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  • 怒る新一郎

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怒る新一郎

最終更新:2019年11月01日 05:17

harukaze_lab

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管理者のみ編集可
怒る新一郎
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)孕《はら》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)奔|不羈《ふき》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「火+(麈-鹿)」、第3水準1-87-40]
-------------------------------------------------------

[#5字下げ]一[#「一」は中見出し]

 その日もまた朝から小ぬかのような雨が降っていた。
 どんよりした春の空は、この三、四日、降りみ降らずみ、重い雨雲を孕《はら》んで一向さっぱりとした青い色を見せてくれないのである。
「うん、いい雨だ、いい雨だ」
 谷沢《たにざわ》新一郎は縁側に立ち、両方の握り拳《こぶし》に恐ろしく力を入れる、庭の若緑を煙らせる雨を眺めながら、言葉とは反対に焦《じ》れた渋面を思いきり顔に浮べていた。
「なんていい雨だ。気持がさばさばする。おれは雨が好きだ。大好きだ。雨は大好きだ」
「……なにを仰有《おっしゃ》ってるの」
 従妹《いとこ》の荻江《おぎえ》が、不審そうに立ってきた。
 備前岡山藩の大横目役、谷沢十兵衛の一人娘である。十八歳、美しいというより愛くるしいという感じの娘であった。
「雨が大好きだなんて、変ねえお従兄《にい》さま、先にはあんなにお嫌いだったのに、いつからこんな鬱陶《うっとう》しい雨がお好きになりましたの」
「うん、なに……江戸ではみんな、その、こんなことをいうんだ」
「お禁厭《まじない》ですの」
「うむ、まあ、つまり、そんなものだ」
 谷沢新一郎は三年前に江戸詰になったのだが、持前の癇癖《かんぺき》が祟《たた》って江戸を失策《しくじ》り、つい先ごろ国許《くにもと》に帰ったばかりである。
 雨にたたられてまだ荷物もほどいてない。女手のない不自由さを見かねて、伯父の谷沢十兵衛が娘の荻江を手伝いによこしたのも、昨日の激しい叱責《しっせき》を幾分和らげてやろうという思いやりが含まれているのかも知れない。
 この老人には、藩内で横紙破りの定評のある、がむしゃらな半面の裏に、案外そんな人情にもろいお人好しな一面が匿《かく》されているのである。
 それでなければ、放奔|不羈《ふき》な新一郎が、いくら父|亡《な》き後の親代りといっても、ただ恐れかしこまってお叱言《こごと》を聞くだけでいる筈《はず》はなかった。
 昨日も、彼は、はいはいと一々頭を下げるばかりであった。
「今年になってからもこれだ」
 苦々しげに十兵衛は長男の治左衛門がよこした江戸からの書簡を取りあげると、
「正月に沼江一郎次、村田仁右衛門、古崎太左衛門、二月に入ってからも林忠平、十崎《とざき》文之進とやっている」
「…………」
「どうしてそう喧嘩《けんか》がしたいのだ」
「…………」
「この調子ではいまに岡山藩の家中はみんなおまえの喧嘩相手になってしまう、いかん、これではいかんぞ新一郎」
「はい」
「お前の親爺《おやじ》も癇癪《かんしゃく》持ちだったが、悪い所が似たものだ」
 藩内では伯父上の癇癪も有名でといいたかったが新一郎はまた「はい」といった。
「何がそう癪にさわるのか、今日は一つ儂《わし》に説明してみろ」
「はい」
「はいでは判《わか》らん」
「はい、いえ、何しろ江戸は駄目なのです伯父上、人間の気風も悪いし、それに天気も悪いし」
「天気が悪い、……天気が悪くたって仕様がないじゃないか。そんな風だから何事も旨《うま》くゆかないのだ。第一おまえは我慢というものを知らぬ。人間はなにより我慢が大切だ、例えばいまも春だというのにじとじと雨が降っているだろう、……おまえこれをどう思う」
 新一郎は庭の方にちらと眼をやって、
「鬱陶しいです。むしゃくしゃしてきます」
「それその気持が癇の起る種だ」
 十兵衛はしたり顔に云う。
「鬱陶しいと思うからむしゃくしゃしてくる、ああ良い雨だ、こう見ていると腹の底までさっぱりする、百姓はさぞ喜んでいるだろうと考えてみろ、物事は気の持ちようでそう思えば鬱陶しさなどすっ飛んでしまう」
「……そうでしょうか」
