崩壊─ゲームオーバー─(10) ◆gry038wOvE




 ──孤門一輝が、レーテへと飛び込んだのを、仮面ライダージョーカーは見つめていた。。
 ああ、あの中に、佐倉杏子のソウルジェムがあるのだ。しかし、ジョーカーは飛び込めなかった。──いや、飛び込むわけにはいかなかったのだ。
 彼は、その腕の中に、佐倉杏子の身体を横たわらせている。彼女の肉体はジョーカーが守っていた。

「杏子……!」

 杏子の身体は、虚ろな目で空を見上げながら、完全に力を失っている。心臓も止まっている。血も通っていない。──まさに、死体だった。
 しかし、これと同じの体があの、杏子の笑顔を形作ってきたのだ。
 そして、杏子はこの体で戦ってきたのだ。
 だから──翔太郎は、今はこの体を守らないわけにはいかない。

 ──そうだ、翔太郎は、約束したのだ。
 杏子を、必ず人間にしてやると。こんな風に、小さな器に左右されない人間に──もう一度、戻してやると。
 それは、仮面ライダーとしての杏子との絶対の約束。
 いつか絶対、その方法を見つけ出し、佐倉杏子を魔法少女ではなく、一人の少女にする──そんな事を、翔太郎は夢見ていた。

 ……妹が出来たように想っていた。
 杏子は良い奴だった。

 この殺し合いに唯一感謝するとすれば、それは杏子たちと出会わせてくれた事だ。

(……任せたぜ、孤門! 俺は信じてる……、お前が、きっと杏子たちをそこから助けてだしくれるってな……!)

 今は、孤門に全てを任せ、翔太郎はここで敵と戦うしかない。それが出来るのは自分たちだけなのだ。
 変身して、戦う力を得た自分たちが出来る精一杯の事──。
 見上げるほどの巨体に──ああ、どう立ち向かえばいいのかさえわからない、このアンノウンハンドの真の姿に──翔太郎は立ち向かわねばならない。

 怖い。

 そう思う。テラー・ドーパントが展開したテラーフィールドの時の感覚によく似ていた。
 杏子を人間に戻す前に、死ぬかもしれない。
 約束を守らなければならないのだ。死ぬわけにはいかない。
 それならば、戦わずに済ませるのも良いかもしれない。
 杏子との約束の為に────。


 ────だが、その時。



「ハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!!!」



 ン・ガドル・ゼバの高笑いが、その森の中に鳴り響いた。
 ジョーカーの耳に、この怪物の声が聞こえた。
 身の丈の数十倍もあるダークザギの巨体を前にしながらも、彼は戦いへの飽くなき野望を止める事はなかったのだ。いや、もはや本人にとっても、それはとどまるところを知らない次元まで来ていたのだろう。



 ──はっきり言って、ガドルには、それに強いダメージを与えるような対抗策は無い。戦えるような力はない。
 しかし、彼は笑っていた。
 究極の闇を齎す者──であった者として、無邪気な笑みを形作っていたのだ。
 ただただ、純粋に、彼は敵の強化を喜んでいた。

「それが……それが、貴様の本当の力かッ!!」

 万全の力を持ったイシボリに、こうして生きて挑む事ができる──という事をガドルは喜んでいたのである。
 あのまま、イシボリの本領を拝む事が出来ないまま、彼の力の片鱗に敗れたとなれば、それこそグロンギ族の名折れとなる所であった。
 グロンギの王であるン・ガドル・ゼバが、未知の敵に手を抜かれたとなれば、それは種全体の恥であるといえる。
 だが、こうして、本当のイシボリに会う事が出来た。

 ──俺はこの時の為に、最後の力を授かったのかもしれない。

「──ヨリガエッデ ヨバッタ ラタ ボソギアエス オ ギガラ!!(蘇って良かった、また貴様と殺し合える!!)」

 あまりに興奮に彼は、相手への言葉が自然と母語に変わっていた。
 グロンギ族はここで、“王”がダークザギに挑む事で、その誇りを守る事になる。──だから、ガドルは、戦う。
 死ぬまで、いや、死んでも。──戦い尽くし、殺し尽すだけではない。
 今は王として、正当にゲゲルを勝ち残った仲間たちの誇りをかけて──、戦い続けなければならない宿命を負ったのだ。それを呪うわけではない。悦びを持って受け止めよう。



「──ギョグブ ザ!!!!!! イシボリッッッ!!!!!!」



 ガドルは、全身に残った最後の力を全て、近くの大木へと流しこんだ。
 ベルトから発動するモーフィングパワーを全てその大木へと──この身が果てる限界まで、注ぎ込む。
 大木はやがて、プロトクウガが作りだした「破壊の樹」のように巨大に変質していく。──しかし、ダグバのベルトによって生成された「破壊の樹」の大きさは、プロトアークルから生成されたそれとは比較にならなかった。
 根を通じて、地面の土からあらゆる水分を吸収し、「破壊の樹」を一瞬で育てていく。
 その大きさは、20メートルほどまで膨れ上がった。ダークザギの半身よりも巨大な兵器が、その場に召喚される。

 ──そして。



「────グロンギ ン ゴグ ン ホボリ ゾ グベソ!!!!!!!(グロンギの王の誇りを受けろ!!!!!!!)」



 砲火──!!

 雷を帯びた一撃は、ダークザギへと真っ直ぐに向かっていく──。
 それは、ダークザギのエナジーコアの部分へと確実に距離を縮め、その体表で──爆ぜた。雷が真正面で落ちたような轟音が、ダークザギの胸元で鳴り響く。
 ダークザギの顔が真っ白な煙に隠れていく。

 ──ダークザギを倒したのだろうか。

 しかし、いずれにせよ、大打撃を与えた事は間違いない、とガドルは思った。
 ガドルの腹部で、ベルトが限界を迎えて、少しずつ罅を生んで割れていく。──彼のエネルギーも枯渇し、心臓の音はだんだんと弱まっていく。
 戦いへの興奮は冷めない。
 冷めやらぬ興奮の中で、ぼやけていく視界に、爆炎に包まれるダークザギの姿があった。



「────バッタ……!! ガ ゴレ……!!(俺が勝った……!!)」



 ──王は、確信した。
 グロンギ族の勝利だ。
 ──王の誇りは、種の誇りは、保たれた。

「────ッ────」

 いや。──だが、まだだ……。満足ではない。まだ。
 まだ、戦わなければならない。
 倒すべき敵がまだいくらでもいる。
 立ち上がらなくては。次は誰だ。カメンライダーか。



