ユグドラルの各地で上がった戦火はグランベルへと収束し始めていた。だがそんな中、エバンスで起こったヴェルダンの戦火は南へと移り再びマーファの地で燃え上がった。エバンスの大戦で大敗してサルーンらグリューゲル空軍が去った後のマーファまで戻って体勢を立て直したレスター率いるヴェルダン軍はヴェルダンに侵攻してきたアグストリア軍と一大決戦に及んだ。しかし数では圧倒的優位に立っていたはずのエバンス大戦に破れ、しかもこの場ではその数ですら劣っているヴェルダン軍に勝利の女神は訪れなかった。
 マーファ決戦はレスター率いるヴェルダン近衛軍が死に物狂いの猛攻を始めたことで火蓋が切られた。ここで敗れればたとえグランベルでマリクがセーナを退けても、自身の敗亡は確定するヴェルダン軍の決死の攻撃にさしものアグストリア軍も苦戦していた。しかしアグストリア軍の総大将エルトシャン2世は冷静にヴェルダン軍の攻撃を見て、全軍にヴェルダン軍を軽くあしらうように命じた。窮地に陥ると何をしでかすのがわからない人間の恐ろしいところ。ならば関わらないのが一番とエルトは判断してじわじわと戦線を後退させながら、「戦機」が訪れるのを待った。ヴェルンダンはその国柄、粘り強い用兵が得意で有名だが、数時間も死に物狂いの戦いを繰り広げていると体が言うことを利かなくなる。じわじわとだがヴェルダン軍の動きが緩慢となっていくことを見逃すほどエルトは甘くない。曲がりなりにも黒騎士ヘズルの末裔で、獅子王エルトシャン、黒騎士アレスの血を継いでいるのだ。自身が直卒するクロスナイツを前面に出して、一挙に総攻撃に入った。グリューゲルに並ぶ精鋭を前面に押し出しての総攻撃に、数に劣るヴェルダン軍は次々と浮き足立っていき一部では命惜しさに逃亡も始まっていた。結局、それからは呆気なかった。レスターもあっさりと抗戦を諦めてヴェルダン王都への後退を始めたことで、大潰走が誘発された。アグストリア軍は無理な追撃を行わず、長時間に渡って続けられた戦の疲れを癒すためにその日はすぐに休みに入った。
 この決戦によってヴェルダンの滅亡は不可避の情勢となり、その命はエルトシャン2世の手に委ねられることとなった。肝心の本人はといえば、もう勝ちは確実なのか、それともこれ以上本気で戦う気が起きないのか、それからのアグストリア軍の進軍は非常にゆったりしたものとなった。

 そんな情報をセーナはシアルフィの陣で耳に入れていた。息子エルトシャン2世の独断的な行動に苦笑を浮かべるのはいまや国を捨ててセーナの客将となったアレスであった。とはいえ、彼らも笑っていられる状態とは言えなかった。セーナ軍の前には地の果てまで続くかのような百万のマリク軍が陣を置いていたのだ。一方のセーナ軍は数万足らず。いくら一騎当千の勇者ばかりのグリューゲルがいるとは言っても、これだけの差になれば悲壮感が浮かぶのも無理はないはずだ。しかしセーナ軍からはなおも活気があふれ、戦の準備が着実に進んでいる。本気で100万を越える大軍と戦うつもりなのかもしれないが、傍から見ればこれほど愚かしい行為はなかった。当のセーナも自分で百万の大軍を退けると思っていない。それでいてケロりとしているのだから、誰もが震え上がるほどの恐ろしい程の大深謀が張り巡らされているとは思いもよらないだろう。
 セーナがシアルフィに着いた翌日、全軍でミレトスに攻め込んでいるトラキアの王子フィリップからの使いが訪れてきた。その使者のもたらした情報によると、すでにかなり行動を起こしていたらしい。ペルルークをおさえたトラキア軍は大軍の利を活かしながらミレトスを牽制しつつクロノスを攻めあげた。結果、クロノス城は脆くも数日で陥落し早くもミレトスの3分の1を切り取ることに成功した。しかしここからの相手はミレトスだけでなく、この地域を根城にする地下組織クロノスも台頭してくる。実際、クロノス城の西にあるラドス城を攻めようとしたフィリップだったが、攻城中のところをどこから現れたのかクロノスの部隊が背後から急襲し、さらにラドス側も城を出た結果挟撃されて甚大な被害を出している。またミレトスを牽制していた別働隊もミレトス東部の山岳地帯でクロノスが散発的に抵抗を始め、各所で連絡が寸断されて苦境に立たされていた。こうなるとミレトスへの牽制も意味を成さなくなり、クロノスに留まるトラキア本軍はラドス、ミレトスの2方面からの攻撃だけでなく、地下組織クロノスの神出鬼没な攻撃にも気をつけなければならず止むを得ずクロノスを放棄してペルルークまで退いた。まだトラキアを出たばかりというのにこれだけの行動を起こすあたりフィリップの行動力と決断力はすごいことがよくわかる。それを感じたセーナはガルダ以来会っていないフィリップの誇り高き顔を思い浮かべたが、報告を終えた使者の言葉がセーナを現実に引き戻す。
