型は栄二一型に水メタノール噴射装置を追加することで馬力向上を図ったものだが、その水メタノール噴射装置を省略したもの