シグルドの死から約1週間が経った。ユグドラルに来ていたリュナンとメーヴェはセーナの計らいでヴェルダンの精霊の湖ほとりにあるヴェスティア家の別荘で激戦の疲れを癒し、リュートたち一行もアカネイアへの船の準備が出来ないのでしばらくヴェスティア帝国内を色々と見回っていると聞く。それぞれが平和な現在を謳歌していた。
そしてセーナの目となりリーベリア、アカネイア、2大陸の大戦を生き抜いてきたミカもセーナに1週間ほどの休暇を与えられて自身の家のあるグリューゲル村に戻ってきた。しかもその傍らにはなぜか今までリュートたちと行動を共にしていたラティが付いてきている。
「大人しくしてるからいいだろ。」
とラティが言うがミカは動じない。このやり取りを見ていたセーナにからかわれてはミカも仕方なく承知した。だがいざ一緒に歩いてみると、ミカが大戦時にピリピリし過ぎていたこともあったのかもしれないが、いつのまにかミカもラティの話に引き込まれて、時には笑顔も見せていた。
話しに夢中になればただでさえ近いグリューゲル村はさらに近く感じる。いつの間にか水堀を渡り、砦のような門を通って勇者の家族のみが住む村に入った。十勇者の中でも随一の働きをしたミカの凱旋だけあって村は一気に沸きあがり、中にはラティの姿を見つけてはミカを冷やかす声もあがる。そういう声に一々ムキになって反論するミカに人の垣根をかき分けて、グリューゲル村の長老が姿を見せた。彼はカインの養父であり、このグリューゲル村の長ともいえる存在である。
「婚約者も連れてきて大分お前も女らしくなったな。」
長老のからかいに辺りは笑いを爆発させた。必死になってミカが弁明するもラティはまんざらでもない顔をして否定しようとしなかった。
「まぁどっちでも構わん。それよりも疲れてるだろうが、今夜は我が家に来てくれないか。カインがお前に話しておきたいことがあるらしいからな。」
そう言い残して長老は去っていた。
(カイン様が?一体何かしら?)
一人首を傾げるが、すぐに考えることをやめて、とりあえずは自分の家に向かった。もともと貴族出身のミカのものとは思えない素朴な家の前で二人は止まって、ラティを驚かせた。
「ここがお前の家なのか?」
確認するもミカは苦笑しながら頷いた。グリューゲルに上下関係はなく、十勇者だろうが、その下っ端だろうが、ほぼ同じ家がこの村で与えられていた。ただし結婚すればやや大きめの家が新しく作られて与えられることにもなっている。ついでにミカの隣にあった空き地にはリーベリアで加わったフリードの家が建つようで、この日も大工仕事の音が小気味良く響いている。
「あなたはここで待ってなさいよ。」
といってさっさと家に入って素早くドアを閉めた。
(あ~ぁ、どうしよう。)
ミカの家は本人の性格からは想像できないくらいにちらかっていたのだ。もっとも普段雑なわけでもない。ただリーベリアに行く時に慌てて支度したためにこんな惨状になっていた。
「やっぱりお前の家なのか?」
唖然としながらいつの間にか入ってきたラティがつぶやく。すかさず恥ずかし紛れの雷が落ちた。
それからはミカの家では二人がかりの大掃除が始まった。何しろ1年半はいなかったのである。たまには招かれざる客も現れてはミカをビビらせたり、ラティがあらぬものに手を付けてミカを怒らせたりとテンヤワンヤの大騒ぎだったのは言うまでもない。気が付けば日も暮れてカインの家に行かなければならない時が来ていた。埃まみれのミカは軽く水浴びをして身だしなみを再び整えて、ラティを残して家を発った。とはいえ、ミカの家からカインの家までは同じ村の中とはいえかなりの距離が離れていた。そういう時に備えてセーナは村の至る所に馬のいる馬宿を置いて、村内の便宜に役立てていた。もちろん馬を持っているものは家に置くのではなく、それぞれの馬宿に隣接している厩舎に入れている。ミカは馬場に行って馬を借り、カインの家に近い馬宿まで一気に駆けた。するとそこにはもうカインの妻マリーナがミカのことを出迎えていたのだ。これに驚いたミカはすぐに馬を降りて、ヴェスティア以来の久しぶりの挨拶をした。ミカはカインのことを尊敬しているのと同じように、このマリーナに対しても大いに敬っていた。
