赤衣衆(せきいしゅう、婀:dvankmfanytan)とは、アクース内戦時に発生した騒動を引き起こした団体。なおここでは赤衣衆から派生した宗教団体である赤衣教についても解説する。


目的

目的は定かではない。一般的には反戦運動だと解釈されている。


概要

背景

 アクース内戦中盤になると、他国の介入により戦闘が予想外に長引いたことで、各軍隊で補給物資が足りなくなり、各地で一般市民から厳しい徴発をおこなった。こうした背景や単純に戦闘が長引いていることから国内では市民間では厭戦気分が高まっていた。

僧侶殺害事件

 内戦の最前線にあったチャラナギでは、一般市民は命の危険にも脅かされ、厭戦気分が蔓延していた。そんな中、チャラナギにあるヴェルドゥン寺が市民を匿い、徴発から逃れる手助けをしていた。これに怒った旧政府側の兵士が寺の住職であるエムィケシャルク・シェイナスを呼び出し、大衆の面前で大量の銃弾を打ち込んだ。シェイナスは数メートル飛ばされ即死し、白い法衣は血で赤黒く染まった。

赤衣衆

 この話は一般市民の間でさまざまな脚色が加えられながら各地へと広がり、チャラナギとはやや離れるが同じく最前線であったフルチャーンでは、「チャラナギでは、死んだ僧侶の弔いと摘発への反対のために僧侶と市民が赤い衣を纏って踊っている」という風に伝わり、フルチャーンの市民がこれを受け、赤い衣服を身に纏い、熱狂的に踊った。これが赤衣衆の始まりとされる。

広まり

 フルチャーンで始まった赤衣衆の運動は、そこから各地で広まりを見せた。多くの国の兵士がこれを目撃し、そこから各国へ伝えたため、アクース内戦における反戦運動の象徴と捉えられるようになった。


赤衣教

 赤衣教とは、エムィケシャルク・シェイナスを聖者として祀る、組織化された宗教団体である。シェイナス亡き後のヴェルドゥン寺の僧侶、ナギェッシャルク1世・タデイが法主を僭称し、指導している。
 内戦中に行われた全ての赤衣衆の運動を指導したとしている。内戦後も、世界中の反戦・平和運動を掲げて活動している。

赤衣教の歴史

 シェイナスの死後、ヴェルドゥン寺は旧政府側の兵士により破壊され、僧侶も多くが殺されたが、タデイは運良く逃れた。戦時中は各地を転々としながら戦果を逃れ、終戦後はシェイナスの弟子としてサヴァユッティアスにて赤衣教を立教した。

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最終更新:2022年01月20日 21:09