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C-8

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Cグループ第八話『信心』


今回予告

―H274年9月。コガネでの激闘から1年以上が経過していた。ハーテン教の乱はほぼ収束し、ヨハンたちもつかの間の平和を味わっていた。しかし、ゲイムに洗脳されていたマリアンナが目を覚ましたことで、その平和は終わりを告げる。彼女によれば、ヨハンの中に『魔王』ルーファスの人格が居座っているというのだ。このまま数年もすればヨハンの体の中にいる『魔王』は、ヨハンの体を乗っ取るだろう。それを防ぐためには、今は封印されている『魔王』本人を倒すしかない。マリアンナからそう知らされたヨハンは、彼女と共に『魔王』が封印されているウノーヴァ行きを決意する。そして、ヨハンを助けるべくサラサたちも同行を申し出るのであった。
しかし、『魔王』は強い。そこでヨハンたちは『魔王』を封印するのに用いたとされる”退魔の杖”を探し求めることにした。目的地は、ウノーヴァ奥地にある「夢の跡地」。そして、そこに到着したヨハンたちを待ち受けていたのは妖魔の女性と、彼女を襲う謎の大蛇であった。―

登場人物

※年齢は274年時点のものです

PC


これまでに登場したPCの関係者

ヨハンの錬金術の師匠。ヨハンの魔術の師匠でもある。得意分野は格闘技。
ヨハンと共に、周囲の人間に魔術師の姿を誤解させている元凶。
ゲイムに洗脳され、ヨハンたちと死闘を演じていた。洗脳が解けた現在は、ヨハンたちと共にウノーヴァに向かう。
洗脳が解けた後一年間に渡り眠っていたために体の衰えが激しく、現在はヨハンが作った車椅子に乗って行動している。

サラサの父。それなりに名の知れた剣豪。
刀の稽古をしていたサラサに教えることはないと言い残し、数年前に旅立つ。その後、理由は不明だがウノーヴァに行こうとしていた。
どうやら、ウノーヴァには行けたようだが……?

アサギの太守。セルモの上司であり、元部下であるサラサとの親交も深い。
太守であるがゆえにヨハンたちのウノーヴァ行きに加わることができず、残念がっていた。
せめてもの代わりにと資金援助を申し出る。

ハツデンショの研究員で、グレンとは大学時代からの友人。ヨハンの数少ない理解者でもある。
グレンやヨハンがウノーヴァに行くことに対し複雑な思いを持っているが、行かなければいけないことは理解している。
旅立つグレンに特製の魔道銃を渡した。

  • コクサイ(ヒューリン(ハーフフィルボル)、女性、27歳)
緑髪を二つに結んだ女性。サラサの姉弟子。
ウノーヴァに向かうサラサに道場のことを頼まれる。
真面目ではあるが陽気でちょっと抜けたところがあり、今回はそれが災いしてしまう。

マックスの友人。威勢のいい喋り方とドレッドモヒカンが特徴。
幾多もの戦いの末に、セルモとの間に運命の赤い糸が結ばれていると勘違いしてしまった。
セルモに対し、素早く動ける技術を伝えるための修行を行おうとしていたが……

  • キャサリン(ヒューリン(ハーフネヴァーフ)、女性、20代前半)
帆船『プリンシプル』の船員。副船長のような存在であり、リアノ不在時には他の船員をまとめている。
口と同時に手が出るタイプで、よくヨキが被害にあっている。
その船員としての腕を買われてウノーヴァ行きに同行する。

  • ヨキ(エルダナーン、男性、30歳前後)
コウテツ島でリアノと行動を共にした後、帆船『プリンシプル』の船員となった男性。
弱気で悲鳴ばかり上げており、その度にキャサリンに怒られている。
ウノーヴァ行きを嫌がっていたはずが、その場のノリでウノーヴァへと同行することになる。

コウテツ島でマックスと行動を共にしていた少年。その後はイングラム・ウェールズの両名と共にコトブキに移住し、アキにとり立てられている。
ハーテン教の反乱がほとんど収束したのを見届けた後、コウテツ島で共に戦った面々との交流を図る。

キマイラベムスターによって多くが破壊されてしまった街、ポケトピアの太守。逃げ足は誰よりも早い。
一時期部下であったサラサに個人的な頼みを良く持ってくるが、意外とまともな頼みしかないためサラサは毎回引き受けているらしい。
「自称」親切な人として道に迷っていたケニーをサラサのもとに送り届けた。

  • ジョー(ヒューリン、男性、28歳)
コトブキ太守で王女でもあるアキ=ロンの護衛。大陸でも有数の実力者。
めったなことではアキのもとから離れないと言われている。

  • ヨーコ(ヒューリン、女性、20代)
アキの部下。ジョーと共にマミの見送りとしてトバリにやってくる。

新しく登場したPCの関係者

トバリの漁師であるトニーの息子。
正義感と責任感が強く、一度決めたことは何としてでもやり遂げようと言う心意気の持ち主。

  • トニー(ヒューリン、男性、40歳)
トバリの漁師。ケニーの父親。ケニーいわく、世界一の漁師。

  • アイリーン(ヒューリン、女性、18歳)
最近『プリンシプル』の船員となった女性。
優秀な航海士らしく、共にウノーヴァへと行くことになる。

  • マミ・ブリジット(ヒューリン、女性、19歳)
アキに仕えるからくり士。アキの命を受け、エミリーと共にウノーヴァで活動している。
その知識を見込まれ、ヨハンたちの旅に同行することになる。

  • アチャモード(からくり)
どこかで見たような赤いひよこ型のからくり。タマゴを産んだりクルックーと鳴いたりする。
でもひよこ型。ワカシャモードという謎の形態があるらしい。

  • イグナティウス・ロヨラ(ギルマン、男性、20歳)
通称イギー。エミリーたちと共に行動するギルマン三銃士の一人。どこかのゴリラに食材と間違えられていた。三銃士の中では一番の常識人。

  • フランシスコ・ザビエル(ギルマン、男性、17歳)
通称ザビー。エミリーたちと共に行動するギルマン三銃士の一人。どこかのゴリラに涎を垂らされていた。三銃士の中では一番若い。

  • カルロス(ギルマン、男性、18歳)
エミリーたちと共に行動するギルマン三銃士の一人。若い女の子が好きで下着あさりが得意。どこかのゴリラも引いていた。三銃士の中では一番残念。

  • エミリー(ヒューリン(ハーフエルダナーン)、女性、20歳前後)
本名はエミリエンヌ。自称ノームコプ1の召喚士。動物の王の一柱をファミリアにしている。
ギルマンとの交友関係を築くべきだとアキに進言し、アキの許可を得てギルマンとヒューリンの架け橋になるべくウノーヴァで活動する。

  • サトザキ(カラス、雌)
エミリーとマミの連絡係として活躍するカラス。

ティロンの双子の姉。生贄として大蛇に襲われていたところ、偶然ヨハンたちに出会う。
誰も大蛇には勝てないと希望を捨てていた。

フェンネルの双子の弟。ストリーアトンの町長。幼馴染のアマニタがサンダーバニーになって変わってしまったことに疑問を感じていた。
ヨハンたちの実力を知り、ある依頼を申し入れる。

  • 謎の女性(ヒューリン、女性、20代)
いつの時代の人物かもわからない女性。白い部屋に一つの杖を封印した。
実はヨハンと繋がりがあるらしいが……


『魔王』ルーファスの関係者

今から800年ほど昔にウノーヴァを支配していた魔王。
封印された際に、その力の一部をヨハンの祖先に移していた。
唯一自らを滅ぼすすべを持つヨハンの精神を乗っ取ろうとしている。

『魔王』ルーファスの復活を目論む魔族。
人を洗脳する力を持ち、マリアンナやコクサイなど幾人もの人物を操ってきた。
ノームコプにいた駒を使い切ってしまったため、ウノーヴァでヨハンたちを待ち受ける。

  • サンダーバニー(フォモール、女性、25歳)
ストリーアトンの巫女。世襲制であり、現在のサンダーバニーはアマニタと言う女性。
街の近くにある「夢の跡地」に住む「大いなる災厄」と対話できる唯一の人物。
ノームコプからやってくる人間が「災厄」を解放するとの予言を行い、警戒していた。

セッション内容

暗闇の中、一人の男が瞑想するかの様に足を組んで座っていた。禿げ上がった頭と刻まれたいくつもの皺は彼が老人であることを物語っている。
やがて、老人はつむっていた目をゆっくりと開き、呟く。儂の思い通りにはいかんな、と。老人は敗北していた。
遠く離れた都市で、彼の身代わりともいえる洗脳体は破壊され、右腕ともいえた仮面の女も失われた。これでもう、この老人は自らの住むウノーヴァから遠く離れた場所―すなわちノームコプ―の情報を集める手段を失ってしまったのである。
だが、老人、すなわちゲイムの顔には余裕があった。ゲイムには確信があったからである。ゲイムの望みである『魔王』ルーファスの復活が果たされるという確信が。ルーファスは、彼の洗脳体を破壊し、仮面の女を倒したヨハンの中で覚醒しつつある。後数年もすれば、何もしないでもルーファスは戻ってくるだろう。
唯一の懸念事項があるとすれば仮面の女であったマリアンナだ。彼女はもともとヨハンの師匠であり、ヨハンの正体について調べていた。彼女が目を覚ませば、ヨハンにその事実を告げるだろう。ヨハンの中にいるルーファスが覚醒しつつあるということを。そして、それを防ぐためにはルーファスを完全に滅ぼす必要があると言うことを。
ルーファスの体はウノーヴァに残されている。常人であればたどり着くことはないだろうが、ヨハンとその仲間はゲイムの洗脳体を倒し、仮面の女も倒すほどの腕前だ。来る可能性も、大いにあるだろう。
 だが、とゲイムは続ける。それは同時にゲイムにとっての好機でもあった。何しろ、ウノーヴァのいたるところに、彼が洗脳した人々がいるのだ。このうちの誰か一人でもヨハンの姿を見ることが出来れば、再び監視するのは容易だろう。
 後は策を張り巡らせ、ルーファス様が覚醒するまで逃げ切るだけだ。そこまでゲイムは呟くと、暗闇の中で高笑いした。

飾り気がほとんどない、真っ白の部屋。その部屋の中に、一人の女性が入ってきた。軽い鎧を身に付け、その右手には大きな緑の宝玉がはめ込まれた杖を持っている。女性は部屋の中央まで歩いていくと、右手の杖をまるで友人との別れを惜しむかのように見つめた。そして視線を外すと、何やら念じる。女性が目を開けると、そこには、その杖にあった大きさの台座が用意されていた。
 女性はそこに杖をはめ込むと、もう一度、別れを惜しむかのように杖を見つめていた。と、ここで思いついたかのように何やら手で呪文を刻むと、その杖に向けた。その作業が終わると満足した表情で踵を返し、その部屋から出ていった。扉が閉じる音がし、部屋の中には杖だけが残されることなった。

H274年7月。ハーテン教の反乱は収束したものの、まだマリアンナが目覚めていないころ。
サラサはいつものようにアサギの道場で弟子たちに稽古をつけていた。シノノメ流を標榜するこの道場は、以前と比べると大幅に人が増えている。サラサがポケトピアやコガネで大活躍したことと、無関係ではないだろう。サラサは今や、ノームコプでも有名な剣豪の一人になっていた。
そしてそれは同時に、サラサに挑戦したいと考える人々が、サラサのもとを訪れるようになったと言うことでもある。彼ら道場破りと呼ばれる人々は、礼儀正しいものもいるが、多くが無礼な態度であることが多い。道場の入り口を蹴り破るのも、日常茶飯事だ。そして、今日もまた道場の入り口は蹴り破られた。
 蹴り破った人物は、一見すると剣術など習っていなさそうな、痩身の青年であった。違うことと言えば、右手に厳めしい籠手を着けていることくらいであろう。痩身の青年は、壊れた入り口には目をくれることなく、近くにいた女性に尋ねた。
サラサはどこだ。
 その青年の無礼を、その女性は咎める。彼女は、サラサの弟子の一人であり、それなりの実力を持った人物だ。だが、青年はそんな弟子には興味がないようであり、サラサはどこだ、と再び尋ねる。
そんな青年の無礼に痺れを切らしたサラサの弟子は、青年に木刀で切りかっていった。だが、青年が何気なく手を挙げたかと思うと、直後にその弟子は壁に叩きつけられていた。青年の魔術が炸裂したのだ。

と、そこにサラサが駈けつけてきた。別の弟子に、道場破りが来たと聞かされたためである。駆けつけたサラサは、青年の顔を一目見るや、深くため息をついた。
 ヨハン、相変わらず無礼ね。
そんなサラサに対し、ヨハンは倒れた弟子を指さし告げる。
 鍛錬がなってないんじゃないか。サラサ。
そんな二人の様子を見ながら、弟子が詫びる。
サラサ様すみません。でも、サラサ様ならきっとこの無礼な輩を成敗してくださいますよね。
サラサはどうにかすると言いたげにと頷くと、叩きつけられた弟子の様子を見る。ヨハンが加減したようであり、どこも怪我してはいない。それを確認すると、サラサは弟子の肩を叩いた。
お疲れ様。でも、この男程度の攻撃もかわせないようじゃ、鍛錬不足ね。今すぐ修行しなさい。

弟子に鬼のような鍛錬内容を告げると、青い顔を浮かべる弟子を余所にサラサはヨハンの方に向き直った。最近のヨハンはマリアンナにかかりきりであり、よほどのことでもない限りサラサのもとを訪れることがなかったからだ。
サラサは要件を再度確認すると、ヨハンはそれに答える代わりに、ついて来いと歩き出すのであった。サラサがその後をついて行くと道場の裏手へとやってきた。どうやら、人に聞かれたくないことがあったらしい。
だが、そこに到着してからのヨハンは、どう切り出すべきか迷っているようだった。そんなヨハンに対し、サラサは要件を早く告げるように急かす。サラサは、気が長い人間ではないのだ。
ヨハンは、そんなサラサの様子に覚悟を決めたのか、サラサの瞳を見つめ、告げる。お前の技が欲しい。
その言葉に、戸惑ったのはサラサだ。何しろ、二人の力はかみ合わない。鉄壁の装甲に魔術を操るヨハンと、装甲を捨て速さに特化し、剣術を得意とするサラサである。
そんなサラサの戸惑いを感じたのか、ヨハンは続ける。お前のあの、怒りを力へと変える技だ。あれはおれでも活かせる。
なるほど、とサラサは頷いた。だが、それを習得するには、一筋縄じゃいかないぞ。おまけに一歩間違えば死ぬ、危険な技術だ
ヨハンも頷く。それくらいは分かっている。さが、いまさら惜しむ命などない。だからさっさと教えろ。
 こうして、二人の特訓が始まった。途中、業を煮やしたサラサの一撃にでヨハンが道場の花壇に埋まったりもしたが、無事ヨハンはサラサの技術を体得するに至ったのである。

なお後日、その技術はおれも出来るんだけど、なんで頼ってくれなかったんだよー、とマックスがヨハンに訴えたり、そこでヨハンがマックスから新たな技術を得たり、その祝いにとマックスから譲られた魔道銃をヨハンがそのままダストシュートしたりもしたが、そのあたりは特筆しない。

ヨハンとの修行が一段落した翌日、サラサがまた弟子たちに稽古をつけていると来客があった。今度の来客は、ドアを破壊することもない普通の来客のようだ。誰が来たのかサラサが尋ねると、弟子のひとりが答えた。ポケトピア太守、スッグニー・ゲル様です。

スッグニー・ゲルはポケトピアの一件以降、何かあるとすぐにサラサのことを頼るようになっていた。これまでも何度か、兵士の鍛錬に出向いたり街の復興を手伝ったりしている。また何か、頼み事でもあるのだろうかと思いながらサラサは入口へと向かった。