「まぁ堅苦しい挨拶は抜きにして!」
そう言ってマリーナはミカを促して家まで案内した。
「おお、ミカか。一緒に連れてきたというフィアンセはどうした?」
ミカの姿を見て、養父と同じようにからかいながらカインは彼女を出迎えた。マリーナの看護もあってかミカの目にも大分体も良くなったように見える。
「カイン様が一番わかっていらっしゃるでしょうに。私と彼はそんな仲ではありません!」
「フフ、エバンスやヴェスティアではいがみ合ってたのが嘘のように笑顔を振りまいていたと聞くぞ。」
カインにそう言われてしまえば返す言葉がなかった。確かにヴェスティアの戦いあたりからミカはラティの評価を変えていた。そしてこの村に来る時には普通に話し合えるまでになっていたのだ。明らかにミカの中で何かが変わりつつあるのだ。そう薄々と感じていた時カインがふと話題を変えた。
「まぁマリーナの作った料理でも食べながら、本題にでも入ろうか。」
ふとカインの家を何者かが取り囲んだ。ミカもその雰囲気を察して身構えようとしたが、すぐにカインが制した。
「気にするな。ちょっとフィードの手の者を借りただけだ。親父にもアルサス(カインの次男、エルマードの弟)をボルスのところに連れて行ってもらっているしな。」
それだけ重要な話をしようというらしい。威儀を正すミカに対してカインは苦笑しながら言う。
「そんなに緊張していると長生きできないぞ。さぁマリーナの作ったものもお前のものに負けない位うまいから、食べてみろ。」
と言われながら
「は、ハイ、ではいただきます。」
と返すしか出来なかった。思わずカインとマリーナは苦笑して顔を見合わせた。
「仕方のない奴だ。お前がセーナに対してしている態度を私にもしてくれればこっちも気が楽なのだがな。」
ふとカインがセーナのことを呼び捨てにしたことをミカは気づかなかった。
「あの、それよりお話というのは?聞かないとマリーナさんの料理も味がわかりませんよ。」
またまたカインは苦笑を浮かべたが、すぐに真顔に戻してついに核心に触れた。
「そうだな。じゃあ早速聞くが、20年程前に時の皇帝セリス様を補佐した宰相クレスに2人の親友がいたことは知っているな。」
「あ、はい、そのお二方とクレス宰相を合わせて『時の三銃士』と称えられたことがあるとか。」
「そうだ。クレスは剣をかざし、一人は槍を突き、もう一人は斧を振り回す。それぞれの長所と短所を補い合った完璧なトリオだ。」
「思えばカイン様、アベル様、それにボルス様にそっくりですね。」
グリューゲル十勇者の中でもベテランの部類に入るこの三人とサルーンは十勇者でも別格の存在感を誇り、ミカが尊敬しているように他の十勇者からも尊敬の対象になっている。この言葉を待っていたようにカインの目が光った。
「では聞くが、『時の三銃士』が我らだったらどうする?」
想像もしていなかった問いにミカが驚く。だが聡明な彼女はすぐに今の問いの意味を理解した。
「さすがだな。もう私の言いたいことを把握したようだな。」
愕然とするミカはやや震えながらカインに問う。
「し、しかし『時の三銃士』は皇帝の勘気に触れて、バーハラで討ち死にしたはずでは。」
実際、正史ではそうなっている。実際は宰相クレスとセリスの妻ユリアが裏で繋がってセーナを産み落とし、その真実を知ったセリスが激情にかられクレス以下『時の三銃士』を討ち取ったというのがミカらの知る真実であった。
「父上もバーハラで死んだと思われて、つい先日見事にその勇姿を再び見せたではないか。」
つまり自身もバーハラで死ぬわけはない、と言いたいのであろう。そうカインの言う『父上』とはつい先日逝去したシグルドのことであり、カイン自身も名宰相クレス、つまりはセーナの父だったのだ。
世ではエバンスの悲劇はセーナが親子の情を知らないから起きた、という俗説が流れていた。しかしセーナは
「自分の血には狂気の血が流れているのよ。」
