ベッドに横たわっていたパイソンは、おもむろに半身を起こしてぽつぽつと話だした。

「殺し屋を雇って俺を狙わせたのは、おそらく母親だと思う」

「ちょ。ちょっと待ってよパイソン。あんたなにいきなり衝撃のカミングアウトしてんの?」パイソンの口をついて出た最初の言葉に衝撃を受けた真紅が叫んだ。

「母親といっても本当の母親じゃなくて後妻だよ。俺と、兄のパールの母親は、10年前に死んだんだ。今の母親はナンナという名前で、どこかの町の酒場で踊っていたらしいんだけど、たまたまその町に立ち寄った親父が一目ぼれしたのさ。親父も母を亡くして寂しかったんだろうがね。それで、後妻に納まったというわけさ」

「ということは、三男坊のセド・オークだけは、そのナンナさんの子供というわけかね?」ガフンダルが興味深そうにたずねると、パイソンはこくりとうなずいた。

「なあるほど。こりゃ俗に言う『お家騒動』だな。そのナンナさんが、自分の腹を痛めた子供に、キャプテン・クラックの跡目を継がせるため、おぬしを亡き者にしようと画策しておるわけか」ガフンダルは、全部読めたぞといいたげに、うなずきながらそういった。

「そういうことだ。だが、好き好んで自分の子供を危険な海賊業につけたいわけじゃなくて、あの女の狙いは、親父があちこちに隠した財宝だよ。それさえ相続すれば、海賊を廃業して、どこかの町で贅沢に暮らす腹積もりなのさ」パイソンが、さも詰まらなさそうにそう吐き捨てた。
「それで、おぬしを亡き者にするため、殺し屋を雇ったか。なかなかの行動派だのう。そのナンナさんとやらは」

「馬鹿だよあの女は。財宝さえあれば幸せになれると思ってる。でも世の中そんなものじゃないだろ?俺はまだ17歳で、親父に逆らうことはできないけど、もう少し大きくなったらきっと出奔するよ。海賊稼業も財宝も、ナンナとセド・オークにくれてやるさ」
「うむ。それはよい心がけといえようぞ。おおそうじゃ。今回の使命を見事達成した暁には、このルビイとともに、格闘技道場でも開くというのはどうじゃな。なあルビイよ・・・と、あら?なんだ?なぜそのようにしおれておる?お前らしくもない」

ガフンダルの言うとおり、真紅はうつむいてなにやら考え事をしており、覇気が全く感じられなかった。

「ねえガフンダル。パパと洋子義母さんに赤ちゃんができたら、ワタシも殺し屋に狙われるのかな」

「な、何を言っておるのだ貴様!?」

「冗談よ」

「冗談でもそのようなことを言ってはならん!」珍しくガフンダルが怒りをあらわにしているので、真紅はとにかく謝罪することにした。

「ごめんなさい」

「ふん。この馬鹿娘が!」

話題が話題であっただけに、険悪な雰囲気がその場に流れたが、そこへタイミングよく、チョントゥーが戻ってきた。なにやら大きな袋をずるずると引きずっている。

「いやぁー。まいった。まいった。なるべくいらない物は持っていかないようにと思ったんだけど、こんなに大きな荷物になっちゃったわ。あれ?みんなどうしたの?深刻な顔して」

「いや。別になんでもないわい。時にチョントゥー殿。そのような荷物があると、とてもではないが地下大洞窟は踏破できぬぞ」ガフンダルが何事もなかったかのように答える。このあたりの切り替えは見事である。伊達に二百年以上生きてはいない。

「大丈夫。この荷物は運送屋さんに頼むのよ。ついさっき手配したわ。もうすぐ、『ちわー』とかなんとかいいながら取りに来るはずよ。持っていくのはほら、このリュックだけ」そういってチョントゥーはくるっと後ろを振り向く。背中には小さなリュックを背負っていた。

「さすがはチョントゥー殿。準備は万端というわけだな」

「ところでガフンダル。今夜はこの町に泊まって、明日出発するんでしょ?パイソンの傷もだいぶよくなってきてるけど、旅には耐えられないわよ」

「わかっておる。勿論そのつもりじゃ」

「そう。じゃあルビイちゃんにパイソン君。今日夕方からポセイディーン神社で酉の市があるのよ。お店も一杯でて、すごく楽しいわよ。二人で見物してくれば。デートよデート。車椅子を貸してあげるから。ね」チョントゥーが満面に笑みを浮かべてそう言った。

「ええぇー。そんなあ」真紅とパイソンは、赤面王者決定戦のように競って顔を赤らめている。

「私も行きたいですぅー。酉の市」知らないうちに近くに来ていたヒマワリが、元気よく手を上げてそう叫んだ。

「ヒマワリ。あなた、ちょっと気を利かせないね」チョントゥーがきっとヒマワリを睨みつける。

「だぁってぇー。行きたいモン」うじうじとしだすヒマワリ。

「ワシも行きたいですぅー」ガフンダルがヒマワリの口真似をする。

「オイラも行きたいですぅー」調子に乗って、長七郎もぴょんぴょん飛び跳ねながらそう言い出した。

「ふむ。ポインタ兄弟はどこかへ吹き飛ばしたゆえ、まず何事もなかろうと思うが、油断は禁物じゃ。ルビイとパイソン二人きりにするのはちと危ないかも知れんぞ。とまあこのように理屈をこねておるけれども、本当はワシも行きたいのだなあ」ついつい心情を吐露してしまうガフンダルであった。

「よし。みんなで行こうよ、酉の市。大勢の方がきっと楽しいよ。ねえルビイ」どうやらこの場はパイソンに決定権があったようだ。

「そ、そうね」真紅の返事は生もいいところになってしまった。

「うわーい。うわーい。うれしいですぅー」ヒマワリは、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。

― パイソンのバカ!ほんっと女心がわかんないんだからね ―

真紅は、正月のモチのように膨れ上がっている。

かくして、果てしない冒険の旅路へと踏み出す前の一時の憩いとして、愉快すぎる仲間達は、ポセイディーン神社の酉の市へくりだすこととなったのである。

火の山(6)に続く
最終更新:2008年12月29日 20:04