リーベリア全土を黒い雲が覆い始めた。それは紛れもなくガーゼルの影響と言った方が正しいだろう。リーベリアの南西にあるウエルト王国に10人の騎士がその王都の門を叩いた。
「私はユグドラル大陸グランベル帝国皇帝セリス様のご息女、セーナ様の遣いとして参りました。至急、リーザ様かマーロン宰相にお目通りをお願いします。」
その者はちょうど数週間ほどまえ、ホームズ軍に武具・道具を提供したエーデルリッターの別働隊の一隊であった。彼らのもう1つの使命がセーナから託された書状を届ける任務である。他の隊も西部諸侯連合、マール王国、サリア王国らに散って同様の交渉を展開している。またノルゼリアで留まっているエーデルリッターの本隊も一部が同様に、リーヴェ、ラゼリア、グラナダ、ゼムセリア、リムネー、カナン、ソフィア、バージェなどのリーヴェ東部に散っている。ちろんセーナ外交を担うものたちであるから彼女の意図も十分理解している。ガルダ聖戦やバージェの戦い、ノルゼリアでの戦いでセーナの威信がこの遠い地ウエルトにも伝わっていることを示すように、彼ら使者の一団はすぐに王宮の執務室に通された。相手は宰相のマーロンだ。ウエルト動乱の後は自領ヴェルジェとこのウエルト王都の間を行き来していたが、近頃は戦争も一段落つきかけていたために王都に落ち着いてリーザ王妃の補佐を務めている。ついでにロファール生存の報もすでに届いている。
「あのセーナ皇女からのご使者と聞いて、内心驚いています。それで皇女は何と仰せでしょうか。」
この場での立場は圧倒的にマーロンの方が上なのだが、そのマーロンですら底が知れないセーナの存在が背後にある使者に対して言葉遣いが丁寧になるのは仕方のないことかもしれない。使者はそんなマーロンの態度を見て、言った。
「マーロン様、一国の宰相たるお方が私のような一騎士にそのようにご丁寧なお言葉、勿体ないです。」
そういって使者は懐から書状を取り出して、マーロンへと丁重に差し出した。さすがに外交術にかけたセーナ子飼いの騎士たちだった。
「これが我らが主君セーナ様からの書状です。」
マーロンはその書状を受け取って、早速読み始めた。書状は思っていたよりは量が少ないものだった。そのためにマーロンはすぐにセーナの意図を知ることができた。そして窓を見ながら言った。
「確かに今、空の気配が何とも怪しい。もしセーナ皇女の言われるように伝説の『黒き雨』が降らないとも限るまい。これは早速リーザ王妃に進言しることにしよう。そなた達は控え室を用意してあるので、そちらでゆるりと休まりくだされ。」
すると使者は頭を下げて、礼を述べ、退室していった。残ったマーロンはすぐさまリーザ王妃に伺いを立てて、セーナからの書状をリーザに渡した。その書状を読んで、マーロンと同じようにセーナの意図を理解したリーザは即座に決断した。
「宰相、皇女の申す通りにしましょう。すぐ準備を整えるように。」
これを聞いたマーロンは首を縦に振り、すぐに使者に承諾の旨を伝えた。それを受けた使者は即日、ウエルト王宮を旅立った。
「他の皆も上手くやってくれればいいが・・。とにかく我々は一刻も早くラゼリアに戻ることにしよう。もはや一刻の猶予もならんぞ。」
使者はソラの港で船を手配して、大陸へと戻っていった。それとほぼ同時に西部諸侯連合、サリア王国、マール王国らも紆余曲折があったがセーナの要請に対して『承諾』の返事を取り付けた。また東部諸国も順調に交渉が進んで、カナンやソフィアを始めほとんどの国がセーナに賛同した。しかしこの要請を一カ国だけ断った国があった。未だに腐った人間が割拠するリーヴェ王国である。ただしラゼリア、ゼムセリア、リムネーの統治者からは『承諾』の旨を得ているので、事実上リーヴェが分裂したことを示す一件となった。しかもこういった書状はユグドラルのアグストリアにも届いている。マーロンが漏らした『黒き雨』がここまで影響を及ぼす可能性があるということをそれは示していた。もちろん帰国した国王アレスは快諾している。