スッグニーは一人の少年を連れていた。木刀を腰に下げたヒューリンの少年である。
スッグニーはアウリルであるし、そもそも独身なので彼の子ではないだろう。では、何者なのか。
サラサが訝しんでいると、それを察したのかスッグニーが答える。
この少年は、お主の父親に世話になったお礼がしたいとわざわざトバリの方から来たらしくてな。道に迷っていたので、私が親切に道案内してあげたんだよ。私、親切だし。
最後の一言に引っ掛かるものはあったが、なるほどとサラサは頷いた。そんな遠くからとはわざわざ丁寧に。
スッグニーは少年の方を向いた。
あの方がスオウさんの娘、サラサさんだよ。
少年はサラサと告げられた瞬間だけ、顔をこわばらせた。だが、隣にいるスッグニーは全く気付かず、能天気に話を続けている。スッグニーの話が終わると、少年は意を決したような表情で、話し始めた。
これが、お礼です。サラサさんのお父さんにはお世話になりました。
と、懐から小包を取り出し、一歩一歩、サラサに近寄ってくる。サラサはそんな少年の様子に引っ掛かるものを感じながらもひとまず小包を受け取ろうと、少し屈んだ。と、その時。

隙あり!
と言う声と同時に少年が小包を落とし、サラサに木刀で切りかかってきた。だが、その一撃はこれまで幾多もの視線を掻い潜ってきたサラサにとって、あまりにもあからさまであった。
サラサ少年の手をつかんで木刀の動きを止める。少年はサラサの力によって身動きが取れなくなってしまったが、封じられていない口で叫び続けた。
お前もお前の父さんも死んじまえ、そして何より僕の父さんを返せよバカヤロー。
その言葉にサラサとスッグニーは顔を見合わせ、ひとまず少年の話を聞くことにした。
少年、ケニーは当初暴れていたが、サラサの困惑とした表情に何かを感じたのか、やがて話し始めた。

先月、スオウ・シノノメと名乗る人物がケニーの父で漁師のトニーのもとを訪れ、沖で釣りがしたいと申し出たことが始まりだったらしい。トニーは了承すると、翌日、スオウを連れて漁に出ることにした。そして、それ以来帰ってきていない。おまけに、周りの漁師たちが、以下のようなことをケニーの母に告げているのを、ケニーは聞いていた。
それによると、トニーのものと思しき船がトバリの北、ウノーヴァを目指し進んでいたのだという。おまけに、別の漁師はトニーが剣を突き付けられ脅されながら進んでいたことや、それを止めに行った船の船員が怪我を負ったと言っていた。
ケニーはその後、ウノーヴァに行きたいと言う男がトバリの街にやってきていたことも知り、これらのことを合わせてスオウがウノーヴァに行くために無理やり父を利用したと考えた。そして、スオウが開いたシノノメ流の道場であれば、そのことを知っていると考え、父親を返してもらうために家をこっそり抜け出しこのアサギへとやってきたのである。

そんなまさか、父が。との思いがサラサにはあった。何しろ、父は正義感は人一倍強かった。曲がったことは許せず、まして赤の他人を引き連れてウノーヴァへ向かうなどと言ったことは決してしそうにない。念のため、サラサはケニーにその人物の特徴を聞いた。
髪とひげが一体化しているような顔と、筋骨隆々とした体。ケニーが告げたその特徴は、父スオウによく似ていた。しかし、そのような人物は探せばいくらでもいるだろう。そう考えたサラサはサラサはその人物が父スオウであるかどうか、ひとまず結論を保留することにした。

僕は最初、ここに来れば何でも分かると思っていた。でも、あなたはそんなことを知らなさそうだから、それはきっとスオウが一人でやったことなんだ。だから、僕は一人でウノーヴァに行く。
ケニーはそう決意していた。その言葉に慌てたのは、スッグニーであった。ケニーの実力ではウノーヴァで生きるは難しい、だが、この少年の行動力―父親の情報を求めて家を抜け出し、一人アサギへと向かう―であれば、本当にウノーヴァについてしまうかもしれない。そこで、スッグニーはサラサに一つの提案を申し出る。
サラサ、儂の今日の願いなんだけど、実はこの少年に関することなんだよ。この少年、意識は高いが腕はまだまだの様子。だから、お主がこの少年を鍛えてやってくれないか。
えっと、言う顔をした少年に、スッグニーは告げる。
この女の人は、こう見えて何度もノームコプを救ってきたんだ。でも、この人でもまだウノーヴァに行ったことはない。少なくとも、この女の人に勝てないようじゃあ、まだウノーヴァにはいけないよ。
少年は反論しようとしたが、先ほどサラサにあっさり敗北したことを思い出したのか、口をつぐんだ。
スッグニーは改めてサラサに向き直ると、先ほどの頼みを繰り返した。この少年を、鍛えてやってくれないか。
その背後に隠されたスッグニーのケニーに対する親切心を理解したサラサは、頷いた。
こうして、シノノメ流の道場に一人の少年、ケニーが住み着くこととなった。

ヨハンがある日道場へと向かうと、ケニーが熱心に稽古をしていた。ケニーの噂は、マリアンナの看病をしていたヨハンの耳にも入ってきたのである。ケニーは父を取り戻そうと一生懸命修行をしている。ヨハンの両親は既に亡くなっていることもあり、そんな少年の姿に色々感じ入ることはあった。ケニーを強くしてやりたい、とヨハンは感じていた。しかし、ヨハンの性格から、それを素直に表現することはなかった。
そんなんじゃ、誰にも勝てないぜ。
ヨハンはケニーの鍛錬を見ながらそう告げる。ケニーはその挑発にあっさりと乗り、ヨハンに打ちかかっていった。しかし、ヨハンはケニーが近づく前に魔法でケニーを攻撃してきた。
卑怯だぞ。
と、怒るケニーに対し、ヨハンはもう一度挑発する。再度の一撃を右手の籠手で受け止めると、またしても魔法でケニーを吹き飛ばした。
やれやれ、おれに鎧くらい使わせてくれよな。
その後も、攻撃してくるケニーをヨハンはすべていなし、魔法ではじく。そうこうするうちに、サラサが二人の前にやってきた。サラサはヨハンのやっていることが何であるか、すぐに理解していた。
稽古付けてくれているのね、ありがとう。
そんなサラサに対し、ヨハンはそっぽを向いて答える。
おれはこいつが面白いから、相手をしてやっているだけだ。

そんなヨハンに、ケニーは打ちかかりながら、サラサに文句を言っていた。
師匠、こいつむかつくんだよ。
そんなケニーの肩に手をやり、サラサは告げる。
むかつくのは分かるけど、あの程度の攻撃をかわせないようじゃあ、まだまだ鍛錬不足ね
そして、ケニーは鬼のような鍛錬を言い渡されるのであった。

なお、その後ふとしたことからサラサの怒りを買ったヨハンが道場の花壇に突き刺さっていたようだが、詳細は不明である。


H274年6月。ケニーがサラサのもとで修業を始めるようになるひと月前。リアノは帆船『プリンシプル』と共に、シンオウ北東部の街、トバリにやってきていた。リアノの目的は、交易である。そして、リアノがいつものように商談をまとめていると、リアノを呼ぶ声が聞こえてきた。最近船員に加わったヒューリンの女性、アイリーンだ。
アイリーンの声は緊迫に満ちていた。何事かとリアノが反応すると、アイリーンは、キャサリンとヨキが、謎の男と戦闘中であることを告げた。
慌ててリアノが船へと戻ると、戦いはすでに終結していた。キャサリンとヨキの二人は甲板に寝かしつけられていた。二人の衣服にはおびただしい血がついているが、どうやら死ぬほどのものではないようだ。
 痛みに叫ぶヨキに、キャサリンが怒鳴る。
お前は転んで鼻血を出しただけだろう。
その一言で、何かを察したリアノは、ヨキをその場に寝かしつけたまま、キャサリンだけ手当をするよう告げた。そして、その過程でキャサリンから事情を聴き出す。
キャサリンによれば、ヨキが近くの船の中で剣を突き付けられ脅されている男を発見したことが始まりだったらしい。周りの船の反応から、脅されている男がただの漁師であることを知ったキャサリンは、ヨキと共に男を助けに向かうことにした。だが、男は想像以上に強く、キャサリンはあっさりと切り捨てられてしまう。それをヨキが助け出したものの、ヨキは逃げる途中でこけて怪我をしたとのことであった。
どんな男だった、と尋ねるリアノに、キャサリンが答える。昨日、酒場で声をかけてきた男にそっくりでした。

昨日、リアノはキャサリンと共に酒場にいた。そこに、一人のフードを被った男が現れた。筋骨隆々な体を持ち、そのフード見える髪の毛はひげと繋がって一体化している男性だ。男は、サラサたちのもとへ一直線にやってきた。
頼みがある。
男が告げる。リアノはその男の声が誰かに似ているような気がしたが、思い出せなかった。リアノが黙っていると、その沈黙を肯定と受け止めたのか、男が続ける。
おれをウノーヴァへと連れて行ってくれ。
ウノーヴァ、このノームコプのはるか北に存在する、妖魔や魔族が巣食う地。危険だと、このノームコプに住む人々ならだれもが教わっている。いくらリアノでも、ウノーヴァまで行こうとは考えていなかった。そこで、断りの返事を送る。
キャサリンも続けて答える。船が持たないと、実際、通商をメインにしているリアノの船は、定期的に街による必要があった。長距離の航海を行うためには、数か月の改良が必要だろう。
おまけに、とキャサリンが続ける。ノームコプとウノーヴァのあいだには大海獣が住んでいる。生半可な実力で行こうとしても、海の藻屑になるだけだろう、と。
男はその返事を聞くと、呟く。
その程度の海獣には負けんが、船が持たないなら仕方ない。他をあたるとするか。
リアノはその男の身振りや気配などから、男は相当な実力があることは感じていた。確かに、この男であれば海獣も苦にはならないかもしれない。
そして、男は去っていった。

キャサリンによれば、その男こそが彼女に重傷を負わせたらしい。そして、おそらくはその船でウノーヴァへと向かったのだろう。
リアノは先ほどの男が、誰なのか気になった。声は聞き覚えがある。そして、リアノの調査により、その男と、連れ去られた人物の名前は判明した。連れ去られたのは、近くの漁師、トニー。連れ去ったのは、スオウ・シノノメ。
この事実が本当であれば、サラサの父であった。


H273年、12月。リアノがスオウと思しき人物に出会う半年ほど前。マックスと相棒のゴリラ―デストラクション―は考えていた。マックスとデストラクションの体内にあるエネルギーを利用し、相手に大きな打撃を与える技術、これをもっとうまく生かせないか、と言うことについてだ。何しろ、マックスはその力を利用することで、サラサに負けるとも劣らない力を得ている。一方で、この力は反動も大きく、一つの戦闘で使えるのは二回が限界であった。これを何度も使えれば、もっとおれたちは弾けられる。マックスとデストラクションはそう考えていた。しかし、幾ら修行しても二回から回数が増えない。
悩む二人の前に、救世主が現れた。いや、その救世主は落ち込んでいた。特徴的なドレッドヘアにアルパカフェイス。ティボルトだ。ティボルトは、三日後に月が降って来ると言わんばかりに絶望に満ちた表情で、二人の前にやってきていた。
いくら陽気なマックスもティボルトの顔を見ては、不安になってしまう。
どうした、ティボルト。
その言葉に、ティボルトは顔を上げると、マックスに対し絶望している理由を答えだした。

ティボルトは、三日前、ついに念願だった修行をセルモと行うことになった。ティボルトは、この念願の日のために、入念な計画を立てていた。その内容は、義理で聞いてあげていたゴリラを呆れさせるのに十分なものであった(マックスは「セルモ」と言う単語が出た時点で冷ややかな目を向けていた)。
ともあれ、ティボルトはセルモと修行を開始した。目的は、ティボルトの持っている素早く動く技術をセルモが修得するためである。ところが、開始早々、修行は終わりを告げる。セルモがすでに、素早く動けるようになっていたからであった。
こうして、修行は一時間にも満たず終了し、後に残されたティボルトには絶望だけが残ったのである。

ティボルトが悲しみに暮れる表情で語るのを絶対零度の視線で見つめていたマックスであったが、内容はともあれ友人のティボルトが悲しんでいるのは見ていられない。そこで、マックスは、ティボルトを励ますことにした。
なに、大丈夫だよ、またお前がセルモさんにない技術を手に入れれば、セルモさんも一緒に修行してくれるって。
その言葉に、ティボルトは力なく頷く。しかし、おれが持っている技術、後はセルモさんに関係ないものばかりなんだ。体内のエネルギーを利用して相手に打撃を与える手段を連発する方法なんか知っていても、役に立たないし。
ティボルトが何気なくはなったその一言は、まさにマックスが今求めているものであった。マックスはティボルトに飛びつかんばかりに迫っていった。
その方法、おれが知りたい。セルモさんの役に立たなくてもおれの役には立つんだ。

こうして、マックスはティボルトから体内のエネルギーを何度も打ち出す技術を体得していった。マックスが熱心に聴いていることもあって、当初こそ落ち込んでいた表情で教えていたティボルトであったが、少しずつ明るさを取り戻していく。
そして、二人の修行が終わるころには、いつものティボルトに戻っていた。
マックス、ありがとうな。おれはまたセルモさんの役に立つ技術を頑張って習得することにするよ。
修行が終わると、ティボルトはそう言い残して去っていった。マックスは、新しく手に入れたこの技術にわくわくしており、ティボルトの言葉の半分も聞いていなかったが、適当に返事をした。
セルモさんの身代わりになる技術辺りがお勧めだぞ。

数日後、ヨハンの前にティボルトが現れ、人をかばう技術についてを聞き出そうとしたり、それを受けたヨハンが修行と称してティボルトを彼方に飛ばしたりしたようだが、これも詳細は不明である。


H274年6月。マックスとグレンはシンオウ東部の町、コトブキにやってきていた。コトブキ太守でヒロズ国の王女、アキ・ロンに取り立てられているエスポワールに招待されてのことである。ハーテン教徒の反乱が一息ついたこともあり、みんなと久しぶりに会いたい、とエスポワールの書状には書かれていた。
そのため、当初マックスは皆を誘おうとしたが、マックスの周りで手が空いている人物はグレンしかいない。そこで、二人で行くことになったのである。待ち合わせ場所で待っていると、ほどなくしてエスポワールが現れた。
久しぶりに会ったエスポワールは、幾分明るくなっていた。ハーテン教徒に振り回された彼の人生は辛いことも多かったはずだが、彼はそれを乗り越えつつある。そう思わせる明るさだ。互いに近況報告をしながら、エスポワールの家へとたどり着く。エスポワールによると、イングラムやウェールズもエスポワールの家に住んでおり、今日はマックスたちの到着を待っているとのことであった。エスポワールが家のベルを鳴らすと、ほどなく誰かが近づいてくる足音が聞こえ、ドアが開く。
エスポワール、遅いギョ
そう言って顔を出したのは、一人の魚人、すなわちギルマンだった。

