世界の駄っ作機

登録日:2025/01/25 Sat 15:59:48
更新日:2025/11/16 Sun 16:31:02
所要時間:約 4 分で読めます




『世界の駄っ作機』とは、軍事評論家の岡部いさく氏が、岡部ださく名義でモデルグラフィックス誌上で連載している飛行機に関するコラムをまとめて単行本化した書籍。


【概要】

様々な要因で開発・運用に失敗した軍用機(駄っ作機)の開発経緯や特徴などの解説と共に、どこがダメだったのか等の考察を記している。
基本的には1つの飛行機について本文3ページとタイトル、イラスト、航空用語の基礎知識が各1ページづつの計6ページあり、
単行本1巻につき35回分収録されているが、前後編になっていたり1回で複数の機体が解説されている事もある。

1995年から連載を開始して2025年現在11巻まで刊行されており、また駄っ作機1巻については2017年に増補改訂版が刊行されている。
いずれも大日本絵画より出版。


【内容】

全体的には平易かつユーモア溢れる文章で、解説や考察の内容にいくらかの技術的な話が混ざる事もあるが、気にせず読んでいく事が可能である。
駄作とされている機体が何故駄作になったのかについて様々な指摘を行っているが、単に駄作機を笑いのめす、あるいは貶めるような書き方はしていない。

こういった「残念さを認めると同時に、エンジニアたちの熱意や『最初のオーダー』における発想・既存のものに捕われないアイデアについてはちゃんと非難ではなく評論する」という形式は、工業製品(自動車など)をテーマにしたものを中心にほかの駄作を特集する企画でも同じ方針をとったケースが見られるという点でも良いアイデアだったといえるだろう。

機体のイラストは著者の手書き。実機が完成しなかった機体や資料が残されていない機体については完全な想像図であったり、「もし部隊配備がされていれば」といった架空のカラーリングだったりもする。
その為参考出品として同じ会社/開発者が制作した前モデルの機体や、制作にあたって参考にしたであろう機体、実際に採用された機体などが一緒に描かれていたりもする。
またイラスト脇にもダメなポイントやツッコミどころの考察もあり、模型雑誌の掲載らしくカラーリングについての指摘が添えられている事も多い。

航空用語の基礎知識ページでは解説時に使われた技術用語や開発背景の補足等が行われている。
時折人物や会社紹介、航空用語でない知識の解説になっている事もあるがご愛嬌。

ちなみに本書のカバーは一枚絵になっており、本書で取り上げた飛行機の勇壮な(あるいはそうなる筈だった)姿が描かれている。

取り上げられている飛行機は著者の主観によって選出されており、特定の国や時代に偏っている訳ではないが、当初は著者の趣味もあってイギリス、アメリカ、ソ連等の飛行機から選出される事が多かった。次いで航空大国「では」あったイタリアやフランスも初期から多い。

ドイツ機については「自分以外にも詳しい研究者が多い為」、日本機については「海外の機種よりも関係者orその遺族が読んでしまう可能性が高い・経緯が暗くなりがち」という理由から取り上げていなかったが、3巻以降から徐々に取り上げられるようになっている。
またポーランドやチェコスロバキア等航空史において主流ではない国の飛行機も取り上げ始めているほか、イギリスについては現在は「傑作機・駄作機の区別なく、イギリスの軍用機を連載形式で解説する」という形式で番外編『世界の駄っ作機・蛇の目の花園』を実質本家との二本立てで連載中。


【機体の選出基準】

あくまでも著者の主観であるが、以下のような基準で選出しているようである。

  • とにかく飛行機としてヘンなもの
  • 設計が下手で上手く飛ばない、使えないもの(ひどいケースだと一回もマトモに離陸できないまま、最終的に開発計画自体が消滅したものが選ばれたことすらある)
    • 単純に設計ミスが無視できなかった、のみならず、悪い意味での模倣を脱せなかった、などのパターンも含まれる。
  • 基本的な構想が間違っていて役に立たなかったもの
  • 駄作というほど低い性能や悪い初期コンセプトではないが、軍縮やニーズ自体の変化により「使い道がない」飛行機に変わってしまったもの。例えば先述した日本機の選出に後ろ向きだったのも、この軍縮=WW2敗戦で不要になったが「どうしても暗い解説になる」の一因。なんなら初の日本機紹介が実際にこのパターンだった
  • それ以外のワケのわかんないもの、あるいは駄作というより「不運だった」に近しいもの

時代的には1930年代の複葉機から単葉機への移行期間や、1950年代のレシプロエンジンからジェットエンジンに切り替わる頃の機体から選出される事が多い。
これは、この頃の機体は古い技術の行き詰まりをなんとか解消しようと足掻いたり、新しい技術をよくわからないまま使ったりした結果、駄作機が出来てしまう事が多かった為だろうとしている。そもそもそれを言い出したらこの時代は「ジェットエンジン」自体がそうであるのには、岡部先生がいうところの「ダメ飛行機」たちに留意してあげてもいいのではないだろうか。信頼性を理由に「レシプロ1ジェット1の双発」という現代の実戦機種ではほぼ考えられない構造にしたやつすら珍しくなかった時代なのだ
また、航空技術の発達していない国で作られた飛行機についても、色々不利な条件もあり、一概に駄作機と呼ぶのは気の毒としつつも「やっぱりダメだよね」と取り上げている。


