登録日:2011/06/03(金) 00:24:38
更新日:2024/09/03 Tue 23:26:50
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……人が出会う「恐怖」の形を多様に描き出す十の怪異譚。
◆百鬼夜行─【陰】
京極夏彦の小説作品。
氏のデビュー作である『
姑獲鳥の夏』から始まる、一連の「
妖怪シリーズ(百鬼夜行シリーズ)」の外伝に当たる十の「怪異譚」を集めた短編作品集である。
『小袖の手』から始まる九篇が「小説現代」誌に掲載された後、
書き下ろしとなる『川赤子』を加えて99年に「講談社ノベルス」から新書版が発売……現在は文庫版も存在する。
十の物語の主人公として語り部を務めるのは、多くが「妖怪シリーズ」の登場人物達であり、
そうで無い場合にも本編で重要な役回りにある人物が登場……狂言回しを演じている。
また、物語自体が本作の刊行時点で発表されていた七作の長編シリーズの前日譚、後日譚として本編に密接に関わっている為、
シリーズのファンならば思わず笑みが零れる事は必至。
また、デザイナーである作者が本領を発揮……。
正に「文字」で魅せる一流の怪談集となっている。
……その文体の構成には一見の価値がある。
【十の怪異譚】
第一夜
●小袖の手
“杉浦隆夫は箪笥に仕舞ってある妻の着物を凡て処分することにした。”
『
魍魎の匣』と『
絡新婦の理』の前日譚に当たる作品。
杉浦隆夫を主人公に、柚木加菜子を狂言回しとする。
……隣家である柚木家を覗き、加菜子と出会う事で自らを取り戻しつつあった杉浦が目撃した「恐怖」とは……?
小学校教師。
ある日突然、子供が怖くなり社会から断絶した男。
杉浦の隣に住むペルシャ猫の様な美少女。
境界に住む杉浦を揺らす。
■第二夜
●文車妖妃
“その女のことを最初に視たのは、いったい何時のことだっただろうか。靄靄として明確とは思い出せない。”
『
姑獲鳥の夏』の前日譚に当たる、久遠寺涼子の物語。
同シリーズのヒロインの中でも屈指の人気を誇る彼女の視ていた「世界」とは……。
「久遠寺医院」の長女。
幼い頃より“小さな女”を視ていた……。
■第三夜
●目目連
“誰かが視ている。”
『
絡新婦の理』の前日譚に当たる物語。
飾り職人 平野祐吉を悩ます「視線」の正体とは……?
「視線」に悩まされる飾り職人。
……四年前に自殺により妻を亡くしている。
平野の若い友人。
斜向かいに住む家主の娘。
小町とあだ名される世話好きの器量良し。
平野を診察した精神科医……だが、後に自らが平野の遺した闇に呑まれる事になる。
『
狂骨の夢』に登場。
■第四夜
●鬼一口
“鬼が来るぞ……。”
地方新聞で活版の仕事に就く青年、鈴木敬太郎の視線を通して描かれる『
魍魎の匣』の前日譚。
……悪い事をすると鬼が来るぞ。
……鬼は人を喰らうものだぞ。
……本作の語り部。
出兵先のビルマで生死の境を彷徨った経験を持つ。
古書肆「薫紫亭」主人。
敬太郎とは将棋仲間。
ある人物から得た「鬼」の考察を聞かせる。
『
塗仏の宴』に登場。
「あの悪い娘は僕が貰って行きましょう」
夕暮れ(逢魔刻)に町角に立つ、黒い服に白手袋の男。
……「蒐集者」を名乗る。
間接的にであるが、
ルー=ガルー 忌避すべき狼の世界にとんでもない置き土産を残す。
■第五夜
●煙々羅
“白煙が吹き出した。
鱗の如き凹凸を刻んだ漆黒の塊を除ける。
まだ燻っている。”
『
鉄鼠の檻』の後日譚に当たる作品。
