日常業務 #1

 イグニシア・クレーターを訪れた観光客の多くは、果てしなく続く黒い大地を前に、この場所で起こった惨劇を想像し、息の詰まるような感覚を覚えるという。それはクレーターの上空を飛ぶ輸送機の窓から外の光景を眺めるセイヴァーにとっても同じだったし、隣に座ってfv-224機関銃の調整を続けているアンドレットもそう感じているようだった。だからセイヴァーは今すぐにでもこの場所から離れたいと思ったが、その希望はしばらく叶いそうになかった。
 クレーターの西端に武装した一団が集結しているのを現地のスカベンジャーが発見したという通報が現地当局に入ったのは32時間前。その後偵察によって、デルタコープの幹部、ユズダンの特徴に一致する人物が一団の中に発見され、一団の正体はデルタコープの残党であると断定された。
 イェスタ紛争以来姿をくらませていたデルタコープが突如としてこの場所に現れたことは憂慮すべき事態だ。イグニシア・クレーターの西端からイグニシア州西部最大の都市、オルトジエゴまでは100kmも離れていない、そしてデルタコープは今まさにレセスティア連邦とマーカスで戦争しているサーヴァリア企業連合との繋がりがあり、デルタコープがスポンサーのためにオルトジエゴでテロ攻撃を行って銃後の動揺を誘おうとしていることは手慣れの情報分析官には容易に想像できた。だから統合参謀本部はこの地への海兵浸透連隊の派遣を即座に決定したし、デルタコープの残党を追っていたセイヴァーとアンドレットが彼らに同行するのも当然の帰結だった。
「到着まで2分!」パイロットがそう叫ぶと重厚な軍用義体に身を包んだ機内の海兵隊員達はお互いの装備のチェックを始める。
「腐れ野郎どもを片付けに行こうぜ」アンドレットはセイヴァーの装具をチェックしながらそう言った。