【名言集】

  • 遅く飛ぼうとしたばっかりに、飛ぶことそのものが下手な飛行機となってしまったのである。(1巻File1)
  • わかった、Ba88を攻撃機と思った俺たちが悪かったとばかりに~(2巻File2)
  • そんな道理が通じないのが帝国日本海軍。1939年にもなって、戦闘機より速い水上偵察機を作れと言い出したのだ。(3巻File5)
  • アルベマールが~飛んでいくはるか上方を、モスキートが軽やかに追い越していく、なんてこともあったんだろうな。(4巻File13)
  • それを考えれば~見た目が気持ち悪いとか~いろんなとこがベコベコしてるとかは大目に見てやってもよかったんだろう。(5巻File4)
  • 普通の飛行機なら、初飛行おめでとう、と言うところだが、セカニの場合はそうじゃなかった。ダメ飛行機だったからだ。(6巻File15)
  • これを「Ju87をミラノの服屋に連れてって、一式着せてやったみたい」といったら、ほめすぎかなぁ。(7巻File9)
  • 世が世であればミッドウェー海戦にSBDじゃなくて、このSBNが出てたかもしれない。そうしたら歴史はいったい…?(8巻File5)
  • 技術や設計以前に、マーケティングを完全に誤ってたんだな。(9巻File30)
  • その理想はしばしば現実と一緒になって人間をあざ笑う事がある。(10巻File1)
  • ところが~起こりそうな問題がちゃんと起こって、ダメ飛行機として終わってしまった。(11巻File5)



余談


  • 《題名》
本書のタイトルは、同じく飛行機の解説書籍として名高い『世界の傑作機(Famous Airplanes of The World)』(文林堂刊)のパロディ。
英語タイトルも『世界の傑作機』のそれに習いつつ、否定の意味で"IN"を付けてIN Famous Airplanes of The Worldとしている。
ちなみに世界の傑作機の担当編集者から本書の序文が寄せらせた事もあるし、本書で取り上げた機体*1が後に傑作機側で取り上げられた事もある。



  • 《社内番号》
本書には各巻に1巻、2巻とナンバリングがされているのだが、著者は「社内名称」と称して各巻にMkナンバーを設定している。元ネタはスピットファイアの各サブタイプにつけられていたもの。
著者的にはこの社内名称を正式な書名(の一部)にするつもりもあったようだが、流通上の問題を指摘された事で断念したという。
が、未練はあるようで、各巻のあとがきおよび背表紙に記載されている。

1巻 (F.Mk.1) 昼間戦闘機型?
1巻改訂版 H.F.Mk.1b Mk1改修型
2巻 F.Mk.2 昼間戦闘機型
3巻 PR.Mk.3 写真偵察機型
4巻 B.Mk.4 爆撃機型(非武装)
5巻 LF.Mk.5 低空戦闘機型
6巻 F.B.Mk.6 戦闘爆撃機型
7巻 H.F.Mk.7 高高度戦闘機型
8巻 C.Mk8 輸送機型
9巻 Mk.9 Mk5改修型
10巻 P.R.Mk.10 写真偵察機型
11巻 Mk.11 ロケット弾攻撃機型

元の表記では数字は全てローマ数字なのだが、環境依存文字を避ける為アラビア数字表記。
改訂前の1巻には社内名称の記載はないが、改訂版のあとがきで改訂版を「F.Mk.1b」と表記している為、そこから推測している。
ただ改訂版1巻の裏表紙には「H.F.Mk.1b」と表記がある。まぁ軍や編集部のつけた呼称と社内名称が違うなどよくある事だろうけど。

なお9巻の社内名称だけ5巻改修型となっているが、これは元ネタであるスピットファイアのMK.9が既存のMk.5を基に改造して作ったタイプであった事に合わせたもの。
当然9巻の内容は5巻の書き直し、ではなく新規設計となっているのでご安心を。



  • 《ウソ企画》
改訂前の1巻には特別編として、編集部と共謀して作った実在しない機体(アセイラント)の記事とその顛末が掲載されている。

これは掲載誌での連載1周年記念企画のクイズとして作成されたもの。
きっかけになったのは、この連載がスタートした後、著者の元に届いた「「この連載で紹介されている飛行機は実在していない」と思われているらしい」という噂。
その噂話について編集部と話している内に、「だったらホントに嘘の機体を連載に紛れ込ませ、連載1周年記念のクイズとして公表、正解発表時にはその機体の模型写真も公表しよう」という企画がスタートする運びになったという。
その手のイタズラも好物である著者も架空機体の形状や来歴などをノリノリで作成し*2、著者原案の機体もモデラーによる"改修"を経て模型も完成。
こうして作成された架空機は無事96年2月号に掲載された後、正解発表と共に模型も披露されて紙面を飾る事となった。
引っかかった某雑誌編集者「ああいう事して良いんですか?」


さすがにもう賞味期限切れと思われたのか、改訂版ではカットされてしまっている。



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最終更新:2025年11月16日 16:31

*1 XF2Yシーダート、XB-70ヴァルキリー等

*2 著者曰く「さっそく手近な紙に落書きを始めて~いつのまにか~機体の形が出来上がった。こうなるとストーリーもまったく苦労無く浮かんできて、メーカーも~エアスピード社の製品にしてしまった」との事。