ノルゼリアでの戦いの後、セネトは一度軍勢を解体して、セーナ率いるグリューゲルとレシエ率いるソフィア竜騎士団と共にカナン王城に入った。最後の決戦に向けてセネトは兵たちにささやかな休息を提供したためである。まだ事情こそよくわからないカナン兵だが、このリフレッシュはセネトのこれからの戦いに向ける決意を知るのには十分すぎた。何はともあれ、ここカナンに久々の平穏な時が流れることになる。
 その夜、セネトはセーナ、レシエ、そしてグリューゲル将校らを招いて、ささやかな宴会を開いた。セーナはここ一週間ですっかり意気投合したレシエと話しに花を咲かせ、セネトはカインやアベルらに頼んでその武勇伝を聞いている。またエリアルからずっとセネトを支援してきたテムジンとカティナはそれを遠くから優しい目で見つめている。2人から見れば、これほど勇ましい戦友が側にいることが育ての親として嬉しいことはない。ユグドラルの将来を担うセーナ、後にセネトを強烈に後押しするレシエ、そしてノルゼリアにて互いの能力を認め合ったリュナン、さすがに野心家として名高いリチャードの名はこの2人の脳裏には出なかったようだが、それでも2人にはセネト率いる新生カナンの洋々たる未来が見えているようである。その後も宴では恒例となったカインとアベルによる剣の舞いが披露され、場は一気に盛り上がった。セーナはこの頃、すっかり地味になった夫ライトの元に駆け寄って、彼を笑いながら大いに冷やかした。当のライトはユグドラルのことがどうしても気になっていて宴どころではなかったのだが、そんなことを気にしないように振舞うセーナを見ていて、いつもの元気を取り戻した。もっとも彼の人生で初めて飲んだワインの酔いもあるのかもしれないが…。一方のセネトはグエンカオスに連れ去られた妹ネイファを思ったのか、一人バルコニーへと出ていき、邪神の神殿がある方角をずっと見ていた。
 満月が空高く登った頃、ようやく宴もたけなわとなった。まずはすっかり酔いつぶれたライトがセーナとカインに抱えられて会場を出ていき、それを笑みをたたえながら出てきたアベルはお土産のバージェ産ワインを持って妻ミーシャが残っているノルゼリアへと向かって行った。彼はそのままノルゼリアに滞留して、ミーシャを支援する予定である。次に会場を出てきたのがミカと、アカネイア出身のラティである。最もミカは逃げるように会場を後にし、ラティはそれを追うように出ていった。それを笑いながらリュートとミリアが続いて、さらにその後を付いていくようにテムジンとカティナが並んでそれぞれの部屋に戻っていった。そして最後に出てきたのはセネトだった。その表情は後に始まる決戦に備えての意気込みがはっきりと表れていた。
 次の日は一度解体した軍勢をもう一度作り直すために費やされた。前日の宴で飲みすぎたライトは見事な2日酔いにかかり、今日一日中セーナの看病にあうことになった以外はほぼ新生セネト軍は順調に揃っていった。この日の夜、セーナはセネトから軍議用の一室を借り受けて、そこにグリューゲルの将兵を集めた。
「(ライト)王子の具合はどうですか?」
顔に満面の笑みを浮かべながらサルーンが聞く。これに苦笑いをしながらセーナが答える。
「まぁ大丈夫でしょ。」
そう言ってセーナはさらに言葉を継ぐ。
「それよりもこれからのことについて話すわね。もう分かっているかもしれないけれど、これから邪神の神殿へと向かう。シャルからの報告だと、そこに通じる風の迷宮は暗く、とにかく入り組んでいるらしいわ。だから私たちグリューゲルをここで三つに分ける!」
セーナからの言葉を聞いた諸将らはこの時点で、セーナの言わんとすることがわかったようで、一部の者たちが指の指し合いをしている。それを目端に捉えながらもセーナは続けた。
「まずミカを主将、ゲインを軍師とする歩兵・魔道部隊は私と共に邪神の祭壇に向かう。」
これにミカとゲインが頷いた。ついでにゲインはミカより№が上の№0005であり、十勇者随一の堅実漢として有名。その堅実ゆえに指揮こそまだ覚束ないものの、一個の将としての能力はかなり高い。この2人がセーナと共に行動を取ることになる。