 セイヴァーら強襲チームを乗せたCA37輸送VTOLはデルタコープが拠点にしている岩山の数十メートル手前に着陸した。直後に開かれた後部ハッチから兵士が次々に降りていく。セイヴァーも後から続くと、ジエゴの短い夏を照らすソーリスの眩しい光とともに、右隣に着陸したもう1機のCA37から大勢の兵士が吐き出されるのが見えた。
 VTOLから降りた兵士達が周囲を警戒するために円状に並ぶと、その中心にいた2機のCA37が地上を離れていった。
そうすると、ヘッドセットのイヤホンから鮮明な声が聞こえてくる。強襲チームの指揮官、パラ一等軍曹の声だった。「航空隊の露払いで敵は混乱している、俺達は手筈通り警戒しながら岩山の拠点に前進し、拠点内の敵部隊を制圧する、重要ターゲットのユズダンには警戒しろ、いいな!」
「ryhur!」海兵隊員達はそう叫ぶと立ち上がり、前進を始めた。
 岩山に近づくと、焼け焦げた匂いが徐々に強まり、炎が所々でくすぶっているデルタコープの拠点が見えてきた。偵察隊の撮影した画像では偽装された4張り程のテントが張られ、岩山を掘っていたであろう重機や、資材を入れるコンテナが置かれていたが、その多くは強襲チームが着陸地点に到着する直前に行われた惑星空軍の攻撃機による爆撃で、見るも無残な姿に変わり果てている。
 突然、金切り音とともに銃弾が地面を掠めた。岩山に目をやると、さっきまで誰もいなかった陣地からデルタコープの戦闘員が数名、身を乗り出している。彼らの手に握られている旧連合製のB37アサルトライフルが火花を散らしながら轟音を立てた。
「接敵!」海兵隊員の内の誰かが射撃音とほぼ同時にそう叫ぶと、隊員達は素早く近くの遮蔽に身を隠し、応戦を始めた。
 セイヴァーも近くにあった焼き焦げたコンテナに身を隠し、隙を見て遮蔽から銃とともに身を出すと、照準に捉えた敵に向かって銃弾を放つ。そうして2、3人ほどの戦闘員を打ち倒した。周りにいる海兵隊員達が倒した敵の数はもっと多いはずだったが、ひっきりなしに聞こえてくるB37の銃声は徐々に激しくなっている。さっきまでfv-224で敵陣地に向かって制圧射撃していたアンドレットは逆に気圧され、銃のみを遮蔽の外に出し、取り付けられたセンサーを頼りに射撃していた。
 セイヴァーが敵の様子を見るために顔を覗かせると、数名のデルタコープ兵が銃を撃ちながら装甲を頼りにこちらへ突っ込んでくる姿が見えた。迎撃するため銃を構えようとしたその瞬間、切り裂くような音とともに突撃してきた戦闘員の義体はズタズタになり、その場に倒れ込んだ。
 射撃音のした方を向くと、KC-7重機関銃を構えた支援チームが丘の上にいるのが見える。
「手筈通りだな」セイヴァーは隣にいたパラ軍曹にそう言った。パラ軍曹は頷き、そのまま部下にインカムを通して命令した。「第1班は前進して敵を制圧しろ!第2班はそのまま制圧射撃を続けるんだ!」
デルタコープの隊員は手慣ればかりだったが、それでも重機関銃の支援とともに前進してくる海兵隊員の圧力には耐えられなかった。
「この調子なら無事に掃討を終えられる」目標地点である岩山に進みながらセイヴァーがそう思った直後、「ポンッ」という独特な軽い音と同時に岩山に空いた掘削穴から10センチほどの飛翔体が飛び出し、丘の上で爆発した。爆炎が晴れるとさっきまでそこから援護射撃を続けていた機関銃手の義体が地面に横たわっていた、彼の手から離れた重機関銃は酷く損傷している。
 再び穴に目を見やると、そこから装甲板で固く守られた、海兵隊員の装備しているものよりも一回りは大きい義体が現れた。大型のグレネードランチャーを両手で保持し、射撃態勢をとっている。「ユズダンだ!重要ターゲット発見!」そう叫んだ瞬間、セイヴァーの身体は宙に浮き、直ぐに視界が暗転した。

 セイヴァーはグレネードの爆風で5メートルほど吹き飛ばされ、仰向けに倒れていた。身体を起こしながらぼやけた視界がはっきりしてくると、ユズダンがグレネードランチャーを撃ちまくっている姿が見えた。
 1人の海兵隊員が盾を構えながらユズダンに近づいていく。グレネードの安全圏内まで近づく算段だろう。だがそんなことは意に介さないようにユズダンがランチャーの引き金を引くと、爆発が至近距離で起こり、海兵隊員が吹き飛ばされた。どうやらグレネードの安全装置を解除しているようだった。
 しかし背後から近づいていたアンドレットがその隙をついてユズダンに取り付く。すぐさま右手のヒートナイフを何度も首元に突き刺すが、効いている様子は無かった。
「ウォォォォ!!」ユズダンは首元に巻き付いてきたアンドレットを振り離そうと力任せに動いている。アンドレットは振り放されまいと必死にしがみつきながら叫んだ。
「セイヴァー!オレごとコイツを撃て!」
「クソッ!」そう言いながらセイヴァーは背中に手を回してバックパックに接続されているスマートロケット発射機を引っ張り出し、肩に構えた。耳をつんざくような爆音とともに合成樹脂製のカバーを突き破りながらランチャーからロケットが飛び出す。するとユズダンはアンドレットの身体を掴み、無理やり投げ飛ばした。その瞬間、ロケットがユズダンの義体に直撃し、爆発しながら破片を撒き散らした。

