そしてガーゼルが滅んだばかりだと言うのにリーベリアは一握りの愚かな人間の行為で再び風雲急を迎えていた。リュナン、セネト、ホームズ、そしてリチャードらが邪神の神殿に向かっていてリーベリアの未来のために死闘を繰り広げられていたことも知らず、これらの軍勢がリーベリアから姿を消したことを好機と見て突如としてリーヴェ貴族の筆頭タトゥスとその一派が傭兵たちを集めて挙兵したのだ。そしてあろうことかリュナンを適当な罪で謀反人に仕立て上げているのである。リュナンの本拠ラゼリアはもちろん、その占領下にあるゼムセリア、グラナダ等のリーヴェ諸国はこの挙兵に抵抗するもその兵力は僅かでリーヴェ貴族の集めた軍勢5万に多いに劣っている。それに気を良くしたタトゥスはまずはリーヴェ内を己の軍勢で再統一すべく反対勢力の筆頭ラゼリアへと兵を進めた。
しかしここラゼリアにはタトゥスの予想を裏切る兵力が集まっていたのである。その数2万。セーナがホームズへの武具輸送や東部諸国への外交作戦を展開したエーデルリッター別働隊や、グラナダでホームズの父ヴァルスが掻き集めた兵1万5千が集まっていたのだ。そしてこの2万の軍勢はリュナン、セーナ、エルンスト、この3人の知謀が激突しあった南リーヴェへと進軍した。兵力こそ圧倒的に不利だが、正義は明らかにリュナン側にある。さらにこの南リーヴェにはもう1人、英雄がいることをタトゥスは失念していた。
リュナンたちがガーゼルとの戦いを終えて、帰途への進軍中にタトゥス軍と連合軍が正面から激突した。序盤は粘り強いエーデルリッターの奮闘もあって互角の戦いをしていたが、やはり数の差は如何ともしがたくジリジリと押され始めていた。特にグラナダで掻き集められた傭兵たちはやはり寄せ集めということもあり、押される立場となると指揮官の目を盗んで逃亡を図るものまで現れた。それでも軍勢が崩壊しないのは、単にエーデルリッター別働隊の恐ろしいまでの粘り強さがあってこそのものである。そしてノルゼリアを発ったミーシャ率いるエーデルリッター本隊の到着を信じていた。
だがそんな期待とは裏腹にエーデルリッターが俄かに崩れた。ここの指揮官が撤退を命じたからである。もちろんタトゥス軍は追撃にかかる。辛抱強く耐えていたエーデルリッターは整然と隊伍を崩さずにタトゥス軍の追撃をかわして被害を最小限に抑えて、南リーヴェの入り口に戻ってくることができた。するとさっき退却を指示した指揮官が急遽総攻撃の下知を下した。訝る将兵たちだがその理由は目の前の光景を見てすぐにわかった。今までが芝居だったことを・・・。
ひたすら功名心に逸って追撃をしてきて伸びきったタトゥス軍の側面に、トウヤ率いるレジスタンス、ブルーバーズが突っ込んだのだ。エルンストらゾーア帝国の猛攻にも約一年耐えて来た彼らの攻撃は苛烈を極め、そして元々の決起する原因となったリーヴェ貴族が相手ということもありその士気も凄まじく高かった。これでタトゥス軍の中軍はズタズタに切り刻まれて、激しく連合軍に追撃をしていたタトゥス軍先鋒は一気に窮地に追い込まれた。ここで退却していたエーデルリッターが反転してきて、猛然と反撃してきたのである。こうなれば連合軍と同じく寄せ集めのタトゥス軍は脆い。先鋒はエーデルリッターとブルーバーズの包囲網を突破できずに次々と討たれていき、ついにその数の差が逆転した。先鋒を壊滅させた連合軍はついにタトゥス本隊へと突っ込んだ。先鋒の惨状を知った一部の雇われ将兵は主の意向を聞くことなく勝手に撤退を始め、その士気は格段に落ちている。そこに決定的な出来事が起きた。リーヴェ留守居の残りの貴族たちがミーシャ率いるエーデルリッター本隊に降伏して、すんなりと南リーヴェへの進路を開いたのである。1万5千のエーデルリッターが本隊に入ったことで雌雄は決した。ここから壮絶な掃討戦が始まった。
ミーシャは徹底的にタトゥス側に組した者を討つように命じられている。金で主の犬となる傭兵はこれから平和になるリーベリアにとっては邪魔な存在である。そして隙あらば世を乱そうとするものは更に危険な存在だ。そのためにセーナはこの混乱の隙にタトゥス殺害を図ったのである。後背も突かれたタトゥス軍は文字通り袋叩きに合って、逃げ場のない凄惨な処刑場と化した。すでにタトゥスに同調した貴族たちの一部が辛くも逃亡したが、残りは生きてリーヴェに戻ることは叶わなかった。そしてその中にはタトゥスも含まれていた。いらぬ野心を抱いたゆえ導いた、哀れな最期であった。
数日後、セネト軍を除いた大連合軍がリーヴェ王都に入った。すでにミーシャの手によって王都は確保されていた。ノルゼリアに残ったシャルから詳細を聞いていたリュナンはリーヴェ王都に入るやすぐにミーシャに会って、その労をねぎらったという。その言葉を聞いたミーシャはすぐにリュナンにリーヴェ王都を明渡して、主君セーナがいるガルダへ向けて出発していった。
その翌日、ウエルト国王ロファールの主導によって、リュナンの戴冠式と、リュナンとリーヴェ王女メーヴェとの結婚式が執り行われた。セーナに同調した貴族たちがもちろんのようにしゃしゃり出てきたが、所詮は彼らも時代の流れに従ってセーナに従ったまでで隙あらばリュナンの王座を狙うことも十分に考えられる。リーヴェの狸たちと噂されるだけあってリュナンも彼らに警戒感を抱いている。そして彼らに僅かでも政治に口出しさせないために、戴冠式と結婚式を彼ら主導にさせて勲功を挙げられるよりは、その道に馴れているて全幅の信頼ができるロファールに全てを頼んだのである。これには一部の貴族から不満が噴出したが、リュナンたちが連れてきた50万を超える兵に王宮に入られている以上はどうしようもない。さらにはサリア、ウエルトはもちろんのこと、新生レダまでもがリュナンを全面支持することを表明している以上、彼らの生き残るためにはリュナンに屈するしかないのだ。
こうしてリーヴェ国王リュナンが誕生した。ただし当面は自ら国政を執るわけではなく、リュナン再起のために兵を貸してくれたウエルトまでお礼を言うための旅が始まる。彼がまたリーヴェに戻るまでの執政はオイゲンに、軍事をクライスに全面的に委任した。ただリュナンがリーヴェに戻ってくるまでにはそれよりもさらに時間がかかることになるが、その理由はこれからの話。