「また不愉快なことが起ったらこう思え、いい気持だ、なにも不平はないじゃないか、ああさばさばした気持だ……こう三遍云ってみろ、そうすれば自然と心が明るくなる。他人に対してもそうだ。あいつは厭《いや》な奴だと思うからいかん、あの男にも良いところはある、誰がなんといってもおれはあの男が好きだ、なかなか好人物じゃないかと考えるがいい、つまりそれが堪忍《かんにん》であり我慢というものだ」
 その時十兵衛はそんな風に叱言をいったのである。
 だが、いくらさばさばすると口ではいってみても、頭の芯《しん》が重くなるような鬱陶しさは拭《ぬぐ》い切れない。
 それよりも、あまり荻江に追求されて伯父に叱言を食ったことまで露見しては具合が悪いので新一郎は急いで話題を変えた。
「そうだ、伯父上は昨日|流人《りにん》船の罪人たちが逃げたというので急いで役所に出てゆかれたが、どうなったかな」
「まだ捕まらないらしいのです。父はお役所へ詰めたきり戻りませんの」
 叱言の途中でそんな報《しら》せが役所から来たので新一郎は助かったのである。でなければまだ、じっくりと痛めつけられるところであった。――うむ、こんな雨だというに面倒なことだ。くさくさする――と十兵衛はその時云いかけたが慌てて空咳《からぜき》をしてごまかし、
「もしこれから喧嘩をするようなことがあったら、理非を問わず勘当する、よく心得ておけ、役所から使が来たから今日はこれで、……また参れ」
 そう言捨てて出掛けていったのだ。
「未《ま》だ帰られないのか、だが、もうこんな所にうろうろしている訳はないさ」
 新一郎はにやにやして、
「捉《つか》まれば命のない罪人が、それでなくてさえ危険な城下町などにいつまでいるものか、それより早く他領へ手配をするがいい、伯父上も案外手ぬるいことだ」
「そんなお話はもう沢山」
 荻江は甘えるように従兄《いとこ》を見上げた。
「ねえ、お従兄《にい》さま、それよりわたくし御相談したいことがありますの」
「いやに改ってなんだい」
「本気で聞いてくださらなければいやですわ」
「……云ってごらん」
 荻江はまたちらと従兄を見上げたが、今度のひとみは見違えるほど艶《つや》やかな光をもっていた。乙女のひとみがそういう光を帯びてくる話題はひとつしかない。新一郎は武骨者であるが、その視線を見遁《みのが》すほど鈍くはなかった。
「ははあ、そうか」
「なんですの、……いやな、お従兄さま」
 荻江は自分でも恥しいほど赤くなるのを感じたのか、両手で頬をおさえた。
「縁談だな、そうだろう」
「……ええ」
「誰だ相手は、まさかこの新一郎ではあるまいな」
「わたくし、もうお話いたしませんわ、そんなことを仰有るなら、……本気に御相談したいと思っているんですのに、ひどいお従兄さま」
「よし、それなら今度こそ本気に聞こう」
「本当に真面目《まじめ》に聞いてくださる」
「心配なんだね……その縁談のことが」
「どう云ったらいいのでしょうか」
 荻江は襷《たすき》をそっと外した。……二の腕の羽二重のような肌を、紅絹裏《もみうら》が舐《な》めるように滑って落ちるのをみて、新一郎の逞《たくま》しい胸が微《かす》かにふるえた。
「向うの方はお従兄さまもご存じの瓜生紺之輔《うりゅうこんのすけ》さまですの」
「……瓜生、それは意外だな」
「去年の秋に大阪から岡山へお帰りで、それから間もなく父のすぐ下に勤められるようになり、折々うち[#「うち」に傍点]にもお見えなさいますの。……如才のない、よくお気のつくいい方ですし、父がたいそうなお気に入りですから、わたくしにも文句はない筈なんですのに……」
「なのに、どうしたと云うんだ」
「なんですか、わたくし」
 荻江の声はここへきてひどく迷わしげになった。
「どことなくあの方が好きになれませんの、初めはそうでもなかったのですけれど、三度五たびとお会いするうちにだんだんそんな気持がしはじめたんです。……ではどこが厭かと云われるとべつだんこれと云って取立てて厭なところはないのですが、そんなのは性が合わないとでも云うのでしょうかしら、この頃ではなんだかお顔を見るのも気味が悪いように思いますわ」
「それはう荻江、嫁入り前の娘たちが誰でもいちどは考えることじゃないのか、相手が嫌いなのではなくて、嫁にゆく、人の妻になるということが不安になり、まだまだ娘でいたいという隠れた気持がそう思わせるのじゃないのか」
「新一郎従兄さまはそうお思いになって」
「瓜生紺之輔は頭の良い奴だ。あの若さで大横目の筆頭心得になるくらいだから、将来の出世のほども思われる、……それに男振りもなかなか好いじゃないか」
「それじゃあお従兄さまはわたくしが嫁《い》った方がいいと仰有るのですね」
 怨《えん》ずるように荻江が云った。真剣な瞳《ひとみ》でにらむようにじっとこちらを見詰めている。
「もっと落着いてよく思案してごらん。嫁入り前には気持も動揺するものだ。ひとつの事を思詰めると他が見えなくなる。とにかく……」
 云いかけて新一郎は庭の方へ振向いた。
 卒然と、人の走廻るけたたましい跫音《あしおと》が起り、垣の破れる音に続いて、なにか罵《ののし》り騒ぐ切迫した叫びが聞えてきたのだ。