といってそれらを取り合うつもりはない。彼女が今の事実を知っていたかどうかはわからないが、この俗説は見事に否定されたのだ。たった一人の母ユリアだけに愛されたのかと思えるセーナは数多くの父によって支えられている。
まずは育ての父セティ。時には優しく、時には厳しくセーナを稀代の戦乙女に鍛え上げた。そして今もなお彼女への協力態勢に変わりはない。
そして次の父はセリス。血もつながっておらず、傍からみればセーナとの間に親子の情があったのか疑わしいところだが、実際にはセティとのものに負けない位強い絆が出来上がっていたのだ。それは今の帝都であるヴェスティアを与えたことが証明の一つだ。世間は二人の仲が良くないからバーハラから離したヴェスティアに配した、と取るものも多かったがセリスはその説を鼻であしらっている。ヴェスティアを得たことでセーナは精鋭グリューゲルとガーディアンフォースをじっくりと育み、そして自身の地位を確固とすることもできたのだ。そしてまだまだセリスは死してなおセーナに対して『何か』を残しているらしい。それだけセーナを愛していたのだ。
最後がミカの目の前にいるカインだ。グリューゲル設立当初からいたアベルとボルスに推挙されたカインだったが、彼の働きはいうまでもない。常にセーナの手足となって働き、古今随一の名将、伝説の勇者というものも多い。これら三人の父の愛情にセーナは包まれていたのだ。
ようやく状況が読み込めたころにはマリーナの料理は冷めてしまっていた。またカインの周りを取り囲んでいたオーガヒル諜報衆も姿を消し、いずこかへ消え去った。ふとカインが言う。
「本当ならお前を休ませたかったのだが、今日しかお前に話す機会がなくてな。すまない。」
胸の鼓動を抑えてミカが聞く。
「このことは他には。」
「アベルとボルスは言うまでもないだろう。だが他には言うつもりはない。サルーンにもエルマードたちにもな。だがお前には話しておきたかった。」
「それはなぜ?」
ミカの問いにカインは静かに首を横に振った。
「私にもわからない。だがお前はセーナによく尽くしてくれている。たとえセーナが世界を敵に回してもお前は最後まであいつの盾として生きるつもりなのだろう。だから私はあいつの親としてお前に最後の秘密を教えてやりたかったのかもしれないな。」
「・・・・・」
沈黙するミカにさっきまでシンミリと話を聞いていたマリーナが努めて明るく言った。
「さぁ難しい話はこれまで。こういうときに備えて冷めてもおいしいものをこしらえたんだからネ。さぁ食べましょう。」
この言葉でミカも落ち着いてマリーナの手料理を食べ始めた。ふと正面を見ると、カインはいつもの優しい№1の顔に戻っていた。
小さい腹を満たして自宅に帰るミカはいつもよりグっと重い足取りをしていた。やはり知った事実が重すぎたのだ。馬宿で馬を借りて、それに乗るも来たときの軽やかさはどこにもない。心ここにあらずで馬を駆っていたミカだったが、
「クシュン」
一つのくしゃみで我に返った。気がつけば自宅近くの馬宿の近くまで来ていて、そこには寒そうにラティがミカのことを待っていた。
「やっと帰ってきたか~。腹減ったから何か作ってくれよ。」
とてもアカネイアの傭兵王とは思えないセリフだが、その言葉に思わずミカの頬が緩む。それを見てラティがミカに対して癇癪を起こしかける。
「何が面白いんだ。ずっと1時間くらい、こんな寒いなかで待ってたんだぞ!」
ついにミカの笑いが爆発した。無垢なラティによってミカの心のしこりが氷解したのだ。
「ごめんなさいね。すぐに戻って何か作ってあげるわ。」
そう言ってラティの肩を押しながら自宅に戻っていった。いつもならここで雷を落とすミカのあまりの変わり様にラティの方が怖がったのは彼の中の秘密にしておこう。そしてミカもこう結論付けていた。
(カイン様はクレス様でセーナ様の父君だった。
それだけで今は何も変わらないわ。)
カインが最後にはいつも通りの表情をしていたのが決定的だった。たとえその事実があろうとも今は何ら変わるところはないのだ。だが一つだけ懸念がないわけではなかった。
(でももしカイン様が死ぬようなことがあったらセーナ様にこのことを言うべきだろうか?)