「次に主将カイン、副将ボルスにした騎馬部隊はここカナンに留まって、賊が暴れ出したらその討伐に向かうこと。安穏としていたら一部をノルゼリアへ向けてもいいし、ユグドラルの情報収集をしても構わないわ。」
カイン、ボルスが頷いた。要は彼らは遊撃隊となることになるわけである。
「最後にグリューゲル空軍全軍を従来通り、サルーンを主将、カイとリーネを副将にして、新たにフリードを参謀に任じます。そしてノルゼリアに向かってミーシャの任務を支援すること。」
サルーン、カイ、フリード、そしてリーネが頷いた。結局、わずか4分の1のみがセーナに帯同することになり、一部の者は多少不安になった者もいたかもしれないが、そこはセーナを心の底から敬愛している者たちである。すぐさま気持ちを切り替えて、それぞれに与えられた任務に向けての決意を新たにする。しばらくの沈黙が経って、カインが質問をした。
「ところでリュート様たちもやはりセーナ様と一緒に邪神の神殿へ?」
すぐさまセーナが返す。
「もちろんそのつもりよ。ミカの熱烈な追っかけもいることだし。」
と含み笑いをしながらミカを見る。それに気付いてミカが膨れっ面をした。と弾けたように部屋中が笑いの渦となった。ミカからすればむしろ被害者の方なのだが、やはりどこか鈍感で頑固なところがあって付きまとってくるラティを受け入れることが出来ないでいる。結婚した者が意外と多い他のグリューゲルの将からすれば、じれったい限りだが、こればかりは本人たちの問題なので口出しはしないつもりらしい。
「まぁそれは良いとして、これからあなたの活躍が鍵となるから今日はしっかりと休んでおくことね。」
とミカをたしなめて、後を継いだ。
「くれぐれも前々から言っていた兆候が出てきたら無理をしないで室内に入ること。これを忘れないでね。」
この言葉を諸将に託して、リーベリア解放戦争最後のグリューゲル軍議が終わった。

 次の日、セネト、レシエ、セーナ連合軍はカナン王城を出発した。目指す先はカナン神殿とも呼ばれている風の神殿。この神殿はカナン王都からさほど離れていないので、半日と経たないうちに連合軍は風の神殿に到着した。すでに神殿周辺の敵はセーナ軍のカナン侵攻時にほとんど掃討されている。ゆえに連合軍はいきなり神殿に突入することにした。前日のシャルの報告によれば、わずかながらガーゼルの暗黒魔道士団が展開しているとの事だったが、不思議なことに今日の突入時には神殿内に猫の仔一匹いなかった。しかもどことなく神々しい雰囲気が神殿内を覆っている。思わぬ状態に戸惑うセネトとセーナはミカとゲイン、ゼノン、リュートを連れて聖剣カナンがある祭壇へと向かった。やはり向かう途中にも誰もいなく、敵軍の撤退した様子もない。不思議な沈黙が神殿内を包み込む。
 そしてセネトたち一行は祭壇への階段を登っていった。すると祭壇の手前に小柄な少女がその端正な顔に笑みを浮かべて立っていた。セネトがたずねようとするよりも早くその少女が口を開いた。
「ようこそ、私の愛娘カナンの末裔セネト、そしてナーガの聖魔法を受け継ぎしセーナ、お待ちしていました。」
神殿を覆う神々しさはまさにこの少女から発せられている。それをまず感じ取ったのはやはり神魔法の継承者セーナであった。そしてすかさず聞いた。
「愛娘カナン・・・・って、ことはあなたがリーベリアの女神ユトナ様ですか?」
するとその少女は微笑みながら小首を傾げて、答えた。
「信じられないかもしれないけれど、私があなたがたの言うユトナです。」
思わぬ事態に他の四人は動けずにいた。そこはやはりセーナは聖戦士の末裔たる貫禄があったが、そんなことはこういう場ではどうでも良かった。
「まずはセネト、愛しき妹が託した指輪をこの剣にかざしなさい。さすればこの剣は真の力を得るでしょう。」
ユトナが少し左にズレて、奥にある錆びた剣を指した。
「あれが、聖剣カナン?!」
驚いたのがリュートだった。それもそうだろう。目の前にあるのが鉄の剣よりもずっと脆そうな体裁の剣なのである。とても暗黒竜ガーゼルを打ち砕く剣とは思えない。ユトナはそれに構わず、セネトを促す。
