真紅たち一行は、次元の渦を難なく乗り越えて、ガフンダルの洞窟へと戻っていた。明朝の火の山へ向け出発するために、一夜の休息を取っていたのである。
マリーデルの港でキャプテン・ハックとは別れたが、その代わりにキャプテン・クラックの次男坊、パイソンが仲間に加わって、例のガフンダルの洞窟住居にある、いんちき臭いリビングのテーブルに腰掛け、まあまあまずくはない料理でも食べながら、それぞれに楽しく談笑・・・しているはずであったが、いきなり壮絶な喧嘩が繰り広げられていたのである。

事の起こりは、パイソンが腰に差している短剣を真紅達に披露したことであった。その短剣は、三百年ほど前に沈没した王家の船から、売り出し中のキャプテン・クラックがサルベージしたもので、伝説によると、『ホリハレコンの短剣』という、とてつもない魔力を秘めた業物らしいのである。クラック家の家宝というわけだ。それを次男坊であるパイソンが所持しているということは、やはり跡継ぎは彼であるという証に他ならないわけだが、残念なことに、錆だらけで刃もボロボロ。トウフも切れないなまくらであったのだ。

ところが・・・。「ふーん。どれどれ。ワタシにも見せてよ」と真紅がパイソンの手から短剣を奪い取り、両手で捧げ持って、

「さあ、輝け、輝いてくれ、ホリハレコンよ!ホ・リ・ハ・レ・コーン」

と叫ぶとあら不思議、短剣は眼もくらむような光を発し、見る見る錆が消え、ボロボロの刃も切っ先鋭く甦ったのである。びっくりした真紅が慌てて短剣をパイソンに返すと、あっという間に光が消え、元のなまくらに逆戻りしてしまった。

その状態を鑑みて、真紅は自分が『ホリハレコンの短剣』の正当なる所有者であると主張しだしたのだ。

「だって、ワタシにしか使えないじゃないその短剣。だからワタシが持つのが一番いいんだわ。パイソン!観念してその短剣をこっちによこしなさい!よこしなさいってば!」かわいそうなパイソンは、短剣をしっかりとかき抱いて、眼に涙を一杯溜め、無言でイヤイヤするのみであった。真紅は調子に乗って、パイソンにヘッドロックをかけ、ナックルで頭をグリグリと攻撃したりしている。

「こりゃ。ルビイよ。いい加減にせぬか。パイソンはな。女性に暴力を振るうぐらいなら死んだほうがましという男だから、そのように、なすがままになっておるが、彼が本気を出せば、その体勢からだと、お前さんなどジャーマンスープレックスホールドで一撃だぞ。これ、止めというに!」ついに見かねてガフンダルが、両手を伸ばして真紅をパイソンから引っぺがした。パイソンは、髪の毛を手櫛で整えながら、なにやらボソボソとガフンダルに呟いている。

「な。なにぃ?なんだとぉ?ルビイはいい匂いがするだとぉ?何をノンキなことを言っておるのじゃ貴様!」そうガフンダルに言われ、顔を真っ赤にしてぽりぽりと頭を掻くパイソン。

ガフンダルの隙を突いて、真紅が猛然とパイソンに襲いかかったが、ひらりと体をかわされ、真紅は勢い余って壁に激突する。パイソンは舌を出してベロベローっと真紅を挑発した。

「んもぉーアタマにきた!絶対その短剣を貰うからね!パイソン!覚悟しなさい!」

「こりゃ!ワシの家を壊す気か?この、このバイオレンス娘が!わかった!もう止めんわ。どちらかが動けなくなるまでやっておれ!ただし、この洞窟の外へ出てやってくれよ。外へ出て!」ガフンダルが自棄気味に叫ぶ。すると、突然長七郎がふわっと宙に浮かんで、真紅とパイソンの間に割って入り喋り始めた。

