骸の亡国、屍の魔樹(仮)

始まりは、ある時から急に白壁西の熱帯雨林にて多数のアンデッドが散見される様になった事からだった。
薬師の集落や薬草を採取に行った冒険者達が度々襲撃に遇い、その頻度は日毎に増加していったのである。

貴重な薬草の一大産地の異変に、現地の冒険者ギルドは下級亡者を操る高位アンデッドが発生した物と見て調査を開始。
そして数日後には森林内の複数個所にて死霊樹発見の報がなされ、ギルドはこれが異変の原因と断定。
すぐさま討伐任務がクエストボードに張り出される事となった。


複数の冒険者パーティーがこれに挑む中、当時ウドゥンの町に滞在していた鏖金の明星一行もこれに参加する事となった。
尚、マウルベーレグリルグゥルデン帝国への入国に関しては犯罪奴隷として買ったパーティーの備品であると言う名目と、
嘗て帝国軍とは対黒羊討伐戦において轡を並べた経験からある程度顔も効くと言う事もあり、
仮にまた帝国領で犯罪行為を行った暁には所有者のグザンにも塁が及ぶ事を納得の上でお目こぼしを貰った。

そんなこんなで無事に白壁西まで辿り着いた鏖金の明星一行は勇む足でアンデッドが跳梁跋扈する熱帯雨林に入ったのだが……

そこで一行が目にしたのは、既に多くの冒険者が討伐し、文字通りの死屍累々の屍の山と化したアンデッド達の残骸が広がる光景。
そしてその先には、真っ二つに断ち割られた死霊樹の根元に佇み、澄み渡る青空の様に輝く一振りの剣を携えた一人の男。

「あぁ、スマン。あんた達も来てたんだな」

目当ての死霊樹は、グザンと同じく嘗ての黒羊との戦いで共に肩を並べ戦い抜いた半人半魔の勇者候補プレヤー』が既に討伐を終えた後だった。
完全に出遅れた事に些か肩を落しながらも「まあこういう時もあるか」と気を取り直し、何はともあれ人々を脅かす存在が除かれて良かったと踵を返そうとした一行だったが――――

その目の前で、突如雪崩れの如く殺到したデッドマンズ・スウォームの巨大な肉塊の波にプレヤーが飲み込まれてしまう。
「ワー」という叫びと共に遥か彼方へ流されていく姿を呆然と眺める一行の前に、不気味な咆哮と共にドラゴンゾンビドラゴンスケルトンの二体が木々を薙ぎ倒し現れる。
骨格から見てメタルヘッドドラゴンの雌雄と思しき二体の屍竜が爛れた腐肉と骨の軋みを上げながら、巨大な頭を振り上げて襲い掛かって来た。
即座にグザンが蔦たちに飛び退くよう叫ぶと同時に大太刀大剣を抜き放ち、跳躍と共に振り下ろされた巨頭を躱すと共に刃を振りかぶる。
右手に飾った宝珠に光を宿ると、グザンの両腕に剛力が満ち満ちると共に振り下ろした二つの刃が竜の首を一撃で両断した。

妖刀の瘴気が屍の巨体を完全に腐食させ崩壊させるのを見届けながら、グザンの脳裏に予感が走る。
レッサードラゴンのアンデッドに、先程の津波の如く巨大な死肉の塊、これは既に死霊樹程度の存在が使役できる規模を遥かに越えていた。
そう考えている間にも、木々の奥からは不気味なうめき声を上げながら再び大量のアンデッドが押し寄せて来る。

応戦しながら取り急ぎ病葉園配下のアンデッドに索敵を任せると驚くべき事に死霊樹や怨霊樹がどこから沸いて出たか等間隔に確認され、
配下のアンデッド共々数多くの冒険者パーティーと交戦していたのだ。

人海戦術には人海戦術と何時もの如くアンデッドと異形の天使の軍勢を展開し、
それを壁としつつアンデッド相手に持久戦は不利と誰よりも良く知っているグザン等は恐らくは今回の事件の首魁が存在するであろう場所めがけて一直線に斬り進む。

戦いの最中、長槍を手にしたレッドスケルトンの軍勢がグザン目掛けて突撃、槍衾の上に釣り上げられたグザンであったがその体からは一滴の流血も無かった。
破れた装束の間から槍先が突き刺さっている筈の場所から見えるのは真紅の鱗。