「……ガドル、見届けたぜ」

 その時、誰かの声が、ガドルに囁いた。

「バッタ ガ ゴレ……」

 男は、それが、「勝った」というガドルの歓喜の声だと理解した。
 落ち着き、空を見上げた。

「そうだ、お前は勝ったんだ……あのダークザギにな……あいつは今の攻撃で死んだ。ガドル、お前は、本当の強者だ……。この場にいる誰よりも、お前は強かった……、絶対にお前の強さなんて認めるつもりはなかったが……認めざるをえねえ」

 聞き覚えがある声だった。──そう、少なくとも、ガドルに立ち向かった者たちの内の誰かだ。
 カメンライダー、そう、奴だ。ガイアメモリの力で変身する、二人で一人のカメンライダーの片割れ──。以前、俺を殺した奴の生き残り。
 既に視界はないが、その声だけがガドルには聞こえた。
 ──挑む。殺してやる。
 俺のプライドにかけて、たとえ貴様が望まずとも──。



「ハハハ……ならば……ッ、カメン、ライダーよ────、次は貴様の番だ……ッ!! ハ……ハハハハハハハハハハハ…………ッ………………、ッ………………」



 ガドルは、腕を上げ、その体を掴もうとするが、あいにく腕は持ちあがらなかった。
 しかし、カメンライダー──仮面ライダージョーカーは、その腕が確かに上がろうとしていたのを見ていた。ガドルはまだ戦おうとしていたのだ。
 それは、すぐに人の姿になり、軍人の恰好をした男の死体になり果てた。
 もう起き上がる事はあるまい。

 この狂気ともいえる戦闘への意思とプライド。
 ──この場において、最も、強かったと認めざるを得ない敵の死だ。
 まだ起き上がるのではないか、と今度また、ジョーカーは少し思っていた。

「……くそっ。まさか、こんな奴に、こんなにも勇気づけられる事になるとはな……! 俺もまだまだ甘いぜ」

 仮面ライダージョーカーは、ダークザギにも立ち向かおうとしていた。
 恐るべき相手であるのは一目瞭然だ。
 その体はジョーカーの戦闘能力が対処できる範囲ではない。──しかし。
 それでも、戦わねばならないという使命と、覚悟を持った戦士の最期を今、見届けてしまった。──それが正義であれ、悪であれ。
 たとえ、ユーノの、フェイトの、霧彦の、一条の、いつきの、結城の、鋼牙の、そして、フィリップの──仇であるとしても、左翔太郎はガドルの頑なな奮闘によって、恐怖を打ち消したのだ。

 最後に認めてやってもいい。
 彼が、最強の敵であった事を──だから、ダークザギなど、恐怖を覚えるに値しない事を。

「────さあ……、お前の罪を数えろォッ!! ダークザギィィッッ!!!!!」

 目の前のダークザギは無傷であった。
 ガドルに最後に、ダークザギに勝利したと告げたのは、本心で──ガドルの誇りはダークザギにも勝り、そして何より、ガドルはダークザギより強いと認めたからであるが、現実には、こうしてダークザギは生きている。
 ガイアセイバーズは、その恐るべき相手に立ち向かわねばならない。



【ゴ・ガドル・バ@仮面ライダークウガ 死亡】
【残り13人】






 仮面ライダージョーカーが、その腕をマシンガンアームへと変えて、マガジンを全て消費するまで撃ち続けんと立ち向かっていた。しかし、それはダークザギの体表で小さな音を立てて消えていくだけで、相手に蚊に刺されたほどのダメージを与えているようにも見えなかった。
 周囲では、外道シンケンレッドによる猛牛バズーカの砲撃が起こっていた。これは必殺級の技であるにも関わらず、全くといっていいほど効果を示していない。
 仮面ライダーエターナルもまた、獅子咆哮弾を何度も繰りだしているが、それもまた同様だ。
 ダミー・ドーパントは、ダークザギを複製する事は制限上不可能であり、高町なのはの姿でスターライトブレイカーを発するが、それもまた効果なし。ガイアポロンのシャイニングアタックも弾かれてしまった。

(──サイズと能力に差がありすぎる! 俺たちは、無力すぎるんだ……ッ)

 仮面ライダースーパー1は、後方で冷静にその常識を分析しようとしていた。しかし、打開策など、この状況では全く思い当たらなかった。この圧倒的な不利を理解し、それでも前に進める理論を頭の中で構築しようとしている。
 主催戦を控えていた以上、この規模の敵と遭遇するかもしれない事は予め考えていたが──それでも、はっきりとした案は何一つとして無い。ここまで、浮かんだのは、ドウコクの二の目に頼るというくらいの事だった。
 ウルトラマンネクサスさえも、こうしていなくなった以上、彼らは通用しない力で戦い続けるしかないのである。

(──いや、思い出せ! これまでも巨大な敵を倒す方法が、いくつか存在していたはずだ……!)

 だが、これまで、先輩ライダーたちが、こうした巨大な敵に全く立ち向かわなかっただろうか。──何度か、40メートル大の敵と戦ってきたはずだ。
 自分より前の仮面ライダーは全員、そんな敵との戦いを経験している。
 GODのキングダーク、デルザー軍団までの全ての組織を総括していた大首領、ネオショッカーの大首領──サイズに差のある敵は存在した。そして、先輩たちは全て撃退している。
 だが、実際のところ、それには必ず、攻略法があったのである。何らかの弱点が存在し、正攻法の戦い以外の形での勝利を掴む事ができた。──今は、一切の攻略法が見いだせない。

(……くっ、やはり駄目だ。まともに戦って勝てる相手じゃない……ッ!)