突然現れたギルマンに対し、グレンとマックスは驚きの表情を隠せなかった。特にマックスは敵なのかと考え、一瞬で弓を構える。が、エスポワールの反応や目の前のギルマンに敵意がないことを察し、弓をすぐ下した。
エスポワールの説明によればそのギルマンは、イギーと言う名前であり、他のギルマン二人と共にウノーヴァからアキのもとにやってきているようであった。
しかし、エスポワールにとってもイギーがいることは想定外だったようで、驚いた顔をしている。なんでここに、とのエスポワールの疑問に、奥の部屋にいたイングラムが答える。
おれが呼んだんだよ。マックスたちの反応が見たくて。
どういうことなのか、と訝しげるマックスたちの前に、一人の女性が現れた。ウェールズだ。ウェールズはマックスには目を向けることなく、真っ直ぐにグレンの方を見つめていた。その目はまるで、救世主を見つけたかのように潤み、全身から希望を発散している。
ああ、大天使様。お会いしたかったです。
グレンの目は一瞬虚空を彷徨った後、マックスの方を向いた。まるで助けを求めているかのような目であったが、マックスはそこまで気にも留めていなかった。久しぶりの再会である。嫌がることなど、何があるのだろうか。
一方、イングラムは奥の部屋で赤い髪の女性と別のギルマンと三人で会話しているようだった。どうやら、ギルマンが街で買い物をして騒ぎになってしまったようで、グレンたちのような熟練の旅人でさえギルマンを見たら驚くのだから、軽率な行動は慎んでほしいとのことをイングラムは他の二人に言っていた。
女性とギルマンはそれに対し、申し訳なさそうに謝っている。
イングラムは部屋に入ってきたマックスたちを見ると、不意にギルマンを向かわせたことを詫びる。マックスはそれに対し、気にするなと返す。
最初は驚いたけど、もう友達だしな。なあ、デストラクション。
そう言って出てきたゴリラは、目の前のギルマンを見ながら涎を垂らしていた。
食材じゃないギョ
と悲鳴を上げるギルマンたちにマックスが慌ててフォローを入れる。だが、そのことをどこまでデストラクションが理解したのか、不明である。
改めて全員がそろったところで、自己紹介を行う。もう一人のギルマンはザビー。赤髪の女性はマミと言う名前で、からくり士であった。どうやら、彼女たちはこの場にはいないエミリーと言う人物の提案を受け、ウノーヴァでギルマンと人間との間で交友関係を結べないかと画策しているらしい。マミの持つからくり、アチャモードは色々な芸を仕込んでいるようあった。
一通り自己紹介が終わった後、一行は近況を話しながらのんびりとした時を過ごしていった。
そして、マックスとグレンがここでマミたちに出会ったことは、後々に大きな影響を与えることになる。


H274年9月。マリアンナの目が覚めたことにより、多くの事実が判明する。その中でも重要な事実は、ヨハンの中に『魔王』ルーファスの魂が存在することであった。このままでは、数年のうちにルーファスによってヨハンの意識が乗っ取られてしまう。それを防ぐためには、ルーファスの抜け殻にルーファスを戻したうえで、ルーファスを倒さなくてはならない。その方法を協議すべく、ヨハンたちはマリアンナ、ブーストと共に集まっていた。
まず焦点となったのは、どうやってウノーヴァへ行くか、と言うことである。何しろ、ウノーヴァへ陸路で行こうと思うと、険峻な山々が続く大霊峰を越えなければならない。それは流石に非現実的である。かといって、キッサキにあるウノーヴァへの移動手段を使うには国の許可を得なければならない。そうすると、国中からいらぬ注目を集めてしまうだろう。なので、移動手段としては船を用いるべきだとマリアンナ・ブーストの両名は考えていた。そこで頼りになるのが、リアノの持つ帆船『プリンシプル』だ。
リアノは自らの船を使うことに同意するが、ここで一つ問題が生じる。『プリンシプル』は長期間の航海に適しておらず、それに向けた改造を行う必要があるのだ。
それはおれが何とかしよう、とブーストが答える。ブーストは自らの地位が故にヨハンたちの旅に同行できないことを悔やんでいた。なので、その代わりとして少しでもヨハンたちの役に立とうと、船への資金援助を申し出てきたのだ。
ヨハンたちはこの親切を受け取ることにし、かくてウノーヴァへの移動手段は確保された。

しかし、それでもまだヨハンたちには多くの問題が残されていた。一つの問題がウノーヴァについてからの行動方針、次の問題が復活させたルーファスをどう倒すか、最後の問題がゲイムのことである。
マリアンナが呼んだ書物によれば、ルーファスの抜け殻は「古代の城」と呼ばれる場所に存在するらしい。最終的にはそこを目指すことになるであろうが、「古代の城」はおろか、ウノーヴァの地理もよくわかっていない状態であった。なので、ウノーヴァの地理に明るい人物を現地で探す必要がある、とマリアンナは述べる。
復活したルーファスをどう倒すか、と言う問題に対しては、マリアンナはある程度解答を用意していた。『魔王』であるルーファスの強さは計り知れない。かといって、ルーファスに敗北してしまっては明日はないのだ。そこで、マリアンナはヨハンの祖先の考えを利用するべきだ、と述べる。
ヨハンの祖先はルーファスを『退魔の杖』と呼ばれる杖で弱らせて封印したらしい。そこで、ヨハンたちもその杖を使って魔王の力を弱らせてしまおう、と言うものだ。『退魔の杖』はウノーヴァのどこかにある「夢の跡地」に封印されている。マリアンナによれば、「夢の跡地」は人の思いを反映しやすい場所であるらしく、その奥地にある遺跡の一室には「人の思いに応じて内容が変わる部屋」があるらしい。ヨハンの祖先はそこで「ヨハンの一族でなければ入れない部屋」の中にその『退魔の杖』を隠したというのだ。
そこで、まず夢の跡地に向かうべきだとマリアンナはヨハンたちに告げた。だが、これもやはり場所は分からず、一から探す必要があった。
ゲイムについても同様である。ノームコプからゲイムの影は消え去ったが、ウノーヴァにはゲイム本人が待ち構えている。ゲイム本人は滅多なことでは出歩かないが、彼に操られた人々が現れ、ヨハンたちの邪魔をしてくる可能性は大いにあった。ゲイムの邪魔によってルーファスを倒し損ねると言うことも避けたい。そこで、出来ることなら事前にゲイムを倒しておきたい、とマリアンナは告げる。しかし、ゲイムの居場所も不明であり、どうやってゲイムを倒すのかも不明であった。一応、ゲイムに操られている人間を見分けるすべだけはある、とマリアンナは続けた。彼女によれば、ゲイムに操られた人間は、目から光がなくなり、虚ろに見開くと言うのだ。なので、そんな目をしている人物か、それを見られるのを防ぐために目を隠す格好をした人物であれば、ゲイムに操られている可能性が高い、とマリアンナは述べた。
こうして、一通りの問題点を出し終わった。最終目標である「古代の城」、その前の目標である「夢の跡地」、早めに知っておきたいゲイムの居場所。全て知らねばならないことであるが、何もわからない。
動物の王でもいてくれれば、とマリアンナは呟く。彼女はかつて、動物の王と行動を共にする人物からの天啓を受け取ったことがあるのだ。おそらく、今その人物がいれば、動物の王からの天啓によりそれらの場所を教えてもらえるだろう。だが、その人物は既に亡くなっており、その動物の王がどこにいるかもわからない。従って、ウノーヴァでは全て一から探す必要があった。

と、その時、横で話を聞いていたグレンの頭の中に一つ思い浮かぶことがあった。そういえば、自分は最近ウノーヴァから来た連中にあったことがある。彼らに頼めば、ウノーヴァのことが分かるのではないか。そう考えたグレンは、マミとギルマンたちについて話し始めた。彼女たちに道案内を頼めないかとのグレンの意見に、ブーストが頷く。
なるほど、ではおれの方からアキ殿下に聞いてみよう。殿下であれば、話は通じるはずだ。


H274年、11月。マリアンナが目覚めてから、2か月が過ぎる。この間、ヨハンやグレン、そしてマリアンナと言った錬金術を知る者たちはブーストからの融資をもとに帆船『プリンシプル』を改良……もとい、魔改造していた。長距離を移動するのに帆船では辛いとの理由から、グレンが蒸気機関を持たせることを提案する。ここまでは良かった。
おれがエンジンを作る。そういったグレンは、数日後に超巨大なエンジンを用意していた。とてもではないが、『プリンシプル』に乗せるようなものではない。こうして、巨大なエンジンは一度却下されることになった。
だが、それを受けて感銘を受けてしまった人物がいる。ヨハンだ。

音速を超える。それがロマンだ。
そう言い放ったヨハンは、五基ものブースターを作成し始める。これを同時に起動すれば、『プリンシプル』は音速を越えられる。ヨハンは熱い口調で『プリンシプル』のキャプテン、リアノに語っていた。

最もその場合、船は壊れるがな。音速の前では些細なことだ。

当然、このアイデアは却下されることになった。
これ以外にも、マックスがマストに専用の席を作るように要求したり、マリアンナが謎の装飾品をつけようとしたりしていたが、これらの無謀な欲求は現実的な目線を持っていた船乗りたちによってすべて却下されることになる。

だが、それでも諦めきれない錬金術師たちは、リアノたちがいない隙に『プリンシプル』の改良を行おうと決意。
そして、ウノーヴァへの出航前日に魔改造された『プリンシプル』が誕生したのである。陸地での作業を終え、『プリンシプル』に戻ったリアノやキャサリンがこの惨状を見て何を思ったのかは定かではない。
なお、その夜『プリンシプル』の停泊する場所の近くに多くの廃材が投棄されることになった。

翌朝。ウノーヴァへと出航するその日。この日に向けて改良(時々魔改造)された蒸気船『プリンシプル』のもとに、ヨハンたちが次々に集まってきた。最初に到着した……と言うより、最初からその船の中にいたのはリアノとその船員たちであった。だが、その船員たちの多くとは今日でお別れとなる。
ウノーヴァは未知の領域。何があるかもわからず、生半可な実力で向かえば足手まといになってしまうためだ。従って、最古参のキャサリンや優秀な航海士であるアイリーンなどを除けば、ほとんどの船員はついてこない。彼らの面倒は、リアノの実家であるスタッカート家に任されることになっていた。
今日限りで、一時的に船を降りる船員たちは、リアノの元に集まり、礼を告げる。
キャプテン、今までありがとうございました。
中には、感極まって泣き出す船員もいた。そんな船員に、キャサリンが苦笑しながら告げる。
別に戻ってこないわけじゃないし、今生の別れみたいにされても困るよ。ねえ、キャプテン。
リアノはその通りだと頷く。リアノにとってウノーヴァとは、確かに未知の領域ではあるが、そこで自分が死ぬとは全く考えていなかった。そんなリアノの様子を心配がる船員もいたが、キャサリンが否定的な感情を持っている船員たちを蹴り飛ばしていたため、次第に誰も口にしなくなっていった。ただ一人、ヨキを除いては、
なんで俺は、ウノーヴァ行きを決めてしまったんだろう。
ヨキは深く嘆息していた。
事の発端は、昨日だった。昨日、昼間からヨキは飲んでいた。リアノや他の船員たち、そしてヨハンやマックスと共に。
ヨキの席は、ヨハンやマックスの近くであった。彼ら二人は、自分たちがウノーヴァに行くことを全く苦にしていないようであり、まるでピクニックにでも行くようにウノーヴァ行きを語っていた。そして、マックスに至っては、コウテツ島で行動を共にしたヨキが来ないのは残念であるとも言っていた。
今思い返せば、お世辞だったのかもしれない。だが、酒で酔っていたヨキの心はその一言で、大きく揺れ動いた。
おし、おれも一緒に行ってやるぜ、このヨキ様の華麗なステップを見せてやる。

最も、その話を聞いた直後のリアノとキャサリンはどうせ酔っぱらいの戯言だろうと考え、相手にしていなかった。二人のヨキの評価は、海の底より低い。だが、そこにマックスが立ちはだかった。マックスはヨキの言葉を酔っぱらいの言葉とは考えず、本心であろうと熱く語っていた。そして、その熱意に負けたリアノとキャサリンは、ヨキに五回ほどウノーヴァ行きが本心であるかを確認した後、ウノーヴァに行くメンバーに組み込んだのであった。
そして、ヨキの分の荷物を大急ぎで取り寄せてもらっていることもあり、ヨキはいまさら引くに引けなくなっていた。そんな落ち込んでいるヨキをあわれに思ったのか、キャサリンが励ます。
お前はどんな危険な場でも無傷で帰っている、きっとその力を船長は買ったんだよ。
そうか、と急に前向きな姿勢になるヨキの横で、リアノは他の船員たちとの別れを済ませていた。
また、キャプテンと共に航海に出られる日を、楽しみにしております。
船員たちはそう告げると、去っていった。

一方そのころ、マックスは港に停泊している『プリンシプル』目指してかけていた。遠目に見た限りでは、リアノたちしかまだいない。
おれたちが一番乗りだぜ、なあ、デストラクション
マックスは街を駆け抜けながら、隣に現れたデストラクションに告げる。何しろ、もう港は目と鼻の先だ。ゴリラはその通りだと頷こうとして、ふと何かを感じたかのように空を見上げる。いや、見上げようとして弾けた。活動時間を越してしまったのだ。いつもなら、ゴリラの弾けっぷりを見て頷くマックスであったが、今回ばかりはゴリラが見たものが何なのかを確認しようと空を見上げた。そこには、鎧のブースターを全力で起動させているヨハンの姿が、遠くに見えた。その姿は轟音と共に近づいてくる。
あっ、ずりーぞ、鎧の兄ちゃん。
 マックスが叫んだ。ヨハンはにやりと笑ったかと思うと、全速力でマックスを抜き去っていった。
ブースターはせこいって、足で勝負しろよ
『プリンシプル』の目の前で兜を脱いでいたヨハンに対し、マックスが文句を垂れる。ヨハンはそんなマックスをみてにやにやしながら口を開いた。
直後、上から降ってきた車椅子に押し潰されていた。
わたしを置いていくなって言っているだろう。
マリアンナだった。マリアンナは長期間眠っていたこともあって、体力が大幅に失われていた。短期間だけなら歩くこともできるが、長距離は難しい。そこで、ヨハンとマリアンナが『共同』設計したのがこの車椅子である。その側面部には、悪趣味としか思えないほどごつごつした突起がつけられている。マックスがそれに感心していると、それに気を良くしたのかマリアンナが答える。
わたしのデザインだ。良い趣味しているだろう。
感心しているマックスに、ヨハンが小声でつぶやく。
それ以外、全部おれが作らされたんだけどな。

マリアンナとヨハンが舌戦を繰り返しているのを横目に見ながら、マックスは『プリンシプル』を見た。蒸気船となった『プリンシプル』は、周囲の船にはない多くのものを持ち、ひときわ異彩を放っていた。
だが、マックスはそんな『プリンシプル』の様子を見て愕然とする。マックスが頼み込んでいた、専用の席が存在しないのだ。昨日、ヨハンたちが船を魔改造しているのを見たマックスは、頼み込んでマストに特等席を用意してもらっていた。確かに昨日、ヨハンたちが作ってくれたのだ。だが、ない。
何故、ないんだ。とうなだれるマックスに、背後から接近してきた人物が、冷めた声で口を開いた。
邪魔だから捨てた。
リアノであった。彼女の眼は、先ほど船員たちと別れたころとは打って変わり、冷めきっていた。夜通し魔改造を取り除かねばならなかったためである。
特等席が捨てられてしまったショックから落ち込むマックスの横で、マリアンナとの口論を中断したヨハンも、あることに気付いた。
あれ、おれが用意したブースターは。
リアノは、冷めた視線をマックスからヨハンに移す。
あれも捨てた。
リアノがそう告げながら指さした先には、廃材、と書かれた看板が立っていた。その奥に、見覚えのあるブースターや特等席が捨てられている。

なんで捨てたんだよ、あれはロマンなのに。
反省もせず抗議した二人は、リアノに鞭でからめ捕られ自由を奪われた後、正座したままリアノの説教を延々と聞かされていた。

ヨハンとマックスがリアノの説教からようやく解放されたころ、サラサが『プリンシプル』へと到着した。サラサは一人の女性を伴っていた。コクサイである。サラサはコクサイに、彼女が不在の間の道場を任せることにしていた。コクサイはそれを了承し、今日はサラサの見送りにやってきていた。本来はもう一人、最近サラサの道場で修業を始めることになったケニーも見送りに来るはずであったが、前日から熱を出し今日は宿で休んでいる。せっかくの見送りなのに、残念。とコクサイが呟く。一昨日まであんなに元気だったのに。

その後、サラサとコクサイは、互いの無事を願うと、簡単に別れをすませる。互いにこれが、今生の別れではないと信じているからだ。しっかりやってきて、とコクサイは別れの言葉を告げる。『プリンシプル』へと向かうサラサであったが、心のどこかで、引っ掛かることがあった。ケニーの体調だ。一昨日まではあんなに元気だったのに、そんなに悪くなるのだろうか。
しかし、サラサはケニーの体調について深く考えることはできなかった。リアノが、別の話題を持ってきたためだ。
話すべきか迷ったけど、としてリアノが話し始めたのはサラサの父、スオウのことであった。リアノは、数か月前にスオウと思しき人物と会っていたのだ、と言う。おまけに、ケニーの父親が連れ去られた事件も、『プリンシプル』の船員たちが目撃している。
本物かはわからないけれど、その人はウノーヴァを目指していた、とのリアノの言葉に、サラサは新たな不安を覚えることになった。
父、スオウは他を苦しめるような男になってしまったのだろうか。正義感の強い、父が。

