リーベリアでの壮絶な死闘を見届けたセーナはすでにガルダ島に戻ってきていた。ただその強行軍がたたったために今は兵の英気を養うためにしばらく留まらずを得なくなった。しかしじっとしているわけにもいかないセーナは手勢を持たないライトを先にシレジアに戻して、義父セティを支援するようライトに言った。そこはさすがに賢王セティの子である。すぐにセーナの意図を察して快諾したが、念のためにレイラをセーナの側に置いていくことにした。やはり時折暴走しがちなセーナを心配していたのだろう。
その夜、セーナはささやかな宴会を開いてグリューゲル諸将らを招いた。ここには理由もなく「戦い」を求めてリーベリアから付いてきたリチャード軍の剣士アジャス、バルキリーの暴走により命を吹き返したパピヨン、そしてアカネイアから来たリュートたちも加わって、賑やかな宴会となった。この最中、ライトはセーナを北山の古城跡に呼び出した。どうも重要な話があるようである。護衛のために付いてくるといったカインやミカを煙に巻いて、久しぶりに2人きりとなったセーナとライトは麓で開かれている宴会会場をしばらく見下ろしていた。ふとセーナが聞いた。
「そろそろ教えて・・。どうしてここの大戦の前、町に引き篭もったの?」
ここの大戦とは、もちろん(第一次)ガルダ聖戦である。この直前までライトは1人で町に篭もっていたのだが、今それを蒸し返した。
「その理由が今夜、君に話したいことさ。」
その応えを薄々察していたのか、セーナは何も言わずに先を促した。
「君はクレス卿をしっているだろう?」
クレスとは解放戦争終結後、突如としてセリスの前に現れ、新しいグランベルの土台を作り上げた彼の左腕として知勇兼備の大活躍をした新生グランベル帝国の初代宰相のことであった。またセリスの風貌に似ている面も多かったためにこの頃あたりから流行しはじめた【裏シアルフィ家】の一族かという噂も絶えなかったという。しかしその宰相もセーナが生まれる直前にセリスによって反逆の汚名を着せられて誅されている。もちろんそんな激動の人生を生きたクレスをセーナが知らないはずがない。しかし問題はその答えだった。
「知っているわ。私の本当のお父さんだもん。」
事もなげに重大な事実を言ってのけたセーナにライトが非常に驚いた。実はライトが話そうとしたのはそのことである。セーナはその事実を知ったわけを話し始めた。
「私だってどうしてシレジアに来ることになったのか知りたかったのよ。次第にグリューゲルも大きくなっていって、フィードが臣従してくれてから彼の諜報衆を使って何年間もかけて色々と調べたんだもの。でもさすがにお父さんがクレス宰相とは思いもしなかったけどね。」
苦笑しながらセーナはライトの顔を見た。そして彼の死にはセーナの生が大きく関わっていたことも影響している。何と言ってもセーナが彼クレスと、主君の妻ユリアの間に出来た子であるから当然であろう。この頃はユングヴィとの軋轢も生じていたために精神的にまいっていたセリスは己の子でないセーナが妻ユリアの中に出来たと知った瞬間にすぐにクレスに異常なまでの敵愾心を抱いた。それほどクレスとユリアの仲は有名だったのである。そしてそれが暴発されて悲劇が起こったわけである。さらにセーナはライトも知らない事実を明かした。
「そして調べていくうちにお父さんは【裏シアルフィ家】の人間ということがわかったわ。つまりわたしにとって父がどちらであっても【祖父】は変わらないの。」
たしかにセーナの戦い方はセリスのものよりもシグルドのものに近い。いや近いというよりはそっくりであった。セリスのように堅実な攻め口ではなく、とにかく荒い戦を得手としている。とにかくセーナが全てを知っている以上、ライトの話すことはなくなった。あとはフィードを通じてセリスから託された『遺言状』を渡すのみである。
「さすがセーナだな。いつも僕を驚かしてくれる。それならあとはこれを渡すだけだ。」
そう言って綺麗に纏められている1枚の紙片を取り出してセーナに手渡した。1大陸を制した皇帝の遺言状がこのたった1枚の紙切れである。他人に渡ることを恐れるセリスの慎重さが特に表れている。セーナの手に渡ってしばらくそれを読んでいた。さすがに戦略眼、政略眼に優れたセリスだけあって、死んでからの今に到るまでの状況を的確に読み切っていた。そして最後にはこの一文で終わっている。
『お前がヴェルトマー平原にてその勇姿を見せた時、私は真に愛する人に再会できるだろう。』
ユリアがクレスを愛したこともあるが、対するセリスにもやはり真に愛する人間、ティナが心の中に残っていたのである。心の父セリスの思いを知りセーナはライトと共に静かにガルダ北山を下りて行った。
その翌日、ライトはアグストリアのクロスマリーナの協力を得て、シレジアへと撤退していった。その戻った先にまたまたライトを驚かす人々が待ち受けていることになるが、それはまた少し先の話。ついでにライトにはリーベリアから駆けつけてきたラケル率いる部隊が加わっている。彼らの出発から一週間、セーナは未だにガルダに留まった。すぐにユグドラルに駆けつけたいものの、すでにマリク陣営もセーナ対策は施している。すでにセリス解放軍の勇者の1人、レスター率いるヴェルダン軍40万がエバンスに控え、ミレトス連合軍30万もすでに出陣していてまもなくセーナの進路上に立ちはだかろうとしている。対するセーナ軍はわずか6千。今までリーベリアの軍勢を散々に蹴散らした勇者たちの部隊でもいささか見劣りするのは否めない。それゆえに徹底的に疲れを取って、最大の懸念になりかねない「疲労」という弱点を埋めようとしていた。
