翌日。

真紅はなにかまばゆい光で目をさました。目をこすりこすり見てみると、天井近くにフワフワとまぶしい光を放つ球体が浮かんでいる。洞窟の中で日の光がささないから、その代わりのということだろうか。

「あれ?確か昨日の夜は、小さな部屋みたいなところに通されて寝たような気がするんだけど。ここは確か、最初に通されたあのでっかいリビングだわ?まさかワタシ、寝惚けてこんなところまでさまよいだしてきたんじゃないわよね。ま、いいか」

昨夜、ひとしきりガフンダルや、吟遊パソコン長七郎とやり取りをした後、『もう寝る』と宣言して意識を失ってから、3秒程度しか時間が経っていないような気もしたが、頭もスッキリ気分爽快になっているので、おそらく夢も見ずに、泥のように深く眠っていたのだろう。

「ふんぎゃぁぁぁぁぁぁー」



真紅が大声でそう叫びながらのびを一発くれてやると、案の定ガフンダルがすっ飛んできた。これは、例えでもなんでもなく、本当に『飛んで』きたのだ。

リビングの天井近くに突然光の渦が生まれ、ビシュンシュンシューンという轟音とともに、ガフンダルが飛んできて、真紅の眼前に着地したのである。

「んしゅわっち」

「ウルトラマンなのあなた?失礼じゃないのさ!レディの寝室にノックもなく飛び込んでくるなんて!」

ガフンダルは、悪びれた様子もなく「ふん。なあにがレディだ?このフィジカルバイオレンス娘。こら!いきなり素っ頓狂な大声を張り上げるヤツがあるか!何かあったのかと思うではないか!?なにせ、ゴメラドワルの手下達が、隙あらばとお前を虎視眈々と狙っておるのだからな。いくらワシが強力な結界を張り巡らしているとはいえど、ちょっと気を抜くと緩んだりしよるからのう。例えば我慢していたおしっこをして、ブルブルっと体を震わせたときなどに」

「時々緩む結界なんて意味ないじゃない。いらないわ。そんなモン」

「さようか。まあ確かにお前さんは強いから、1匹や2匹の魍魎であれば自分で払いのけるかもしれんが、何しろ相手は何10万匹とおるからのう。ワシが結界を緩めたとたん、ここぞとばかりにお前に襲い掛かって、目や鼻や口からもうバンバン侵入し、内蔵を全て喰らい尽くして、皮一枚にしてしまうかもしれんが、それでもいい?じゃあちょっとだけ緩めてみようかのう」

気のせいかもしれないが、全身がむず痒くなってきて、真紅は慌てふためいて「わかったわかった。ごめんねガフンダル。いつもありがとう。もうワタシ、あなたがいなくちゃやっていけないわ。ぶっちゃけた話。ね。ね。だから結界を緩めないで」とガフンダルに哀願する。

「冗談だわい。そもそもルビイよ、雑魚など、お前さんがそうして放出しているポテンシャルの高いエネルギーに触れた瞬間、じゅっとばかりに蒸発するから、結界など必要ないのさ。その上、昨日もいうたように、『大賢者ルートッシ・モデンナ』の意識がお前さんを取り囲んでいるから、いわば、二重にバリアーが張られているようなものなのだ。ワシの結界はそもそもこの洞窟の外に張ってあってのう。それというのも、自分の住処の中を雑魚にうろちょろされるのは気分が悪いからさ。ワシのはまあオマケだな。しかし、いくらお前さんのエネルギーが強烈でも、ルートッシの意識が取り囲んでいても、ワシのオマケ結界が張ってあっても、ゴメラドワルご当人や、幹部連中が手を出してくると話は違ってくる。まだまだきゃつらが真剣に動くとは思えんがの。しかし、先ほどのように大声で叫ばれると、ちょっと肝を冷やしてしまうでなあ。おかげで十年ほど寿命が縮んだかもしれん」