続いてやってきたのは、グレンだ。グレンもまた、一人の女性を伴っていた。レイクだ。レイクの足取りは、グレンと少しでも長く共に過ごしたいとの彼女の思いを示すかのようにゆっくりとしたものであり、グレンもそれにつき合わされる形でゆっくり歩いていた。
グレン、いよいよ今日からウノーヴァに行くのね。
『プリンシプル』がすぐ手前に見えたところで、レイクが口を開いた。その口調は、レイクの心境を表しているかのように、重い。レイクは、グレンやヨハンにウノーヴァに行って欲しくなかった。何故なら、未知の領域であるウノーヴァに行って、帰ってくることができる保証はどこにもないからだ。せっかくハーテン教徒の反乱が一段落したのだから、このノームコプでゆっくりしてほしい。レイクはそう考えていた。
一方で、レイクはその望みが不可能であることも知っている。ヨハンの中にいる『魔王』ルーファスの存在が、それを許さないのだ。
だから、とレイクはグレンの方を向いた。
せめて、無事に帰って来るって約束してほしい。
そう言いながら、レイクは小指を差し出してきた。約束を確かにするため、指切りをしてほしいのだろう。だが、グレンは首を横に振って指切りを拒んだ。
おれは必ず帰って来るんだからな。
指切りなんてものはいらない。グレンはレイクの顔をしっかりと見つめ、そう告げた。レイクはそんなグレンの思いを受け止め、小指を下した。
わかった。信じてる。
そして、レイクは背中に持っていたバックパックを開けると、中から一つの魔道銃を取り出した。
これは、と尋ねるグレンにレイクが答える。これは、ポーションを打ち出すことができる、特製の魔道銃であり、グレンのような優れたポーションの使い手であれば、うまく使いこなせる代物だ、と。
でも、とレイクは続ける。これを作る時間が満足に取れなかったから、まだ改造の余地はある。そして、グレンならそれがどの部分かもわかる。
レイクは更にバックパックを漁ると、いくつかの紙を取り出した。この魔道銃の設計図だ。レイクは足早に要点をグレンに伝える。その間、レイクの顔は楽しそうであった。
わかった、と話を聞き終えたグレンが答える。グレンは、今のレイクの意見をもとに、船上でいくらか改良を行う予定であった。
それと、戻ってきたら、これを量産できるようにしよう。何かと役に立つはずだ。
その言葉に、レイクは頷いた。その日を、待っているから。

一方そのころ、『プリンシプル』の甲板でヨハンは焦っていた。原因は、マックスとマリアンナだ。この二人は、ヨハンが船室に用意していたゼンマイガーを見るや、いろいろいじくり始めたのである。
こいつのどこにガッツがあるんだ、と疑問に思うマックスはあっという間にゼンマイガーの腹部を解体してしまう。マリアンナはマリアンナで、いいからくりだな。と言いながらゼンマイガーの右手をいじっている間に、つい力をかけ過ぎて折ってしまっていた。
それ以上、触れないでくれ。ヨハンは二人にそう頼み込むと、大慌てで修理を始めた。ゼンマイガーを愛するグレンがこの光景を見たら、何を言い出すかわからない。
それでもまだ手を出したがるマックスとマリアンナを牽制しながら、ヨハンは大急ぎで溶接を行っていた。
グレンにばれる前に直そう。だが、ヨハンのこの思いは、レイクと別れた甲板へとグレンが上がってきてしまったことで、水泡に帰した。
グレンは甲板で悲惨な状態になっているゼンマイガーと、それを大急ぎで直しているヨハンを見つけた。近くには、その光景を面白そうに眺めているマックスとマリアンナがいる。
おい、とグレンはヨハンに尋ねる。なんでゼンマイガーが、こんなことになっているんだ。
それは、と口を開いたヨハンがちらりとマックスとマリアンナの方を向いた。マックスとマリアンナは、ヨハンの目線から必死に逃れようとしている。
間もなく、甲板に正座させられたマックスとマリアンナは、グレンから延々と説教されることになった。


グレンの説教が終わりを見せたころ、セルモがブーストたちを伴って到着した。その近くには、セルモの護衛です、と言わんばかりの表情をしているティボルトと、ブーストの知り合いと思われる三人の男女がいた。
うち二人は、アキの部下とされるジョーとヨーコだ。しかし、残りの一人、ひよこのようなからくりを連れた女性は誰なのか。リアノとサラサが疑問に感じていると、甲板から身を乗り出したマックスが、女性の顔を見て、親しげな声を上げた。
マミじゃん、なんでこんなところに。

マミがこの場に来たのは、グレンの推薦によるものだった。マミとギルマンたちに道案内を頼めないか。グレンのその言葉を受け、ブーストがアキに打診。その結果、マミがヨハンたちにウノーヴァのいくつかの街を案内する、ということになったのだ。
ブーストに紹介されたマミはヨハンたちの前に出ると、一礼する。
そして、ヨーコの方を向いて一言何か述べようとしたが、思い直したようで改めてヨハンたちの方に向き直ると、話を続ける。アキの命を受けて、エミリーと共にウノーヴァ南部に何度かいったことがあること、なので、ウノーヴァ南部の地理はある程度わかること、などがマミの述べたことであった。

おれも行けるならいきたかったんだがな。
マミの話が終わった後、ブーストが残念そうな顔で告げる。そんな彼の顔は、いくらか青い。最近、ゲマをはじめとするヒロズ国の役人たちと衝突することが多いためであろう。ハーテン教の反乱がひと段落ついてから、ゲマはブーストに対し、理不尽な命令を出していた。
活躍してしまったから、睨まれているのだろう。とは本人の弁である。

ブーストは旅先で換金してくれといくらかの金品をヨハンたちに渡す。そして、彼は改めて口を開いた。
後は『魔王』を倒すだけだな。
そして、彼は続ける。何度も何度も、ヨハンたちに辛い目ばかりを負わせてしまって申し訳ないと。
特に、今回は大変だ。だが、その一方で『魔王』を倒しに行くのがヨハンたちでよかった、とブーストは述べる。
おれが見てきた中で、君たちより強い仲間たちは見たことがない。君たち6人が出せる力をみて、君たち6人だったら何でもできるのではないかと何度も思った。だから、おれは君たちになら安心して任せることができる。『魔王』を、頼むぞ。

こうして、ブーストやレイク、コクサイたちに見送られながら、船は出航した。
そして間もなく、『プリンシプル』の中で一つの問題が起こることになる。

最初にトラブルに気が付いたのはコクサイだった。彼女は宿に戻ると、高熱を出しているケニーと共に帰ろうとした。ところが、宿に帰ると、ケニーがいないのである。慌ててケニーを探すコクサイだが、ケニーはどこにも見当たらない。目撃情報も、なかなか手に入らなかった。だが、コクサイが諦めきれずに周りの人に話を聞いていると、一人だけ、ケニーのような少年を見た、との話をしてくれた人がいた。その人によれば、ケニーのような少年が、コクサイが出て行ってしばらくした後、コクサイの後を追うように出かけたらしい。そして、その足取りは高熱を出している人間とは思えないほど、しっかりしていた。
ケニー君、まさか……
コクサイの頭を、一つの考えがよぎった。そして、コクサイの考えは、もう少ししてから現実のものとなる。


その問題が起きたのは、『プリンシプル』が出航してから2日ほどたってからのことである。この日、船酔いに苦しんでいた人々がようやく船に慣れてきたこともあり、ヨハンたちはマミも交えて今後の方針について協議することになった。
わたしは、「夢の跡地」の場所を知っています。
マミは開口一番、ヨハンたちに告げた。ただ、そこに行ったことはなく、場所も最近知ったばかりだと言う。
どいうことなんだ、とティボルトが疑問を口にした。それはヨハンたちの多くも感じていたことであり、多くの目線がマミに集中した。マミは、少し周巡した後、一言一言考えるかのように、慎重に口を開いた。
それによれば、マミと共に行動しているエミリーと言う女性が、動物の王の一柱をファミリアにしているらしい。そして、彼女がウノーヴァに出立する前、その動物の王からの神託を受け、場所が分かったとのことであった。
エミリーは動物の王をファミリアとしていることを隠していたいらしいので、他人には言わないでくださいね。と、一通り話し終わった後、マミは念押しする。一行が頷く中、マリアンナだけが難しい顔をして考え込んでいた。どうやら、動物の王に思うことがあったようである。
その間にも、マミの話は続く。マミによれば、「夢の跡地」は、ストリーアトンと呼ばれるの近くにあるらしい。その街はフォモールと呼ばれる妖魔たちが多く住む街であるが、妖魔と言っても大半は危険でなく、みなと同じような存在だとマミは告げる。
一方で、ウノーヴァはその全土が瘴気に覆われており、ドラゴネット以外の人々は放っておくと邪悪化もしてしまうようだ。それを防ぐための聖水をマミは数多く持ってきていた。船員がもう少し多いと思っていたためか、その分量は数人分余りが生じている、とマミが述べる。
まあ、余る分にはいいんですけどね。それより、この先のちょうどウノーヴァとノームコプの境目では……
と、マミが続けて話していると、駆け足でヨハンたちの居る船室に近寄るものがあった。船員のアイリーンだ。
キャプテン、密航者です。少年が一人、乗り込んでいました。
驚く一行の中で、少年、と言う言葉に素早く反応したのがサラサであった。2日前に、コクサイと会話した内容が思い出される。確か、ケニーは熱で来られなかったんだよな。そう考えながらも、嫌な予感がぬぐえないサラサは、アイリーンに少年の名前を尋ねる。アイリーンから帰ってきた言葉は、サラサの不安を的中させるものであった。
ケニーと言っていました。

大急ぎで、密航者のいる船倉へと向かったヨハンたちは、そこでキャサリンが一人の少年と言い争っているのを見た。やはり、サラサのよく知るケニーだ。
僕は何が何でもウノーヴァに行くんだって言ってるだろう。父ちゃんを助けるんだ。
ケニーはそう主張していた。キャサリンが何を言っても即座に言い返してくる。流石のキャサリンも、内心ではお手上げだったようで、ヨハンたちが近づいてくるのを見ると、助けを求めてきた。
最初、説教しようと前に出たのは、サラサである。なんでついてきた。と尋ねるサラサに、ケニーはそんなもの、決まっていると、言わんばかりの口調で答える。
師匠、僕は父ちゃんを助けたいんだ。僕はウノーヴァに行くためにもう数か月も修行をしてきた。だから、ちょっとやそっとじゃ負けやしないんだよ。
その言葉を鼻で笑ったのがヨハンだった。
だったら、おれに傷をつけてみろ、つけられなかったら船を降りるんだな。
とケニーに告げると、挑発するように前に出る。その言葉を受けたケニーは木刀を構え、ヨハンに突っ込んでいった。

数十分が、過ぎた。この間、ヨハンは果敢に攻めてくるケニーの動きを全て右手の籠手で受け止めていた。だが、ケニーも諦めず、何十、何百と打ち掛かる。そして、ヨハンはそのケニーの攻撃を全て受け止めながら、ケニーの手が止まるたびに声をかけていた。
どうした、そんなんじゃ父ちゃんは助けられないないぜ。
ケニーは、何百と打ち掛かる間に体力を消耗し、肩で息をするのがやっとと言う具合であったが、その言葉の旅に気力で打ち掛かってきていた。だが、ついに気力で賄えなくなるほど体力が消耗したのか、足がもつれてしまう。その瞬間、ヨハンの魔法がケニーを襲い、ケニーは船倉の壁に叩きつけられた。傷一つつけることができずに、戦いは終わったのだ。
ケニーは涙していた。ヨハンに傷一つつけられなかったからだ。そんなケニーに、ヨハンが声をかける。
お前、本当に父ちゃんを助けたいのか。
ケニーは大きく息を吸いながら、答える。
当たり前だ、おれは絶対に父ちゃんを助ける。そう決めたんだ。

ヨハンの心の中では、今は亡き両親のことが思い出されていた。ヨハンはもう、両親を助けることはできない。死んでしまったためだ。しかし、目の前にいるケニーの父親は、助けることができるのかもしれない。
ヨハンはケニーの弱さを一通り笑った後、ケニーの方を向いた。
そんなお前でも、毎日甲板掃除くらいは出来るよな。
一瞬きょとんとしたケニーであったが、その言葉の意味を察したのか、再び涙を流し始めた。
当たり前だろ、おれは父ちゃんを助けないといけないんだ。

と、そこで横から口をはさむものがあった。リアノだ。
わたしがこの船のキャプテンなんだけど。
言外に、勝手に船員を増やさないでほしいとの要望を込め、リアノが呟く。
そんなリアノの口ぶりを見たマックスが、リアノの前に飛び出す。
なあ、せっかくだから連れて行ってやろうぜ。
リアノが周りを見渡すと、皆、マックスと同じ気持ちの様だった。出来ることなら連れて行ってほしい。皆の顔には、そう書かれていた。
リアノは軽く苦笑すると、告げる。
君、船のことは詳しいんでしょ。二日間、ここに隠れていたみたいだし。
そう問われたケニーは、胸を張って答えた。
僕の父ちゃんは、世界一の漁師なんだぜ。当然船のことはいろいろ教わったよ。
そのケニーの回答に満足したのか、リアノが答えた。
まあ、ちょうど船員も足りないと思っていたところだったし、一人くらいならいいでしょう。みんなより、船のことは役立ちそうだし。
リアノの言葉に、ケニーはありがとうございますと深く頭を下げた。ケニーが顔を上げるのを待って、リアノは冗談っぽく付け足す。
そうそう、わたしは相手の装甲を剥がす技術を知っているから。もしヨハンに勝ちたくなったら、いつでも聞きに来なさい。
その言葉を受け、マックスやグレンも聞きたい技術があれば、何でも聞きに来いよとケニーに告げる。
こうして、ヨハンたち一行にまた一人仲間が増えることになった。

ケニーが一行の仲間となって、十日ほどが過ぎた。そしてちょうど、ウノーヴァとノームコプの境に差し掛かったころ。ヨハンたちは、マリアンナに呼ばれ、船内の一室へと集まっていた。
マリアンナは、ヨハンたちに話したいことがあった。ウノーヴァを旅する上での障害が一つ、解決するかもしれないと。それは、ゲイムのことだった。ゲイムの居場所や倒し方は、誰もわかっていない。おまけに、夢の跡地にあるとされる杖や、古代の城にあるとされるルーファスの抜け殻と異なり、ゲイムの居場所がどこのあたりなのかすらもわからない。しかし、ゲイムを放置していては、どんな邪魔をしてくるかもわからない。そこで、可能な限り早くゲイムの居場所を突き止めることが大切であった。
その方法としてマリアンナが提案したのは、マミの友人エミリーがファミリアにしているとされる動物の王を利用すると言うものである。マミはエミリーとカラスのサトザキを利用してやり取りをしており、非常のことであれば大丈夫であるとの連絡を貰っていた。そこで、とマリアンナは続ける。
わたしたちはウノーヴァにたどり着いた後、ひとまずヌヴェーマと言う街を目指すことにした。そこで、マミの友人であるエミリーと合流する。
マリアンナの発言に、ヨハンたちは同意を込めて頷いた。そして、更にマミが何かを言いかけようとした時だった。誰かがあわただしく船室に駆け寄ってきたかと思うと、扉が激しくノックされ出した。

キャプテン! キャプテン!! 助けて! 死んじゃう! うわぁぁぁぁ! もうだめだぁぁああぁ!

