「えーっと。ワタシ、ウビイっていいまぁーす。ゲドナンまでの短い間ですけど、よろしくおねあいしぁーっす」
真紅は、パスカル達が宿泊していた旅館の入り口の前で、隊商のリーダー、パスカルに、勤めて明るく挨拶をぶちかましていた。
<だれがウビイじゃだれが?それから何?ポアソン?プアセン?えーっと、なんだっけ?ピアソンか。まあパイソンはいいとしても、ワタシなんておっちょこちょいなのに、間違ってほんとの名前呼んじゃったらどうすんのよ。よけい怪しまれるじゃない>
真紅は、仮名で隊商に参加することについて納得いかないものを感じていたが、既にガフンダルがそう申告しまっているのだから、いまさら異議を唱えることもできず、不承不承ウビイという名前を受け入れたのであった。どうせ2日間程度のお付き合いである。まあ、本名がばれてしまったら、そのときはそのときだ。
「俺の名前はピアソンです。父親はゲドナンの港近くで『すすめパイレーツ』っていう居酒屋をやってまして、今はそれを手伝っていますが、あんまりあの仕事は好きじゃなくて。今回、じいちゃんのお供ができてすごく嬉しいんです。少しの間でもあの仕事から解放されるから」
パイソンは、珍しく打ち合わせにないアドリブを混ぜ込んで自己紹介などしている。若干本音も入っているようだ。
「す、すすめパイレーツ?そんな居酒屋ゲドナンにあったっけ?まあ、ゲドナンはノルゴー大陸一の大都市だからな。ピアソン君。君のような青年は、一時期父親に反発したくなる時があるんだよ。私も君のような頃があったよ。君もそのうち、お父さんの偉大さが分かるようになるさ」隊商のリーダー、パスカルは、パイソンを微笑ましそうに見ながらそういった。
「で?君達はもう結婚しているんだって?」
「はい」パイソンは、チラッと真紅の方を見て答えた。既に耳たぶが真っ赤である。
「君はいくつかね?」
「18歳です。今年19になります」
「そちらの奥さんは?」
突然話を振られた真紅はオタオタする。
<えーっと。本当の歳をいっちゃまずいわよね。15歳?それでも結婚するには早すぎるし……。よし、ヒマワリさんみたいなので15歳なんだから、ここは一発大サバよみで…>
「ん。えーと、じゅ、17歳です」
「お互い若いねえ。だが何を隠そう、私が結婚したのも今のパイソン君と同じ歳なんだよ。まだまだ遊びたい盛りかもしれんが、奥さんがいるのに家業がつまらないなどと文句をいってはいかんよ。居酒屋の跡を継ぐんだろ?」
パイソンは黙り込んでしまった。
パスカルもさすがに、突っ込んだことを聞きすぎたと思ったのか、すぐさま話題を変える。
「コホン。まあそれぞれ家庭の事情があるだろうからな。しかしパイソン君。きみはまあ惚れ惚れするほど立派な青年だ。実際、私にも君のような立派な息子がいたらなあと思うよ」
「あら貴方。いまさらそんなことをいったってしょうがないじゃない」そういいながら、旅館の玄関から4人の女性が姿を現した。パスカルに声をかけたのはその中で一番年長の女性であった。
「紹介するよ。私の妻エイダ、そして私の娘達だ。えーっと、右から順番に、三女のスキーム、長女のリスプ、そして次女のプロログだ」
「おはよう」
「おはよう」
「おはよう」
3人の娘は、てんでバラバラなタイミングと音程で真紅たちに挨拶をする。
「なるほど。3姉妹とな。それはパイソンのような青年を見たれば、ちと心が揺れるというもんですわい。ああヨボヨボ」ガフンダルが必要以上にヨボヨボしながらいった。
「ははは。まあしかし妻のいう通りです。いまさらボヤいても始まりますまい。大体、男の子は家を出たらそれまでですが、女の子は、いったん外へ出ても、つながりはありますからなあ」
「その通りですじゃ。ああヨボヨボヨボーっと」ガフンダルの芸はさらに大げさになる。
「さて、こんなところで雑談を交わしていても仕方がない。ぼちぼち出立いたしましょうか」
パスカルの隊商は、幌付の4頭立て馬車3台で構成されていた。真紅たちは、リーダーであるパスカルが操る馬車に乗る。残りの馬車には使用人たちがそれぞれ分乗した。次女のプロログと三女のスキームは、それぞれ騎乗して馬車に並走するようだ。彼女達の他にも、2人ほど馬に乗った男達がいる。おそらく見張りを勤めるのであろう。
長女のリスプは、ひっつめてポニーテールにしているものの、長い髪でおっとりとした雰囲気であったが、プロログとスキームはばっさりショートヘアで、非常に活動的である。次女のプロログは真紅よりも長身であった。真紅自身、学校でもトップテンの中に入るほどの長身なのであったが。