「喧嘩はやめなさい二人共。この場はひとつ、私に預けてくれんか」

「その声はパパね。またちょろちょろと出てきたの?」

「ちょろちょろとはなんだ!ちょろちょろとは?ん?自分の父親をつかまえて。この親不孝モノ!」

「だって、この前ゲルダの年齢当てクイズのとき、なんの役にもたたなかったじゃない!」

「まああの時はこの世界に来て間がなかったために、あのようにボケをかましてしまったが。これからの私は一味違うぞ」

「ふん。どう違うんだか?!」そういって、真紅はまたパイソンにとびかかるため体制を整える。危険を察してパイソンも身構えた。

「こら。やめなさいというに。ここは一番暴力ではなく、平和的に知的ゲームで決着をつけなさい、知的ゲームで」そういって、健一郎のVAIOは、パイソンの方へ向き直り、「お初にお目にかかる、パイソン君。私はこのルビイの父親である実装寺健一郎だ。といってもその肉体はここより遥かな別世界にあるわけで、不可思議かつご都合主義なテクノロジーにより、このパソコンという物体を介して君たちと通信しているわけだ。であるから、もしかしてルビイが成人した暁には、このように面妖な姿に変ずるのかと不安になられたかもしれんが、そんなことはないので、どうか安心して欲しい。ところでパイソン君。どうかね。状況から判断すると、なぜかは知らぬが、その短剣とルビイとは少なからぬ因縁があるようだ。もしかして、ルビイと君がこう知り合ったというのも、その短剣をルビイに渡すための、えーっとなんだっけ。ビャーネ神のスケジュールなのかもしれん。どうかね。ここは一番ゲームなどをして、もし君がまけたら潔くその短剣をルビイに貸与するというのは。そう、貸すだけだよ。ルビイの目的が達成されるときまでという期間限定だ」と長いセリフを一気に喋った。

健一郎の話を神妙に聞いていたパイソンは、こくっとひとつうなずいた。そして、ガフンダルになにかボソボソと耳打ちする。

「ふむ。パイソン君は、『わかりました。お義父さん』と、こう申しておるぞ」

「まだ、お義父さんと呼ばれるには少し早すぎるけれども・・・。ルビイもそれでいいな?」

「わかったわよ。で、どんなゲームするの?」

「そうさなあ。石取ゲームなどはどうかな。ここに30個の石がある。これをお互いある一定のルールで取っていき、最後に残った石を取らざるを得なくなった方が負けとするのだ」

「一定のルールって?」

「さよう。1回に3個まで自由に取れるというルールだ。自分の番になれば、1個でも2個でも3個でも、好きな数を取るというわけだ」

「なんだ。簡単そうね。やりましょやりましょ。もうホリハレコンの短剣は貰ったも同然ね♪」石取ゲームの奥深さを何も知らない真紅は、無邪気にも手を打ち合わせて喜んでいる。

健一郎VAIOは、つつーっと、大喜びしている真紅の耳元へ移動し、小さな音量でささやく。「真紅。一緒に作戦を練るから、そうさな、あそこの奥の部屋へいこう」真紅も父親に合わせて小さな声で返事をする「え?奥の部屋って?」
「ほれ、あそこに扉があるだろうが?あの部屋の中だよ」
「ざぁーんねんでした。ガフンダルの隠れ家には、玄関と、ガフンダルの個人部屋と、このリビングしかないわよ。あの扉はただの絵なの」
「はあ?」
「ね。いんちき臭いでしょ?ああいうトコがあるから、いまいちガフンダルって全面的に信頼できないのよね」真紅が、深くため息をつく。
「何をボソボソと密談しておるのだ?」知らないうちに、ガフンダルが真紅と健一郎VAIOのすぐ傍に来ている。「きゃ!」真紅はびっくりして思わずあとじさった。

「なんだったらあの扉の奥の部屋へご招待しようかのう。ただし、はっと気がつけば、岩の中に閉じ込められておるかもしれんが。ムフフフ」ガフンダルが、しれっと恐ろしげなことを言ってのける。

「いいわよ。招待してくれなくても。私たち、えーっと。そうそう。あそこの隅でちょっとミーティングするから。パイソン、それからガフンダルもこないでよ」そういって、真紅は、健一郎VAIOをがしっと掴み、部屋の隅へすたすたと歩いてゆく。

「よし、真紅これをごらん」健一郎がそういうと、画面にポコンとウインドウが出現した。



「あら?今度のはちょっとだけカラフルになってるわね」

「そうだろう?なにせ、前回のがあんまり殺風景だったので、お前も不満たらたらだったからな。今回はこう、大理石の背景画像など敷いたりしてみたわけだ」得意げな健一郎。

「あのねパパ。ワタシが不満たらたらだったのは、ゲルダの年齢を当てられなかったからなの。わかんないの?それくらいのこと。わかって言ってるんでしょ?」

「コホン。ま、とにかくやってごらん、真紅」

「わかったわよー。じゃあ、景気よく3個」「ではこちらは2個」「楽勝楽勝!じゃあ同じく2個」・・・・・・・

「あれ!?後残りが5個でしょ?ワタシが1個取れば、お父さんが3個取るでしょ。ワタシが2個ならお父さんも2個。ワタシが3個ならお父さんが1個。あれれれれ?もしかして終わってるわけ。これって・・・。よし、もう一回よ。今度こそ!」

結局、真紅は238回チャレンジしたものの、一度たりとも勝利することができなかった。真紅は真っ赤な顔をして、頬をずぼらやのフグのように膨れ上がらせて押し黙っている。眼にはうっすらと涙を浮かべている様子である。なにをするにせよ負けず嫌いの性格であるから、この屈辱的敗北が耐えられなかったのであろう。