 だが──、そう思いながらも、この中で、もし前線に立って戦うべき者がいるなら、それは自分とドウコクであるとも思っていた。
 ドウコクの場合は、一度死んで、「二の目」を発動する必要がある……。それにより、同じ規格で戦う必要がある。
 ドウコク自身はそんな手に納得しないだろうし、もし、そうなった場合、ザギを倒した後で今度はドウコクが襲い掛かるというだけである。──それも、彼がザギを倒す事が出来た場合に限られるのだが。

(やはり、俺しかいない……)

 まず、スーパー1は重力低減装置で、無限の高さまでジャンプが可能だ。宇宙空間にも適応する事ができる。勿論、ダークザギの体長よりも高くジャンプする事も理論上では可能である。攻撃が脚部にしか届いていない者もいるが、スーパー1はもっと明確に急所を狙いながら戦う事が出来るのだ。
 また、宇宙規模のシステムを想定している以上、その規格から外れた巨大な隕石の処理などもS-1の役割となっていた。パワーハンドのように、圧倒的な力を持つファイブハンドも持っており、それは並の改造人間の手に余る物さえも粉砕できる作りになっている。

(だが、それでも……そんな力があったところで、勝利の確率は決して高くないッ!)

 ──パワーハンドが支えられるのはせいぜい50t。しかし、目の前の敵はおそらくそんな次元ではない。
 彼は知る由もないが、ダークザギの体重は55000t。スーパー1が推定していたのもだいたいそのくらいだったが、それだけの差がある以上、多少他の仲間よりも強い程度では結局変わらない。
 だとすれば……?

(……俺たちは勝てないのか……!? こんな所で──)

 涼邑零が鎧を召喚し、銀牙の背に乗って、ダークザギの足を垂直に駆けている。──直後、その体は振り払われた。
 高く飛び上がったキュアブロッサムが、ピンクフォルテウェイブをダークザギに向かって放つ。──しかし、その体は、ダークザギが片手でハエ叩きのように地面に叩きつけてしまった。
 体の大きさを利用し、我々を玩具のように弄んでいるわけだ。

「────らぁッッ!!!!!!!!」

 ひときわ気合いのかかった声で、血祭ドウコクが剣を振るう。
 剣圧が巨大な鎌鼬となり、ダークザギのエナジーコアに向かっていく。──しかし、それはダークザギの身体に当たっても、それは全く効果を成さなかったようだ。

 ダークザギへの策は、ない。
 沖一也にはとうにそれがわかっていた。しかし、認めるわけにはいかなかった。

「……くっ」

 仮面ライダーには戦いを捨てる道は彼にはない。
 彼らのように、無謀に──決して効かないかもしれない技を使って、戦うしかない。
 持てる限りの戦力は全て使い、たとえ、蚊が食うような一撃でもダークザギに与えていく……それ以外の戦法は浮かばなかった。
 それは即ち、敗北を意味していると思う。
 しかし、そんな中で万が一の確率で起こる勝機や奇跡が時にある。──奇跡が起こる時には、必ず一定の条件がある。
 そう──奇跡が起こるのは、誠実に目の前の苦難に立ち向かった時だけだ。

 ──覚悟を決める、のみだった。

「────無謀だが、力ずく、か」

 仮面ライダースーパー1は、目の前で戦う仲間たちの姿を見て、理論を捨てる事にした。
 やれやれ、と、肩を竦めるしかなかった。
 何か弱点があるはずだ、とも言えないのが悔しい。──彼は間違いなく、スーパー1が出会った中で最悪の敵なのである。
 彼に弱点はない。結局のところ、力と運に任せる以外の術はない。
 全力は尽くす。それがこの場合、最も誠実な戦い方。

「────ならば……それしか方法がないならば……他の誰でもない……この俺が、この手で迎え撃とう……!! こっちだ、ダークザギッ!!」

 スーパー1は重力低減装置を作動する。そのまま地を蹴ると、だんだんと、星々と蒼穹は近づいていく。
 彼はダークザギの文字通り目の前まで飛び上がると、空で赤心少林拳の構えを魅せた。
 ──スーパー1とダークザギの目が合う。

「いくぞ──スーパーライダー!! 月面キィィィィィック!!!!!!!!!」

 そこで放たれる、仮面ライダースーパー1の魂の蹴り。
 この場にいる誰も、こんな目立つようなやり方で攻撃はしていなかった。この高さまで飛び、確実に敵の視界の中で無茶をしている──。
 そこには、自らが囮となって周囲を惹きつけようとする意志もあった。
 スーパー1の足が、ダークザギの目と目の間に激突する──。

「──チェンジ!! パワーハンド!! ハァッ!!!!!!!!」

 反転キックにより、再度空中でダークザギの顔面に向けて、パワーハンドの拳を叩きつけた。ダークザギの顔が微かに揺れた。
 スーパー1の拳から、激しい波が全身に駆け巡る。
 惑星開発用改造人間になって以来、これほど全身に衝撃が伝る事はなかったかもしれない。──玄海老師や弁慶たちと共に、一人の人間として戦って以来だ。
 彼もまた、その頃は、稽古の厳しさに独り泣いていた少年だったと、──誰が想像しているだろう。
 また、彼はダークザギの顔面を蹴り、空中で反転する。

「────そしてこれが最後だ……ッ!!! スーパーライダー、魂キィィィィィィィィックッッッッッ……!!!!!!」

 彼は、先ほどの一度、二度の攻撃と共に、全身のエネルギーを一点を集中させていた。
 右腕、左腕、左足の機能は通常の人間のそれと大差ないほど低下する。
 ──全身のエネルギーは、ただ一点、右足へ。
 全ては、この一撃の為の布石だ。
 それは、10人の仮面ライダーが同時にエネルギーを放出するライダーシンドロームを発動する時に使われるべき力だったのだが、ここに残りの9人はいない。そして、彼自身も、ライダーシンドロームなどという技は知らなかったのだが、自らのエネルギーをどうすれば使用できるのかだけは知っていた。

 ──大気圏を突破する時のように、スーパー1の身体を覆い始める炎。
 ライダーシンドローム級のエネルギーを単独で使えば、彼の身体を支える別のエネルギーは存在せず、自壊を始める。
 だが、それでもダークザギに一撃を当てて見せようと、彼は力を限界まで引き上げる。

(そうだ……ここにいる仲間は……、この俺が守るッ!!!)

 自分が飛びこまなければ、別の誰かが飛び込んでしまうと思った。
 それは左翔太郎かもしれないし、響良牙かもしれないし、涼邑零かもしれないし、花咲つぼみかもしれないし、巴マミかもしれない。

 ──俺の仲間は、先ほど闇の中に飛び込んだ孤門一輝のような無鉄砲ばかりだ。

 きっと、孤門は美希をあの暗闇の中から助け出してくれる。
 それを一也は信じている。
 あの銀色の巨人こそが、このダークザギに立ち向かう鍵になるはずだ。

(この手で……ッ!!)

