その時点で、すっかりガフンダルがリーダーとなってしまっていた隊商は、ヨコロテ村とは眼と鼻の先、村の様子がうかがえる小高い丘の上にいた。

時刻は、9ノルゴ(午後6時)頃で、辺りは薄暗く、夜の帳が降りかける時間帯であった。

ガフンダルは、腕組みして丘の一番高いところに立ち、パスカルから借用した双眼鏡でヨコロテ村の様子を見ている。横にはパスカルが立っていた。そしてそのまた横には真紅とパイソンが体育座りしてこれまたヨコロテ村の様子を無言で眺めていた。ふたりとも、早いところ村に殴り込みをかけたい気持ちを抑えるように、両手でしっかりと膝を抱きかかえている。

近くで見ると、ヨコロテ村で発生している火事の規模の大きさがわかる。村のあちらこちらから煙が上がっている。盗賊たちが村を襲撃してからだいぶ時間が経ったとみえて、火事はあらかた納まっていたが、ところどころでまだチロチロと炎がくすぶっていた。

「うーむ。これはまた派手にやりよったなあ」ガフンダルが思わず嘆息した。

「このやり口は、最近この辺にのしてきた盗賊集団の中で、最も過激な、コモン・ゲートウェイ一家の仕業ではと思われます」パスカルが口を開いた。

「なるほど。コモン・ゲートウェイ一家か。最近、近隣の小さな盗賊集団を金と暴力による恐怖で纏め上げ、勢力を拡大していると聞いておるが…」ガフンダルはお得意の無精ひげを撫でるポーズで、なにごとか考え込んでいる様子であった。

「そもそも、コモン・ゲートウェイ一家は、一般人からも人気のあった義侠の人アパッチが、ゲドナンの街でつまはじきにされているならず者たちを集め、ゲドナン南部に聳えるモジラ山に、誰にも迷惑をかけず自由に暮らせる自給自足の独立村を作ったというのがそもそもの始まりなのです。当然盗賊行為など働くことなどありませんでした。ただし、彼らを目の敵にして排除しようとする権力者たちとは、しょっちゅういざこざを起こしていましたがね…」パスカルは一旦そこで話を切った。

「ということは、コモン・ゲートウェイ一家の内部で何か異変が起こって、彼らが凶悪な盗賊集団になってしまったというわけじゃな?」

「その通りです。義侠の人アパッチが急逝して、ナンバー2の実力者であったトムキャットが首領になってからですね。彼らが凶悪な盗賊行為を働くようになったのは。しかし、剛健なアパッチが急逝するというのも考えにくく、トムキャットのクーデターにより謀殺されたか、もしくはどこかに幽閉されているかという見方が有力です」さすがは自ら隊商を率いているパスカル、なかなかの事情通であるようだ。

「おそらくアパッチはまだ死んではおるまい。アパッチほどの傑物であるから、彼の精神が放出するエネルギーもまた強大だ。それが途切れれば、ワシとて何か感じるものがあったと思うのだよ。それがないとなると、まだ生きているとしか考えられんな」ガフンダルは、一段とせわしなく無精ひげをこすりながらそういった。

「やはりそうでしたか。トムキャットがどのような策を弄してアパッチを追い落としたのかは知りませんが、さすがに殺してしまうのはまずいと考えたのでしょう。人望がありましたからね。行動と発言の自由を奪って、形だけの指導者にまつりあげていると考えるのが妥当なところではないでしょうか」パスカルは、わが意を得たりという表情である。

ガフンダルとパスカルの会話を聞きながら、真紅は考えていた。

<なによ。なんで男の人って、こうソシキのこととなると真剣に楽しそうに話するんだろ。やることなんてひとつっきゃないじゃない。えーい。面倒だわ>

「じゃあ、のんびり話してないで、その誰だっけ?アパッチさんを助けに行けば?」

「俺もウビイ…。その名前はもういいか。ルビイの考えに賛成だ」パイソンも、ガフンダルとパスカルのやり取りに、いい加減うんざりとしていたようだ。

「わははは。パスカル殿。実は我々のリーダーはこの娘、ルビイでありましてな。原則としてこの娘の決断は、まあとんでもないことを除き遵守されねばなりませんのじゃ」ガフンダルは微笑みながらそういった。パスカルは返答に窮している。

「パスカル殿、さすがに我々も、貴殿にモジラ山にあるコモン・ゲートウエイ一家の根城まで同行してくれとはいわぬよ。こうしよう。まずヨコロテ村の様子を確認した後、ゲドナンの街まで我々が同行させていただく。ゲドナンの街に近づけば、少し街道より外れて、モジラ山の麓を経由してもらいたいのじゃ。そこで別れて、我々はコモン・ゲートウェイ一家の根城に向かいますゆえ、パスカル殿の隊商はそのままゲドナンを目指していただくと。そういう段取りでいかがじゃな?」