「なんで・・・なんで、なんでなんでなんで」

ぼそぼそとつぶやく真紅を見て、身の危険を察したのか、健一郎はすすっと彼女から距離を取る。

「真紅。なぜお前が勝てないかというと、このゲームには実は必勝法があってな。お前がそれを知らないからだ」

「てことは、てことはよ。その必勝法さえ知ってれば、絶対勝てるってこと?」

真紅は、膨らみきった頬から、ぷはーっと息を噴出して、健一郎に尋ねる。

「まあそういうことだな」

「その必勝法って難しいの?」

「そんなことはないぞ。小学校高学年程度の算数ができればよいのだ」

「ほんと?算数は得意よ。数学はぜんぜんわからないけどさ。ねえ、その必勝法、早く教えて。ねえ早くったらぁ」真紅は満面に笑みを浮かべて健一郎にせっつく。

「ふむ。ではソースコードを見てもらおうか。このコードはまあ取り立てて難しいことはやっておらんので詳しい説明は省略するけれども、その必勝法は、コンピュータターンの処理の中にあるのだ」

001 | #コンピュータターンの処理
002 | def coms()
003 |     @whitch_trun=0  #COMターンに設定
004 |     #取り除くべき石の数を判定
005 |     @removenow = (@current - 1) % 4
006 |     if (@removenow == 0) then 
007 |         @removenow = 1
008 |     end
009 |     @window.document.getElementById("commsg").
010 |             innerHTML="残りは" + @current.to_s +
011 |     "個です。<br />私は" + @removenow.to_s +
012 |              "個取ります。"
013 |     @window.setTimeout("remove_stone", 2000,
014 |              "RubyScript")
015 | end

「どこ?」

「どこって真紅。見りゃわかるだろうが?『♯取り除くべき石の数を判定』って、わざわざコメントにも書いてあるでしょうが」

「だって、プログラムのソースコードなんて、見ただけで拒否反応起こすんだもん」

「ふふふ。そんなことではいかんなあ、真紅。こういうものは慣れだからな。一杯他人の書いたソースコードを見て、見て見まくることだ。そうすればそのような拒否反応もなくなるというもんだよ。でないと一人前のプログラマにはなれないぞ!」

「なるつもりないわよ。プログラマみたいなモン」行きがかり上、つい本当のことをズバッと言い放ってしまう真紅。

「そ。みたいなモン!私が誇りを持って選んだ職業をつかまえて、みたいなモンって言われたよ母さん・・・。私は娘の育て方を誤ってしまったようだ。許しておくれ」健一郎は、実も世もないほど哀れな口調でそう呟いた。

「ちょっとパパ。あれでしょ。人それぞれ向き不向きってのがあるでしょうが。そのことを言いたいわけよ。ワタシは。ね。ね」

「まあよい。この冒険が終わる頃には、お前ももしやプログラミングの楽しさに気づいて、『やっぱ。将来プログラマにならなきゃだわ』と心変わりするやもしれんからな。では、必勝法を説明するぞ。その必勝法とは、この計算式だ」

005 |     @removenow = (@current - 1) % 4
006 |     if (@removenow == 0) then 
007 |         @removenow = 1
008 |     end

変数@removenowが、次に取るべき石の数を格納するものだ。そして、変数@currentには、現在残っている石の数が格納されている。その現在数から1を引いて、4で割った余りが即ち取るべき数ということになる。4という数が何を表しておるかというと、一度に取れる最大数3+1のことなのだ。現在数から1を引いているのは、相手に最後の石を取らせたいからだね。要するにこのゲームは、常に最後の1個+4の倍数を残すように取っていけば、必ず勝てるというシステムになっているのだよ」

「なるほど!わかったわ。よし!これでホリハレコンの短剣はイタダキね♪いこいこ」真紅はすっかり上機嫌になって、健一郎VAIOを鷲づかみにし、鼻息荒く、ズンズンとパイソンの元へ戻っていった。

「やい!パイソン。ゲームを始めるわよ。覚悟しなさい。そうねえ、可哀想だから、貴方が先行でいいわ」

かくして、伝説の『ホリハレコンの短剣』を賭けた世紀の勝負が始まったのである。

パイソンは黙って、おもむろに石を1個取る。

「は。終わったわねパイソン。じゃあワタシは、えーっと。えーっと?29-1を4で割ると・・・あれ?余りが出ないわ。じゃあしょうがない1個」

今度は、パイソンが石を3個取る。

「あれ?残り25個でしょ。25-1を4で割ると・・・。また余りが出ないわ。ま。たまたまね。じゃ、1個」

そうして石の取り合いが進むにつれ、真紅の顔に焦りの色が見え始めた。石の数がどんどん少なくなっていき、現在真紅の番であるが、彼女の眼前には、ぽつんと石がひとつだけ残されていたのである。ものすごい形相で石を睨みつけている真紅。顔には脂汗がうっすらと滲んでいる。