「なんでしょう、お従兄さま」
 荻江はそっと従兄の方へ身を寄せた。
 叫び声が近づいてきた。
「船破りだ」
「流人共が逃げ込んだぞ」
「御油断あるな」
 走廻りながら、付近の屋敷へ知らせる声であった。「あっ」
 と云って荻江が新一郎の腕へ縋《すが》りついた。
 横庭からふいに下僕の勘助《かんすけ》が現われたからである。
「旦那様、流人の奴らがこちらへ逃込んできたと申します」
「なにか見違いだろう」
「いいえ、秦山《はたやま》様の薪《たきぎ》小屋に隠れていたのだそうで、刀を振廻しながらこちらへ逃げ込んだということでございます」
「では裏木戸を明けておけ」
「……明けるのでございますか」
「旨くゆけば逃げこんでくるだろう、おまえたちは部屋へ入ってじっとしておればよい」
 勘助は雨のなかを跳んでいった。
「お従兄さま」
 荻江は恐そうに、
「逃げ込んできたらどうなさいますの」
「そんなことはいいから片付け物の方を頼む、早くしないと夜になるぞ」
 荻江が襷をとって部屋に入ると、新一郎は大剣を携えてどっかりと縁先へ坐った。
「よく降りやがる」
 舌打をしたが、すぐに、
「だが百姓は喜んでいるだろう、いい降りだ、いい雨だ、おれは雨が大好きだ、雨は大好きだ」
 ぶつぶつと口の内で呟《つぶや》いた。

[#5字下げ]二[#「二」は中見出し]

 大横目の役所はごった返していた。
 ここ数年このような大きな事件はなかったので、昂奮《こうふん》したように出入りする係りの役人たちばかりか、城下街全体が異様に殺気立っているようだった。
 横目の出役の他に足軽が二百名あまりも動員されている。町々村々でも警戒の人数を要所要所に出して往来を見張った。海上には船手が出動していた。
 事件と云うのは次のようなことであった。
 安永六年(一七七七)四月二日、大阪奉行所の流人船が城下から一里南、西大川の河口に碇泊《ていはく》した。
 これには十数名の重罪人が収容されていた。いずれも犯した罪禍により隠岐島《おきのしま》へ流される途中の者たちであった。
 半日の寄航の予定が沖が荒れたために一日出航を延期したその未明、彼等の中でも最も兇悪《きょうあく》だと見做《みな》されていた五名の囚人が船牢《ふなろう》を破って逃亡したのである。
 この事件には、まことに奇妙に思われる一つの謎《なぞ》が最初からつきまとっていた。
 備前領で船破りをしたのならば、そのまま少し行って備中領へ逃げこむべきであった。
 そうすれば、僅《わず》か三里か五里のところで捜査の手はよほど暇取る筈である。藩から藩に連絡して手配ができるまでに充分脱走囚たちは逃亡する余裕がある筈であった。ところが彼等はただ真一文字に浜辺にこぎ寄せて、そのまま備前領に上陸している。……しかも城下の方へ入りこんだというのだから、なんとも解《げ》せないことであった。
「厄介なことだ」
 手配の衝に当った十兵衛は舌打して、
「罪人共が御領内へ逃げこんだというのは、確かな証拠でもあるのか、そう見せかけて備前領へ逃げたのではないのか」
「彼等が乗って逃げました小船が、七日市の三岐岸《みつまたぎし》に捨ててございましたし、つい先刻、内田村の農夫弥右門と申す者が、今朝まだ暗いうちに獄衣姿の五名づれが城下の方へ走っていくのを見たと訴え出ております」
「城下へ、なんでまた城下へなんぞ」
 十兵衛はますます不機嫌だった。
「奉行へは達してあるな」
「はい、街道口も手配をいたしました」
「町廻りの人数倍増しだ」
 と云って十兵衛は立ちかけたが、
「ああ、作事方へ使を頼もう、すぐに仮牢を作っておかなければならぬ」
「……牢を?」
「捕えても、大阪から受取りにくるまでには日数が掛る、そのあいだ当藩の牢へ入れておくという訳にもいかんじゃないか、福島の船番所の近くへでも建てることにしよう、……急ぐぞ、どんなに遅くとも日暮れ前にはでき上るようにするんだ。儂はちょっと出てくるからな」
 十兵衛はせかせかと出ていった。
 日が暮れてから間もなく、美作口《みまさかぐち》から瓜生紺之輔が馬を飛ばしてやってきた。
 紺之輔はまだ二十六歳であるが、大阪蔵屋敷で抜群の腕を認められ、去年国詰めになるとすぐ大横目の心得筆頭に任ぜられた。
 女のようななめらかな肌と薄い赤い唇が印象的であった。切れ長の眼をしていたが、時にそれは異状な激しさを表わした。
 いまも馬を下りるなり、駆け寄った足軽の一人を突き飛ばすようにして、
「船破り一名を召捕りました」
 と奥にまで聞える大声で怒鳴った。
「やったか」
 家へも帰らず、役所で弁当をつかっていた十兵衛は、紺之輔の急報に箸《はし》を投出して現われた。
「どこで捕えた」
「美作道の高津へかかるところでした。いま運んで参りますが、仲間割れをしたらしく後ろから袈裟《けさ》がけに斬《き》られておりました。未だ呼吸はありましたが、どうやら一人で備中に逃げようとしてやられたようです」
「呼吸がある中に同類の行方を聞かねばならぬが」
 十兵衛は憂《うれ》わしげに眉《まゆ》をひそめて云った。
