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 エバンスでの悲劇は急速にユグドラル大陸中を駆け巡った。だが驚くほどにセーナを非難する声があがることがなかった。というのもここでカインの主君思いの策謀が発動していたからである。ここで道行く人にエバンスの件を聞いてみたところ、
「何でもセーナ様が倒られて、代わりに指揮を取っていたカインって人がエバンスの人を虐殺したそうな。」
と答えるばかり。そう、順序が入れ替わっているのだ。実際にはセーナがエバンスの根斬りを命じた後に、エッダ落城が伝わって彼女が倒れてカインが急遽根斬りの中止を止めたのが真実だが、カインがシャルと図って順番を入れ替えた情報を流したのだ。そして急激にこの情報を流すことでマリク軍のエッダ陥落を薄くする思わぬ副作用もあげているばかりか、この情報がマリク軍にも入ってグリューゲルに対する恐怖感が増幅したのも言うまでもない。エッダの戦勝気分もどこへやら、マリク軍はゆっくりとエバンスへ向けて進んでいった。
 さて当のセーナであるが、長旅と強行軍による疲労、そしてエバンスでの強烈なストレスによって倒れ、数日安静していた。それもあってセーナ軍はエバンスの西部を流れる大河・ユン河の要害を利用して超大軍を擁するマリク軍を迎え撃つのかと誰もが思っていたら、すでにカインとアベルの指揮のもとセーナ軍は何の躊躇いもなくユン河を渡ってグランベル帝国ユングヴィ領に侵攻した。これにはセーナなりの考えが反映していた。彼女はどんな時でも守備ではなく、攻撃に回っていた。それはガルダ聖戦、ノルゼリアの大決戦でも顕著に表れている。たしかにユン河を盾に防備を固めていればすぐに破れることはない。しかし守って勝つことは非常に難しく、そして守り続けても敵が圧倒的多数なら波状攻撃の前にあっさり敗れることがザラである。ならば乾坤一擲の勝負に打って出て、わずかな可能性を引き出す方が魅力的なのである。セーナ軍がエバンスを経って数日後、二騎のペガサスがエバンスに滑り込んできた。一騎、主のいないペガサスの名は「メリル」。言うまでもなくセーナの愛馬である。そしてもう1人の天馬騎士はそのメリルの末妹で、名をエリーであった。レイラ天馬騎士団の副隊長だが、それと同時にセーナに妹のように可愛がられた若き天馬騎士である。しかしセーナがリーベリアに向かい、ライトがそれを追うようにシレジアを発った時にエリーはユグドラルに残り、姉の名を受け継ぐ主君セーナの愛馬メリルの世話をしていたのだ。そして今、セーナが帰還したと聞いていてもたってもいられずにメリルと共にエバンスに駆けつけてきたわけである。エリーとメリルの到着を聞き、すっかり快復したセーナは彼らとの再会に久々の笑顔を見せ、すぐにメリルに跨ってそのままエバンス上空をしばしの間飛んでいた。
 翌日、セーナはミカと共にメリルに相乗りしてエリーと共に先発しているグリューゲルと合流すべく日の出と共にエバンスを発って行った。数時間後にはユングヴィ城攻城準備を始めているグリューゲルと合流して、カインたちから詳細を聞くことになった。その時、思いもがけない報せが彼らのもとに届く。それは・・・
「シレジア軍、フィノーラ手前にてイード軍の急襲にあい潰滅!」
という俄かには信じられない情報だった。そんな情報を耳に入れたのにも関わらずセーナの表情には少しも変化がなかった・・・。

 それは一週間前のことだった。すべての軍備を整えて、いよいよ出陣の時となった新シレジア国王ライトはシレジア軍の旗印となるシグルド、そして父セティを始めとするシレジア諸将を招いて軍議を開いた。だが始まってからすぐにセティの一言で決着が付くことに。
「まずはお前がやってみろ。」
リーベリアでどれだけ経験を積んだのか試したかったセティの思いがそのまま通ることとなった。というのも隆盛の著しいシレジア軍といってもつい半年前に行われたイード戦役にも参加しなかったためにまだ実戦経験は薄く、セティ、フィー、レイラ、そしてライトが実戦に出ている程度である。さらにフィーがヴェルトマーへの援軍としてここにおらず、レイラは言うまでもなくセーナ軍にいる。そのためにライトにとってここで頼りになるのは父セティと、数十年歴史の影に消されていた英雄シグルドの2人だけだった。そしてシグルドもセティの言を支持ししたために他の諸将もそれに従った。さてそうなって困ったのがライトだった。すぐに頭をフル回転してずっと考え込んでいたライトだったが、まだ自分で策を立てたことのない彼にはどうしても過去のモノを利用するしかなかった。そのために彼の策は数十年前のシグルド軍によるグランベル帰還ルートを利用するものに纏まりつつあった。イード軍の牽制を受けて身動きがとれないヴェルトマー軍に呼応するために、イードに一度落とされているヴェルトマーの属城フィノーラ城を落としてから数の圧力を持ってイード軍を抑えようというものであった。
 翌日、ライトは眠い目をこすりながら諸将に自分の策を打ち明けた。実戦経験のない天馬騎士のセイラや、アイリスらは若き国王の成長振りに目を見張っていたが、歴戦のシグルドやセティはさしたる反応を示しているようには見えなかった。ここに心優しい叔母フィーがいれば、何か助言をくれたのかもしれないが、セティもシグルドもこの少年を大きく飛翔させるために心を鬼にして何も言おうとしない。その様子に若干の不安を覚えたライトだが、興奮したセイラやアイリスら若手諸将に煽られてそのままそれが採用されることとなった。その夜、息せき切ってイザーク方面から小部隊がシレジア軍に駆け込んできた。守衛が問い詰めると、何とイザーク国王シャナンと王女ナディアがシグルド生還の報せを聞いて駆けつけてきたのだった。シグルドは2人の妻を立て続けに失い、その上病持ちで己より老け込んだシャナンに憐憫の情を感じたものの、それを隠して務めて明るく振舞った。ここに同年代のデューも加わってシレジア軍の一角でしみじみと小宴会が開かれることとなった。

