「馬鹿正直な孫を持ったもんだ。」
その男は人跡未踏のシレジア中央山脈の一角からイードの方角を見下ろしている。もちろんここからでは見えるはずはないが、その男の視野はすでにユグドラル全土を見渡せている。
(血というものは憎めんもんだ・・・)
そう心の中で苦笑していた男のもとにワープの魔法陣が着いた。
「おや、お前がユグドラルに来るとは珍しい。」
冬の入りかけといえどもシレジア中央山脈はすでに氷に閉ざされている。そんな環境で寝そべっている男は急の訪問者を軽く迎えた。
「あなたの孫を焚きつけてこようと思ってな。」
そう言った男はリーベリアから撤退中にセーナの力量を計るために突如現れた、謎の魔道士ホルスだった。
「手加減した方がいいだろう?」
どうやらその男の孫であり、シレジアの新国王となったライトに何やら手をかけるようだ。それを聞いた男はふっと体を起こして言った。
「目が覚めないのなら殺しても構わん。どうせ不出来な孫だ。」
この男の名はレヴィン、いやフォルセティと言っても過言ではないかもしれない。セーナのユグドラル帰還時に彼女のマスターリングから飛び出した彼はどこぞに封印していた実体を取り戻して、ここシレジアで孫ライトの様子を見守っていたのだ。さらにレヴィンは続ける。
「確かに器はセーナに負けないくらい大きいかもしれんが、心が小さすぎる。」
レヴィンは的確にライトの素質を見切っていた。いやホルスも見切っていたのだろう。だからこそ小さい心に縛られた真の素質を開放すべく動こうとしていたのだ。苦笑を浮かべたホルスはそのままワープで消えて、虚空の彼方に飛んでいった。
「我々が出来ることは限られている・・・頼むぞ、ホルス。」
レヴィンはそう呟いて再び眠りについた。
40年前親友キュアンの死を乗り越えてイード北部を突破したシグルド、そして20年前に電光石火の勢いでイード中南部を制圧して陰謀渦巻くトラキア半島を目指したセリス、共にこの砂漠では短期戦で終わっている。ユグドラルでも特有の気候条件、足をすくわれる広大な砂漠、そして将兵の士気を大きく削ぐ巨大な砂塵、これら諸々の条件が大きく影響を受けるために両英雄共に短期突破を目指したのだが、今、ユグドラル史上でも珍しい砂漠上での長対陣が続いている。イード城西部、つまりイード砂漠のど真ん中で鉢合わせとなったシレジア軍、イード軍の対峙はすでに3日目になっている。砂漠を生業にしている民が中心のイード軍はまったく堪えていないが、若き国王率いるシレジア軍はすでに限界を越えようとしていた。兵たちは苛酷な環境での対陣に士気はすっかり倦み、隙あらば逃亡するものも現れる始末だった。ライトもこの膠着状態をどうにかすべくイード軍に小競り合いを何度か仕掛けようとしたが、イード軍前面に50個ほど散らばっている20~30人で構成されている小部隊に徹底的にかく乱されて、なかなか戦機が熟さないままであった。苦悩するライトは再びイード軍を睨む高台に昇り、彼らを眺めて策を考えた。
「どうする・・・。」
彼を気遣ってか、いつも護衛を務めるセイラはいない。というよりは彼女は懸命に将兵たちを鼓舞させるために忙殺されていたというのが正確かもしれない。ふと、ライトの背後で空気が歪み、低い声でライトに話し掛けてきた。
「ユグドラル№2の大国の国王がこんな所に1人でいれば暗殺されても知りませんよ。」
その直後、ライトの背後から猛烈な勢いで闇の魔法ヨツムンガルドが襲い掛かった。声をかけられて意識が覚醒したライトは横に飛んでその闇魔法を避けようとしたが、桁違いの魔力から放たれたヨツムンガルドはライトの左肩を貫いた。
「ぐっ!!」
苦痛に呻き声を漏らすライトの前に、闇の中からどこかに見覚えのある男が出てきた。もちろんライトはその男のことを覚えている。恐ろしいまでの魔力を持ち、リーベリアでの帰還中にセーナに立ちはだかったホルスである。
「あれほどセーナ殿の側にいながら、彼女の強さを秘密を一つも理解できていないとは・・・。私はあなたのその眠った光を呼び出すために来たのだ!」
そう言いながらホルスは再び魔法の詠唱を始めた。と思いきや今度はすぐにファイアーが放たれる。しかしその威力は並みの魔道士のボルガノンを大きく凌駕するほどのものだった。左肩を負傷し動きが封じ込められたライトがその巨大で猛烈な火炎に飲み込まれる瞬間、側面から一筋の風が走りぬけた。
『エルウィンド!』