 彼が帰ってくるまでこの怪物と戦わなければならないが、この中の誰かが真っ先に立ち上がり、このダークザギを相手に無鉄砲に行動した時、彼は──仮面ライダースーパー1は、永遠の後悔に打ちひしがれる事になるだろう。
 誰かが飛び込んで戦おうとするのは間違いない。
 その役を、この中の誰にも譲るわけにはいかない。

 かつて、本郷猛は、沖一也に全てを託し、強敵との戦いを請け負った。──一文字隼人結城丈二もそうだった。
 今こそ、沖一也も、俺の魂を賭ける時。

「──喰らえ、ダークザギ!! これが、俺たち仮面ライダーの、魂だ──ッッ!!!!!」

 そして──激震が鳴った。

 スーパー1の最後のキックが、ダークザギの顔面に叩きつけられた。
 ダークザギの体は大きく後ろによろめき、左足が一歩後ろについた。
 大地にも強い振動が伝わり、地上にいるヒーローたちもその震えを確かに全身で感じた。
 クロムチェスターの一斉砲火さえも効果を示さないであろうダークザギに、今、一歩足を下げさせたのが、彼の全てを使い果たす力だった。

「────ガァァッッ!」

 その一撃を受け、ダークザギの全身に怒りが湧きあがる。
 自分の顔面で力を失っていき、沖一也へと戻っていくスーパー1の身体をダークザギは右腕で掴んだ。

(……くっ)

 一也の意識は、まだ、微かに残っていた。
 ただ、その体は、既に指先をぴくぴくと動かす程度の力しか残っていない。
 あれだけのエネルギーを使って、出来たのは、その巨体を一歩下げるというだけ……。
 無念であるが、他の誰かが無謀を働くより前に動く事が出来た。
 ダークザギの巨大な手に包まれ、巨大な瞳がこちらをぎょっと睨んでいる時、反撃の意志は薄れていた。

(……早く、美希ちゃんを……ウルトラマンを救って来い、孤門……お前はこの戦いの鍵を握る男だからな……)

 後の者に全てを託す。
 本郷も、一文字も、結城も、最後の時、こんな気分だったのだろうか──。

「ウガァァァァァァァァ────ッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」

 ダークザギは、一也の身体を潰した。
 全身の機械と肉体とがはじけ飛ぶ──。巨大隕石が降りかかってもそれを支えられるボディが、粉々に崩壊していった。
 ダークザギの手の中で起こる小さな爆発。メカニックの崩壊。
 外を覗いていた頭部が、ダークザギの両目を睨み返していた。

(────そうだ、きっと……お前さえ帰ってくれば……俺たちの魂と、絆に勝てる者なんて、誰もいないさ)

 一也の最期の時、見上げている者たちは、強い後悔をしていた。
 ──飛び込んだのが自分だったならば、一也は……。
 だが、もしそれが他の誰かだったなら──誰よりも強い後悔を胸に秘める事になったのは、きっと沖一也だっただろう。
 誰よりも生き、誰よりも戦ってきた自分が真っ先に飛び込み、後の者に託せばいい。



 ……きっと、これが正解だ。



【沖一也@仮面ライダーSPIRITS 死亡】
【残り12人】






 キュアパイン──巴マミの頭上で、沖一也の命が終わった。
 彼の身体は粉々に吹き飛び、仮面ライダーの生きざまは──人間の自由と平和を守り、人間の未来を夢見た男の生きざまは、途絶えたのだ。
 彼がマミにかけた言葉が、ふと彼女の中で蘇った。

 ──君たちも、自分の信じる大切なものの為に戦ってくれ

 一也はきっと、それに殉じたのだ。
 そう、沖一也は……仮面ライダースーパー1は、命さえ賭けられる何かを信じて戦った。
 それが何なのかは、マミは知っている。

(……私が信じる、大切なもの────)

 しかし、マミにとっては何だろう。
 ここにある桃園ラブの遺体。
 ソウルジェムが深い闇の中に沈められた佐倉杏子。 
 消えてしまった孤門一輝や蒼乃美希
 マミが回収しているが、弱っているアカルン。
 ……マミにとって、この場で、最も大切なものは次々と消えていってしまった。

「諦めるな」

 ──え?
 俯こうとしていたその時、マミの中に、誰かの声が聞こえた。

「諦めるな──!」

 ──孤門さん?
 忘却の海レーテの中に取りこまれたはずの孤門の声が、何故か確かに、マミの耳に聞こえた。これは、頭の中だけで聞こえた声じゃない。

 しかし。
 その言葉の意味を噛みしめた時、それが何故聞こえたか、などどうでもいい事のように思えたのだ。

(……私が守りたいもの……私が信じる大切なもの……)

 自分は、何故ここにいるのかを思い出した。
 かつて、自分がどうしようもない絶望の淵──事故で死にかけていた時に、自分自身が諦めなかったから。
 かつて、自分がソウルジェムの力を使いきって倒れた時──仲間たちが諦めなかったから。

 そうだ。マミも、まだ諦めてはならない。
 蒼乃美希も、佐倉杏子も、決して死んではいない。あの闇の中にいる。
 だから、孤門一輝は迷わずにあそこに飛び込んでいった。彼は諦めなかったのだ。

「……そうね」

 弱っているアカルンを優しく抱きしめる。
 大事な物なら、まだまだいくつだってある。
 支えてくれる物、支えなければならない物はいくつも存在する。
 ──この目の前の闇の中にも。

(もう、絶対に諦めない……!)

