陸軍予科士官学校『
経済学教程』(昭和十九年印刷)全文
教育総監部編纂 (昭十八、五、二七教庶第二〇二七号)
経済学教程 全
陸軍予科士官学校用
経済学教程目次
序説 経済学修習の目的
第一章 皇国経済の本義
第一節 皇国経済の理念
第二節 皇国民の経済の道
第三節 皇国経済の具現
第二章 戦力の増強
第一節 皇国総力戦
第二節 総力戦と経済との関係
第三節 経済戦力の諸要素
一、労働力の量及質
二、物的資源・原料並にその自給力
三、生産技術
四、経済の発展段階
五、交通輸送力
六、経済組織力
七、経済力の地理的条件
八、過去の蓄積並に将来の生産力増加
第四節 経済戦力の増強
第三章 経済戦力増強の諸方策
第一節 資金統制
一、財政
二、租税
三、公債
四、国民貯蓄増強
五、資金運用の統制
六、金融の再編成
七、財政金融の一体化
第二節 物資統制
一、物動計画
二、生産統制
三、交易統制
四、配給統制
五、消費統制
六、物資の回収・収用及譲渡
七、物資の保有・管理
第三節 労務統制
一、労務動員の強化
二、労務環境の適正化
三、勤労報国精神の昂揚
第四節 企業統制
一、企業設備の動員
二、企業の整備
三、企業形態の統制
四、企業経営の統制
第五節 生産技術の統制
第六節 輸送力の増強
一、海上輸送力の統制
二、陸上輸送力の統制
第七節 電力の国家管理
第八節 産業体制の再編制
一、産業団体の統制
二、産業統制の重点化
三、皇国農村の確立
四、企業整備の強化
第九節 生活統制
第十章 物価統制
第十一節 大東亜共栄経済圏の建設
昭和十九年印刷
経済学教程
序説 経済学修習の目的
現代総力戦に於て経済の意義は極めて重要である。現代戦に於ても武力が戦争遂行の骨幹として指導的地位にある事は変りはないが而も一面に於て政治・経済・思想・其他の諸力が戦争の勝敗に重大なる影響を及ぼすことも亦疑のない所である。之が為戦争遂行に直接参興する軍人も武力以外の諸力特に現代戦の物的基礎を興えるものとして重要なる経済に関する正しい認識を持たねばならぬ。
抑々我国の経済は我が国体に淵源し、皇国民の経済の営みは総て大業を輔翼し奉る臣道の実践に外ならない。我国民が其職域の如何を問わず、皇国経済観の体得を必要とする所以である。
将来将校として軍の楨幹たり、臣民の模範たるべきもの須く皇国経済道の他国に優越する所以を適確に認識すると共に戦力の重要要素たる経済について基礎的知識を涵養することが大事である。本校に於て経済学を修得する目的も茲に存するのである。
第一章 皇国経済の本義
第一節 皇国経済の理念
皇国経済は万邦に冠絶する我国体に淵源し、皇国無窮の生成発展の為の大御心に基く大業であり、臣民の慶福の倚るところである。それは富の創造に関る国の営みであり、皇威の発揚、皇国の隆昌の物的基底を形成するものであって、個人の物的欲望充足の為の活動の連関総和ではない。
畏くも国の肇めに当り 皇祖は御親ら国に生業を授け給い、経済が国の大業に属すことを示し給うとともに、皇国経済の道をも御諭し遊ばされたのである。
我が高天原に御す 齋庭の穂を以て亦我が児に御せまつるべし
右の御神勅に皇国経済の在り方、営み方の根本を昭かに拝し得るのであって、古来我国の経済は根底に於てかかる理念に依り一貫して営まれて来たのである。
御歴代の 天皇は常に国の経済に御軫念あらせられ、屡々聖諭を下し、産業の奨励、国富の増進、臣民の慶福に大御心を注がせ給い、臣民亦よく聖旨を奉体して、その生業に於て分に応じ分を尽してひたすらに大君に仕え奉ったのである。皇国経済の本義は真に皇祖の御精神を紹述し給う 天皇の国土御経営に外ならず、臣民はひたすらに 天皇に帰一し奉り、大御心を奉体して生業にいそしみ、奉公の誠を致し、茲に直ちに道義と一体たる至高至善の経済の道が具現するのである。
第二節 皇国民の経済の道
皇国経済は行動の顕現、臣道の実践であって本来道義と一体たるべきものである。皇国民の経済活動は即ち大業を輔翼し奉る臣民が各々その職域に於てひたすらに 天皇の御為に生業に従事し、勤労に励むことである。臣民の道に於て欠くることなき限り、経済活動に本来対立相剋のある筈はなく、公益と相反する私益、或は国家目的と対立する私的利潤の追求の如きは、皇国経済にあっては本質的には起るべきものでなく又生じてはならないのである。我国に於ては、自然も資本も勤労も、ひとしく 天皇にまつろい奉ることを以て唯一の在り方とする。皇国経済の本質を「和の経済」「むすびの経済」であると言うのは、かかる土地と物と人が本源的に結びつき、 天皇に帰一し奉る事実を意味して居るものである。
皇国臣民たるもの各々その本分を深く自覚して、その分に応じ分に従い創意と工夫をめぐらして勤労に励み、輔翼者たるの実を完うしなければならぬ。
皇国経済観の確立 現実の経済活動には自由主義功利主義的経済観の浸潤があり皇国経済観を確立する為には之等の残滓を速かに一掃することが緊要である。以下簡単にかかる経済観を批判して以て皇国経済の絶対的優秀性を明徴ならしむることとする。自由主義的経済観に於ては、経済とは人が商品生産に於て取結ぶ社会関係であるとされ、個人は自己の物質的欲望をひたすらに追求し、純粋に営利打算の上に立って功利的に行動する経済人として観念される。而して経済人が何等の制約もなく利潤追求を唯一の目標として自由競争するところ、自から「見えざる手」の導きに依って経済の均衡的発展が齎らされ、個人の富も殖え従って又社会・国家の富も増大すると考えられたのである。かかる経済観は自由主義的個人主義世界観を基調とするもので、近代資本主義経済はこの上に開花し、又その発展はかかる経済観を基礎づけるものであった。資本主義経済は自らの論理に依って独占資本主義に転化し、私的利潤の追求の為には何物をも犠牲とするその反道義的超国家的性格は、国家の発展を阻害し存立を危殆に導くのは当然である。抑々経済活動はそれ自体に固有な存在の場を有つものでなく、国民生活を存在の場とし、純粋な経済人に依って営まれるのではなく、常に具体の国民に依って営まれるのである。即ち現実に存在するものは常に具体的なる国民経済である。さればかかる国々に於ても経済の混乱と危機に直面しては、之が救済手段として強力なる国家権力が要請せられ、自由主義経済は歴史に依って自ら否定せられ正反対の統制経済に転化したのである。次に統制経済を主張するナチス的経済観について一言する。ナチス的経済観にあっては経済はそれ自体も目的ではなくして国家統一の最高理念たる民族に奉仕する手段に過ぎないと考えられる。而して経済は私的利潤追求を本来的性格とするが故に之を自由に放任することは民族の目的と相反し対立する結果となる。従って民族強化を目的として強力なる政治力を以て経済を民族の為に奉仕如く統制せねばならぬ。乃ち「政治は経済に優位す」る。乃ちナチス的経済観に於ては経済の上位に民族を置くことに依って自由主義的経済観を克服せんとして居るのである。之に於ても経済は政治力に依り統制され、私益を犠牲にして初めて国家目的と調和し得るに過ぎず、経済の本来の道義性を確立することは出来ないのであって、功利的経済観と根底に於て止揚するものではない。而してこの事実は結局に於て経済の営まれる地盤たる国家の本質そのものの価値道義性の相違にあるので皇国に於てのみ真に道義と一体たる経済観は確立され又具現され得るのである。我国に於て本来経済は皇道の顕現であり、国民の経済活動はすべて大道を輔翼し奉る臣道の実践に外ならない。茲に於てのみ初めて国家の創造的活動と内面的に一体たる至高至善の経済は存し得るのである。自由主義的経済観の真の超克は唯皇国経済観に徹し、之を具現することに依ってのみ達成せられるのである。
第三節 皇国経済の具現
我国経済が肇国以来本質的には皇道に即して営まれたことは事実であるが、現実の経済は未だその完全なる顕現とは言い得ない。之が具現の為には皇国経済観の確立と共に、皇国経済の道が具体の経済機構、運営のすみずみに迄実現され得る如く国民経済を再編成し、之を妨げる諸要因を芟除する事が必要である。
近代の我国民経済の急速なる発展は明治維新に始まる。当時海外諸国は既に産業革命を経過し、経済力は量質共にめざましい発達を遂げて居り、我国はその包囲攻勢の下に置かれて来た。東亜の諸民族は之等資本主義諸国の侵略の対象となって植民地化されつつあり、我国は之等の圧迫より自らを防衛し国家の生存と繁栄を計る為、その物的基底たる経済力を急速に強化せねばならぬ状態にあった。乃ち我国の経済は当時より既に意識的に国防経済であったのである。明治以降政府の採った産業政策は、外国の近代的生産様式の長所を取入れ、産業に手厚い保護と指導を興え、産業組織の整備と特に国防生産力の飛躍的拡張を期したものである。国を挙げての経済力の増強はよく短期間に驚くべき成果を見、日清・日露・両戦役に貢献する所が少くなかった。第一次欧州大戦後我国の経済力は更に飛躍的に発展を遂げ、名実共に世界の強国となった。併し乍ら内容的に見ると我国の経済は兵器生産を主とする一部重工業並びに紡績業を中心とする軽工業の高度なる発展の反面に、重・化学工業特に鉄鋼業・工作機械工業の基礎産業の確立を欠き且、米英等の資源・原料・技術・資本に依存すると云う弱点を包蔵して居たのである。而も近代的生産様式の採用を伴う経済機構の再編成・経済の対外依存は同時に自由主義的功利主義的経済観の侵入を齎らし、皇国経済観は之が為明徴を害われることが尠くなかった。世界経済の深刻なる行詰り、国際情勢の緊迫に伴い、特に満州事変以来国体の自覚が深められ、経済の領域に於ても功利的個人主義的経済観を払拭して皇国経済観を確立具現することの急務が痛感せられた。支那事変以後、事変処理の為、将来の米英との決戦の為に、高度国防経済体制の確立乃ち軍備の充実・重、化学工業の生産拡充に国の総力が傾注されたが、而も之は経済的には米英に依存して達成せられると云う深刻なる矛盾を持って居た。米英が通商条約の破棄、工作機械、屑鉄、石油の輸出禁止を敢てし経済断交に依って我国を屈服せしめんとしたのは之が為である。大東亜戦争は道義に基く東亜の新秩序建設を目標とする聖戦である。我国経済の英米依存を一掃し、我国防圏内に自主的道義的経済圏を建設し、皇国国是発揚の不動の基礎を固める事は大東亜戦争下の緊急の要請である。
