登録日:2012/09/15(土) 09:00:31
更新日:2025/04/21 Mon 22:55:57
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この項目では古典落語としての「ちはやふる」を扱う。
マンガ、アニメについての『ちはやふる』はこちら→
ちはやふる
千早振るとは古典落語の演目の一つ。別名「百人一首」、あるいは「無学者」。
話は、安永5年(1776年)に出版された笑話本(笑い話や冗談をまとめた本のこと)・『鳥の町』の一篇である「講釈」とされ、
山東京伝の『百人一首和歌始衣抄』(1787年)にも類話が載る。
【あらすじ】
普段から知らないことは何もないと言っている岩田の隠居が呑気に茶を飲んでいると、知り合いの八五郎が慌ててとびこんできた。
どうしたと聞くと、娘が友達と百人一首で遊んでいると、
突然八五郎に在原業平の詠んだ『千早振る 神代もきかず 竜田川 唐紅に 水くぐるとは』という句の意味を教えてくれと言ってきた。
八五郎はその意味を知らなかったが、知らないというと父親の沽券にかかわるので、はばかり(
トイレ)に行って出てきたら教えてやると言って、
はばかりに閉じこもり娘がどっか行くのを待っていた。
ところが娘はどこにも行こうとしない。自分の家の娘なのだから当たり前である。
このまま臭いはばかりにいるのは嫌だから窓から逃げようとしている時に、これは隠居に聞けばわかるだろうと思い、ここにやってきたのだと言う。
実は隠居もこの詩の意味を知らなかったが、普段から知らないことは何もないと言っているので答えられないのは自分の沽券にかかわるというので、
即興ででたらめな解釈を披露し始めた。
【千早振る 神代もきかず 竜田川】
まず隠居は八五郎に竜田川とはなんだと聞く。川の名前だという八五郎に隠居は「これはな、相撲取りの名前だ」と教える。
竜田川は大関になるまで女・博打・酒(いわゆる飲む、打つ、買う)はしないという願掛けをしていた。
そのおかげか、数年後には人気の大関にまで昇進することができた。
もういいだろうと、誘われながら吉原に行くと、当時一番人気だった「千早太夫」に一目惚れしてしまう。
一度はあんな女と話がしたいと竜田川、茶屋の主人に取次を頼むが、千早太夫から「相撲取りは客にしない」と言われてしまう。(千早振る)
次に竜田川、妹の神代太夫に頼むが「姉さんの嫌なものは私も嫌」と、断られてしまう。(神代もきかず)
二人に振られた竜田川は相撲が嫌になり実家の豆腐屋に転職する。
【唐紅に 水くぐるとは】
豆腐屋になって大分仕事にも慣れたころ、竜田川が店番をしていると、向こうからぼろきれを纏った女乞食がやってきた。
その乞食は竜田川の店の前でばったり倒れてしまう。
話を聞くともう何日も食べていない、そこの卯の花(豆腐を絞った残りカス、今のおから)でいいから恵んでくれと頼まれた。
優しい竜田川は大きな手一杯に卯の花をとって乞食にやった。
その時に竜田川は乞食の顔をみてびっくり。
なんとその女乞食はあの自分を振った千早太夫だったのである。
竜田川、あの時の恨みから「おめぇに食わせる卯の花はねぇ」と千早を突き飛ばしてしまう。(からくれない)
千早はあの時自分があんなことをしなければよかったと後悔しながら、竜田川の家の裏の井戸に身投げをした。(水くぐる)
つっこみどころ満載の解釈だが、隠居が言うのだからと納得した八五郎だったが、
ふと「千早振る、神代も聞かず竜田川、からくれないに水くぐる、まではわかりましたが、最後の『とは』は何です」と突っ込んだ。
隠居ははぐらかそうとするが、八五郎はカタをつけてくれと言う。困った隠居はとっさに一言。
「千早は源氏名で、彼女の本名が『とは(とわ)』だった」
おあとがよろしいようで
【解説】
とまあ、悪い言い方をすれば「知ったかぶったインテリ・偉い人が恥をかく様を観客(=庶民)が笑う」という、他にもいくつかある滑稽噺シリーズの一つ。類例に「薬缶」「手紙無筆」などがある。
現代劇だと
皆が知ってるらしい謎の言葉がわからず右往左往する男の話と似たようなパターンだろうか。
では、ご隠居の頓珍漢振りを理解するために、和歌の方も解説しておこう。
『千早振る 神代もきかず 竜田川 唐紅に 水くぐるとは』
(竜田川の水面に紅葉が映って、まるで唐紅のくくり染めのようだ
神代にだってこんな綺麗な光景はなかったことだろう)
平安時代の歌人・在原業平が詠んだ有名な和歌である。
まず、最初の「千早振る」は枕詞である。