パスカルは、ガフンダルの言葉を聞いて、安堵の表情を浮かべた。「わかりました。モジラ山の麓に着くまで、我々はガフンダル殿の完全なる指揮下に入りましょう」

「ワシの指揮下ではないよ。このルビイの指揮下に入るのだ」

ガフンダルがそういうと、隊商メンバーの視線が一斉に真紅に集まった。もともと素質があった上に、これまでの経験で相当度胸が据わってきた真紅であったが、さすがに十数名の人間から一斉に注目されてどぎまぎしているようだ。小声で「よろしくおねあいしぁっす」などといっている。

「ではルビイ、お前はここに残れ」

「は?」真紅は眼をまんまるにし、これ以上は開かないだろうと思われるほど口をぽっかり開けてガフンダルを見た。

「聞こえなかったのか?お前はここに残れといったのだ。ヨコロテ村への偵察はワシとパイソンで行ってくるから、お前はここに残って、パスカル殿たちを守るのだ」

「だ、誰から?」

「誰からって、コモン・ゲートウェイ一家に決まっておるだろうが。ワシの見立てでは、既に本隊はモジラ山へと引き返したと思うけれども、残党が居残っているかもしれん。彼らがモジラ山へ取って返すときに、この隊商が発見されぬとも限らぬでな。そのときがお前の出番というわけじゃ。これはな、考えようによってはヨコロテ村への偵察より危険かもしれんぞ。スキだろ?危険なこと」

「なにそれ!?わかったわよ。なんか面白くなさそうだけど、仕方ないわ。3人で行くわけにはいかないもんね」

「さよう。なにしろルビイ。お前はこの隊商のリーダーなのじゃから」ガフンダルは中々真紅を乗せるツボを心得てきたようだ。
「ではパイソン、話は決まったから、アレを準備してくれないか」

「わかった」パイソンはそういうと、馬車の中へ入っていった。

「あれってなに?」馬車の中に入っていくパイソンの後姿を追いながら、真紅はガフンダルにたずねた。

「フフ。パイソンが持ってくるものを見ればわかるぞ」

ほどなくして馬車から出てきたパイソンは、なにやらマントを着用している。そのマントをバッと翻すと、髑髏とハンマーをあしらった趣味の悪いマークが見えた。地下大洞窟で防寒のために羽織っていたマントである。

「ああ恥ずかしい。俺、人前でこのマントを着るのは、あまり気が進まないんだ」パイソンは恥ずかしそうに呟いた。

パ、パイソォン!どこかで聞いたことがある名前だと思ったら…。もしかして、キャプテン・クラックの次男坊、パイソンか!?」

パスカルは腰を抜かさんばかりに驚愕している。どうやら趣味の悪い髑髏とハンマーは、キャプテン・クラックのトレードマークになっているらしい。3姉妹はそれぞれに「きゃ」と小さな悲鳴を上げたが、興味津々丸出しの瞳で、パイソンをまぶしそうに眺めている。真紅は、誇らしいような、それでいてちょっと妬けるような、複雑な気持ちになってしまった。

「その通りじゃパスカル殿。これで我々が普通の団体ではないということを再認識していただけたのではないかな。まあ、コモン・ゲートウェイ一家がいかほどのものかは知らんが、下っ端などは、キャプテン・クラックとパイソンの名前を聞いただけで戦意喪失というところじゃろうなあ」ガフンダルがニヤニヤしながらパスカルに告げた。

「た、確かに…」

「よし、パイソン。それでは参ろうか。パスカル殿、馬を2頭拝借したいのだが…」

「わかりました」

パスカルが準備した馬にまたがって、ガフンダルとパスカルはヨコロテ村へ向けて疾駆する。ものすごいスピードで、あっという間に豆粒ほどの大きさになり、やがて見えなくなった。

2頭の馬の姿が見えなくなると、待ってましたとばかりに3姉妹がルビイを取り囲む。

「ものすごくいい男よねパイソンさんって。それでいてめちゃめちゃ強いんでしょ?いいなあ」

「でも、物静かですごく優しそう。でも、ノルゴリズムにその名を轟かす大海賊の息子なんでしょ。すごいわ」

予想通り真紅は、パイソンのことで3姉妹たちの質問攻めに遭ってしまった。

「ねえねえルビイさん。パイソンさんとどこで知り合ったの?教えて」

「えーとぉ。海の上でナンパされました」面倒くさくなって、適当に答える真紅。

んきゃぁー。ナンパされたの?ねえ、もっと詳しく聞かせてヨォー」3姉妹の追及は留まることを知らない。

<ひゃぁー。たすけて。パイソォーン、ガフンダルゥ、早く帰ってきてくれー!>

と心の中で悲鳴をあげる真紅なのであった。

竜の都(7)に続く。
最終更新:2009年02月10日 17:09