対立と相剋・弱肉強食の世界経済の混沌たる無秩序無道義性は功利的自由主義経済の必然的結果であって、皇国経済のみが真に道義に基く経済を歴史的現実の世界に実現し得る唯一無二のものである。大東亜戦争は、之を実現し得る基礎を確立したものであって、大東亜共栄経済圏の建設は皇国経済の大東亜への顕現に外ならない。
皇威あまねく中外に光被する時に於て、世界は混沌たる形相より脱却し、我国に於て具現せられつつある経済の道はそのまま直ちに世界経済の道となり、永遠の秩序と繁栄を齎らし得るのである。
第二章 戦力の増強
第一節 皇国総力戦
現代戦は総力戦であり、その形態も従来の戦争の如き国家の一部の力を動員するものではない。国家の人的物的総力を傾注し、あらゆる方法を以て戦われる。乃ち武力を根幹として、政治力、思想力、科学技術力、経済力等国家の総合諸力をあげて戦争目的に集中して行われる激烈なる全面的戦争である。従って之等の諸力があらゆる方面から相互に組織・統合せられ、戦力化されるにあらざれば、総力戦の遂行は不可能である。総力戦体制の確立が急務とされる所以である。
当面の大東亜戦争は皇道に即した総力戦であり、 天皇の御稜威にまつろわぬ米英を撃攘して皇道に基く道義的世界新秩序を形成し万邦をして各々その処を得せしむることを目標とする。国家の諸力ことごとく本源的に、 天皇に帰一し奉ることを唯一の在り方とする皇戦に於てのみ、初めて本質的意義に於て総力戦たり得るのである。大東亜戦争は正しくこの事実を歴史的現実の世界に於て具現化して居るものである。
第二節 総力戦と経済の関係
経済力は総力戦に於て重要なる戦力構成要素である。戦争遂行の為には国の経済力を以て武力を裏付けることが必要であり、又その役割が異常に増大した点に於て従来戦と著しい相違がある。従来戦に於ては物的戦力は主として貯蔵軍備と一部軍需工場に依存し、戦争経済の主目標は貨幣的戦費の調達にあった。現代総力戦に於ては、国の生産力が戦争遂行に直接且全面的に関係し、経済力の強弱が戦局に至大の影響を及ぼすのである。経済の役割の増大は各種の原因から戦争形態が高度化し、軍需資材の消耗が極めて巨大且急速となり、従って国家の一切の経済力を最も効率高く、合目的的に戦争に動員集中することを不可欠とするに至ったことに基くのである。而も戦争形態の高度化に依り、消費財生産よりも生産財生産が一層重要なる意義を持つ点に於て、経済力の現代戦に於ける役割は増大し、武力と経済との関係は更に緊密となり、一体化されねばならぬのである。蓋し現代戦の国民経済に於て生産財生産は理論的にも歴史的にも一国経済力の基礎をなすが故である。
従って自国経済力の増強と共に敵国経済抗戦力を弱体化せしむる必要が戦争遂行にとって切実なる要件となり、経済戦略が総力戦略の重要なる一環となるのである。併し乍ら右の事由により、総力戦を国の経済力の抗争と看做し、或は戦争を経済目的達成の手段に過ぎぬと考える自由主義的資本主義的戦争観が根本的に誤りであることは言う迄もない。総力戦に於ても武力は戦争の決定的要素であり、第一義的直接的手段であることに変りはない。経済力は武力の背景を確保するが故に戦力の一部となるのである。されば現代の総力戦に於ては武力を骨幹として、之と政治力・経済力・思想力等が一体化されて、はじめて戦争の目的を完遂する事が出来るのである。
現代戦の高度化 軍隊の編成装備及び戦法は其の時代の一国の到達した生産の段階及交通組織に依存することが大である。戦争の規模並に激烈さは交戦諸国の工業特に重、化学工業の発展段階に照応する。然るに前世紀半より重工業の発達はそれを基礎として大量の近代的兵器生産を可能ならしめ、戦争様式に一大変革を齎らした。戦争規模の増大と戦争技術、兵器の進歩に伴う尨大な物資消耗は過去の蓄積並に一部兵器工業の動員に依る戦争経済の運営を困難ならしめ、国家の経済総力を挙げて戦力化し急速に戦争遂行に集中せしむる戦争経済体制の確立を要請する。
蓋し現代戦は動員兵力の増大と軍隊装備の機械化、動力化に依って必然的に物資消耗戦資材戦となるからである。而も機械化軍隊の資材は高度の技術的製品であるから、現代戦は驚くべき多種多様な資材と高度の技術的加工を必要とする。技術的資材の供給は工業生産の高度化に依って可能となるが、一面に於て兵器の特殊的性質の減少と兵器と一般工業品の生産方法の接近した結果「生産の軍事的同化」が可能となったことに基く。従って経済は今や単なる軍需品生産の基礎たるに止らない。経済は戦線を支える一つの強力なる支柱であり、武力を不断に創出し得る広範なる地盤である。又同時に後方活動の枢軸であり、銃後耐久力の物的条件たるの重大任務を負荷されているのであある。
第三節 経済戦力の諸要素
経済力が総力戦に於て重要なる地位を占めることは前述の如くである。戦力としての経済力の中心をなすものは究極するところ国民経済の生産力である。即ち戦争遂行の為に巨大なる物資が消耗せられ、その結果国民経済の生産循環過程から一時的には物的生産力が喪われるにも拘らず、然も国防生産力が減退せずして戦力を不断に創出し得るや否やにある。国民経済の生産力を規定し従って経済戦力の指標となる諸要素は一般に、(一)労働力の量及び質、(二)物的資源・原料並にその自給力、(三)生産技術、(四)経済の発展段階、(五)交通輸送力、(六)経済組織力、(七)経済力の地理的条件、(八)過去の生産力の蓄積並に将来の生産力の増加等である。
国民労働力と物的資源とは生産力の基本的素材であり、両者が結合されて原料並に各種の機械其他の生産設備が創造される。之等は何れも素材として潜在的生産力で、生産技術・企業・経営・金融力・輸送力・国家統制力等の組織力に依り結集せられて初めて現実の生産力となる。即ち一定の生産素材も組織の仕方如何に依り異なった大さの生産力が創出されるのであり、従って組織力も亦それ自体生産力の要素である。
経済戦力を構成する之等の諸要素は、各々が強化せられると共に、有機的に総合組織せられて始めて現実の戦力となる。而して根底に於て経済戦力を規定するものは、経済の強度即ち経済の営まれる地盤たる国家構造の強靭性の如何である。
一、労働力の量及質
勤労は生産の本源である。従って労働力の量並に質は経済戦力を根本的に規定する。戦争経済に於て、国の良質なる中堅労働力が大量に直接戦線に動員せられ、その不足は量質共に増大するに拘らず、現代戦は益々大量且優秀なる労働力を必要とする。之が為、労働力の動員並に培養、育成と質的向上は経済戦力増強の不可欠の要件である。而して労働力の増強は究極するところ労働力の主体たる国民の資質・錬成に帰するのである。
二、 物的資源・原料並にその自給力
物的資源の存在量は国の経済力を潜在的にではあるが、根本的に制約する。特に現代戦に於て資源・原料を平時的通商関係に於て取得することは不可能であるが故に、資源領域を国防圏内に設定確保することは、総力戦遂行の絶対的要件である。而して重要資源・原料の持久力を増大することの必要は言う迄もないが、之を軍需・国民生活必需物資に転化し現実の戦力として発現せしむる為には一定の生産力の発達を必要とする。
現代戦は高度に発展せる経済力を地盤として戦われるが故に、総力戦遂行に不可欠の資源・原料は主として重・化学工業生産の基礎的原料で、之等を一般に戦略資源と謂う。国の経済戦力を左右する戦略資源として特に重要なものは、鉄、石炭、石油、電力、銅、マンガン、ニッケル、クローム、モリブデン、タングステン、マグネシューム、鉛、亜鉛、アンチモニー、錫、水銀、アルミニューム、硝酸塩燐酸塩、加里塩、工業塩、硫黄、ゴム、雲母、羊毛、綿花、生活必需食糧品等である。
資源の意義はその国の経済そのものの性質や、経済の発展段階、特に技術、或はその国際関係に置かれたる地位や情勢によって異る。
現段階に於て戦力増強の為に特に緊急度の高いものは鉄、石炭、アルミニュームである。
三、生産技術
生産技術は労働力、原料、生産設備等の生産素材を組織する力として、それ自体生産力の要素である 。科学は技術に依り生産に媒介せられ、之によって近代生産の高度化は達成せられる。
敵に優越する兵器の生産、又その兵器生産を可能にする高度の精密機械の生産も技術の高度化に基くのである。総力戦は軍需資財の大量生産と精密度の向上を絶対条件とし、之は基礎産業の生産技術の高度化と限られたる生産要素より極大の生産力を創出せしむる生産技術の向上を前提とする。従って技術の重要度は愈々大となる。大東亜の資源環境・経済の発展段階の上に立って、我国生産技術の自主性を確保し、その水準を飛躍的に高めることは当面の急務である。
大軍の機械化、動力化の為にはその装備に莫大なる経費を要し、又それの補充の為には一般工業の技術水準の高度化を前提とする。現代戦遂行の物質的条件として、(一)鉄鋼業の確立、(二)機械工業特に精密工作機械工業の確立、(三)化学工業の確立、(四)鉄鉱石の供給確保、(五)石炭の供給確保が挙げられるのは之が為である。
四、経済の発展段階
経済戦力の強弱は一国の経済構成、経済の発展段階に依存する所極めて大である。即ち産業部門間の均衡性、農業と工業との比重、重工業と軽工業との比率、資本、原料、技術の海外依存度、生産並に資本の集中集積の度、経済の技術的構成、技術水準、軍需工場の確立の程度、産業の戦時動員転換の準備、速度、規模等は経済戦力測定の重要指標である。従って平時より之等の点に関し、国家的見地より経済を整備し経済戦力を増強する事が必要であり、近時総力戦経済体制の確立が強く要請され又戦時と平時との概念上の区分が失われるに至った所以である。
五、交通輸送力
