樹棺城尖塔部


ピイィィィン……。
空気を、鋼の弦を爪弾く音が震わせる。

D・S:
マカパインか――

そこに、張り巡らせた妖斬糸を弾き、
静かに目を伏して待つ妖縛士の姿が
あった。横を向いたまま、マカパイン
は静かに呟いた。

マカパイン:
そろそろ決着をつけよう

自分の中に決断を下したかのように、マ
カパインは目を上げ、向き直った。

マカパイン:
今度ばかりは逃げ去るつもりはない。
D・S、貴様らが倒れるか、それとも
私がここで散るかだ――

D・S:
どうしてもか

マカパイン:
どうしてもだ。ろくに記憶のない今、
貴様との決着――それが私の存在意義
なのだ

D・S:
もう覚悟しちまったってコトか。なら、
受けてやらねえワケにゃいかねえな

マカパイン:
フ……やはり私が敗者となったか。
さあ、殺すがいい! 敗れた者に権利
は何もない。あるとすれば、自らの命
を断つことのみ――

D・S:
ってコトは、オメエは俺の為すがまま
に甘んじるか、それとも自決するかの
二者択一ってワケだ。へへえ、そーか
そーか

D・S:
だったら選べ。俺たちと一緒に来るか、
それともこの忌まわしい城でくたばる
つまらねえ人生の幕を引くか

マカパイン:
貴様と一緒に、だと? 捕虜として
辱められるくらいなら、妖縛士の誇り
にかけていっそ――

D・S:
誰が辱めるっつったよ。仲間として
力を貸せって言ってんだ

マカパイン:
仲、間……?

ヨルグ:
マカパイン。もうそろそろ判っている
のだろう? お前の本当の敵は他に
いることを――

マカパイン:
……

ヨルグ:
ならば、もういいではないか。その
類なき力、俺たちに貸してもらえない
だろうか?

マカパイン:
……だが、私は幾度となくD・Sの
首を狙った人間だ。それに、貴様を
裏切ったこともある――

ヨルグ:
そのお陰で、俺は真の仲間を得ること
ができた。お前にできないことでは
あるまい

D・S:
あーもうキザなコタァいい! 仲間と
してついてこい! いーな?

マカパイン:
……いいのか? また裏切るかも
知れんのだぞ?

D・S:
その時は気紛れじゃねーんだろ?
また気が済むまで相手してやるぜ

マカパイン:
フ……とっくに判っていたのかも
知れんな。その度量の広さ、私には
真似のできぬものだ。これでは勝てる
わけもあるまい――

マカパイン:
仲間となる道を選ぼう。いや、私から
願い出るべきか――よろしく頼む










荊に覆われた壁から、巨大な脚が、
腕が、頭が抜け出してくる。
閃光が疾り、床に激突して燃え上がり、
逞しい肉体が実体化する。
突風が吹き、霧状の飛沫が宙に渦巻き、
巨人の姿に変化していく。

D・S:
――出やがったな。そろそろだと
思ってたぜ

ダイ:
ヒイィ! き、来ましたあァ!

シーン:
暴凶の三男神!

エスス、タラニス、テウターテス――
巨大な三人の妖魔兄弟が、一斉に姿を
現した。

テウターテス:
ここまで辿り着くとは大したものよ、
D・S。まさかもう一度まみえること
になろうとはな――我が呪いの雨雲が、
龍樹から払われたは誤算だったわ

エスス:
王鴉どもも泡を食ってやがるぜ。俺
たちに任せる羽目になっちまったんだ
からなあ! ヒヒヒ、ざまあねえ

タラニス:
貴様らはここで殺す

テウターテス:
我ら三兄弟の真の力、思い知るがいい
――そして死ね!

三男神:
ぐうう……我ら三神がこうも易々と
滅ぼされるとは――D・S、その力、
あの方が欲しがるわけだ……

三男神:
ヒィ……逃げようぜ、兄者ァ

三男神:
このままでは、我らが、死ぬ――。
消滅、してしまう――

D・S:
逃がすかよう! 真の暴凶ってのは
どんなモンか、思い知って死ね!

三男神の周囲には、すでに魔法陣が
描かれていた。内向きの結界が張られ、
暗黒の稲妻の檻が、瀕死の妖魔たちを
封じ込めている。

三男神:
ぐううっ! じ、実体化を解いて
逃げるぞ――

三兄弟はそれぞれ雲、電光、樹木へ
溶け込む細胞体へと肉体を変化させて
稲妻の牢獄から抜け出そうとする。

D・S:
ククク……そいつを待ってたぜぇ

D・Sが印を切り、結界を変化させる。
細かな網目状になった稲妻は急速に
縮まり、実体を捨てた妖魔たちを
凝縮していく。

三男神:
ぎゃああっ! 何だ? 何だこれ!?

