真紅は奇妙な夢を見ていた。
どうやら場所はキャバクラのようである。といっても真紅はそのような場所へ足を踏み入れた経験がない。従って、いつか見たテレビドラマのワンシーンから想起されたもので、若干いびつであった。
落ち着いた雰囲気の店内を着飾った女達が歩き回っているが、壁には15インチほどの小さなテレビがしつらえてあって、巨人阪神戦を中継している。壁には短冊に書かれたお品書きなどが貼ってあったりする。
店の中央にあるボックス席のソファーの真ん中には、パイソンが、両足をこれ以上開けないほどガバっと開いて、どっかりと腰を下ろしていた。右手にはリスプ、左手にはプロログが、露出度の高いドレスを着て座っている。パイソンはしっかり両手を彼女達の肩に回し、鼻の下をびよよーんと伸ばしていた。
対面のソファーにはスキームが腰掛けており、水割りを作りながら(なぜかグラスではなくビールのジョッキであったが)しきりにパイソンにおねだりしていた。
「ねえパーさん。私、バリスカ山ざくろのジュースが飲みたいのぉん」
「おう、いいとも。そんなことお安い御用さ。今度、バリスカ山ざくろ1ノン(1年)分家に送ってやるよ。がはは」
「あら、スキームだけずるいわ。ねえねえパーさん。私、世界で一番大きいダイヤモンドの指輪が欲しいなあ」今度はプロログが、甘ったるい声を出してパイソンにしなだれかかった。
「なんだ、そんなことか。欲のない娘(こ)だ。勿論プレゼントしてもいいが、そんなものをつけると重すぎで腕があがらなくなってしまうぞ。うぎゃはははははは♪」
「パイソンさん。私はそんな食料品や宝石なんかいらないわ。私、無人島がひとつほしいなあ。そこで自由気ままに暮らすのよ」夢見がちなリスプが、とことんえげつないおねだりをしだす。
「わははははは。わかったわかった。可愛い奴らよなあ。よーし。今夜は飲むぞ!ドンペリ、ケースごともってこぉーい!」
「うれしー」リスプとプロログが左右からパイソンを抱きしめた。パイソンの手が彼女達のあらぬ部分をモソモソまさぐっている。対面にいたスキームもぴょーんと跳躍して、パイソンの膝にバスっと着地した。思わず彼女を抱きかかえるパイソン。
「おお、ういやつじゃ」
ここにきて、真紅の我慢は限界に達した。
「アンタたちなにやってんのよ!パイソンに気安くさわんないでぇー!」
真紅は、声を限りにさけんだ。叫んだのは夢の中であったが、こういったシチェーションでは往々にして本当に叫んでしまうのであった。俗にいう寝言である。
おりしも、馬車の外では3姉妹が凍りついていた。
真紅たちが、パスカルの隊商と別れるということで、お互いに最後の挨拶を交わしていたのである。
真紅が寝ているのをいいことに、3姉妹たちはパイソンに接近を試みたのである。なにしろパイソンは名高い海賊の息子であるから、3姉妹たちは、完全に芸能人の取り巻きのようになってしまっていたのであった。次女のプロログや三女のスキームなどは、大胆にもパイソンの筋肉をぺたぺたと触りまくっていたところであったのだ。もちろん、パイソン自身は鼻の下を伸ばしているはずもなく、困惑していたのだが。
そこにタイミングよく、寝ているはずの真紅の大音声が聞こえてきたのだから、3姉妹たちは腰を抜かしてしまったというわけである。
「ガフンダル。魔法でしばらく眼を覚まさないのではなかったのか?」パイソンはほっとした表情で、ガフンダルにたずねた。ガフンダルはちょうど馬車の中の様子を覗いているところであった。
「おかしいのう。ぐっすり寝ているようなのだが…。ま、とにかくこの娘の能力にはまだまだ未知の部分があるからな。ま、こういうことも起こりえるじゃろうて。よし、いつまでも名残惜しくしていても、仕方あるまい。そろそろ出発するとしようか」
「ガフンダル殿、それからパイソン君。どうか道中お気をつけて」パスカルが挨拶をした。「それから、是非この娘達の祝言に列席していただきたいものです」