輸送力は一面に於て軍隊、軍需品の輸送手段として直接の戦力構成要素であるが、経済的に見ても莫大なる物資交流を可能ならしめ、各種生産要素を現実の生産力に転化結集せしむる組織力として、重要なる生産力の構成要素である。即ち資源は輸送力に依り媒介せられて生産の原料となり、労働力、原料は向上に輸送されて始めて生産力に転化され、又軍需資財は戦場に運ばれて現実の戦力となるのである。特に兵站補給能力が戦局の帰趨に至大の関連を有し戦争経済の運営が作戦即応の機動性を強く要求されるに従って、輸送力増強の重要度は益々大となる。
六、経済組織力
経済戦力決定要因として現在特に重要なるものは、個別企業又は一部産業部門内の組織力ではなく、国民経済全般の組織力である。国民経済組織力は国民経済の各種企業、並に産業部門を有機的統一体として総合的に結びつけ、運営せしむる最高の組織力である。即ち労働力、原材料、資金、生産設備、輸送力等の生産諸要素を各企業に配分し、企業の生産力を総合し、最大の経済戦力を現実に発現せしむる国家の経済統制力である。而して国家の統制力が有効且強力なる為には、統制される経済そのものが強化され、高度化されて居らねばならぬ。従来に於ても国家の統制力は主として財政的金融的手段を通じ間接に経済を指導して来たが、戦争経済に於ける国家統制の特色は間接的手段のみならず、直接的方法を以て強力に行われ、統制力は量・質共に高度化されて来たことである。統制の目的とするところは、国民経済の総力を挙げて戦力化し、戦局に即応せしむることであり、その巧拙、強弱は経済戦力をのみならず戦力を左右する一つの重要要素である。
七、経済力の地理的条件
経済力の地理的条件は、経済的生産性の立場からのみ考慮されるべきではない。防空並に輸送の安全性を顧慮して適正に配置されることが特に必要である。即ち資源の分布・輸送、原料生産地と消費地との関係、各種産業の地域的分布工場の集散、農村と都市との関連等経済力の地理的諸条件が、国防的見地よりも安全性を持っているか否かは、経済戦力測定の重大なる一指標である。
八、過去の蓄積並に将来の生産力の増加
過去に於て蓄積された経済力も亦経済戦力の構成要素である。既存生産設備貯蔵品の利用、遊休死滅設備資材の転用、回収、海外投資の処分等は何れも過去の蓄積生産力に利用に外ならない。併し乍ら之には自ら一定限度があり、特に海外よりの輸入は一般に多くを期待し得ない。
戦争遂行に伴い増加する将来の生産力の意義は現代戦に於て殊に重要である。戦争は決して単なる非生産的物資消耗過程ではない。戦争の為に莫大なる軍需資材が急速に消耗せられ、国民経済の循環過程から生産力を脱落せしむる如くであるが、経済的に見ても之は同時に一面に於て生産設備を拡充し技術を向上せしめ、他面に於て政治力を創造し将来の生産力増加を可能ならしめる。長期戦を常態とする現代戦に於て経済戦力の絶えざる維持増強は戦争遂行の不可欠の条件であり、之戦争即建設が要請される一事由である。
第四節 経済戦力の増強
戦力の増強が国民経済の経済力如何に至大の関係を持っていることは明らかである。
当面の戦争は強大なる生産力を世界に誇る敵米英を撃攘し東亜に永遠の平和を確立するを目標とする雄大なる建設戦で、戦争の形態は決戦に次ぐ決戦を以てする長期の総力戦である。従って敵を圧倒する武力を裏付け戦力を培養する為に経済戦力を急速に且不断に拡充強化することが緊要である。経済力の増強が現在程強く要請される時はない。国家の施策が挙げて生産増強に集中されて居ると云うも過言ではない。
生産の増強は各種生産要素の量、質の向上を計り、之を有機的に合目的的に組織して、最大戦力を長期に汎って創出発現せしむる事に帰すが、究極に於て、之は皇国経済の道が具現し、皇国経済体制が確立されることに依ってのみ初めて完全に達成せられるのである。大東亜戦争は之が確立を阻害して居た従来の我国経済の英米依存を一挙に打破し、自主的生産技術の発展、国民経済の高度化、再編成を齎らし、産業報国精神の昂揚と相俟って、皇国経済の道が完全に具現すべき主体的、客観的条件は急速に成熟しつつある。
我国経済の現実の体制、運営のすべてに皇国経済の道が真に顕現する時に、我国経済は他に冠絶する優秀性と道義性を以て世界経済の中心となるのである。
第三章 経済戦力戦強の諸方策
戦争経済の主眼は国防生産力の増強と国民生活の確保にある。
国防生産力増強の為には特に重、化学工業の生産力拡充に重点が置かれる。而して限られた生産力を以て無限に近い戦争の要求を充足する為には、資金、労働力原材料、生産設備、技術、輸送力、企業体制、経営等の総合的計画的統制を行い、国民経済の生産力を最高度に発揮せしむることが必要である。同時に長期に亙って戦力を維持増強するには、国民生活の確保を不可欠の要件とする。
我国経済統制の特質 我国経済は本来的に国防経済であると言う以前に、根底的に国体に淵源する皇道経済である。企業も勤労も本質的に国家性、道義性を内蔵し、その経営は自ら国家目的と合致すべきものである。
従って皇国経済観が確立されるに応じ国家の統制は一見不要の如くである。併し乍ら現実の国民経済が真に現在要求される国家目的を完全に達成し、企業がその分担する職域を誤りなく遂行するには、その活動を自主的判断にのみ委ね放任することは出来ない。国民経済の凡ての活動を直接戦局の要請に即応する如く指導することが肝要であり、之が為には国家の統制力と統制を実施すべき組織とを必要とする。
戦争経済運営の為国家の統制は必然的に経済に高度の組織性計画性を付与する如く強化され、権威的手段を採るが、統制そのものが目的ではなく、経済力を最も効率よく発現せしむることが目的である。それ故に我国の統制は根底に於て、国民経済をしてその本分を自覚し、自らの創意と責任を最高度に発揮し、大御心のまにまに奉公の誠を致さしむべき指導的建設的体制でなければならぬ。
統制機構の確立は勿論必要であるが、統制される経済そのものを直ちに鞏固にする事が一層根本的である。皇国経済道の確立具現に応じて国家の統制と経済の自主的活動とは渾然一体となるべきものである。
統制法規 国民経済を統制運用する一連の法規を統制経済法と謂う。
国家の統制は之等法規に準拠して実施される。国家総動員法は統制経済法規の枢軸で、国民経済の有形無形の総力を戦争目的に集中発揮せしむる方策を主内容とする。
国家総動員法第一条 本法ニ於テ国家総動員トハ、戦時ニ際シ国防目的達成ノ為、国ノ全力ヲ最モ有効ニ発揮セシムル様、人的物的資源ヲ統制運用スルヲ謂ウ。
国家総動員法に基き多くの統制法規が定められ、之に依り国民経済は統制運用されて居る。
時局の重大化に伴って、生産増強の急速なる実現、特に超重点産業の生産拡充の為、弾力性のある一元的行政措置が要請されるに至る。一般統制法規の一部除外或は不適用を内容とする「戦時行政特例法」「戦時行政職権特例」の実施はこの要請に応ずるものである。併し乍ら之は決して統制の一般的緩和後退を意味するものではなく、戦局の重大性と重点産業の生産増強の緊急性を示すものに外ならない。
経済行政機構の強化 戦時に於ける経済の統制運用は、超重点生産と表裏して機動性を必要とし、従って行政機構の一元化、強力化を要請する。航空機生産を中心とする軍需生産の飛躍的且急速なる増強と国民生活の確保を目的として、新たに軍需省、運輸通信省並に農商省が創設せられた。
軍需省は軍需生産行政の企画と実行運営の一元化、統帥と国務の緊密化を計り、作戦に即応して経済力を機動的に運営し戦力化せしむる機構を確立したもので、之に依り経済戦力の画期的増強が期待せられて居る。
国家の経済計画 国家の経済統制は、経済諸力の適確なる数量的把握と周密なる計画の上に立って初めて総合的計画的に運用され得る。
政府は毎年度、物資動員計画、生産力拡充計画、交通動員計画、国民動員計画、電力動員計画、資金計画、交易計画、生活必需物資動員計画等の基本的国家計画を策定し、之に基いて経済を統制指導し、戦力の増強を計っている。
国家の経済統制が適正に一体運用される為には、統制が国民経済の現実態に即応し、且計画相互の関連、特に物動計画と交通動員、生産力拡充、国民動員、資金動員等の諸計画、或は素材物動と成品物動との完全なる吻合を必要とする。
第一節 資金統制
資金統制は国家の総資金を最も効率的に運用し、最大の戦力を培養発現せしむることを目的とする。
之が為、政府は国家資金計画を定め、国家の総資金が軍需を主内容とする財政資金、緊急産業の増強を目標とする産業資金、国民生活を確保する消費資金の三者に計画的且重点的に配分使用される如く統制して居る。
資金の動員、配分は之を実施する組織が適正に整備せられ、 又他の国家諸計画と緊密に吻合することを必要とする。
一、財政
戦時財政は巨大な戦費を中心内容として、戦争経済運営の基軸となる。財政は資金面を通して経済の生産循環過程の全般を規定し各産業部門に対する生産諸要素の配分関係を定め、従って又戦争の高度化を促進する。従来戦に於ては、戦時財政の中心は貨幣的戦費の調達にあったが、現代戦に於ては、国家資金に依る戦争需要物資の充足を主内容とするが故に、戦争経済に於て資金の役割は相対的には低下する。戦費の貨幣面に於ける主要財源が国民の租税負担力と公債消化力にあることは変わらないが、国家資金の支出は国の現実の生産力によって実質的な限界があるを以て、調達された財政資金が支出されて現実の戦力に転化し得るか否かに戦争財政の中心的課題が存するのである。従って貨幣的戦費は経済戦力を直接間接に促進する方法を以て調達されねばならぬ。消極的には貯蓄増強、公債消化、租税増徴等の方法に依って国民購買力の発現を抑制し、限られた生産力を以て戦争需要を充足することが肝要である。
二、租税
戦争財政に於て財源としての租税の地位は相対的に低下する。併し乍ら租税は国民購買力を最終的に吸収する最も直接的且効果的なる方策で、戦時租税政策の主目的はこの点に置かれると言うことが出来る。勿論租税に依り直接戦費は調達され、又財政の安全性を高めることは言う迄もないが、国民所得を終局的に吸収することに依って、生産力の浪費を防ぎ、悪性インフレーションを阻止し、直接間接に戦力増強を促進するのである。従って戦争財政に於ても租税の地位、特に質的重要度は決して低下するものではない。