三男神:
魔力が、搾り、取られる――?

D・S:
テメエらの“風”の魔力、そっくり
俺様に戴くぜ。肉だけを吐き出して、
永遠に消えちまいな! ハッハ――ッ!

三男神:
そんな……そんな、うあああ――!

黒い稲妻が形成する網は、魔力のみ
を漉し取るフィルターであった。
急激に結界内の容積が縮小することに
より、網目を通じて黒い肉塊だけが
押し出されてゆく。それが妖魔たちの
肉体を構成する核であり、魔力を
失った後の搾り滓であった。

結界は握り拳ほどに縮まり、その周囲
には細かな糸状に搾り出された黒い肉
がミミズのようにのたうっていた。
肉片はやがて動かなくなり、三男神の
最後の生命力が尽きたことを示した。

D・Sが結界を解くと、稲妻の網が
消えた跡に、美しい新緑の輝きを放つ
クリスタルが浮いていた。それは凝縮
された魔力の結晶であった。

ヴァイ:
これは――?

D・S:
妖魔どもが蓄えていた“風”の魔力の
結晶体だ。ククク……思ったよりあり
やがったな。これならこの樹棺城ごと
焼き払えるヤツが使えるぜ――

D・S:
ダイから魔力を搾ったって話を聞いて、
俺もできるんじゃねーかと思ったんだ
がな。やっぱ天才超絶美形様は違うぜ。
アーッハッハッハッハ!

ヴァイ:
だんだん調子づいてきやがったな

ヨシュア:
翼龍の心臓から受けた波動が、魔力を
増大させたのか――?










イングヴェイ:
D・S? D・Sたちか!?

背後から、イングヴェイが風のように
駆け寄ってきた。

イングヴェイは魔雷妃が己の主である
可能性を考え、樹棺城に侵入してきた
ようであった。

イングヴェイ:
――だが、違う。この城の中で惑う
うちに、わずかに蘇った記憶の中の
主は紛うことなく男性だった。それに、
連想するモチーフは怜悧なる氷……

ラン:
氷……?

イングヴェイ:
む? そこの戦士殿、御名は?

ラン:
ランだ、イングヴェイ殿

イングヴェイ:
堅苦しい口はきくまいよ。D・Sの
話では、この地にある人間は全て何
らかの関わりを持つと言う。ならば
我々は知己……いや、同志なのか――

ラン:
イングヴェイ……確かに初めて聞く名
ではない。同じ理想を追った同志で
あったはず――だが、俺には鬼道衆で
あった記憶もある……。氷の、主……?

D・S:
ともかく、樹海を抜けるにゃこの城を
突破しなきゃならねえだろ。一緒に
来て力を貸せよ、イングヴェイ

イングヴェイ:
――かたじけない。微力ながら
手伝わせてもらう










天へと続くかの如く、長い階段が遥か
高みにある尖塔に向かって伸びていた。

カイ:
あれが西の塔か

D・S:
いよいよだぜ。あそこで妖魔三姉妹と
魔雷妃が待ってる……いや、魔雷妃
なんて名前じゃねえ。あの女は――










この呪わしい城が、天空を掴み取らん
ばかりに伸ばした指先の如き尖塔――
そこに造られた玉座に、魔雷妃はいた。

紅く妖気を放つ瞳は、何の感情も
宿してはおらぬ。記憶の底から姿を
現した幼女の幻影は、今や背後で操る
妖魔三姉妹の手によって完全に封じ
込められているようであった。

操り人形のように立ち上がったハーフ
エルフは、長い牙を剥き出して、抑揚
なく喋り始めた。それはあたかも、
己に向けた暗示の如く空間に響いた。

魔雷妃:
我は魔雷妃。夜を司り、死と血を
求める恐怖の女王。この地にある
全ては我の統べるべきものであり、
お前たちもまた我のもの――

魔雷妃:
死と血を供する我の贄なり!

冷たい妖気が、白い霧となって爆風の
如く膨れ上がる。魔雷妃のマントが波打
ち、血に飢えた眼光がD・Sたち
に注がれる。

D・S:
完全に再洗脳されちまってる。一度
動きを止めねえとこっちがヤバイぜ

カイ:
し、しかし――

ダイ:
高貴なる吸血鬼の再生能力は並では
ありませんよぉ! 私なんか五体を
バラバラにされたって復活できます
からね。どーですかぁ!