「ここより、街道を一路東進し、ゲドナンとの中間地点にあるヨコロテ村を目指す。今夜はヨコロテ村で一泊し、翌朝はさらに東へ進み、その日のうちにゲドナンへと入るのだ。各自盗賊の襲撃には十分注意せよ。ではしゅっぱーつ!」
馬達が鞭を入れられて一斉にいななく。そして、砂煙を巻き上げながら隊商が動き出した。
「なんかさ。ワクワクするわね、パイソン」真紅がそっとパイソンに耳打ちした。
「パイソンって誰だ?俺の名前はピアソンというのだが」パイソンはそういってすましている。
「ふん!バーカ」
隊商は、順調に街道をひた走っていた。おりしも好天に恵まれ、危険な盗賊たちの姿も全く見えない。平穏無事を絵に描いたようなものであった。
さぞかし真紅は退屈しているだろうと思われたが、実はそうではなかった。お約束の乗り物酔いが、出発して1ノルゴルン(2分)後に発症し、仕方なくパイソンと2人で馬に乗せてもらっていたのである。
「うっひゃぁぁぁー。チョー気持ちイイ。パイ…じゃなくて、ピアソンって、馬に乗るの上手なのね。海賊のクセにさあー」
「こら!大きな声でいうな。パスカル達に聞こえたらどうするんだ」
唐突に海賊といわれてびっくりしたパイソンは、すぐさま馬の速度を緩めて本隊と距離を取った。
「大丈夫、聞こえないって。ところでねえピアソン。おかしいと思わない?」
真紅には、パスカル達と行動を共にしていて疑問に思っていたことがあったので、思い切ってパイソンに切り出してみた。
「なにが?」パイソンは面倒臭そうである。
「あの、リスプ、プロログ、スキームの3姉妹よ。ゼッタイおかしいわ」そういいながら、真紅は自分でウンウンとうなずいている。
「どこがおかしいんだ?俺達によくしてくれるじゃないか」
「今まで2回、馬を止めてトイレ休憩したじゃない。2回ともあの3人、お互いにひとっことも喋らないのよ。普通じゃ考えられないわ」
「そんなことはない。俺達3兄弟なんて、1週間以上お互い口をきかないことがある。だから普通だ」パイソンが断言する。
ぴちこーん!
真紅がパイソンの後ろ頭を軽くはたいた。
「あいてっ。何するんだ!?」
「アンタが普通いうな!普通。このノルゴリズム中に悪名を轟かす海賊の息子のくせにぃ。だいたいパイソンところは男兄弟でしょ。女同士だったら、一日中ピーチク喋ってるはずよ。うるさいったらないのよ」
「そうなのか?」
「そうよ。だから絶対になにかあるのよ、あの3姉妹。よし。次の休憩のとき問いただしてやるわ」真紅は右手の拳を強く握り締めた。両の瞳は遠く一点を見つめている。
「やめといたほうがよくはないか?」パイソンが心配そうにいう。
「……」
「おい。ル…、ウビイ?」
真紅が返事をしないので、パイソンはそれ以上なにもいわず、馬の速度を速めて本隊に追いついた。
そして3回目の休憩時間。ちょうどお昼時であったので、今までの休憩とは違い、メンバー達はパスカルの馬車の周りに集まってきた。シートを敷いてそれぞれ思い思いの場所に座り、車座になって食事を始める。
リスプ、プロログ、スキームの3姉妹は、パスカルやエイダ、真紅たちや他のメンバーとは普通に会話をしていたが、確かに真紅の観察どおり、お互いの間では一切言葉を交わさない。近くにいても、極力眼をあわさないようにしている。確かにどう見ても不自然この上ない様子である。
真紅とパイソンは、メンバー達から少し離れた場所で、2人で体育座りをして様子を観察していた。パイソンは、姉妹を見ながらしきりに首をかしげている。
「ね。ピアソン。ワタシのいった通りでしょ?」真紅がパイソンにこそこそと耳打ちする。
「うん。確かにちょっと変だな」
「そうでしょ?よーし。ワタシ、こいうの気になりだすとそのままにしておけないタイプだから…」
真紅はそういってすくっと立ち上がりて、車座の中心にダーっと駆け込んでいった。そして右手を高々と上げ、大きな声で叫んだ。
「しつもーん」
メンバー達は、何事が起こったのかと談笑をやめて、真紅に注目する。
「えーっと。リスプさん、プロログさん、スキームさん」そういいながら、真紅は、3姉妹のひとりずつに眼をやる。きょとんとして真紅を見つめ返す3姉妹。
「みなさんは、どうしてケンカしてるんですかぁ?」
ブーッ。
車座の端の方で、ヨボヨボじいさんガフンダルは、口にした飲み物を思わず噴出してしまったのである。
最終更新:2009年02月02日 22:39