ヨキの叫び声とともに、船に強い衝撃が走った。

ヨハンたちが慌てて扉を開けると、そこにはがたがた震えているヨキの姿があった。今にも失神しそうだ。リアノはそんなヨキの様子に軽く呆れながらも、何が起きたかを察した。このあたりは、ちょうどノームコプとウノーヴァの境。トバリの漁師たちに恐れられている海獣が出たのだろう。
そうこうする間に、もう一度強い衝撃が船を襲う。いくら装甲が強化された『プリンシプル』と言えど、この衝撃を何度も受けていては壊れてしまうだろう。倒れかけているヨキのことをマミに任せると、ヨハンたちは急いで甲板へと向かった。

甲板に出ると、すぐ近くの海面から、巨大な魚が飛び出してきているのが見えた。
この船を丸呑みできるのではないか、と思うような巨大な魚だ。それが口を開けて迫ってきている。甲板に出ていたキャサリンとケニーが何とかしようとしているが。魚には全く聞いていない。流石、海獣である。
あれはダゴンだな。
と、贈れて甲板に上がってきたマリアンナが告げる。
古い本によく書いてある、大海獣だ。
だが、ヨハンたちには余裕があった。目の前のダゴンからは、かつてマリアンナやシロイコ、そしてミリオンズたちから感じたような絶望感が、感じられないのだ。
ただ、ダゴンの場所は遠い。時たま接近してきてはいるが、その度に船にぶつかられていては、ダゴンを倒すより先に船が壊れてしまうだろう。そんなヨハンたちの思いを感じてか、横にいたマリアンナが告げる。
フライトによる支援くらいはかけてやるから、さっさと行ってらっしゃい。
ダゴンが接近してきたこの状況でも、彼女には余裕があった。かつてゲイムに操られていたマリアンナ自身を倒したヨハンたちを、信頼しているのだろう。

サラサが、グレンとゼンマイガーが、リアノが、マックスが、そしてセルモとティボルトが。次々に宙へと浮いてダゴンに突撃していく。ヨハンはと言えば、マリアンナによるフライトを断り、籠手にあるスイッチを押していた。
その様子を見て、甲板から安全なところに移ろうとしていたケニーが尋ねる。ヨハンはにやりと笑った。次の瞬間、どこからともなく、巨大な鎧が現れた。ヨハンの愛機、”GP03”だ。
唖然とするケニーに、ヨハンが告げる。
お前、師匠の剣の腕を見なくていいのか、いいチャンスだぞ。
その言葉に、ケニーは振り返ると、足を止め答える。
ここで見てるさ、そんなことより、早くいかないとおいて行かれるんじゃないの。
ケニーの生意気な言葉を受け流すと、ヨハンは”GP03”のエンジンを点火した。
こうして、ダゴンの前に皆がそろった。

ヨハンたちの前に現れたダゴンは、ダゴンの中でも特に凶悪なダゴンだった。これまで丸呑みにしてきた船は数知れず。ダゴン仲間から”丸呑み”と言えばこいつとまで言われるほど、相手を丸呑みすることに命を懸けてきたダゴンであった。
そのダゴンは、久しぶりにノームコプからやってきた獲物に心躍っていた。今日の夕食はご馳走だぜ。ダゴンがそう思ったかは定かではない。だが、ダゴンは船上から飛んできた6人を気にすることなく、船ごと飲み込もうとした。間もなく、このダゴンはその選択の愚かさを知ることになる。

ダゴンの大きく開けた口に、マックスの弓が打ち出した鋭い矢が突き刺さる。ダゴンはその痛みのあまり、お得意の丸呑みを決めることができない。だが、もう一度なら動ける。そう思ったダゴンの前に、ゼンマイガーの魔術によって素早く動けるようになったリアノが現れる。
そのままリアノが鞭を一振りすると、ダゴンは鞭にからめ捕られてしまい、満足に動けなくなってしまった。
まあいいさ、近づいてきた奴を倒そう。ダゴンはそう考えたかもしれない。だが、それは大きな間違いであった。
リアノによってからめ捕られたマックスの矢がダゴンへと命中していく。そして、セルモによって強化されたサラサが刀を続けざまに4度振ると、ダゴンは力尽き、海底へと沈んでいった。
今のヨハンたちにとって、ダゴンは敵ではなかったのだ。

すげー。
華麗にダゴンを鎮めたヨハンたちを見て、ケニーが思わず呟く。だが、戻ってきたヨハンがケニーに感想を尋ねると、生意気なケニーはにやにやしながらヨハンに告げた。
確かにすごかったけど、お兄ちゃんはなにもしてないね。
だが、マリアンナとの舌戦に慣れているヨハンは動じなかった。
おいおい、なにもしてないってグレンのこといじめるのはよせよ。あいつは人目につかないサポートが上手いんだからな。
突然失礼なことを言われたグレンは、何か言いたげな表情をヨハンに向けるのであった。


こうして、ヨハンたちはウノーヴァにたどり着いた。そして、ダゴンとの戦いからおよそ3週間後。ヨハンたちはウノーヴァ南部にあるヌヴェーマの街近くまでやってきていた。一時上陸するに当たり、『プリンシプル』は船員たちに任せている。このヌヴェーマで、ヨハンたちはエミリーと合流することにしていた。
だが、ヌヴェーマには待ち合わせの時刻より早く着きすぎてしまったらしい。時間に余裕はあるので、街の様子でも見てみてはどうか、というマミの提案もあり、ヨハンとマックスは街へと繰り出すことにした。

ヌヴェーマの街は、一見するとノームコプとほとんど変わりがなかった。違う点は、その市場にいる人々の種族だった。ゴブリン、バグベア、フォモールなど、ノームコプではおとぎ話の登場人物と考えられた人々が目の前でしゃべり、生活している。
そして今もまた、ヨハンとマックスの目の前で一人のギルマンが店にいるフォモールの女性に話しかけようとしていた。
お姉さん、ちょっと下着を……
そこまで告げたところで、そのギルマンの後頭部に杖が命中した。当たり所が悪かった(良かった)のか、ギルマンはそのまま昏倒する。そんなギルマンを踏みにじりながら、一人の女性がヨハンたちの眼前に現れた。小柄だが、我の強そうな瞳を持つ女性だ。その女性はどうやらギルマンの知り合いで会ったようで、ギルマンの行為を詫びると、倒れたギルマンを引きずりながら去っていった。
なんだったんだろう、あれは。
ヨハンとマックス、そしてフォモールの女性は首をかしげるばかりであった。

ヨハンたちは街から戻ってくると、先ほど見たその光景を皆に触れて回った。と、マミが額に手を当て、複雑な表情を浮かべる。その理由を問おうとした時、街の入り口から声が聞こえてきた。イギーとザビーの声である。
イギーとザビーはギルマンと思しき者を引きずりながら動いており、その横には一人の女性がいた。先ほど、ギルマンに杖を投げつけていた女性である。彼女が、エミリーであった。イギーやザビーはマミやマックスと再会したことに喜びの声をあげた。と、イギーやザビーに引きずられていたギルマンが立ち上がり、リアノの目の前へと飛ぶようにやってきた。
お嬢さん。
ギルマンは更に続けて何かを言おうとした。その前に、エミリーの杖による一撃がギルマンの脳天に突き刺さった。
喋るな、エロギルマン。
エミリーはそう告げると、ギルマンの抗議を無視しながらにこやかに自己紹介を始める。なお、横にいるギルマンはカルロスと言う名前らしい。

ヨハンたちが、改めて自己紹介をした後、エミリーは話を本題に移した。どうやら、動物の王からのお告げによってゲイムの居場所や真の死の条件を発見することは不可能ではないが、エミリー自身が現在多忙であるため、そのための儀式を行うまでひと月ほど待ってほしいとのことであった。ひと月くらいは問題ない、と言うことでヨハンたちはそれに同意する。しかし、ひと月の間何もしないで待っているのは時間がもったいない。そこで、マリアンナの提案により、ヨハンたちはそのひと月の間まで「夢の跡地」まで向かうことにした。目的はもちろん、『魔王』ルーファスを弱らせるのに使う”退魔の杖”を手に入れるためである。
幸い、ヌヴェーマからストリーアトンまでは3週間もあればいけるようであり、エミリーが幾分余裕を持って予定を終わらせるだけの時間はありそうであった。
しかし、マミも含め、ヨハンたちは誰もストリーアトンまで向かったことがない。そのような人々だけでストリーアトンに行こうと思っても、迷ってしまうのではないか。エミリーがそう心配したこともあり、イギーとザビーがヨハンたちに同行することになった。

そうそう、神託の際のことなんだけど。と出立を前にエミリーがヨハンたちに告げる。エミリーによれば、神託を行うには運命を変えるような力が必要であり、更により正確なものを求めるためには更なる力が必要になるとのことであった。エミリーの持っている力だけではそれを賄うことができないため、それを賄うためにもヨハンたちが持っている力を分けてほしいとのことであった。ヨハンたちはこれに同意する。
そして、エミリーとカルロスは自分の用事を解決するためにナクレーネに。ヨハンたちは”退魔の杖”を求めて「夢の跡地」へと向かうのであった。

ヌヴェーマを出発してからおよそ3週間。ヨハンたちはそろそろストリーアトンの近くと思える森までたどり着いた。イギーたちによれば、この陰鬱な森を抜けるとストリーアトンに到着するらしい。
だが、日はすでに沈みかけており、沈んでしまえば先に進むのは難しい。マリアンナやイギーたちも含めた相談の末、ヨハンたちはこの場で一夜を過ごすこととなった。
とは言え、皆が同時に眠るわけではない。ここはウノーヴァ、寝ている間に何か獣が襲ってくる可能性も大いにある。そこで、ヨハンたちは何人かが交代して見張りを立てることにしていた。この日の見張りは前半がヨハンとリアノ、そしてケニー。後半がグレンとマックスである。

前半。ヨハンは見張りをしながら、ケニーの稽古も行っていた。
アラクネくらい、おれに使わせてくれよ。
と冗談を飛ばしながら、ヨハンはケニーの攻撃を的確に受け止め、魔法ではじきとばしていた。
そして、ケニーが倒れる度に挑発めいた口調で話しかける。だが、その大半はケニーに向けた助言であった。ケニーはその度に、それを意識しながらヨハンに打ちかかる。だが、その度に別のところがおろそかになり、ヨハンにそこを狙われることになる。そんなやり取りを通しながら、ケニーの技術は少しずつ向上していた。
一方、二人から少し離れたところにいたリアノは、見張りに立ちながらその様子に微笑ましいものを感じていた。まさか、ヨハンが誰かの面倒を見る日が来るだなんて。

最も、ヨハンにケニーのことを話しても、ろくな返事が来ないだろうとリアノは思っていた。実際、マリアンナやサラサがヨハンに対し、ケニーの面倒をよく見ていると言った際は、退屈しのぎだよとつまらなさそうに返している。だが、ケニーのことを語るヨハンの表情は明るく、誰よりもケニーのことを案じているのもヨハンであった。
今日もまた、ケニーが疲れてきていると感じたヨハンが稽古の終わりをつげ、ケニーと話し始めていた。話の内容は、ケニーの両親についてだ。ケニーの母親は、トバリで弟たちの面倒を見ているとケニーが語っていた。

だからおれはこっそり家を抜け出したんだ。母ちゃんは心配すると思ったから。でも、おれは父ちゃんを見つけ出したい。だから、父ちゃんを見つけたら、母ちゃんに謝りに行くんだ。父ちゃんが世界一の父ちゃんなら、母ちゃんは世界一の母ちゃんだからな。

ケニーの言葉に、ヨハンは軽口を交えながらも頷いていた。

そして、前半の見張りは終わり、後半になる。後半の見張りになっていたのは、マックスとグレンだ。
よろしくな、グレンじっちゃん。
マックスの無邪気なひと言に、まだおれ30代なんだけど、と返しながらグレンが頷いた。とは言え、日ごろの苦労がたたったのか、皺がいくつも刻まれているグレンの外見は、とても30代とは思えない。
二人はその後も軽口をたたきながら見張りを行っていた。ヨハンが以前マックスに話したマリアンナの「アーススパイク」などがその例だ。若かりしヨハンに、これが魔術だと告げ、マリアンナは「アーススパイク」を放った。それは、「魔法によってアースで作ったスパイクを相手にぶつけるのか」かと思っていた若きヨハンの幻想をぶち破り「マリアンナの力でアースをスパイクして相手をその崩落に巻き込む」と言う呪文(?)であった。
まあ、機械でできた巨大な鎧を駆りながら光線を乱打するヨハンも魔術師としてはぎりぎりのラインだと思われるが。

二人がそのように見張りをしているとき、異変は起きた。最初、異変に気が付いたのはマックスであった。彼はやや離れたところから、女性のものと思しい悲鳴を聞いた。だが、グレンは気が付かなかったらしい。
二人がそのことについて話していると、今度は二人とも、近くに何かがいるような気配を感じた。しかし、周りを見ても何もおらず、音もない。気のせいかと思っていた時、夜盛大に炊いたキャンプファイヤーの残り火が、近くの木の方できらりと反射した。
何が起きたんだ、とマックスが近づく。そこには蛇が一匹、鎌首をもたげてマックスをじっと見つめていた。そして、その下の地面には、更に5匹の蛇が。全てヨハンたちの居るテントの方を向いて何かを狙うかのごとく待ち構えていた。
これは危険だ。本能的にマックスがそう感じた時、テントの近くからティボルトの悲鳴が聞こえた。盗賊の彼も、何かの気配を感じたのだろう。彼がランタンをかざした先には、無数の蛇がこちらを見つめていた。そして、その声が合図になったかのように、蛇たちが一斉にティボルトめがけ、襲いかかってきた。いくらマックスでもそれには反応できそうにない。
 直後、巨大な火球が蛇たちに降り注いだ。マリアンナだ。彼女も違和感を覚え、やってきたのだろう。マリアンナの放った火球は、蛇たちに大きな損害を与えていた。しかし、他の蛇たちは全くひるむことなくテントに向かって突撃をしかけてくる。マックスも弓をつがえると片端から蛇に射かけるが、蛇は数えきれないほどの量でマックスとマリアンナの攻撃にひるむことなく襲い掛かってくる。このままでは、テントの中に蛇が侵入し。寝ている仲間に被害が出かねない。
マリアンナは、グレンとティボルトに他の仲間を起こしてくれるよう頼んだ。すぐに他の面々も起き、蛇への反撃を試みる。流石に、蛇を追い払う速度は大幅に上昇した。しかし、蛇は一向に減らない。
何か変わったことがあれば、わかるかもしれない。と言うマリアンナの呟きに、マックスが反応する。そう言えば、蛇が出てくる少し前に女性の悲鳴が聞こえた、と。

女性の悲鳴が聞こえたところに行けば、何かわかるかもしれない。と言うことで、ヨハンたちはマックスを先頭に移動を始めていた。だが、移動中も蛇は襲い掛かってくる。その度に皆で追い払っていたが、その顔には幾分疲れが見えだすものも出てきていた。特に辛そうなのはマリアンナだ。彼女は、大急ぎで出立したため、車いすを宿営地においてきてしまっている。大丈夫か、とヨハンやマックスが声をかけたその時だった。
女性の悲鳴が聞こえた方角から誰かが駈けてくる音がした。何者か、と思うヨハンたちの前に、一人の女性が現れた。白い着物を着た、フォモールの女性だ。
女性はヨハンたちの方を見ると、安心と当惑が混じったような複雑な表情を浮かべたが、すぐにその表情を険しくさせた。
ここから逃げて下さい。わたしのせいで、ここは危険なんです。
どういうことなんだ、と真っ先に聞き返したのはグレンだった。その理由は、すぐさま判明する。ヨハンの倍はあろうかと言う胴を持った蛇が、ヨハンたちの周りを取り囲んだのである。一行に尾が見えないほど、巨大な蛇だ。おそらく、フォモールの女性はこの大蛇から逃げてきたのだろう。
ここはわたしが何とかするので、皆様は逃げて下さい。
フォモールの女性はそう告げる。だが、その女性は大蛇に対抗できそうなものを持っていない。だが、女性は諦めたのであろう。大蛇の前に立った。
皆様は関係ありません。ここから早く、去ってください。

