X68000

登録日:2019/08/22 Thu 14:48:50
更新日:2019/08/24 Sat 07:06:30
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夢の続きを語ろう

――X68000 EXPERT / X68000 PROのキャッチコピーより




X68000とは、シャープから発売されたパーソナルコンピューターである。
その名が示すとおり、モトローラ製「MC68000」の互換CPU(SUPERまで)を搭載したPCで、初代機は1987年3月に発売。その後マイナーチェンジを重ねていき動作周波数を10MHzから16MHzに増強した「XVI」、CPUをMC68030に変更した「X68030」と代を重ねていったが、公式には1993年に発売された「X68030 Compact」をもって開発・販売が終了された。

▼外観

初代機から「ACE」「EXPERT」「SUPER」までは、底面をベースとして片側にマザーボード、もう片側に電源や2機のディスクドライブを搭載したツインタワー型の「マンハッタンシェイプ」を採用。次代の「XVI」「X68030」でもマンハッタンシェイプは継承されたが、丸みを帯びていたそれまでの筐体から角張ったデザインのものへと変更された。

マウスは蓋を外すことでトラックボールとしても使用可能……なのだが、あくまでもマウスなのでボールが手前、ボタンが奥にあることで少々操作しづらい面があった。それでも「アルカノイド」などのブロック崩しタイプのゲームや、「キャメルトライ」などの画面を回転させるタイプのゲームでは本領を発揮し、公式でもトラックボールの使用が推奨された。

一方、廉価版であった「PRO」は当時主流の横置きタイプで、本体の上にCRTモニターを置くことが可能。マウスはトラックボール機能がない通常のマウスが添付されていた。

▼OS

X68000にはOSとして「Human68K」が標準添付されていた。コマンドやファイル形式は当時のMS-DOSとある程度の互換性を持っており、パソコン通信でもファイルをやりとりすることが可能であった。一方、実行ファイルの拡張子は「.exe」ではなく「.X」と独自のものである。

EXPERTⅡやPROⅡ、SUPER HDには1990年発表の「SX-Window」が搭載され、こちらはその名のとおりWindowsタイプのアプリケーションである。実際にはHuman68K上で動作するため「MS-DOS・DOS/VとWindows3.1の関係」といえばわかる人はわかるかもしれない。マルチタスクも可能でありビジュアルも洗練されていたが、専用のアプリケーションはあまり発売されなかった。

他にも「OS-9/X68000」「CP/M-68K」などが存在していたが、こちらは限定的な展開に終わっている。

▼「ホビーパソコン」として

映像出力機能として、最大同時発色数は解像度が256×256、512×512の時には65,536色、768×512の時には16色。音声出力機能としてFM音源が同時8音+ADPCM1音と、当時主流のPCであったPC-9801シリーズが解像度640×400の最大発色数16色、FM音源同時3音+SSG音源同時3音だったことを踏まえると、破格のスペックであった。

初代X68000発売時にはコナミ製のシューティングゲームグラディウスが本体にバンドルされ*1、以降も電波新聞社やSPSなどによりアーケードゲームが、そしてZOOMやエグザクトなどによりオリジナルのゲームが多く発売されていた。

また、カプコンやコナミといった大手メーカーもアーケード用などのゲームから移植を行い、コナミにいたっては悪魔城ドラキュラ」「パロディウスだ!の音楽をMIDI音源に対応させるなど豪華移植を行ったり、2019年現在も続く「実況パワフルプロ野球」シリーズの礎となるオリジナル野球ゲーム「生中継68」を発売したりと積極的に活動していた。

パソコン通信上でもフリーソフトが数多く発表され、PC-9801用のMIDIシーケンサ「レコンポーザ」と互換性を持つ「STed2」やパソコン通信用ソフト「MuTERM」、FM音源8音に加え、力業でADPCM8音の同時再生を実現したPCM8.Xに対応した「MXDRV」、SX-Windowと同年に発表されたウィンドウシステム「Ko-Window」などの実用系ソフトに加え、プラグインで登場キャラを増やせる対戦格闘ゲーム「SFXVI」やド派手な弾幕系STG「超連射68k」、オリジナルシナリオと要素をふんだんに盛り込んだ某国民的RPGのクローンゲーム「TDQ」「TDQ2 魔族の大地」などのゲームソフトが多く出回った。

その一方で、「True Ys」*2「ドラゴンクエストⅣ」などの「勝手に移植」シリーズや「Special天安門」「校内指導」といった不謹慎ゲームなどが出回ったことも……ディスク1枚でアニメOPを再生させるなんてプロジェクトもたくさんあったし、まあ、おおらかな時代だったというか……

▼「電脳倶楽部」

1988年から2000年まで満開製作所が発刊していたディスクマガジン「電脳倶楽部」も、X68000ユーザーを支える柱のひとつであった。

独自のアプリケーションやフリーソフトに読み物、音楽やCGなどを収録し、ディスク1枚組時代は1,000円、2枚組時代は1,500円とお手頃で、末期はCD-ROM媒体でも発刊。満開製作所がX68000の事業から撤退した2000年8月をもって休刊となったが、その後も関連スタッフが番外編を発刊するなどして長らく続けられた。

▼終焉、そして終わらない祭りへ

1987年に発売されたX68000シリーズだが、1993年発売のX68030 Compactをもって実質的な展開が終了した。発売からわずか6年と短命であったが、これにはいくつかの要因が挙げられる。

