リュナンはすでにウエルトへの凱旋を終えて、ホームズたちと共に悠々自適の旅をしている。ソラの港を発ったシーライオン旗艦(?)アシカ号はウエルト沖を回航していって今はちょうど南ウエルトに立ち寄って、色々と食糧などを整えていた。ここから南に行けば全ての歴史が始まったアカネイア大陸がある。
「それじゃ準備も整ったし、どこ行こうか?」
戦が終わって晴れ晴れとした声でホームズが言う。
「南にアカネイア、西は未だに未開の海。」
ついでに西に行くとユグドラル大陸東側にたどり着くわけだが、まだこの星が丸い、という概念がない時代である。同様にユグドラル東側諸国の人間もそこから東に何があるかはわかっていない。というのもこっちルートでのユグドラルとリーベリアの距離はアグストリア・カナンルートの数倍は長いためである。ホームズの言葉を聞いて、しばらく考え事をしていたリュナンが応えた。
「北東はどうかな?」
この位置から北東と言えば、紛れもなくリーヴェにあたる。せっかくの休養を未だに混乱が残る国で取るというのは不思議すぎるもの。しかしリュナンの視線はその先にあった。
「ガルダに向かってくれないかな。」
この言葉でリュナンがしたいことがホームズにもメーヴェ(エンテ)にも察せられた。だがホームズも内心ではリュナンと同じ事を考えていたので否を言うつもりはなかった。
「よし、それじゃあ、最初の目的地はガルダだ。進路を東に取れーーー!」
ホームズの指示の元、部下がテキパキと出発準備を整えて、舳先を東に向けてアシカ号はウエルトを出発した。悪天候に遭遇することもなく、リュナンたちはセネー海を滑るように横断していき、やがてシーライオンの根城であるグラナダに到着した。ここはヴァルスの意向もあって沖にあるイル島と共に新生リーヴェの傘下に入っている。そしてこのグラナダをヴァルスの後を継いでいるのがアトロムである。最初は何も事情を知らずにホームズの口車に乗せられてこの地にやってきたが、ここでもヴァルスのされたいままにされて領主になっている。といっても当面はヴァルスが政務を執るのが自明の理である。そこにホームズたちが戻ってきたからグラナダは上を下をの大騒ぎとなった。最初こそグラナダに寄らずにイルで物資の補給をしようとしたほどここには寄りたくないと広言していたホームズだったが、その言葉通りにさっさと城下の宿に引き篭もってしまった。仕方なくリュナンとメーヴェでヴァルスに挨拶をして、自分たちがこれからは果そうとすることを伝えた。この夜、報せを受けて飛んできたアーキスとリィナもラゼリアから飛んできて大宴会が開かれる事になった。隅にはこそこそと酒を舐めるホームズがいたともされていたが、結局目立つところは全てリュナンとメーヴェの新婚夫妻が担当することになったが、2人からすれば受難の夜だった・・・。翌朝、さっさと準備を整えてグラナダを逃げるようにして発ったアシカ号北北東に進路を変えて、セーナがリーベリア支援の拠点としたガルダを目指すことになった。

 数日後、ガルダ島の東部にある港にアシカ号が入ってきた。こっそりとした入港なのでグラナダとは対照的に非常に静かだったため、ホームズはもとよりグラナダで疲労困憊したリュナンとメーヴェもほっと胸を撫で下ろした。もっともこのガルダは熱狂的にセーナを支持するものがほとんどで、グリューゲル軍旗以外の軍旗を知らなかったのもこの静けさの主な原因であった。果たして島内を視察したリュナンたちはしばらくガルダ島を見て回る事にした。何度かここに来たことのあるホームズもあまりの発展振りに目を見張っていた。今はガルダ聖戦時にゾーア帝国軍から市街を守るために作られた「セーナの壁」を崩す作業が始まっていて、ガーディアンフォースの一部がこれに従事していた。それを目端に認めたリュナンがホームズに言った。
「やっぱりセーナはエーデルリッター(ガーディアンフォース)をここに残したようだね。」
それに対してホームズも返答する。
「少数で圧倒的多数を打ち破れば、武威は世界中に轟くからな。そのために彼女はこいつらをここに残したんだろう。」
「どうだろう、ホームズ。これから彼らの力を借りて、セーナを助けないか?」
ガルダに来た目的をようやくリュナンが口をした。ニヤリとするホームズだが、