「いやだぁー!負けちゃったよぉー!ねえパパ、これどういうこと!?どういうことなの?」

「ふむ。どうやらパイソン君は、このゲームの必勝法をご存知であったようだな。ルビイよ。ひとつ言い忘れたが、お互いこのゲームの必勝法を知っていた場合、先手が100パーセント勝つのだよ。残念だ。お前がパイソン君に先行をゆるしてしま・・うぎゃあああああ」真紅はものすごい勢いで健一郎VAIOを引っつかみ、真っ二つに裂けよとばかりに、バシバシと空手チョップをお見舞いしだした。

「ちょっとガフンダル。なんだっけ?そう、髑髏環礁だっけ。バケモノがうじゃうじゃいる海って。ねえ、ワタシをそこへ連れてってくれる」

「ルビイよ。そのようなところへ行ってどうしようというのだ?ま、なんとなく想像はつくわけだがのう。んぷぷ」ガフンダルが笑いをこらえながら答える。

「決まってんでしょ!この役立たずのパソコン、捨てに行くのよぉ!」

「ひゃぁー。早まるな。た、たすけてぇー」

真紅の狂乱するさまをみていたパイソンが、またガフンダルのコートの袖を引っ張って、なにやらボソボソと喋っている。

「ふむ。そうか。それはかたじけないことじゃ」ガフンダルは何度も深くうなずき、真紅の方へ向き直っていった。

「これ、ルビイよ。落ち着きなさい。仮にも父親に対して、そのようなことを言ってはならん。パイソンはお前に『ホリハレコンの短剣』を預けてもよいと申しておるぞ。大事な家宝であるから、所有権を譲渡することはできぬが、時限付で貸与するだけならよいとな。まあ、お前さんでないと扱えんわけじゃから」

「ホント?ありがと。パイソン」真紅の表情がみるみるうちに明るくなる。そして、パイソンにぎゅっと抱きついた。瞬時に全身真っ赤な焼け石へと変貌し、固まってしまうパイソン。

「どうやら、雨降って地固まるってやつだなぁ。ルビイよ」健一郎がしれっとしてそういうと、ブンっと、真紅の右回し蹴りが健一郎VAIOのボディに炸裂した。たまらず10メートルほど空中をすっ飛ぶ健一郎VAIO。

「いてててて!なにしやがんでぇ!このバイオレンスおんなぁ!壊れちまうじゃねえか!」

「あれ?アンタ長七郎なの?パパはどこへ行ったのよ?」

「しらねえよぉ!そんなこたあ!自分の立場が苦しいんで、後は君に任せるといって引っ込んじまったよ」

「お願いだから長七郎、パパにもう出てくるなっていっといてくれる!」

「オイラじゃ抑えられねえんだよ。勝手に出てくるからよぉ。自分で言え!てめえの親だろ?」

「な、」

またしても険悪な雰囲気になってきたのを察して、ガフンダルが長七郎と真紅を制した。

「まあまあ、ケンイチロー殿の言葉ではないが、雨降って地固まる。事は丸く収まったのだからよいではないか。ではパイソン、『ホリハレコンの短剣』を真紅に預けるのだ」

ガフンダルに言われて、パイソンは、恭しく短剣を真紅に差し出した。ガラにもなく済ました顔で短剣を受け取った真紅は、すぐさま鞘から短剣を抜き出して掲げる。

「輝けよ。ホリハレコーン!」

真紅がそう叫ぶと、ホリハレコンの短剣はものすごい光を放ち始めた。洞窟内が真昼のような明るさになる。

「もうその短剣をしまってくれんか真紅よ。眼がくらくらする」ガフンダルは、どこから取り出したのかしらないが、ちゃっかりサングラスのようなものをかけている。

「時にパイソンよ。おぬし、いい加減真紅と直接話さんのか?いちいちワシが伝言役をするのは、これまた面倒でいかんぞ」

そういわれたパイソンは、またしてもガフンダルの耳元で、ボソボソと何か呟く。

「な?男子たるもの、女性の前で無闇にベラベラと喋るものではない。だと?何をいっておるのだ。こんなもの、女と思わんでよろしい。アントニオ猪木だと思うがよい。うわははははは」そういいながら、ガフンダルは真紅の肩をぺしぺし叩く。

「元気ですかぁー。元気があれば何でもできる。いぃーち。にぃーい。さぁん。うぎゃあああああああああ!」

見事、真紅の延髄切りが、ガフンダルの後頭部に炸裂したのであった。

第三章火の山(承前)へ続く
最終更新:2008年12月19日 23:24