「この野郎…最後の最後で兵士みたいなマネしやがって…情けをかけたつもりか…!」地面に横たわり、ぴくりとも動かないユズダンの義体を見つめながらアンドレットが悪態をつく。
「奴は兵士だった、間違いなくな」所々が焼き焦げた義体を引きずりながらパラ軍曹はそう言った。
「だがもうここには居ない」セイヴァーの撃ったロケットはユズダンの腹部をズタズタに引き裂き、彼の精神核が収められたシタデルは跡形もなくなっていた。
「立つんだ、まだ仕事は終わりじゃないぞ、オペレーター」
「ああ、こいつらが岩山に穴を空けてまで隠したかった物を見に行こうじゃないか」アンドレットがその場から立ち上がるのを支えながらセイヴァーはそう答えた。
「クリア!中に不審なものはありません!」セイヴァーらが岩山に近づくと、先行して掘削穴に入っていた海兵隊員がパラ軍曹に向かって言った。
「無かったのか?」
「掘削用の機材と弾薬がいくつか積まれていただけです!」パラ軍曹の問いに部下の海兵隊員はそう答える。セイヴァーたちが中に入るとそこには数人が入ってもまだ余裕がある程度の空間が広がっていた。
「デルタコープの奴らは何かを隠すためにここを掘ったんじゃ無かったのか?テロの準備のために」アンドレットがそう言うのを聞きながら、セイヴァーは掘削痕の残った壁を見つめていた。そして壁に空いた小さな穴を見つけると、目を近づけて穴の中を覗いた。
「部屋だ」
「部屋?今部屋って言ったな、本当か?」アンドレットが近づきながら訊いた。
「間違いない、壁の向こうに広い空間がある」
「よし、確かめよう、ラポワント、爆薬を持って来い!」パラ軍曹がそう言って部下のデモマンに命令すると、彼は慣れた手つきで壁に爆薬をセットした。周りにいる味方が退避するのを待って起爆装置を起動すると、爆音とともに掘削穴から土煙が上がった。セイヴァーたちが再び穴の内部に入ると、さっきまで爆薬が設置されていた場所には壁の内部の空間へと繋がる、小さめの勝手口ほどの大きさの出入口が出来ていた。
 中に敵はいないと思われたが、アンドレットを先頭にルームクリアリングの要領で部屋に突入した。部屋はどうやら研究室のような場所のようで、見慣れぬ実験装置や複合端末のようなものがあちこちに置かれている。そのうちのいくつかは地面に倒れていて、床には他にも椅子や容器、よくわからない資材が散乱していた。
「あれが奴らの目的?」先頭を進んでいたアンドレットが怪訝な顔をしながら言った。パラ軍曹や他の海兵隊員の顔はハードシェルに包まれているので表情はなかったが、人口筋肉を顔に実装していれば恐らく同じように困惑した表情をしただろう。
 彼らの目線の先には体のあちこちにケーブルが差し込まれ、眠るような表情で椅子に座っている女性型の義体がいた。髪色はブロンドで、格好を見るに研究者のようだった。
 アンドレットは彼女のそばで膝をつくと、口に固定されている、マスクが取り付けられたケーブルをゆっくりと取り外した。マスクの先には機械的な触手のような物体が取り付けられていて、彼女は喉までこれを咥えこんでいたようだ。ぬるっとした音とともに触手が外れると、彼女の口から粘液のようなものが垂れ出し、膝の上にぽたぽたと零れる。すると彼女は突然目を開き、粘液を吐き出すようにげほげほと咳き込み出した。
「生きているのか?おい、医療工兵(メディック)!医療工兵を呼べ!」パラ軍曹が叫ぶ。
「大丈夫か?俺の顔が見えるか?」
「ええ…」肩を軽く揺すりながらセイヴァーが尋ねると、彼女は弱々しくもはっきりした声でそう言った。
「大丈夫だ、意識はある、名前は?自分の名前は分かるか?」セイヴァーが再び質問すると、彼女は答えた。
「アルシー・シャルフ」

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最終更新:2022年12月24日 00:02