シアルフィ。そこは聖戦士バルドの末裔たちが命を繋いできた聖地。しかし聖者ヘイムの血と交わったためにセリスの代からはここを居城とすることはなくなってしまったが、彼にしてもセーナにしてもこの地は真の故郷と呼べる地であることには間違いない。この場所にて光と闇、それぞれの雌雄を決するための戦いが始まろうとしている。イード、ミレトス、エバンス各所で行われた戦いはそれぞれに意味があるものだったかもしれないが、所詮は局地戦に過ぎなかった。だがこのシアルフィ決戦はそれらとは大きく異なりユグドラル大陸の趨勢を決める聖戦の様相を表している。

 対陣当初は圧倒的セーナ側の不利で始まったはずのこの決戦なのだが、しばらくしてその様子は一変した。この決戦に向けてセーナは数多くの、それこそリーベリアの戦い以前から策を残していた。その一つがこの聖戦の先駆けとなったミレトスでの戦いにおける地下組織クロノスの寝返りである。マリク挙兵時には熱烈に支援していたクロノスだけにその離脱は予期しなかったのだろう。またそれに合わせるかのようにマリク軍後方に陣していたフィーリア率いるフリージ軍が反旗を翻した。ファバルとスカサハの二人こそこの兆候を見つけて何度もマリクに後方に置かないよう諫言していたのだが、エッダでの奮戦を目にしていたマリクは聞く耳を持つことはなかった。これで40万からなる大軍がマリク軍の背後に置かれ、挟撃される立場となった。しかもセーナの策謀の連弾は止まることをしらない。そのフィーリア軍の決起翌日、シアルフィ、エッダの各地域で伏せていたシアルフィ・エッダ軍がフリージ軍に合流し始めていた。グランベル南の玄関を務めるシアルフィの動員能力は50万を越えるのだが、先日のエッダ篭城戦にはエッダ軍を合わせて30万程度だった。残りの20万がシアルフィの各所に伏せられてこの時まで待っていたのだ。
 気がつけばセーナ軍とマリク軍の兵力差はわずか20万にまで減っていた。これだけの差ならグリューゲルの奮闘で十分に攻勢に転じられる形となるだけでなく、東西からマリク軍を挟撃されているために一挙にマリクを討ち取ることも不可能ではなくなった。着陣早々はいつセーナ軍に攻めるようか楽しげに悩んでいたマリクもこの劇的な変化に目を白黒するしかなく、完全にセーナとフィーリアに仕組まれたことを実感した。今度はマリクが戦々恐々とする番となる。だがセーナはまだ仕掛けない。まだまだ策の全容が明かされていないのだ。

 ここでまた少し時を戻すことにしよう。シアルフィの北にあるドズル公国。シグルド、セリス2代に渡って抵抗を続けていたグランベル有力諸侯の一つだったドズルは今はマリク派筆頭重臣スカサハが統治しているために完全にマリク派の勢力かと思われているが、そうではない。ここにも複雑な血縁関係が垣間見ることができる。ドズル家の当主は先ほども言ったとおりマリクと親しいスカサハだが、事実上の当主はスカサハの双子の妹ラクチェと、前ドズル家当主ダナンの三男ヨハルヴァの間に産まれた嫡子ジョセフである。というのもこのジョセフが聖斧スワンチカを継承しているのが何よりの理由である。実際、スカサハも早々と世代交代を行うべくジョセフへの譲位の準備を進めていたのだが、そのタイミングでマリクが挙兵してしまった。ジョセフがセーナと親しいことを知っていたスカサハは家中を統一すべく、セーナ派として挙兵しようとしていたジョセフを捕まえて城内へと監禁してしまった。ドズル家の精鋭グラオリッターもそんなスカサハの行動に嫌悪を露骨に示して今回の戦いには不参を決め込んだ。こうなると自身の本拠も不安になるのも当然でスカサハはさらにグラオリッターを強制的に解散させて、ドズル城には自身の信頼をおける者を配して強引にドズル城を我が物とした。こういう経緯があったのだ。
 そしてドズル城の地下にある一室。ここにジョセフが監禁させられていた。心あるものがジョセフに大陸の情勢を教えてくれるが、今のジョセフにとっては何も耳を通らなかった。豪快なことで有名なドズルの一族だが、ジョセフの血は傍系同士の血が交じり合ってようやく覚醒したもので、その性格はドズルというよりも母ラクチェの故郷イザークの温厚な性格を映し出していた。そんな優しいジョセフにとってわずかの間でのスカサハの変わり様には愕然とするしかなかった。シアルフィ決戦が近くなってきたある日、わずかに日光の差し込む部屋で黙然としていたジョセフの耳にすぐ近くで人が倒れるような音がした。直後、金属音が辺りに響いたかと思ったら、突如としてジョセフの自由を奪っていた重厚な扉が開いた。誰か?とジョセフは扉の方を見たら、そこには長い間ユグドラルの表舞台から去っていた母ラクチェの姿があった。
「ジョセフ、助けに来たわよ。さぁ一緒にいきましょう!」
今の叔父スカサハにはない颯爽とした母の姿を見て、思わず目が潤む。その目を見た時、母として思わず抱きしめたくなったが、すぐに自分を抑えた。
「これからドズルの民を統べる人が母親一人に会って目を光らせてどうするのよ!さ、立ち上がるのよ!」
母の檄に触れたジョセフはすぐに立ち上がり、決然とした瞳をラクチェに返した。
「さぁ、シアルフィに行くわよ。そこでどちらにつくかはあなた次第。すでにグラオリッターの一部が蜂起してドズル城の大半を制圧しているわ。」
これもセーナの策である。セーナはシレジアにいた頃から、イザークで隠棲していたラクチェと交友を持っている。ただどことなく違うのがラクチェの言った「どちらにつくかはあなた次第」ということ。母なりに彼に選択をさせる気でいるのだ。だがジョセフは母の思いがわからないほど愚鈍でもない。
「母上も人が悪い。叔父上の兵を排除してドズルを占領した以上、私はセーナさまに付くしかないでしょうに。」
苦笑しながら言ったジョセフはゆっくりと部屋を出た。これを聞いたラクチェは笑顔を見せながら、両手で聖斧スワンチカをジョセフに差し出した。
「じゃあ、これ・・・」
うなづき、何代にも渡って受け継がれてきた聖斧を受け取った。セーナがティルフィングを受け取ったときと同じように、懐かしいものがジョセフの中を流れ、ジョセフの中で眠っていた何かが目を覚ます。この直後、ドズル城を押さえたジョセフ、ラクチェ親子は精鋭グラオリッターを引き連れてシアルフィの決戦場へと向かっていった。