「誇り高き海王竜よ、貴殿の力…借り受ける!」

軈てその全身は真紅の鱗に覆われた竜人に似たそれと化し、身を翻して数多の槍を叩き折ると落下の勢いそのままに槍衾へと飛び込み密集して身動きの取れない骸達を力任せに吹き飛ばす。
嘗て激戦を繰り広げた海王竜アンゲロニア、そしてその配下のドラゴン達の竜力を偶発的に使用した侵植のプランの能力で図らずも取り込んでいたグザンは遂にその力を発揮。
彼の傲岸不遜の海竜王と同じ六本の角と真紅の鱗に身を包んだ竜人に似た姿へと変じたのである。
まだ完全に使いこなせてはいないがそれなら実戦はまたとない鍛練の場であると、雄々しき咆哮と共に翼を羽ばたかせ突進する。
ドラゴンの膂力に力の宝珠も加えた埒外の剛力で周囲の木々ごとその道を阻むアンデッドの軍勢を薙ぎ払い、女性陣のサポートを受けながら破竹の勢いで斬り進む。

そうして遂に、グザン一行はアンデッドの湧き出る根源たる“ソコ”に到達した―――――。



さて、今度の事件が今まさに起こっている場所を今一度思い起こして欲しい。
白璧西、そこは自然豊かで有用な薬草の類いを産出する地として有名だが同時に血生臭い悲劇の歴史も共に語られる。
シ・ルク聖国』、かつてこの地に存在していた国家の名であるが今尚悪名高い『鳥類憐れみの令』により間接的にとは言え一頭の恐竜種による大虐殺の後に滅んだ事で有名な国である。

そのシルク聖国が存在した廃墟の王城跡地、残骸と化したそれを突き破るようにして巨大な幹が天を衝いていた。

太く脈動する根は廃墟と化した街並みを森の如く飲み込み這いずり、生い茂る枝葉と立ち込めた暗雲により一帯が宵闇に閉ざされている。
その不気味な暗闇の中、光と言うものは怪しく幹を伝う血管の様な毒々しい生命力と魔力の放つ妖光だけであった。

神霊樹”、それは死霊樹や怨霊樹の行き着く到達点にして伝説級の存在、国丸々一つ分の怨念を吸ったそれが新たな王城であるとばかりに鎮座ましましていたのである。

さしものグザンもさてどう攻めた物かと思案していると、即座に一行に向けて周囲に蔓延る大量のアンデッド達が殺到する。
女性陣を下がらせ切り払おうと構えたその時、背後から突如青白い光が迸ったかと思った刹那、アンデッド達は粉々に粉砕されていた。
木端微塵に弾け飛んだ肉塊の破片を飛び散らせながら、聖剣を片手に大きく跳躍したプレヤーがグザン達の傍に舞い降りる。

「デカいな…手伝いは必要か?」
「無用…と言いたいがやはり数が多いな。私は空から向かう。雑兵を一掃して他の皆が通れる道を作ってくれれば助かる」
「わかった」
「…あの、それではこういうのは如何でしょう」

向かい来る亡者の群れに対応しながら戦略を練る勇者候補二人に、蔦が何かをそっと耳打ちしていたその時、神霊樹の幹が蠢き禍々しくも巨大な凶貌を形作った。
もうこの世にその顔を覚えている者が残っているかは不明だが、その顔こそかつてシルク聖国を治め、そして崩壊するの原因たる「鳥類憐れみの令」を発布したグッド・ロープ3世その人の物であった。
この愚王、国民が恐竜の餌食になってゆくのを横目に自分だけ国外へ逃亡したまでは良かったが、国王への怨念を呑んで死んでいった国民が死後に悪霊化。
その集合体はスピリットレギオンとなってこの国王を憑り殺しその魂を取り込んだが、そこは死んでも国王と言うべきか本来なら個の意識は失われてしまう所を強烈な自意識で支配権を奪取。
なんと自我を保ったまま今度はシルク聖国跡地に舞い戻り王城に植えられていた御神木(鳥を信仰する国家故に止り木もまた信仰のシンボルの一つであった)に憑依して死霊樹へと変じた。
後は周囲の魂や死体をアンデッド化させて人目につかない様にしながら徐々に成長を遂げ神霊樹にまで至ると、
今度は眷属である死霊樹や怨霊樹を通常ではありえない程の高密度に配置、白璧西を完全に占拠した後にグリルグゥルデン帝国への侵攻を企てていたのである。

戦力が整うまで存在をひた隠しにしたり戦力を密集させたりと本来の個体ではありえない知性はそういった訳であるが、
そんな中包囲網を突破して己の眼前に立った勇者候補に邪魔をするなと森に響き渡る大音響で発した元国王現神霊樹へとグザンは剣を向けてその目的を問いかける。
そのグザンを嘲笑うように大笑した神霊樹は唯支配、支配し搾取する事、そしてそれこそが王だと豪語する。