「そうじゃのう。我々がこの冒険を生き延びれたら、是非列席させていただくことにいたしましょう。そのおりには、お借りしたこの馬車をお返しいたしましょうぞ。わはは」
そういって、ガフンダルは馬車の御者台に登った。パスカルは馬車の中に乗り込んだ。馬車の後ろには、三人の盗賊達が転がされた荷車が繋いである。モジラ山に着く頃にはさらに痣や打ち身が増えそうであった。
「では。パスカル殿、エイダ殿、そして娘さんたち、さらばじゃ」ガフンダルはそういって、馬に鞭をくれた。
真紅たちを乗せた馬車は、東へ、モジラ山へ向けゆっくりと走り出した。
ヨコロテ村付近からモジラ山への道のりでは、特筆すべきことは何も起こらなかった。なぜならヒロインの真紅がぐっすりと眠っていたからである。
一向は、明け方近くゲドナンの街の南、モジラ山を望む麓に立っていた。真紅は熟睡していたのでさっぱりした顔をしているのは当然として、ガフンダルもパイソンも、交代で馬車を走らせてきたとは思えないほど元気そうな顔をしていた。3人の盗賊たちは、完全に憔悴しきっていたが。
だが、彼らはいきなり立ち往生していた。
それというのは、魔法で無理やりめ眠らされた真紅が目覚めたと同時に怒りを爆発させたからではない。真紅本人も、自分の極端な乗り物酔いでみなに迷惑をかけることについて申し訳なく思っており、魔法で寝かしつけられたことについてはしぶしぶ納得しているようであった。
では一体なにを立ち往生していたかというと、モジラ山の麓には大きな川が流れていたからである。橋がかかっている様子もないし、迂回路もないようだ。どうやらデラスカバリスカ山系から流れてきた水が大きな川となり、ゲドナンとモジラ山を分断しているようなのである。
おそらくコモン・ゲートウェイ一家が使うのであろうが、3人以上乗ればブクブクと沈んでしまいそうな、小さなボートが一艘、川岸に係留されているのみであった。
当然、馬車で川を渡ることはできないから、その小さなボートで渡るしかない。と、そこで問題になったのが、3人の盗賊たちのことなのである。
3人とも、すっかり観念したのか、もしかするとトムキャットに対して反感を抱いており、密かに真紅たちに期待しているのか、非常に大人しかったし、すっかりボロボロになっていたのであるが、さりとてボートを使って渡っている間に、こちら側の岸と向こう岸で、真紅たちの人数より盗賊の人数の方が多くなるのは避けるべきであるという結論になっていた。
しかし、どういう方法で渡ればよいのか、真紅たちにはさっぱりわからなかったのである。
と、真紅たちが思案に暮れていると、真紅が抱えていた鞄のチャックの隙間からまばゆい光が漏れてきた。
そしてさらに、
ジャーンジャーンジャーン、ジャジャーンドンダンドンダンドンダンドンダン
と、『ツァラトゥストラはかく語りき』の音楽が流れてきたのである。真紅は『しょうがないな』という表情で鞄のチャックをジーと開く。すると中から、ドゴォォーンというジェットエンジンの轟音とともに、VAIOが飛び出してきた。
「群青色の健一郎、けんざぁぁぁぁぁぁぁーん!」
「パパ、だんだん登場の仕方が派手になってきたわね。ところで何の用?」真紅はすっとぼけている。
「何の用ではなかろう、何の用では。君達は現在進行形で困っておって、どうしてもこの『群青色の健一郎』の魔力が必要なんだろ?隠してもわかるぞ」
「別に困ってないけど」あくまでとぼけ続ける真紅。
「これは、俗にいうところの、『宣教師と人食い人種の問題』だな」健一郎は、真紅の反応を無視して解説を始めてしまった。「『宣教師と人食い人種の問題』は、まあ、色んなバリエーションがあるのだが、基本は次のようなものだ」
あるところに3人の宣教師と3人の人食い人種がいて、ボートを使って
向こう岸まで渡ろうとしている。
ボートには2人まで乗ることができる。
どんな状況でも、宣教師の数がそこにいる人食い人種の数より少なく
なると、彼らに殺されしまう。
全員無事に向こう岸まで渡るにはどのようにすればよいか?