そして死闘、激闘が繰り広げられている邪神の祭壇に目を戻そう。まず祭壇の北側では小規模なれど壮烈な戦いが繰り広げられていた。シゲンとカルラであった。ここに乱入してきてからというもの、シゲンはこのカルラだけを狙っていたのだ。シゲンの命を救ったこともある魔剣デュラハンが唸りをあげながらカルラを襲う。しかしカルラの装備しているのは特異なモノであった。シゲンの攻撃は跳ね返され、大きく隙を作ることに。カルラに近接魔法が持っていないのが幸いしたが、逆にそれがシゲンの癪にさわる。今度は疾風のごときの動きでカルラの背後に回り、斬りつけようとした。だがカルラはそんなシゲンを嘲るようにワープして、一気に間合いを取ってメティオールを放った。もちろんシゲンにそんなモノなど的中しないが、まともに戦おうとしないカルラにイライラが募り始めていた。そんなシゲンを尻目にカルラにはある思いがよぎっていた。
(あの剣の冴えは全く変わらないわね。)
結局、2人の激闘はまだまだ続くことになる。
2人の戦いが始まった頃、東側からまだ状況を全く理解していない一団が到着した。リュートたち一行である。
「あれが・・・ガーゼル。」
リュートが唸り、ミリアやラティは声も出ない。対して神君マルスと戦って暗黒竜メディウスを見たこともあるチキはさすがに驚かなかったものの、あの暗黒竜に秘める破壊力の凄まじさに舌を巻いている。
(まだ力が戻っていないからいいけれど、それも急速に戻りつつある。急いで決着をつけないと!)
焦るチキの足はすでに祭壇へと向かっている。リュートとミリア、ラティはとりあえず彼らを援護するために祭壇下のガーゼル残党を掃討していった。
祭壇の上ではセーナの助言がようやく4人に伝えられて、まとまった攻撃をしようと試みるが、ガーゼルの巧みな攻撃の前に散発的な攻撃に留まる程度である。見た目にはガーゼルにも外傷が目立ってきているが、攻撃回数から見ても明らかに体力が蘇ってきているのがわかる。それを傍目から見ているセーナがそのことを何よりも理解していた。
(何とかしてガーゼルの目をこっちに向けないと・・。でも私ではどう見ても無視される。一体、どうやって。)
ファルシオンがほぼ無力化している以上、いくらセーナがそれでガーゼルの注意を逸らそうとしてもガーゼルが徹底して無視するだろう。思案しているセーナの目に、息を切らして祭壇に登ってきたチキが来た。セーナはすぐにチキに視線を送り、チキは周りの状況を素早く整理してセーナの期待に応えるかのように神竜石に手を伸ばした。その直後、雷が轟き、その最中に金色の竜がその神々しい姿を現した。もちろん神竜の姿をしても『大陸不干渉の法』で他の戦闘竜と何ら変わりがない戦闘力に落ちているのは否めない。だが狙いは別にあった。セーナとチキの思惑通り、突然の神竜の登場にガーゼルの注意がチキに逸れた。この瞬間を待っていたかのようにリュナン、ホームズ、セネト、そしてティーエがそれぞれが視線を交わしあって、そして頷いた。4本の聖剣が真の輝きを始め、リュナンたちの体に新たな力が伝わってくる。そしてリュナンが叫ぶ。
「いくぞ!!!」
『フォースブレイカー!!!』
四方から4人がそれぞれの構えで突っ込んできた。ガーゼルがそれに気付いて、尾を振って1人でも払おうとしたが、それを決死の覚悟で突っ込んだセーナが身代わりになった。セーナは祭壇下まで飛ばされることになり深手を負うことになるも、ギリギリの場面でファルシオンがあたり尻尾の軌道が変わり攻撃中のリュナンに害が及ぶことはなくなった。そして同時に4本の剣がガーゼル襲った時、猛烈な光が祭壇を包んだ。
一方、下でセーナが飛ばされるのを見たゲインは叫んだ。
「セーナ様を助けよ!!」
そしてすぐに主君を助けるべく手勢を裂こうとしたが、ここぞとばかりに敵が猛烈に攻め込んできたためにそれどころではなくなった。そこでライトが助け舟を出すことに。