だが、そんな女性の隣にグレンが向かう。そして、女性をかばうかのように前に出ながら、告げる。
お姉さん、ちょっとその言葉は遅すぎたようだな。おれたちも、もう巻き込まれちまった。
そうそう、とマックスも告げると横に立つ。ヨハンも、サラサも、リアノも同意していた。
ですが、と女性が何かを言いかけた時、女性の逃げてきた方角から高笑いが聞こえてきた。間もなく現れたのは、一人の紳士然とした男だった。しかし、その顔はアンデッドのように土気色をしており、目も赤い。
女性に向けて、大人しく生贄になりなさいと告げたそのアンデッドは、ヨハンたちの存在に気が付くと、舌なめずりをしながら続ける。
今回サンダーバニーがくれた生贄は、質も量も高そうですねえ。
その言葉に、女性が反論する。
生贄はわたし一人です。この人たちは関係ありません。
そして、女性はヨハンたちの方に向き直ると、話し始めた。
いわく、女性は生贄にとしてこの大蛇とアンデッドに捧げられなければならなかったが、恐怖のあまり逃げてしまった。この蛇とアンデッドは強力で、誰も太刀打ちできない。だから、逃げた方がいいとのことであった。
女性の表情は、既に自らの運命を諦めきっていた。彼らには絶対勝てない。女性はそう信じているようであった。

だが、ヨハンたちは誰も諦めていなかった。諦めかけている女性に次々に声をかける。そんな中、一人大蛇とアンデッドに突っ込んでいったものがいる。ドレッドモヒカンにアルパカフェイスの男、ティボルトだ。
セルモさん、見ていてください。これがおれの力です。
どこかで一度言ったような台詞を吐きながら、ティボルトは自らの魔道銃で、続けざまに二度、アンデッドと大蛇めがけ炎をまとった弾丸を打ち出した。その弾丸は見事命中し、大爆発を起こす。もうもうと煙が出る中、ティボルトはセルモの方を向くと、銃口に息を軽く吹いた。
どうです、これがおれの実力です。
しかし、セルモは聞いていなかった。何故なら、その後ろで今の爆発をものともしなかった蛇が、ティボルトめがけて襲いかかってきたのだ。

ヨハンとゼンマイガーがとっさに貼った障壁により、ティボルトに攻撃が直撃するのは避けられたが、その障壁は瞬時に壊れてしまう。おそらく、ヨハンの”GP03”でもこの攻撃をまともに受け止めるのは難しいだろう。ヨハンはそう直感した。
そして、その様子を見ていた女性は、諦めの表情で呟く。
やっぱり効いていない。誰も、この大蛇を倒すことはできないんだ。
でも、と声をかけたのはマミだった。一応あのアンデッドの方には聞いているみたいですよ、
確かに、アンデッドの手の部分には爆発の影響と思しき打撃が入っていた。だが、女性はそんなマミの言葉に対し、首を横に振る。
その程度のダメージ、あのアンデッドには通用していません。あなた方では彼らに勝てないと思います。だから、逃げて下さい。
女性は淡々と告げると、皆の前に出ようとする。それを止めたのは、ケニーだった。
諦めるには、まだ早いよ。
ケニーはそういうと、大の字で女性の行く手を阻んだ。
でも、と言いかける女性に対し、畳み掛けるようにケニーが告げる。
希望を持とうよ。僕の父ちゃんは今、行方不明だ。このウノーヴァのどこかにいるってことしかわかっていない。でも、僕は諦めてはいない。希望があるからだ。父ちゃんと一緒に漁にでかけたり、家族みんなでご飯を食べたり、色々な希望がある。だから、僕は今も諦めていない。お姉ちゃんも、希望を持とうよ、何で戦う前から諦めているのさ。それに、この人たちは、本当に強いんだぜ。
ケニーの言葉に、女性は答えなかった。だが、女性がケニーの言葉を考えているのは明らかだった。ヨハンはそんなケニーと女性の様子を見ると、告げる。
よく言った坊主。後はおれたちに任せな。
そして、戦いが始まった。

確かに、彼らは強かった。ダゴンとは大違いである。だが、ヨハンたちはそれより強かった。
大蛇の毒息にむせながらも、グレンが二人の特徴をつかむ。あのアンデッドはバロン・ザムディだ。気を付けろ。
その言葉を受け皆が散開する。同時に、グレンがレイクの作った魔道銃で万能薬を振りまき、皆の毒を治療する。
と、大蛇が大きく息を吸い込んだ。その動作に危険なものを感じたマックスは矢を使ってその攻撃を阻害。続けてザムディが魔方陣を描き出すと、セルモがその魔方陣を打ち消す大技を見せる。大蛇とザムディ相手に出し惜しみは危険、そう考えたためだ。
そして、ヨハンたちの攻撃が始まる。最初に動いたのは、リアノだった。その攻撃を危険だと思ったザムディから飛んでくる幾多もの妨害も、リアノの動きを止めるには至らない。むしろ、鋭さを増した鞭の一撃がザムディをからめ捕る。
続けてサラサが、ヨハンが。ザムディの妨害をものともせずに攻撃を仕掛ける。彼らの攻撃を受け、ザムディは大きな打撃を受けていた。しかしまだ、致命傷は負っていない。そして、ザムディにはまだ、戦況を変える魔法がいくつかあった。
だが、ザムディには一つ見落としがあった。ザムディの魔法は、どこまでも届くわけではないと言うことだ。
マックスは野生の勘でザムディから大きく下がった位置にいた。そして、セルモの魔術による支援を受けたマックスが、ザムディの死角から矢を射る。
いくらザムディと言えど、魔法が届かなくては、何もできない。デストラクションの力も込めたマックスの猛攻により、ザムディは力尽きた。

馬鹿な、この私が。と言いながら、ザムディが地に伏せる。この私が、倒れるわけがない。そうだろう、そこのフォモール。
ザムディが、期待を込めた声色で、女性に声をかける。だが、女性は首を横に振った。
いいえ、あなたは負けました。ここにいる人たちによって。
戦いが始まる前、完全に諦めていた女性の瞳は、ヨハンたちがザムディを圧倒する中で輝きを取り戻しつつあった。
間もなく、断末魔と共にザムディは消滅した。その消え行く様を見ながら、女性が呟く。
そして、この人たちなら、あなただけでなく、大蛇も倒せると私は信じています
その直後だった。突然、その大蛇が力を失ったかのように地に倒れた。そして、咆哮のような断末魔を残し、大蛇は消え去っていった。女性が希望を口にした途端の出来事だった。


そのあまりに早い倒れ方に、女性は驚いていたようだった。あんなにあっさり蛇が死ぬなんて。
その言葉に、女性の近くにいたケニーが返す。
それはきっと、お姉さんが希望を持ったからだよ。
ケニーのこの一言に、深い意味はなかったのかもしれない。だが、その言葉に頷くものがあった。マリアンナだ。
ここは「夢の跡地」に近いか、とマリアンナは女性に尋ねる。
女性は首をかしげながら、その外れだと答える。それを聞いてマリアンナは再度頷くと、皆に告げた。
このウノーヴァは人の思いと深いかかわりがある場所がいくつかある。そして、それはこのあたりにいる一部の生き物もそうなのだろう。先ほど大量に沸いた蛇、そして大蛇とバロン・ザムディ。あれらは、おそらく全てここにいる女性の恐怖という思いが生み出したものだ。だから、女性が希望を持った途端にいなくなったのだ、と。
一方でマリアンナは疑問も感じていた。一人の思いだけであそこまで強力な怪物を呼び出せるのか、そしてストリーアトンの人々は、何故希望を持って大蛇やザムディと戦わないか。である。
女性は、後者の質問は簡単に答えることが出来ると述べた。
ストリーアトンの人々は、諦めているのです。この街が、大蛇などの化け物に襲われていることに。

フェンネルと名乗った女性は、先ほどまでの言葉を詫びると、ストリーアトンについて話し始めた。
ストリーアトンでは夢の跡地から度々、先ほどの大蛇のような怪物が現れること。それら怪物を倒すことは誰にもできず、「生贄」を奉げることでのみ怪物を鎮めることができるとされていたこと。人々は蛇を倒すのは不可能と諦め「生贄」を出すことでなんとかしていたこと。人々は蛇を倒すのは不可能と諦め「生贄」を出すことでなんとかしていたこと。その怪物は「夢の跡地」の奥地にある遺跡に住む「大いなる災厄」生み出されており、先ほどの大蛇やザムディもその一部であること。「生贄」を出すかどうかは、その「災厄」と唯一対話できる街の巫女サンダーバニーによって決められていることなどである。
サンダーバニーは去年の8月ごろから一つの予言を告げていた。それは、近いうちにノームコプから、『夢の跡地』にある秘宝を求める人々がストリーアトンに訪れるだろうということ。そして、彼らを生かしておけば彼らによってこの「災厄」が解放され街は滅ぶだろうとのことであった。
そしてつい数日前、ノームコプ出身の人物が街に現れたのである。その人物は、「スオウ・シノノメ」

その名前に、サラサとケニーが反応した。その反応に驚いたフェンネルが、知り合いかと尋ねる。
サラサは軽く頷くと、騒ぎ立てるケニーを制し、フェンネルに尋ねる。
一緒に行動している人物はいなかったか、と。
その問いに対し、フェンネルは申し訳なさそうに首を横に振った。
わたしが実際に見たわけではないので、分かりません。
その返答に、少しケニーは落ち込む、だが、あくまでもフェンネルが見ていなかっただけで、誰かと共に行動をしている可能性は大いにある、とすぐに立ち直っていた。

フェンネルによれば、スオウが何をしにストリーアトンへとやってきたかもよくわからないとのことであった。
だが、サンダーバニーはスオウの来訪に「災厄」が怒っていると街の人々に告げる。そして、その怒りを鎮めるためには生贄が必要だとも。その生贄として選ばれたのが、フェンネルであった。

だから、とフェンネルは話を続ける。
本来わたしはあの場で生贄にならなければいけない存在でした。これまで、誰も蛇を倒せた人はいなかったわけですから。でも、あなた方はその常識を覆してくださいました。
おまけに、「大いなる災厄」の正体に、ある程度の可能性も見つけて下さいました。「災厄」は、わたしたちが生み出した恐怖や絶望の権化。だから、これまでもストリーアトンが恐怖に満ちた時、絶望に満ちた時、その一部が化物として現れてきたのでしょう。そしてその時は、わたしたちの恐怖が強かったから、倒せなかったわけです。

フェンネルは話をいったん区切ると、ヨハンたちを見回す。その瞳には、これまでの彼女の瞳とは大きく異なる、何かを決意したようなものだった。

でも、これからは変わります。あなた方が、わたしに希望を授けて下さり、大蛇とザムディを倒したからです。希望があれば、化物は倒せる、それを街の人が知れば、その大元である「大いなる災厄」も倒せるようになる。わたしはそう考えています。

だから、それを証明するためにも、共に街へ来てくださいませんか。
乗りかかった船だからな、とグレンが一行を代表してフェンネルに告げる。それくらいは、お安い御用だ。


その後野営地へと戻って体を休めたヨハンたちは、朝になるとストリーアトンへ向けて出発した。
行く道の中で、フェンネルはサンダーバニーについて話し始めた。
サンダーバニーは世襲制の巫女で、街の女性から選ばれたものが先代からの力の継承を受けてサンダーバニーになっていること。今のサンダーバニーは、フェンネルの幼馴染、アマニタであること。アマニタはサンダーバニーになってからどこかよそよそしくなったと言うことなどだ。
以前はもっと親しかったのに、街中で彼女の名前を呼んでも、返事をしてくれなくなってしまった、とフェンネルがぼやく。
まるでこれじゃ、他人と話しているみたい。
その言葉に、その隣で話を聞いていたヨハンやグレンにはぴんとくるものがあった。これはひょっとして、ゲイムによる仕業なのではないか。
そうすれば、合点がいくことも多い。サンダーバニーは昨年の8月ごろ数年以内に「夢の跡地」に秘宝を求めてノームコプから人が来ると言っており、その時期はヨハンたちがゲイムの洗脳体を倒したのとほとんど重なっている。更にマリアンナによって、ヨハンの中に巣食う『魔王』ルーファスを倒すために”退魔の杖”が必要なことも判明している。”退魔の杖”があるのは「夢の跡地」であり、ゲイムからしてみれば、ヨハンたちが「夢の跡地」にある”退魔の杖”を求めてこの場にやってくるのは当然予想できたことであった。
サンダーバニー目が虚ろだったり、あるいは目を隠していたりしないか。ヨハンたちの問いに対し、フェンネルが答える。
確かに、サンダーバニーは目を覆いのようなもので隠しています。
やはり、と考えたヨハンたちはゲイムのことをフェンネルに話した。
なるほど。と、フェンネルは考え込むように頷く。
確かに、それなら合点がいくことが多いです。それでしたらまず、町長のティロンにそのことを話した方がいいかもしれません。ティロンはわたしの双子の弟です。わたしの話であれば、きっと信じてくれます。

フェンネルの言葉もあって、ストリーアトンへとついた一行は、まず町長のティロンに会いに行くこととなった。ただし、いきなりノームコプ出身者であるヨハンたちや生贄となったはずのフェンネルがストリーアトンへと入ってしまっては、街の人々に余計な混乱を与えてしまう。そこで、ヨハンたちは街の入り口に留まり、ウノーヴァ出身であるギルマンのイギーとザビーが一行を代表してティロンに会いに行くこととなった。

しばらくすると、街中からイギーとザビーに連れられた一人のフォモールの男性が現れた。ティロンだ。
その瞳は、ほとんどのものが絶望していると言っていたフェンネルの言葉とは異なり、ある種の希望を持っている。いや、おそらく、ヨハンたちが大蛇を倒したとの事実が彼に希望を持たせたのだろう。
そんな彼の瞳に、安堵の表情が見えた。ヨハンたちの中にフェンネルを見つけたためだ。
近づいてきたティロンは、ヨハンたちに礼を述べる。そして、一呼吸置いた後、彼はヨハンたちに依頼をしてきた。「大いなる災厄」を倒してほしい。との依頼だ。
もうこれ以上、生贄を出すのは嫌なんです。
ティロンはそう語り始めた。
だが、ティロンは剣術も魔術もサンダーバニーに劣っていた。そして、サンダーバニーよりもその災厄は強い。
彼はその事実のせいで、何も行動できずにいた。町長でありながら、街の人々を守ることが出来なかった。ティロンはそれを悔やみ続けており、「災厄」を倒すことができる機会を求めてきた。
それが今なんです、とティロンは語る。彼の口調は、少しずつ熱を帯びてきている。
希望は、あなたたちなんです。助けて下さい。もう誰かを生贄にするのは、本当に嫌なんです。
ティロンは叫ぶようにそういうと、再び頭を下げた。そんなティロンの目の前に、グレンが立つ。グレンは、彼の肩に手を当てると、はっきりした声で述べた。
任せてくれ。
ヨハンも、サラサも、リアノも、マックスも。皆頷いていた。

「大いなる災厄」は人々の絶望を糧に強くなっている。ならばまず、人々の絶望を解消することでその強さを弱めよう。ティロンも交えたヨハンたちの意見は、それで一致していた。そのためには、街の人々を集めてヨハンたちの強さを伝えなければならない。そこで、ヨハンたちはひとまずストリーアトンの中心部、ティロンの家へと向かうことにした。そこで人を集め、ヨハンたちの話をしようと言うわけだ。
通りすがりの人々に、ヨハンたちの活躍を伝えながら、一行はティロンの家へと向かった。人々はヨハンたちの存在やフェンネルの無事に驚いていたが、ティロンが話していく中で納得して他の街の人を呼びに行くものが大半だった。