「冗談言うなよ。俺たちはセーナほど戦上手じゃないんだぜ。2万程度の軍でどこまで助けになることか。」
と自分が乗り気なのを隠して、反論する。ホームズの本意を知るリュナンは少し笑みを含みながら言う。
「君は何度も言ってたじゃないか。戦は兵の数ではなくて手段なんだ、と。」
その言葉に覚えがあるのかカトリも少し反応した。ホームズはさらにニタリとしてリュナンの胸を叩いて、シゲンたちを連れて宿を探しにさっさと町の奥に消えていった。またリュナンが面倒な役を任される事になったというわけだ。足元の石を蹴りながら西の方に体を向けてリュナンは歩いていった。それを苦笑して見ながらメーヴェは彼の後を付いて行く。
 そして北山の麓にあるガーディアンフォースの本陣にリュナンたちが着いた。守衛に用件を伝えたところ、当然のように彼らが本物かと疑いだした。それも無理はないだろう。リーベリアの一大国の国王が妃と2人きりでいるのだから。少しずつ騒ぎが広がっていき、すぐにミーシャのいるところまで届いた。若干不満の溜まっていたミーシャだったが、騒ぎを聞くと取るものを取らずに急いで駆けつけた。周りの騒ぎにすでに辟易していて困りきったリュナンたちはミーシャの姿を認めるや否や、すぐに助け舟を求めた。リュナンとリーヴェ王宮で面識のあるミーシャは即座に場を落ち着かせて、周りにいる者を仕事に戻した。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。ですが、どうしてこのような所にお2人で・・・?」
「いえいえ、こちらこそ混乱させてしまって。実を言うとあそこにも連れがいるのですけどね。」
と言ってリュナンは顔を市街部の方を憎々しげに向けた。
「と、とりあえず奥へどうぞ。こちらは風が強いのですので。」
そう言ってミーシャはリュナンを陣内のしかるべき所に招いた。その道中、リーベリアの英雄見たさに他の兵たちが殺到してきた。すぐにミーシャの近衛兵が事態を収拾したために大事には到らなかったが、逆にそれがリュナンの人気の高さを物語っている。そしてこの時、リュナンはセーナがガーディアンフォースをこの地に置いていった別の理由を悟った気がした。設立以来セーナと二人三脚でその手足となってきて働いてきたグリューゲルに比べて、ガーディアンフォースは急造の部隊である。それでいてグリューゲルの数倍の大人数のために意思の疎通が難しく、それゆえにセーナへの畏敬もグリューゲルほど厚くない。それが今回のリュナン訪問に対する混乱で顕著に表れている。それゆえにより魅力ある人物が表れた場合には簡単に鞍替えする場合もあるし、また主君が窮地に陥った場合は見限って逃走、最悪の場合には寝返ることすらある。その脆さを知っているためにセーナは彼らをガルダに置いていった。やがてとある陣舎に着いてミーシャと、リュナン、メーヴェは向かい合うように座った。
 そしてリュナンはミーシャに話し始めた・・・。

 次の日からガーディアンフォースの陣の撤収作業が始まった。彼らは初めて主君セーナの命を破って、彼女を支援するために独断で出陣する事にしたのだ!リュナンはすぐにセネトに使いを送って、ガーディアンフォース出陣後のガルダの守備と、ユグドラルに行くための軍船を要請した。ゾーア制圧直後であったためにセネトはリュナンの申し出を快諾して解体直前のこの軍勢の一部をガルダに向かわせた。この部隊の総大将は以前、主君を救うためにセーナのいるガルダに向かったことのある家臣ナリドを持つゼノンがなった。一方のホームズたちはリュナンからの報せを受け取るや、すぐにガーディアンフォースの陣に駆けつけてミーシャと協議を行った。その結果、この部隊の大将をリュナンが、軍師はミーシャとホームズとなることが決まり、見た目には非常に豪華な部隊となった。数日間の慌ただしい準備を終えてカナン軍の援軍が到着した後、ガーディアンフォースは彼らの乗ってきた軍船に分乗して主君セーナが苦戦しているであろうユグドラルへ向けて旅立っていった。
 この頃、セーナはユグドラルに帰還して初めての合戦を行おうとしていた。とある意味で後世まで名の伝わるエバンス大戦であった・・・。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月23日 18:33