「そこでお願いなのですが、セーナ様の陣中にクロノスにいた者がいると聞いていますが、その方をお貸ししていただけないでしょうか。」
なぜセーナが公表していなかった「クロノスにいた者」、つまりシャルのことをトラキアが知っているのかと言えば何のこともない。昔のバルド同盟締結前の諸国との外交折衝時にシャルはトラキア担当で、その折衝から前国王アリオーンとフィリップ親子とは旧知の仲になっていた。その関係からシャルは自分でクロノス出身であることを二人に漏らしていたのだ。もともとセーナはグリューゲルの者、特に十勇者のことは外部に漏らさないようにしているが、彼ら本人には秘密の保守を命じていない。ここが面白いところで、それだけセーナがグリューゲルの勇者たちを信頼しているという裏返しである。使者の言葉を受けて、セーナが視界の隅にいる魔道士を呼んだ。いつもならユグドラル中を駆け回っているのだが、この日は珍しくセーナのもとにいるシャルが出てきた。
「シャル、話はおおよそわかったでしょ。この際だから、クロノスも掃除してくるように。」
「(セーナと離れて)寂しくなりますが、将来の禍根を強力な味方にして戻ってまいります。」
自信に満ち溢れた言葉を残して、シャルはすぐにペルルークへとワープしていった。どうやらこういうこともセーナの中では思慮の内だったようだ。大事な役目を果たした使者だったが、まだまだ大事な事が言いたいことがあるようでモゴモゴしている。その様子からしてさっきの件よりも重要なことらしいが・・・。
「どうかしましたか?」
そのあたりの機微に通じているセーナが使者に助け舟を出す。それに救われた使者が一気に頼み込んだ。
「主フィリップはこのシアルフィの決戦にセーナ様同様、並々ならぬ決意を持っています。ですので、出来ましたら主が到着するまでこの決戦は延期していただけないでしょうか。」
聞き方によっては多少図々しいお願いだったが、ハイエナの汚名をすすぐためにはこの決戦への執念は使者の言うとおり凄まじい。それこそが先ほどの暴走とも取れかねないトラキア軍の進軍の荒さとなっていたのかもしれない。しかし今の数万対百二十万という様相を見れば、いつでもマリクが仕掛けてもおかしくない状況。どんなに早くフィリップがシアルフィに着くとしても、その頃には結果は出ているはずである。それを丁寧に言ってはいるが引き伸ばせと言うのだからやはり図々しさも感じる。だがセーナはけれんみもなく
「全然構わないわ。」
と応えた。無理難題を押し付けて罪悪感に襲われていた使者ですら、何が了承されたのか一瞬わからなかったほどだ。さらにセーナはフィリップにアドバイスを送る始末。
「無理に全軍を送っていただかなくて結構とフィリップに伝えておいて。ミレトスはシレジアに並ぶほど守りの戦には長けているからね。」
「は、ハッ!そのお言葉しかとフィリップ様にお伝えします。」
我に返った使者が丁寧に頭を下げて、そそくさと本陣を去っていった。それと入れ替わるようにして今までここにいなかったミカが入ってきた。
「今の方はトラキアのご使者でしたか?あの去り方からするにまたセーナ様は使者の方も驚かす大盤振る舞いでもされたのでしょうか。」
一応ミカは家臣となのだが、セーナとの付き合いが長過ぎるためにしばしば主君にも馴れ合いの言葉を言うようになっている。だがこういうやり取りは日常茶飯事なのかセーナも気にせずに返答する。
「あの使者の肩をもってあげただけよ。それよりもそっちはどうだった。」
「ハッ!まもなく報知が来るでしょうが、お約束通り立ってくれます。」
この直後、シアルフィに驚愕の嵐が吹き荒れる!