 アカルンを、そっと優しく包んだ彼女は、変身を解除した。
 そして、キュアパインの力を解除して、リンクルンをそっと、眠っている杏子の傍らに置いた。
 その上に重ねるように、瀕死のアカルンを乗せる。

「私は、あなたたちの主人を助けに行くわ。……だから、ここで待っていて」

 アカルンがもし、力を使えるような状態だったなら、助ける事が出来ただろう。
 しかし、それは今は出来ない。到底、力を使って彼女をサポートできるような状態ではない。それをアカルンは口惜しく思った。


 ────マミは、忘却の海レーテに飛び込んだ。



【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ 再起不能】






 ────主催本部。

 加頭順だけが残った地下の施設で、大きな振動がモニターを揺らした。机の上から、小物が零れ落ちる。
 加頭は尚、そのモニターに釘付けになっている。この本部に残った最後のゲームメイカーとして、最後の役割を果たす為に。
 死ぬかもしれない役割であったが、しかし、加頭は内心では、ここに残って最後まで面白い物を見る事が出来たのを嬉しく思っている。──いや、まさに、それは生が確定した段階での事だったが。

 この殺し合いの最終局面において、ダークザギは復活した。彼が一歩を踏み込むたびに、加頭がいるこの主催本部は大きく揺れる。この振動の中に、この一週間の加頭の苦労全てが報われたような、祭りが終わる時のような──喜びが襲ってくる。

(レーテの闇に飲み込まれて生きて帰る事が出来る者はいない……)

 桃園ラブ、佐倉杏子、蒼乃美希、孤門一輝、沖一也、巴マミの名を──死亡、と、モニターに打ち込んだ。一度に三名の参加者が脱落した。
 それに加えて、今、ゴ・ガドル・バも確実に死亡した。執念だけで生きていた彼は、まさしくこの殺し合いの象徴のような参加者である。──彼のお陰で、随分と殺し合いは円滑に進んだ。
 だが、彼も規格外のダークザギには敵わなかった。彼のデータを「生存」に書き換える必要はなくなったようだ。
 ──加頭は、残り参加者を確認する。


 石堀光彦
 涼村暁
 涼邑零
 血祭ドウコク
 花咲つぼみ
 響良牙
 左翔太郎


 合計、7名。
 これは、主催陣営が参加者側の勝利条件として譲歩した「10名以内の生存者」という上限に合致している。
 記録上、変身ロワイアルに生還した参加者は、以上の7名になる。
 彼らは、元の世界に帰り、──その時に“殺される”権利を得るのだ。
 そう、元の世界で死ぬ事が出来るという最大の褒美を──。

「コード:変身ロワイアル……崩壊、ゲームオーバー」

 加頭は、ニヤリと笑って呟いた。

 時刻は二日目、十一時五十九分。

 ────主催陣営、敗北。

 ────参加者、強制送還決定。


 そして、時計が動く。
 主催陣営は表向き、ここで敗北したが、全ての目的は達成された。
 このゲームを総べているカイザーベリアルの目的も、加頭の目的も果たされた──。それで満足だ。
 勝利? ──そんな物は譲ってやろう。
 加頭が欲しいのはそんな物じゃない。
 最後のボタンが加頭の手によって、押される。



 ────強制送還、実行。



【タイムリミット 発動】






 蒼乃美希は眠っていた。
 ──暗く深い、忘却の海の底。
 たくさんの人の恐怖やFUKOをその身に感じながら、しかし、赤子のようにどこか安らかで落ち着いた眠りを覚えていた。

 ああ、ここは、もしかするとあらゆる時間や時空と繋がっている場所なのかもしれない。
 まだ子供だった時の美希や──、離婚していなかった時の両親や──、まだ、生きていた時のラブや祈里やせつながこの中にいるのかもしれない。だから、妙に心が安らかなのだろうか。
 このままここで眠り続けてもいいかもしれない。
 たとえ、ここが闇の中でも……これから、もっと深い闇の中に誘われるとしても……。

「……美希ちゃん……」

 ────だが。
 ────それは全て偽りだ。

 美希を救おうと、この闇の流れの中を泳いでいく男──孤門一輝はそれを知っている。
 まるで濁流のようなこのレーテの闇は、孤門の幼少期のトラウマを刺激する。
 流れていく物が怖い。この流れに流され、このまま前に進めば、もう戻れないような気になる。流れていく景色を見るたびに、そこまでに置いてきたものがなくなっていくような気がしてしまう。
 あの時感じた恐怖だ。
 先に進む事で、また自分は足をとられてしまうのではないかという気がする。

「……っ!?」

 その時、──何かが、孤門の足を掴んだ。
 闇の力が、孤門を止めようとしているのだ。それは、確かに、子供の時の孤門が感じた感触に似ていた。だから、孤門の背筋が凍った。
 誰も助けてくれないのではないかという、あの時の怖さ。
 川の流れが、孤門を飲み込み、孤門一輝の命を奪おうとするあの脅威。

 だが、この恐怖や闇に打ち勝たなければ前に進めない。
 必死に足を振り払い、前に進もうとしていく。
 すると、孤門の邪魔をする物は何もなくなった。

 そうだ──。

「駄目だ……闇に飲み込まれたら駄目だ……ッ!!」

 自分もかつて、闇に飲み込まれそうになった事はある。──しかし、人間にはそれを乗り越える力がある。
 誰にだって、──孤門にも、美希にも。
 だから、彼は、美希に声をかける。

「君の優しさが、僕たちを支えてくれた……!」

 美希は孤門に優しさをくれた。
 ここにいた仲間たちの優しさが、孤門を支えてきた。
 挫けそうになった事がないと言ったら嘘になる。何度だってあった。何度も、この殺し合いの中で死を覚悟し、諦めそうになった時だってあった。
 しかし、美希たちが見せる優しさが、──いつでも誰かを労わり、誰かを助けようとする気持ちが、孤門に希望をくれた。
 孤門も優しくしてくれた。

「君の強さが、僕たちを勇気づけてくれた……!」

 孤門は、美希たちの強さに何度も助けられた。
 それは、ただのパワーの強さじゃない。
 前向きで、ただ真っ直ぐに、自分に負けない完璧な強さが彼女たちにはあった。
 孤門を助けてきた強さが、絆が──ここにある。

「憎しみは乗り越えられる……! 人はどんな絶望の淵に囚われても、そこからきっと抜け出せる……!」

 声は絶対に美希に届いている。
 何か、強い闇の力が、美希の意識の中で、それを拒もうとしているのだ。
 それを振り払う方法は一つ。

「君は独りで戦ってるわけじゃない……!」

 ────孤門が、もっと大きな声で叫ぶだけだ。








「──────諦めるなァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!」






 ───諦めるな。

 時を越え、世界を越え、深い恐怖の闇の障壁も超えて、その声が彼女に聞こえた時──、美希の瞼が自然と開いた。
 その言葉が胸に響くのを拒むようにしていた何かが、一瞬で晴れたのだ。
 美希の心が、その言葉に反応した。