ヴァイ:
自慢してどーすんだ。厄介な!

ラン:
吸血鬼の再生能力は尋常ではないぞ。
多少のダメージを与えただけでは、
すぐに回復してしまう!

D・S:
四の五の言ってるヒマはなさそうだぜ。
来るぞ!

多大なダメージを負いながらも、不死
の魔力を蓄えた魔雷妃は急速に回復
していく。一度衰えた妖気も、凄まじ
い勢いで膨れ上がりつつあった。

ヨシュア:
どうする!? これでは同じことの
繰り返しになってしまう!

D・S:
くそっ! 洗脳を解くにはまず吸血鬼
の魔力をどうにかしなきゃならねえ。
だが、三男神どもに使った手はこの女
まで殺しちまう。他に手は――?

その時、D・Sの活性化し鋭敏になっ
た感覚が、魔雷妃の中で渦巻く暗黒の
魔力の内側で輝く緑の光を透かし観た。

D・S:
あれは――“風”の魔力? そうだ!
あれが元来備えた魔力の質なら、
賭けてもいい手がひとつだけあるぜ!

D・Sは先刻の闘いで三男神から抽出
した魔力の結晶を取り出し、法印を
解いてエネルギー球体へと変化させた。

D・S:
さあ、この“風”の魔力を受け取れ!
コイツを身の内に宿し、偽りの暗黒の
魔力を弾き出しちまえ!

緑の球体は光の帯へと姿を変え、
一瞬に魔雷妃の内部へと注ぎ込まれた。
それは魔力の核にあった同質の“風”
の力に吸収され、そのエネルギーを
爆発的に増幅する――。

一時的な風の魔力の増大は、魔雷妃の
魔力の器から、本来相容れぬ吸血鬼の
暗黒の力を内側から弾き出した。

ネイ:
ああっ? おおお――

人間を不死と変える強大な負の魔力は、
黒い霧となって魔雷妃の周囲に噴き
出し、四散した。吸血鬼の特徴で
あった牙や瞳も、元のハーフエルフの
それに戻ってゆく。

同時に、膨れ上がった“風”の魔力の
フィールドが、妖魔たちに押さえ込ま
れていた記憶の蓋を開き、その空間を
魔雷妃の持つイメージの幻影に覆い
尽くしていく――。

そして、D・Sは見た。

深い森――それは龍樹の内側に広がる
森に似ていた。穏やかな光が降り注ぐ、
木々の腕に抱かれた静謐な世界――。
そこに、D・Sは佇んでいた。

ローブの裾を握りしめた、ひとりの
幼女がいた。あの、ハーフエルフの
子供だった。寒さと飢えで震えながら、
すがるような目でD・Sを見上げて
いる。

D・S:
オマエは、誰だ?

ネイ(幻影):
ネ……ネ、イ(いいえ)

D・S:
ネイ? “いいえ”って言葉がか?
変な名前だな

ネイ(幻影):
ネイ(いいえ)はイヤ……

D・S:
ま、そーだろ。この俺様が別の名前
でもつけてやろうか?

ネイ(幻影):
……うん

D・S:
そうだな。じゃあ……ってのはどうだ?
ネイってのも活かして……・ネイだ。
今日からオマエはそう名乗りな。俺の
トコで暮らすにゃ、その名がいい――

ネイ(幻影):
うん!(その名で呼んで)

ネイ(幻影):
(ネイはイヤ)

ネイ(幻影):
(魔雷妃もイヤ!)

ネイ(幻影):
(その名前で呼んで!)

ネイ(幻影):
(……と呼んで!)

D・S:
アーシェス! アーシェ!

D・Sがその名を叫んだ刹那、幻影は
掻き消え、周囲は元の玉座の広間に
戻った。

魔雷妃――否、アーシェス・ネイが
そこに倒れていた。かつてD・Sに
拾われ、娘として百年以上をともに
過ごしたハーフエルフの孤児――。
消された名前の封印をD・Sによって
解かれた今、彼女を操る妖魔三姉妹の
呪縛もまた、完全に失われていた。

D・S:
アーシェス! しっかりしろ!

D・Sに抱き起こされ、ネイは薄く
瞼を開けた。霧散する前に不死の魔力
が闘いで受けたダメージをほぼ回復し
終えていたため、外傷らしきものは
すでにない。ただ、長期間に渡る精神
の拘束と、記憶の急激な回復により、
ネイはすぐには起き上がれない状態に
あった。

ネイ:
だ……ダーシュ。私……?

