国井善弥

登録日:2012/01/13(金) 16:47:31
更新日:2018/04/24 Tue 18:26:33
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国井(くにい)善弥(ぜんや)とは、昭和の武人。
鹿島神流(かしましんりゅう)第18代宗家。福島県いわき市出身。

彼は幾多の他流試合を相手の望む通りの条件で受けながらも勝ち続け、生涯不敗だったという。

相手が空手家だろうが柔道家だろうが、武器を持っていようが、必ず一本とる。
日本古武道を体現する武人だった。
その圧倒的な力から、「今武蔵」(昭和の宮本武蔵という意味)という異名で呼ばれた。

鹿島神流とは、茨城県鹿嶋市にある鹿島神社に古くから伝わる「鹿島の太刀」を元とした古武術流派で、
剣術と柔術を中心に、抜刀術、薙刀術、棒術、杖術、槍術、手裏剣術を扱う。

流派側の主張によると、『徳川家康の命により鹿島の伝書が焼き捨てられたため、鹿島神流に関する伝書がほとんど現存しない』だそうで資料による分析ができず、
国井善弥以前の歴史は疑問視されている。
現在の鹿島神流は国井善弥が修行してきた馬庭念流剣術と妙道流柔術を核に、国井善弥がさらに技法を加えて体系付けたんじゃね?という意見がある。
ちなみに流派HPがある。



~有名なエピソード~

太平洋戦争終結後、GHQは「日本人の精神を培う文化を禁止にしてスポーツ、セックス、スクリーン(映画)まみれで腑抜けにしちゃおうぜ」政策を展開した。

当然、剣道も禁止という流れになり、隠れて稽古しているところを発見されたら問答無用でしょっぴかれた。
しかし、剣道を復活させようとGHQと交渉を重ねた笹森順造という国会議員がいた。
この方は、小野派一刀流剣術宗家の剣の使い手である。

GHQ「剣道は闘いに勝つためのもの(軍事武道)だからだーめw」
笹森「違う! 剣道は、一瞬で相手に最小限のダメージを与え、悪かったと悟らせるものなn」
GHQ「じゃあうちの最強兵士と戦って証明してみせろやw 悔い改めさせてみろやw」

GHQが指名したのは、誰も勝てたことがないという米海兵隊の銃剣術の教官だった。
しかも、

GHQ「あ、うちら銃剣使って殺す気でいくからね。お前らは例の柔らか竹刀。もちろん防具なしでwwwww」
※柔らか竹刀
GHQの命令により本来の竹刀より痛くない仕様にした竹刀

………という、かなり不利な条件だった。

負けたら、試合に望んだ武道家と、剣道だけでなく日本武道が死ぬ。
考える笹森の頭に、ある武道家が浮かんだ。
それが国井善弥である。

剣道の未来が懸かっている大仕事に、国井善弥は二つ返事で承諾した。

そして試合当日。
国井善弥はいつもの白の練習着で現れた。

アメリカ人教官と国井善弥はそれぞれの武器を手に、相対する。

決着はほぼ一瞬でついた。

教官「一撃目が避けられたんで銃底で即頭部殴打してやろうと思ったら、背中に柔らか竹刀が当たるのを感じ、気づいたら俺は床に倒れていた。何を言っているのか(ry」

見事に制された米教官は、素直に負けを認た。
その結果…

アメリカ「ちょ…ジャップのケンドーマジパネェ。これは失うの勿体ないわ……」

ということで、現在の剣道存続に繋がる。



~以下ロマンのない話~

この試合が武道教育禁止の措置の解除のきっかけとなったという話が広まったが、この試合の結果と武道教育禁止の措置の解除は関係がないらしい。
まぁ、マッカーサーが昭和天皇にグッときて、日本人を大量に餓死させるのをやめた話もあるので、ちょっとはロマンがあってもいいんじゃなかろうか。





~余談~

国井善弥の、相手の意思を読み取る心眼を鍛えたのは師匠である佐々木正之進のお陰。
内弟子になった次の日から、佐々木正之進は「何持ってこい。何もついでに」と、よくわからない指示を出した。
『何』だけではまったく見当がつかないが、これが相手の思っていることを察する修業になったのだろう。
師匠の命令は「何を何して、何を何々」と非常に曖昧になっていったが、国井善弥はかなりの確率で師匠の意思をつかめるようになったという。





追記修正は掛け声なしで稽古してからお願いします。

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