そして、しばらく歩いた後ヨハンたちはティロンの家へとたどり着く。その家の前には、一人の先客がいた。目に覆いを被せ、両手で大きな水晶玉を抱え込んだ女性だ。おそらく、サンダーバニーであろう。事前に連絡をしていたのか、と思いきやティロンはサンダーバニーが家の前にいることに戸惑っている。
どうやら、サンダーバニーの仲間が、ヨハンたちの来訪を知り、サンダーバニーがティロンの家に先回りしたようだ。
ティロン、誰と一緒にいるのですか?
そう述べるサンダーバニーの声は、怒りがこもっていた。
ティロンが、この街を救ってくれる人たちだと述べるも、サンダーバニーは即座に否定する。
ティロン、わたしの予言を忘れたのですか。
覚えている、とそれにティロンは答える。だが、予言は外れることだってあるだろう。あくまで予言だ。
その言葉に激高したのがサンダーバニーだ。
「大いなる災厄」は今、怒っているとサンダーバニーは述べる。生贄であったフェンネルが逃げ帰ってきたからだ。おまけに、ヨハンたちは「夢の跡地」の秘宝を求めているような人たちであり、彼らを呼び寄せることはこの街を滅ぼすことにつながる。それでいいのか。
それに対し、ティロンは一言一言、ゆっくり噛みしめるように答える。
確かに、僕は街を滅ぼそうとしているように見えるのかもしれない。僕たちはずっと、生贄を奉げることで身を守ってきた。けれども、それはおかしい。誰かのために、誰かが犠牲になるってことは、あっちゃならないんだ。
ここにいる人たちは、「災厄」の一部を倒した人です。彼らだったら、「災厄」本体も倒せる。今まで、僕らはずっと諦めてきた。けれども、もっと希望を持つべきなんだ。勝てないじゃなくて、この人たちなら勝てるって。
「災厄」を倒せば、生贄を心配する必要もない。絶望することもない、明るい未来が待っているんだから。

ティロンが語り終わった時、静寂があった。だが、どこからともなくそれに賛成する声が聞こえてくる。ティロンの呼びかけに応じて、街の中央にやってきた人たちによるものであった。皆、ティロンに賛成の意を示し、ヨハンたちを見て喜びの声を上げる。ただ一人、サンダーバニーを除いては。
何を言っているんだ。サンダーバニーは冷めた声で告げる。希望だけじゃ何も変わらないだろう。気持ちで何かが変わるなら、とうに代わっている。大人しく現実を見なければ。
ティロンは即座に答える。
確かに、気持ちだけで何かが変わるわけじゃない。けれども、思わなかったら何もできない。だから、まず信じよう。大蛇を倒したこの人たちを。この人たちが、「災厄に」挑んでくれる。僕たちが出来ることは、この人たちを信じ、出来る限りの助けをすることだ。諦めているだけじゃ、良くはならないよ。

そうか、ティロン。
とサンダーバニーが低く呟いた時だった。空から、大量の蛇が降ってきた。どの蛇も、ヨハンたちの数倍はあるような大きさをした、巨大な蛇だ。
たちまちのうちに、ティロンの家の周りは悲鳴に満ちた。更に、もっと遠くからも蛇の出現に驚く人々の声がする。人々が悲鳴を上げ、逃げ惑う様子を冷静に見ながら、サンダーバニーが告げる。
「大いなる災厄」の怒りだ。それを鎮めるために、生贄を奉げなおさないと。

近くでひときわ大きな悲鳴が聞こえる。見ると、少女が一匹の蛇に襲われていた。ティロンが素早く魔術を唱え、蛇を倒す。
これくらいなら、僕でも倒せる。だからみんな、「災厄」を倒せるって信じてくれ。希望を持ってくれ。
ティロンの言葉に、サンダーバニーは鼻を鳴らした。
蛇は街中に広がっている。それをお前一人だけで何かできるのかな。
ティロンは、声を詰まらせた。街は広く、被害が出る前にティロン一人で回りきることは難しい。
と、そんなティロンの中にある絶望を読んだのか、数匹の蛇が同時にティロンに襲い掛かってきた。
だが、その蛇たちがティロンに攻撃をすることはできなかった。リアノの鞭が、マックスの矢が、サラサの刀が、そしてヨハンの魔術が唸り、次々に蛇を打ち倒していったのだ。
蛇たちは断末魔の叫びをあげながら倒れ、消滅する。
この様子を見た、街の人々が希望を持ったためだと言うことは、容易に想像がついた。それはつまり、街の人々が希望を持てば、蛇を倒せるということである。

ティロンは、ヨハンたちを見ると、軽く礼を告げる。そして、少し申し訳なさそうに、ヨハンたちに切り出した。
共に、蛇を倒してくださいませんか、と。ティロン一人では街中の蛇を素早く倒すのは不可能だ。だが、ヨハンたちの助けがあれば、蛇たちを倒すことはできると皆が思ってくれる。そして、皆がそう考えれば、この街を襲う蛇は消滅し、「災厄」も弱くなると。
もちろんだ。
ヨハンたちを代表し、グレンが告げる。こうして、街中にいる蛇を倒すべく、ヨハンたちが動き出すことになった。

時間をかけていては被害が拡大する。そう考えたヨハンたちは、仲間をだいたい二人一組に分け、別々に行動することにした。その際、組を作る上で重要視されたのが、互いの長所を生かそうと言うことであった。蛇は人々の思いにより生み出されており、人々に希望を持たせるためには蛇を何か一つの点で圧倒すべきだと考えられたためである。なお、車いすのマリアンナは長距離の移動が難しいとの理由から、街の中心部に留まり、逃げてきた人の対応にあたることとなった。
軽い打ち合わせの結果、長年のコンビであるグレンとゼンマイガーの組み合わせと、互いに惹かれあうものがあったマックスとイギーザビーのギルマンコンビの組み合わせはすぐに決定。続いて、ヨハンとティロンの組も決まり、そこにヨハンの挑発に乗ったケニーもついて行くことになった。だが、残りの組は調整に難航することとなった。原因は、ティボルトである。彼のウリは俊敏さであり、精神面の強さが最大の長所であるセルモとは得意分野が被っていない。ティボルトは運命の力で何とかなるとほざいていたが、俊敏さが売りのサラサかリアノと行動すべきと言う結論に達し、セルモはからくり士のマミと行動を共にすることになった。嘆き悲しむティボルト。サラサもリアノもそんなティボルトと共に行動したいと思っていなかった。親友同士の厚い譲り合いの末、じゃんけんに敗北したサラサがティボルトを連れ、リアノはフェンネルと共に蛇を討伐することになる。


こうして、組み合わせが決定したヨハンたちは、次々と街中へ駆け出していった。人々に希望を持たせ、蛇を倒すためである。
ヨハンの魔術と圧倒的な装甲が、サラサの剣術が、リアノの鞭捌きが、マックスの正確な射撃が次々と蛇を打ち倒していく。戦いを得手としていないグレンとゼンマイガー、そしてセルモもおのれの肉体や魔術を駆使して蛇に立ち向かう。そして、彼ら二人には蛇を前にしても全くひるまぬ精神力があった。こうして、彼らは行く先々で次々と人びとに希望を与え、蛇を倒していった。
ヨハンたちの中で、最も目覚ましい動きをしたのが、セルモである。ティボルトの呪縛から解き放たれた喜びなのか、彼女の魔術は冴えわたり、蛇を次々と蹴散らしていった。おまけに、ティボルトによる常日頃からの付きまといを気にも留めないセルモの精神力は、蛇を見ても全く動じることはなかったのである。
一方、ヨハンはその頃、ケニーに蛇退治を任せていた。ケニーに蛇を倒させることで、その腕を鍛えさせようという目的である。と言っても、完全に任せているわけではない。ヨハン自身も軽く蛇と戦いながら、ケニーが自由に暴れられるようお膳立てをしていた。ヨハンからしてみれば、初めての他者に気を遣いながら戦う戦闘である。気を遣う分大変ではあったが、ヨハンはそれを楽しんでいた。
と、そんな中ヨハンたちの目の前に、幾分強そうな大蛇が現れる。自分一人であれば倒せるだろうと踏んだヨハンであったが、ケニーのことを考えると少し危険であった。小考の末、ヨハンは一度撤退する道を選ぶ。後で仲間たちと倒しに来ればいい。ケニーのことを考えての、退却であった。また、サンダーバニーのことで悩むティロンに、ゲイムの存在を告げる。ゲイムのことを知ったティロンは納得したような顔でヨハンの方を向いた。
教えてくれてありがとう、ヨハン。お蔭で少し、気持ちが救われたよ。
その頃のグレンは、苦笑していた。蛇退治に向かう際のヨハンの言葉を思い出してしまったのである。
おれのゼンマイガー、任せたぜ。
おれ、と言う部分を強調しながらヨハンはゼンマイガーをグレンに渡した。全く、ヨハンはゼンマイガーを何だと思っているのやら。グレンは一人呟いていた。その横では、ヨハンにより謎の魔改造を遂げたゼンマイガーが蛇を追っ払っている。
と、その時、商店街と思しきところからいくつか悲鳴が上がった。蛇がこのあたりにもいるのだろう。グレンはその人たちを助けるために向かっていった。
リアノもまた、得意の鞭捌きで蛇を打ち払いながら街中を駆け巡っていた。もとより素早いリアノである。縦横無尽に街を駆け抜けるのは得意中の得意であると言えた。と、リアノは突然足を止める。その目の前に、二人の男がいたためだ。おまけにその片方、筋骨隆々とした男には見覚えがあった。半年近く前にトバリであった、「スオウ・シノノメ」だ。その横にいる人物は、どことなくケニーに似ている。おそらく、その父トニーであろう。
スオウと思しき人物は、街中の蛇を蹴散らしながら移動していた。
本当にあの二人がスオウとトニーなのか、確認した方がいいだろう。そう考えたリアノは二人の前に姿を現すと、身構えるスオウに告げる。あなたの娘、サラサ・シノノメもウノーヴァに来ています。
だが、スオウの返事は芳しくなかった。
サラサが来ているのか、面倒だな。
そして、手にした刀をリアノに突きつける。
お前も放っておくと面倒だし、死ね。
だが、スオウが切りかかるより先に、身の危険を覚えたリアノはアウリラの跳躍力を活かし、大きく後ずさっていた。そのまま、持ち前の機動力で退却する。
ケニーの父親は生きていた。しかし。サラサの父親は、リアノの記憶にあるサラサの父親とは大きく異なっていた。少なくとも、娘のことを面倒と切り捨てるような人物ではない。
行方知れずとなってから、何かスオウを変えるような出来事が、起きたのであろうか。それとも、また別の理由なのか。
スオウのことを考えながらリアノは、街を再び歩き出していた。しかし、いささかリアノはそのことに気を取られ過ぎていた。スオウについて考えすぎるあまり自分の目の前にいる、大蛇の実力を見誤ったのだ。蛇の強烈な一撃をかわし損ねたリアノは、そのまま意識を失った。
一方、サラサはティボルトと共に街中を移動していた。その最中、サラサたちは偶然グレンに再会する。グレンは、数多くの荷物を持っていた。どうやら、武器屋と雑貨屋の店主を助けたお礼として、多くの品を貰ったらしい。
二人は合流すると互いの状況を話し合った。どうやら、サラサとグレン、そしてヨハンのいた街の西側はほとんどの蛇を倒していたらしい。街の人たちの多くも、二人に労いの言葉をかけてくる。
一段落かと考えていた二人の近くで、悲鳴が上がった。駆けつけると、一匹の大蛇が町人を襲っていた。これまでの蛇と比べると、格段に強そうな蛇だ。サラサたちは町人を助けると、身構える。こいつを倒せば、一段落だろうという予感が、サラサたちにはあった。
と、その蛇は息を大きく貯めると二人めがけて強烈な毒息を吐きかけてきた。当たれば、二人の肉体に大きな打撃が入るだろう。だが、その毒息は二人のもとに届かなかった。鎧を着込んだヨハンに、防がれたのである。
悔しそうに吠える大蛇。だが、その叫びが大蛇最後の行動となった。直後、サラサとヨハンから猛攻を受け、大蛇は力尽きたのである。

一方、街の東側を駆け巡るマックスも、蛇はほとんど倒したと感じていた。だが、不思議と嫌な予感がする。その予感の感じるままに街を駈けて行ったマックスは、血を流して倒れているリアノとリアノに止めを刺そうとしている大蛇に出会った。
よくも、リアノ姉ちゃんを倒したな。
マックスは怒りに任せて強烈な一撃を大蛇に叩き込む。そして、即座に矢をつがえもう一発。更に、相手の攻撃を矢で逸らす。更に弓を射ろうとしたマックスは、矢ずつに手を伸ばし、気が付く。矢がほとんど、残っていない。冷静に思い返してみると、多くの蛇を倒すべく矢を射たままにしていた。残された矢は2本。だが、これだけで大蛇を倒せるかは、怪しい。
だが、倒せないとなると、リアノの実が危うい。何とかしてでも倒さねば。そう考え、弓を引き絞るマックス。そんな彼に援護が入った。近くへと駈けつけてきたセルモによるものだ。それによって鋭さを増したマックスの攻撃は、ちょうど2本で大蛇を倒したのであった。こうして、街の東側でも蛇は消滅。
街から蛇はいなくなったのであった。
人びとの歓声が、各地で上がっていく。そしてその声は少しずつ大きくなっていき、ついには町全体を飲み込むほどになっていた。
ヨハンたちはその声の中、再び町の中心へと戻っていく。街の中心には、マリアンナとサンダーバニーが待っていた。フードを目深にかぶっているサンダーバニーの表情は読み取れず、彼女が何を考えているかはわからない。しかし、その声色からは、ヨハンたちに対する怒りが感じ取れた。
自らの予言がかなわなかったことからか、はたまた別の理由なのか。サンダーバニーはヨハンたちが無事で戻ってきたのを確認すると、小さく毒づいた。
とは言え、蛇を倒したことは認めましょう。そして、蛇を打ち払ったあなた方が「大いなる災厄」に挑むのは止めません。
サンダーバニーは苦々しげに告げる。
「夢の跡地」の奥にある遺跡に「大いなる災厄」はいます。ですが、「災厄」はあなた方が思っている以上に強い。引き返すなら今のうちですよ。
その言葉を鼻で笑ったのが、ヨハンだった。ヨハンはサンダーバニーを見つめ、告げる。サンダーバニーではなく、その先にいるゲイムに向けてだ。
そんなにおれたちが怖いのか、臆病者が。

その後、街で一休みしたヨハンたちは、案内役を買って出たティロン・フィンネルと共に「夢の跡地」の最奥へと出発した。サンダーバニーの家でもある監視小屋を抜けて一時間ほど歩くと、うっそうと茂る森の中に一つの建物が見えてくる。かつては、神殿か何かだったのであろうか。そう思わせる建築物だ。だが、その周りに立っていたと思しき柱は折られ、無造作に捨て置かれている。建物も、ところどころ壊されており中が見えているところも多い。単なる風化が原因なのだろうか、それとも、それ以外に巨大な力が加わったのだろうか。
あの建物が、「夢の跡地」の最深部です。「大いなる災厄」は、その入り口に出てくると言われています。
フェンネルがヨハンたちに告げる。
あなた方が、必ずや「災厄」を打ち破ってくれるとわたしたちは信じています。


ヨハンたちはついに、建物の入口へとたどり着いた。そこは半壊しており、かつて入り口として扉があったであろう場所は、その断片を残す二本の柱が残っているのみだ。そして、その中心には人の女性が立っていた。サンダーバニーだ。
あれほど警告したにもかかわらず、何故ここまでやってくる。
サンダーバニーは怒りを湛えた目つきで、ヨハンたちを見つめる。
まあいい。お前らはここでわたしが討ち取ってしまえば、何の問題もない。
その声と共に、黒い瘴気が巻き起こり中から5本の頭を持つ巨大な蛇が現れた。その顔一つ一つが、ヨハンくらいの大きさはあろうかと言う、巨大な蛇だ。この大蛇こそが「大いなる災厄」であろう。サンダーバニーはその蛇の頭の一つに飛び乗ると、人の頭くらいの大きさの水晶玉を取り出した。
あなた方には、死んでもらいましょう。
サンダーバニーの声と共に、戦いが始まった。