インフレーション インフレーションとは通貨の数量と商品再生産との間の一定の均衡が通貨並に信用の膨張に基いて破れ通貨の急激なる価値低下従って物価の激騰を生ずる現象を謂う
三、公債
戦費の最大の財源は公債である。租税の徴収は理論的にも技術的にも一定の限度がある。公債は絶大な国家信用を背景として発行されるもので、国民経済より資金を吸収する事なく、却って国民所得を増大しつつ財政資金を調達し得るものである。従って統制経済に於ては公債の発行並に消化は形式的には無制限の如くであるが、結局に於て生産力の大さに依り限定される。公債発行は一定の限度に於ては経済を刺戟し、生産力を増加せしめるが、国の生産力を無視して如何に多額の公債を発行し之が形式的に消化されても現実の生産増強は起り得ず、従って戦費は戦力となることが出来ないのである。公債の巨額なる発行は通貨、信用を膨張せしめ、通貨と商品再生産との均衡を破り、悪性インフレーションの生起する可能性を増大する。公債発行に伴って増加する購買力が貯蓄、公債消化に向けられず、物資消耗に費やされるならばそれだけ戦費増強は阻害されるのみでなく、悪性インフレーションを現実化する。
之を防止し、公債を完全に消化する為には、通貨、物資、物価の各面より総合的に統制を行うことが必要であり、而してその中心は国民貯蓄の増強である。
四、国民貯蓄増強
国民貯蓄増強の目的は増大する国民購買力を根源に於て吸収し、之を公債消化、生産拡充資金に動員し以て経済戦力増強を確保することにある。
政府は国家資金動員計画を定め、各種の施策を講じ、国民貯蓄の増加目標を示して国を挙げて計画的に之が達成に努めて居る。貯蓄増加は戦力拡充の重要な基礎であり従って物的生活を最低限に切下げ、消費を節約して、所得を貯蓄に振向けることは国民の責務である。併し乍ら巨額な貯蓄を国民の自覚に基く自発的方法にのみ俟つことは出来ない。之が為各種金融組織を動員し、貯蓄組合の結成、俸給賞与の天引き貯蓄、公債交付、公債、長期預金の優遇、郵便貯金の限度引上、小額債券の発行、公債の割当保有、代金支払の公債化、貯蓄化等各般の措置、奨励策が採られて居る。而して国民生活の安定と信用の確保は貯蓄増強の前提要件で、之についても万全の施策が実施せられねばならぬ。
五、資金運用の統制
蓄積された資金は経済戦力増強の目的に最も効率的に運用される如く統制される。即ち消極的には不急不用用途に資金が使用せられない様に、積極的には緊急必要な産業に安価、豊富な資金が供給せられる如く統制される。政府は資金配分計画を定め臨時資金調整法、銀行等資金運用令、会社経理統制令等に依り、金融機関、産業の協力の下に、事業資金を統制し、資金需給の計画的、重点的調整を行い、又低金利政策を堅持し、起債の計画化、株価の安定を計り、以て公債の消化と緊急産業資金の円滑なる供給を期して居る。
六、金融の再編成
資金の効率運用効率を高度化する為には金利の性格を適正にし、金融組織を整備することが必要である。之が達成の為には金融の国家的性格の確立、政府と日本銀行の一体化、金融機関の組織化、特殊金融機関の整備、有価証券取引の適正化、対外金融機構の確立等を必要とする。
(一) 金融の国家的性格の確立
金融は戦力増強を中心目標として、営利打算的色彩を払拭し、生産的性格を確立する事が必要である。従来の我国の金融は商業金融的性格が濃厚であったが、現時に於ては、戦力に至大の関係を有つ重、化学工業等軍需産業への長期の産業金融が重点となり、資金は国家的生産的見地より運用されねばならぬ。
(二) 日本銀行の改組
戦争経済に於て日本銀行の最大機能は通貨創出、公債引受けに依る戦費の調達である。日本銀行が政府と一体となり、我国金融機関の中枢として通貨調節、資金調整、信用の保持育成に当ると共に、進んで大東亜共栄圏金融の中心機関となる為には、その体制を整備強化する事が必要である。之が為政府は日本銀行の組織を特殊法人に改組し、銀行券の発行を金本位兌換制より名実共に解放して完全なる通貨管理制を採用し、且銀行業務の内容を拡張して積極的に産業金融の調整、市場操作、信用維持等を為し得る如く強化し、又国内外の為替資金の運用も同行に一元化して、以て日本銀行をして我国のみならず共栄圏金融の中核機関たるの基礎を具備せしめたのである。
(三) 金融統制会
金融統制会成立の目的は、我国金融機関を政府、日本銀行を中核として求心的に結合し、金融機能の総合的発揮を計り、金融国策の立案遂行に協力せしむることにある。
(四)戦時金融金庫
戦時金融金庫の設立は、緊急産業の生産力拡充、産業再編成の為必要なる資金であって他の金融機関より供給を受けることの困難なるものを供給し、併せて有価証券の市価安定を図ることを目的とする。従来かかる資金は主として日本興業銀行等の命令融資により供給されて来たが、資金需要の急激なる増大とその性格の特殊性に即応して特別の金融機関を設立し、国家の要請に基いて生産設備を急速に拡充する企業、将来の為に未動遊休設備を保有するもの、或は事業の整備を為すもの等に対して、安価な資金を円滑に融通若くは投資せしむることとなった。
(五)南方開発金庫
戦争即建設の方針の下に政府は南方資源の開発利用に必要なる資金を潤沢に供給し、又南方地域の通貨、金融政策の適切なる運営を期する為、南方開発金庫を設立した。本金庫は差当りは臨時軍事費特別会計から軍票資金の貸付を受け、銀行券の発行、投資、融資、或は預金の受入、現地通貨と軍票の交換、為替の売買等広汎なる業務を行っている。
(六)大東亜共栄金融圏の確立
我国を中核として大東亜全域の総合経済戦力を増強する為には、共栄圏内資金を一元的に計画的に調整する金融体制が整備確立されねばならぬ。大東亜の金融は戦争と共に従来の英米準拠の対外経済体制を急速に脱却し、日本円を基準とする自主的換算率を採用し、各地域の通貨は円貨に急進的に結合せられて、東亜全域の物資交流は円貨を以て東京に於て総合的に決済される方式が確立された。かくして我国を中核とする大東亜金融圏の完成は著々と具体化されて居る。
七、財政金融の一体化
国の総資金は戦力増強を目標として、財政資金、産業資金、国民消費資金に意識的計画的に動員配分せられる。従って国家の資金統制と金融機関の自主的統制は高次の段階に於て一体化せられ、物資、労働力、輸送力の動員と緊密に連関せられねばならない。財政金融の一体化とは結局に於て国家の経済諸力を国家の総資金の面に於て表現把握し、之を国家目的に従って統制運用するの謂である。之が達成の為には政府、金融機関、産業諸団体の緊密なる連繋と協力が大事である事は言う迄もないが、根柢に於て金融自体の性格を明徴にし、金融諸機関が各自の職分を自覚して積極的に職域に奉公する事が最も肝要である。
第二節 物資統制
戦争経済に於ける物資統制の主眼は増大する緊急物資の需要に対して必然的に不足する供給を重点的に総合調整し、経済戦力の増強を確保することにある。
従って積極的に生産の拡充を計ると共に、限られたる物資を緊急部面に優先的に配分し、不急不用の需要を徹底的に抑制する事が必要である。之が為には適確なる物資動員計画を策定し、之に基いて物資の生産、交易、配給、回収、保管等が一元的に計画的に統制せられねばならぬ。
一、物動計画
物動計画は戦争経済にあって国家計画の根幹で、戦争経済の運営はこの内に集中的に表現せられる。現在の物資動員計画は我国を中心とする大東亜全域の物資供給力を予測し、之を戦争目的に従って計画的に動員配分するもので、交通動員、交易、生産力拡充計画と表裏一体のものである。軍需を主内容とする戦争物資は供給力を超えて殆んど無制限に増大するものであるが故に、限られた物資供給力を戦局の緊要度に基いて優先順位を定め、重点的に且機動的に適正配分する事が必要である。軍需の優先順位は直接戦力増強の見地から軍需を第一義とする事は当然である。同時に戦力を長期に亙って培養増強する為に、戦力に直接関係を持つ重要産業の生産を不断に増強すること並に国民生活の最低限を確保することが特に重要であり、両者の需要についても物資は優先的に確保されねばならぬ。而して物動計画の円滑なる実施は輸送力との吻合、配給統制、消費統制の確立を要件とする。
大東亜の重要物資は物動計画により重点的に動員配分せられて最高度の利用効率を挙げ、経済戦力の拡充従って戦力の増強に貢献し得るのである。
二、生産統制
物資の生産統制は二つの面を持っている。即ち一面に於て各種事業法の制定、国策会社の設立、生産諸要素の優先配分等の奨励策を講じて重要物資の重点的増産を計り、他面に於て戦力増強に直接関係の少い不急物資の生産を徹底的に抑制禁止することである。而して規格の統一、生産品種の単純化は積極的にも消極的にも増産に寄与すること極めて大である。
関連法規 兵器等製造事業法、重要鉱物増産法、製鉄事業法、軽金属製造事業法、石油業法、人造石油製造事業法、工作機械製造事業法、航空機製造事業法、有機合成事業法、重要機械製造事業法、工作機械製事業法、造船事業法、
帝国鉱業株式会社法、日本製鉄株式会社法、帝国燃料興業株式会社法、帝国石油株式会社法、日本発送電株式会社法、
国家総動員法(八条)物資統制令、電力調整令、
輸出入品等臨時措置法(二条)、軍需会社法、
三、交易統制
大東亜圏内物資を戦力増強の一点に動員集中し、最高度の利用率を発揮する為には国内物資交易を我国を中核として高度に計画化する事が必要である。従来日、満、華間には物動及交易計画に基いて一体的計画交易が行われて来たが、更に之を東亜全域に拡大せねばならぬ。既に仏印、泰国等とは緊密なる通商協定に基き計画的物資交易が行われて居る。南方諸地域との間の交易は暫定的に政府自ら政府資金を以て現地物資の買入れを行い之を内地に輸送し、逆に国内物資も同様の方法に依り現地に輸出する方式を採用して、之が実施機関として交易営団が設立せられている。而して従来の貿易企業を再編整備して、政府、交易営団、交易業者の一体的活動により我国を中核とする大東亜総合交易体制が着々と実現されつつある。交易統制は同時に物動、輸送力と吻合し、且之を裏付づける金融体制並に産業体制の確立に依って初めて全きを得るのである。