 一方はシアルフィに隣接するヴェスティア城。新興の公国で、セーナの本拠地として知られているが、今ではそのセーナに留守を任せられたシグルド2世がそのままここを抑えている。交通の要所なだけに彼の中立はマリク挙兵当時には重大な意味を持っていたが、シアルフィ、エッダが陥落した今となってはさほど重きはなくなっている。シアルフィ決戦に挑む際も両陣営共に参陣を求める使者は訪れていない。それだけシグルド2世は頑固で通っているのだ。
 そしてこのヴェスティアにグリューゲル諜報衆を束ねる№0008グーイが軟禁されている。中立を宣言している以上はセーナ勢力のものをタダで放すわけにはいかずに留めおかれている。しかしグーイの元には配下の者が逐一新鮮な情報を持ってきているのでもうすぐシアルフィで決戦が行われることも知っていた。それゆえにグーイはその決戦に何としてでも参戦しようと焦っていた。何度か脱出を講じようと思ったが、このヴェスティアには新手の諜報衆の結界が張られているのか、失敗を繰りかえして逆にさらに警戒を強くさせられてしまった。こうなればと、腹を括ったグーイはシグルド2世に直談判に及んだが、ヴェスティアを留守にしているという理由ですげなく断られた。配下の者が調べたところ、彼はイザークから妻ナディアを呼び出してシアルフィ決戦の観戦に向かったというのだ。唇を噛むグーイだったが、もうどうしようもなかった・・・はずだった。
 しかし翌朝、突然グーイを軟禁していた屋敷に一人の女性が訪れた。彼が訪ねたところ、自分をヴェスティアから出してくれるという。万策尽きた思いでいたグーイは何はともあれ彼女に賭けてみることにした。すると何もせずに数十分して堂々とヴェスティアの城壁を越えてしまったではないか。脱出のからくりはセーナのエバンス大戦で使った「無策の策」と似たようなものだと思ってもいいだろう。まさかセーナの股肱の臣が女を連れて暢気に出て行くとは思わずにすぐに偽者と勝手に断じたので軽く出られたわけである。唖然とするグーイにその女性は笑いながら話かけて言った
「ネ、出られましたでしょ。では私はこれから故郷に帰りますのでご武運を祈ります。」
この女性は名も名乗らずに姿を消したが、グーイはこの女性をセーナがヴェスティアに来た時に彼女の近侍をしていた人物に似ていたと思った。セーナの側でその薫陶を受けていたからこそこれほど華麗に脱出ができたのだ。ついでにこの女性は故郷トラキアにて一人の少女を産む。その名はアイ、ヴェスティアの獅子と称される若者と結ばれることとなるのだが、それはまだまだかなり先の話である。ともかくヴェスティアを脱出したグーイは配下のものをまとめて一隊を作り、シアルフィの決戦場へと向かっていった。


