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鶴田内閣

鶴田内閣(つるたないかく)は、第36代内閣総理大臣の鶴田正弘(共和党総裁)による内閣。
成立年 1955年5月
辞職年 1957年6月
与党 共和党
前内閣 渡辺内閣
後内閣 遠山内閣
実施選挙 第18回衆議院総選挙、第4回参議院通常選挙

概説

鶴田内閣は、1955年5月の第17回衆議院総選挙で、鶴田正弘(共和党総裁)率いる共和党が勝利したことで発足した内閣。共和党にとっては、初の組閣となり、これより続く55年体制の礎となった。
内閣は、インフラ通と称される鶴田の政治手腕なだけあって運輸三法改正などをはじめとする大胆な政治主導による政策実現が目立った。一方では、社会党と足並みをそろえた堅実な政権運営でも注目を集めた。1955年には鉄道法航空法高速道路法をそれぞれ改正し、翌1956年には新幹線法の成立による新幹線計画を推し進めた。また、1956年12月には国際航空機輸入協定の締結などを強引に推し進めるため、ライバル派閥の長であった商工大臣の村上謙吾と党幹事長の杉浦静を強引に交換する世紀の交代劇を披露した。

閣僚名簿

内閣総理大臣 鶴田正弘 保守研
大蔵大臣 多田信勝 同志会
外務大臣 遠山昇 初入閣
商工大臣 村上謙吾 交代(政策転換) 同志会
杉浦静 交代(政策転換) 保守研 1956.12~
建設大臣
文部大臣 赤城勇作
自治大臣
農林大臣 糸原幸喜 初入閣(史上最年少)
運輸大臣 原慎太 民間から入閣 民間
総務大臣 白石大吾 初入閣
厚生労働大臣 浅岡夢二
内閣官房長官

政務次官

大蔵政務次官 伊藤万次郎
外務政務次官
商工政務次官 太田陽一 1956年3月辞任
建設政務次官
文部政務次官
自治政務次官
農林政務次官
運輸政務次官
総務政務次官
厚生労働政務次官

首相補佐官

石原幸一 経済資本政策

首相秘書官

最終更新:2026年10月20日 20:21