「……孤門、さん……」


 ──帰りたい。

 そうだ……彼らとともに戦いたい。
 たとえ、ラブも祈里もせつなも杏子もいない、絶望に満ちた世界だとしても──。

 まだ、私にはたくさんの仲間がいる。
 まだ、私には叶えたい夢がある。
 まだ、私には待ってくれている人がいる。

 ──こんな所にいるべきじゃない。
 ──みんなで一緒に生きて帰りたい。

「────くっ!!」」

 目を覚ました美希は、手を伸ばそうとした。
 孤門に縋る為に。彼に支えてもらう為に。──彼と、彼らと支え合う為に。

 孤門の姿は、遠かった。まだ小さく、それでも、だんだんとこちらに近づいてきた。
 それでも、美希は、そんな深い闇の中で必死に腕を伸ばした。

 孤門も、諦めなかった。
 二人の距離がどれだけ遠いとしても……ただの人間には決して埋められない距離だと言われても──絶対にその手を取ろうと、必死に闇の中を前に進んだ。

「────!!!」

 美希の中から消えたと思っていた“意思”が囁きかける。

 ──君は、守りたいものを見つけたか?
 ──君は、生きていく道を見つけたか?

 闇に変換され、石堀光彦に渡ってしまったはずの“光”だ。
 しかし、誰かの胸に希望がある限り、その光は何度でも蘇り、何度でも強くなり、何度でも人々に新たな希望を照らしてくれる。



(────)



 美希は、胸の中に輝く光に答えを返した。

 ────そして、その時、二人の手と手が重なった。

 二人の間に、光が灯される。





 それは、蒼乃美希から孤門一輝へと受け継がれる絆の光────ネクサス。








 そして──、これは、この殺し合いとは何も関係のなかった世界だ。


 ────諦めるなァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!


 忘却の海レーテのエネルギーは時空を超えていた。
 レーテのエネルギーにより、時間軸も、世界も超えて、彼らの言葉は“どこか”の“いつか”にコネクトしていったのだ。

 ──“それ”は、あくまで、無為に、恣意的に、ただ偶然、そのときたまたま、起こった現象である。

 どんな時間に、どんな世界に繋がったのか──それさえも全ては、レーテの起こした偶然であるが、だからこそ運命的にも感じる出来事であった。
 彼のかけた言葉が、その世界の一人の少年の未来を、大きく揺るがす事になる。

「助けて……ッ!! あっ──」

 その世界も、それは、殺し合いも、ウルトラマンの登場も、ビーストの再来もない──ただの平和な世界だった。
 変身する戦士の戦いはこの世界では繰り広げられていなかったようで、怪物たちに理不尽に命を奪われる人間たちはいなかった。
 だが──。


「誰か……っ!! 誰か、助けて……っ!!!!」


 しかし、自分の周りが平和に見えても、当然、死の病や自然の脅威や人間同士の戦争はあり、その時もどこかで誰かの命が消えようとしていた……。
 たまたま、そこにいた一人の少年も、今、まさに生命の危機に直面していたのである。

 彼は、足がつかない川の中で、必死にもがいていた。
 だが、その川の流れは驚異的に早く、今にも自分を容易に飲み込もうとしていた。
 足がひたすらに沈んで動かない。脱げた靴が一瞬でどこかに流れていった。

 助けてくれる人は周囲にはいなかった。
 だから、少年は、やがて、意識が薄れていく中で、死を覚悟した。
 少年の心を、絶望が埋め尽くしていく。
 父さん、母さん……ごめん……。

「────諦めるな!」

 しかし。
 しかし、その時──孤門一輝がレーテの中で蒼乃美希に差し伸べた手と、その言葉が、遠い昔……川で溺れ、死の恐怖を前に絶望していた一人の少年のもとに届く事になる。
 少年は、その手を掴み、その手に導かれ、濁流の中から抜け出す事ができた。



 その少年は、岸部で、孤門に礼を言い、聞いた。

「……お兄さん、誰……?」

 岸部にその男の後ろ姿が見えた。──どこか、人間らしくない、しかし──いつかこんな男になりたいと思えるような、男の背中。
 次の瞬間、その男の姿は、まるで銀色の流星のように、すぐに光の中に消えてしまった。

 少年は、その様子を不思議に思った。
 ……宇宙人?
 自分は宇宙人に助けられたのだろうか。……いや、そんなわけはないか。

 少年は、濡れた体で己の手を見た。
 あの名前もわからない誰かの誰かを救おうとする意志が、この腕の痛みに残っている。

 ────この手のぬくもりと、この言葉を忘れない

「諦めるな……」

 ただ一言、呟いた。
 いつまでも、この言葉を胸に生きていこう。
 どんな絶望の中でも、絶対にこの言葉を忘れないように……。



「諦めるな」



 そして、少年は、この時、誰かの命を救う人間になる事を決めた。
 この時、川に流され、奇跡的にも生還した少年の名前は───孤門一輝。
 後にウルトラマンの光を授かり、“自分を救う事になる”男の名前であった。



 “大人になった孤門一輝こそが、川で溺れた少年・孤門一輝を救った男だった”──。
 まるで仕組まれた運命のような、偶然だった。
 この奇怪な事実は、当人も含め、誰も知る事はない……。






(一体何が……、まさか……孤門さん!?)

 レーテの中では、巴マミの周囲を蝕んでいた闇が、一斉に晴れていった。
 どこかで強い光が発されたのだ。──それは、蒼乃美希から孤門一輝の手に受け継がれていった絆の光であった。
 そして、その光は、マミの前で“何か”に反射した。

「……これは……?」

 赤く光る一つの宝石──。
 それは、忘却の海レーテの中を彷徨い続けるはずだった杏子のソウルジェムである。
 真っ赤な杏子のソウルジェムは、闇の中できらきらと輝き浮かんでいる。
 こんな所を、一人で彷徨っていたのだ。──マミは、この広い忘却の海の中で、それを見つけ出す事が出来たらしい。

「良かった……」

 マミはそれを、両手で掴んだ。
 これを持ち帰れば杏子は目を覚ます事が出来る。
 孤門と美希のお陰だ。──マミが聞いた声もまた、時空を超えて、孤門が発した言葉が辿り着いた一つの行き先なのかもしれない。
 ……しかし、そう思った時であった。
 マミが目を開くと、そこには、ソウルジェムなど気にならないほど意外な物が映っていた。