でもすぐに気を取り直した。
(なんて不吉な。カイン様はまた復帰して私たちを導いてくれるわよ。)
そう思い直して自宅のドアを開けた。
一週間、ミカとラティは時には笑いあい、時には雷が落ちたりと賑やかな日々を送っていたが、ついにミカの休暇が終わった。これからはセーナの代わりにヴェスティアの頂点に立って、国政を取るという難事が待っている。
「あなたはどうするの?」
というラティへの問いはあっけらかんと
「どこに行こうがお前についていく。」
そして
「お前が大好きだからな。」
と、応えた。最初は何を言われているのかわからなかたミカだが、ラティの言葉が理解できていくにつれて顔を真っ赤にしていった。それが怒りからくるものか、それとも別の感情のものなのかはラティですらわからなかった。だからこそすぐにラティは頭を掲げてしゃがみこんだ。彼は最悪の事態を想定していたようだが、それを見たミカは『恥ずかしくなった』自分が馬鹿馬鹿しくなってさっさと村を出て行った。
この半年後、突如ミカとラティは結婚した。驚くものは少なく、多くのものが「やはりな」という顔をしてミカを小突いたのは言うまでもない。セーナに至ってはミカのウェディングドレス姿を見て、
「へぇ、ミカもウェディングドレスが似合うんだ」
と普段の男勝りの性格をからかった。
時の女宰相と、異大陸の傭兵王の結婚式はセーナの采配で滞りなく進んだ。アカネイアからもわざわざ婚約したてのリュートとミリアの二人組に、マムクートプリンセス・チキだけでなく、ウォルらラティ傭兵団の一員も駆けつけてラティを驚かした。ミカ側はセーナは言うまでもなくグリューゲル十勇者はいわずもがな、センチュリオンのほとんどが参加し、彼女の人望の厚さを実感させられることになった。
さてミカが結婚することになり子供も持つようになると、一大国の宰領を取るのはかなり厳しくなるだろう。そこでセーナは次なる宰相としてミカの宰相就任直後に同じようにグリューゲルを退任してミカの補佐たる副相についていたゲインを指名した。この時のためにセーナは彼にミカの後継を務められるように
「彼女の統治をよく学ぶこと。」
と密かに命じていたのだ。ゲインはすぐに手の空いているサルーンやグリューゲル村のカインのもとまで赴いては助言を乞い、そしてミカの内政手腕を目の前で見ていった。もともと何事にも吸収が早いゲインだけあってこの頃には十分ミカの後釜になれるくらいの手際を身に付けていた。
ついでにこの頃になると他の者の結婚も相次いだ。まず先ほどちょっと触れたようにカダインに行ったリュートとミリアが結婚した。それに続くかのようにウエルトでサーシャとトウヤが、カナンでセネトとヴェーヌが結婚したのだ。セーナはそれらを一つずつ回っては幸せを祝した。ついでにこの時セーナと共に世界中を回ったのはアベルとボルス、そしてこちらも結婚したてのサルーン、リーネ夫妻である。そしてセーナがヴェスティアに戻った直後、レイラとフィードが結婚したのだ。レイラはもう少し間をおいて結婚しようと思っていたのだが、悪戯好きのフィードがとことんセーナを困らそうと敢えて時を合わせたのだ。これにはさすがのセーナも悲鳴をあげそうになったが、背後にフィードの影を見るや力を振り絞って二人を祝してフィードの狙いを撃砕した。またこの結婚でレイラがヴェスティア家の人間になっていたので夫フィード率いるオーガヒル衆も再びヴェスティアの傘下に収まったという笑うに笑えない事態が起こったのは言うまでもない。そしてこの直後にセーナとそれに付いてきていた4人も急遽1週間の休暇を取ることにして、世界中を回った疲れを癒すことにした。
何はともあれヴェスティアは皇帝ライトと宰相ゲインを中心に回り始め、セーナやミカら女性たちは次世代の英雄を産み育むための休養期間へ入った。
1年後、セーナは玉のようにかわいい男の子を産んだ。名はリアルト。後に兄シグルド2世の幼名で、またリーベリアの剣士パピヨンの実名でもある、アルドの名を受け継ぎ、新たな局面を迎えた世界に立ち向かうことになるのだが、それはまだまだ先の話。