トリア市襲撃から翌日、フローレンシア市に位置するガスペリ家本邸に向けてアメーリア達は馬車で移動していた。テネブル=イルニアス軍団国の襲撃を受けた今、いつまでもトリア市に残っているのはアメーリアの体調の面も考慮して危険であるという判断からだ。そのためアメーリアの体調が落ち着いたことを確認し早朝から馬車に乗って移動を開始している。馬車の窓から外の様子が見られるためアメーリアはそっと覗いてみる。すると建物が崩れ瓦礫の山と化したトリア市の街並みと瓦礫の撤去作業と人命の救出作業に精を出している人々の姿が見られる。もっとも、人命作業に関してはそれほど成果が出ていないようであり遺体と思わしい物が地面に丁寧に並べられている。衝撃的な光景に見ていられなくなったためかアメーリアは外の光景から目をそらす。そして目を閉じてジッとしていることにした。馬車の中にはアメーリアとヘルネしかいない。他の使用人はトリア市のガスペリ邸に残っている。グラジオは馬宿の店主に指導されながら御者としての仕事をこなしている。そちらが本業であるのは分かっているがアメーリアとしてはグラジオに隣に居てほしかったため不満だった。それからはフローレンシア市の本邸に着くまで退屈な時間が続き、気が付けば眠りについていた。
夢を見ていた。瓦礫に覆われた街の中でダークエルフ達に暴行を受け続ける夢を。とても痛くて怖かった。何度も泣き叫び助けを求めたが誰も助けに来てくれない。そればかりかリリアーナや父、兄、ヘルネの遺体がそこかしこに転がっている。アメーリアは悲鳴を上げた。だが、誰も来てくれない。寄ってくるのは下卑た笑みを浮かべたダークエルフ達だけ。気が付けば暴力は止まっていた。恐る恐る顔を上げるとそこには巨大な魔物が口を開けて佇んでいる。恐怖で体が動かない。一瞬先の死が迫ってきているはずなのに、魔物はその大きな口でアメーリアを飲み込もうとして――――――
「アメーリア!」
グラジオの自分の名前を呼ぶ声で目が覚めた。どうやら嫌な夢を見たらしい。彼の方に顔を向けると心配そうにアメ―リアを見つめている。
「大丈夫? やけにうなされてるようだったけど……」
心配そうに自身の手を握ってくるグラジオにアメーリアは安心感を覚えた。ヘルネが水を入れたコップを持ってきてアメーリアに差し出したためそれを受け取って口に付ける。適度に冷たくどこか心地よかった。ゆっくりとのどに流し込む。そして周囲を見回し、荘厳な建物と美しく手入れをされた庭が目に映る。どうやらフローレンシア市のガスペリ邸本邸に到着したようだった。水を飲み干し空になったコップをヘルネはアメーリアから回収する。
「大丈夫ですよ。ちょっと悪い夢を見ていただけですから」
「本当に? どこか具合が悪かったりはしない?」
「本当に? どこか具合が悪かったりはしない?」
グラジオの心配に大丈夫と言いかけてアメーリアは何かを閃いた。そして手を頭に当てて具合が悪そうに振舞う。それを見たヘルネは小さく呆れたようにため息をつく。
「少し気分が優れなくて……一人で立てそうもありませんね……。グラジオ君手を貸してくださいませんか?」
「もちろん。ほら」
「もちろん。ほら」
グラジオから差し出された手を取りゆっくりと馬車から降りて、そして彼の腕に抱き着いた。グラジオは顔を赤くして驚いている。してやったりと言いたげな表情を浮かべるアメーリアをヘルネは呆れたまま無言で見ている。
「あ、アメーリア? これは……」
「一人で歩くのが不安なんです……。それにグラジオ君も私が倒れたら不安ですよね?」
「それはそうなんだけどさ……」
「でしたら何も問題ありませんね」
「一人で歩くのが不安なんです……。それにグラジオ君も私が倒れたら不安ですよね?」
「それはそうなんだけどさ……」
「でしたら何も問題ありませんね」
そう言って先ほどよりも密着してくるアメーリアにグラジオは更に顔を赤くする。そんなグラジオの様子に気分を良くしたからかアメーリアはより自身の身体を密着させる。グラジオは彼女が密着していること、腕に柔らかな感触が当たっていることに鼓動を高鳴らせる。そんな二人の様子をヘルネは呆れた表情で見ており、ガスペリ邸の門の前でアメーリアを迎えに来たカルロとテオドロ、そしてリリアーナは三者三様の反応を示していた。カルロはアメーリアがグラジオに抱き着いている姿に驚きの表情を見せておりテオドロはヘルネと同様に呆れた視線を向け、リリアーナは面白い物を見たように笑っている。カルロが咳ばらいをしながら近づき、それに気づいたグラジオは背筋を伸ばす。アメーリアはグラジオの腕に抱き着いたままカルロに視線を向ける。彼はそんな彼女の様子にため息をつきつつも安堵したような表情を浮かべている。
「逃げ遅れたと聞いた時は覚悟したものだが……無事でよかった」
「はい、生きて戻ってまいりました。お父様」
「……無事だったことは喜ばしいのだがそのような振る舞いは父の前とは言え、淑女としていかがなものかと思うが……」
「そうでしょうか? 少なくともグラジオ君は嫌がっていませんし、それに体調が優れないので」
「……まあいい。部屋でゆっくり休みなさい」
「はい、生きて戻ってまいりました。お父様」
「……無事だったことは喜ばしいのだがそのような振る舞いは父の前とは言え、淑女としていかがなものかと思うが……」
「そうでしょうか? 少なくともグラジオ君は嫌がっていませんし、それに体調が優れないので」
「……まあいい。部屋でゆっくり休みなさい」
「はい」と短く返事をしてグラジオと共にアメーリアは自室に戻ろうとする。その時、カルロはグラジオに聞こえるか聞こえないかという声量で呟く。
「後で私の部屋に来なさいグラジオ・シンプソン君。少々父として君に尋ねたいことがいくつかあるんだ」
カルロの言葉にグラジオは冷や汗をかいた。更にはリリアーナまでもが近づいてきたためより身構える。リリアーナは幸せそうに笑顔を浮かべるアメーリアとダラダラと冷や汗をかきこわばった表情を浮かべるグラジオを見ていたずら気に微笑む。
「私は二人の味方ですからね。いつでも相談してくださっても構いませんよ?」
カルロと目の前でニヤニヤしているリリアーナの反応からこの家の人たちの察しが良過ぎるとグラジオは内心で独り言ちるのであった。