 そしてシアルフィ決戦の火蓋が切られる。セーナは即座に全軍を3つにわけ、それぞれカイン、ミカを大将にして軍を配備した。サーシャやアレス、リュートら客将たちは自ら志願してグリューゲルに一時的に編入されることとなった。ここでセーナが取るのはすべての大戦の始まりとなったガルダ聖戦で発動した『流星陣』である。1年に1度やるのが限界という『流星陣』をここでまた発動しようというのだ。それだけにセーナのこの決戦にかける覚悟のほどが十分に伝わる。対するマリク軍は奇妙なことに陣形を変更しようとしない。先鋒が接近戦に極めて脆いファバル率いるユングヴィ軍、中軍にマリク率いるバーハラ軍、そして殿にスカサハ率いるドズル軍。このままならばマリク軍は『流星陣』に蹂躙されるのも明らかなのに変えようとしないのは、ひとえにマリクがファバルを信用していないからだ。だから裏切りを恐れていたために、先鋒に据えてその力をすり潰してしまおうと愚かな考えである。
 ついにセーナ軍本陣から合戦開始の合図が起こり、3筋の流星が一気に加速する。先鋒を受け持つファバルにとって『流星陣』はまったくの未知だったが、マリクからその対策を一応聞かされている。『流星陣』は猛烈な勢いを持って敵陣に突入し、敵陣を寸断。連絡手段を遮断して大軍の機能をマヒさせたところを、さらに他の部隊で強襲して建て直し不可能なほどのダメージを与え、引き返してきた流星でトドメを刺す豪快なもの。マリクは流星を止めるのではなく、ガルダ聖戦の時のエーデルリッターのように通路を作ってやり過ごそうと図ったのだ。触らぬ神に祟りなしの戦法だ。たしかに何もしないで自陣が穴だらけになるが、指揮系統が寸断されるわけでもなく、さらに通過時に一気に通路を狭めて圧殺することもできる。それだけでなく、たとえ通過されてもすぐに反撃に移ることができるので悪くはない戦法かもしれなかった。目の前の流星が一気に横に広がり、いよいよファバル軍に突入しようという時、ついにファバル軍は流星の通路を開いた。だがここで思いもよらない事態が起こった。横に広がったと思われた流星が再び一つにまとまって突撃してきたのだ。
 これこそセーナが編み出した『裏流星』。傍目には単なる「突撃」「吶喊」なのだが、『流星陣』と組み合わせることで単なる突撃が尋常でない効果をあげるのである。マリク軍は『流星陣』のために通路を開くなどしている。簡単にいえば穴だらけなのである。そこに数こそ少ないとはいえ、精鋭グリューゲル以下が一塊になって突撃すれば結果は火を見るより明らかである。接近戦が苦手で流星をやり過ごそうと思った穴だらけのファバル軍はこの一撃で文字通り粉砕された。ファバル軍だけ見れば2倍程度の兵力しか持っておらず、それで接近戦の苦手な弓兵揃いなのだから持てというのが無理だった。自軍の大混乱を見た、建て直しのためにファバルは一旦戦線を離脱した。ファバル軍の霧散を見たマリク軍はすぐに通路を塞ぎ、すぐにセーナ軍に対応しようとした。しかし南と北から恐ろしい勢いで突っ込んでくる敵がマリク軍の動きを封じ込める。
『トラキアの意地と誇りをかけて戦いぬけぇ!!』
『グラオリッターよ、ユグドラルに戦乱を導いた者に正義の鉄槌を下せ!!』
『今こそヴェスティアでの汚名を晴らすのだ!』
その叫びがマリク軍を震撼させる。

