第二学区内にある、『警備員(アンチスキル)』の訓練所の中。
一人の人間が、戦っていた。
多勢の屍人達を相手取り、たった一人で、抗っていた。
一方通行「ク、ソッタレエェェェェェェェェェェッッッ!!!」
彼の名は『一方通行(アクセラレータ)』。
あらゆる攻撃を弾き返し、あらゆる防壁を打ち破る、最強の能力者。
しかし彼は今、この日始まって以来、最大の危機に直面していた。
正に鬼気迫る形相で、ひたすらに襲い来る屍人達を薙ぎ払う。
いつもの余裕と狂気を湛えた笑みも、そこには見られない。
その戦況だけを見れば、何の危機も感じられない、一方通行の圧勝にしか見えない。
消耗戦、或いは消化試合とすら言える程に、屍人達が一方通行を打倒し得る余地は一片も見当たらない。
一方通行「後から後から群がってきてンじゃねェぞオラアァッッ!!」
しかし、一方通行は焦っている。
恐れている。
最強たる彼の、たった一つの懸案事項に。
一方通行「『充電』、できねェェェだろォォォォォがァァァァァァァァッッッ!!!」
数十分前、一方通行は、手近な建物内に這入り込んで、チョーカー型電極の充電を行おうとした。
しかし、それは容易く失敗に終わってしまった。
何故か、どの建物の、どの電源を使っても、電極を充電する事が出来ない。
そこで初めて、一方通行は気が付いた。
少なくとも第二学区の全域、もしかするとその近辺まで含め、一切の電力供給が停止している事に。
原因は解らないが、恐らくこの混乱の中で送電関係のシステムに異常が出たのだろう。
記憶によれば、第二学区には旧時代さながらの『送電塔』があるという話だったが……
この『警備員』の訓練所内には、自家発電による電力供給を行っているフロアがある。
何とか、そのフロアまで辿り着けば、充電は出来るのだ。
しかし、雪崩のように押し寄せる屍人達が、それを許してはくれない。
バッテリーの充電中は、電極を使う事は出来ない。即ち、その間は完全な無防備状態に陥ってしまうのだ。
故に、追ってくる屍人達を完全に倒し切って、少なくとも一時間程度、安全な時間を確保しなければならない。
一方通行「邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ死に損ない共オオオオオオオォォォォォォッ!!!!!」
一方通行は、惜しげも無く能力を使って、周囲に集る屍人達を吹き飛ばす。
吹き荒れる暴風。絶対防御の反射壁。鉄塊の如き拳撃。
それらは全て、時間制限付きの、限定的な『最強』状態の成せる業である。
惜しげも無く、という表現は正しくない。
より正確に言えば、一方通行は出し惜しむほどの余裕も無い。
屍人の群れの圧倒的な物量は、並大抵の能力者では太刀打ち出来ないレベルの戦力である。
それは、一方通行の凶悪な頭脳と戦闘スキルを以てしても、能力無しでは決して無事でいられない程に。
――――そして何より、彼の背後には、『打ち止め(ラストオーダー)』がいる。
今も尚、少女は眠り続けている。玉のような汗を流して、僅かに呻き声をあげながら。
終了条件:『打ち止め』を護り抜く
殺す。殺す。殺す殺す殺す。殺す殺す殺す殺す殺す。
肢体を抉る。屍体を殺す。死体を壊す。
目に写る全ての敵を、耳に響く全ての唸りを、消し尽くす。
超威力の打撃。
飛来する弾丸、異能の全反射。
地面を抉り出す土砂飛礫。
体液逆流を用いた人体破壊。
気流操作による竜巻。
高電離気体(プラズマ)の生成。
己の考え得るありとあらゆる殺戮方法を。
己の持ち得るありとあらゆる破壊方法を。
ただただひたすらに、群がる屍を、集う死体を、壊して殺す。
見る見るうちに砕かれ裂かれ、倒れていく屍人達。