「──!? どうして、あなたが……」

 思わず、口が開く。
 マミの視界を覆うほどの巨大な白の魔法少女。
 信じがたい、ありえないはずの存在が、その宝石の真後ろに立っていたのである。

『マミさん……』

 そうして、巴マミの名を呼ぶのは、マミにとっても見覚えのある一人の少女。
 まるで女神のような圧倒的な力を持っているのが、マミにはわかった。
 だが、驚くべきは、その力ではない。その姿だ。
 何故、彼女がこんな闇の果てにいるのかはわからない。レーテに蓄積された膨大な絶望のエネルギーから、こうしてここにやって来たのだろうか。

「あなたは……鹿目さん?」

 ──鹿目まどか
 マミの通う見滝原中学校の後輩で、ふとしたことから魔法少女と魔女の戦いに足を踏み入れる事になってしまったただの女の子だ。
 そして、ここで、ノーザやアクマロたちとの戦いに巻き込まれ、死亡してしまった。
 少なくとも、彼女がどこかで魔法少女になったという情報はない。しかし、確かに、彼女の姿と声だった。

『違うわ、それは全ての魔法少女を導く果て──円環の理よ。あなたが知るまどかでもない』

 答えたのは、暁美ほむらと瓜二つの少女だ。
 彼女もまた、ここにいるはずはなかった。

『まっ、結局まどかだから、“まどか”って呼んでるけどね』

 マミには理解できない理屈を並べるのは、美樹さやかと瓜二つの少女だ。
 そして、彼女もいるはずはなかった。

「あなたたちは、一体……」

 マミはまだ状況を飲み込めていなかった。
 無理もない。彼女の生きていた世界は、まだ、まどかが一つの願いを叶える前の世界だった。──それによって、マミたちの存在も何度もリセットされる事になるのだが、その最も世界を揺るがしたリセットさえ、まだ起きていない。
 平凡な女子中学生に過ぎない鹿目まどかが、魔法少女たちの中で囁かれる救済の魔法少女になる事など、彼女には想像もつかない出来事である。

『佐倉杏子のソウルジェムは、この空間に投げ込まれた事で、少なからずレーテが持つ恐怖のエネルギーの影響を受けてしまっているわ』

『だから、私たち──“円環の理”とその鞄持ちがそれを救済しなきゃいけない。でないと、杏子ももう間もなく魔女になる……』

 ほむらとさやかがそう言った。
 つまり──、少なくとも、杏子のソウルジェムがこの闇の中で、だんだんと濁り、この場所で魔女になる直前にまでなっているという事らしい。
 マミがおそるおそる、自らの手の中にある杏子のソウルジェムを覗くと、そこには、レーテの内部に蓄積された恐怖のエネルギーが外部から杏子のソウルジェムを侵そうとして、ソウルジェムを濁らせていく姿があった。
 真っ赤な宝石の中に、周囲の暗い闇が、今も確かに侵入している。
 ここまでの戦いでは、こんなにまで濁らなかったはずだ。本当に間もなく、ソウルジェムは完全に濁り切ってしまう。

『マミさん、杏子ちゃんを渡して』

 だから、まどかは言った。──まだ、杏子のソウルジェムは濁ってはいないが、このままでは彼女が魔女化の条件を満たしてしまう事は、時間の問題であると言える。
 その条件を満たした時、彼女たちは魔女化を防ぐと同時に、未知の世界に連れて行ってしまう。

 だが──

「諦めるな!」

 ──マミはそれを拒否した。

「──いいえ、絶対に渡さないわ。私たちには、佐倉さんが必要なの。彼女はこんなところで死ぬべきじゃない……だから、絶対に守ってみせる!」

 諦めない。
 最後まで、杏子の命を諦めるわけにはいかない。
 マミのその意志は、頑なだった。
 まどか、さやか、ほむらの三人が何を囁いたとしても、杏子は渡せない。
 杏子のソウルジェムを守るマミの目に、眩しい光が広がっていった。思わず、マミも微かにその瞳を閉ざそうとしてしまうほど、朝日のように眩しい光が……。

「光……」

 ──そうだ、光がある。
 蒼乃美希と、孤門一輝の間で発動したウルトラマンの光が、レーテの闇を少しずつ飲み込んでいるのだ。あれが、恐怖と絶望の想いが封じ込められたマイナスエネルギーを正反対の力に返還している。
 ソウルジェムを穢しているのは、この周囲の異常なマイナスエネルギーだ。──では、この闇の中で二人が作りだしたプラスエネルギーの中で、もしかすれば浄化される事があるのではないか。

 ──保証はない。一か、八かだ。
 しかし、マミの中には、今、他の術はなかった。
 あの光がソウルジェムを、マミはまだ光源には果てしなく遠い所にいる。あそこまでソウルジェムを運ぶ事はできない。見上げるほど遠い所だ。投げて届くだろうか。途中で彼女たちが妨害するかもしれない。
 様々な気持ちが、マミを一瞬だけ躊躇させる。

 それでも──、孤門たちを、そして、自分を──信じ、祈る。

「────コネクト!!」

 マミは、その光に向けて杏子のソウルジェムを投げた。──マミの手から遠ざかっていく、杏子のソウルジェムは、確かに収束していこうとする光に近づいていった。
 遠く、マミの視界でこの光の中で消えていく杏子のソウルジェム。──マミは、まどかは、さやかは、ほむらは、それを見上げていた。

 外の世界に≪コネクト≫しようとする世界へ、──。

「届いて……っ!」

 真っ赤なそれが、光と重なって、可視できなくなってしまう。
 光は閉ざされていく。
 光が収束して、孤門と美希の身体が、レーテの外に帰っていくのであった。
 その光はマミにとっても出口に違いなかったが、ああして杏子がこの中を彷徨ってしまっていれば、彼女は本当に、永久にこの闇の中に閉ざされてしまったのだ。

 そして、杏子のソウルジェムが、孤門と美希たちのもとで元の世界に導かれる。
 ──杏子のソウルジェムの濁りが本当に消えたのかは確認できなかった。

『……それでいいんだよ、マミさん……わかってた、杏子ちゃんを救ってくれるって』

 ──まどかは言った。

 こうして、“円環の理”以外の存在が──「人間の肉体」が、ソウルジェムを助け出してくれる事をどこかで期待していたようにも見えた。
 だから彼女たちは、杏子のソウルジェムが外の世界に──光に向かっていき、浄化されるのを黙って見ていたのだ。
 ここまでが必然だった。

「……彼女は、救われたのね」

 杏子のソウルジェムが、希望の光のもとで、再度浄化された事を、まどかがその笑顔で告げているような気がした。
 そんな姿に拍子抜けしつつも、どこか安心して……マミは、次に自分がここから脱出する方法を考える事にした。

 だが、その時、マミの視界が、霞んだ。
 ──足の下から、頭の上まで登っていく粒子が見えていた。
 それが、自分の身体から湧き出てくる粒子である事に気づいたのは、また次の瞬間だった。

「……これは……」

 ────今度は、マミの身体の方が消滅しようとしていたのである。
 彼女は、何故またこうして自分の身体が粒子に溶けていこうとしているのかわからなかった。
 これも、またこの忘却の海レーテの影響なのだろうか。

 ──こうして、ここで置いていかれてしまったから?
 ──この闇の中で独りで消えていってしまうから?