「それは白状させました」
 紺之輔は当然と云うように微笑して、
「他の四名は城下へ向ったと申しておりました」
「なんのために城下へ入るのか」
「それまでは……城下へという一言で落入りましたので」
「死んだのか」
 十兵衛は忌々《いまいま》しげに呻《うめ》いた。
「人騒がせな奴等だ。山伝いに備中に行けばよいに、訳が判らぬ。……ともかく近辺にいるとあれば手配を厳重にしてできるだけ早くひっ捕えろ」
 しかし騒ぎはその後二日たっても三日たっても納まらなかった。
 厳重な手配にもかかわらず、五日の夜には西川町の備前屋嘉右衛門《びぜんやかえもん》という大きな米問屋へ押入って、金子《きんす》二十両あまりと米、味噌《みそ》などを盗んだ者があった。
 それが四人組の流人たちの仕業であるか、それとも騒ぎにつけこんだ他の者がやった仕事か、備前屋の者がひどく狼狽《ろうばい》して、見極めていなかったためにどちらとも判らなかったが、城下町の恐怖はそのため一層ひどくなってきた。
 こうした周囲の緊張と恐怖の中で谷沢新一郎だけは特別であった。と云うのは彼にとってはそれよりも大きな心配事が心を占めているので、そうした騒ぎはすべて上すべりして、妙に気持の中に爪跡《つめあと》を残さないのである。
 ぽかぽかと暖かくなった陽気に悪くなった喰物にでも当ったのかな。
 初めは本当にそう思ったほど、肉体的な痛みでさえあったが、間もなくその原因は朧《おぼ》ろげながらかたちを持って彼自身にもはっきりと掴《つか》めるようになってきた。
 ふしぎな自覚である。今日まで曾《かつ》て一度もそんな感じはなかったのに、今しがた嫁にゆくと聞いてから、自分にとって従妹《いとこ》の存在がどんなに大切なものであったかということに気付いたのである。
 新一郎は狼狽した。
 嘘《うそ》も隠しもなく本当にまだそんな感じで従妹を見たことはない。年も六つ違いで、まだ彼女が自分のことを荻江と云えず、舌っ足らずにおた[#「おた」に傍点]、おた[#「おた」に傍点]と云っていた頃からほとんど朝夕一緒に育ってきた、従妹というよりは実の妹のような気持で可愛《かわい》がってきたのである。
 それがいま……他人の嫁になるという事実にぶつかって、初めて今日まで自分の胸のなかに育っていた愛情が、いつかぬきさしならぬものに変っていたことを知ったのだ。
 新一郎はもう以前のように虚心|坦懐《たんかい》に荻江の顔を見ることはできないような気がした。忙しく、主人は家を明けているに違いない本家の谷沢家を見舞わねばならぬと知って、なおあれから一度も顔を出さないのも、そうした理由からだった。
 それにしても、
 ――わたくし、あの方が好きになれませんの――と云った荻江の言葉は大きな誘惑である。
 紺之輔が好きになれないと訴える言葉の陰になにか告白しようとするものがあったのではないか。……そう思うと新一郎の心はぐらつきはじめた。
 ――もしや荻江も。
 という気持さえ起ってくる。
「いかん。なんという馬鹿な」
 新一郎は我に返って吐出すように去った。
「もう話もおよそ決っているに違いない今になってなんだ。そんな未練がましいことを考えるなんてうろたえ過ぎるぞ……しっかりしろ」
 しっかりしろと何度も呟くのだった。
 生れて初めての感情だけに始末が悪かった。何か痛烈な刺激にでも会ってそうしたくだらぬ懊悩《おうのう》をきれいさっぱり忘れられたら、と夜など屋敷の付近の暗がりを大剣を腰にぶらついたりした。船牢破りの流人たちにこちらから求めてぶつかりたい気持であった。
 そうしたある日、帰国してから初めて登城した新一郎が、夜になって下城してくると、片側屋敷の河岸でふと怪しい人影を認めた。
 侍屋敷のながい築地のはずれに、ぴったり身を寄せていたのが、新一郎の姿を見ると鼬《いたち》のように暗がりに消えたのである。
「――勘助」
 気付かぬ風に四、五間行ってから、新一郎は提燈《ちょうちん》を持って供をしていた下僕にそっと云った。
「おまえひと足先に行け、怪しい奴がいるから見届けてくる。向うの橋の袂《たもと》で気付かれぬように待っていろ」
 新一郎は穿物《はきもの》を脱ぎ棄てた。
 曲者《くせもの》のひそんでいた小路を、逆の方から忍足に近寄っていくと、さっきと同じ場所に同じような恰好《かっこう》でじっと身をかがめている姿が見えた。
 なにかを覘《うかが》っているらしい。
 新一郎があいだ二間ほどに近寄って、呼吸を計る刹那《せつな》、相手はふっと振返って、
「――あっ!」
 叫びながら棒立ちになった。
「動くな」
 新一郎は大声に、
「動くと斬るぞ」
 云いつつ詰寄った。気合の籠《こも》った態度に圧倒されたか、相手は一瞬そこへ立ちすくんだが、新一郎の手が伸びようとするとたん、
「わっ!」
 というような喚《わめ》きと共に、いきなり抜打ちに斬りつけてきた。……しかしそれは法もなにもない無茶なもので、新一郎が僅かに体をかわすと、そのまま雨水の溜《たま》った道の上へ烈《はげ》しく顛倒《てんとう》した。