 そして当のトラキア軍を統べるフィリップの元に早速、シャルが訪れた。旧知の友とも呼べるシャルの登場に、クロノス城放棄で沈んでいたフィリップの心に光が差し込んできた。
「おお、シャルじゃないか。来てくれたのか!」
「お久しぶりです。フィリップ様からのご使者がシアルフィに参られましたので、無礼ながらも直接参上させていただきました。」
「何を細かいことを。俺とお前の仲ではないか!気にすることはない。」
シャルとフィリップは10歳ほど歳が違うが、その差を感じさせないほど仲が良いことがこの会話でわかる。実際セーナとフィリップも親密なのだが、その間を取り持ったのがシャルだけあってフィリップのシャルへの思い入れには特別なものがある。だからこそ家臣を通じて参上するのではなく、ワープでそのまま現れることも許可されているのだ。再会の挨拶もそこそこにフィリップが本題に切り出した。
「早速で悪いんだが、クロノスの対処をどうすればいいか教えてくれないか?」
「フィリップ様、その事ですが、クロノスに関しては私に全て任せていただけないでしょうか。」
「おお、もちろんだとも。じゃ、手勢はどれほどいる?」
「ご心配なく、私一人で十分です!」
闇魔道士はえてして暗いイメージがあるが、シャルだけはどこか例外の存在である。それでいてたまに恐ろしく暗くなることもあるのでシャルは面白い。今は明るい時のシャルで、しかもこれだけ自信に溢れているのだから頼りにならないわけがない。
「シャルがそういう風に言っていただけるとこれほど心強いことはないな。だが手が欲しいならいつでも言ってくれよ。」
つい先ほどまで寂しそうにしていたフィリップだが、シャルの登場で一気に元気になってトラキア軍の巡察に出て行った。その道中、フィリップは改めてグリューゲル十勇者の度量の深さを実感していた。
(セーナ様の下にはシャルのような騎士が何人、何十人、何百人といるのだろうなぁ。うらやましいことだ、私も見習わねばな)
 翌日、フィリップは諸将を集めて軍議を開いた。(南部)トラキア軍は20年前の聖戦で敗北しているとはいえ、セリス軍に付いた「トラキアの盾」ハンニバルが帰参したことで人材面ではさほど大きな痛手はこうむっていない。もっともその猛将ハンニバルも十年前に病死してしまったが、今は彼の養子となり名前も受け継いだハンニバル2世がフィリップとともにトラキア軍の双璧を成していた。そこに先日のマンスター会議で南北トラキア分断した際に、両者の間を取り持っていたアルテナ、ミント親子もトラキア軍に加わっている。まだ戦線に出たことがないミントの実力はまだ未知数だが、槍騎士ノヴァの血を継いでいることから見ても期待できるのは間違いない。母親のアルテナは言うに及ばずセリス解放軍の勇者の一人で、その力量はトラキア半島では知らない人はいない。マンスター会議では主導したフィリップだが、自国の軍議では自分からは序盤は意見を出さないようにしている。フィリップの祖父トラバントの強引な手法を反省した父アリオーンが取り始めた手法で、家臣たちに意見を戦わせて良案が出ればそれを自身の案と比べて採決するものである。最後に自身の案を提示して家臣たちに討議させ、家臣の案と主君の案の優劣を見極めて、最終的な決議を行うというもの。この方式で敗戦後のトラキアは見事な建て直しに成功し、主従一致の国家運営が出来ていた。フィリップももちろん同じ方式でいくつもりであった。軍議は重臣筆頭のハンニバル2世が主導となって始まったが、先日のクロノス城での苦しい戦いの後なだけに妙案は誰も出てこなかった。まだまだトラキア軍は世代の入れ替えが終わったばかりで経験がゼロに等しいので、どこから出てくるのか分からない敵に対してはどうしようもないようだ。数十分の沈黙の後にフィリップが口を開いた。
「先ほどセーナ皇女から力強い味方が来てくれた。皆も知っていると思うが、元クロノスのシャル殿だ。彼がクロノスへの対処をしてくれるというから、我々は先ほどのミレトス牽制隊も混ぜて再度クロノス城に進出しようと思う。そしてクロノス城とこのペルルークを軸にミレトスの二方面からの攻撃を耐えしのぎながらシャル殿の結果を待つ。クロノスを切り崩したら、二手に分かれて一気にラドス、ミレトスを占領して皇女が待つシアルフィに雪崩れ込もうと思っているが如何か。」
すかさずハンニバル2世が質問した。
「聞きづらい質問ですが、シャル殿でもクロノスの切り崩しは至難かと思いますが。」
「心配することはない。あのシャルが珍しく喜色を満面に表して、自信満々に言ってくれた。やってくれるだろう。それよりもハンニバル、お前こそクロノスの前線でミレトス軍を相手に退かないだろうな?」