一方通行達の居る建物も、当然無事では無い。
フロアの天井は半ばまで砕かれ、窓ガラスは例外無く粉砕し、床も壁も傷が無い場所を探す方が難しい有様だ。
それでも、一方通行は暴れ続ける。壊し続け、殺し続ける。
大切な少女を護る為、絶対に、護り切る為に。
一方通行の暴虐の嵐のただ中で、ただ一人、打ち止めだけが眠っていた。
――――その呻きと、苦しみの表情が消えている事に、一方通行は、まだ気付いていない。
そしてようやく。
周囲の居た無数の屍人達の全てを、一体の『捕り逃し』無く、殺し終えた。
数百体はいたであろう屍人の群を、たった一人で、殺し尽くした。
ちょうど、その時。
ピピッ、と小さく無機質な電子音が鳴った。
身体から、力が消える。
そのまま、一方通行は身体のバランスを保てず、その場に崩れ落ちた。
電極のバッテリーが、切れたのだ。
一方通行「――――」
運動能力も、言語能力も、思考能力も失った一方通行は、築き上げられた屍体の山の中で、芋虫のように這い蹲った。
言葉にならない呻きをあげながら、一方通行は屍体の間を這って移動する。
向かう先は、決まっている。
電極の充電よりも、この場からの離脱よりも、何よりも優先して、
一方通行は、少女の下へ、這っていく。
しかし、意外な事に、それほどの時間もかけず、一方通行は這うのを止めてしまった。
打ち止めが、立っていた。
惨めに地を這う自分の、すぐ目の前に。
汗に濡れた髪がしだれて表情は見えないが、間違いなく、彼女自身の足で、立っている。
それを見て、一方通行は、大きく安堵した。
――――護り切った。
打ち止めを。
一方通行にとって、何よりも大切な、一人の少女を。
彼は、護り切ったのだ。
終了条件達成(エピソードクリア)
一方通行「……っ…………っ……」
言葉は出ない。
しかし、ズルズルと地を這って、打ち止めの下へ行く。
手の届く距離まで辿り着くと、左足に力を込めて、一方通行は立ち上がった。
そして、目の前の小さな躯を、抱き締めた。
強く、強く、抱き寄せた。
打ち止めは、何も言わない。
一方通行も、何も言わない。
ほんの数秒、静かな時間が、二人の間を流れていく。
その静寂を破ったのは、少年の呻き声だった。
一方通行「――――ア、ァ?」
一方通行の腹部に、刃物が、突き刺さっていた。
言語能力を失った彼は、目の前の事実に、ただ疑問の呻きをあげるしかない。
何故、何が、誰が、何時。
そういった疑問を、何一つ言葉にできず、一方通行は、ドサリと床に倒れる。
『ベクトル反射』という異能の壁を失っている以上、ただの包丁さえあれば、一方通行を殺す事は出来る。
そして、今この場で、『敵のいなくなった』この場所で、そんな事が出来るのは、ただ一人だけ。
――――打ち止めは、何も言わず、血で汚れた砂鉄のナイフを、握り締めている。
一方通行「ア…………ア……」
無残に、無様に、悲惨に、凄惨に、一方通行は己から溢れ出した血の海へと、体を沈める。
その顔には。
驚愕と、悲壮と、絶望と――――そして、ほんの少しだけの安堵。
自分がどうなろうと。
他人がどうなろうと。
――――打ち止めさえ、無事でいるなら、それで良い。
その顔は、そう言いたげな、そんな顔だった。
斯くして、少年は少女を護り抜き。
そして、護り抜いた少女に、殺された。
少女は、赤く染まった顔に笑みを浮かべ、少年の死を喜んだ。
少年が、『此方側』へと、足を踏み入れる事を、喜んだ。
少女と少年は、苦しみの無い世界で、悲しみの無い世界で、生きていく。
久遠の生と永久の安らぎを得て、二人一緒にいつまでも、生きていく。
最終更新:2011年05月05日 12:43