D・S:
喋るな。しばらく大人しく寝てろ。
シーラ……頼む、後ろのほうで介抱
してやってくれ。充填された魔力で、
すぐに快方に向かうはずだ

シーラ:
はい

D・S:
その間に、カタをつけてやるからな、
アーシェス。さあ、姿を見せやがれ!
逃げるしか能のねえブス三姉妹め!

D・Sの罵倒に、大気がざわざわと
震えた。玉座の背後の暗がりに、何か
巨大なものが姿を現しつつあった。

馬頭母:
言うたな、D・S。我らを醜女と――。
我らがあの愚かな三男神どもと、
一緒などとは思うなよ――

毒乙女:
王鴉の姉君! ようやく本来の姿に
戻れたのじゃ、私に主導権を譲って
くださらぬか? こやつらを引き
千切らねば、気が晴れませぬわ――

王鴉:
いいや譲れぬ。それはわらわが楽しみ
よ。絞め殺して全身の骨を砕き、我らが嘴
でこやつらの肉をついばみ
啖うてやろうではないか――

トライヴン:
おう。絞めてやりましょうぞ

トライヴン:
おう。啖うてやりましょうぞ

トライヴン:
殺してやりましょうぞ――

それは妖魔三姉妹の貌を持つ、巨大な
女神の姿であった。腰から下は大樹の
幹ほどの太さを持つ大蛇の胴が長く
とぐろを巻き、上半身は三面六臂の
異形である。爬虫類と鳥類、そして
哺乳類を合成したキメラの如きこの
奇態こそが、王鴉、馬頭母、毒乙女ら
三姉妹の真の姿であった。

D・S:
思った通り正体も醜いな。
狂った戦いの女神どもよ!

トライヴン:
おおお……我らの美しい身体が……
身体があぁぁぁ――

トライヴン:
だから私に主導権をと……おおぉぉ

トライヴン:
逃げるのじゃあぁぁぁ……

王鴉が主導権を独占できず、三つの
頭が勝手な行動を取ろうとしたため、
深手を負った女神集合体トライヴンは
その場でのたうつばかりであった。

ネイ:
ダーシュ! 私……ごめんなさい

D・S:
おう、アーシェス。回復したか!
ちょうどいーぜ! さっき注ぎ込んだ
“風”の魔力は衰えてねえな?

ネイ:
え? ええ

D・S:
可愛い俺様の娘に手を出した醜い女神
どもを、あらゆる時空から永久に消し
去ってやる! アーシェス、オマエは
風の精霊の力をサポートしろい!

ネイ:
はい! ダーシュ!

D・S:
行くぞぁ――っ!

D・S:
ディ・ヴムー・ステイン!!大地と――

ネイ:
――大気の精霊よ!!
古の契約に基づきその義務を果たせ!!

トライヴン:
ああ、姉君、主導権を……

トライヴン:
あの呪文はあぁぁ……

トライヴン:
し、死ぬ……殺されてしまう、消えて
しまうぅぅぅ……!

D・S:
ククク、怯えろ怯えろ。
そして死ねえ!!

D・S:
天地爆烈!!

D・Sとネイの合体詠唱により、大地
と大気――相反する性質を持つ二種の
精霊の力が凄まじい勢いで喚起された。
それらは反発し合いながらもふたりの
強力な術者の制御により、トライヴン
を中心に収斂して共振を始める。

トライヴン:
いやあぁぁぁ……。この人間には……
D・Sには手を……手を出すべきでは
……あああぁ! 我らは捨て駒――か?

トライヴンを包み込んだ力場に閃光が
疾り、その全身を無数の稲妻が駆け
巡る。次の瞬間、途轍もない破壊の
エネルギーが発生し、トライヴンの
巨体をアストラルボディごと粉砕した。
続いて爆発の閃光が迸り、西の尖塔を
――そして樹棺城を崩壊させながら
飲み込んでいく……。

ヴァイ:
……テッメエェ、また後先考えねえで
極大呪文使いやがったな

D・S:
いーじゃねーか。こうして結界に守ら
れながら、快適に森の北へ吹っ飛ばさ
れてるんだからよ。あー快適っと!

ヴァイ:
テメっ、なーに図々しくお姫さまの
膝使ってやがんだっ!

シーラ:
あ、いえ……私は別に……(ポッ)

ネイ:
カイ、シーン、それとダイ。迷惑を
かけたようだな。済まぬ――

ネイ:
カイ、シーン。迷惑をかけたようだな。
済まぬ――

シーン:
ネイ様! そんな! お顔をお上げ
下さい!