1.高い

身も蓋もなく言ってしまえば高い。初代機からして369,000円と非常に高価で、翌年発売された廉価版のACEでも319,800円。最安値であったPROⅡでも285,000円なうえ、モニターも31KHzと15KHzの解像度が扱える10万円前後のものが必要であったため、初期投資だけで50万円近くすることもザラであった。

2.硬直化

発売当初、基本性能は5年間変えないという方針を定めていたため、CPUなどの大幅な刷新が行われたのは1993年になってから。この頃には競合機であるPC-9801でもCPUがi80286からi80486DXへ移り変わるなどスペックが変遷し、FM-TOWNSなどでCD-ROMドライブが普及し始めるなどの変化が始まった。

同じMC68000系統のCPUを採用していたMacintoshでもMC68040の後を継ぐCPU(PowerPC)の採用を模索し始めていた頃であり、フロッピーベースのままMC68030を採用と出遅れる形となってしまった。一応CD-ROMも拡張ボードを搭載することで接続可能ではあったのだが、ドライバーなどがサードパーティー製であったことから互換性が一貫していないなど、トラブルもままあった。

3.普及度

既にPC-9801が普及していたことや、ビジネス用途で発売されたアプリケーションが限定的であったこともあり、一般的なビジネスユースにはあまり普及しなかった。一時期は東武鉄道などにおいて車内案内装置として組み付け用途がなされていたが、陳腐化・老朽化とともに姿を消していった。

1993年の展開終了以降、シャープは独自PC路線からDOS/V互換機路線へと舵を切り「Mebius」シリーズを発表。2009年をもってこちらも展開を終了したが、2018年に東芝のPC部門を傘下に収め「dynabook」シリーズとしてPC事業に再参入している。

本来であれば展開が終了したことでそのまま収束に向かっていく……と思われるのだが、X68000ユーザーは実にタフであった。

★「なければ改造すればいいじゃない」

1990年前半はPC内部のパーツがほとんど固定されていたこともあり、陳腐化したからといってパーツを換装することはほとんど不可能であった。しかし、X68030でなくても68040/68060相当の速度を実現させる拡張ボードが制作されたり、X68000シリーズには存在しないLAN端子・USB端子と拡張メモリ端子をセットにした拡張ボードを製作したりと、自主制作ハードが大幅に展開された。

「美少女戦士セーラームーン」の水野亜美ことセーラーマーキュリーの声をCD相当の高音質で再生させること目的としたPCMユニット「Mercury Unit」というのもあったりした。もちろん命名は「セーラーマーキュリー」から。

さらには、シャープの公式展開終了前後から「本体を改造して売ってしまえ」という風潮まで生まれ、満開製作所から動作周波数を上昇させスペックアップを施した「X68000 Compact XVI RED ZONE」「X68030 D'ash」が発売されたり、九十九電機(現在の「TSUKUMO」)が大容量ハードディスクを搭載した「X68030 HG」シリーズを発売するなど大変なことに。「RED ZONE」に至っては、改造したはいいものの、動作周波数の上昇に耐性が無かった固体を元の周波数に戻し「X68000 Compact XVI RED ZOMBIE」として販売するなど、今から見ればとんでもなくハチャメチャなことをやっていた。

★「ないなら作ればいいじゃない」

前述のとおり、公式でCD-ROMが拡張されなかったため、接続用の拡張ボードやドライバーはサードパーティーから販売された。専用ゲームも満開製作所からサウンドノベル+αの「あの素晴らしい  をもう一度」*3が発売されたり、過去の「電脳倶楽部」がCD-ROMでまとめたり、末期には「電脳倶楽部」本誌として展開したこともあった。

当然ながらWebブラウザもなかったのだが、やはりパソコン通信で画像表示機能付きのWebブラウザが発表されたりと「無ければ作れ」の精神は脈々と続いていった。

その熱に触発されたのか、2000年に公式が大きな動きを見せる。

実機のBIOSイメージや、OSなどのソフトウェアの無償公開である。

パソコン通信「Nifty-serve」のシャープフォーラムに関わるスタッフの努力と、シャープ側の厚意からそれらの無償公開が実現。つまり、実機から吸い出したり闇で流れたりしているものではなく、公式として大々的にエミュレート行為が認められることになったのである。それに伴い、ZOOMなどのサードパーティーが、発売していたソフトのX68000エミュレーター用のイメージファイルを公開したこともあった。*4

公開当初はまだPCのスペックがエミュレーションに追いつかないこともあったが、2019年現在ではスペックの向上もあり、ほとんど問題なく動作が可能。多少Human68Kの操作知識が必要にはなるが、それさえ乗り越えれば手軽にX68000の環境を自分のWindowsMacで構築することができる。

近年では、Raspberry Piシリーズ用のX68000エミュレーターも発表された。シャープが公式に許諾したX68000型のRaspberry Pi用ケースも発売されているので、実際に動くミニチュアX68000の制作もお手の物。

X68000シリーズの実機はコンデンサや基板が弱く、経年劣化で映像表示や電源まわりに異常が発生しやすいため、2019年現在では正常に動作する個体は少なくなっているものと思われる。それでも舞台を移しながら過去に発売されたソフトを遊ぶことができるのは、ひとえに制作側とユーザーの愛や夢のたまものと言えるのではないだろうか。


追記、修正をお願いします。


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