「ごめんなさい」真紅は、珍しく殊勝に謝罪した。なんだかんだいっても、この状況下で、大声で叫んでしまった自分の非を認めたのだろう。

「ありゃ。妙に聞き分けがよいのう。ふふん。では、着替えてダイニングに来てくれ。朝食ができておるぞ」

「ダイニングってどこだっけ?」

「ふふん。実はここだ」

ガフンダルがパチンと指を鳴らすと、地面からもこもこっとテーブルと椅子がせり出してきた。天井からテーブルクロスが舞い降りてきて、ふわっとテーブルを覆う。その後、食器類がバラバラと落ちてきたかとおもうと、ガフンダルと真紅の席の前に整然と並びだした。

「わはは。実はこの洞窟には、ワシの秘密の部屋と、このリビングしかないのだ。だから申し訳ないがお前さんにはリビングの隅で休んでもらったわけよ」

「でも確か、小さな部屋に通されたような気がするんだけど」

「すまぬ。いくらなんでもリビングに寝てくれというと、はったおされそうな気がしたのでなあ。ちょいと目くらましをかけさせてもろうたのよ」

「ひどい。まあ別にいいけど。ゆっくり寝れりゃあどこでも同じだわ。でも、この人たちは?」と、かいがいしく二人の世話をしている給仕係たちを目で追いながら真紅は訊ねた。

「ああ。こやつらは用事があるときだけどこかから湧いてきよるでな」

「・・・」

やっぱりなんだかんだいっても魔道師なんだわこのじいちゃん。そう考えながら朝食に手を伸ばす。メニューはクロワッサンのようなパンとミルク。目玉焼き。そして海苔のようなパリパリしたものと、ねばねば糸を引く豆。さらにどう考えても味噌汁にしか見えないスープと、これまたお米の炊いたとしか思えない物体がお皿に盛られたものであった。

「あのぉー。ねえガフンダル。なにこの朝ごはん?」

「ふーむ。気にいらなんだか?お前さんが和食派か洋食派かわからなんだものでな。とりあえず和洋取り揃えてみたのだ」

「あ、そう」真紅はおっかなびっくり食べ物に手を伸ばす。パンのようなものをひと齧りしてみたが、普通にパンの味がする。焼きたてのようで非常に美味しい。調子に乗って、目玉焼きを平らげ、味噌汁に手を伸ばし、一口ずずーっとすすりこむ。

「きゃぁー。なにこれ?なにこの味噌汁?お砂糖が入ってるじゃない!?」

「おや。気にいらなんだか?何でもミソスープには砂糖を入れて食べる習慣があると聞き及んだものでな」ガフンダルは、お気に入りのヒィコーをすすりながら、しれっと答えた。

「普通入れないのよ。砂糖なんて!」

「なるほど。ミソスープには砂糖を入れないのが、お前さんの世界のデ・ファクト・スタンダードなのだな。よし。覚えておこうぞ」

「デ・ファクト・スタンダードじゃなくて、『ニッポンのジョーシキ』なの!」

「わかった。今後気をつけようぞ。わかったから食べられるものだけ早く食べてしまえ。朝食が済んだら、すぐに出かけるからな。キャプテン・ハックとの約束時間が30ノルゴル(約1時間)後に迫っておる。あヤツは時間に厳しいから、ちょっとでも遅れようものなら、ぷいっとどこかへ行ってしまうでな。その前に、お前さんの着る物も、市場で調達しておかねばならん」

「面倒臭いなあ。着るものなんて、魔法で、ちょちょいと出せないの?」

「出してもよいが、ダサいだの趣味が悪いだの、さんざっぱら文句をつけられそうでな。そうなるとこっちも腹が立つゆえ、最初からお前さんに選ばせた方が賢明じゃと思うてのう。だから早く食べてしまいなさい」

「わかったわよ」真紅は、そういいながら、味噌汁以外のものをささっと平らげにかかる。なんといっても育ち盛りで、スポーツもやっているから、食べ物が見る見るなくなっていく。

「さすが。食べっぷりも勇者よのう」

「変なとこで感心しないでよ。しまいにおかわりたのむからね」

食事が終わった二人は、洞窟の出口に立っていた。今度は、豚の顔をしたメイドがちょろちょろ走り回って、荷物を運んでくる。荷物といっても、真紅のスポーツバッグと、ガフンダルの玉虫色の鞄、そしてこうもり傘だけなのであったが。

