きゅうまるしきくうたいくうゆうどうだん
全長 |
3,019mm |
全幅 |
587mm |
直径 |
127mm |
重量 |
90.7kg |
動力 |
固体燃料ロケットモーター |
近接信管 |
アクティブ・レーザー |
誘導 |
二波長光波(赤外線・紫外線) |
性能
概要
90式空対空誘導弾は防衛省技術研究本部と三菱重工により開発された国産初の実用型赤外線誘導短距離空対空ミサイルである。
AIM-9Lサイドワインダーの後継として1986年から開発に着手し、1990年に採用された。
開発までの経緯
日本における空対空ミサイル開発の歴史は意外に古い。
当時の航空自衛隊の主力空対空ミサイルであるAIM-9Bサイドワインダーの生産打ち切りの可能性がアメリカから伝わったことから、代替品として1961年から開発が開始された。
初めて開発した空対空ミサイルということもあり、外見も性能もお手本になったAIM-9Bとほとんど同じで、事実上のコピーとする評価もある。
1967年から実用試験に移り、1969年に「69式空対空誘導弾」として採用されたが、AIM-9Bの生産が継続されたため300発ほど生産されただけに終わった。
因みに、技術研究本部と三菱重工による開発である。
1966年、航空自衛隊はF-86F後継の次期戦闘機としてF-4EJを選定したが、当時のアメリカ空軍主力SRAAMであるAIM-4Dファルコンの輸出が許可されなかったため、代替として1970年から開発された。
XAAM-2は外形こそAIM-4Dに似ているが、「弾頭が過小(3.4㎏)」「近接信管なし」「射程が短い」「運動性が低い」「シーカー冷却に時間がかかる(6~7秒)」というAIM-4Dの欠点を弾頭の大型化、近接信管の追加、高性能赤外線シーカーと高性能ロケットモーターの採用等により解決するだけでなく、限定的ながら側面や真正面を向けた敵機に対して攻撃できる「全方位攻撃能力」も有しており、国産の自衛隊装備によく見られる「姿がちょっと似ているだけの完全な別物」の嚆矢と言える。
因みに、全方位攻撃能力はやや遅れてアメリカ空・海軍が共同で開発し、1982年のフォークランド紛争で86%もの命中率を記録したAIM-9Lサイドワインダーが初めて獲得したもので、AIM-4シリーズには装備されなかった能力である。
1972年から実射試験や実用化試験に移行したが、ベトナム戦争終結とAIM-9への切り替えによって余剰になったAIM-4Dが格安で輸入可能になったため、性能では優れていても価格では対抗できないXAAM-2は1975年に開発中止となった。
こちらも、技術研究本部と三菱重工による開発である。
その後、日本におけるミサイル開発は1973年に開発が始まったASM-1、その派生型のSSM-1等の対艦ミサイルやSAM-1等の地対空ミサイルに中心が移され、SRAAMはAIM-9Pの輸入、そしてAIM-9Lのライセンス生産(約4,500発調達)が長く続く。
高価にはなってしまったものの、一部とは言えアメリカ製を凌ぐ性能を持つSRAAMを開発できたことは事実であり、XAAM-2の不採用決定後も次期SRAAMの研究は続けられる。
二度に渡って「アメリカの事情による供給の不安定化」と「高価格を理由とした少数生産や不採用」を経験したことは大きな教訓となったようで、以後主力ミサイルの国産化もしくはライセンス生産化、そしてファミリー化や民生技術の導入等による低価格化への努力が注がれることになる。
特徴
AAM-3の最大の特徴は、通常の赤外線に加えて紫外線を組み合わせた二波長光波誘導を採用したことで、フレア等による妨害に強くなっている。
更にシーカーの首振り角をAIM-9Lより大きくしており、AIM-9Lと同様の全方位交戦能力に加えて、高いオフボアサイト能力を有している。
また切り裂きの大きい前翼と電動式アクチュエータの組み合わせにより、高い機動性を発揮する事ができる。
弾頭も15kgとAIM-9Lの9.4kgより大型で、AIM-9Lと同様のアクティブ・レーザー式の近接信管に指向性弾頭を組み合わせることで、より遠距離に位置する敵機に弾片と爆風の大半を向けることが可能になっている。
開発経費の削減に努めたものの、調達価格がAIM-9Lの2倍近い1発あたり約1,850万円になってしまった。
しかしACM訓練時に技量の劣る側がAAM-3を、勝る側がハンディキャップとしてAIM-9Lを装備する、という運用がなされるほどの性能差があったようである。
AAM-3は2,000発近く調達され、現在でも航空自衛隊が保有するPre-MSIP型のF-15Jや
F-15J改、
F-2で運用されているが、既に生産は後継の
04式空対空誘導弾に切り替わっている。
作中での活躍
はっきり明記されているのは、
ギム空爆時の
F-15J改によるワイバーン攻撃時と、
デュロ空爆時に航空優勢確立のために出撃した16機のF-2による哨戒飛行中の第11竜騎士団第1飛行隊の
ワイバーンロードへの攻撃時である。
なお、ロウリア戦前に
クワ・トイネ公国の協力を得て、「
ワイバーンには反応するが導力火炎弾には反応しない」様に誘導シーカーが調整されている。
コミカライズ版ではロウリア戦から明確に使用されているのが確認でき、書籍版でAAM-4を使用していた場面が、AAM-3に置き換わっている。
随時加筆願います。
※既存の[[コメント]]に返信する場合、返信したい[[コメント]]の左側にチェックを入れて下さい。
過去のコメント
ここを編集
〔最終更新日:2023年09月18日〕
最終更新:2023年09月18日 18:26