戦いが始まると同時に、サンダーバニーが蛇の頭の上で水晶玉を掲げる。その動きに危険なものを感じたのがセルモだ。彼女は手早く魔術を唱えると、水晶玉目掛けて放つ。
サンダーバニーがその攻撃をかわしたために水晶玉に攻撃が命中することはなかったが、セルモのもくろみ通り、サンダーバニーの最初の動きを封じることができた。サンダーバニーは軽く舌打ちすると、「大いなる災厄」から飛び降り、ヨハンたちの反対側へと行ってしまう。これで、お互いがお互いのことを目視できなくなってしまった。
続けて大いなる災厄がその首を一度に動かそうとするが、マックスが素早く射かけ、牽制する。その間にグレンが敵の特徴を大まかにつかんでいた。
「大いなる災厄」とサンダーバニーは、恐らく魂を共有している。と、グレンが告げる。「災厄」はおそらく、このサンダーバニーが作ったのだろう、とも。
そしてグレンは続ける。サンダーバニーの鍵は。水晶玉だ。あの水晶玉でおれたちのことや近い未来を先読みしている。だが、予言は予言だ。外れることもあるだろう。それより辛いのが、サンダーバニーに攻撃しようとしても、「災厄」の強靭な鱗に阻まれて届きそうにないことだな。リアノの攻撃でも、あの鱗はどうにもできないぞ。
それに対し、リアノは平然と答えた。
大丈夫、わたしが何とかする。
リアノの鞭捌きを見慣れているヨハンたちは、その一言で彼女の狙いを理解した。同時に、敵の攻撃による被害を防ぐため、散開する。
そして、セルモとゼンマイの魔術がサラサの身をとてつもなく敏捷にする。今のサラサは、敵味方の誰よりも早く行動できる俊敏さを身に付けていた。
だが、そんなサラサよりも素早く動くものがいた。セルモとリアノだ。セルモはティボルト直伝の素早く動く技術を用い、サラサ・リアノ・マックスに魔術をかける。この魔術により、三人の攻撃は鋭さを増すことになった。
更に、ゼンマイガーの支援を受けたリアノが続けて動く。アウリラの跳躍力を活かして「災厄」の左側、ちょうど「災厄」に触れずにサンダーバニーが視認できる地点へと移動した彼女は、鞭のリーチを生かした攻撃を放つ。
その攻撃に危険なものを感じたサンダーバニーは未来を読もうとするが、リアノの複雑な鞭の動きは水晶玉では読めなかった。かくて、鞭の一撃がサンダーバニーへと命中する。
おまけに、その一撃はそれだけでは終わらなかった。リアノは鞭でサンダーバニーをからめとると、自分のすぐ隣へとサンダーバニーを連れてきたのである。こうして、サンダーバニーを「災厄」の陰から引きずり出すことに成功した。これが、リアノの狙いであった。サンダーバニーを倒せば、魂を共有している「災厄」も倒れる。そう考えたのだ。
そこにサラサが突っ込んでいく。だが、それをサンダーバニーは先読みしていた。雷がサラサを襲い、更に彼女の剣技も一度は回避する。
そして今度はサンダーバニーの反撃である。サンダーバニーが水晶玉を掲げると、突然天から大雪が降ってきた。そして、その大雪はヨハンたちに吹雪となって襲い掛かってきた。とっさにヨハンがグレンを。ゼンマイガーがリアノをかばう。そして、サラサは神がかり的な技術で、その吹雪を防いでいた。以前、シロイコとの戦いで見せたような、回避である。あれに当たってはいけない、との思いが結びついたのであろうか。
実際、サラサがこれにあたってしまえば、ヨハンたちの戦力は大きくダウンしていただろう。命中したヨハンたちは気付く。自分たちの足元が凍りついており、容易には動かなくなっていることに。
続けて、「災厄」が何か強大な一撃を放とうと身構える。だが、その一撃はマックスによって防がれることとなった。だが、流石に五本ある首のブレスまでは防げない。
首は次々とブレスを放った。猛毒でできたこのブレスにあたってしまえば、並の人間は即座に倒れるだろう。そんな強烈なブレスである。だが、「災厄」の前に立つ人々は並の人間ではなかった。マックス、サラサ、リアノはそれらのブレスを華麗に回避していく。その陰には、首にあらゆる妨害を叩きこむグレンの存在があった。おまけに、誰かが当たろうにもヨハンやゼンマイガーが壁となり、防ぐ。特にヨハンの”GP03”は、首の放つブレスを完全に防いでいた。ヨハンたちは、敵の攻撃を誰一人被害を出すことなく乗り切ったのだ。
そうなれば、次はヨハンたちの攻撃である。リアノの鞭がとサラサの剣技が次々とサンダーバニーを襲う。サンダーバニーはその全てを先読みしようとするが、辛うじて4発あったサラサの攻撃を一度だけ回避できただけであった。そして、その命中した攻撃をグレンとセルモが強化していく。
そして、マックスが狙い澄ました矢が二発、サンダーバニーの体を貫いた。サンダーバニーはたまらず膝をつく。同時に、首の一つが断末魔をあげながら消滅した。グレンの言うとおり、サンダーバニーと「災厄」の魂が共有されている。それを示す出来事であった。
おのれ、とサンダーバニーは呟き、再び立ち上がると水晶玉を天に掲げる。だが、そこにセルモの魔術が襲い掛かる。サンダーバニーはセルモの魔術を防ぐことには成功したが、サンダーバニーの攻撃も防がれることになった。セルモの目論み通りである。
更に、ヨハンたちの攻撃は続く。ヨハンが”GP03”の主砲を唸らせ、更に再び行動可能になったサラサとリアノの攻撃が続けざまにサンダーバニーへと命中する。
サンダーバニーはたまらず倒れる。と、またしても首の一つが断末魔を上げながら消滅した。残る首は三本。
ヨハンたちがそう考えた時だった。倒れているサンダーバニーの体から、黒い瘴気が巻きあがった。そして、その瘴気に「大いなる災厄」が吸収されていく。おそらく、サンダーバニーはかなり追い込まれてきているのだろう。「大いなる災厄」を残したまま行動できないほどに。
一方で、「大いなる災厄」を吸収したサンダーバニーの力は、格段に増していた。彼女が水晶玉をかかげると、天から雨が降ってきた。大雨だ。同時に、強烈な風が吹き起こる。
そして、再び大雪が降ってきたかと思うと、ヨハンたちに強烈な吹雪が襲い掛かる。先ほどの吹雪と合わせると、常人はおろか並大抵の冒険者であっても倒れてしまうような吹雪だ。
だが、ヨハンたちの強さはそれを大きく上回っていた。
セルモとゼンマイガーが巨大な防御壁を作り出し、マックスとセルモ自身への攻撃を防ぐ。流石にリアノへの攻撃もかばったゼンマイガーは半壊しかけていたが、”GP03”の強大な防御力を活かし、ヨハンはまだ立っていた。
舌打ちするサンダーバニー目掛け、マックスがデストラクションの力を利用して強烈な攻撃を叩きこむ。その数、なんと4度。途中、グレンの力までも借りながらマックスがありったけの力で攻撃した。
だが、サンダーバニーはまだ立っている。彼女は水晶玉を光らせると、その強風を活かした烈風をサラサとリアノに叩き込んだ。まだいける。そう考えた彼女の眼前には、”GP03”の主砲に魔力を込めるヨハンの姿があった。
サラサ直伝の怒りを込める技術を利用し、ヨハンが強烈な魔導砲を放つ。その一撃は、サンダーバニーを倒すには十分なものであった。
ヨハンの攻撃を受けたサンダーバニーは力尽き、倒れる。同時に、彼女の水晶玉が手からこぼれ、地面にあたって大きな音を立てて砕けていった。ヨハンたちが戦いに、勝利したのだ。

ティロンが倒れたサンダーバニーへと駆け寄り、その名を叫ぶ。だが、サンダーバニーはピクリとも動かない。不安がるティロンとフェンネルに対し、ヨハンたちが声をかける。
ゲイムの洗脳が解けた後は、しばらく眠ったままだ。
どれくらい、眠っているのか。とのティロンの問いに、マリアンナが首を横に振って答えた。
正確な期間は分からない。操られている期間が長ければ長いほど、時間はかかる。最低でも一年はかかるだろうな。
一年か、とティロンが嘆息する。グレンは、そんなティロンの肩に手を置くと励ましの言葉をかける。
その間に、街を立て直せばいいんだよ。その人が目覚めた時、驚くようなくらい、平和な街にな。
ティロンはグレンの言葉にはっとしたような顔をすると、深く頷いた。
そうですね、そうしたいと思います。皆様、本当にありがとうございます。

その後、ヨハンたちは”退魔の杖”を求め、遺跡を探索することになった。ところが、想像以上に建物は風化しており、どこにその”杖”が納められた場所があるかもわからないような状態であった。
一行が捜索に行き詰っているころ、ヨハンはケニーと二人、遺跡を彷徨っていた。この遺跡の中に入ってから、何か自分を呼ぶような声が聞こえるのだ。そしてヨハンがたどりついたのは、崩壊し瓦礫にみちた部屋だった。何故、ここに、と思うヨハンは、改めて部屋を眺めまわす。そうすると、瓦礫の中から見える床の一部分に、何か違和感を覚えた。
兄ちゃん、何か見つけたのか。
そうヨハンに声をかけたのは、マックスであった。マックスは、この遺跡に入ってから港別行動し、ふらふら歩いていたヨハンのことが気になっていたのである。
そんなマックスに対し、ヨハンが事情を説明し、共に瓦礫を取り除くことを提案する。マックスも同意し、ケニーと合わせ三人で瓦礫をのけ始めた。ほどなくして、その部分の床にたどり着く。マックスが調べてみると、そこはやはり隠し扉になっていた。
そのまま階段を下りていく三人。階段を下りた先は、小さな小部屋になっていた。唯一、北側に通路があり、その先には荘厳な扉によって閉じられている部屋がある。おそらく、その部屋こそが、”退魔の杖”が納められている場所であろう。そしてその部屋には、ヨハンしか行くことができない。
ヨハンは、マックスの方を向くと、傍らにいるケニーを指さした。
ちょっと行ってくるから、その間ケニーと遊んでいてくれ。
そして、子ども扱いするな、と言うケニーを無視し扉の前に立つ。
戻ってこいよ。
そう声をかけるマックスに、ヨハンは答える。
戻って来るさ。
そして、ヨハンが何やら願うと、扉が勝手に開き始めた。その先に何があるのか、マックスはその部屋から発せられるあまりの明るさに、部屋の中を直視することが出来なかった。そして、その光が収まった時、扉は再び占められヨハンだけが忽然と消えていた。

一方のヨハンは、真っ白な部屋の中にいた。その部屋はがらんとしており、基本的には何もない。唯一の例外が、中央にある台座だ。その台座には、大きな緑色の宝玉が埋め込まれた杖が置かれている。
ヨハンがその杖を手に取ると、その杖から女性の声が聞こえてきた。さきほどまで、ヨハンの中に響いていた女性の声だ。
この杖の作成者だと語る女性は、ヨハンの遠い先祖だと名乗った。彼女はこの杖を利用して『魔王』ルーファスを封じることには成功したが、倒すまでは至らなかった。女性は自らの力のなさを詫びると共に、この杖を使ってヨハンが魔族を倒せることを祈っている、と述べる。
女性の声は更に続いた。この杖は埋め込まれている宝玉が鍵なのだと言う。これによって、魔族の力を弱らせ魔族の技を吸収することができるのだ。
しかし、ヨハンの両手は塞がっている。どう使えばいいのか。ヨハンがそう考えていると、杖が大きく輝きだした。その杖の輝きはさらに強まり、あまりのまぶしさにヨハンは右腕で目を覆わざるを得なくなる。すると、その輝きはヨハンの右腕。そこに付けられた籠手へと吸収されていった。ヨハンが目を開けると、ヨハンの籠手の中に、緑色の宝玉が埋め込まれていた。これを使え。そういうことらしい。
と、一旦聞こえなくなっていた女性の声が、再び聞こえてきた。
女性は、意外と好奇心が旺盛だったようで、ヨハンがどんな人なのか気になると述べていた。友人や恋人がいるのだろうか、と。
ヨハンはそれにうるせーと呟くと、部屋から出ていった。
こうして、ヨハンたちは”退魔の杖”を手に入れたのである。


こうして、『大いなる災厄』を倒したヨハンたちはストリーアトンへと戻って行った。とりあえず、ティロンの家に向かおう、そう考えていたヨハンたちは、街の入り口で驚くことになる。街の入り口には、ヨハンたちの帰りを今か今かと待ち望む、多くの人々が待ち構えていたためだ。
実は、街の外に出向いて様子を伺っていた人が他の住民にヨハンたちの帰還を知らせたのである。ヨハンたちは、万雷の拍手と歓声の中、ストリーアトンへと入っていった。
一通りの歓待を受けたヨハンたちは、そのままティロンの家へと向かう。ティロンやフィンネルにお礼と、いくつか話し合いたいことがあると言われていたからだ。
ティロンはまず、「大いなる災厄」を倒してくれたお礼として、ヨハンたちにいくらかの金品を渡そうとした。だが、ヨハンたちはそれを断る。それは、村の復興に使ってくれと。
そして、サンダーバニーとなってゲイムに操られていた、アマニタを許してほしいともティロンは述べる。ヨハンたちはそれを当然だ、と言わんばかりに頷く。
おれたちが憎んでいるのは、ゲイムであって、その人じゃない。
とは、一行の気持ちを代弁したグレンの言葉だ。
ティロンはそれに、感謝の意を込めて深々と頭を下げた。
もう一つの提案は、ヨハンたちの今後であった。ヨハンたちはこの後、ウノーヴァ各地を渡り歩くことになるのではないか。しかし、ウノーヴァ各地に詳しい人はあまりいなさそうだ。そう考えたフェンネルは、ヨハンたちに同行を申し出る。彼女は数年前に、ウノーヴァ各地を渡り歩いたことがあるのだ。
こうして、フェンネルを仲間に加えた一行は、エミリーとの約束があるヌヴェーマへと戻っていった。


H275年1月。ヨハンたちはヌヴェーマへと戻ってきた。エミリーに、ゲイムの場所を神託してもらうためだ。
待ち合わせ地点で待っていると、どこかで聞いたようなにぎやかな声が聞こえてくる。
どうやら、またカルロスが女性に迷惑をかけたらしい。そんな彼らの声に、マミやイギー、ザビーは苦笑していた。
そちらはどうでしたか、と尋ねるマミに、エミリーは自信に満ちた声で答える。
万事順調。
そして、ヨハンの腕に目をやると、続ける。
目的のものは、手に入ったみたいね。じゃあ、次は、わたしが頑張らないと。
こうして、エミリーは神託を始めることになった。ゲイムとの戦いで、大きな鍵となる神託を。


一方その頃、森の中を、二人の男が歩いていた。筋骨隆々な男と、漁師のような恰好をした男だ。二人は何か話しながら歩いていた。が、突然、筋骨隆々とした男が足を止めると、近くの茂みに目を向けた。
誰だ、このスオウ様に用がある奴は。
だが、茂みから答えはない。
来ないなら、こっちからいかせてもらおう。
スオウと名乗った人物はそう告げると刀を取り出し、茂みめがけて飛ぶ斬撃を放った。斬撃が直撃した茂みは、その強さに耐えられず、吹き飛ぶ。
なかなか、やるのお。
そう言って茂みから出てきたのは、一人の老人であった。ただ、斬撃が命中したはずの老人には傷一つない。
スオウ・シノノメ、お主のこと、調べさせてもらったぞ。色々とな。スオウ、儂のもとに来んか。お主は、力が欲しいのじゃろう。
老人の言葉を、スオウは鼻で笑った。
ふん、力なんてものは、おれが付けるものだ。人に与えられるものではない。お前も、この刀の錆にさせてもらおう。トニー、お前は危ないから下がってくれ。
そう告げると、スオウは刀を構えなおす。老人はそれを、悠然とした様子で眺めていた。
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