 翌朝、シャナンとナディアの見送りの元、シレジア軍60万はライトの策のままフィノーラに向けて出発した。ライトの不安をよそに進軍は想像以上にスムーズに進み、セイラとアイリスの率いる両天馬騎士団の支援のもと着実に真っ直ぐとフィノーラ城へと進んでいった。しかし、あと2日程度でフィノーラに到着して攻城準備を始められると思っていた時に突如として猛烈な砂嵐がシレジア軍を襲った。砂漠には不慣れというわけではないが、今回の砂嵐はそんなシレジア軍の動きを封じ込めるのに十分すぎるほどに強力だったのだ。そしてこの砂嵐を待っていたかのように鳴りを潜めていたイード諸都市軍がいっせいに襲い掛かった。まさしく華麗過ぎるほどの奇襲だった。
 攻城戦を前にして砂嵐のために気を抜いていたシレジア軍はこのイード軍の強襲の前に為す術もなく次々と潰滅していき、懸命にセイラとアイリスが立て直そうとするも砂嵐の前に天馬騎士団は無力だった。さらにはイード軍が多くの弓兵を擁していたために強風の中でも辛うじて浮上した天馬騎士たちはそれらが放つ矢によって次々と落とされ、天馬騎士を支える一人アイリスも腕に矢を受けて負傷してしまった。またこの奇襲を薄々察知していたのか、セティは直属の精鋭と共に最前線に進んで父レヴィンが愛用したエルウィンドと共に獅子奮迅の働きを繰り広げ、これ以上のシレジア軍へのダメージを広げないように尽力した。そして当のライトといえばこの奇襲で頭が混乱に陥ってしまい、何をどのようにすればいいのか全くわからないでいた。やがてセーナから預けられたフィードが駆けつけて彼に喝を入れた!!
「今はとにかく撤退して被害を最小限に抑えるのが最優先だろ!!」
仮にもセーナ十勇者の1人である。こんな大混乱のときでも状況を的確に捉え、何が適切かをしっかり理解していた。この喝にようやく落ち着きを取り戻したライトは己を殿として撤退することになった。まず負傷したアイリスとその配下の天馬騎士団、そしてシグルドたちが退却に移り、大打撃を被った風魔道士団も後に続いた。セティとセイラがこんな状況にも関わらず整然と粛々と退却し、ついにライトが最後にこの地を後にすることとなった。
 だがイード軍はよそから寄せ集めと思われている軍勢とは思えない連携を見せ付けている。今まで何事もなく順調に来ていた箇所にもイード軍の伏兵が待ち受けていたのだ。狙いは言うまでもなく先陣を切るアイリス率いる天馬騎士団。英雄シグルドに傷つけないためにアイリスは傷を負いながらも前線で兵を必死に鼓舞し、不退転の決意を新たにした。しばらくするとアイリスの右足にも矢が刺さり、文字通り満身創痍になってきた。ここに後続のセティたちが駆けつけてイード軍を追い払った。これを知ったライトはすぐにセティを先陣に添え、もはや戦闘することが出来ないアイリスたちは隊から離脱させシレジアに戻すこととなった。その後もイード軍は各所で奇襲を加え、その都度シレジア軍は厳しい戦いを余儀なくされたが最終的にはシレジア軍が一塊となってイード砂漠という難所を突破し、再びリューベック城への帰還を果した。しかしこの戦いで失った兵は逃亡兵、降伏兵を含めて12万にも及びシレジア史上最悪の大敗となった。

 この一連の戦いは1人の少女によって完全に演出されていた。その少女の名はマリアン。ダーナの領主の娘で盲目というハンデを負っているのだが、その実はといえばセーナ、ナディアに勝るとも劣らない大器の持ち主であったのだ。ライトはそんなマリアンの存在を軽視し、そしてその実は彼女の下でまとまっていたイード諸都市軍を寄せ集めと侮ったために今回の大敗につながったのだ。盲目の人間は人の心が読めると言われることがあるが、彼女はまさにその典型なのかもしれない。しかも奇襲日の大砂塵も彼女は見事に予測していたのだ。ユグドラル一の堅実漢ライトの前に神算・鬼謀を駆使するマリアンという巨大な壁が立ちはだかるのだった。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月23日 19:19