関連法規 国家総動員法(九条)交易営団法、貿易統制令
共栄圏交易と世界交易 大東亜共栄圏交易は高度の道義性に立脚し、大東亜全域の共栄の為我国を中核とする物資の総合的計画的交流を計るものである。更に将来は共栄圏内のみならず、独伊を中心とする欧州広域経済圏其他の経済圏とも計画的交易を行い、世界交易新体制の一環として中核的地位を占むべきものである。
四、配給統制
生産され、交易された物資は経済戦力の増強を目標として重点的に統制配分される。之を実施する為には、価格による自動的調整を排除し、国の計画に基いて意識的計画的に配分する配給機構の確立が必要であり、従来の配給組織は急速に再編整備されねばならぬ。鉄、石炭、石油、電力等の重要物資については全国的共販機構が設立され、其他の物資についても各々の特殊事情に即応した適正配給機構が整備されている。
関連法規 国家総動員法(八条)物資統制令、石炭配給統制法、木材統制法、電力調整令、配電統制令、輸出入品等臨時措置法(二条)
五、消費統制
消費統制は重要物資の利用効率を極大にするために、需要者の物資使用を制限又は禁止することを主内容とする。之に依って生産の諸要素が節約せられ、緊急産業の生産拡充が間接に助成せられる。消費統制は国民生活と関係するところ極めて大であり、之に就ては後述する。
関連法規 国家総動員法(八条)輸出入品等臨時措置法(二条)
六、物資の回収・収用及譲渡
現有物資を最高度に戦力化する為には、現に不急用途に使用せられている設備、材料、或は有休、死蔵せられている物資等を転用、譲渡、回収又は収用して之を緊急物資生産に振向けることが必要である。物資の回収は貴重なる生産の諸要素を直接に節約し得るもので、特に輸送力の逼迫して居る現段階に於てその緊要度は極めて高い。
関連法規 国家総動員法(八条)金属類回収令、総動員物資使用収用令、物資統制令、産業設備営団法
七、物資の保有、管理
物資需給調整を円滑に計画的に遂行する為には物資の予備貯蔵が必要である。之が為、交易営団、食糧営団、倉庫業者、配給機関等に対しては物資の保有、管理が命ぜられて居る。
関連法規 国家総動員法(八条)物資統制令
第三節 労務統制
戦争経済に於ける労務統制の主眼は、量質共に優秀なる労働力を維持培養して、之を緊急部門に重点的に配置し、国家の労働力を最も効率的に発揚せしむる事である。戦時に於ては、国の基幹労務者は大量的に戦線に動員され、国内労働力は一般的には量質共に低下を余儀なくされる。然るに緊急産業の労働力需要は急激に増大し且高度な労働力を要求するが為に、労務需給は必然的に逼迫し、勤労は更に強化される。
かかる情勢に於て全国民の一致団結せる動員態勢を整備し以て人的資源の最高度利用を計る為には、(一)労務動員の強化、(二)労務環境の適正化、(三)勤労報国精神の確立、高揚が急速に実施せられることが必要である。
一、労務動員の強化
限られた労働力を最高度に発揮する為に労務の国家管理を行い、国民動員計画に基き労働力を総合的に且重点的に配分して居る。即ち緊急産業部門、就中生産性の優秀なる企業に労働力を優先的に配置し、反面戦力増強に直接関係の薄い部面の労働力使用を抑制又は禁止する。
之が実行の為に、国民職業指導所を国営に移して労務動員実施の中枢とし、労務統制法規を強化し、之に基いて、国民登録制度の刷新、労務者の使用、傭入、移動の制限、男子就業の制限、禁止、国民徴用制の徹底、国民勤労奉仕の制度化、学徒動員、女子挺身隊の結成、企業整備並に之に伴う転廃業者の職業転換の促進等の労務動員の全面的強化を計っている。
関係法規 国家総動員法、学校卒業者使用制度令、国民労務手帳法、労務調整令、国民徴用令、国民職業能力申告令、医療関係者獣医師職業能力申告令、船員徴用令、医療関係者徴用令、国民勤労報国協力令、重要事業場労務管理令
国民徴用 国民徴用とは国家総動員上必要あるとき国家が一般国民並に特別技能者に対して勤労義務を命ずることであって従事する総動員業務が国の直接行うものであると民間の行うものであると問わない。徴用の範囲は次第に拡張され女子をも徴用し得ることとなって居る。徴兵と徴用の関係は当然前者が優先し徴用の為兵役法の施行が妨げられることはない。併し乍ら国民動員の広汎化に伴い軍動員と産業動員との一体的緊密化を図る事は極めて肝要である。
国民勤労報国協力令 国民勤労報国協力令は従来の勤労奉仕を総合調整しその効率を高め計画的ならしむる為之を法制化したものである。一億国民は之によって組織される勤労奉国隊に参加し戦力増強に挺身するのである。
二、労務環境の適正化
動員せられた労働力を確保し最高能率を発揮せしむる為には、労務行政を強化し、適正なる労務管理を行い、労働力の質的生産性を向上せしむる事が必要である。政府は勤労の国家的意義を強調し、労務配置の適正化、工場事業場に於ける労務諸条件、労務管理の刷新、厚生施設の改善強化、労務者用物資、通勤輸送の確保、賃金制度、就業時間の適正化、技能者養成等について積極的に指導統制し、或は自ら労務者、技能養成機関の拡充強化を計って居る。
而して勤労の創造性を高めるには労務環境を適正ならしむると同時に根柢に於て勤労精神の昂揚を計り、不断に優秀なる労働力が培養創出せられる基礎を確立する事が大事である。
関係法規 国家総動員法(六条七条二十二条)重要事業場労務管理令、工場事業場技能者養成令、学校技能者養成令、賃金統制令、会社経理統制令、国民体力法其他の厚生法規
三、勤労報国精神の昂揚
戦力増強に一億国民更に東亜十億の諸民族が総進軍するとき最も肝要なるものは勤労報国精神の確立である。如何に我が経済の道が本源的に優秀であり、国民の素質が立派であっても之を錬成しなくては到底本然の光輝を発揚することは出来ない。殊に東亜の諸民族に於て技能を高め精神を錬成することの必要は言う迄もない。即ち勤労者が皇国勤労観を体得し、勤労の責務と栄誉を自覚して各々その職場に於て実践することこそ勤労の創造性を高め、真に世界随一の最高能率を発揮する所以である。産業報国会の設立運動は亦正に皇国勤労の道を具現せんとするものに外ならない。
産業報国運動 産業報国運動は我国に於ける勤労の本義は天皇の御統治を翼賛し奉る皇国臣民の臣道実践職域奉公にある。勤労は皇国民の奉仕活動としてその国家性人格性生産性を一体的に高度に具現すべきものとす。従って勤労は皇国に対する皇国民の責務たると共に栄誉たるべきこと各自の職分に於て其能率を最高度に発揮すべきこと秩序に従い服従を重んじ協同して産業の全体的能率を発揮すべきことを全人格の発露として創意自発的たるべきことの勤労精神を具体化し労資一体の産業報国精神を以て全産業を組織せんとするものである。
第四節 企業統制
資金、物資、労務の有機的統一体たる企業の生産性と国家性を最高度に発揮せしむる為には企業体制を整備し、経営を適正化する事が必要である。
企業統制の目標は企業が皇国企業本来の性格を確立し、事故に課さられた職能を自覚的に遂行する事である。
即ち企業経営の根本を資本の増殖に求めず、国家の要請に基く生産の量質の増強を主眼とし、経営も労務も技術もこの目的に集中する事である。
而して之を実践する為の企業体制は、その時の宜しきに従い、各般の特殊事情に基き、最も効率的に右の要請を具現し、高度の生産技術を採用し得る適正な体制を採るべきであって、必ずしも総ての企業を国営とし或は国家管理に移し、又は特殊形態とする必要はない。
現在一般に企業は民営を主とするが、その体制如何に拘らず、企業の国家的責務と光栄を自覚し、国家目的に従い、各々創意と工夫を凝し、技術を高め、闊達熱烈なる起業精神を以て職域に奉公し、企業の生産性を最高度に発揚することが肝要である。我国企業が皇国経済の道を体得、具現する時、真に万邦に冠絶する最高能率を発揮し得るのである。
関係法規 経済新体制確立要綱、軍需会社法、会社経理統制法
軍需会社 軍需会社は兵器、航空機、艦船、工作機械等軍需充足に必要な生産を営む会社であって、国家より直接生産責任を担わしめられ、従業員は全て徴用員の取扱を受けて居る。国家は生産、経営、経理に関し広汎なる命令権を行使する反面、会社の生産責任者に対しては強力なる権限と地位を附与し、従って利潤乃至株主総会に顧慮する事なく又一般法令に対する特例的取扱を認められ、直接国家の要請に依り軍需生産増強に献身し得る措置を講じ以て民間企業の国家性と生産性の調整発揮を計っている。
一、企業設備の動員
企業設備の動員は経済戦力の増強を目的として、必要なる企業設備を国家が直接に管理(企業の業務に関し国家が事業主を指導監督するを謂う)、使用(企業所有は従来の儘としてその運営を国家自ら行うを謂う)収用(企業所有経営も国家が行うを謂う)するもっとも強度な統制様式である。現在主要な軍需工場は国家に依り管理せられ、(管理工場と謂う)亦軍需会社として指定せられ軍需の絶対的確保を計って居る。
関連法規 国家総動員法(十三条)工場事業場管理令、陸海軍工場事業場管理令施行細則、工場事業場使用収用令、土地工作物管理使用収用令、総動員業務事業設備令、軍需品工場事業場検査令、戦時海運管理令、配電統制令、軍需会社法
二、企業の整備
生産力を拡充する為、政府は緊急産業の生産設備の新設拡張又は改良を命じ、或は不急不用産業の新設、拡張を制限、禁止し、若くは企業の合併、譲渡、出資、分離、転用、経営委託、廃止等に関し命令を発し、直接又は間接に企業の整理統合を計画的に行って居る。
関連法規 国家総動員法(十六条)総動員業務事業設備令、企業許可令、企業整備令、配電統制令、金融整備令、臨時資金調整法、産業設備営団法