 南からはフィリップ率いるドラゴンナイツが、北からはジョセフ率いるグラオリッターと、途中で彼らと偶然に合流したグーイ隊が猛烈な攻撃を仕掛けてきたのだ。それぞれの将にこの決戦にかける強い思いがあり、それが兵に伝わって攻撃力に変換している。東はすでにフィーリア軍とスカサハ軍の戦いが激化しており、セーナの『裏流星』を止める術はもはやなかった。肝心のセーナはといえば究極の必殺陣形『サザンクロス』が完成して珍しく興奮していた。ユグドラル兵法でも至高の戦術ともいえる『グランドクロス』は知らぬ間に東西南北4方向から敵を圧殺するという豪快な戦法。これだけ大規模な合戦で『グランドクロス』が発動したことは世界的に見ても例がなく、それをセーナは実現してしまったのだ。マリク軍を駆け抜けるセーナのもとにカインやミカが駆けつけてくる。
「これで勝ちは確実ですな。それにしても『裏流星』に『グランドクロス』までやるとはさすがですな。」
カインが嬉しそうに言った。彼もまた至高の戦法を実現させて興奮していた。
「カインがこんなに興奮するなんて珍しいわね。でも戦は何が・・・」
「起こるかわからないですよね、セーナ様。」
ミカが割り込んだが、セーナは気にもとめない。
「そうよ、それじゃこのまま突っ切るわよ!」
果たしてセーナ軍はそのままマリク軍を貫通して、フィーリア軍と対峙してセーナに背中を見せているスカサハ軍に突っ込んだ。いくらグランベル随一の強兵ドズル軍を率いていても東西から挟まれてはどうしようもなかった。スカサハ軍の将兵は次々に打たれ、その場は阿鼻叫喚の場と化していった。セーナ軍はさっさとスカサハ軍を抜けると、フィーリア軍を通過して一度戦場を離脱した。これから反転して決着を着けるのだ。すでにマリク軍を南北から襲っていたトラキア、ドズル軍は突き抜けて再度、突撃する機会を狙っていた。
 フィーリア軍との乱戦を切り抜けてスカサハはマリクの元へと走った。もはや惨憺たる負け戦は確実だ。この上はマリクを逃がすしかなかったのだ。彼が本陣に着いてマリクの顔を見た時は一旦声が出なかった。怒りとうらみで顔色がドス黒くなっていたのだ。だがここで引いていても仕方がないのでスカサハがマリクに撤退を促すが、当然のように反論してきた。
「逃げるだと、まだセーナに負けたわけではない!!数ではまだ勝っているんだ、まとめて押し返せ!!」
「もう無駄です。今立て直している間にまた敵軍が突っ込んできたら建て直しはもはや不可能です。今のうちに退いてください。」
理性を失って喚くマリクにスカサハは懇々と撤退を説いた。その甲斐もあってマリクも渋々ながら撤退に同調した。一応の了解を取ったスカサハはすぐに手近な部隊をまとめあげて撤退に移った。その直後だった、北と南、そして東からの攻撃が再開されたのは・・・。


 セーナ軍の攻撃を苛烈を極めた。すでにスカサハ軍も壊滅して、残ったマリク軍に総攻撃を仕掛けている。マリクとスカサハは今はがら空きとなった西に血路を開いて脱出しようと図る。しかしセーナ軍もそれをさせじと猛烈な攻撃を仕掛けるが、混乱で右往左往する敵の兵士が邪魔となり追撃は思いのほか上手くいかない。しかしグリューゲルはそんな混沌を抜け出していよいよマリクを追い詰めにかかる。あと少しで憎き兄を討ち取れるところで・・・すっかり忘れていた攻撃を横から受けることになる。
 セーナの前に立ちはだかったのが体勢を立て直していたファバルであった。北西に逃れていたファバルはじっくりと兵を集めてこの時を待っていたのだ。このまま無視してマリクを追撃することも不可能ではないが、それではいたずらにこちらの被害を大きくするだけだと判断したセーナは唇を噛みながらも即座にグリューゲルの追撃をやめさせ、体勢を立て直させた。さすがにグリューゲルだけあって立て直しは早かった。すぐに西方に向きを変えるとファバル軍に突撃した。しかも今度は容赦のない本物の『流星陣』である。圧倒的な機動力を持つグリューゲルに士気の落ちたファバル軍の散発的な攻撃は意味を成さず、ついに流星にファバル軍を貫かれた。ただ一部でもともと戦略であった通路開きが成功して、見事に流星をやり過ごしたところもあったようで思いの他、損害は少なかった。ホッとしたファバルが次に見たのはさらにあり得ない光景だった。グリューゲルが過ぎ去った隣から凄まじい勢いでこちらに向かってくる部隊があったのだ。しかも今まで戦いに参加していなかったようで将兵の鎧が反射してこっちに照り返している。ファバルがその数を見積もったところざっと2万。セーナがガルダに残してきたガーディアンフォースがリーベリアの英雄リュナン指揮のもと、ついに合流を果たしたのだ!しかも東からは弓兵にも恐れずに突き進んでくるフィリップ率いるドラゴンナイツの姿もあった。
(ここまでか)
ファバルは覚悟を決めて、最後の采配を振りかざした。それを合図にユングヴィ軍は総攻撃に移り、セーナ軍の重厚な包囲網の前に残らず散っていった・・・。ここにまた一人、歴史を支えた英雄がこの世を去った。最後には主君に睨まれながらも自分の忠義を貫いて戦ったファバルの壮絶な最期はセーナ軍の将兵にいつまでも残るだろう。彼の死をもって壮絶なるシアルフィ決戦は幕を閉じた。

 

最終更新:2011年07月23日 19:42