 その時、視線を落としながら、さやかがその理由を告げた。

『マミさん、……実は、私とマミさんが人間に戻る事が出来たのはね、“円環の理”の……まどかのお陰なんです』

 さやかの言葉を聞いて、更に疑問は深まった。しかし、全く、彼女の言っている事への反発はなく、ただ茫然とした表情で、その言葉を聞いていた。
 その原理を、今度はほむらが更に詳しく解説する。

『そう。あなたたちは、この世界でソウルジェムを完全に穢し、魔女になる条件を満たしてしまった。……でも、既に別の世界のまどかが、“全ての時空、全ての時間、全ての魔法少女を救済する”願いを叶えて、“円環の理”として実行していた……。すると、“絶対に魔法少女を救う円環の理”と“絶対に円環の理の力を弾いてしまう世界”との間で、矛盾が起きる』

『その矛盾を正す為に、世界の中で一つの矯正力が働いたんです。この世界にいた私たちの魔女化は実行されたけど、その後ですぐにこの世界の人間たちの力で自然と救済されるように、世界は都合良く変わっていった……』

『ただ、一日目の夜までの時点ではそうはならなかった。二人は本当に死亡扱いになっていた事からもわかるわ。それが、異世界にも通じている忘却の海レーテが出現したせいで、円環の理の力がこちらに繋がり、魔女の救済が起こらなければならない世界になった為に、遂にさっきの“矛盾”が生まれてしまった』

『矛盾を正したのは、一日目の終了と共に起きた制限解放。これによって、私たちは魔女になる。でも、世界の強制力によって、誰かが私たちを“円環の理”の代わりに救うよう、運命が構築されていった……。私はその後で死んじゃったけど』 

『そして、私たちがレーテの中に来られたのは、呉キリカと繋がった事で、殺し合いの世界に最も近い場所へと辿り着く術を知ったから──』

 彼女たち二人は、巴マミと美樹さやかの魔女化が解除されるのを手伝った力が、プリキュアたちの他にもあった事を説明していた。
 この鹿目まどかのような魔法少女が、どうやら一枚噛んでいたらしい。
 噛み砕くと、“円環の理”がある以上、魔女の力を発動させてはならない──その矛盾が、「この場にいるあらゆる人間の力を借りて、魔女を人間に戻す」という形で発現した、という事である。

『でも、──こうして、会っちゃった以上、私たちは、マミさんを救わなければならない。ううん、たとえマミさんを返したくても、世界がマミさんを勝手に救済させてしまう……』

 まどかが言った。
 それはある意味では死刑宣告に近かったが、しかし、マミの中では、それに対する納得も湧きあがっていた。
 これは、“必然”だ。

『ソウルジェムがなくても人間として動く事が出来たのは、世界が強引に矯正をしていてくれたお陰なんです。本来はありえない事でも、世界はそれを成り立たせる事で矛盾をなくしていました。……だけど、こうして出会ってしまった瞬間、あちらの世界と“円環の理”との間にあった矛盾はなくなり、正しい実行手段が行使されてしまう……』

『だから、あなたはレーテを見た後、しばらくして、自分の心臓部であるリンクルンを自然と手放し、導かれるようにこちらに来てしまった。──ただ、あのままここで杏子のソウルジェムが完全に穢れてしまったら、佐倉杏子も同じ運命を辿る所だったわ……それを救ったのは、巴マミ。あなたよ……』

 ──マミがここに来たのは、“杏子を救う為”ではなく、“自分が消えていく為”だったのだろうか。
 無意思で冷徹な世界が、マミを救済する為に、マミの意思さえも操って、ここに導こうとしていた……それは、消える事以上にショックだった。

 だが、確かに思う。
 自分は、自分の意思でここに来たのだ。それは強がりではない。一也の言葉と、孤門の言葉が背中を押し、自分は、杏子を助ける為にここに来ようとしたのだ。
 そして、確かに杏子を救い出した──それは、確かな事実だ。
 マミがこうして生き返る必然がなければ、杏子の方が死んでいた。

「……そう」

 マミは、自らの中に少しでも湧いたショックを押し込めた。
 しかし、こうして終わるのも、最初から決まっていた事だとしても──マミ自身は前に進む事が出来た。
 共に、絆を繋げた一人になれた。

『ごめんね、マミさん……』

 マミはまだ戦いたいのだろうと、まどかは思う。
 だが、マミは、外にいる仲間たちを信じている。──だから、もう必要はないと思った。

「ううん、私たちの絆は、ああして繋がった。……それをこうして見届ける事が出来た。それで満足よ」

 マミは、忘却の海レーテの中で、円環の理のもとへ歩いていった。
 この世界に、仲間ができてよかった。
 そして、これから行く先にも仲間はいる。

 彼女たちは、マミを優しく迎え入れようとしている。

 そうだ、もう一人ぼっちじゃない。



 ────もう、何も恐くない。



 そう思った時、マミの最後の気持ちが、レーテ全体に伝わり、レーテに蓄積された人々の恐怖のエネルギーを完全に消し去った。
 レーテは、その姿を維持できなくなり、元の世界で倒壊していく。
 この恐怖の世界も消え、巴マミは、またどこか次の世界へと旅立っていった──。



【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ 救済】
【忘却の海レーテ@ウルトラマンネクサス 崩壊】

【孤門一輝@ウルトラマンネクサス 帰還】
【蒼乃美希@フレッシュプリキュア! 帰還】
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ 帰還】

【残り11人】






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最終更新:2015年07月13日 21:45