三、企業形態の統制
企業形態は各種産業の特性に応じ、戦局の要請に即して、国家目的を最も効率的に達成し得る経営形態を持つ如く統制される。従って必要に応じては国営又は国家管理を実施し、或いは軍需会社法による軍需会社、事業法に基く許可会社、特別法による国策会社、金庫、営団、統制会社等各種の形態が存在し、一体となって戦争経済は運営されて居る。
関連法規 兵器等製造事業法其他事業法(前出)日本銀行法、日本製鉄株式会社法、帝国鉱業開発株式会社法、日本発送電株式会社法、帝国燃料興業株式会社法、帝国石油株式会社法、日本通運株式会社法、農地開発営団法、産業設備営団法、住宅営団法、交易営団法、南方開発金庫法、戦時金融金庫法、軍需会社法、統制会社令、
四、企業経営の統制
企業経営の統制は生産増強を目標とする企業経営の刷新強化で、生産、技術、会社経理、労務等企業経営の全面的の適正向上を内容とする。その第一段階は利潤統制である。
利潤の本質は企業の分担する国家目標達成に対して与えられる正当な報償である。然るに資本主義経営は私的利潤の盲目的追及を中心契機として運営せられ、我国の企業経営も従来かかる害毒の影響を受け、皇国企業本来の道義性、国家性が明徴を害われて居たのである。
従って利潤統制の主眼は(一)利潤が質的に国家目的達成に寄与した適正なる報償で(二)量的にその寄与に適応した正常な大さであり(三)その分配が適正であるか否かと言うことである。戦争経済に於て無制限な高利潤を許容する根拠はなく、又それは経済統制を攪拌し、生産力の浪費を招き、経済全般の安定を根柢より危くするものである。併し乍ら各産業、各企業の生産性は一様でなく、従って利潤を一律に直接統制することは、企業を萎縮せしめ生産増強を阻害する惧れがある。中庸生産費制、プール平準価格制、報奨制度の採用は、適確なる原価計算制の基礎の上に立ち且、企業の生産性の相違、各般の特殊事情に即応して、各産業に個別的に適正な利潤を与え、生産増強を刺戟せんとするものである。又国家の緊急なる要請に応じて生産を営む企業に対して、必要なる場合には、二重価格制の採用或は補助金等の交付に依り積極的に適正利潤の形成を保証して居る。
経営統制は利潤の生成を統制するのみならず、更に利潤分配、会社経理の全般の適正化に及び、企業の国家的性格の確立、生産性の高度化を計って居る。
関連法規 国家総動員法(十一条十九条)会社経理統制令、銀行等資金運用令、価格等統制令、軍需品工場事業場検査令、工場事業場管理令
陸軍適正利潤算定要綱 重要軍需工業は軍管理が実施せられ、又軍需品事業場検査令、原価計算原則に基き会計監督が行われて居る。陸軍が適正利潤算定要綱を策定し、軍需調達の適正化を計り直接利潤統制の先駆を為した事は我国統制経済に於ける画期的事実である。
第五節 生産技術の統制
経済戦力の飛躍的増強は生産技術水準の向上に依って達成される。限られた生産諸要素より極大の戦力を創出するものは秀れた生産技術である。
従来我国の科学技術水準は遺憾乍ら欧米諸国に比し一般的には低位にあり、之等諸国の科学技術に依存する事が尠くなかった。今や科学技術を欧米に依存する事は許されず、又その依存を余儀なくされた諸条件は一掃せられた。戦力の急速且飛躍的増強を至上命令とする現段階に於て、科学技術の躍進的振興を計り、大東亜資源環境に基く自主的科学技術を確立するは喫緊の要事である。技術院の創設、官民研究機関の強化等はかかる要請に基くものである。而して科学、技術は生産の現場に於て生産技術として具体化されて初めて生産に役立つものである。科学、技術、産業の三位一体的関係が明確に意識せられ、国民の科学水準の向上、科学、技術者の増強、科学の基礎研究、工業化研究の振興等を計ると共に、その成果が直ちに生産技術として具体的に生産現場に実現し得る如く、又その条件を産業が具備する如く、指導統制されねばならぬ。
従って技術の統制指導の主内容は、独創的発明発見に依る技術の向上化と現存技術の公開交流に依る産業の技術水準の平準化である。而して現有設備の最高度利用による生産増強の特に必要なる現段階に於ては、既存技術の最大発揮が重点となり、技術の公開交流が当面の重要問題となる。技術は資本増殖の手段として独占的に企業内に封鎖される事なく、本来の性格を明確にして直接国家目的の為に動員公開されねばならぬ。科学技術新体制確立要綱は、「工業所有権を適正なる報償の下に国家目的に基き使用せしむ」と謂い、政府は曩に敵性特許の取消、専用免許を実施し、又特許発明等実施例を施行し、民間特許技術のみならず、国家殊に軍の有する優秀技術も使用し得るの道を拓き、民間に於ても政府、技術院と連繋し、重要産業統制会、科学動員協会等が中心となって、新技術の研究、実施、企業の技術指導、優秀技術の公開、交流の具体的促進斡旋等に努めて居る。
技術を高度化する為には、各種の適正妥当な報奨を講じ、之を刺戟し又技術の飛躍的発展を阻害する諸要因を排除する事が大事であり、特に技術公開は慎重に実施し、適正な報償制度を確立し、いやしくも公開交流に依って技術向上の熱意を喪失冷却せしめぬ事を肝要とする。
技術の自主性 科学技術は各国共その自然的、社会的環境に依り制約され一様ではない。我国の技術は大東亜の資源環境に基き自主的に確立される事が肝要である。現在特に強く要求せられて居るものは日本的大量生産様式の確立である。併し乍ら之は決して外国の優秀なる科学技術の摂取の必要と有用性を否定するものでなく、現に盟邦独乙等との間に科学技術の交流が実施されて居る。
関係法規 国家総動員法、特許発明等実施令、総動員誠験研究令
第六節 輸送力の増強
輸送力は直接な戦力であると同時に又生産力の重要要素である。国の経済戦力を維持するには一定の輸送力を必要とし、その減退は経済力並に国民生活の維持安定を危くし、直接戦力の低下を齎らすものである。
従って積極的に輸送能力を拡充すると共に、消極的には限られた輸送力を最高度に発揮せしむる如く重点的に計画的に統制運用する事が肝要で、政府は年々交通動員計画を定め、物動計画、生産力拡充計画、交易計画と一体的関連の下に海陸運を総合的に統制し、その増強を計っている。
運輸通信省の設置 運輸通信省の設置は陸海運行政の一元化を計り、陸海輸送施設の総合的且機動性ある運営を行い以て超重点輸送を確保せんとするものである。
一、海上輸送力の統制
戦争経済の円滑なる運用が海上輸送力に依存する事は極めて大で、我経済圏の大東亜への拡大によりその要度は一層高い。然るに今日に於て海上輸送力は作戦に伴う軍の船舶徴用並に損耗に依り極めて逼迫した状況にあり、その増強は戦争経済遂行の鍵である。之が為海運行政の刷新強化を計り、船腹の増強、現有船舶の運航効率向上、海運の陸運転移、港湾荷役施設の整備拡充等急速に実施し、海運力を飛躍的に増強せねばならぬ。
(一)船腹の増強
船腹増強は軍作戦遂行並に生産増強の為の所要船舶充足を主眼とし、新造船に重点が置かれる。
新造船は戦争の現段階に即応し各造船所の生産力、大東亜共栄圏内の物資移動、港湾、積載施設等をも併せて考慮し、貨物船、油槽船、鉱石運搬船の建造に重点を置き、戦時標準船型を定め、急速且大量の計画造船を行って居る。
之が為政府、造船統制会、産業設備営団は一体となり計画造船に当り、又造船事務の所管を大部分海軍大臣に移して海事行政の一元的調整を断行し、其他あらゆる優先的特例的措置を採って艦船の計画的建造及び修造の急速なる実現を期して居る。
船舶の緊急増産の為には鋼鉄船の新造と並んで、東亜圏内の資源、技術を活用して木造船の計画造船が実施せられ、之に就ても同様の優先的措置が採られて居る。
造船業は極めて高度多種な技術を要する総合的企業で、之が拡充の為には多数の関連産業の生産も亦保持増強されねばならない。
関係法規 造船事業法、戦時行政特例法、戦時行政職権特例
(二)現有艦船の運航統制
現有艦船の運航効率を最高度ならしむる為、海運の国家管理が実施せられ又陸運転移が強化されている。之が為政府は船舶運営会を設立し、戦争中一定の船舶及び船員を徴用し、国の交通動員計画、輸送計画に基き、一元的に且計画的に運営せしめ、大東亜資源の戦力化を計って居る。
軍の協力 陸海軍の直接使用又は徴用船の運営が船舶運営会の業務外にあることは言う迄もない。併し乍ら軍用船も作戦上支障なき限り空船腹を利用して重要物資の輸送に協力し、現有船舶の運航効率増強に努めて居る。
関係法規 国家総動員法、戦時海運管理令、海運統制令、船員徴用令
(三)港湾荷役力の増強
海上輸送力増強の為には港湾の荷役設備並に作業の整備拡充を必要とする。港湾荷役力の増大はそれだけ船腹を節約し、船舶運航率を高めるものである。荷役設備及労働力の相互融通、荷役用資材の確保を徹底し港湾作業の適正な計画的運営を行う為、港湾運送業統制令(国総八条)を施行し港湾荷役力の増強を計っている。
二、陸上輸送力の統制
戦時に於て陸上輸送力は、それ自体逼迫する上に、海運を一部転移される為一層窮屈となる
。而も輸送能力の積極的拡充は緊急に必要なる施設機材の隘路補正に限定せられ、既存設備の最高度利用に依る軍事輸送、緊急物資生活必需物資の輸送力増強に重点が置かれる。従って不急不用物資並に旅客輸送は極度に抑制又は禁止し、又直接戦力増強に関係の少い輸送設備は転用整備回収せられる。
之が為陸運統制令を強化し、或は鉄道輸送協議会、鉄道軌道統制会の設立、交通事業の整理統合等の措置を採り、国家の総合計画に基く貨客の計画的重点輸送を実施し、陸上輸送力の能率向上を計っている。
又小輸送、自動車輸送に於ても日本通運株式会社を中心として小運送業者を統合し、各府県自動車運送自動車組合結成を行い、鉄道輸送と緊密なる連繋の下に緊急物資輸送確保を目標として重点的計画的に運営されて居る。
関係法規 鉄道軍事供用令、国家総動員法、陸運統制令
第七節 電力の国家管理
