俗悪(ぞくあく、檀語:balhlanch)とは、ニーネン=シャプチスヮーシャカーチェ集約神教拝男教における「始祖神シチャヌによって定められた絶対的な悪」のことを指す、道徳的規範の一つである。


概要

拝男教における俗悪とは、悪魔「再来者」が具える「背教の象徴」とされている概念である。最初に俗悪の概念が成立した古代スモラヌンプラエ教始祖神話では次のような行いを俗悪と定義している。
  • 劣情で人を姦淫すること
  • 傲慢で人を支配しようとすること
  • 狭量で人を許さないこと
  • 信用で人を裏切ること
  • 妄念に取り憑かれて真実の人を見ないこと
  • ひとりの頬を十人の拳が殴ること
専ら現代においては、「ニーネン=シャプチの国益を損なう、またはかの国の国民性を著しく侵害する」とされる行いも併せて俗悪と定義される。例えば、次のような行いである。
  • まう(可愛らしさ)を利用すること
  • 性的魅力を利用して人を誑かすこと
  • 貞操観念を侵害すること
  • 名声や名誉、金銭のために人を不幸にさせること

宗教的観点

俗悪はニーネン=シャプチの過去の歴史から、政治的に最も利用されやすい道徳的規範の一つであるとされている[要出典]。中世スューグ世界の時代には結婚についての多くの記述が追加され、ダン=ラ=ハン帝国時代には「思想抑止法」や「人口調整法」などの悪名高い法律を正当化するための根拠となった。
現代ニーネン=シャプチでも仮想敵国に対してのネガティブキャンペーンとしてしばしば「俗悪」の語を用いるケースも見られており、こうした問題は俗悪原理主義者や善性論者たちによる批判と懸念を呼んでいる。
拝男教においては、「俗悪」の対義語は「善性」である。しかし、集約神教全体では、「俗悪」の対義語を「俗善」としたり、「すらんち」であるとする思想も見られる。

社会問題

俗悪はその意味の広さから、しばしばニーネン=シャプチ文化圏の人々にとって「好ましくない人々や物事を遠ざけ、そして正当化するための口実」として扱われることがある。とりわけ現代では国内国外問わず様々な宗教の教徒がいることも相まって、「俗悪」の意味が希薄になりつつあるために、軽々しく使用してしまう事例が見受けられる。しかし、拝男教徒にとっては最大級の侮蔑語であり、これを使用するのは好ましくない。

関連項目