しかし、グザンは確かに王は時として民を搾取し苦痛や我慢を強いる事がある、しかしてそれは未来を見据えての事であり最終的な民の幸福を考えての事。
虐げる事しか考えぬ己は既に王に非ず、貴様の様な大義無き強者こそ自分が征伐すべき存在と喝破。
何を小癪なと巨大な根をしならせて叩き衝けるのを二振りの刀剣でいなしつつ竜の翼を翻すと騎馬としての姿のクラッスラの背に着地し人としての姿に戻って名乗りを上げる。

眼下では蔦が操るガシャドクロパッシフローラの天使が神霊樹の配下のアンデッドと乱戦を繰り広げている。
『術で使役された手駒はより強い術によって使役し返される』、かつて戦った『巨大な魔』から言われた言葉を思い返しながら、
倒された死霊樹や怨霊樹を介して支配権を無理矢理奪い取った蔦がアンデッド達によって此方の手勢を更に増やしていく。

その中にグザンがストロンゲストを投げ込めば着地点にいたリビングアーマーを貫通し温羅が引き抜くと共に重みで動けなくなっていたそれを粉砕。
そのままストロンゲストを振り回す温羅をツーマンセルを組んだとマウルベーレが連携により的確に援護する。
更にプレヤーがアンデッドの軍勢を切り開いた事で、各所で戦っていた他の冒険者達も徐々に戦場に到着しじわりじわりと戦線を推し進めていく。

数では有利でも戦力としては徐々に不利になってきた神霊樹は業を煮やし、その枝や根を振り回し根本に埋まっていた『虎の子』を出現させる。
それは嘗てシルク聖国を滅ぼした直接的な原因、能動的に彷徨う軍場と形容される決戦存在、骸となりその意識を奪われながらも完全に制御下に置く事が出来なかったそれが悠久の時を経て他の屍を踏み潰しながら甦る。
クルーデーリスタウロスレックス、その骸が瞳に眼光を滾らせて起き上がった。

死して骸となろうともその全身武器とも称される剣呑さはそのままに咆哮を上げるのに応じるが如く、
クラッスラへと上空のアンデッドの掃討を命じたグザンが飛び降りればクラッスラもまた人化を行い目礼にて無事を祈ると上空へを身を翻す。
落下地点に群がっていた有象無象のアンデッドを吹き飛ばしながら着地すれば待っていたぞとばかりに同じくアンデッドを蹴散らしながら最強の恐竜種の屍もまたグザン目掛けて一直線に突進し、両雄は空震が起こる程の勢いで文字通り激突する。
刃と角が金切声を上げる一瞬の鍔迫り合いの果て、その角を中程まで切り裂きながらも宙を舞うグザンは尚も余裕を崩さずに口角を僅かに上げる。
単騎で自分に競り勝った相手は何時振りであったかと。
空かさず地獄が口を開けたか言うような肉食恐竜特有の鋭い牙の並んだ顎がグザンへと迫り、その無数の剣先の様な牙がその肉体へと突き刺さり万力の様な力でその骨までをも噛み砕く。
堪らず吐血し口元から鮮血を垂らしながらグザンは一人語ちる。

「見事」

肉を裂かれ骨を砕かれ腸(はらわた)を潰されて五体バラバラにされそうになりながらも尚もその脅威に対して予てより耳驚かせたる以上であると心からの称賛を口にする。
瞬間爆発するかの如く噴き出す暗金色の仙力、それと共に無数の触手が恐竜の口蓋から溢れだしては絡み付く異様な光景に神霊樹までもが呆気に取られていると、
絡み付く触手によってミシミシと音を立て無理矢理押し広げられたそこから外神形態・改を発動させたグザンが事も無げに脱出する。
そして体に付けられた惨たらしい傷が傷口から飛び出た微細な触手が寄り集まって見る間に修復されて行った。

余りの光景に思わず取り乱した神霊樹が何者かと問いうとグザンは勇者候補と一言返し、それに対してお前の様な勇者が居て堪るものかと絶叫するのをお前に相手は後でしてやるとあしらい再び恐竜の屍へと向き合う。