「おのれ手向いするか」
「――畜生」
「やめろ、神妙にせぬと本当に斬るぞ」
 相手は肩で息をしながら、抜身を構えて起上ると、窮鼠《きゅうそ》の勇で再び突っ掛けてきた。
「えい!」
 新一郎はひっ外しながら、たたらを踏む曲者の背へぱっと拳《こぶし》を当てた。
「――あっ」
 はずみを喰って道へのめり伏す。踏込んだ新一郎は利腕《ききうで》を逆にねじ上げた。すると曲者は狂気のように、
「たすけ、助けてください」
 喉《のど》も裂けんばかりの悲鳴であった。
「お手向いはいたしません。妻の仇《あだ》が討ちたいのです。仇さえ討てば名乗って出ます。どうかそれまでお見のがしください。お慈悲でございます。お慈悲でございます」
 意外な言葉だった。
「……妻の仇。それは真《まこと》か」
「お疑いならなにもかもお話し申上げます。その代りどうか、どうか見逃してやってくださいまし、妻の仇さえ討てばこの世に望みのない体です。必ず名乗って出ますから」
「……起《た》て」
 新一郎は手を放して云った。
「仇討ちという言葉は聞捨てならぬ、しかし偽って逃げでもしたら斬るぞ」
「は、はい、もう決して逃げはいたしません」
「この暗がりではどうにもならぬ。拙者の家まで参るがよい、仔細《しさい》を聞くまでは決して無慈悲なことはしないから安心しろ」
「あ、有難うございます」
 男は泣いている様子だった。
 新一郎は男を導いて、元の場所へ戻り、穿物を拾って鶴見橋の袂まで行った。……待兼ねていた勘助は、近寄ってきた主人が、泥まみれになった獄衣の男を伴《つ》れているので、
「あ、だ、旦那様」
 と思わず驚きの声をあげた。
 新一郎も提燈の光で、初めて男が船破りの一人であるのを知った。
「騒ぐな勘助」
「……へえ」
「おまえの合羽《かっぱ》を脱いで貸してやれ」
 勘助は訳が分らぬという顔で合羽を脱ぎ、命のままに男の背に掛けてやった。

[#5字下げ]三[#「三」は中見出し]

 家の裏手から入り、濡《ぬ》れた物を着替えさせて、居間の燈をあいだに向合って坐《すわ》ったのはそれから半刻ほど後のことだった。
 男はまだ二十八九であろう、栄養の悪い痩《や》せた体つきで、身ごなしや眼の動きにも永い囚獄生活を経てきた者の落着かぬ色が焼着いていたが、頬から唇許《くちもと》へかけて、どことなく育ちの良い俤《おもかげ》がうかがわれた。
「おまえは船破りの流人だな」
「……はい、名は伝七と申します」
「妻の仇を討つと云ったが、相手はこの城下の者なのか」
「仰有《おっしゃ》る通りでございます」
「拙者は谷沢新一郎という者だ。次第に依《よ》っては仇討の介添もしてやる。詳しくその訳を話してみろ」
「有難う存じます」
 伝七という若者はきちんと膝《ひざ》へ手を重ねて、
「それではお聞苦しゅうはございましょうが、お情に甘えて申上げます。ただ今も申上げました通り、私の名は伝七、家は高知屋と申しまして大阪|天満《てんま》筋に数代伝わる米問屋でございました」
 と話しだした。
 それによると、高知屋は天満筋でも一流の米問屋として、明和末年までは指折りの豪商で、諸藩の蔵屋敷にも多くの顧客《とくい》を持っていたが、伝七の父伝左衛門が相場で失敗を続け、安永三年の夏に急死するとにわかに家運が傾きだした。
 この傾きかかった家を継いだ伝七はどうかして昔の高知屋に立直そうと思い、そのためにはあらゆる無理を冒して働きだしたのである。これには同じ天満筋の問屋から嫁にきた妻の夏も身を粉にしても夫を助けて、もはや良い顔をしない実家の人々を見返してやろうと誓い合ったという。……ところが、そのとき、岡山藩の蔵屋敷から、
 ――当家の廻米仕切を一手に任せてもよい。
 という話が持込まれてきた。
 その当時、岡山藩が大阪蔵屋敷へ廻した米は一年およそ五、六万俵に上り、加賀、薩摩に次ぐ大出廻りを持っていたのである。
 これだけの廻米を一手に仕切ることができれば、高知屋の家運を盛返すことも難事ではない。しかし、この巧《うま》い話には二つの障害があった。その話を持込んできた蔵屋敷留守役が、嫁入る前は天満小町とうたわれたほどの美貌《びぼう》であった妻の夏に眼をつけたのである。
 家運の挽回《ばんかい》に狂奔していた伝七は、このすばらしい餌《えさ》を前にして理性を失っていた。
「どれほど悔んでも悔み足りないのは、妻の嘆きを見て見ぬ振りをしていたことです。ところが廻米仕切の話は一向に運ばず、そのうえ上役に道を通すのだからと云って三十両、五十両と金の無心ばかり続きまして、ついには身動きのできぬようなことになってしまったのです。これはいけないと気がついた時はもう手後れでございました。なにもかも思惑違い忘れてくれという一本の書簡が届きました時には妻の夏はその男の子供を宿しておりました」
 伝七の拳は膝の上でわなわなと震えた。……もし本当に人の眼から血の涙が出るとしたら、いま伝七の頬に溢《あふ》れる涙は鮮血に染っていたに違いない。