電力はすべての生産業の動力資源として、或は直接生産素材として、基礎的生産要素である。然るに時局に伴う電力需要の激増に対して、供給力の拡充は追従し得ず、従って軍需並に緊急産業の需要を確保するには、電力の生産配分を一元的に管理統制し、需給を重点的に調整することが必要である。
政府は電力調整令を施行し、国の電力動員計画に基く電力の計画的生産並に配給統制、消費規正を断行し、戦力増強の為の緊急需要は万難を排し確保すると共に、不急用途の需要は徹底的に圧縮して居る。電力の一元的管理を実施する機構として特殊会社を設立し、軍需省の企画統制の下に日本発送電株式会社をして一切の発送電部門を、地域別の配電会社をして配電部門を各々担当運営せしめて居る。
かくして電力資源の開発、発電、送電設備の拡充、電力の生産、配分は一貫して国家管理の下に国家目的に応じて計画的に運用せられているのである。
関係法規 日本発送電株式会社法、国家総動員法、配電統制令、電力調整令
電力価格の調整 電力料金も重要産業には特に安価なる電力を供給して、物資生産原価を低下せしむる如く、不急不用の需要は高価にして価格面よりも需要を抑制する如く調整せられて居る。又之が為に生ずる発送電の生産価格と配電会社の販売価格との不均衡は補助金其他の各種措置に依り調整せられる。
第八節 産業体制の再編成
最大戦力を長期に亙って培養創出する為には、我国経済を中心として大東亜の人的物的経済諸力を最高度に動員戦力化せしむる如く、総力戦経済体制を速に確立することが必要である。
再編成の主眼は我国経済の後進性を超克し、産業が高度の組織性と計画性を持つ如く全面的に整備し、大東亜圏の資源環境に基く戦争経済の自主性を確保して以て国防生産力を量質共に急速に増強する事である。
我国経済の後進性 我国経済の後進性として一般に指摘されて来たものは、(一)重、化学工業の立遅れ、(二)基礎産業の確立の欠除、(三)技術水準の低位、(四)資本蓄積の不足、企業集中の不徹底、(五)農業経済の立遅れ、(六)中小商工業の比重過大。(七)重要資源の海外依存等である。
一、産業団体の統制
国家の統制指導を円滑且有効にし、経済戦力の増強を達成する為には、産業各部門の組織化を必要とする。即ち各産業はその組織の統制を通じて国の経済計画に結合され、国家の指導体制はこの組織と一体となって各企業に滲透し具体化される。重要産業団体令(国総十八条)に基き重要産業に統制会の設立されたのは之が為である。
統制会の設立 統制会は当該産業に於る生産配給に関する総合的統制と、当該産業に関する政府の諸計画の立案に参画しその実行に任ずるもので、その事業は政府と表裏一体となって国家目的達成を目標として運営される。現在迄に鉄鋼、石炭、セメント、造船、鉱山、機械、金属、軽金属、化学工業品、ゴム、皮革、油脂、繊維、鉄軌等主要産業部門の殆んど凡てに統制会が設立されて居る。統制会の機能確立強化に応じて官庁権限は大本を除いて委譲せられ、当該産業の資材、労務、生産等の統制の実行的部分は可及的にその自主的運営に委ね、政府は大綱的見地から之を指導監督する建前である。
統制会による統制様式を経済統制の主軸とする事は我国統制経済の特色である。統制会が官民一体の国家的機関として、戦争経済運営の中核となる為には、統制会が真に重大なる職責を自覚し内容を充実して生産力増強に挺身することが肝要で、政府の指導と各統制会、各種企業組織特に航空工業会、産業設備営団、交易営団、戦時金融金庫、金融統制会等との緊密なる連繋が確保されねばならぬ。
商工経済会 商工組合 商工経済会、商工組合の設立は何れも決戦段階に応ずる産業組織の再編成を企図したものである。此等は産業統制会が業種別の縦断的組織であるに反して、各業種、業態を打って一丸とする横の総合的団体を結成し、異業種、異業体間の全体的調整並に最下部機構たる中小商工団体を整備改変して経済総力発揮の完璧を期するものである。
関係法規 重要産業団体令、行政官庁職権委譲令
二、産業統制の重点化
決戦段階に於る戦争経済の運営は直接戦力増強の一点に集約され、作戦に即応する機動性と共に高度の重点主義を採って居る。現在航空機の飛躍的増産を中心とし鉄鋼、石炭、軽金属、船舶、工作機械等の超重点物資の画期的増産遂行の為全ての国家施策が之に集中されている。支那事変直後政府は長期の生産力拡充計画を樹立し、鉄鋼、石炭、軽金属、非鉄金属、石油、ソーダ及工業塩、硫酸アンモニア、パルプ、金、工作機械、鉄道車輛、船舶、自動車、羊毛等十五種の生産を計画産業とし、各々拡充目標を定め、且各年度生産力拡充計画に基き、資材、資金、労働力等を重点的に優先配当し、その実現に努めた。戦局の進展に伴い、重点化の一層の徹底が要請され、生産増強は現有設備の最高度利用に依るを主眼とし、生産力の拡充は戦力増強の最も基底的なる緊急産業に局限されるに至った。
之が為、物動計画等の国家諸計画は超重点産業の増強を至上目標として策定運用せられ、軍需省の新設、戦時行政特例法、戦時行政職権特例の制定、戦時経済協議会、内閣顧問の設置、行政査察制度の実施、価格報奨制の採用、軍需会社法の施行、企業管理の強化、技術の公開、企業整備の断行等国の総力を傾け、施策を凝し、軍官民一体となって緊急物資の急速画期的な増産に邁進して居る。
超重点産業 超重点産業として特例的優先措置を受けて居るものは鉄鉱、石炭、軽金属、造船、航空機、工作機械等の産業である。鉄鋼は兵器資材の中心たるのみならず、全産業の基礎物質であり、石炭は燃料の主要資源たるの外、鉄鋼其他重化学工業の基礎原料であり、又軽金属は航空機の主要素材であり、工作機械は航空機生産工業を中心とする軍需生産の基軸として何れも飛躍的増産が必要である。航空機、船舶の重要性は言う迄もない。豊富なる大東亜資源も船舶に依り輸送せられて戦力に転化され、鉄、石炭、軽金属、航空機の生産増強も船舶の増強を不可欠の前提とする。然も造船の拡充は巨大な鉄鋼生産を要件とすると云う循環的依存関係がある。物資配給統制、金属回収強化の重要なる所以である。之等超重点産業の増強は之と関連する爾他産業の均整なる生産維持増強と不可分の関係にあり、之が適正に調整されないと、経済力の跛行性を激化し拾収すべからざる事態を醸す惧れがある。従って統制は重点的であると同時に生産の有機的関連を確保する事が大事である。又生産は超重点産業中に於ても特に生産性の高い企業工場に集中される。超重点産業の生産増強も結局に於て生産技術の飛躍的向上にあるのである。
三、皇国農村の確立
農業は古来より国の大本と謂われ、国民の生命力を維持する立国の基礎産業であると共に、健全なる農村人口を適正に維持する事は国家の生成発展の根本要件である。然るに我国農業は未だ原始産業的色彩を多分に保有し、経営形態に於ても極めて幼稚で、各種の逆条件の依ってその生産性の向上が阻止され、皇国農村の確立が妨げられて来た。
農村をして実に大和民族培養の源泉たるの実を発揮せしむると共に、日満を通ずる主要食糧自給力の充実確保を実現する為、農民が矜持を以て農業にその全力を注ぎ十分なる創意を発揮し国運の隆昌に寄与すべき農村を建設することは皇国の悠久なる発展を確保する根柢である。政府は農耕地の計画的開発、農地の国家管理、戦時農業要員の指定、農業生産品、農地価格、小作料の統制等各種の方策によって積極的に且総合的に農業の再編成を計って居る。その目標とするところは、農業経営の適正化、農業労務者の確保、自作農創設の促進、基準農村人口の維持、農地所有関係の調整、農業生産物価格の適正化、農業生産技術、設備、資材の改善向上、農業金融の適正、農業用資材、原料の適正配給、農村生活の安定向上を計り、以て皇国農村の確立を指導促進せんとするものである。
皇国農村の確立は、農民が皇国農民の本義に徹し技能を錬成し皇国勤労観を体得して農業生産に献身する時に於て完全に実現せられるものであり、之を阻害する諸要因は強力に排除する事が殊に必要である。皇国経済の道が農業経営に具現されるに応じ、その生産性は飛躍し、我国農業は最大の優秀性を持ち得るのである。
関係法規 国家総動員法、臨時農業生産統制令、農地開発法、農地開発営団法、臨時農地等管理令、農地価格統制令、小作料統制令
四、企業整備の強化
超重点生産の実行は必然的に企業整備を伴う。企業整備は戦争経済の運営の為国家の要請に基く新しい産業再編成で、産業体制の高度化、生産効率の向上、人的物的資源の重点的使用に依り全生産力を挙げて急速に戦力化することを目標とする。
(一)遊休企業設備の整理
生産増強の重点化に伴い、戦力増強に直接関係の薄い産業、生産効率の低い企業は何れも全面的に且極度に圧縮整備せられる。之等企業の遊休廃止設備資材は緊急用途に転換使用せられ、或は産業設備営団等に依り買上げられて重点産業に貸与され、又は屑鉄とされ、将来に備えて保存される等の整理が行われる。整理された企業の遊休労務者は計画的に重点産業へ集団的に転換せられ、遊休する資金は浮動購買力として発現せざる如く吸収する等各種の措置を講じている。何れも現有生産力を最高度に動員し之を戦力化し、緊急産業の生産増強を急速に達成せんとするものである。
関係法規 企業整備令、産業設備営団法
産業設備営団 産業設備営団は、緊急産業の設備拡充、遊休設備の動員を行う為、全額政府出資によって設立せられたものである。営団は国の産業再編成計画に基き自ら生産設備を建設し、之を民間企業に貸与、出資し、或は未動遊休設備を転換転用し、若くは維持保存等の事業を行い、之に伴う損失は政府が保障し、強力に産業再編成を実現せんとするものである。
(二)企業系列の整備
企業整備は単に平和産業部門にのみ限られるものではない。
航空機工業を中心とする重要軍需工業に於ても、親会社の下に下請、協力工場を適正に配置し、企業集団的生産序列を整備し以て軍需生産の増強を達成する事が必要である。
(三)弱小企業の整理
従来我国経済の重要部分を占めて居た中小商工業も急速に整理を要請される。