箱根消防団底倉分団の棚橋祐介の過去を通じて、『鉄鼠の檻』に通じる「ある因縁」の物語。
……己(じぶん)を疑わざるをえなくなる様な、奇妙な恐ろしさがある。
底倉消防団の団員。
「明慧寺」の消火に当たっていた。
過去に生まれる筈だった子供を喪っており、今度は「ある理由」から妻に去られる。
昨年引退した消防団の古株。
『鉄鼠の檻』本編に載せられていた消防団史は彼によるものと云う設定。
■第六夜
●倩兮女
“笑い熟れていない。
却説如何したものか。”
『
絡新婦の理』の前日譚に当たる物語。
房総の名門「聖ベルナール女学院」で起きた「事件」を契機にして想起される、女教師 山本純子の過去の思い出とは……。
「聖ベルナール女学院」教師。
寮の舎監も務める。
女権論者で、生徒らからは煙たがれる存在。
「柴田財閥」の若き後継者で、かつての学院の理事。
見初めていた純子に結婚を申し込む。
■第七夜
●火間虫入道
“虫がいる。
かさかさ音がするから。
厭な虫だ。ぬるぬるしている。
しかも真っ黒い。
油虫だろうか。”
『
塗仏の宴』の裏側に当たる物語。
語り部は目黒署の刑事 岩川真司……。
ある意味、収録作品中でも最も残酷な物語である。
目黒署の刑事で階級は警部補。
木場修太郎と青木文蔵はかつての同僚。
……岩川の部下。
「■■■■?」
「■■■いんでしょう?」
……出遭うなり、岩川の心を見透かした謎の少年。
「■倒■いんでしょう?」
……………………………………………。
■第八夜
●襟立衣
“教主が死んだ。
それだけである。”
『
鉄鼠の檻』に連なる、遥か以前の物語……。
語り部は円覚丹。
……おんばさらたやうん。
……おんばさらたやうん。
……おんばさら。
……熾烈な修行の末に魔道に堕ちたる仏法者ども。輪廻の輪からは解き放たれ、しかして解脱することも出来ぬ魔縁に縛られし者ども。
………………………天狗。
……物語の語り部。
彼の「過去」とは……。
■第九夜
●毛倡妓
“女の襟首をぐいと掴むと、ふわりと香水の香りがした。”
一応は『
魍魎の匣』に通じる物語だが、寧ろ語り部である木下刑事の忌まわしい思い出が主題となる。
得も言われぬ「厭さ」は物語中でも随一。
東京警視庁の刑事で
木場修太郎の部下。
売春婦を嫌うが、それには「ある記憶」が原因にあった……。
木下の同僚で、初登場時にはコンビの様な扱いだった。
娼婦……になる予定。
十八になったばかりの美しい黒髪の娘。
■第十夜
●川赤子
“気が萎えたので河原に行ってみた。”
……書き下ろし。
幻想小説家 関口巽を主人公とする「
妖怪シリーズ」“その物”の前日譚と呼べる作品。
……小説家。
妻である雪絵と口論となった“筈”だが……?
「稀譚月報」記者。
関口に密室殺人に就いての考察を聞きに訪れる。
カストリ雑誌「實録犯罪」の編集者。
関口に原稿の依頼をする。
【余談】
本作に連なる物語として『大首』があるが、そちらは内容が内容(官能小説と呼べる)の為か未収録となっている。
非常に活かした各タイトル部分のイラストは作者自身の手によるもの。
“ただ”怪力乱神をかたらざるのいましめをまもる方のみ……追記と修正を願います……。
そうだ、あいつのところに行こう……。
急にそう思った。
やがて……。
私は長い坂の下に立った。
どこまでもだらだらといい加減な
傾斜で続いている
長い坂道を登り詰めたところが
……目指す「京極堂」である。
昭和二十七年、梅雨も明けようかと云う日のことである。
最終更新:2024年09月03日 23:26