「待たせたな」

そう口にするグザンへと低く唸って返すのにオールスローターを構えて名乗りを上げると目玉と牙を備えた口を無数に備えた自律型の触手を群がらせるも、あるいは噛み千切りあるいは力任せに引き裂かれてしまう。
それは承知の上と檮杌の力を発揮して自己強化を行うと大地が砕ける程に強く踏み込み真っ向からオールスローターを振り下ろす。
恐竜の屍もそれを迎え撃たんと角を振りかぶるも先程の一撃を耐えた角も今度と言う今度は耐えきれずに絶たれ、それまでかフリルに守られた頭骨諸共両断すると返す刀で首から尾までを横一文字に両断した。
それでも尚動こうとするもオールスローターの不死者殺しの特性により魂魄を引き剥がされて取り込まれた屍は塵へと還った。

虎の子を撃破された神霊樹は悔しがりながらもまだ終わりではないと遂には自ら戦うべく枝葉や根を振り乱しながら大地を揺るがしてグザンへと迫る。

「いいや、終わりだ」

突如として神霊樹の枝葉、即ち幹に現れた凶貌にとっての頭に対する部分が爆音と共に爆発炎上した。
その衝撃と驚きにこの世の物とは思えない悲鳴を上げながらのたうち回る神霊樹を眺めながら佇むグザンの背後に除虫菊が音もなく現れて跪く。

「よくやったなお菊、御苦労」
「はっ、我が主が注意を引いて下さったお陰に御座います」
「上まで運んだのは俺なんだけどなぁ。…てか普通に燃えるんだ、アレ」

目線は神霊樹から離さぬままに除虫菊の頭を撫でてやるグザンと、それを見ながら頭を掻きつつ独り言ちるプレヤー。
神霊樹の存在を前に蔦が立案した作戦は、グザン自身は今回囮に徹する形で大暴れする事で注意と護衛となるアンデッドを惹き付けて、
その間にプレヤーと共に空間魔法により姿を隠した除虫菊が忍び寄り、良く燃えそうな枝葉へとありったけの爆発物を仕込む事で致命傷を与えるという計略だったのである。

まだ終わらぬだの人間如きに負ける筈が無い等と月並みな台詞を喚く薪を尻目に周囲や上空の上級アンデッドを粗方討伐し終えた鏖金の明星の面々が天使やアンデッドに戦場を任せて次々と集結する。
これ以上の伏兵が居ない事が解ると除虫菊が懐から包みを取り出して恭しく差し出し、グザンはそれを受け取ると開いて中身をあらためる。
それは渦巻き状の形をした冷えた溶岩の様な網目の模様のある物体で、中心に黒紫の燐光を宿していた。
訝しむグザンが指でつまんで検分していると除虫菊曰く神霊樹の頭部から一匹だけ戦線を離脱しようとしていた鳥型の弱小アンデッドが後生大事に抱えていたとの事。
それを目にした木炭がまたしても絶叫を上げてそれを返せと燃える体を引摺りながら一行へと迫る。

それで分身の様な物かと悟ったグザンは最後の最後までやる事が女々しいと加護を得ている神獣の力を収束させて弱った灰がちに向けて衝撃波を放つと横転、まだじたばたと暴れるそこへとオールスローターを突き立てて魔力と生命力を根刮にする。

配下のアンデッドや眷属の死霊樹・怨霊樹から繋がりを利用して無理矢理生命力や魔力を取り立て逃れようとするも最早焼け石に水。
炎と毒気に侵された体を復元どころか維持する事も叶わずに、夥しい数のアンデッドや眷属を道連れに白璧西の魔樹はこうして討伐された。



全てが片付いた後、この功績を称えたグリルグゥルデン帝国はグザンへと勇者認定書を発行し更に鉄剣勲章を授与、マウルの件にしても不問に伏した。
以降、鐵十字勲章のデザインを気に入ったグザンは帯の根付とした。



…そして魔樹から奪った『実』について、拠点で二人の勇者候補は肩を並べて語り合う。

「前に父さんから聞いたけど、過去にはそれを食って魔王に覚醒したヤツもいたんだとさ。どうする?天下取りに此処で魔王の資格から得るかい?」

「お前はいらんのか」

「遠慮しとく。俺は母さんの血の方が濃いっぽいからたぶん体に合わないし、仮になるにしてもまだその時じゃないと思う」

「…そうか。―――――さて」

己の手の中で妖しく黒く光るソレを眺めながら、目指す大義の為に覇道を歩む若者は手に入れたソレの使い道を考えていた。



後日談というか今回のオチ。

戦いを終えた一向が帰還する道すがらにはごろもが全員の見ている目の前で突然コロコロとした肥満体型に変化し全員を驚かせた。
曰く過剰に魂を摂取させた事による一時的な物であるそうで一晩で元に戻ったが、本人はどうせなら横ではなく縦に伸びれば良かったのにと不満顔であった。


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最終更新:2023年04月07日 13:17