それから数日後、ミーシャ率いるエーデルリッターが合流した。リーヴェ内乱の詳細を聞き安堵したセーナだったが、すぐにその視線をユグドラルに戻した。ガルダ島の東側にはアグストリアの誇る大水軍クロスマリーナがその時を待ちながら波に揺られている。
さらに数日後、セーナの元にさらに心強い味方が訪れた。ウエルト王女サーシャと、ラケルの弟ルカの率いる総勢5千のウエルト勢である。祖国への凱旋中のサーシャの元に逆にガルダへと向かっていたルカが駆けつけて事情を説明。父ロファールに許可を取って、単身駆けつけてきた訳である。セーナも先の大戦を通じて、サーシャのことを頼れる妹のように思っていたので彼女の参戦を非常に心強く感じ、久々に顔を綻ばせた。これで気を良くしたセーナはいよいよユグドラルに向けての準備を整えるよう諸将に通達を出した。ついにセーナが動き始めようとしていた。
その夜、ミーシャがセーナの元に呼ばれた。出発の準備が整ったのか確認するための召集だと思っていたミーシャはいきなりのセーナの言葉に耳を疑った。
「今日よりエーデルリッターはガーディアンフォースへと名称を変更し、ガルダの留守居を命じる。」
ガーディアンフォース。もとの発音はガルディアンフォースにしようとしたが、若干言いづらいためにこの名前に変わったという。それをミーシャに任せたということはこれからセーナが戦う「ユグドラル後継者戦争」に参加できないということを意味する。必死の面持ちで食い下がろうとするもセーナは命令を覆さない。セーナとてミーシャ率いる2万の軍勢が加われば鬼に金棒に思っているのだが、もしセーナが破れた場合にはまだ子供のいないセーナの遺志を確実に継ぐものがいなくなくなる。それをミーシャに託そうとしていたのである。言い方を変えればそれだけミーシャの実力を買っているのである。セーナの傍らでミーシャの懇願を聞いているカインもセーナのその深慮を感じ取ったために何も言えずにいた。やがてミーシャが折れて、悄然としてセーナのもとを辞していった。セーナもミーシャを意を察して、その日はそれから何も話さなくなった。それぞれの思いが交錯するガルダ最後の夜が過ぎていった。
そしてユグドラルへ向けて出発する日。すでに大半の部隊はアグストリア国王アレスの手配したクロスマリーナの軍船に乗り込んでいる。サルーンらが率いるグリューゲル空軍、レイラのシレジア天馬騎士団、そしてサーシャ率いるウエルト天馬騎士団らも船に乗って移動する。これからの強行軍に備えての行動である。セーナはガルダ島の長老にそこそこの挨拶を済ませて、カイン、ゲイン、ミカと共にクロスマリーナの旗艦に乗り込んだ。各船にはアグストリアの国旗と共にもう一本の旗が風に揺れている。それは後世、世界中にその威を示すことになる旗、双竜旗である。黒き竜と白き竜、魔剣と聖剣が描かれ、黄色い光がそれらを囲むようにガルダの太陽の光に反射して輝いている。これにはセーナの思いが深く込められているのだが、まだほとんどの者はその思いを掴みかねている。
果たしてクロスマリーナはミーシャ率いるガーディアンフォースやガルダ島民の見送りを受けながらセーナ軍1万2千の兵と共にガルダを離岸し、ユグドラル西部の強国アグストリアに向けて旅立っていった。そのアグストリアはすでにアレスの息子エルトシャン2世が実質上の執政を執っており、その彼はセーナの兄シグルドⅡに同調し中立姿勢を明確にしている。先にリーベリアから戻った国王アレスの尽力で辛うじて上陸地点ハイラインの一時的利用と国内の通過が認められたのである。またこの件を機にアレスは王位を正式にエルトシャン2世に譲った。それだけでなくセーナの客将として働くことを宣言し、有志を募ってハイラインにてセーナの到着を待っているという。さすがに引退しても黒騎士アレスの武威はさすがで、アレス時代にクロスナイツ、クロスマリーナに加わった者、さらには昔に敵だったオーガヒルのならず者たちもハイラインに集まっていき、すでに千に達する者がアレスの訓練を受けている。それまでしてアレスはどうしてセーナを支持するのかと言えば、何のことはない。親友でもあるセリスにセーナのことを頼まれているからである。だからこそ息子よりも友の娘のために一肌脱いだのだ。
数日の航海を終えて、セーナたちはいよいよユグドラルに上陸した。エルトシャン2世が宿割りをしてくれたためにこの日は何の混乱もなく手勢の全てを宿で休ませることが出来た。セーナはすぐにエルトシャン2世に礼を言おうとしたが、さすがに中立を宣言しており片方の勢力の総大将と話をすることはできないのか、それとも少しでも思いのある彼女に会って自分の決意が揺らされるのを恐れたのか、すでに王都アグスティ-に向けて去っていた。
翌日、ユグドラルに初めて双竜旗が翻った。この旗の向かう先は今のユグドラルの心臓部バーハラ。リーベリアで巻き起こって一度収まった戦火は今、ユグドラルに飛び火して激しく燃え上がろうとしていた。