ライトを包み込みそうとなった火炎はその風に流されて、ライトとホルスの間を流れていった。ホルスとライトが風上の方向を見ると、そこにはライトの父であり、賢王の異名を持つセティがいた。
「誰だかは知らないが、息子を害そうとする人は私にとっても敵だ。」
温厚なセティからは考えられない殺気がほとばしっていた。それは歴戦のホルスを怯ませるのに十分なほどだった。
「あなたがセティ殿ですか。賢王と言われたあなたが今回の戦ではどうなされたのでしょうか?よもやとは思いますが、知恵の鏡が曇られておいででは?」
すぐに立ち直ったホルスは逆にセティも煽る。しかしセティはその言葉で急速に冷静になって。
「たしかに私にも油断と言うものがあった。よもやイード軍があれほどの纏まりを見せるとは私ですら思っていなかったからな。しばらく実戦を離れていれば知恵の鏡とやらも曇る。」
と意外にもサバサバとした答えを返した。
「だがライトに全てを託そうとしたことを誤りだとは思っていない。今回こそ失敗したかもしれないが、失敗こそ人を大きくさせる源ではないのか?」
「確かに!だがそれでは遅すぎるのだ。この戦で目を覚ましてもらわねば、シレジアはいや、ユグドラルは大いなる波に呑まれることになるぞ。」
それはホルスからの警告だった。セティにもライトにも彼の言う「大いなる波」が何なのかは検討すらつかない。いやその考えを阻むかのようにまた別のところから声が聞こえたのだ。
「ホルス、手加減をするなと言ったはずた!!」
この声を聞いてまず反応したのがセティだった。
「父上・・・!」
気がつけばホルスの背後にレヴィンは姿を現していた。その姿を見て、セティは声を震わせながら言った。
「これがあなたのやり方なのですか?!」
「・・・セティ、お前も薄々と察しているだろう!」
レヴィンは静かに言った。
「シレジアも生まれ変わらねばならないのだ!平和を尊ぶのは構わないが、それが戦に参加しないわけではない。シレジアこそ世界を平和に導くための急先鋒にならなければならないのだ!」
レヴィンの言うようにセティが国王になってからというもの、シレジアはガルダ義勇軍を除いてどの戦にも参戦しなかった。つい1年前に行われた、暗黒教団を滅ぼすためのイード戦役にも参戦しなかったのはすでに触れたが、そのためにシレジアの将兵は生の戦と言うものをしらない。それゆえに奇策や長陣など大戦には欠かせないモノが抜けていたのだ。それはライトとて同じだ。リーベリアに行っていたとはいえ、そのほとんどをセーナのモノを見守っていただけだったので吸収している量も決して多いとはいえない。とはいえ大事なのは経験ではない心構えである。だが政争にも無縁で、温和で知られるシレジア人には狡賢さや精神的タフさなどは皆無に等しい。そしてライトもまたシレジア人の典型であった。
「ホルス、次で終わらせろ。これが分からない奴にシレジアを牽引する資格などない!」
冷徹に言い放ったレヴィンに応えるように、ついにホルスが長い詠唱を始めた。放つ魔法はもちろん『エレシュキガル』である。セティはその魔法をまだ知らないが彼の放つオーラから尋常でない魔法を使うことは想像できた。すぐにライトのもとに駆け寄って、本陣に戻るように促した。
「ライト、あれはマズイぞ。ここは私が引き受けるからお前は退け!」
しかしライトは目を閉じて、「気」を右手に集中させようとしていた。懐には風の聖魔法『フォルセティ』が握られている。これを目に入れたレヴィンはほぉ、と思わずうなった。
「フォルセティを具現化するつもりか!確かに聖十二武器の中でも群を抜いた特殊能力を引き出すのには魔法剣にするのが一番だが、果たしてあいつにそれができるか。」
そう呟いている間にライトの右手にはうっすらと剣の形をした「魔法剣」フォルセティが出来上がりつつあった。だがホルスの詠唱は終わりかけ、いよいよ『エレシュキガル』を放つようで鬼火のような暗黒の炎が彼の周りを回り始める。これを見てセティはライトの説得を諦めて、出来る限りエレシュキガルを食い止めるべくエルウィンドの詠唱を始めた。だがそれより早く『エレシュキガル』が放たれた。先程のヨツムンガルドとは桁違いの邪気を持っている。すかさずセティが詠唱を終えて、エルウィンドを放つ。しかしたとえ賢王セティの魔力といえどもエルウィンドとエレシュキガルでは分が悪すぎた。セティの放った緑色の風は邪気の炎の前に寸断されて散り散りとなった。そしてエレシュキガルは寸分の違いもなくライトとセティに襲い掛かろうとしたその時、ライトの右手が大きく輝いた!魔法剣フォルセティが覚醒したのだ!
