鴉の森


この一画は、葉の落ちた木ばかりで
構築された森であった。枯死している
としか見えないが、どの樹木も辛うじ
て生きている。葉のない枝を天に伸ば
している様は、生命の残り火を求めて
虚空を掻く亡者の指を彷彿とさせる。










樹海の北端――竜船が漂着したとば口
から見てちょうど森林地帯の反対側に
続く道は、密生する巨大な荊の壁に
阻まれていた。

枯れ木の森で、その荊だけが艶やかに、
樹液の代わりに血液が流れているかに
赤黒く精気を放っていた。鋭い棘が
生き物の血を求めるが如く突き出し、
登ることも潜ることもできぬほど高く
厚く繁茂している。荊の壁がこの森の
養分を根こそぎ吸い上げているようで
あった。

その壁の向こうに、巨大な城が黒々と
聳えているのが見えた。

城壁は無数の蔓や荊に覆われ、まるで
城それ自体が樹木でできているように
見える。尖塔が高くそそり立ち、空に
黒々と、不吉な翳りを落としていた。

D・S:
いかにも、森の魔性が棲みついて
いますってな城だな

ジオン:
この荊の壁……通り抜けることは
できそうにないのか――

D・S:
樫の牢獄と一緒で火も刃も通じねえ。
いや……もっと強力な呪力で守られて
やがる

ヴァイ:
だとすりゃ、あの女も向こうの城に
隠れてるんじゃねえのか?

ジオン:
く……

その時、乾いた森に不吉な木霊を響か
せる、無数のカラスの鳴き声がした。

D・S:
さっきのカラスどもが騒いでいやがる
……気になるな。戻ってみるか

D・S:
どこかでカラスが騒いでいやがる……
気になるな

D・Sの予想通り、荊の壁は翼龍の
螺旋軌道に直撃され、ズタズタに引き
裂かれたうえに焼き尽くされていた。
何者をも拒む死の壁も、解放された龍
のエネルギーの前には無力な植物の塊
に過ぎなかった。

翼龍はそこから樹棺城を掠め、遥か
北へと飛び去ったようであった。

龍樹の直上に輝いたのは、果たして
陽光であったのか――あれから何刻と
過ぎてはおらぬはずだったが、今や
周囲は薄暗く翳り、夜の帳が静かに
舞い降りようとしていた。

森の彼方の空が燃え上がるかに、夕陽
の残滓を浴びて血の色に染まる。否、
地軸がずれておらぬ限り、北の空が
かように赤く焼けることがあろうか。
この夕景ですら、太陽がもたらした
ものではないのかも知れなかった。

消えゆく血の赤を背負い、蔦に荊に
覆われた城は、ねじくれたシルエット
を黒く空に突き立てている。
ところどころの窓から幽かな明かりが
漏れ、その中に蠢くものたちの気配を
漂わせていた。

D・S:
どうやら妖魔どもが手ぐすね引いて、
歓迎の準備を整えてやがるようだ

ヴァイ:
それと、魔雷妃の本体もな

カイ:
魔雷妃……

シーン:
何だか、怖い……確かめるのが……

ラン:
……何があろうと、もはや俺は
惑うまい。決して――










周囲の枯れ木には、数え切れぬほどの
カラスが羽を休め、その赤みがかった
黒い瞳をD・Sたちに向けていた。
鳴き声ひとつ立てず、身動きひとつ
せずに一行を見つめるその様子には、
どこかしら邪悪な意志が感じられる。

ヴァイ:
薄っ気味悪いカラスどもだな

D・S:
全くだぜ。奇妙に統制されてやがる

ボル:
嫌な目つきでござる。一斉に襲いかか
られては厄介でござるな……

ヨルグ:
気になるが……ここは後回しにしよう、
D・S

枯れ木に羽根を休めていたカラスたち
が、一斉に飛び立って羽音を響かせた。
脂じみた黒い羽根が吹雪のように舞い、
けたたましい鳴き声が耳を圧する。

それが止んだ時、目の前にひとりの
女が立っていた。

灰色の鎧を着込み、肩に一際大きな
カラスを乗せた女は、間違いなく
樫の牢獄にシェンを閉じ込めた、あの
ハーフエルフの娘だった。しかし、
あれから数年――娘がエルフの歩みで
齢を重ねるなら数十年が過ぎ去ったと
考えるならであった。

シェンを想って焦燥に駆られるジオン
には、この明らかな年齢の差も目に
映らないようであった。

ジオン:
貴様! 早くシェンを解放しろ!
さもなくば……この黒夜叉の錆にして
くれる!