半分揶揄するような口調だが、ハンニバル2世は大笑いして言った。
「退かぬどころか、ご命令さえあればグランベルまで前進してさしあげましょうぞ!」
「トラキアの盾」ハンニバルの養子とも思えない大胆な発言だったが、もともとこういう男なのだ。父の異名にもじって彼にも「トラキアの進む盾」という異名が付けられている彼もカパトギア鉄鋼騎士団を率いているのだが、その異名が示すように守りつつ前進して敵を圧迫する特異な戦法を得意としている。そんなハンニバル2世は歳の差もほとんどないだけあってフィリップとも馬が合う。さしずめセーナとミカの関係に近いだろう。そんな大言にフィリップも大笑いして応えた。
「それでこそハンニバルぞ。よし2日後、ハンニバルを総大将としてクロノスへ進め!俺はこの地からミレトスの様子を伺っていることにする。なおアルテナ殿とミント殿はここにいて若輩の私に色々と支援いただきたい。」
これで軍議は決した。意気揚々と部屋を出て行くハンニバル以下諸将を眺めていたアルテナは生まれ変わったトラキアの姿をどう見ていたのだろう。

 ミレトス東部にある山岳部の一角に地下組織クロノスの本拠がある。クロノスというからにクロノス城にあってもおかしくないのだが、実際ここにも本拠に見立てた拠点はあるがあくまでカモフラージュであって利用されていない。
 地下組織クロノス、その実態は暗黒教団とはまったく異なり、神を信奉したりしているわけでもなく、ただ野盗集団が発展したようなものと言っても過言ではなかった。その組織の由来はまったくわかっていない。何しろセリスの后を決めるユリア騒動が一応の決着を見て、ユグドラル大陸が落ち着きつつある平和な時に突如として現れたのだから何が狙いかもわかっていない。そして、20年間クロノスはもろもろの問題を起こしてきたにも関わらず討伐されずに生き残っている。実を言えば、そこには人智・哲学を超えた凄まじい大謀略が潜んでいるとは誰も思っていない。それを知っているのは、前グランベル皇帝セリスと、今はなきクロノスの前頭領、その遺児・・・シャルのみであった。
 そのシャルが約十年ぶりにこのクロノスの本拠に戻ってきた。もちろん堂々と戻れば、裏切り者である、すぐに矢や槍が飛んでくる。そこでシャルはクロノスに残っていた叔父ペイルとコンタクトを取った。
『トラキア軍、クロノスに向けて進軍中』
この知らせが砦内を飛び回る中、シャルはペイルとその息子ブラムと会談した。
「叔父上、どうか父の無念を晴らして立ち上がってくれ!セーナ様も叔父上のクロノスならば取り潰さないと約束してくれている。」
「・・・・・・・・・」
黙考するペイルにブラムが彼に向かって言った。
「父上、やりましょうぞ。このままでは我々も奴らに飼い殺しにされますぞ!」
だがブラムほど短絡的ではないのがペイルである。
「兄貴が殺されてもう10年か・・・。確かにあれから我々は名実ともに日の目を見ることはなかった。」
ペイルの兄、つまりシャルの父が無実の罪で殺されてからクロノスは今のように内政干渉、暗黒教団との衝突など急激に路線を拡大してユグドラル諸国から睨まれ始めた。もともとはさきほどの例に出ていた野盗集団と似たようなことをしていたに過ぎなかっただけである。
「だからといって兄貴のやろうとしていたことがわからん私にクロノスを継げというのは残酷でないのか。」
「叔父上、父上は亡くなる直前に私は父とある方との密約を聞かされました。それは、つまり父上のクロノスの方針と何も違いはありません。それをお教えいただければ考えていただけるでしょうか。」
「・・・・・・」
「ただしこれは他言は絶対にしてはなりませぬ。漏れればこの大陸の歴史がひっくり返るとお考えください。」
恐ろしいほどの気迫に呑まれたのかペイル、ブラム親子は揃って生唾を飲んだものの、すぐに首を縦に振った。
 それからシャルは数時間にも渡り、クロノスの理念と父の深遠なる思いを二人に打ち明けた・・・。

 その翌朝、クロノスの本拠に火の手が上がった。ペイルとブラム一派がシャルの約束どおりに反旗を翻したのだ。もともとこの二人には警戒していたクロノスの主流派だったが、前日のトラキア軍の動きに目がいってしまっていたので本拠の警備が手薄となっていた。混乱の中、なおも本拠に残っていたシャルは奥深くに踏み込み、現クロノス頭領を討ち、父の仇を取った。それを遠くから見ていたペイルはこれから始まるであろう、「歴史との戦い」に思いをはせるのであった。
(どこまで出来るかはわからないが、私は兄貴の遺志を受け継いで見せる!)