枕詞は次に来る語(この場合は「神」)を強調するための定型句とか技巧の類なので、語句としての意味はほとんどないと思って差し支えない。
和歌の常識を知らずに人の名前にしちゃうのが最初の笑いどころである。
続く「神代もきかず」。“神様の時代でも聞いたことがないだろう”という意味だが、
「聞かず」の主語を取り違えて再びキャラクターが生えてしまった。
「竜田川」は、紅葉の名所として知られる川の名前。現在の奈良県生駒郡を流れている。
ご隠居流の解釈だと登場人物三人目でどうやら主役の片割れのようだが、断じてお相撲さんではない。
ちなみに、日本相撲協会の年寄名跡には読みの同じ「立田川」があるから、現役力士はまず「たつたがわ」を名乗らない。
「唐紅」は大陸由来の鮮やかな紅色のこと。
頓智の結果、「おからをくれない」ってことになってしまったが、普通おからという(語源はともかく)単独の名詞から頭の文字を外したりしないよねぇ…
「水くぐるとは」の「くぐる」はくくり染めという染め物の技法。
ところどころ赤く染められた布地と、紅葉の映り込みでところどころ赤い竜田川の水面を重ねた比喩表現が、
まさかまさかの入水と人名になってしまうとは。
そもそも平安時代に詠まれた和歌の解釈に、江戸の遊女や力士がホイホイ飛び出てきちゃう時点でツッコミどころしかない。
この和歌をモチーフにした有名な川柳もあるくらいなので、庶民の間でも知名度抜群の和歌を知らずにやらかした、というのはかなりの赤っ恥なのである。
追記・修正は知ったかぶりでやらかした経験のある人にお願いします。
- この話も美味しんぼで知ってからお気に入りの落語の一つ。 -- 名無しさん (2014-02-14 23:15:11)
- 本当の意味:「千早振る」安土桃山時代の武将、百地信保は戦に負け、愛馬の千早に乗り敵の追手から逃げていた。千早はそれこそ必死に頭を振り乱して走る。 「神代も聞かず」武蔵の国、神代まで来た百地だったが、以前から仲の悪かった守野明新の領地の為、そこの住人から道を聞くのは明新の手を借りたかのような物と思い、逃走の為の道を尋ねる事をせず 「竜田川」とうとう川縁に追いつめられる。 「唐紅に」ふと見ると、向こう岸に鮮やかな紅の花が咲き乱れている 「水くくるとは」するとどうだろう。千早がその色に興奮し、川の水を潜り抜け、向こう岸へと渡ってしまった。百地は九死に一生を得た。彼が後の森本レオである。 -- 嘘ですからね (2014-09-04 15:32:11)
- 小学校高学年の時、クラス中で百人一首をやる時間が設けられていて、担任がこの歌の嘘の説明をしていて(自分は百人一首の解説の漫画が家にあったから違うと分かった) …あれ、落語だったのね。10年経ってこれ読んで分かったよ。 -- 名無しさん (2014-09-04 17:56:14)
- 「知識人が知らない事を知らないと言えず知ったかぶり」て落語は多いのかな。失転気とか。 -- 名無しさん (2014-09-05 07:30:41)
- 最初オチを聞いた時死ぬほど笑った記憶がある -- 名無しさん (2015-04-26 14:45:36)
- 鯨統一郎の小説がなんか凄かったおぼえがある -- 名無しさん (2017-04-05 01:18:08)
- ツッコミどころ満載だが、ちゃんとした話に聞こえるからこっちが本当の意味だと思いかねないのが何とも...。 -- 名無しさん (2019-11-18 08:03:58)
- 落語って庶民の芸だから、知識人とかお偉いさん馬鹿にする話って結構多いよ。同じタイプだと「つる」とか -- 名無しさん (2020-12-11 23:33:30)
- 『うた恋い』では、表向きはこの記事でも取り上げられている意味だけど、本当は「唐紅の衣をくぐると、そこには最高に美しい女性がいた」という意味になってる。伊勢物語でも語られている在原業平と藤原高子のワンナイトラブのお話ね。 -- 名無しさん (2021-07-25 02:27:06)
- 『進駐軍のバレンタイン少佐』もある意味これの系譜だろうか -- 名無しさん (2022-01-12 01:30:27)
- 身投げされた井戸なんかもう使えないだろ。命がけの嫌がらせか? -- 名無しさん (2022-04-30 08:54:55)
- ↑4 酢豆腐なんかもそうだよな -- 名無しさん (2024-04-27 13:51:58)
- 花魁に振られて豆腐屋に転職した元力士の前に落ちぶれた元花魁が現れた件~おからをくれと言われてももう遅い~ -- 名無しさん (2025-04-21 13:41:06)
最終更新:2025年04月21日 22:55