「みんな初めから企《たくら》んだ仕事でした。そのお侍は私から捲上《まきあ》げた金で出世の道を明けたのです。私たちは阿呆《あほう》のように騙《だま》されたのでございます。妻は……妻の夏は……捨てられた身重の体を恥じて縊《くび》れて死にました」
「うーむ」
「私はその晩、夢中で池田様の蔵屋敷へ押込みました。ひと太刀でも恨んでやろうと思ったのです。けれど町人の悲しさ、たあいもなく手籠《てご》めにされて奉行所へ曳《ひ》かれ、……そのまま一年の牢舎暮しをしたうえ、こんど隠岐島へ流罪《るざい》と決ったのでございます」
「その、その相手は誰だ、何という奴だ」
 堪《たま》りかねて膝を乗り出した新一郎は伝七の返事を聞いてあっと声をあげた。
「瓜生紺之輔と云いました」
「瓜生、瓜生紺之輔」
「ご存じでございますか」
 新一郎の顔色は変っていた。
 伝七の話は熱鉄のように新一郎の肺腑《はいふ》を刺したのだ。このような複雑な事情の下には、町人と武士との差があらゆる条件を蹂躙《じゅうりん》する、どんなに非人情であっても、紺之輔のしたことが確然と罪を構成しない限り、伝七の理窟《りくつ》は通らないのだ。……さればこそ、島送りの途中、この岡山へ船繋《ふながか》りしたのを命のどたん場に、脱走して仇を討とうとしたのだ。恐らく七生を閻王《えんおう》に賭《と》したことだろう。
 新一郎はしかし、相手が紺之輔であると聞いた刹那、燃えあがっていた義憤が一時に冷えあがるのを感じた。
 従妹の婿《むこ》に決ったと聞いたばかりである。
 これが他の者だとしたら、首に縄をかけても伝七の前へ引摺《ひきず》り出したであろう。
 だが紺之輔ではそれができない。
 新一郎は自分が荻江に愛情を持っていることを自覚してしまった。紺之輔を除いて荻江を自分の妻にしようという避け難い考えが、胸の底にひそんでいるのも知っている。それだからこそできないのである。伝七に力を貸すことは、自分の欲望を遂げる手段になるではないか。
「他の者はどうしたのだ」
「はい、岩井村に丸山とかいう丘がございますが、その丘の蔭《かげ》の小舎《こや》に隠れております」
「いまの話はみんな知っているのか」
「みんな無頼漢ばかりでございますが、私の身上に泣いてくれまして、船破りの手助けをしたうえ一緒に紺之輔を狙《ねら》っていてくれるのでございます。手前勝手に逃げ出そうとした一人は秘密が露見するというので、私が知らぬ間に仲間の者に斬り殺されてしまいました」
「存じておる。だが真に気の毒な話だ。本来なれば助太刀るすべきだが、残念ながらできない事情がある」
「……はい」
「いま着替えの衣服を持たせるから姿を変えてゆくがいい、一心岩を徹す、人間と人間だ、死ぬ覚悟ならきっとやれる」
「……はい」
「神明の加護を祈っているぞ」
 そう云い棄てて、新一郎は顔をそ向けたまま部屋を出ていった。
 その翌々日の朝のことである。
 久し振りに雨がやんで、雲の切れ目から時々青空が覗《のぞ》くのを、食事のあとののびやかな気持で、縁の柱に凭《もた》れながら呆《ぼ》んやり眺めていた新一郎は、
「旦那様、到頭やりましたぞ」
 と喚くような声に振返った。勘助が汗を拭《ふ》きながら庭先へ入ってくる。
「なにをやったんだ」
「中山の辻で船破りの流人めが一人斬られたのでございます。今朝明け方のことだった。そうで、肩から胸へこう……」
「勘助、お前見たのか」
「いいえ話に聞いたばかりでございますが」
 云いかけて下僕は、はっとその口を噤《つぐ》んでしまった。主人の顔色で前々日の夜のことを思出したのである。
「……斬ったのは誰だ、聞かなかったか」
「瓜生さまだという噂《うわさ》でございます」
「……やっぱり、そうか」
 斬られたのは伝七に違いない。
 ――落着かなくてはいけない。おれは癇癪《かんしゃく》持ちだからな、落着くんだ。
 新一郎はふくれあがる忿怒《ふんぬ》を抑えながら、手早く身支度をして、すぐ戻ると云い残したまま、家を出掛けた。
 役所へ行ったが、ゆうべ徹宵《てっしょう》の出役で家へ帰っていると聞き、斬られた流人が伝七であることをたしかめてから、その足で西川町の瓜生の屋敷を訪れた。……紺之輔はいま寝ていたところだと云って、渋い眼をして客間に出てきた。
「邪魔をして済まなかった」
「いや、貴公とは久方振りだ。帰国したことは谷沢老から聞いていたが、知っての通りつまらぬ騒ぎで訪ねる暇もない」
「それはお互いのことだ」
 新一郎は努めて静かに、
「騒ぎというので思出したが、貴公ゆうべはお手柄だったそうだな」
「手柄どころかお叱《しか》りを蒙《こうむ》った。流人共は前にも一人死なせているので必ず生捕りにしろと谷沢老から厳しい申付けだったのだが、案外|手強《てごわ》く向ってこられたので、つい抜いたのがはずみに斬ってしまった」
「しかしその方が貴公には好都合だったのではないか」
 我慢し切れなくなって新一郎は鋭く云った。
「……好都合だって?」