経済の計画化と生産性向上の為、劣悪な生産条件に立つ弱小企業は淘汰転換し、設備技術の優秀なるものは之を統合し、又は重点産業の下請工場協力工場として有機的に結合する等適正に再編整理されねばならぬ。
而して再編過程に於ける摩擦と犠牲を少くする為には努めて自主的統合整理を促進すると共に、之が急速なる実現の為、企業整備令、企業許可令を実施し、或は転廃業者の更生資金の融通、職業転換の斡旋、指導等積極的方策を採用し、超重点生産の完遂を期して居る。
(四)商業の再編成
商業部門に於ては重要物資の配給を適正円滑ならしむる為、配給機構の整備を目途として、会社又は組合を設け、従来の卸、小売商の組織化を計っている。特に小売業者については、優良なる適正数の企業を消費事情に応じて計画的に配置する事及之に依って得られる余剰労働力を重点産業に振向けることに主目標を置き過多なる小売業を整理統合している。商業再編成の目的は、企業経営を適正化することにあったが、現段階に於ては整理に伴って生ずる遊休生産力の戦力化に最大の目標が置かれて居る。
第九節 生活統制
長期に亙る戦力の増強は国民生活の安定を不可欠の要件とする。蓋し生活の適正、殊に食糧の確保は国民の生命力を維持し、健全なる労働力を不断に創出せしむる物的基礎であるからである。戦時国民生活統制の主眼は生活必需物資の最低限を絶対確保すると共に、その生活を徹底的に切下げ簡素化し適正なる戦時生活体制を確立する事である。
(一)食糧の統制
食糧統制は重要必需食品の生産確保と適正配分を内容とする。之が為主要食糧品の国家管理、計画的生産、輸送、貯蔵による必需量の確保、食糧営団を中心とする集荷、配給機構の整備、切符制度、通帳制度、登録制度に依る消費の割当規正等が行われる。
関連法規 食糧管理法、食糧営団法、物資統制令、農業生産統制令
(二)衣料品の統制
衣料品は特に原材料が重要軍需資財で、且その大部分は海外よりの供給に依存する為、その統制は民需流用の制限、禁止、代替品の使用に重点が置かれ国民生活の最低限を確保する如く、点数式総合切符制度を採用し、生産、配給消費を一貫して計画的に規正して居る。
関係法規 輸出入品等臨時措置法、物資統制令、繊維製品配給消費統制規則
(三)宅地建物の統制
宅地建物統制の主目的は激増する土地、住宅の需要を充足し、国民生活、保健の向上を計ると共に、生産の諸要素が不急用途に流用される事を防止するにある。之が為、住宅営団を中心とする新住宅の大量且急速なる建設、経営、既存住宅施設の最高度利用に依る需給調整、住宅及建築用資材の規格統一並に単純化、各種集合住宅建設の積極的助成、地代家賃、土地建物価格の統制、建築用資材の使用制限、不急建築資金の融通制限等、各種各方面より統制が実施されて居る。
関係法規 国家総動員法(八条十九条)地代家賃統制令、宅地建物等価格統制令、木造建物建築統制規則、住宅営団法、貸家組合法輸出入品等臨時措置法、臨時賃金調整法、物資統制令
生活統制は固より前述の範囲に限られるものでなく、生活の全面に及び益々強化適正化されねばならぬ。政府は生活統制の重要性を認め、物動計画と並んで生活必需物動計画を策定実施し、国民生活安定の物的基礎確保を期して居る。併し乍ら統制が如何に強化され、戦争経済体制が完備されても、国民の自覚と協力なくしては適正なる戦時生活は確立する事は出来ない。国民生活の安定は従って究極する所、国民精神の昂揚にある。即ち一億国民が戦争の実相を自己の生活の裡に適確に把握し現下の要請に応じて生活を改善工夫刷新して、自覚を以て国家の至上目的達成に献身奉仕する事が肝要である。
第十節 物価統制
戦争経済に於ける物価統制の中心は低物価政策の堅持と之が生産増強との調整にある。
戦争経済に於ても、生産、配給、消費は価格面を通じて実現されるが故に、物価統制の重要性が喪失するものではない。適正物価水準の確保は戦争経済を円滑に遂行し国民生活を安定せしむる不可欠の要件である。
戦時に於て生産状件は不断に且急速に変化し、物価騰貴の可能性は常に強く作用するが故に、適正物価水準の維持は生産、配給、消費、財政、金融の全般に亙って総合的に統制されねばならぬ。乃ち暴利取締、価格の引上禁止等の臨時的直接的方法に依って物価を現在水準に抑圧するのみならず、積極的に生産諸要素の価格、利潤の統制、原価計算制の広汎なる実施等を行い適正価格を形成し之を公定する事、又生産諸条件を改善して生産原価の引下を計り、或は国民購買力を吸収して貨幣面より之を確保する等の総合的物価対策が採用されて居る。
併し乍ら無数の商品価格を意識的に適正に形成し、均衡を持たせる事は至難事である。低物価政策の堅持はともすれば重要物資生産の採算を悪化し、生産増強を阻害する。従って緊急物資の急速なる増産を遂行する為には、現行物価水準を堅持しつつ、一面に於て補給金制度の活用等弾力性のある特例措置を果敢に実施することが必要である。政府は従来共之に留意して来たが、現下の要請に応じて、緊急物価対策を定め(一)適正生産費に適正利潤を附加したる生産者価格を保障し(二)需要者価格は原則として現行水準に据置き、為に生ずる生産者価格との差額は損失補償金制度の活用等に依り調整し(二重価格制度の採用)(三)需要者価格を引上げても一般物価に循環的悪影響をを遮断し得る場合に於ては価格の引上是正を認め、更に基準生産量を超えて増産を遂行したる者又は生産能率の向上に依り原価を低減した者等に対しては一定の割増価格、特別利潤を与える等の報奨的措置を採り以て緊急物資の生産増強と低物価政策の調整を計って居る。
物価の安定は価格形成が適正に行われると共に、その価格が販売業者、消費者間に遵守せられねばならぬ。いやしくも之が攪拌に対しては断乎たる行刑的措置が採られるべきは言う迄もないが、根本に於て国民各自の自覚が昂まり、積極的に之に協力する事が最も大事である。
緊急物価対策 我国物価政策の目標は国際物価水準準拠主義の残滓を清算のて、大東亜圏内に於ける物資の計画的生産交易消費の関係等に立脚せる新価格体制を樹立するにあるは当然である。併し乍ら各種の生産状件が不断に而も急速に変動しつつある現段階に於て適正物価体系への全面的切換は至難であるのみならず、却って経済の安定を阻害する惧れがある。従って当面現行物価水準維持の根本方針は之を堅持し之が為生ずる生産の障碍は補給金制度等の拡充活用等に依り除去し、緊急物資の非常増産を果敢に遂行せんとするものである。
関係法規 価格等統制令、賃金統制令、会社経理統制令、輸出入品等臨時措置法。
第十一節 大東亜共栄経済圏の建設
大東亜共栄圏建設の基本理念は我国体の本義に淵源し、八紘為宇の大精神を洽く大東亜に顕現せしめ、真に万邦をして其ところを得、その民をして堵に安んぜしむる事にある。当面の大東亜戦争の目標は大東亜の天地より米英を駆逐し永くその圧迫の下に生存を脅威されて来た東亜の諸民族をして奴隷的桎梏より解放し、我国を中核とする鞏固なる協力体制を整え、真に共存共栄の道義的新秩序を建設せんとするものである。而して共栄圏の建設は一面戦争一面建設を可能ならしむる経済建設の推進に依って基礎づけられる。
即ち大東亜共栄経済圏の建設は道義に基く自主的経済圏を確立し、大東亜の生存と防衛を確保すると共に、万邦共栄の理想実現に寄与せんとするもので、皇国経済道の大東亜への顕現に外ならない。
建設の現段階は米英の勢力を一掃し圏内諸民族を解放する武力戦にある。従って大東亜の人的物的資源は挙げて大東亜戦を遂行しつつある我国の戦力増強に集約される。大東亜の諸民族は従来の体制を清算し自らを解放する為に我国と共に物的苦痛を耐え忍ぶ段階を経なければならぬ。即ち建設の第一段階は東亜全体の経済総力を戦力増強の物的基底たる我国の経済戦力拡充に集中し、特に鉄鋼、石炭、銅、軽金属、航空機、船舶、電力、肥料、棉花等の開発並に生産拡充に重点が置かれる。
南方圏の包摂により従来の日満華一体経済の弱点を為して居た重要戦略資源が略確保され、大東亜は英米等の経済封鎖の脅威から脱却し如何なる長期戦をも遂行し得る盤石の基礎が確立された。併し乍ら資源確保は未だ直ちに我国の戦力を現実に増強するものではない。要は此等資源が開発輸送せられ、緊急物資生産に充用せられて、初めて戦力増強に現実に寄与し得るのである。同時に此等資源が敵国に流出利用せられる事を絶対に防止しなければならぬ。特に南方資源中には、ゴム、錫、マニラ麻、規那皮等の特産資源があり、此等の遮断に依って米英等の抗戦力に与える打撃は極めて大である。
大東亜の人的物的資源を我国の戦力増強に最高度に動員集中する為、従来の日満華一体経済を基礎とする物動、資金、労務、生産力拡充、交易、交通、電力動員等の諸国家計画を大東亜全域に拡張し、資源の開発、資金移動、物資交易、輸送、産業転換、開発等は戦局の推移に即し、物資需給の緊急度に応じ、一元的に計画的に実施して居る。而して圏内経済諸力を最も効率的に開発拡充し、共存共栄の基礎を確立する為には精密適確なる総合的調査を行い、之に基いて大東亜全域に汎る産業立地計画を定め、産業、金融、交易体制を総合的に再編整備する事が肝要である。固よりそれは従来のブロック経済、広域経済圏の概念を超絶し、皇道に基く高度な共栄経済圏でなければならぬ。
戦争即建設は今次聖戦の一特色である。戦争の完遂は同時に大東亜共栄圏の確立に外ならない。されば大東亜各国各民族は我国を中核として、各その特性に基いて分に応じ十分なる力を発揮し、大東亜共栄圏の基礎を永久に確保しなければならぬ。
かくて万邦をして各々その処を得しむる我国不動の国是は大東亜に顕現し、盟邦と共に世界の新しき秩序を建設せんとする曠古の歴史的使命を達成する事が出来るのである。
昭和十九年五月十五日 印刷
昭和十九年五月二十日 発行
教育総監部
印刷者 東京都神田区錦町三丁目十一番地 白井赫太郎
印刷所 東京都神田区錦町三丁目十一番地 (東東四一)合資会社 精興社 電話神田二三三〇-二三三二番
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