「…ということだ。どうかね、今ルビイたちが抱えている問題そのものだろう?この『群青色の健一郎』が、必要ないときに、ひょこひょこ出てくるわけはなかろう。ではこの画面を見ていただこうか」
「画面の左に宣教師と人食い人種が3人づついる。そして川べりにはボートが…ん?なんだ?」機嫌よく解説している健一郎VAIOを真紅がツンツンと突付きまわしている。
「ルビイ、そのように突付きまわさないでくれるか?風景画像が小刻みに震えて気持ち悪いんだ」
「パパ、この宣教師と人食い人種のおにんぎょう、どっかで見たことがあるんだけど…。昔流行ったテレビゲームにこんなのなかったっけ?」
「いいじゃないか。パパの趣味なんだから。もしかするとこれが書籍になった場合、著作権の関係でこのキャラクターが使えなくなるかもしれないんだぞ。ここでしか見れないレアプログラムというわけだ」
「なにワケのわかんないこといってんの?パパ」
「コホン。まあ私のいったことはあまり気にしないでくれ。さて、川岸にいる宣教師と人食い人種、どれでもよいのでクリックすると、ボートに乗り移るのだ。ボートには2人まで乗せることができるぞ。別に1人だけでも構わん。ボートにいるキャラクターをクリックすると、また川岸に戻すことができる。これでよいと思ったら『渡る』ボタンを押してくれ。するとボートにのったキャラクタが向こう岸へ渡るのだ。ではルビイ、ちょっとやってみたまえ」
「わかった。じゃあ宣教師をクリックしてと…。はい、『渡る』。うきゃきゃあー!いきなりゲームオーバーになっちゃったわ。巨大化した人食い人種に宣教師が食べられちゃったぁー♪」
「我が娘ながら、救いがたい馬鹿だなお前は。『どんな状況でも、宣教師の数がそこにいる人食い人種の数より少なくなると、彼らに殺されしまう』とルールに定められておるだろうが!?1手目から詰んでどうすんだ!?」
「だって」
「だってじゃねえよ!」
健一郎も真紅に引きづられて低レベル化しているようである。もしくは徐々に長七郎の人格と融合しつつあるのか。
「で。パパやっぱりこのプログラムにも、ワタシみたいに全然答えがわからないおバカさんのために、秘密の解答モードがあるんでしょ?えーっと。この『?』マークのボタンかな?」
「つまらぬものを見つけるときだけは目ざといな。お前の推理。というほどたいしたことはないけれども、『?』ボタンを押すと、自動解答モードに切り替わる。『?』が『解答モード』に変わるのですぐわかるぞ。『搭乗』ボタンを押すとキャラクターが勝手に乗り込んで、ボタンが『渡る』に切り替わるから、何も考えずに押す。以上の繰り返しで、めでたく全てのキャラクターが反対側に渡り終えるのだ…って、もう始めてンのかい!」
「やったぁー!渡り終えたわ。なるほどナァ」真紅は心から感心している様子であった。
「ひとつお断りしておくことがあって、実はこのプログラム、諸般の事情により手順判定アルゴリズムを組み込んでいないのだ。解答手順をひとつだけ固定でテーブルとして持っている。まあ、たまにはこういうのもありかなと思って…」
#自動乗組みテーブル
AbTbl = [[0,0,2],[7,0,1],[0,0,2],[7,0,1],[0,2,0],~
[7,1,1],[0,2,0],[7,0,1],[0,0,2],[7,0,1],[0,0,2]]
「フン。誰に対して何を弁解してるんだか…」
「なんだと!?」
「よし、では健一郎殿が提示してくれた手順どおり渡ろう。ぐずぐずしてはおれんからな」これ以上親子漫才が続くと時間の無駄であると判断したガフンダルが声をかけた。
かくして、わいわい騒ぎつつも、真紅たちは、盗賊討伐遠征の第一関門を見事突破したのであった。
最終更新:2009年02月24日 08:27