「さぁ。」
それに応えるようにセネトが歩みを進めていく。懐から妹が決死の思いで託した指輪を取り出して、その錆びた剣に掲げた。と、突如、まばゆい光が祭壇を覆った。光に馴れているはずのセーナですら目を覆ってしまうほどの鋭い光だった。しかしその光はすぐに収束することになったが、その光をまともに受けたものはそれが遥かに長い時間だったように感じたであろう。光が弱まり、少しずつ視界が戻ってきた4人はすぐに祭壇に目を戻した。すると先程まで比べ物にならないくらいに錆びれていた剣が、神々しく輝きながらセネトの手の中に収まっているではないか。現実ではありえない変化にリュートは目を白黒させたが、それがまさしくリングオブカナン、ネイファが命を賭けてまでセネトに託した指輪の真の力だった。聖剣サリアはセネトの手にピッタリとフィットして、未だに美しい光を放っている。しかもこの剣を握っているだけで体の中から血が燃え滾ってくる感覚すら覚えるのである。セネトは初めての感覚に戸惑い、すぐさま聖剣を鞘に収めた。それを見届けたユトナは
「セネト、あなたはその剣でリーベリアの暗雲を払い除けるのです。そして愛しき妹ネイファを守るのですよ。」
と言い、それを聞いたセネトは力強く頷いた。そしてユトナはすぐにセーナに体を向けていった。
「では次はあなたですよ。」
その言葉にセーナは思わずキョトンとした。全く何をするのかがわからないのだ。戸惑うセーナを見て、苦笑したユトナは
「言葉が足りませんでしたね。ここで神剣ファルシオンを復活させましょう。」
『!』
その言葉に鋭く反応したのが、セーナとリュートだった。
「ファルシオンをですか?!」
驚くセーナを見て、またもユトナが笑いながら言った。
「ファルシオンを復活させるには人の魔力では絶対的に足りません。ですから私がお手伝いするというわけです。」
思わぬ展開に息を飲むリュートに対して、事情を知ればセーナはすぐに行動を起こす人間である。すぐさまナーガの聖書と、聖剣ティルフィングを取り出した。
「では始めますよ。」
そしてユトナが目を閉じて両手をセーナの方に差し出した。セーナも目をつぶって、己の魔力の全てを聖書と聖剣に集中させた。しばらくするとユトナの、温かい、穏やかな魔力がセーナの体にも伝わってきた。女神のモノとは思えないぐらい、普通の人間の魔力とそれは似ていたようにセーナは感じていた。そう考える間もなく、ナーガの聖書が見る見る間に光に包まれていった。更に時間が経っていくと、ナーガの聖書は書物の形を為さなくなり1つの光の玉と化しつつあった。そしてのその玉の形がはっきりした時、ユトナが突如叫んだ。
「今よ!ティルフィングと合わせなさい!」
セーナは光の玉を掴んで、それをティルフィングに向けて放った。そして光の玉とティルフィングが接触した瞬間、猛烈な光が神殿中に炸裂した。それは先程の聖剣カナンの時の比ではない。それこそ風の神殿が崩壊してしまいそうなほどの強烈な光である。その光が収まる前にユトナが言った。
「神剣ファルシオンは今、復活しました。それをどう使うかはセーナ、あなたにかかっています。その剣で真の闇を切り裂き、世界に本物の光を導くのがあなたの使命です。それを忘れないように。」
しばらくして光が落ち着き、視界が戻ってきた。しかしそこにはユトナの姿はなかった。あの言葉を最後にして、彼女は再びリーベリアの辺境に戻っていったのかもしれない。セーナはその視線を手元の剣に向けた。その剣からは強烈なオーラが滲み出ていて、まさしく神剣たる威厳が放たれていた。リュートがすかさず飛んできてマジマジとファルシオンを眺めながら、何度も唸り放しだった。

 そしてセネトたちは風の迷宮へと足を踏み入れた。セネトの手には妹の思いがこもった聖剣カナンが、そしてセーナの手には何百年もの時を越えて復活した神剣ティルフィングがある。それぞれが守るべきモノのために、暗き迷宮を進んでいく。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月17日 02:28