『グリーンバリアー』
すかさずフォルセティ特殊効果の一つ。リーベリアの守備魔法ウォーミンウィンドとほぼ同じ効果を持つ。魔法剣フォルセティから緑色の風が吹き出しライトとセティを包み込んだかと思えば、邪気の炎を寸前で食い止めたのだ!そしてすかさずライトは特殊能力【ダブルマジック】を発動させて、同時に風の聖魔法フォルセティを解き放つ。同時発動の分ライトへの魔力の負担こそ大きいが、そこはさすがにセティとティニーの息子である。魔法剣から放たれた聖魔法フォルセティと、グリーンバリアーの前に攻めあぐねるエレシュキガルが正面からぶつかった。だがやはダブルマジックには無理があるのか、ライトの魔力が弱まりフォルセティの威力が弱まっていく。やむを得ずグリーンバリアーを解いてフォルセティ一本に絞るものの、また盛り返された勢いを跳ね返すことは出来ずフォルセティで受けそこなった邪気の炎の一部がライトとセティに襲い掛かり、体力を奪っていく。この光景を見てレヴィンは二人に宣告した。
「まだわからないのか、お前達が強大な力に対抗するために必要なことが。ならここでシレジアと共に滅びよ。」
これにセティが返した。
「父上、私は母上を見捨てたあなたとは違う。私は自分で大事なものを守りきってみせる。たとえ無謀な戦いだろうが、一生懸命抵抗してみせる!」
セティのその言葉を聞いているライトの目が知らず知らず潤んでいった。理由こそ不明だが、ライトの心に響くものがあったのだろう。
「ライト、私の力をお前に託す!」
【フォローウィンド!!】
セティの両手からほとばしる風がライトのフォルセティを包み込み、そしてエレシュキガルを押し返す!セティが己の思いをかけて作り上げた支援魔法フォローウィンドは他の術者の魔力と自分の魔力を融合させるためのものである。そのセティの思いを乗せてフォルセティは勢いを増していく。
「父上・・・!」
「いいぞ、あと少しだ!」
「ハイッ!」
気がつけば五分と五分までに盛り返している。しかしホルスの魔力が2人を上回っているのか、セティとライトが全力を出し切れないのか決め手がなくなっていた。だが一つだけ言えるのは左肩を負傷して全力を出せないライトと、先程エルウィンドを粉砕されたセティの方に分が悪いのは明らかである。
(あと1つ、何かきっかけがあれば・・・)
そんなライトの期待に応えたのかホルスの周りにフワッと風が舞った。それは風魔法ではない。だがライトが待ち望んでいた「きっかけ」の到来だった。
「待たせたな!シレジアのお坊ちゃん様よ~!」
『太陽神剣』
付近の茂みから飛び出したのはフィードであった。すぐに『太陽神剣』をホルスに放った。すっかりライトとセティにばかり目が行っていたホルスはすっかり虚を突かれた。ここでホルスはエレシュキガルを解除して、フィードをヨツムンガルドで吹き飛ばした。だがエレシュキガルを解いたことでライトとセティのフォルセティがすかさず襲い掛かってきた。だが避ける時間はなかった。聖なる風はホルスに炸裂し、その直後大爆発を引き起こした!ライトたちは目を凝らして、その結末を待った。しばらくしてさっきの爆発を聞きつけて、セイラたちが駆けつけてきたが、ライトたちの真剣な眼差しにそれ以上近づけないでいる。果たしてホルスたちのいたあたりの煙が晴れたものの、その後にはホルスもレヴィンもいなかった・・・。
しばらくしてライトは我に返って後ろにいるセティを振り返った。すると
「あとはお前次第だ。」
久々に魔力を解放して崩れているセティは息も絶え絶えになりながら言った。それに力強く答えるようにライトは強く首を縦に振った。この時のライトの瞳はつい1時間前のものと違って生まれ変わったかのような輝きをしていた。これからライトたちは一度シレジア軍本陣に戻って手当てを受けた。
果たしてホルスとの戦いを通じてライトが得たものは何だったのか。それはこれから始まるイード平定戦で明らかとなる。これよりシレジア軍の大反撃が始まる!