「拙者はそう思うがなあ」
 紺之輔の端麗な顔が、疑わしげな色を帯びてきた。新一郎はその隙《すき》を逃さず、
「実はなあ瓜生、拙者の許《もと》へ貴公に会わせてくれと、訪ねてきている者があるんだが、会ってやってくれぬか」
「……どんな者なのだ」
「女だ、子供を抱いている」
「…………」
「大阪の者でお夏というそうだ」
 総髪が逆立つとはこのことであろう、紺之輔の顔から一時に血がひき、頬から額へかけて皮膚が眼に見えるほど痙攣《ひきつ》った。
「どうだ、会ってやらぬか」
「知らぬ、さような女は知らぬ、貴公は」
「紺之輔!」
 新一郎は拳を握った。
「貴公どうしてそんなに震えるんだ。お夏という女が会いたいというだけじゃないか、知らぬなら知らぬでいい、なにかの間違いだろうから会えば済むことだ。……向うでは抱いている子を貴公の胤《たね》だと云っている。捨てては置けないぞ」
「いや、会う必要はない」
 紺之輔の声は乱れていた。
「な、なんと云っても、そんな素姓も知れぬ女などに会う必要はない」
「素姓は知っているよ」
 新一郎の眼はきらりと光った。
「ゆうべ中山辻で貴公が斬ったろう、大阪生れの伝七、高知屋伝七の妻だ」
「……谷沢!」
「ちょっと待ってくれ」
 新一郎は不意に相手を遮《さえぎ》り、空を向いてぶつぶつと呟《つぶや》き出した。
「……おれは紺之輔を嫌いじゃない。嫌いじゃない。ちっとも嫌いじゃない、こいつにも良いところはある、なかなか良いやつだ。おれはちっとも癪に障ってなんぞいない、胸はさばさばしてる、こういう話も時には面白い、すこぶる面白いくらいのものだ。殴りたいとなんぞは思わない、ちっとも殴りたくはない」
 語尾はぶるぶると震えてきた。どうやら十兵衛の教えた禁厭《まじない》も利《き》かなくなるらしい。
「拙者は帰る!」
 新一郎は卒然と立上った。
「邪魔をしたな、紺之輔、……だがひと言だけ断っておく、荻江との縁談はこの新一郎が不承知だ、理由は云わぬ方がいいだろう。貴様にもし少しでも武士の血があるなら、死ぬ時期と場所だけは誤るなよ」
「谷沢、……その女は本当に貴公の家にいるのか」
 紺之輔は蛇のように光る眼をあげて云った。
「いたらどうする」
「いろいろ誤解があるようだ。会ってよく話をしてみたら拙者の気持も分ると思う」
「そして斬るか、伝七のように」
 新一郎は叩《たた》きつけるように、
「だがその手数には及ばぬ、会いたかったら仏壇へ香を※[#「火+(麈-鹿)」、第3水準1-87-40]《た》いてやれ、お夏は貴様の子を腹に持ったまま縊れて死んだぞ」
「…………」
「重ねて云うが死ぬ時期を誤るなよ」
 そう云って部屋を出た。
 新一郎は癇癪持ちである。これまでそのために何度も喧嘩《けんか》をした。彼の腹の虫は、彼の意志に反して随時、随所に暴れだす。数々の失敗は多くその癇の虫のせいであったが、時には本心から怒りを爆発させたこともないではない……しかし今日ほど怒ったのは初めてである。彼は伝七の愚かさを怒り、夏という妻の不甲斐《ふがい》なさを怒り、紺之輔の狡猾《こうかつ》無慙《むざん》さを怒り、その紺之輔に一指も出さずして帰る自分を怒った。いま彼の身体の中に填《たま》っているのは忿怒だけなのである。
 ――いくら紺之輔が卑劣漢でもここまで悪事が露見したら覚悟するだろう――念ずるのはそれだけだった。だがその心やりは間もなく叩潰《たたきつぶ》された。

[#5字下げ]四[#「四」は中見出し]

 夜の十時頃であったろうか、飲み直した酒がまたしても酔いそびれて、夜具のなかを輾転《てんてん》反側していると、
「旦那様、お起きくださいまし」
 と勘助のただならぬ声がした。
「なんだ、起きているぞ」
「谷沢さまからお使で、お嬢さまがこっちへみえなかったか、行先をご存じなさらぬかという……」
 半分も聞かず新一郎はとび起きていた。着替えもそこそこに玄関へ出ると、谷沢の若い家士が外へ馬をおいて待っていた。
「どうしたのだ」
「あ、御無礼を仕《つかまつ》ります。実は日の暮れがたに大横目役所から使がありまして、旦那様がお召しだと申し、お嬢さまを案内していったままお戻りがございませぬ」
「使にきたのはたしかに役所の者だったか」
「私も見知りの今井兵太郎と申す者なのですが、……余り帰りが遅いので役所へお迎えに参りましたところ、旦那様はそんな使を出した覚えはないという仰《おお》せ、すぐ使にきた者を探しましたが……」
「いなかったのだな、そいつ!」
「はい、それで今井にはすぐ手配をいたし、こうして念のために」
「遅い! 馬鹿げているぞ!」
 新一郎は草履を突掛けながら、
「大横目が役所へなんの用で娘を呼ぶか、そのくらいのことは三歳の童児でも分るぞ」
「しかし旦那様はあれからずっと役所にお詰きりでございましたし」
「やかましい、無駄口を叩くひまに貴様は瓜生の家へ行って見てこい、いるかいないか確《しか》と見届けて役所へ知らせるんだ。馬は借りる」
 言葉の半分は門の外であった。
 あの野郎!