漆黒の刃を抜き払い、怒気による震え
を懸命に抑制しながらジオンは吼えた。
だが、この恫喝にわずかでも心を動か
された風もなく、ハーフエルフの娘は
軽蔑の色を唇の端に浮かべた。

魔雷妃(幻体):
フフフ……あの牢獄如きが破れない
のか。呆れたものだ

魔雷妃(幻体):
ならばなおさら、我が樹棺城への道を
守る荊の壁は破れぬであろうな。
わざわざ様子を見に来るまでも
なかったわ

ジオン:
シェンを返せ!

D・S:
待てジオン! どうやらこの女は、
シェンをさらった小娘とは違うようだ

ジオン:
何?

D・S:
同じ女だが、明らかに小娘と気配が
違うぜ……オマエ、俺を知ってるな?

魔雷妃(幻体):
……お前は……誰だ?

あの少女と同じように、娘の瞳に怪訝
な色が浮かんだ。D・Sを見つめ、
自分の記憶を揺り起こそうとしている、
そんな色の光であった。D・Sの眼光
が娘の視線と交錯し、そして弾かれた
ように娘が目を逸らした。

魔雷妃(幻体):
その瞳……その目で私を見るな!
お前に見つめられると、私は……

娘が平静さを失った瞬間、肩に留まっ
ていたカラスの絶叫が響き渡った。
娘の輪郭がぼやけ、溶け崩れたカラス
がその身体を包み込むように融合する。
消えた少女と同様、その娘も幻影――
あるいは思念体と呼ぶべき存在で
あった。それが今、別の何かに姿を
変えようとしている。

王鴉:
く……何と不安定な。
統制すらままならぬわ

D・S:
テメエ、今の女に憑いてやがるな!
それがテメエの正体か!

思念体が変じたのは、鴉を象った鎧を
纏った女の姿だった。先刻までの娘で
はなく、美しいがより猛々しい容貌に
変じている。戦の女神――そう形容
するのが最も相応しい、人間的な
感情の削ぎ落とされた貌であった。

王鴉:
正体? ハハハ、笑わせてくれる。
まあ良い。姿を晒すことになった以上、
この王鴉が直々に貴様らの相手をして
やろうではないか――

それは恐慌をもたらす叫びを上げ、
襲いかかってきた。

王鴉:
くくっ……この不完全な身体では
……

D・S:
負け惜しみかよ! ザマァねえぜ、
アーハッハッハッ!

王鴉:
おのれ……結界の維持ができぬ……
樹海中心部への門が開いてしまう……

王鴉:
――貴様ら、この屈辱は忘れぬぞ。
本来の身体であれば、その五体を引き
裂いて啖うてくれるものを……

D・S:
お城に撤退かぁ? ぎゃはははは!

ヴァイ:
あんまり刺激すんなって

王鴉:
……どのみち貴様らはこの樹海で
野垂れ死ぬのだ。我が妹に囚われた
男がなぶり殺されるのとどちらが先か
――鴉どもの報せを楽しみに待とうぞ

ジオン:
ぬうっ! 待てっ!

王鴉と名乗る女怪がマントを翻すと、
女は一瞬に巨大な鴉の姿に変じ、荊の
壁を越えて城へと飛び去っていった。

ジオン:
くそっ……どうしたらシェンを
救い出せるのだ!

D・S:
樹海の中心部への扉は、奴が魔力を
張って閉じてたようだ。とりあえず
そっちを探ってみるしかねえ

D・S:
……それにしても、あの思念体の
ハーフエルフ……俺を見ると様子が
おかしくなるな。まさか俺が――
超絶美形様だからだろーか?

ヴァイ:
深刻なトコでボケをありがとー!










ラン:
夜になるとこの森は危険だ。一刻も
早く樹棺城を目指そう










一行が辿り着いた時、枯れ木の森は
夕陽に赤く染め上げられていた。風は
なく、乾ききった枝々は、血の色に
似た空で凍てついたかに動かない。

ヨシュア:
陽が傾いてきたな

D・S:
日が暮れると厄介だ。急ぐぜ――



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2020年10月31日 21:17