「よし。では出発じゃ。とその前に・・・」ガフンダルは鞄の中に手を入れてごそごそと何かを捜している。

「どうしたのよ」

「パラッパランランラーン♪ 猫耳通訳機ー!」ガフンダルは、鞄の中から、猫耳の髪飾りを取り出して目の上にかざし、ファンファーレの口真似と共にそういった。

「なによ。アンタどらえもん?」

「ルビイよ。早速だがこの猫耳を頭に装着してくれんか。ほれほれ」

「なによ。ワタシにはこんな趣味ないわよ!」

「これをつけないと、お前さん。もしかして野垂れ死ぬかもしれんぞ」

「なんで!?」

「ここは、お前さんの住んでいた世界ではなく、ノルゴリズムぞ。お前さんの世界が如く、同一次元にあっても、国毎に言葉が違おうが。普通に考えれば、お前さんと、このノルゴリズムの住民とは会話が成立せぬのが道理じゃろが」

「だって、ガフンダルとはこうして普通にハナシしてるじゃないのさ」

「それは、ワシが大魔道師であり、且つお前さんの世界にもしげく足を運んでおるからだぞ。しかし普通はこの世界の住民達には通じぬ。もしかして、ワシとはぐれたりしようものなら、お前さんは一気に立ち往生してしまう。ところがこの猫耳翻訳機さえ装着しておけば、この世界の住民の言葉もわかるし、お前さんの喋った言葉も、骨伝導でこの猫耳に伝わり、この世界の言葉に翻訳して相手に伝えてくれるのだ。どうかね。便利であろうが。いらないなら捨てるぞ」

「べ、別に捨てなくていいじゃん。わかったわよ。つければいいんでしょ。つければ」真紅は慌ててガフンダルの手から猫耳翻訳機をもぎ取った。

「もし猫耳が嫌なら、他のもあるぞ。オウムのヤツはどうだ?オウムのやつ。ん?ん?頭の上につくりもののオウムが乗っかっているのだ。ぷ。かっちょ悪いのう」

「いいわよ猫耳で!」真紅はやけくそになって頭に猫耳翻訳機を装着した。

「おう。なかなか似合うではないか。ふんふーん♪よし。では出発だ」

意気揚々と歩き始めたガフンダルの背中に、真紅は思いっきり蹴りを食らわせた。ガフンダルは前につんのめって、岩のドアに激突する。

「いててててー。な、何をするのだ!このバ、バイオレンスむすめぇー!」

「ゴメンゴメン。大魔道師だから、これくらい平気で避けれると思って」

ガフンダルは、岩に思いっきりぶつけた額をさすりさすり、半泣きになりながら叫ぶ。

「だからお前のいきなり攻撃は、ワシでも避けられんというておろうが!あぁーイテテ。お。そうじゃ。ときに、彼はどうしたのだ?」

「彼って?」

「吟遊パソコンの長七郎殿だよ」

真紅は、「あ、忘れちゃったわ。リビングに置いたっきり」と、手でぽっかりあけた口を押さえてそういった。

「ふーん。多分に作為的なものがあるのではないか?あヤツは、ちょっと気が短くて鬱陶しいから、忘れた振りして置き去りにしようと企んでいたのではないか?そーであろ?」

「そ、そんなことないわよ。アイツがいないと、パパとも連絡が取れないんだからさ。ちょっと連れてくるから待ってて」真紅は、ガフンダルの方へ向けて手をひらひらとさせながら、リビングのほうへ小走りに戻っていった。

「早くせよ!もし約束時間に遅れて、キャプテン・ハックがどっかへ行ってしもうたら、この物語はそこで終わっちゃうのだぞぉー!」ガフンダルが慌てて声をかける。

嗚呼、ゴメラドワル討伐への道は、なかなかに険しいようであった。

旅立ち(2)へ続く
最終更新:2008年12月12日 12:38