 あの悪魔外道野郎。卑劣漢。犬侍。人非人の畜生の破廉恥漢め。新一郎はそれが当の相手ででもあるかのように、馬へぴしぴし鞭《むち》を当てながら大横目役所へ煽《あお》り着けた。
「……伯父上!」
 どなりながらとび込むと、
「新一郎か、荻江の行方が知れたぞ」
 と十兵衛が叫び返した。
「分りましたか、どこ、どこです」
「紺之輔めが拐《さら》いおったのじゃ、あの瓜生の痴者《しれもの》が……」
「そんなことは分ってます。どこですか、荻江はどこにいるんですか」
「まだそこまでは分らんのだ」
「なにをおっしゃる、荻江の行方は分ったのですか、分らないのですか」
「いま今井兵太郎を捕えたのだ。本町はずれの三岐《みつまた》に倒れているのをみつけたのだそうだ。調べてみると紺之輔めと共に荻江を伴れて備中へ脱走しようとしたが、その三岐で不意に三人の暴漢に襲われて兵太郎はその場へ打倒されたが、紺之輔と娘はそのまま三人のためにどこかへ連去られたという話だ」
「三人、……もしや、それは船破りの流人たちではありませんか」
「兵太郎もそう申している。たしかに三人とも」
「伯父上、荻江は取戻してきます」
 新一郎は凱歌《がいか》のように叫んだ。
「荻江は必ず取戻してきます。その代り伯父上、改めて新一郎が妻に申受けますぞ」
「なにを、この……」
 と言ったときは、もう新一郎は脱兎《だっと》のように走りだしていた。
 三人というのは船破りの一味のことだ。彼らは伝七の話に同情し、その仇討のために、力をかしていたと聞いている。伝七が殺されたと知って、彼らは不幸な友の遺志をつぎ、あくまで紺之輔をつけ覘《ねら》っていたにちがいない。……紺之輔はその罠《わな》のなかへ自らとび込んでいったのだ。
 彼らの目的は紺之輔にある。
 しかし、だからといって荻江が安全であるとは言えない、命を投出している無頼漢《ならずもの》三人、美しい少女を前にして黙っているか。
「ああ、八幡《はちまん》」
 新一郎は苦痛の呻《うめ》きをあげた。
 岩井村まで二十丁足らず、丸山の丘は夜目にも著《しる》く、こんもりと森のかたちをみせている、馬は丘へ馳登《かけのぼ》り、森のなかへとび込んだ、すると一段あまり行ったところで、ちらちらと燈の動くのがみえた。
 ――まだいる。
 半分救われた気持で馬を下りると、光をめあてに走った。
 丘が北側へだらだら下りになる、その窪《くぼ》みの蔭に一棟の古い小屋が建っていた。もと森番でも住んでいたか、雨つゆに曝《さら》されて朽ちかかってはいるが、丸太で組上げた頑丈な造《つくり》である……燈の光はその南側の小窓からもれているものだった。
 新一郎は忍足に近寄った。
 小窓から覗くと、月代《さかやき》も髭《ひげ》も茫々《ぼうぼう》と伸びた男が三人、土間にあぐらをかいて、ろうそくの燈を囲みながら冷酒を呷《あお》っている。……そのすぐ後に、紺之輔と荻江とが、手足を縛られ、猿轡《さるぐつわ》を噛《か》まされたまま壁|際《ぎわ》へ身をもたせていた。
 新一郎は静かに戸口へ廻った。……そして押戸をばっと明けながら、
「やあ、みんな揃《そろ》っているな」
 平然と声をかけつつ一歩入った。……不意をつかれて三人があっと起《た》とうとする。
「騒ぐな!」
 と新一郎は絶叫した。
 神髄に徹する気合である。起とうとしたまま三人は思わず居すくんだ。そのすきを寸分ものがさず、
「おまえたちに用はない、伝七から聞きはしなかったか、拙者は谷沢新一郎だ」
「ああ、あの……」
「船破りの罪は重いが岡山藩の知ったことではない、拙者は伝七から仔細を聞いた。不幸な友達のために命を張って力をかしたおまえたちは、そこらの卑劣者に比べるとはるかに立派な人間だ、拙者は自分の眼前でおまえたちを縛らせたくない。立退《たちの》いてくれ」
「あなたが、谷沢さんなら」
 と一人が恐るおそる言った。
「改めておねがいがございます。伝七からお情深いことはよく聞きました。どうかきいてやってくださいまし」
「できることなら協《かな》えてやる、云ってみろ」
「伝七の仇を討たせてくださいまし、私共の手でこの瓜生の野郎を斬らせてくださいまし、この通りおねがい申します」
 三人は土間へ手をついていた。
 新一郎は無言のまま、つかつかと奥へ踏込んだ。
 三人は気を呑《の》まれて身動きすらしなかった。
「願いというのはそれだけか」
「……へえ、もう、もう一つございます」
 別の一人が云った。
「私共はもう覚悟を決めております、これ以上逃げ隠れしたところで仕方がございません、伝七の仇を討ちましたら旦那の手でどうかお縄にしてくださいまし」
「無礼者! なにを申すか」
 新一郎は大声にどなった。
「拙者は不浄役人ではないぞ。そのねがいは筋ちがいだ、ならん! 第一……お前たちには礼を云わなくてはならんのだ、この娘は拙者の妻になるべき者で、そこの卑劣者に誘拐《ゆうかい》されたのだ、おまえたちはそれを救ってくれたんだぞ。……それ、寸志だ」
 新一郎は懐中から紙入を取出して三人の前へ投げた。……三人は呆《あき》れて、
「それでは伝七の仇も討てませんか」
「拙者が云うのは、おまえたちを縛る手はもたぬということだ、無礼な! 二度とそんなことを申しては捨置かんぞ。……それから、こんな小屋は焼払ってしまう方がよい。分ったか、分ったらさらばだ」
 云いすてると新一郎は訴えるような眼を猿轡の間から出して全身で彼に呼びかけていた荻江の縛《いましめ》を手早く切りはらい肩を抱くようにしながら小屋を出た。
 淡い朧《おぼろ》な春の月が、そのときようやく切れた雲の間からしっかりと肩を寄せ合って歩き出した二人を照らしていた。
[#地から2字上げ](発表誌不詳)



底本:「怒らぬ慶之助」新潮社
   1999(平成11)年9月1日発行
   2006(平成18)年4月10日八刷
底本の親本:「婦道小説集」実業之日本社
   1977(昭和52)年9月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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