「ゲイン、私が全魔力を使って道をこじ開ける。お前はそのうちにセーナを。」
ゲインの確認を待たずにライトはエルウィンドの詠唱を始めた。
「承知しました。リュート殿、お手数かけますが、ここを死守してください。」
「もちろんだ。ミリア、ラティ、厳しい状態が続くが、ここは何としても死守するぞ。」
それに応えるようにミリアとラティが大きく頷く。ミカはこの頃には意識ははっきりと戻っていたが、未だに魔法を使えるほどの魔力は戻っていない。そうこうしているうちにライトの詠唱が終わり、祖父レヴィン、父セティと三代に渡って伝えられてきた魔法エルウィンドを解き放った。巨大な風は真っ直ぐにガーゼル軍を進んでいき、敵兵、モンスターたちを巻き上げていく。その風に導かれるようにゲイン隊が真っ直ぐにセーナの落下地点目指していた。そしてその時、猛烈な閃光が背後からきた。だがこれが天の救いとなる。まずゲインは光に対して反対方向を向いているので目がくらむことはなく、そして敵は逆に祭壇に向かっているので思いっきり光を浴びることとなった。これで負担が楽になったゲイン隊はセーナを受け止めて、さきほどの魔導砲のある位置まで戻っていった。気になるセーナの容態だが、決して安心できるわけではないがリュートの治癒魔法でどうにかなるレベルだった。
祭壇の上ではリュナンたちが傷つき倒れたガーゼルを見ている。チキもすぐに人間の姿に戻って、事の成り行きを探っている。どれくらいの沈黙がこの祭壇に流れただろうか。祭壇下の激闘は何も聞こえていないようだった・・・。
「そんな・・・ガーゼルが・・・。」
シゲンとの死闘を繰り広げていたカルラは祭壇の上でおきた閃光が何を意味するのか薄くであるが、理解した。その視線を祭壇に向けた時だった。
「隙あり!!!」
シゲンが剣を上段に構えて、カルラに切りかかった。
『ブラックスマッシュ!!』
次の瞬間、カルラの装備であったドラゴンメイルが一刀両断となった・・・。
「ククク、ソノテイドデカッタツモリカ。タリヌ、タリヌゾ。ワレヲホロボスニハ!!」
邪神の祭壇全体を強烈な振動と地鳴りが襲った。そしてガーゼルの体が謎の光に包まれていく。
「コノテイドノチカラデ、ワレヲホロボスコトナド、ホントウニオモッテイルノカ?コノオロカモノドモメ!!!」
そう唸り終えた瞬間、ガーゼルをまとっていた光が収束して、祭壇全体を襲っていた振動も収まった。リュナンたちが目を正面に向けると、そこには驚愕の光景が広がっていた。あれほど強烈なダメージを与えたと言うのにガーゼルがほぼ無傷でいるではないか!しかもそのピリピリとした殺気は降臨直後の比ではない。
「チカラハカンゼンニヨミガエッタ。偉大ナル暗黒神ノホントウノチカラヲミセテヤル。
蘇レ、暗黒ノ雨ヨ・・・。イキトシイケルモノヲスベテ葬リ去ルノダ!!!」
ガーゼルの体から溢れた邪気が空に上昇していき、そして空を覆う雲を漆黒の闇より深い色に変えた。リーベリアの大地を一瞬で焦土と化した伝説の『ブラックレイン』が今発動しようとしていた。
これを見ていたセーナは己の傷を省みずに動き始めた。
「イケナイ!!このままではリーベリアが!いえ、世界が壊滅する!!!」
悲鳴に似た叫びを挙げたセーナはすぐにシャルを呼び出していった。
「私をメリエルのところに転送しなさい!!」
セーナの体を気遣って、ためらうシャルをセーナはすぐにキッと睨んだ。恐ろしいほどの鋭い視線である。シャルは意を決して転送の術を始めた。セーナが魔方陣に包まれて、メリエルのいるであろう方向に向けて飛んでいった。セーナはメリエルの操る聖魔法『オーラレイン』に全てを託そうとしていたのだ。
(本当に力を結集すべきなのは、リュナンたちだけじゃない。私たちもその力を合わせなければ勝ち目はない。)
全ての力を結集して、今人間たちは暗黒神が作り上げた最強の魔法『ブラックレイン』に立ち向かう。