 頭領の死によってクロノスは初代頭領の弟ペイルの手になり、彼はセーナへの臣従を表明。ブラムら生き残ったクロノス諸将らも異議を唱えようとせず、降伏した旧主流派のものたちもペイルの決断に従った。こうしてマリク派の強力な与党、クロノスもセーナ派へと変わりミレトス地方の様相は一変する。

 クロノスの援軍がなくなったミレトス軍は攻勢に移ったトラキア軍の前に完敗を喫して、ミレトス城、ラドス城もともに陥落した。しかしミレトス軍は残存勢力を糾合して、10万近い兵力を持って難所グランブリッジに立てこもった。ここはミレトスとグランベルの間を隔てる海峡にかかる唯一にしてユグドラル最大の橋である。20年前もこの橋にてセリス軍と時の皇帝アルヴィスの精鋭ロートリッターが激戦を繰り広げているが、そのときは橋の防御性を有効に使ったセリス軍が完勝している。ユグドラル最大の橋の防御力を盾にしたミレトス軍の抵抗は頑強を予想できるが、竜騎士団が主力のフィリップは彼らをやりすごしてそのままシアルフィに雪崩れ込むことも可能だった。そして時を焦るフィリップは迷わずミレトス軍を捨て置いて、空からシアルフィに渡ろうとした。だが海峡の半ばを過ぎたあたりでグランブリッジから強烈な横槍を喰らうことになった。なんとミレトス軍はこういうことも想定していたのか、シューターをグランブリッジに配していたのである。よく調べれば気付くことだったが、目先の敵をグランブリッジのミレトス軍でなく、シアルフィのマリク軍に設定してしまえば盲点となるのは無理もない。唇を噛んだフィリップは嫌な予感がしたのか背伸びをしてグランベル側の海岸を見つめた。するとそこにもおびただしい量のシューターがてぐすねを引いて待っているのである。止む無くフィリップは全軍に撤退を命じた。一つの勝ちに驕り、時を焦った代償はあまりにも大きかった。
 それからもどうにか海峡を押し渡ろうと試みたフィリップだったが、いたずらに被害を増やすだけであった。悶々とするフィリップの元にようやく先日、セーナと会見した使者が戻ってきた。グランブリッジを閉鎖されたためになかなか戻れずにいたのだ。早速、シャルが行った後のセーナの言葉を伝えるとフィリップは憑き物が落ちたかのように感嘆した。ついでにシャルはと言えば、何かの時のためにまだトラキア軍に詰めている。その表情はどこか晴れ晴れとしている。
「たしかにセーナ様の仰る通りだ。何ゆえに全軍で参戦することにこだわったのか。俺もまだ未熟だな。」
そう言って自嘲すると、表情を一転させてハンニバルを呼んだ。このあたりの心の切り替えはさすがである。しばらくしてハンニバルが訪ねてきた。
「ハンニバル、お前はここに残るトラキア軍を指揮して出来るだけグランブリッジの敵を牽制せよ。その間に俺はドラゴンナイツを率いてシアルフィに向かおうと思う。」
「若の考えはよ~くわかりました。心置きなくシアルフィでお暴れください。」
その答えを受け取ったフィリップは続いてシャルに向き直って言った。
「ということだから、セーナ皇女に精鋭2万を持って参上すると伝えていただきたい。」
「ハッ!そのお言葉、間違いなくセーナ様にお伝えします。フィリップ様、そしてハンニバル殿、ご武運を祈ってます。」
そういってシャルは闇と同化してやがて消えていった。それを見届けたハンニバルものっそりと立ち上がって
「では私も一働きして参りますわ。フィリップ様、俺からもご武運を祈ってます。」
そう言って、大きい背中とともに姿を消した。残ったフィリップもようやく立ち上がり、遠くの者にも告げるように叫んだ。
「これよりドラゴンナイツ出撃する!目的地はシアルフィ!!皆、勇めぇ!!!」
わずか数分後、トラキアの陣から勇壮なる竜騎士たちが飛び立っていった。それからしばらくして残ったトラキア軍全軍で大声を上げて、ミレトス軍を威圧すると共に決戦場に飛び立つ精鋭ドラゴンナイツを応援した。

 多くの人の思いを汲んだシアルフィ決戦の火蓋はまもなく切られる。

 

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月23日 19:39