カイ:
我々こそ、記憶を失っていたとは言え、
結果としてネイ様に背く結果となって
――どうかお許し下さい!

ダイ:
私の魔力を返して下さい、と言いたい
ところですが、なくなったものは仕様
がないですねぇ。ま、反省の証に血を
吸わせてもらいましょーか

ネイ:
何だと? ダイ、もういっぺん言って
ごらん。そう言えばオマエ、私に断り
なく吸血鬼なんぞになったね!

ダイ:
ヒッ! じょ、冗談ですお母様ぁ!
ごご、ゴメンなさい!

ネイ:
……それにしてもラン、お前とは
ずいぶん久しいように思うな

ネイ:
お前が鬼道衆を抜けた日のこと、母
代わりであったこのアーシェス・ネイ、
忘れたことはない――

カイ:
……そうだ。何故お前が俺たちを捨て、
鬼道衆を離れたのか納得のいく説明を
受けていないぞ、ラン!

ラン:
それは……言えん。済まん、カイ、
シーン……

カイ:
それでは答えに――

ネイ:
もうよせ、カイ。ランにはランの
理由があるのだ。いつかお前にも、
判る日が来る――

ラン:
ネイ様、やはりあなたは……

ネイ:
立派な戦士になったものだな、ラン。
私はそれが一番嬉しい。鬼道衆を抜け
ようと、お前は私の育てた息子の一人
なのだから――

ネイ:
ねえ、ダーシュ……覚えてる?
私たちが出会った、あの森……

D・S:
ああ。ダークエルフに置き去りに
されたお前を拾い、アーシェスと
名付けた森だったな……

ネイ:
妖魔たちに意識を奪われる前、ね――
私はあの龍樹の中の森で目覚めたの。
幼い私には寒くて、心細かった森……
でも、ダーシュに逢えた森だわ

ネイ:
……龍樹、燃えちゃったね

D・S:
いいのさ。あの森の中の木が一本、
次の龍樹として育っていく――そして
またあの空洞が生まれ、次の森が
繁っていくんだ……

ネイ:
私たちの、記憶の森……

D・S:
そいつは、永遠にあそこにある――

ロキの影:
――奪った記憶を取り戻しつつあるな。
暗愚な奴原めが、我らの崇高なる目的
を忘れ、目先の欲に囚われおって

オクトールの影:
鏖帝めは、我々が少々軽く扱い過ぎた
かな。この世界でのみ建造し得るあの
砦を持ち出し、現世での勢力を少し
でも増強しようと図ったようだ――

ロキの影:
愚かなことよ――この計略さえ成れば、
あれしきの砦など取るにも足らぬ!
我欲に溺れた者の末路には相応しい、
哀れな死に様であったわ

オクトールの影:
――だが、それは不運ではない。鏖帝
ばかりか、トライヴンまでが消滅した
今となってはな。恐るべきはD・S、
神をも殺す魔人の力よ――

オクトールの影:
我々が手を加えたとは言え、この地は
やはりD・Sを導こうとする。奴が
すでにマニプーラまで進行するなど、
我々の予定にはなかったことだ

オクトールの影:
我々は今しばらく、これを足止めせね
ばならん。貴公が同じ轍を踏まねば
良いのだがな

ロキの影:
私がか? ハッ! 私を凡愚どもと
等しく語らないで頂きたい

ロキの影:
奴らの結束を甘く見たのがトライヴン
の失策。私はそれを利用してみせよう。
D・Sが我が支配地を抜け出ることは
誓ってあり得ぬ――

オクトールの影:
そう期待しようぞ。万にひとつでも、
奴が我が支配地域に侵入することが
あれば、我はこの地を汚染廃棄する
方針も考えねばならぬからな――

オクトールの影:
高次空間経由の念話はこの程度にして
おこう。あのお方に聞かれては、無用
の咎めを受けることにもなろうからな

ロキの影:
うむ……しかしあのお方も、何を
手間取っておられるのか……

オクトールの影:
では、吉報を待つ――

防護結界に包まれての移動は、予想外
に長いものとなった。払暁の樹海の
上空を、北に向かって――。それは
天地爆烈の爆発エネルギーに運ばれた
だけのものとは思えなかった。何らか
の力の流れが、D・Sたちを次なる
目的地へと導いているかのようだった。

どれほどの時間が経ったのだろうか。
結界が地表に降りた瞬間に、目覚めて
いた者は誰ひとりとしていなかった。
防護結界が消失し、静かに地面に横た
えられて、一行はその寒さで覚醒した。



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最終更新:2020年10月31日 21:18